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橋本将
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{{Infobox baseball player |選手名 = 橋本 将 |所属球団 = |背番号 = |選手写真ファイル名 = 20100403橋本捕手.JPG |写真のコメント = 横浜時代(2010年4月3日、明治神宮野球場) |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[愛媛県]][[宇和島市]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1976|5|1}} |没年月日 = |身長 = 179 |体重 = 88 |利き腕 = 右 |打席 = 左 |守備位置 = [[捕手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1994}} |ドラフト順位 = ドラフト3位 |初出場 = 1995年7月1日 |最終出場 = 2010年9月25日 |年俸 = |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[愛媛県立宇和島東高等学校]] * [[千葉ロッテマリーンズ]] (1995 - 2009) * [[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]] (2010 - 2011) * [[愛媛マンダリンパイレーツ]] (2012) }} '''橋本 将'''(はしもと たすく、[[1976年]][[5月1日]] - )は、[[愛媛県]][[宇和島市]]出身の元[[プロ野球選手]]([[捕手]])。 == 経歴 == ===プロ入り前=== [[愛媛県立宇和島東高等学校]]に在学中は、2年時に[[平井正史]]とバッテリーを組む。{{by|1994年}}の[[第66回選抜高等学校野球大会]]に出場し、ベスト8まで進出。高校通算40本塁打の強打力を買われ、[[1994年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|1994年のプロ野球ドラフト会議]]において、[[千葉ロッテマリーンズ]]から3位指名され、入団。 ===ロッテ時代=== {{by|2000年}}は新人時代から[[小野晋吾]]とのバッテリーを中心に、77試合に出場。課題とされたスローイング技術も[[山中潔]]の指導によって飛躍的に向上を遂げる。当時の正捕手は[[清水将海]]だったが打撃に難があったため、高校時代から打力があった橋本や[[里崎智也]]が起用される機会も多かった。打順も清水が8番か9番に固定されていた一方、橋本や里崎はこの時期から[[クリーンアップ]]を打つこともあった。 [[ボビー・バレンタイン]]が9年ぶりに監督に復帰した{{by|2004年}}からは、相手先発などに合わせて左打ちの橋本と右打ちの里崎が併用されるのが基本方針となった。この年は橋本が正捕手に最も近い存在で自己最多の93試合出場、13本塁打を記録した。{{by|2005年}}は逆に里崎が正捕手格になり、橋本の先発試合は相手先発が右投げの時に限られた(ただし先発が右投げの時も里崎が先発することもあった)ために出場数は72試合だったが、高い出塁率やしぶとい打撃、安定感のあるリードで投手陣を支え、出場試合での勝率・[[防御率]]では正捕手を争う里崎を凌いだ。明るく積極的な里崎、地味ながら堅実に貢献した橋本という、対極的かつ個性・実力ある二人の捕手の併用は、この年にロッテが31年ぶりのリーグ優勝・日本一に輝いた原動力の一つで、バレンタイン独特の選手起用術「ボビー・マジック」の象徴とも言える。この年から始まったアジアシリーズでは日本人第1号本塁打を放った。もともと安打数の割に四球が多いのも特徴だったが、この年は52安打に対してほぼ同数の48四球を選んでいる。その結果、打率は里崎よりも5分近く低いが、出塁率は逆に橋本の方が3分以上高くなった。 里崎が[[規定打席]]に到達した{{by|2006年}}・{{by|2007年}}は不本意な成績で、2006年は打率が1割5分を切り2007年は本塁打0であった。ただし、この頃から[[ベニー・アグバヤニ]]などの外国人野手の成績が下降基調になってきたこともあり、相手先発が右投手の時に[[指名打者]]として起用されることが多くなっていく。 {{by|2008年}}は里崎が開幕早々に故障して指名打者で起用されたため、序盤戦は橋本が正捕手を務めた。チーム全体が開幕から打撃不振だったことと、5月4日に里崎が故障の悪化によって降格したことから、5月7日の対[[オリックス・バファローズ]]戦では初めて4番で先発出場した。ところが、4番2試合目となった5月9日の対[[東北楽天ゴールデンイーグルス]]戦で負傷退場して約2ヵ月間の戦線離脱、さらに同日には第3捕手の[[田中雅彦]]も登録抹消されていたため、9日が一軍初出場だった[[金澤岳]]がしばらく先発出場せざるを得なくなり、チームがこの時期大きく負け超す一因となった。復帰後は7月24日の対[[北海道日本ハムファイターズ]]戦で先発[[ダルビッシュ有]]から先制決勝満塁本塁打、9月7日の対[[福岡ソフトバンクホークス]]戦では守護神[[馬原孝浩]]から同点満塁本塁打を放つなど、徐々に復調していった。