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東出輝裕
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{{Infobox baseball player |選手名 = 東出 輝裕 |所属球団 = 広島東洋カープ |役職 = |背番号 = 2 |選手写真ファイル名 = Hiroshima Toyo Carp a-higashide.jpg |写真のコメント = 2010年(マツダスタジアム) |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[福井県]][[鯖江市]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1980|8|21}} |没年月日 = |身長 = 171 |体重 = 73 |利き腕 = 右 |打席 = 左 |守備位置 = [[二塁手]]、[[遊撃手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1998}} |ドラフト順位 = ドラフト1位 |初出場 = 1999年5月11日 |最終出場 = |年俸 = 7,000万円(2014年) |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[敦賀気比高等学校]] * [[広島東洋カープ]] (1999 - ) |選出国 = |選出年 = |得票率 = |選出方法 = }} '''東出 輝裕'''(ひがしで あきひろ、[[1980年]][[8月21日]] - )は、[[広島東洋カープ]]に所属する[[プロ野球選手]]([[内野手]])。一般社団法人[[日本プロ野球選手会]]理事長。 == 来歴・人物 == [[福井県]][[鯖江市]]出身。[[敦賀気比高等学校|敦賀気比高校]](同級生に[[金森久朋]])2年時に[[第79回全国高等学校野球選手権大会]]でベスト8、初戦の[[堀越高等学校|堀越]]戦で[[四球]]で[[出塁]]すると二盗・三盗を立て続けに決めて決勝点のきっかけを作るなど当時から俊足ぶりを発揮していた。 3年時は[[第70回選抜高等学校野球大会]]と[[第80回全国高等学校野球選手権大会]]の甲子園にそれぞれ[[投手]]兼内野手として春夏連続出場。投手で1番打者で[[キャプテン]]の役割を担ったが、[[選抜高等学校野球大会|選抜]]は[[PL学園中学校・高等学校|PL学園]]、夏は[[桜美林中学校・高等学校|桜美林]]に惜敗した。甲子園での東出の活躍を見た[[小関順二]]は当時の著書で「天才」と評した。また当時[[広島東洋カープ]]のコーチを務めていた[[高代延博]]は東出の甲子園でのプレーを見て、球団のスカウト担当に「内野手として使える」とドラフト指名候補にするよう進言したという<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/08/15/kiji/K20130815006423910.html 【野球のツボ】プロは高校球児のココを見る] スポーツニッポン 2013年8月15日閲覧</ref>。 [[第3回AAAアジア選手権大会日本代表]]に選出され、同指揮官[[中村順司]]前PL監督から「[[立浪和義]]以来の逸材」という評価を受けた。遊撃手として大会ベストナインを獲得。{{要出典範囲|高校通算[[打率]].464、34[[本塁打]]、50m走5秒7、遠投115m|date=2014年6月}}。{{NPBドラフト|1998}}のドラフト1位で広島東洋カープに指名を受けて入団。 === プロ入り後 === {{by|1999年}}、高卒新人として1年目から出場を果たし、主にセカンドを守った。5月11日の[[読売ジャイアンツ|巨人]]戦で2番・セカンドでプロ初先発初出場を果たし、第2打席は完全に詰まった内野ゴロであったにも関わらず、[[内野安打]]となった。[[フレッシュオールスターゲーム]]にも[[ウェスタン・リーグ]]の先頭打者として先発出場。翌{{by|2000年}}は[[野球の背番号|背番号]]を2に変更、遊撃手に[[コンバート (野球)|コンバート]]された。セカンドのレギュラー候補だった[[エディ・ディアス]]が公式戦直前に負傷で戦線離脱し、代わりにセカンドに入った[[木村拓也]]と共に1、2番で[[スターティングメンバー|スタメン]]に名を連ねた。112試合に出場、守備面ではリーグ最多の25[[失策]]を記録しながら、217刺殺・356補殺、[[守備率#新しい守備指標|レンジファクター]]は5.0を超えた。 {{by|2001年}}月間リーグ最多盗塁(8個)でJA全農セ・リーグGOGO賞(好走塁賞)を受賞。球団記録となるシーズン49犠打を記録。全試合に出場し、打率2割6分2厘、5本塁打、35打点に加え、盗塁も自己最高の26個をマーク。リーグ最多の5三塁打も記録して、主に2番打者に座る。守備面では27失策で2年続けてリーグ最多を記録するも、一方で補殺数は[[宮本慎也]](425)・[[石井琢朗]](417)に次ぐ411を記録。[[第34回IBAFワールドカップ日本代表]]に選出され、予選・本選を通じて日本チームトップの10打点を記録、守備でもほとんど経験の無い[[三塁手|サード]]を守りベストナインを獲得。しかし、決勝進出をかけた対キューバ戦では、1点リードの投手戦で同点タイムリーエラーを犯した。 {{by|2002年}}、エディ・ディアスがセカンドに入り、東出はショートで開幕スタートするが、右大腿二頭筋肉離れにより[[5月26日]]から[[7月7日]]まで2ヶ月間近く戦線を離脱。故障の影響もあり成績は振るわなかった。この年はチームメイトで三塁手の[[新井貴浩]]と最多失策を争っていたが、上記の離脱で出場機会が減ったため、最多失策は新井となり、3年連続での最多失策は免れた。 {{by|2003年}}、再びセカンドへコンバートされるも、47試合の出場に留まる。 {{by|2005年}}チーム事情から一時期ショートを守ったが、[[オリックス・バファローズ|オリックス]]から[[菊地原毅]]とのトレードで移籍してきた[[山崎浩司]]がショート、木村拓也がセカンドに定着。自身はセカンドや外野の守備固めなどで出場した。7月17日の[[阪神タイガース|阪神]]戦([[阪神甲子園球場]])では、好投を続けていた[[安藤優也]]から延長10回決勝[[本塁打]]を放った<ref>この本塁打を記録してから約5年間、2393打席にわたって公式戦で本塁打を放つことはなかった。</ref>。 {{by|2006年}}、[[マーティ・ブラウン]]新監督が就任し、ショートは前年守った山崎、セカンドはルーキーの[[梵英心]]という二遊間で開幕を迎える。しかし、山崎が打撃不振の一方、開幕戦に入って東出が途中出場などで活躍。4月後半に梵がショートに回り、東出がセカンドに復帰。7月には監督推薦で[[オールスターゲーム (日本プロ野球) |オールスターゲーム]]出場を果たした。4年ぶりに[[規定打席]]に到達して打率はシーズンを通じて2割8分台を維持、自身初のサヨナラヒットも打ったが[[二塁打]]と[[本塁打]]は規定打席到達している打者の中で両リーグ最少(二塁打は[[田中賢介]]とタイ、本塁打は[[赤星憲広]]とタイ)。また盗塁成功率が低かった(成功11・失敗18)。守備面では、セカンドとして122試合に出場してリーグトップの277刺殺・421補殺に加えて8失策で守備率.989でリーグ2位と成長を見せた。また、レンジファクターは6.0近かった。<!-- 正確な数値に修正ください。 -->{{要出典|date=2007年11月}}敦賀気比高時代の同級生と結婚したことを発表。 {{by|2007年}}打撃面では前年を下回る成績となり、スタメン、打順とも固定できない試合が増えたが、132試合に出場した。守備面では、二塁手での出場は124試合でリーグトップの419補殺、同2位の294刺殺で失策は7、守備率.990でリーグ2位。レンジファクターはこの年の規定イニングを越える二塁手としてリーグトップの6.37だった。<ref>http://baseball-zone.net/a_la_carte_record_defense_2007c.html</ref>盗塁死は前年の18から4に減少。三振数55は[[前田智徳]]の31に次ぐチーム2位の少なさで、三振率も[[前田智徳]]に次いで下から2位。併殺打3は規定打席到達の打者では[[高橋由伸]]([[読売ジャイアンツ|巨人]])、赤星憲広(阪神)、[[アーロン・ガイエル]]([[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]])らと並びリーグ最少、二塁打、[[三塁打]]、本塁打、[[長打率]]、[[打点]]はリーグ最少だった(規定打席到達者では二塁打は赤星・[[相川亮二]]とタイ、三塁打は9人が0本でタイ、本塁打は赤星とタイ、パでは[[村松有人]]も本塁打0だった)。赤星と共に、2年連続で規定打席に到達して本塁打がなかった。(史上8・9人目で9・10度目)。オフに将来は現役引退後、母校の指導者となることを希望しており教職資格を取るために[[早稲田大学]]進学が報道された<ref>http://hiroshima.nikkansports.com/baseball/professional/carp/p-rp-tp0-20061212-129340.html</ref>。 {{by|2008年}}、シーズン当初は控えや下位の打順を打つ事が多かったが、徐々に結果を出してからは1、2番に固定され、打率.360前後の成績をキープし、[[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]に初めてファン投票で選出された。138試合に出場し、初の3割到達となる打率.310を記録。併殺打は前年の3よりもさらに少ない1で、2年連続でリーグ最少だった。終盤戦に負った指の負傷の影響もあり、久々の2桁となる12失策を記録したが、守備面でも年間通じて安定。内野手最多得票となる141票にて二塁手のベストナインに選ばれる<ref>http://www.daily.co.jp/baseball/2008/11/22/0001578722.shtml</ref>。なお、本塁打はこの年も0本に終わり、規定打席に到達しての3年連続本塁打ゼロは、1991 - 1993年の[[和田豊]]以来のことであった。 同年途中に球団史上最年少の28歳で[[フリーエージェント (日本プロ野球)|FA権]]を取得。去就が注目されたが球団と協議を重ね[[11月11日]]にFA権を行使せずに広島残留を表明。4年契約を結ぶとともに、単年年俸で1億円プレーヤーの仲間入りを果たした。会見では「カープで日本シリーズに出場したい」「必要とされる限りはカープに残りたい」とチームに対する愛着を語った。 {{by|2009年}}、5月16日に2年ぶりに外野守備(1番・[[右翼手]]で先発出場)についたが、守備機会は無かった。オールスターゲームに2年連続で出場し、地元広島で行われた2戦目にはチームから5人がスタメン出場した。シーズンでは、チームが極端な打撃不振に陥る中、一年間通して安定した調子を保ち、142試合に出場してチームトップの打率.294を記録。三振数は規定打席到達者中最少の39個だった。昨年と比べて打率は低下したものの、選球眼が良くなり、出塁率は昨年を上回った。二塁手としてリーグ最多の14失策だったが、チームトップの14盗塁を記録し、また127票で2年連続のベストナインに選ばれる。本拠地が広くなったこともあり二塁打、三塁打が増加し長打率も上昇したが、この年もまた0本塁打に終わり、規定打席到達者の無本塁打記録としてはプロ野球史上最長となる4年連続無本塁打を達成した<ref>赤星も同様に0本塁打に終わったが、2009年シーズンは故障により規定打席に到達しなかったため、東出が単独で新記録を達成した。