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栗本慎一郎
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{{政治家 |人名 = 栗本 慎一郎 |各国語表記 = くりもと しんいちろう |画像 = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = {{生年月日と年齢|1941|11|23}} |出生地 = [[東京都]] |没年月日 = |死没地 = |出身校 = [[慶應義塾大学]][[経済学部]] |前職 = |現職 = [[有明教育芸術短期大学]]学長 |所属政党 = ([[無所属]]→)<br />([[新生党]]→)<br />[[政党自由連合|自由連合]]→<br />[[自由民主党]]→<br />[[政党自由連合|自由連合]] |称号・勲章 = 旭日中綬章 |世襲の有無 = 無 |親族(政治家) = 祖父 [[中野勇治郎]](東京府議会[[議長]]<ref name="daijinmeibo"/>) |配偶者 = |サイン = |ウェブサイト = |サイトタイトル = |国旗 = JPN |職名 = [[衆議院議員]] |内閣 = |選挙区 = ([[東京都第3区_(中選挙区)|旧東京3区]])→[[東京都第3区|東京3区]] |当選回数 = 2回 |就任日 = |退任日 = |退任理由 = |所属委員会 = |議員会館 = |元首職 = |元首 = |国旗2 = JPN |職名2 = [[経済企画庁|経済企画]][[政務次官]] |内閣2 = |選挙区2 = |当選回数2 = |就任日2 = |退任日2 = |元首職2 = |元首2 = }} '''栗本 慎一郎'''(くりもと しんいちろう、[[昭和]]16年([[1941年]])[[11月23日]] - )は、[[日本]]の[[経済人類学]]研究者、[[法社会学]]研究者、[[評論家]]、[[有明教育芸術短期大学]]学長。[[国会議員]]経験者([[衆議院]]2期)。元[[経済企画庁]][[政務次官]]。[[有限会社大学総合研究所]][[理事長]]。NPO法人[[世界芸術文化振興協会]]理事、NPO法人[[神道国際学会]]会長<ref>[http://www.shinto.org/wordjp/?cat=11]</ref>、[[国際スポーツ振興協会]]理事。[[健康食品]]開発者。 == 略歴 == [[東京都]]出身<ref name="daijinmeibo">[http://www.kantei.go.jp/jp/daijinmeibo/9709jikan/19kurimotosinnitirou.html 経済企画政務次官 栗本慎一郎]</ref>。父は元[[最高裁判所裁判官|最高裁判事]]の[[栗本一夫]]([[岐阜県]]出身)<ref>[http://www6.plala.or.jp/guti/cemetery/PERSON/K/kurimoto_ka.html 栗本一夫]</ref>。母トシ子は元東京府議会議長[[中野勇治郎]]([[京都府]]出身)三女<ref name="daijinmeibo"/>。 [[東京学芸大学附属世田谷小学校]]、[[東京学芸大学附属世田谷中学校|同中学校]]、[[東京都立戸山高等学校]]、[[慶應義塾大学]][[経済学部]]卒業<ref name="daijinmeibo"/>。同大学大学院経済学研究科[[博士課程]]退学。 [[天理大学]]専任講師、奈良県立短期大学(現奈良県立商大)助教授、[[ノースウエスタン大学]]客員教授([[1975年]]~[[1976年]])を経て、[[明治大学]]教授在任中、[[ヴァンダービルト大学]]客員教授([[1986年]]~[[1987年]])も務める<ref name="daijinmeibo"/>。[[1991年]]7月、明治大学教授を辞任<ref name="daijinmeibo"/>。