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梓みちよ
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{{BLP unsourced|date=2013年12月13日 (金) 13:52 (UTC)}} {{Infobox Musician <!--プロジェクト:音楽家を参照--> | Name = 梓 みちよ | Img = | Img_capt = | Img_size = <!-- サイズが250ピクセルに満たない場合のみ記入 --> | Landscape = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 --> | Background = singer | Birth_name = 林 美千代 | Alias = | Blood = [[ABO式血液型|O型]] | School_background = [[宝塚音楽学校]]中退 | Born = {{生年月日と年齢|1943|6|4}} | Died = <!-- 個人のみ --> | Origin = {{JPN}}・[[福岡県]][[福岡市]][[博多区]] | Instrument = | Genre = [[歌謡曲]] | Occupation = | Years_active = [[1962年]] - | Label = [[キングレコード]]([[1962年]]-[[1979年]])<br />[[ソニー・ミュージックレコーズ|CBS・ソニー]](1979年- ) | Production = [[アラベスク (芸能プロダクション)|アラベスク]]<ref>[[プロダクション尾木]]と業務提携。</ref> | Associated_acts = | Influences = | URL = | Notable_instruments = }} '''梓 みちよ'''(あずさみちよ、[[1943年]][[6月4日]] - )は、[[日本]]の[[歌手]]、[[俳優|女優]]。本名は'''林 美千代'''。 [[福岡県]][[福岡市]][[博多区]]出身。[[福岡女学院中学校・高等学校]]1年修了、[[宝塚音楽学校]]本科中退。血液型はO型。株式会社[[アラベスク (芸能プロダクション)|アラベスク]]所属で株式会社[[プロダクション尾木]]と業務提携。[[1960年代]]から[[1970年代]]を中心に数曲のヒットを飛ばした。アメリカンポップスから歌謡曲まで幅広いレパートリーを持つ。 == 略歴 == [[1960年]]、福岡女学院高校1年修了で[[宝塚音楽学校]]に入学。[[1961年]]、同校在学中に[[渡辺プロダクション]]のオーディションに応募し合格。音楽学校を本科で中退し、上京し契約する。約1年間のレッスンを経て、[[1962年]]に“ボサノバ娘”のキャッチフレーズで[[キングレコード]]より「ボッサ・ノバでキッス」でデビューし、歌手として本格的に活動を始める。 [[1963年]]、『[[夢であいましょう]]』の今月の歌として発表された「[[こんにちは赤ちゃん]]」(作詞・[[永六輔]]、作曲・[[中村八大]])が大ヒットとなり、同年12月の[[第5回日本レコード大賞]]の大賞を受賞。また『[[第14回NHK紅白歌合戦]]』にも初出場を果たし、人気歌手としての地位を得た。また同曲は翌[[1964年]]3月の[[第36回選抜高等学校野球大会|第36回選抜高校野球大会]]の[[選抜高等学校野球大会入場行進曲|開会式入場行進曲]]に採用された。さらには1964年5月、東京・文京区の[[椿山荘]]で開かれた[[学習院初等科]]同窓会に招待され、[[昭和天皇]]の御前でこの歌を披露し、芸能界には数少ない天覧歌手ともなる。 しかしその後は歌手として人気が一時低迷、[[1969年]]の『[[第20回NHK紅白歌合戦]]』まで7年連続出場していた[[NHK紅白歌合戦|紅白歌合戦]]も翌[[1970年]]に落選、[[1974年]]まで出演出来なかった。[[1971年]]に俳優の[[和田浩治]]と結婚したが、翌[[1972年]]に離婚している。 デビューから1960年代は清純歌手のイメージで売っていたが、実際は10代の頃から飲酒や喫煙を行っているなど清純とはほど遠いもので、そのイメージが嫌で仕方なかったと発言している。本人の意向もあり、1970年代以降は大人の女路線へとイメージチェンジしていく。[[1974年]]には床に座り込んで歌う「[[二人でお酒を]]」(作詞・[[山上路夫]]、作曲・[[平尾昌晃]])が久々に大ヒット。