</ref>。 {{by|2010年}}4月23日の巨人戦([[東京ドーム]])で[[東野峻]]から5年ぶりとなる本塁打を放ち、連続打席無本塁打記録は2393打席で止まった<ref>2393打席連続無本塁打はプロ野球史上2位。1位は赤星が2005年~2009年シーズンにかけて記録した2528打席である。</ref>。また、オールスターゲームにもファン投票で3年連続で出場し、2試合に出場し球宴初安打を含む3安打を放つ活躍を見せた。しかし8月下旬に右肘痛で戦線を離脱し、そのままシーズンを終えた。[[規定打席]]には到達したものの、出場試合数、打率、安打数、盗塁数は過去5年間で最も低くなった。一方でチャンスで打席を迎えることが多く、出場試合数が減った中で自己最高の40打点を挙げた。 {{by|2011年}}も二塁手のレギュラーとして137試合に出場。春先は打撃不振だったものの、その後はシーズンを通して安定した成績を残した。ただ、2006年から5年連続で二桁盗塁をマークしていたが、この年は8盗塁に留まった。 {{by|2012年}}も1軍スタート。この年はシーズン序盤はスタメン起用だったものの、6月10日の試合で、ゴロ捕球の際に右手中指に打球を当て、骨折して2軍落ち。その後8月に1軍に復帰するがルーキー[[菊池涼介]]の台頭もあり、復帰後は代打での起用が主となったため、最終的に91試合の出場に留まる。 {{by|2013年}}、開幕前の[[2月24日]]の紅白戦で[[本塁]]に突入した際に左膝前十字靭帯の大怪我を負う<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130227-1091054.html 【広島】東出前十字靱帯断裂で今季絶望] 日刊スポーツ 2013年2月27日</ref>。シーズン中の復帰は絶望となり、[[3月18日]]に左前十字靱帯再建術及び左半月板切除の手術を受けた<ref>[http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2013/03/19/0005825060.shtml 東出が左膝手術 復帰まで約9カ月] デイリースポーツ 2013年3月19日閲覧</ref>。同年12月5日、[[日本プロ野球選手会]]の選手総会にて、社団法人選手会の理事長に就任した<ref>[http://jpbpa.net/news/?id=1386255609-115019 2013年冬の選手会総会大会を実施しました。] - 日本プロ野球選手会</ref>。 {{by|2014年}}3月14日の春季教育リーグで約1年ぶりに実戦復帰した<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140314-1270306.html 広島東出が1年ぶり実戦復帰「寒かった」] 日刊スポーツ 2014年3月14日</ref>。 == 詳細情報 == === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align:center;"|{{by2|1999}} |rowspan="14" style="text-align:center;"|[[広島東洋カープ|広島]] |78||267||233||25||53||5||1||0||60||7||8||2||18||1||14||0||1||34||5||.227||.273||.258||.531 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2000}} |119||485||429||62||112||18||2||3||143||28||17||6||22||3||29||0||2||87||7||.261||.309||.333||.642 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2001}} |'''140'''||637||545||82||143||22||'''5'''||5||190||35||26||9||49||4||35||0||4||84||8||.262||.310||.349||.658 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2002}} |107||437||377||41||90||7||1||1||102||17||12||8||35||2||20||0||3||44||5||.239||.281||.271||.552 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2003}} |47||92||82||8||12||0||0||0||12||1||3||0||6||0||4||0||0||11||3||.146||.186||.146||.332 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2004}} |76||85||75||17||18||0||1||1||23||3||5||1||5||0||4||0||1||18||1||.240||.288||.307||.594 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2005}} |39||75||67||8||14||2||0||1||19||3||2||3||3||0||5||0||0||16||2||.209||.264||.284||.547 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2006}} |138||550||504||57||142||10||1||0||154||23||11||'''18'''||14||2||27||0||3||60||7||.282||.321||.306||.626 