[[1992年]]大学総合研究所を設立、栗本慎一郎自由大学開学<ref name="daijinmeibo"/> (非合法)<ref>[http://d.hatena.ne.jp/jun-jun1965/20120426 小谷野敦のブログ]によると、[[学校教育法]]135条によると正式な大学でないものは大学を名乗ってはいけないという。外部リンク参照</ref>。 [[東京農業大学]][[国際食料情報学部]]嘱託教授、[[拓殖大学]][[客員教授]]、[[帝京大学]]客員教授、衆議院議員2期をへて、2011年有明教育芸術短期大学第二代学長兼[[学校法人三浦学園]]理事。同年春[[旭日中綬章]]叙勲。[[国際スポーツ振興協会]]理事。 == 人物 == 雑誌『[[現代思想 (雑誌)|現代思想]]』[[1977年]]3月号をきっかけに論壇にデビューし、その後、いわゆる「ニューアカ([[ニュー・アカデミズム]])」ブームの先鋒をつとめた。'''[[新人類]]'''という言葉を作り出したり、議論の技術を向上させる[[ディベート]]を普及するため『[[朝まで生テレビ!]]』に出演するなど、積極的にマスコミに顔を出すとともに、[[糸井重里]]、[[吉本隆明]]、[[丸山圭三郎]]ら多くのタレント、文化人、学者と分野を超えて交流し、多数の対談・共著を出版した。 [[カール・ポランニー]]の弟分である高名な[[経営学者]][[ピーター・ドラッカー]]から突如電話を受け、それがきっかけで「[[ブダペスト]]物語」を執筆したり、過去には[[歌手]]として[[織田哲郎]]プロデュースの下『平成若者大音頭』をリリースするなど幅広く活動。 1999年10月頃、[[脳梗塞]]になる。朝起きると左半身が動かなくなり、日課のウォーキング中で道が分からなくなる、病院に行こうとタクシーに乗るも、呂律が回らず運転手に行き先が伝わらない等の症状が出る。一命は取り留めたものの左半身麻痺となってしまい、リハビリに励むも中々上手くいかない。ある日、リハビリで左手を動かそうとすると右手が動く事に気付いた栗本は、箱の真ん中に鏡を置き、箱の中に右手を入れ、鏡で右手を映しながら動かし、それと同時に妻が左手を同じ様に動かすという、鏡に映った右手を左手だと栗本の脳に錯覚させるという[[ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドラン]]の「ミラーボックス」によるリハビリ法を試した結果、2ヵ月後には症状が良くなり、現在はゴルフや車の運転が出来るほどに回復した。 文学にも造詣が深く、『[[反文学論 (栗本慎一郎の著作)|反文学論]]』という文芸評論や、小説の実作「反少女」「敵意」「紐育の少女([[林真理子]]がモデル)<ref>「東京の血はどおーんと騒ぐ」文庫版 [[小黒一三]]による解説</ref>」「白雨の少女」がある。 2012年6月9日、東京都[[世田谷区]]の路上で乗用車を運転中、衝突事故を起こしていたことが、2012年6月15日に[[読売新聞]]によって報じられた<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120615-OYT1T00223.htm よみうりオンライン]</ref>。 明大時代の教え子にタレントの[[大川豊]]や元野球選手の[[平田勝男]]がいる。 == 学説・思想 == 指導教授は[[経済史]]の[[高村象平]]。栗本は、経済史を研究するなかで、その枠を超えてカールを祖とする実在派[[経済人類学]]に辿り着き<ref>上掲『講座西洋経済史5巻』257頁</ref>、カールの弟子である[[ジョージ・ドルトン]]に師事する。 栗本は、経済人類学の研究成果を踏まえ、近代以前の社会を[[非市場社会]]であるとしたうえで、非市場社会における財の生産、贈与、交換、廃棄等の経済活動の根底には、習俗によって規定されている人びとの行為に、当人たちには意識されていない行為の動因があり、経済活動はその結果ないし機能にすぎないとする。そのうえで、近代社会である市場社会においても上掲の事情は基本的には変わりがないとして、経済活動を人びとの合理的な利益追求であるとする従来の[[経済学]]の常識に180度の転回を迫った<ref>上掲『経済人類学』3〜16頁</ref>。 