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日米野球
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'''日米野球'''(にちべいやきゅう [[英語]]:''Major League Baseball Japan All-Star Series'' )とは、[[日本プロ野球]](NPB)と[[メジャーリーグベースボール]](MLB)の選抜チームが[[日本]]で対戦するシリーズ戦である。[[日米野球2014|2014年大会]]からは[[野球日本代表|野球日本代表(侍ジャパン)]]の強化試合として開催される。 == 概要・歴史 == === 明治 === ;{{by|1908年}}(明治41年) 運動具会社でもあったリーチ社により、[[メジャーリーグベースボール|MLB]]選手6人を含む[[マイナーリーグ|3A]]選手を中心とした選抜チーム「リーチ・オール・アメリカン」が来日したのが、日米野球のはじまりである。[[大隈重信]]による始球式で開幕した[[早稲田大学野球部|早稲田大学]]戦を皮切りに、[[慶応大学野球部|慶応大学]]、東京倶楽部、横浜連合、神戸連合などと計17試合が行われ、アメリカが全勝して日本チームを圧倒した。早稲田大学戦では[[アトランタ・ブレーブス|ボストン・ブレーブス]]のP・プラハティ投手が、試合時間わずか40分の[[完全試合]]を達成している。<ref name=NB439 /><ref name=NB02>ALL STAR SERIES JAPAN 2002 日米野球公式プログラム 33頁 - 40頁 読売新聞東京本社発行</ref><ref name=NB04>イオン オールスターシリーズ2004 日米野球公式プログラム 69頁 - 79頁 毎日新聞社発行</ref> === 大正 === ;{{by|1913年}}(大正2年) 「世界一周野球団」として[[サンフランシスコ・ジャイアンツ|ニューヨーク・ジャイアンツ]]と[[シカゴ・ホワイトソックス]]の2球団が、[[日本]]、[[中華人民共和国|中国]]、[[オーストラリア]]、[[エジプト]]、[[フランス]]、[[イギリス]]などを訪問して試合を行った。これがMLB球団としての初来日である。日本では、ニューヨーク対シカゴ戦(シカゴ2戦2勝)と、ニューヨーク・シカゴ連合対慶応大学戦(16対3で連合勝利)が行われた。<ref name=NB04 /><ref>NTTコミュニケーションズ オールスターシリーズ2000 日米野球公式プログラム 85頁 - 95頁 毎日新聞社発行</ref> ;{{by|1920年}}(大正9年) 3Aコーストリーグ主体の「オール・アメリカン・ナショナル」が来日。アメリカチームが6戦全勝した。この時に来日した[[ボストン・レッドソックス]]のH・ハンター選手は翌年1月まで日本に留まり、早稲田大学などの日本の大学チームを指導した。<ref name=NB04 /> ;{{by|1922年}}(大正11年) 大学チームを指導したH・ハンター選手率いるMLB選抜が来日。[[東京六大学野球|東京六大学]]を中心に17試合が行われ、第7戦ではエース投手の[[小野三千麿]]擁する三田倶楽部が9対3で勝利し、日米野球における日本チームの初勝利となった。<ref name=NB04 /> === 昭和(戦前) === ;{{by|1927年}}(昭和2年) [[アフリカ系アメリカ人]]選手を中心とする[[ニグロリーグ]]が混成チーム、フィラデルフィアの「ロイヤル・ジャイアンツ」を結成して来日。三田倶楽部、[[同志社大学体育会硬式野球部|同志社大学]]、[[関西大学野球部|関西大学]]などと24試合を行い、23勝0敗1分で日本チームを圧倒した。<ref name=NB02 /> ;{{by|1931年}}(昭和6年) [[読売新聞社]]・[[正力松太郎]]社長がMLB選抜を招き、初めて読売新聞社主催により開催された。鉄人[[ルー・ゲーリッグ]]や剛腕[[レフティ・グローブ]]ら大物選手擁するMLB選抜を相手に、日本は初めてオールスターチームを結成して挑むも、17戦全敗に終わった。<ref name=NB02 /> ;{{by|1932年}}(昭和7年) ニグロリーグ混成チームの「ロイヤル・ジャイアンツ」が再来日。関西、中国、九州地方まで遠征して試合を行った。