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2007}} |132||516||458||57||123||12||0||0||135||15||13||4||22||2||33||1||1||55||3||.269||.318||.295||.613 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2008}} |138||576||522||76||162||12||1||0||176||31||13||8||24||4||24||1||2||63||1||.310||.341||.337||.678 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2009}} |142||625||558||71||164||16||'''8'''||0||196||26||14||7||19||3||44||3||1||39||5||.294||.345||.351||.696 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2010}} |108||492||454||53||121||15||7||1||153||40||10||7||10||1||26||0||1||55||4||.267||.307||.337||.644 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2011}} |137||601||543||60||151||17||3||0||174||27||8||6||18||2||35||0||3||71||7||.278||.324||.320||.645 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2012}} |91||282||247||15||61||8||0||0||69||6||1||2||19||0||13||0||3||22||3||.247||.293||.279||.572 |- !colspan="2"|通算:14年 |1492||5720||5094||632||1366||144||30||12||1606||262||143||81||264||24||313||5||25||659||61||.268||.312||.315||.627 |} * 2012年度シーズン終了時 * 各年度の'''太字'''はリーグ最高 === 年度別守備成績 === {| class="wikitable" style="font-size:85%; text-align:center; border-collapse:collapse; padding: 1px;" !rowspan="2"|[[年度|年<br />度]]!!colspan="6"|[[二塁手|二塁]]!!colspan="6"|[[三塁手|三塁]]!!colspan="6"|[[遊撃手|遊撃]]!!colspan="6"|[[外野手|外野]] |-style="line-height:1.25em" ![[試合|試<br /><br />合]]!![[刺殺|刺<br /><br />殺]]!![[補殺|補<br /><br />殺]]!![[失策|失<br /><br />策]]!![[併殺|併<br /><br />殺]]!![[守備率|守<br />備<br />率]]!![[試合|試<br /><br />合]]!![[刺殺|刺<br /><br />殺]]!![[補殺|補<br /><br />殺]]!![[失策|失<br /><br />策]]!![[併殺|併<br /><br />殺]]!![[守備率|守<br />備<br />率]]!![[試合|試<br /><br />合]]!![[刺殺|刺<br /><br />殺]]!![[補殺|補<br /><br />殺]]!![[失策|失<br /><br />策]]!![[併殺|併<br /><br />殺]]!![[守備率|守<br />備<br />率]]!![[試合|試<br /><br />合]]!![[刺殺|刺<br /><br />殺]]!![[補殺|補<br /><br />殺]]!![[失策|失<br /><br />策]]!![[併殺|併<br /><br />殺]]!![[守備率|守<br />備<br />率]] |- |[[1999年|1999]]||68||143||177||7||29||.979||2||0||0||0||0||-||7||6||8||9||1||1.000||colspan="6"|- |- |[[2000年|2000]]||colspan="6"|-||1||0||0||0||0||-||116||217||356||'''25'''||93||.958||colspan="6"|- |- |[[2001年|2001]]||colspan="6"|-||colspan="6"|-||139||249||411||'''27'''||83||.961||colspan="6"|- |- |[[2002年|2002]]||colspan="6"|-||colspan="6"|-||107||171||268||16||56||.965||colspan="6"|- |- |[[2003年|2003]]||30||43||72||4||14||.966||colspan="6"|-||colspan="6"|-||colspan="6"|- |- |[[2004年|2004]]||48||36||56||1||7||.989||colspan="6"|-||colspan="6"|-||3||2||0||0||0||1.000 |- |[[2005年|2005]]||13||18||26||3||4||.936||colspan="6"|-||14||15||31||2||8||.958||colspan="6"|- |- |[[2006年|2006]]||122||'''277'''||'''421'''||8||76||.989||colspan="6"|-||colspan="6"|-||16||14||0||0||0||1.000 |- |[[2007年|2007]]||124||294||'''419'''||7||69||.990||colspan="6"|-||colspan="6"|-||7||10||0||0||0||1.000 |- |[[2008年|2008]]||137||316||475||'''12'''||80||.985||colspan="6"|-||colspan="6"|-||colspan="6"|- |- |[[2009年|2009]]||141||283||435||'''14'''||60||.981||colspan="6"|-||colspan="6"|-||1||0||0||0||0||- |- |[[2010年|2010]]||107||233||338||7||66||.988||colspan="6"|-||colspan="6"|-||colspan="6"|- |- |[[2011年|2011]]||136||336||378||'''11'''||59||.985||colspan="6"|-||colspan="6"|-||colspan="6"|- |- |[[2012年|2012]]||72||139||187||4||27||.988||colspan="6"|-||colspan="6"|-||colspan="6"|- |- !通算 |998||2118||2984||78||491||.985||3||0||0||0||0||-||383||658||1074||79||241||.956||27||26||0||0||0||1.000 |} === 表彰 === * [[ベストナイン (日本プロ野球)|ベストナイン]](二塁手):2回(2008年、2009年) * [[JA全農Go・Go賞]]:2回(好走塁賞:2001年4月 最多二・三塁打賞:2009年8月) === 記録 === * [[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスターゲーム]]出場:4回(2006年、2008年-2010年) ;初記録 * 初出場・初先発出場:1999年5月11日、対[[読売ジャイアンツ]]6回戦([[広島市民球場 (初代)|広島市民球場]])、2番・[[二塁手]]で先発出場 * 初打席:同上、1回裏に[[入来祐作]]から一塁ゴロ * 初安打:同上、3回裏に入来祐作から二塁内野安打 * 初盗塁:1999年6月25日、対読売ジャイアンツ11回戦(広島市民球場)、1回裏に二盗(投手:[[バルビーノ・ガルベス]]、捕手:[[村田真一]]) * 初打点:同上、6回裏にバルビーノ・ガルベスから中前適時打 * 初犠打:同上、8回裏に[[南真一郎]]から一塁前犠打 * 初本塁打:2000年4月8日、対[[阪神タイガース]]2回戦(広島市民球場)、3回裏に[[グレッグ・ハンセル]]から右越同点ソロ ;節目の記録 * 1000試合出場:2008年9月20日、対[[中日ドラゴンズ]]23回戦(広島市民球場)、2番・二塁手で先発出場 ※史上429人目 * 200犠打:2009年5月20日、対[[オリックス・バファローズ]]2回戦([[大阪ドーム|京セラドーム大阪]])、1回表に[[山本省吾]]から三塁前犠打 ※史上28人目 * 1000本安打:2009年9月9日、対[[東京ヤクルトスワローズ]]19回戦([[明治神宮野球場]])、4回表に[[石川雅規]]から左前安打 ※史上254人目 * 250犠打:2012年4月19日、対[[横浜DeNAベイスターズ]]6回戦([[MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島]])、6回裏に山本省吾から三塁前犠打 ※史上13人目 ;その他の記録 * 2393打席連続無本塁打:2005年 - 2010年 ※球団記録、NPB2位<ref>週刊ベースボール2014年8月18日号109-ジ^</ref> === 背番号 === * '''46''' (1999年) * '''2''' (2000年 - ) == 関連情報 == === ドラマ出演 === * [[ドリーム☆アゲイン]]-本人役で登場。打席に立つも記録は空振り三振。 == 脚注 == <references/> == 関連項目 == * [[福井県出身の人物一覧]] * [[広島東洋カープの選手一覧]] * [[松坂世代]] == 外部リンク == * [http://www.baseball-reference.com/japan/player.cgi?id=higash001aki Akihiro Higashide] - BASEBALL-REFERENCE.COM {{広島東洋カープ}} {{セントラル・リーグ ベストナイン (二塁手)}} {{広島東洋カープ1998年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:ひかして あきひろ}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:広島東洋カープ及び広島カープの選手]] [[Category:福井県出身の人物]] [[Category:1980年生]] [[Category:存命人物]]
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東出輝裕
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