栗本は、その研究対象を広義の経済学の枠を超えて法社会学に広げて、社会規範として人びとに行為を強制・禁止する習俗についての研究を進める一方<ref>上掲『法・社会・習俗』、『法社会学研究』</ref>、その他方で人びとの行為・行動の動因となっているものを明らかにするためには、[[無意識]]の問題を避けることはできないとして[[精神分析学]]、[[記号論]]ないし生命論等の議論をも踏まえたうえで、経済人類学を基礎として、経済学、[[法学]]、[[文化人類学]]を包括した統一的理論の構築を目指した<ref>上掲『経済人類学』3〜16頁</ref>。 その後、[[デュルケーム]]の聖俗理論を紹介したうえで、[[動物行動学]]の研究成果を踏まえ、これを[[ジョルジュ・バタイユ]]のタブーとエロティシズムに関する見解と結びつけ、日常的時空間における生産的な経済活動は、逆説的であるが、非日常的時空間における破壊的な(経済)活動の準備としてなされる、極めて不合理なものであり、その背後にタブーを犯すことによって生じる快感と、それを支える生命的なエネルギーがあり、しかもそれが経済活動のみならず、人間の[[道徳]]、習俗、意識さえも規制しているという「過剰―蕩尽理論」を主張した<ref>上掲『パンツをはいたサル』。詳細は『現代思想1982年2月号特集バタイユ』</ref>。 栗本は、上掲のとおり学問の枠を超えた過激な見解を主張していたが、それでも当時は[[トーマス・クーン]]の見解をあげたうえで、個別の学者・学説への批判を慎重に避けていた<ref>上掲『法・社会・習俗』42、43頁</ref>。ところが、突如、[[浅田彰]]や[[山口昌男]]ら個別の学者を名指しして批判を始め、「危険な学者」と自称するようになる<ref>上掲『鉄の処女』</ref>。このように態度を一転させた理由は、学者がマスコミ進出によって、大学教授という地位だけでなく、わずかばかりの知名度や収入を得てそれを守るために汲々とし、お互いに学問的な批判や議論を避けているとの不満と、山口や[[柄谷行人]]、[[蓮實重彦]]らは、その方向性を突き詰めれば社会システムを包括的にとらえる超統一的理論へと至るステップを準備するはずなのであるが、その作業をしていないかあるいはしていても極めて不徹底であることへの苛立ちにあったといえる<ref>上掲『鉄の処女』および上掲『現代思想批判/言語という神』</ref>。 その後、自身の理論を更に徹底させて上掲のいわゆる社会科学にとどまらず、すべての学問を包括的にとらえる超々統一的理論の構築を目指して、[[マイケル・ポランニー]]の科学哲学である[[暗黙知]]の理論を承継・発展させて、[[化学]]、[[物理学]]の研究を進めて、[[量子論]]、[[宇宙論]]の研究の成果を取り込んだ後掲『意味と生命-暗黙知理論から生命の量子論へ』を上梓した。 さらにその後、[[ドーパミン]]等の脳内伝達物質にいち早く注目し、[[コンドラチェフの波]]等の[[景気循環]]に関する経済学説を紹介したうえで、その原因が[[太陽]]からの[[磁気]]が関係していると主張するなど多くの著作を発表している<ref>上掲『大転換の予兆』56頁</ref>。 == 社会的活動 == {{出典の明記|date=2013年1月|section=1|ソートキー=人}} ニューアカブーム以降、 [[料理の鉄人]]では審査員を務めるなど多彩な活動で[[マスメディア|マスコミ]]に知られるようになる。[[1991年]]に明治大学で[[替え玉受験]]事件(替え玉が発覚した20人の受験生の中に後の[[なべやかん]]がいた)が発覚すると、大学の腐敗と学生の怠惰に抗議すると表明して、突如教授を辞任。マスコミ活動のために[[ホリプロ]]に所属した。 [[1993年]]7月には、[[第40回衆議院議員総選挙|衆議院議員総選挙]]に自身が生まれ育った世田谷区と[[目黒区]]で構成の[[東京都第3区_(中選挙区)]]で慶應経済学部同級生[[小沢一郎]]代表幹事の結成間もない[[新生党]]の[[推薦#公職選挙法における推薦|推薦]]を受けて[[無所属]]で出馬し、当選し後に正式に新生党入党。小沢側近の一人として活動した。 