同曲で第5回[[日本歌謡大賞]]・放送音楽賞、同年末の[[第16回日本レコード大賞]]・大衆賞をそれぞれ受賞し、また『[[第25回NHK紅白歌合戦]]』にも5年ぶり8回目の復帰出場を果たし、イメージ・チェンジを成功させた。一方、1971年7月から[[1978年]]2月まで『[[新婚さんいらっしゃい!]]』(司会・[[桂三枝]])の2代目アシスタントを務めていた。 [[1975年]]末の『[[第26回NHK紅白歌合戦]]』は、[[第二次世界大戦]]中に流行した[[ドイツ]]の歌謡曲「[[リリー・マルレーン]]」を日本語詞で歌唱。[[1976年]]は「[[メランコリー (梓みちよの曲)|メランコリー]]」(作詞・[[喜多條忠|喜多条忠]]、作曲・[[吉田拓郎]])が翌[[1977年]]にかけてロングヒット。同曲で1976年末に[[第18回日本レコード大賞]]・編曲賞(編曲・[[萩田光雄]])を受賞し、『[[第27回NHK紅白歌合戦]]』に3年連続で出演した。[[1979年]]、[[レコード会社]]を[[ソニー・ミュージックレコーズ|CBS・ソニー]]に移籍。同年[[日本専売公社]]「パートナー」の[[コマーシャルソング|CMソング]]に採用された「よろしかったら」(作詞・[[阿木燿子]]、作曲・[[筒美京平]])がスマッシュヒット。[[1982年]]、前年の[[1981年]]5月に37歳の若さで急逝した[[シンガーソングライター]]・[[大塚博堂]]の「[[トマトジュースで追いかえすのかい]]」(作詞・[[阿久悠]]、作曲・大塚博堂)を[[カバー]]した。 [[1992年]]には『[[第43回NHK紅白歌合戦]]』に16年ぶり11回目の紅白カムバック出場を果たし、同1992年6月に亡くなった作曲家・中村八大を偲んで「こんにちは赤ちゃん」を歌唱した。70歳を過ぎた現在でもコンスタントに[[音楽番組|歌謡番組]]に出演するなど、意欲的に芸能活動を行っている。また実業家としても活躍しており、「梓プラチナローズジェル」という化粧剤を監修している。 == エピソード == 自身の持ち歌である「こんにちは赤ちゃん」を長年コンサートで自分で封印し歌わなかった(テレビ番組などではその限りではなかった)。その理由は「この歌は今、私にとって重すぎる」、「いまさらこの歌は私には似合わない」などというものだったが、2002年の40周年記念コンサートでのアンコールの際に「初めて、心からこの歌の素晴らしさを理解することが出来た。こんな良い歌を今まで歌わなかったのか、情けない」と言い、封印を解き歌唱。以後はステージでも必ず歌うようになった。「良い歌は古い歌でも後輩の歌でも関係なく歌っていきたい」とJポップ、歌謡曲からタンゴ、シャンソンなど幅広いジャンルの歌を唄っている。また「自身のステージの参考のために」と人気絶頂期の1976年に一時休業しアメリカで各地のステージを鑑賞して回っている。 福岡市・ツルタバレエ・宝塚音楽学校出身の後輩[[小柳ルミ子]]から宝塚退団の際、渡辺プロとの契約の便宜を図ったり芸能活動の手法について相談を受け助言を行ったといわれており、そのこともあり2人の親交の深さは知られていた。[[1979年]]リリースの小柳のライヴ・アルバム『やさしさということ…NHKホールリサイタル』収録曲「林さんのお姉さん」では、梓と小柳の子どものころからのエピソードがコミカルに歌われている。しかし2000年ごろより小柳は長年自身でも語っていたこの話を否定し「自分から(渡辺プロダクション)売り込みに行った」と発言するようになる。そのことに梓が激怒しテレビ番組などで反論し、以来不仲とされている。ただしその後も番組共演自体はあり、同じ事務所に所属していたこともある。 『[[さんまのまんま]]』第69回([[1986年]][[10月6日]])に出演した時、[[明石家さんま]]の行動(画面ではわかりづらいが、さんまがしゃべるとつばが顔に頻繁にかかってしまうこと)や発言に対し怒り、グラスのシャンパンをさんまに対してかけた。このことで、マスメディアや大衆からバッシングを受け芸能界から5年間姿を消したことがある(後に梓はさんまへブレスレットを贈り謝罪している)。このシーンはさんまのまんま名場面としてときおり番組内で放送される。 [[東尾修]]との関係を30年以上取り沙汰されており、梓自身は「大人の関係です」とコメント(東尾はノーコメント)。[[両性愛|バイセクシャル]]の噂があり、それが原因で和田浩治と離婚したと言われている。そのことでの離婚ではないと梓の母は当時否定した。ただし梓本人はバイセクシャルであることをほのめかす発言をテレビやステージでたびたび行っている。 愛犬家としても知られ、飼い犬のポメラニアン(愛称「レイン」。[[2010年]]に死亡)を溺愛。犬の名をつけた楽曲(内容は全く犬とは関係ない)や著書(『ウチの子、犬じゃありません』)まで出している。 [[1964年]][[3月25日]]、熊本市立体育館でコンサートが開かれた時に7千人もの観客が殺到して折り重なるように倒れ重軽傷者10名がでた。 1970年代後半から一時期、犬歯にダイヤモンドを埋め込んでいた。 [[2006年]][[4月1日]]から1年間[[オスカープロモーション]]に所属。契約の際には「最年長美女」と報道された。 == 音楽 == === シングル === * ボッサ・ノバでキッス/恋のゆきどまり(1962年11月) * スカイリング・デイト/グッドバイ・ジョー(1963年2月) * 恋はボッサ・ノバ/すてきなメモリー(1963年3月) * 渚のデイト/ラスト・ダンスを私と(1963年5月) * ヘイ・ポーラ/黒い瞳に青い空(1963年6月)田辺靖雄とのデュエット * けんかでデイト/バイバイ・ハイスクール(1963年6月)田辺靖雄とのデュエット * [[こんにちは赤ちゃん]]/いつもの小道で(1963年11月) ** [[日本放送協会|NHK]]『[[夢であいましょう]]』1963年7月の歌。番組内で募集した譜面の応募総数が1万通を超える大反響となる。同年11月に発売されたレコードは100万枚を超える大ヒット。同年、[[第5回日本レコード大賞]]受賞曲となり、翌1964年[[選抜高校野球]]の開会式行進曲にもなった * [[きよしこの夜]]/別れのワルツ(1963年11月)田辺靖雄とのデュエット * ダンケ・シェーン/月光価千金(1964年1月) * 素敵な新学期/さよならデイト(1964年3月)田辺靖雄とのデュエット * [[ラストダンスは私に|ラスト・ダンスを私と]]/二人で夢を(1964年3月) * ひとりだけの歌/パララン・パン(1964年4月)田辺靖雄とのデュエット * おかあさん/12と13(1964年4月) * 夢みる想い/ウィッシング・ウェル(1964年6月) * アウフ・ヴィーダーゼーン/二人はステディ(1964年7月)田辺靖雄とのデュエット * リンデンバウムの歌/夕陽が似合う(1964年) * 白い想いで/幸福を祈ろう(1964年) * 忘れな草をあなたに/虹を掴もうよ(1965年4月) * 言えばよかった/ごめんなさい(1965年) * 忘れたはずなのに/笑顔をみせて(1965年11月) * ねむの木の子守唄/おめめがさめれば かあさん(1966年3月) * ポカン・ポカン/憶えているかしら(1966年4月) * 赤いつるばら/白い浜(1966年9月) * キッスして/お嫁さん(1967年2月) * 渚のセニョリ-ナ/二人の夏(1967年6月) * 恋のギターラ/恋してる(1967年10月) * あなたの時計/ふたりのこころ(1968年2月) * 月夜と舟と恋/夜はバラ色(1968年6月) * 愛せないの/めぐりあうために(1968年11月) * だけど愛してる/夜のせいなの(1969年2月) * 渚のSha La La/熱い愛(1969年6月) * 麗人の唄/愛の新世界(1969年10月) * 朝とブラック・タイ/一年前の街角で(1970年4月) * 売れ残ってます/ナルシズム(1970年9月) * 愛されてます/悲しい旅(1971年1月) * 陽のあたる窓辺/もう来ない明日(1971年6月) * ここに幸あり/約束(1972年1月) * 愛はルフラン/眼が覚めて(1972年7月) ** 番組で特段のクレジットはされなかったが、長期間に渡り『新婚さんいらっしゃい!』のオープニングテーマとして歌唱した。 * [[二人でお酒を]]/両手で愛して(1974年3月) ** 同曲の大ヒットにより同年末の『[[NHK紅白歌合戦]]』に5年ぶりにカムバック出場 * 淋しがりや/別ればなし(1974年9月) * あかいサルビア/[[リリー・マルレーン]](1975年3月) * よこがお/九月の渚(1975年9月) * 二日酔い/独りあるき(1976年2月) * [[メランコリー (梓みちよの曲)|メランコリー]]/雪どけ(1976年9月) ** 翌1977年に作曲・吉田拓郎が『[[ぷらいべえと]]』で[[セルフカバー]] * 女達のキイワード/UP AND DOWN(1977年3月) * ノクターン/ひとり暮らし(1977年9月) * 銀河系まで飛んで行け!