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'''春日 了'''(かすが りょう)は、[[東京都]][[葛飾区]][[立石 (葛飾区)|立石]]にある[[真宗大谷派]]の[[寺院]]、[[證願寺]](しょうがんじ)の[[住職]]。また、[[声楽家]]、[[アマチュア天文家]]、[[奇術師]]としても知られるほか、一時期、[[テレビ朝日]][[CNNデイウォッチ]]で「宇宙時代のお坊さん」をキャッチフレーズにキャスターを務めたり、その他各局の番組でコメンテーターとして[[1988年]]から[[1995年]]までマスコミ活動をした。 == 略歴 == 東京都葛飾区に生まれる。[[東京都立墨田川高等学校]]を卒業後、2つの大学でインド哲学と仏教を学んだが、その後、将来を巡って声明と仏教儀式の専門家であった父親と対立し、一端、寺を離れてサラリーマンやレストラン支配人、レストランの歌手や、東欧文化協会・音楽監督などを経て、[[イタリア]]と[[ドイツ]]に留学して[[声楽]]を学び、帰国後は声楽家、[[CNNデイウォッチ]]のニュースキャスターや各種の番組でコメンテーターとして1995年まで活動。親の死後、寺を判りやすく改革しようと、寺の跡を継いだ。ドイツとイタリアに留学し数か国語を話し、海外の発想も身に付けていて、一般の僧侶と違った発想や考え方を持つ面がある。 === 僧侶として === [[原始仏教|インド原始仏教]]を学んだ後、宗学(この場合は[[真宗学]])を修得。 [[スリランカ]]の寺院とも交流し、現地の水害で壊れた[[幼稚園]]を再建・寄贈している。1996年からは、寺の本堂内にお経の[[同時通訳|同時通訳機]]を本堂に設置し、子供でも読経の意味がわかるような電光掲示板を作成・設置した。また、1996年には、お経に[[弦楽四重奏]]で、オリジナルな伴奏を付けて、西洋の楽器と東洋の読経に神秘的な調和を持たせた、声明の発表を3回おこなった。同年、かねてからの計画であった、寺にプラネタリウムを設置し、本堂での読経のあと、プラネタリウムでの布教活動という、ユニークな説法をしている。わかりやすい仏教を伝え、仏教はストレスからリラックスへの生きかたと称して、宗教臭くない解説をしている。 === 声楽家として === [[ドイツ]]と[[イタリア]]に留学し、[[アンジェロ・ロフォレーゼ]](Angelo Loforeze:[[スカラ座]]、[[メトロポリタン歌劇場]]など世界の著名劇場で活躍した名テノール歌手)に師事し、テノール歌手として活動した。歌手として国内でも演奏するが、特に[[ヨーロッパ|欧州]]への演奏旅行をかなり頻繁に行い、数々の賞を獲得した。[[ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ|ゲーテ]]の詩の朗読コンクールでも優勝しており、イタリアや[[ルーマニア]]などの音楽祭で受賞している。 また、自分が歌うだけでなく、次世代の若手のことも考え、毎年、コンクールを主催。男女の歌手や高音と低音を出す歌手が一緒に審査されるのは不公平だとしてベルカント・ソプラノ・コンコルソ[http://www.belcanto-soprano.jp]という若いソプラノだけのコンクールを毎年開催。審査委員をイタリアから招聘するなど、本格的なものである。これはベルカントコンコルソ、ソプラノコンコルソ、ベルカントソプラノコンコルソとも呼ばれながら、少しずつ世間に浸透している。若い歌手に勇気を与え、正しい助言をしっかり直接審査員から話す機会を作り、勝ち負けではなく声楽の底辺を広げたいとの情熱から個人的に開催している。 === 天文家として === アマチュアの天文家としても著名で、[[小惑星の一覧 (7001-8000)#7601-7700|小惑星7674]]が「KASUGA」と命名されている。 寺院内に私設の[[銀河座天文台]]を設置し、主として[[月]]や[[惑星]]等の[[天文現象]]がある度に、熱心な観測を行っている。 [[しし座流星群]]の[[流星雨]]の際には、墓地から肉眼で観測した。墓地の中は東京の街中としては比較的暗いため、2001年当時、群流星は多数見えたと言う。が、明るい月・惑星を除いて、天体観測は総じて[[光害]]に悩まされたという。また、それを契機にエネルギー問題やナトリウムランプ普及などの運動を展開。