[[日本たばこ産業広島工場|広島専売]]が[[社会人野球|社会人クラブ]]チームとして初勝利、日本チームとして11年ぶりの勝利を挙げた。ジャイアンツの24戦23勝1敗。<ref name=NB04 /> ;{{by|1934年}}(昭和9年) [[ベーブ・ルース]]、ルー・ゲーリッグ、[[ジミー・フォックス]]の三大本塁打王に、速球王の[[レフティ・ゴメス]]らを擁するMLB選抜が、智将[[コニー・マック]]監督とともに来日。対する日本は初めてプロのチーム「全日本軍」で挑むも、16戦全敗に終わった。しかし、[[静岡県草薙総合運動場硬式野球場|草薙球場]]での[[沢村栄治]]の好投は今でも日本で語り草となっている。なお、三大本塁打王が来日したとあって試合で多くの本塁打が期待されたため、読売新聞社はスタンドに入ったホームランボールを記念品として来場者にプレゼントした。その期待通りにMLB選抜は全16試合で47本塁打(119打点)を記録した。<ref name=NB02 /><ref name=NB04 /> この年の日米野球をきっかけとして、12月に日本初の職業野球チームである「大日本東京野球倶楽部(後の[[読売ジャイアンツ|巨人]])」が結成された。 === 昭和(戦後) === ;{{by|1949年}}(昭和24年) [[第二次世界大戦]]の影響で開催が断たれていた日米野球が16年ぶりに再開。3Aウエストコーストリーグのサンフランシスコ・シールズが来日(日本では大リーグと喧伝される)、全試合が超満員となる盛況ぶりであった。場内では[[ホットドッグ]]等も販売された。<ref name=NB04 /> ;{{by|1953年}}(昭和28年) この年は同時期に[[毎日新聞社]]がMLB選抜を、読売新聞社が[[サンフランシスコ・ジャイアンツ|ニューヨーク・ジャイアンツ]]を招聘するという、日程的に慌ただしく開催された。その後、両社は協議を行い、今後は交互にアメリカチームを招聘する協定が結ばれた。<ref name=NB04 /> ;{{by|1966年}}(昭和41年) 本拠地を[[ニューヨーク]]から[[ロサンゼルス]]に移した[[ロサンゼルス・ドジャース|ドジャース]]が来日。[[王貞治]]が5本塁打を放つなど日本チームが健闘し、勝ち越しまであと一歩のところまで迫る過去最高の成績(8勝9敗1分)を収めた<ref name=NB04 />。<br> 11月8日の対[[読売ジャイアンツ|巨人]]戦([[後楽園球場|後楽園]])は{{by|1959年}}6月25日の巨人対[[阪神タイガース|阪神]]戦に続く日本プロ野球史上2度目の[[天覧試合]]となったが、この試合でも巨人・[[長嶋茂雄]]は1959年同様本塁打を放っている。しかし、1959年の時とは対照的にあまり知られていない。また、同じ巨人・王貞治は別の試合で本塁打を放ったものの、前の走者である[[柴田勲]]を追い越しアウトとなっている(記録上は単打)。王はシーズン公式戦([[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]、[[オールスターゲーム (日本プロ野球)|オールスター戦]]も含む)における[[幻のホームラン一覧|幻の本塁打]]は雨天ノーゲームによるものも含め1本もないため、これも隠れた珍記録となっている。 ;{{by|1984年}}(昭和59年) {{by|1983年}}に[[1983年のワールドシリーズ|ワールドシリーズ]]を制した[[ボルティモア・オリオールズ]]が来日。後にMLB連続試合出場記録をつくる鉄人[[カル・リプケン]]もこの時来日した。この年は[[日本プロ野球]]50周年を記念して、[[1984年の日本シリーズ|日本シリーズ]]を制したチームは単独でオリオールズと最初に5試合対戦できる特別ルールが採用され、[[広島東洋カープ|広島カープ]]がオリオールズと対戦した。初戦は[[川口和久]]が6被安打10奪三振の完封勝利を挙げるも、その後は4連敗に終わった。日本チーム全体では14戦8勝5敗1分。オリオールズの[[エディ・マレー]]が9本塁打を放つ活躍を見せた。<ref name=NB04 /> === 平成 === ;{{by|1990年}}(平成2年) 前年の{{by|1989年}}に[[阪神タイガース]]で大活躍し、この年にMLBに復帰して[[最多本塁打 (MLB)|本塁打王]]と[[最多打点 (MLB)|打点王]]を獲得するという素晴らしい成績を収めた[[セシル・フィルダー]]が、MLB選抜の一員として凱旋来日した。