/ミストレス(1978年1月) ** 元は当時の渡辺プロ所属の後輩である[[キャンディーズ]]の[[レコード#LP盤|LP]]5枚組BOX『[[CANDIES 1676 DAYS〜キャンディーズ1676日〜]]』の収録曲 * 熱帯夜/フィニッシュ(1978年6月) * 信天翁/ミッドナイト・ブルー(1978年11月) * よろしかったら/ビロードの爪(1979年9月)CBSソニーへ移籍 ** [[日本専売公社]]「パートナー」CMソング * 淋しい兎を追いかけないで/コーランの恋人(1980年3月) * 小心者/純情馬鹿(1980年8月) * 行きずり-日本の美女たちへ-/思うままの女(1981年5月) * いま、親友/アムール アムール(1981年10月) * [[トマトジュースで追いかえすのかい]]/裏面(1982年4月) ** 1981年に亡くなった[[大塚博堂]]のアルバム『[[感傷]]』(大塚の没後にシングル・カット発売)からのカバーソング * 恋はウー・ラ・ラ・ラ/愛を散らかしていた(1982年9月) * もっと人生を下さい/女の幻想曲(1983年) * いらっしゃい/サファイア色の午後(1985年) * ぬすんでもいいわ-暗闇にぬすむ接吻-/危険な関係(1986年) * 横恋慕/シャンペンでこんや破産(1988年11月)アポロン * FOREVER FRIENDS/TOKYOシンドローム(1992年12月)東芝EMI * 愛の落書き/紫のバラ(1997年4月)バンダイ・ミュージック * Rain愛しくて/まだまだ世の中捨てたものじゃない(2002年) === アルバム === * Michiyo Azusa/梓みちよ第一集(1963年7月) * たのしい、たのしいクリスマス(1963年11月)オムニバス盤 ⇒CD(1991年11月・キングKICX-144) * こんにちは赤ちゃん/梓みちよ第二集(1964年1月) ⇒CD(1989年5月・キング194A-16) * マイ・カップル(1964年1月)田辺靖雄・梓みちよ ⇒CD(1989年6月・キング194A-25) * おかあさん/みちよのヒットパレードVol.3(1964年8月) ⇒CD(1989年5月・キング194A-16) * 二人はステディー/マイ・カップルVol.2(1964年9月)田辺靖雄・梓みちよ ⇒CD(1989年6月・キング194A-25) * みちよと歌おう / 梓みちよの抒情歌集(1965年) * おかあさんへプレゼント(1966年)オムニバス盤 * 渚のセニョリーナ(1967年)ベスト盤 * 梓みちよ デラックス(1968年)ベスト盤 * 退職願い―ナツコの結婚―(1970年) * 梓みちよ オン・ステージ(1972年)1972/9/6 渋谷公会堂でのライブ盤 * 二人でお酒を(1974年)ベスト盤 * グラスにうつる愛の詩(1975年4月) ⇒CD(1994年2月・キング) * 梓みちよ・リサイタル(1975年)1975/2/17 大阪フェスティバル・ホールでのライブ盤 * メランコリー(ゴールデン・スター・ベスト・アルバム)(1976年)ベスト盤 * オリジナル・コレクション(1977年12月)ベスト盤 * 女が男を語るとき(1979年)CBSソニー移籍 * リラックス(1980年) * いま、親友(1981年) * 夜会服で(1982年) * 耳飾り(1984年) * 黄昏のモンテカルロ(1987年6月) * モスクワの仔猫(1997年4月) * 梓みちよCD-BOX(2002年7月)キング・レコード時代(1963-1978)のCD5枚組BOX * ゴールデン☆ベスト 梓みちよ ニュー・シャンソン(2005年3月)CBSソニー時代のシングル、アルバムからの2枚組編集盤 == 映像作品 == * 梓みちよ パフォーマンス(1983年) * 夢であいましょう(1991年)全5巻VHS * 歌の妖精(2001年)全7巻VHS == 映画 == * [[夢で逢いましょ]](1962年、東宝) * [[若い仲間たち うちら祇園の舞妓はん]](1963年、東宝) *こんにちは赤ちゃん(1964年、東宝) * 虹をつかむ恋人たち(1965年、東映) * てなもんや東海道(1966年、東宝) * ドリフターズですよ!全員突撃(1969年、東宝) * アッと驚く為五郎(1970年、松竹) == テレビ== === ドラマ === * [[ぼうや]](1963年、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]) * [[松本清張シリーズ (関西テレビ)|松本清張シリーズ]] 「万葉翡翠」(1966年3月、[[関西テレビ放送|関西テレビ]]) 主演 * お嫁さん(1)(1966年6月-12月、フジテレビ=日活) 主役の山縣まち子役(主題歌も担当) * [[夏に恋する女たち]](1983年、[[TBSテレビ|TBS]]) * [[銀河テレビ小説]] / 男の子育て日記(1987年、[[日本放送協会|NHK]]) * [[透明人間 (テレビドラマ)|透明人間]](1996年、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]) * [[ビューティ7]] 第10話「翔子の秘密! 