1991年から観光名所でもない役所である[[東京都庁]]の[[ライトアップ]]に天文学者たちと異議を唱え、[[かつしかシンフォニーヒルズ]]のライトアップに苦情を呈したり、葛飾区のモデル照明区域を作らせるなど、光とエネルギーを空に逃がさないように光害問題をマスコミで多数アピールした。 2001年に寺院の壁に、[[スペースシャトル]]風の[[X33]]という、NASAが打ち上げる計画であった特殊ロケットの1/5モデルのモニュメントを設置したり、壁画としてビルの壁面に絵を描き、2004年には巨大恐竜[[カスモサウルス]]([[トリケラトプス]]に似ている)の4.5mの野外モデルを設置し通る人に親しみを与え、2006年からは寺院裏側の通学路の40mの長い塀にプロの手による古代の恐竜の森の壁画も描き独特の風景を作り出した。 ==== プラネタリウム設置 ==== また、天文台の他に8mドームの傾斜の無い、学習用タイプの[[ペンタックス]]の開発したプラネタリウム・[[コスモ0号]]を設置し、[[プラネターリアム銀河座]]として1996年から公開した。これは世界で唯一ペンタックスが試作機として制作したものである。 その後、補助投影機を増やし、2008年からは[[全天デジタル・プラネタリウム・システム]]である、[[トリ・ビュー]]を設置。これにより、従来のプラネタリウムでは不可能であった、星間旅行や10万年までの星の[[固有運動]]などを簡単に見せることができるようになった。小規模なプラネタリウムでは現在、日本の最高レベルに到達している。独特の布教用として仏教解説に使用しているほか、[[天文学]]の一般向けの普及活動にも使用している。 現在、毎月2回、第1、第3土曜日の午後3時から4時まで、投影を公開し、月2回の投影ながら毎月番組を替えて精力的に、科学的話題が中心のプラネタリウムを目指し、春日を中心としたボランティアによって運営されている。毎年取材や報道が多く小さいが独特なプラネタリウム館として活躍している。 春日は現在、[[日本プラネタリウム協議会]](JPA)正会員でもある。とても、ユニークなプラネタリウムであると注目されている。 === 奇術師として === [[手品]]にも堪能で、学生の頃から、東京の多くのデパートや東京近辺のデパートの奇術売り場で、実演販売員としてマジックを見せていた。1991年から社団法人[[日本奇術協会]]の参与、名誉会員でもある。協会機関誌『ワン・ツ・スリー』にカレードスコープという連載記事を連載している。2006年の日本奇術協会主催マジック・コンペティション審査員。2009年[[FISM]]国際大会の日本代表選出のステージ部門の審査員を前年に務めた。 == 出演 == === テレビ === *[[極楽シャッフル]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]) *[[火曜サプライズ]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]、2010年8月17日) *[[モヤモヤさまぁ~ず2]]([[テレビ東京]]、2011年3月6日) == 著作 == * 『坊主になりたくなかった坊主』([[主婦の友社]]、1990年) * 『春日了のやさしく仏教』([[同朋舎出版]]、1992年) * 『こころに劇薬』([[主婦と生活社]]、1992年) * 『仏像がわかれば仏教がわかる』([[プレジデント社]]、1995年) * 『悩みが消えてなくなる仏教の教え』([[中経出版]]、2012年) * 『悩みの即リセット術 - 新しい自分に、生まれ変わる』([[秀和システム]]、2013年) == 外部サイト == * [http://www.gingaza.jp/ プラネターリアム銀河座サイト] * [http://www.belcanto-soprano.jp/ 主催コンクール公式サイト:ベルカント・ソプラノ・コンコルソ] {{DEFAULTSORT:かすか りよう}} [[Category:浄土真宗の僧]] [[Category:日本のテノール歌手]] [[Category:天文家]] [[Category:日本の奇術師]] [[Category:FISM]] [[Category:東京都出身の人物]] [[Category:存命人物]]
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