しかし、[[1994年]][[6月29日]][[総理大臣指名選]]で支持した[[海部俊樹]]が敗北し[[野党]]となり12月の[[新進党]]の結党には参加せず、小沢と袂を分かった後はメディアで「ただの馬鹿」呼ばわりして話題となった。[[政党自由連合|自由連合]]所属を経て、自身の慶應・経済学部同級生の[[小泉純一郎]]や自身の小学校の5年先輩の[[福田康夫]]が属する[[自由民主党 (日本)|自民党]]及び[[清和会]]へ。世田谷には清和会現職[[越智通雄]]が居たため、国会議員を[[引退]]した清和会副会長経験者[[石原慎太郎]]の品川や大田の地盤を継承。[[第41回衆議院議員総選挙|1996年10月の総選挙]]にも、自民党現職として[[東京都第3区|東京3区]]及び[[比例東京ブロック]]から[[重複立候補]]し、新進党新人の[[松原仁]]や[[新党さきがけ]]現職の[[宇佐美登]]などを破り再選される(松原VS宇佐美は史上初の[[松下政経塾]]出身者同士の定数1公選での激突、両候補は重複せず、松原が次点)。 [[1997年]]9月[[橋本龍太郎]]から[[経済企画庁|経済企画]][[政務次官]]に任命され[[1998年]]ポスト橋本の[[自民党総裁選]]では小泉推薦人。[[1999年]]4月の[[1999年東京都知事選挙|東京都知事選挙]]では非自民だった[[舛添要一]]候補の選対本部長をつとめ清和会を離脱したが[[野末陳平]]と共闘した事に抗議し離反し石原支持。[[通信傍受法]](盗聴法)に[[田中真紀子]]とともに採決の際に反対し、単独で離党届をだす。田中真紀子はそのまま自民党に残ったが、栗本の離党届は受理されず[[除名]]処分となる(その時点の[[自民党幹事長]]は清和会会長[[森喜朗]])。[[宮崎学]]率いる[[電脳突破党]]に参加する。同年の10月29日に[[脳梗塞]]で倒れた。脳梗塞で倒れる前日の記者会見ではろれつが回らなかったり症状が出ていたという。左半身麻痺という後遺症が発症したが、自ら考案したリハビリ(右半身を鏡で見せて左半身を鏡で隠すといった方法)ののち、左半身麻痺が解消し復帰している。 [[第42回衆議院議員総選挙|2000年6月の総選挙]]では、[[通信傍受法]]成立時の[[郵政大臣]]だった[[八代英太]]と同じ選挙区([[東京都第12区|東京12区]])から自由連合公認・突破党推薦で重複立候補するが、有効投票総数の1割未満で[[供託金]]没収、最下位落選し、政界からも去った。近年は、大学の教壇に立つかたわらで、自身が経験した[[脳梗塞]]に関する仕事も精力的に行っている。著書『かくして日は昇る』では[[北海道]]の[[自治]]についても大きな関心を示した。引退後[[週刊現代]]でかつての盟友・小泉に対し「頭も悪いが性格も悪い。」等と痛烈な人格批判を行い物議を醸したが、小泉サイドからの抗議などはなかった。 === 北海道知事出馬への意向 === [[舛添要一]]の[[1991年北海道知事選挙|道知事]]出馬の可能性が話題になっていた1990年末から1991年初めころ、栗本も道知事への出馬を考えていた。 1990年末、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系の『[[EXテレビ]]』にゲスト出演した栗本が、レギュラーの舛添と、今年の10大ニュースを互いに挙げていく、という企画があり、栗本は上位(舛添の愛称が”ヨウちゃん”だから、駄洒落で4位)に舛添の道知事出馬騒動を挙げていた。舛添の「(当時存在しなかった)北海道本拠地のプロ野球チームを作るべき」というアイディアに賛意を表していた。一方、舛添は、当時[[太陽黒点]]と社会変化の関係を力説していた栗本に対し、「太陽黒点移動が、”北海道の時代”の到来と関係あるのではないか?」などと問い詰めていたが、これには何も返答しなかった。 その直後、上記にもあるとおり地方自治を論じた『かくして日は昇る』という本を緊急出版した<ref>本件のEXテレビ放映日が90年末であり、「かくして日は昇る」ISBN 4163451803 が91年3月発売であることが奥付より証明できる。ちなみに[[1991年北海道知事選挙|91年道知事選]]は4月。