肌の老化対策」(2001年、日本テレビ) * [[水戸黄門 (パナソニック ドラマシアター)|水戸黄門]]第39部第11話「若妻の言えない秘密?・天草」(2008年12月) お勢役 === バラエティ === <!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --> * [[新婚さんいらっしゃい!]](朝日放送) 2代目サブ司会者(1971年7月-1978年2月。1975年3月まではTBS系、同年4月以降はNETテレビ→テレビ朝日系で放送) * [[11PM]](日本テレビ) 金曜版2代目サブ司会者(1982年6月-1984年9月) === 声優(吹き替え) === * 知りすぎた男([[ドリス・デイ]])- 「声がドリス・デイに似ている」ということで起用された。 == NHK紅白歌合戦出場歴 == {| class="wikitable" |+ |-| style="background: #ccf;" ! | 年度/放送回 ! | 回 ! | 曲目 ! | 出演順 ! | 対戦相手 ! | 備考 |- |1963年(昭和38年)/[[第14回NHK紅白歌合戦|第14回]]||初||[[こんにちは赤ちゃん]]||20/25||[[坂本九]]|| |- |1964年(昭和39年)/[[第15回NHK紅白歌合戦|第15回]]||2||リンデンバウムの歌||09/25||[[ボニー・ジャックス]]|| |- |1965年(昭和40年)/[[第16回NHK紅白歌合戦|第16回]]||3||忘れたはずなのに||06/25||[[ダーク・ダックス]]|| |- |1966年(昭和41年)/[[第17回NHK紅白歌合戦|第17回]]||4||ポカンポカン||22/25||[[マイク眞木]]|| |- |1967年(昭和42年)/[[第18回NHK紅白歌合戦|第18回]]||5||渚のセニョリーナ||06/23||[[三田明]]|| |- |1968年(昭和43年)/[[第19回NHK紅白歌合戦|第19回]]||6||月夜と舟と恋||18/23||[[デューク・エイセス]]|| |- |1969年(昭和44年)/[[第20回NHK紅白歌合戦|第20回]]||7||こんにちは赤ちゃん(2回目)||16/23||[[水原弘]]|| |- |1974年(昭和49年)/[[第25回NHK紅白歌合戦|第25回]]||8||[[二人でお酒を]]||07/25||[[殿さまキングス]]|| |- |1975年(昭和50年)/[[第26回NHK紅白歌合戦|第26回]]||9||[[リリー・マルレーン]]||19/24||[[沢田研二]]|| |- |1976年(昭和51年)/[[第27回NHK紅白歌合戦|第27回]]||10||[[メランコリー (梓みちよの曲)|メランコリー]]||10/24||[[菅原洋一]]|| |- |1992年(平成4年)/[[第43回NHK紅白歌合戦|第43回]]||11||こんにちは赤ちゃん(3回目)||08/28||デューク・エイセス|| |} * 対戦相手の歌手名の()内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある()はトリ等を務めた回数を表す。 * 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。 * 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。 == 脚注 == {{Reflist}} == 外部リンク == * [http://www.arabesque-co.com/ 株式会社アラベスク](所属事務所) {{新婚さんいらっしゃい!歴代女性司会者|2代目,1971年 - 1978年}} {{日本レコード大賞受賞}} {{DEFAULTSORT:あすさ みちよ}} [[Category:日本の歌手]] [[Category:日本の俳優]] [[Category:NHK紅白歌合戦出演者]] [[Category:日本レコード大賞受賞者]] [[Category:過去の渡辺プロ系列所属者]] [[Category:過去のオスカープロモーション所属者]] [[Category:キングレコードのアーティスト]] [[Category:ソニー・ミュージックレコーズのアーティスト]] [[Category:福岡市出身の人物]] [[Category:1943年生]] [[Category:存命人物]]
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