前半戦の出遅れが響いてチームはこの年4位に終わったが、最終的には打率.311、11本塁打、55打点と自己最高の成績を挙げ、出塁率も4割を超え長打力と選球眼を併せ持った橋本らしさを発揮した一年となった。また、この年[[フリーエージェント (日本プロ野球)|国内FA権]]を取得し、橋本は移籍した場合ロッテへの補償が不要な年俸Cランクだったこともあって注目選手の一人に挙げられていたが、FA宣言せずにロッテに残留した。 {{by|2009年}}は再び里崎が正捕手的な立場になり、橋本は指名打者としての出場が主になったが、シーズン初本塁打が9月になるなど不調で、自己最多の94試合に出場したものの打撃成績は前年よりも大きく落ち込んだ。この年は海外FA権を取得したが、シーズン終了後の11月10日に正捕手として出場できる環境を求めてFA宣言。これに対しこの年捕手で一番多く試合に出たのが新人の[[細山田武史]]だったなど、深刻な捕手難だった[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]が獲得に動き、27日に年俸7500万円+出来高の2年契約で横浜入団が発表された。背番号は'''10'''。 ===横浜時代=== {{by|2010年}}は正捕手として開幕を迎えたが、打撃の調子が上がらず盗塁も全く刺せないなど、攻守ともに振るわなかった。次第に細山田や[[武山真吾]]に先発出場を譲る試合が多くなっていたところへ、4月23日に右肋骨骨折で登録抹消。6月9日に一軍復帰したが、その後も橋本が不在の間に結果を残した武山が正捕手的な立場になって出番は限られ、さらに2度の降格を経験した。オフに背番号をロッテ時代に付けていた'''33'''に戻ることが発表された。 {{by|2011年}}はシーズン開幕前に悪化した持病の腰痛の回復が遅れたこともあって1999年以来12年ぶりに一軍出場なしに終わり、10月9日に戦力外通告を受けた<ref>[http://www.baystars.co.jp/bay/news/team_detail.html?category=4&news_thread=1&id=3181 2012年の選手契約について] - 横浜ベイスターズ - 選手/チームに関するニュース 2011年10月9日</ref>。橋本は現役続行を希望していたが、シーズン終了後に腰ヘルニアの手術を受けた影響で[[12球団合同トライアウト]]は受験できなかった。 ===独立リーグ時代=== {{by|2012年}}2月9日に、橋本の出身地である愛媛県にある[[愛媛マンダリンパイレーツ]]への入団が発表された<ref>{{Cite web|date=2012-2-9|url=http://www.m-pirates.jp/news/entry/2012/02/002291.php|title=NPB復帰を目指して! 「元横浜ベイスターズの橋本選手」 郷里の独立リーグに入団!!【チームからのお知らせ】|publisher=愛媛マンダリンパイレーツ|accessdate=2012-2-9}}</ref>。愛媛では元NPB選手として若い選手にアドバイスをおこない、監督の[[星野おさむ]]からは「練習への取り組むひとつとっても若い選手のいいお手本になった」と評された<ref name="SC">[http://www.ninomiyasports.com/sc/modules/bulletin/article.php?storyid=4569 FORZA SHIKOKU] - Sports Communications(2012年10月29日)</ref>。橋本自身は「指導する立場を経験できたのは今後の野球人生にプラスになる」と述べている<ref name="SC"/>。2012年のシーズンで愛媛を退団<ref>[http://www.iblj.co.jp/topics_detail/id=3400 退団選手のお知らせ] - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2012年11月6日)</ref>。この年の合同トライアウトを受験したが獲得に動く球団はなく、[[12月9日]]に現役引退を表明した。 ===引退後=== 現役引退後は[[御徒町駅]]前で靴屋の店長として働いていることが元同僚である[[立川隆史]]のブログに掲載された<ref>[http://tachikawa.blog.players.tv/article/66006379.html 開店!!!] - 立川隆史の「戦う日々と笑う日々」(2013年4月30日)</ref>。韓国の人気シューズブランド「アイラブフラット」のフランチャイズ店だそうである<ref>[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37832 特別読み物 サラリーマンにもなれない!? はじめての「就活」元プロスポーツ選手 現実は厳しい]</ref>。 == 人物 == 2010年オフの契約更改の席では、史上初の3年連続90敗・チームとしては55年ぶりの95敗を喫した球団に対し、変革を求める発言を行った<ref>[http://www.sanspo.com/baseball/news/101208/bse1012081845001-n1.htm 横浜・橋本、球団に変革訴え「変えないと」]</ref>。 == 詳細情報 == === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align:center;"|{{by2|1995}} |rowspan="12" style="text-align:center;"|[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]] |2||2||2||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||0||1||0||.000||.000||.000||.000 |- |style="text-align:center;"|{{by2|1997}} |29||69||59||3||7||2||0||0||9||4||0||0||2||1||6||0||1||15||0||.119||.209||.153||.361 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2000}} |77||222||196||17||42||12||0||2||60||26||0||0||1||2||21||0||2||55||1||.214||.294||.306||.600 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2001}} |47||111||95||12||26||8||1||3||45||12||0||0||3||0||12||0||1||20||2||.274||.361||.474||.835 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2002}} |29||41||34||3||6||1||0||1||10||3||0||0||0||0||7||1||0||11||0||.176||.317||.294||.611 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2003}} |41||93||78||4||15||2||1||1||22||8||0||1||1||2||12||1||0||25||0||.192||.293||.282||.576 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2004}} |93||315||281||39||62||13||1||13||116||38||0||2||6||3||24||2||1||54||5||.221||.282||.413||.694 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2005}} |72||255||202||36||52||13||0||7||86||31||1||1||1||3||48||1||1||46||2||.257||.398||.426||.823 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2006}} |44||115||103||6||15||1||1||2||24||8||0||1||1||0||10||1||1||33||0||.146||.228||.233||.461 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2007}} |63||141||118||15||25||4||1||0||31||4||0||1||0||2||21||0||0||38||1||.212||.326||.263||.589 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2008}} |93||329||280||34||87||28||1||11||150||55||1||0||2||2||45||3||0||58||4||.311||.404||.536||.939 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2009}} |94||288||252||19||59||14||0||2||79||27||0||0||1||2||32||1||1||80||3||.234||.321||.313||.634 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2010}} |style="text-align:center;"|[[横浜DeNAベイスターズ|横浜]] |43||148||134||13||33||3||1||2||44||13||0||0||0||0||13||5||1||40||3||.246||.318||.328||.646 |- !colspan="2"|通算:13年 |727||2129||1834||201||429||101||7||44||676||229||2||6||18||17||251||15||9||476||21||.234||.326||.369||.695 |} === 年度別守備成績 === {{節stub}} {| class="wikitable" style="text-align: right; font-size: small;" !年度!!試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!捕逸!!守備率!!企図数!!許盗塁!!盗塁刺!!