</ref>。いままで地方自治について積極的に語らなかった栗本(当時の『[[朝まで生テレビ!]]』などでも東京一極集中を頑なに全面肯定していた)が、突如として北海道自治に関心を示し、「もし私が道知事であったなら」などという仮定で政策提言している。 その後、西部邁(北海道出身)との共著(対論)「立ち腐れる日本」でも、[[都知事]]と道知事へのオファーがあったことを語り、西部から「貴方なら僕も応援するけどな」との賛意を得た<ref>「立ち腐れる日本」(光文社)75頁「男が女を、『女』が日本を駄目にした」の章</ref>。 テレビでも、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系の『[[上岡龍太郎にはダマされないぞ!]]』で、その週の各新聞から注目すべき記事にスポットを当てて出演者らがコメントするコーナーで、栗本が道知事候補として浮上した記事が紹介され、司会の[[上岡龍太郎]]が「舛添にしろ栗本さんにしろ、北海道ってのはつくづく頭の薄い奴が好きやなぁ」とコメントする一幕があった。出演者の一人であった栗本は「(もう立候補表明の期限は過ぎてしまったので)今回は出馬しないが、出るときは出るよ」と、出馬の意志があったことを否定しなかった。同時期テレビ朝日『[[TVタックル]]』でも司会の[[ビートたけし]]が舛添に「この前、栗本さんが(この番組にゲストで)来たとき、”たけちゃん、あれ(=道知事のポスト)、いいなあ。どうにかなんねえか(=道知事になれないか)なあ?”と言ってたよ」とこの件について尋ね、舛添が栗本出馬断念の経緯を説明する一幕があった。 == 家族・親族 == === 栗本家 === [[File:Kurimoto Kazuo.JPG|thumb|150px|right|父・'''[[栗本一夫]]''']] ;([[岐阜県]][[稲葉郡]][[則武村]]<ref name="shihoup174">『大日本司法大観』(編纂兼発行者 沖邑良彦 1940年 174頁)</ref>(現[[岐阜市]])、[[東京都]]) *父・'''[[栗本一夫|一夫]](裁判官) :[[明治]]45年([[1912年]])[[5月]]生 - [[平成]]4年([[1992年]])11月没 *母・'''トシ子'''([[京都府]]人[[中野勇治郎]](元東京府議会議長)三女 == 著書 == === 単著 === * 『経済人類学』([[東洋経済新報社]]、[[1979年]]) * 『[[幻想としての経済]]』([[青土社]]、[[1980年]])のち角川文庫 * 『法・社会・習俗 法社会学序説』([[同文舘出版]]、[[1981年]]) * 『光の都市 闇の都市』(青土社、1981年) * 『[[パンツをはいたサル]] 人間は、どういう生物か』([[光文社]]カッパサイエンス、1981年) * 『ブダペスト物語 現代思想の源流をたずねて』([[晶文社]]、1982年) * 『経済人類学の眼』 青土社 1982年5月 * 『ホモ・パンツたちへ』 情報センター出版局 1982年8月 * 『血と薔薇のフォークロア』 リブロポート 1982年6月 * 『東京の血は、どお-んと騒ぐ 冒険者たちの黙示録』 情報センター出版局 1983 のち角川文庫 * 『都市は、発狂する そして、ヒトはどこに行くのか』 光文社〈カッパ・サイエンス〉 1983年6月 * 『大衆文化論 若者よ、目ざめるな』 白夜書房 1984年5月 のち光文社文庫 * 『[[反文学論 (栗本慎一郎の著作)|反文学論]]』(光文社文庫オリジナル、1984年) * 『読書原論』 角川書店 1985年1月 * 『[[鉄の処女 (書物)|鉄の処女]] 血も凍る「現代思想」の総批評』(光文社カッパサイエンス、1985年) * 『反少女』 角川書店 1985年11月 * 『毒入り教授より愛をこめて 愚の眼・鷹の眼』 1986年4月 (光文社文庫) * 『教授のインテリジェント・テニス教室 技術と精神をきたえる!』 角川書店 1986年7月 * 『南部=地鳴りするアメリカ! 』光文社 1988年1月 * 『[[パンツを捨てるサル]] 「快感」は、ヒトをどこへ連れていくのか』(光文社、[[1988年]]) * 『意味と生命-暗黙知理論から生命の量子論へ』(青土社、[[1988年]]) * 『さぁ、クルマで出かけよう ヒトの生命・身体を発見する旅へ 』光文社カッパ・サイエンス 1989年6月 * 『ニッポンの終焉 2001年への最後の選択』(現代書林、[[1989年]])のち講談社文庫 * 『縄文式頭脳革命』 講談社 1989年11月 のち文庫 * 『五月のテニスボール』 六興出版 1990年10月 * 『幻想としての文明』([[講談社]]、[[1990年]]) * 『危ない現実 「正義」が思想を殺すとき』 学習研究社 1991年7月 * 『かくして日は昇る―新日本革命論』(文藝春秋、[[1991年]]) * 『人類新世紀終局の選択-「精神世界」は「科学」である』([[青春出版社]]、1991年)「人類は思考する“金魚"である」文庫 * 『[[大転換の予兆]] 21世紀を読む』(東洋経済新報社、[[1992年]]) * 『明大教授辞職始末』 講談社 1992年8月 * 『パンツを脱いだロシア人 国家と民族の「現在」を問う』 光文社カッパ・サイエンス 1992年8月 * 『クリシンの明日は無罪!!』 メディアファクトリー 1992年7月 * 『成り行き大国ニッポン 大転換期・日本をどう新生させるのか』([[徳間書店]]、1993) * 『[[間違いだらけの大学選び]](疾風編/怒濤編)』([[朝日新聞社]]、[[1994年]]) * 『教科書では教えない日本政治 栗本慎一郎の政治人類学』 東洋経済新報社 1997年2月 * 『自民党の研究 あなたも、この「集団」から逃げられない』 光文社カッパ・ブックス 1999年10月 * 『現代政治の秘密と構造』 東洋経済新報社 1999年12月 * 『脳にマラカスの雨が降る 脳梗塞からの生還』 光文社カッパ・ブックス 2000年6月 * 『栗本慎一郎の脳梗塞になったらあなたはどうする-予防・闘病・完全復活のガイド』(たちばな出版、[[2000年]]) * 『脳梗塞、糖尿病を救うミミズの酵素 秘密は血管を浄化するミミズの酵素にあった!』 たちばな出版 2001年4月 * 『血栓を溶かし梗塞を予防しよう 驚異の酵素の発見』 東京農大出版会 2001年3月 * 『[[パンツを脱いだサル]]-ヒトは、どうして生きていくのか』([[現代書館]]、[[2005年]]) * 『シリウスの都 飛鳥 日本古代王権の経済人類学的研究』(たちばな出版、2005年) * 『純個人的小泉純一郎論』(イプシロン出版企画、[[2006年]]) * 『シルクロードの経済人類学 日本とキルギスを繋ぐ文化の謎』(東京農業大学出版会、[[2007年]]) * 『ゆがめられた地球文明の歴史 「パンツをはいたサル」に起きた世界史の真実』(技術評論社、[[2012年]]) * 『栗本慎一郎の全世界史 ~経済人類学が導いた生命論としての歴史』(技術評論社 [[2013年]]) * 『栗本慎一郎最終講義 歴史学は生命論である』(武久出版 [[2013年]]) === 共著・対談・鼎談 === * 『経済人類学』([[角山栄]]・[[速水融]]編)「講座西洋経済史5巻」(同文舘出版、1979年) * 『経済の誕生-富と異人のフォークロア』(工作舎、1982年)※[[小松和彦]]との対談。ISBN 4875021119 * 『[[相対幻論]]』(冬樹社、[[1983年]])※吉本隆明との対談。 * 『俺たちはノイズだ』(冬樹社、1983年)※糸井重里との対談。 * 『闇の都市-血と交換』、朝日出版社、[[1985年]]。※[[笠井潔]]との対談。ISBN 4255850321 * 『現代思想批判/言語という神』([[作品社]]、1985年)※[[小阪修平]]との対談。ISBN 4878936045 * ([[青木孝平]]・[[石川晶康]]・[[加藤哲実]]・[[北構太郎]]・[[和崎春日]]・[[三苫民雄]])『法社会学研究』(三嶺書房、1985年) ISBN 4914906287 * 『いま、なぜ「文化」の時代か』([[講談社]]、1985年)※[[渡部昇一]]、[[村松友視]]、[[山口洋子]]とのシンポジウム。