阻止率 |- |1995||1||||||0||||||||0||0||0||- |- |1997||29||||||1||||||||22||18||4||.182 |- |2000||77||362||35||4||4||7||.990||51||33||18||.353 |- |2001||37||||||5||||||||24||16||8||.333 |- |2002||16||51||7||1||0||0||.983||6||2||4||.667 |- |2003||32||125||13||1||1||0||.993||24||20||4||.167 |- |2004||88||488||38||3||5||1||.994||53||35||18||.340 |- |2005||68||374||20||2||5||3||.995||24||18||6||.250 |- |2006||30||171||7||2||3||0||.989||16||14||2||.125 |- |2007||28||127||11||1||3||0||.993||18||12||6||.333 |- |2008||69||130||24||2||3||1||.987||51||42||9||.176 |- |2009||35||213||11||0||1||3||1.000||19||16||3||.158 |- |2010||40||243||14||3||4||0||.988||32||28||4||.125 |- !通算||550||||||27||||||||340||254||86||.253 |} === 独立リーグ時代の成績 === ; 年度別打撃成績 {|class="wikitable" style="text-align:right;" ![[年度|年<br />度]]!![[球団|球<br />団]]!![[試合|試<br />合]]!![[打数|打<br />数]]!![[得点|得<br />点]]!![[安打|安<br />打]]!![[二塁打|二<br />塁<br />打]]!![[三塁打|三<br />塁<br />打]]!![[本塁打|本<br />塁<br />打]]!![[打点|打<br />点]]!![[盗塁|盗<br />塁]]!![[犠牲バント|犠<br />打]]!![[犠牲フライ|犠<br />飛]]!![[四球|四<br />球]]!![[死球|死<br />球]]!![[三振|三<br />振]]!![[打率|打<br />率]] |- |style="text-align:center;"|[[2012年|2012]] |rowspan="1" style="text-align:center;"|[[愛媛マンダリンパイレーツ|愛媛]] |63||199||33||55||-||-||4||34||0||0||4||52||3||35||.276 |- !colspan="2"|通算:1年 ||63||199||33||55||-||-||4||34||0||0||4||52||3||35||.276 |} === 記録 === * 初出場:1995年7月1日、対[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハムファイターズ]]15回戦([[東京ドーム]])、7回表に[[定詰雅彦]]の代打で出場 * 初先発出場:1997年8月29日、対日本ハムファイターズ19回戦([[千葉マリンスタジアム]])、8番・[[捕手]]で先発出場 * 初安打・初打点:1997年9月6日、対[[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ]]23回戦(千葉マリンスタジアム)、4回裏に[[新谷博]]から * 初本塁打:2000年7月29日、対日本ハムファイターズ17回戦([[旭川市花咲スポーツ公園硬式野球場|旭川スタルヒン球場]])、2回表に[[関根裕之]]から * 初盗塁:2005年4月18日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦([[札幌ドーム]])、3回表に二盗(投手:[[江尻慎太郎]]、捕手:[[中嶋聡]]) === 背番号 === * '''60''' (1995年 - 1997年) * '''33''' (1998年 - 2009年、2011年) * '''10''' (2010年、2012年) == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == * [[愛媛県出身の人物一覧]] * [[千葉ロッテマリーンズの選手一覧]] * [[横浜DeNAベイスターズの選手一覧]] * [[愛媛マンダリンパイレーツの選手一覧]] == 外部リンク == * [http://bis.npb.or.jp/players/91993880.html 個人年度別成績 橋本将] {{千葉ロッテマリーンズ1994年ドラフト指名選手}} {{デフォルトソート:はしもと たすく}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手]] [[Category:横浜DeNAベイスターズ及びその前身球団の選手]] [[Category:愛媛マンダリンパイレーツの選手]] [[Category:愛媛県出身の人物]] [[Category:1976年生]] [[Category:存命人物]]
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