ISBN 4062018616 * 『恋愛幻論』([[角川書店]]、[[1986年]])※吉本隆明、[[林真理子]]との鼎談。ISBN 4048750178 * 『罵論・ザ・犯罪-日本「犯罪」共同体を語る』(アス出版、1986年)※[[小室直樹]]、[[長谷川和彦]]との鼎談。ISBN 4900402125 * ([[大塚明郎]]・[[慶伊富長]]・[[広田鋼蔵]]・[[児玉信次郎]])『創発の暗黙知-マイケル・ポランニー その哲学と科学』(青玄社、[[1987年]]) ISBN 4915614107 * 『死角のなかのアメリカ』([[毎日新聞社]]、[[1988年]])※[[石川好]]との対談。ISBN 4620306568 * 『闘論 2000年の埋葬-日本人になにが起こっているか』(ネスコ、[[1989年]])※[[田原総一朗]]との対談。ISBN 4890367721 * 『[[立ち腐れる日本]]』(光文社、[[1991年]])※[[西部邁]]との対談。ISBN 4334060625 * 『加速する変容』([[扶桑社]]、1991年)※吉本隆明、[[石原慎太郎]]、[[中沢新一]]との対談。ISBN 4594006795) * 『闘論 政治はこう動く』(講談社、[[1994年]])※[[舛添要一]]との対談。ISBN 4062068850 * ([[阿部謹也]]・[[樺山紘一]]・[[河上倫逸]]・[[山内昌之]]・山口昌男)『いまヨーロッパが崩壊する』(光文社、1994年) * (阿部謹也・山口昌男・[[加藤哲実]]・[[大和雅之]])『経済人類学を学ぶ』([[有斐閣]]、[[1995年]])ISBN 4641182388 * (河上倫逸・[[丹生谷貴志]]・山口昌男)『「正気」が「狂気」を生んだ-日本が知らないもうひとつのヨーロッパ(上)-』(光文社、1995年) * (樺山紘一・[[合田正人]]・[[今福龍太]])『ユダヤがイスラムを生んだ-日本が知らないもうひとつのヨーロッパ(下)-』(光文社、1995年) * ([[安倍晋三]]・[[衛藤晟一]])『「保守革命」宣言-アンチ・リベラルへの選択』(現代書林、[[1996年]])ISBN 4876209391 ==== 漫画原作 ==== * 明治は近大に勝てるか? 画:[[渡辺和博]](『大衆文化論 若者よ目覚めるな』所収) === 訳書 === * カール・ポランニー『経済と文明』([[サイマル出版会]]、1975年)※[[端信行]]と共訳 * カール・ポランニー『人間の経済』([[岩波書店]]、1980年)※[[玉野井芳郎]]と共訳 * ジョージ・ドルトン『経済体制の理論』(サイマル出版会、1980年)※[[太田稀喜]]と共訳 * [[ダニエル・デフォー]]『[[ロンドン]]・[[ペスト]]の恐怖』([[小学館]]、1994年) == 外国語に翻訳された著作 == * 『穿裤子的猴子 人类行为新析』 (北京:工人出版社、1988年) ※『パンツをはいたサル』の中国語訳。 * 『經濟人类学』 (北京:商务印书馆、1997年) * 『布達佩斯的故事』(上海:三聯書店、2012年6月) ※『ブダペスト物語 現代思想の源流をたずねて』の中国語訳。 == 関連図書 == * [[伊勢史郎]]『快感進化論』(現代書館、[[2003年]]) ISBN 4768468713 == 学問的後継者 == * [[伊勢史郎]]:著書名の「快感進化論」自体が栗本の造語であり、栗本自身が解説文を寄せている。 * [[大和雅之]]:[[現代思想]]誌上で栗本学派を自称した。[[facebook]]のプロフィールでは、好きな本の中に、M・ポランニーの『個人的知識』と並んで、『パンツをはいたサルを』を挙げている<ref>[http://ja-jp.facebook.com/myamato フェイスブック本人プロフィール]</ref>。 == 出演テレビ番組 == * [[クイズ!年の差なんて]]([[フジテレビジョン|フジテレビ]]) * [[DEBATE]]([[フジテレビジョン|フジテレビ]]) * [[TVブックメーカー]](フジテレビ) * [[クイズ!世にも不思議な逆回転]](フジテレビ) * [[料理の鉄人]]:審査員 * [[ダウトをさがせ!]]([[MBSテレビ|毎日放送]]) * [[ストレートニュース (テレビドラマ)]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]) 記者役 == 出演ラジオ番組 == * 『栗本慎一郎の社会と芸術を語る』([[アール・エフ・ラジオ日本]])パーソナリティー([[2011年]]10月から) == 映画出演 == * 『[[ビリィ★ザ★キッドの新しい夜明け]]』(大学教授役) === Vシネマ === * 『首相官邸の女』[[青田典子]]主演・[[若松孝二]]監督(政治部記者役) == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 関連項目 == * [[カルビー]] *[[仮面ライダー]]‐ 「経済人類学の眼」「俺たちはノイズだ」参照 * [[仮面ライダースナック]] * [[ミミズ酵素]] *[[大村裕]] - 神経生理学者 「[[現代思想 (雑誌)]]」「特集・ニューロフィロソフィー」で対談。 == 外部リンク == * [http://www.homopants.com/ Homopants.com Prof.Kurimoto's Web] * [http://www.homopants.com/english/ Homopants.com Prof.Kurimoto's Web (English version)] * [http://www.horipro.co.jp/talent/SC001/ プロフィール(ホリプロタレントファイル)] * [http://talent.yahoo.co.jp/talent/8/m96-0185.html プロフィール(Yahoo!JAPAN)] * [http://senyou.jp/ センヨウ] * [[週刊プレイボーイ]]で1999年に盗聴法に反対を表明したときの記事抜粋[http://www.linelabo.com/bk/1999/bk9906b.htm] *[http://thoz.org/law/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%95%99%E8%82%B2%E6%B3%95/%E7%AC%AC135%E6%9D%A1%E7%AC%AC1%E9%A0%85 学校教育法135条] {{start box}} {{s-aca}} {{Succession box | title = [[有明教育芸術短期大学]]学長 | years = 第2代:[[2011年]] - | before = [[小林志郎 (教育者)|小林志郎]] | after = - }} {{end box}} {{ホリプロ}} {{世界芸術文化振興協会}} {{国際スポーツ振興協会}} {{DEFAULTSORT:くりもと しんいちろう}} [[Category:日本の思想家]] [[Category:自由民主党の衆議院議員]] [[Category:新生党の国会議員]] [[Category:東京都選出の衆議院議員]] [[Category:日本の経済学者]] [[Category:日本の法学者]] [[Category:法社会学者]] [[Category:明治大学の教員]] [[Category:奈良県立大学の教員]] [[Category:拓殖大学の教員]] [[Category:東京農業大学の教員]] [[Category:帝京大学の教員]] [[Category:天理大学の教員]] [[Category:有明教育芸術短期大学の教員]] [[Category:ホリプロ]] [[Category:国際スポーツ振興協会の人物]] [[Category:仮面ライダー]] [[Category:暗黙知研究者]] [[Category:日本の歌手]] [[Category:日本の俳優]] [[Category:経済人類学者]] 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