また、後にMLBシーズン最多本塁打記録を塗り替える[[バリー・ボンズ]]や、[[ケン・グリフィー・ジュニア|ケン・グリフィーJr.]]と[[ケン・グリフィー・シニア|ケン・グリフィーSr.]]が親子揃って来日した。[[東京ドーム]]で行われた第8戦では、[[チャック・フィンリー]]と[[ランディ・ジョンソン]]の継投による[[ノーヒットノーラン]]を達成している。なお、この年の対戦成績は全日本の4勝3敗1分となり、82年の日米野球の歴史において、初めてMLB選抜チームに勝ち越した。<ref name=NB04 /> ;{{by|1993年}}(平成5年) [[トミー・ラソーダ]]監督率いるロサンゼルス・ドジャースが来日。2試合を行うも選手たちの調整不足もあって全敗した。これを最後にMLBチーム単独での来日は無くなり、以降はMLB選抜チームを隔年で招待することになった。<ref name=NB04 /> ;{{by|1994年}}(平成6年) この年、MLBでは新たな[[労働契約]]を巡って経営者側と選手会側が激しく対立、シーズン後半から長期間に渡る[[1994年から1995年のMLBストライキ|ストライキ]]に突入した。この影響で日米野球は中止となった。 ;{{by|1996年}}(平成8年) 前年の{{by|1995年}}に[[オリックス・バファローズ|近鉄バファローズ]]からロサンゼルス・ドジャースへ移籍し、その独特の[[トルネード投法]]で好成績を収め、日米でNOMO旋風を巻き起こした[[野茂英雄]]が、MLB選抜として凱旋来日した。後に同じくMLB選手として活躍する[[イチロー]]や[[松井秀喜]]との対戦には注目が集まった。他にも、野茂の相棒であった[[マイク・ピアッツァ]]、バリー・ボンズやカル・リプケンといったスター選手も来日した。<ref name=NB04 /> ;{{by|2000年}}(平成12年) この年に[[横浜DeNAベイスターズ|横浜ベイスターズ]]から[[シアトル・マリナーズ]]へ移籍し、「大魔神」から「DAIMAJIN」となって抑え投手として活躍した[[佐々木主浩]]が凱旋来日した。<ref name=NB04 /> ;{{by|2002年}}(平成14年) 前年の{{by|2001年}}に[[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ]]からシアトル・マリナーズへ移籍し、1年目から両リーグ通じて最多安打(新人最多安打記録)、史上初となる[[アメリカンリーグ]]の[[ルーキー・オブ・ザ・イヤー (MLB)|新人王]]・[[最優秀選手 (野球)#アメリカメジャーリーグベースボール|MVP]]・[[首位打者 (MLB)|首位打者]]・[[盗塁#アメリカメジャーリーグ|盗塁王]]・[[シルバースラッガー賞]]・[[ゴールドグラブ賞]]の同時受賞を果たすなど、日米で大フィーバーを巻き起こした[[イチロー]]と、{{by|1999年}}に横浜ベイスターズから[[ボストン・レッドソックス]]へ移籍し、この年に[[ワシントン・ナショナルズ|モントリール・エクスポズ]]でキャリアハイの13勝を挙げた[[大家友和]]が、凱旋来日した。日米野球においてもイチローは安打を量産した。[[トリー・ハンター]]が再三にわたり好守を披露してシリーズMVPを獲得。日本側では、[[読売ジャイアンツ|巨人]]の[[松井秀喜]]が、翌年からMLBに移籍することが決定している中での日米野球出場であったため、果たして松井がMLBで通用するのかどうかの判断基準として、松井とMLB各投手との対決にも注目が集まった。<ref name=NB04 /> ;{{by|2004年}}(平成16年) {{by|2002年}}に[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]からロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[[石井一久]]と、この年に[[中日ドラゴンズ]]から[[サンディエゴ・パドレス]]へ移籍した[[大塚晶文]]が、凱旋来日した。東京ドームで行われた第8戦において、[[デビッド・オルティーズ]]が[[アンダースロー]]の[[渡辺俊介]]から放った超特大の本塁打には、多くの日本人ファンを驚かせた。 ;{{by|2006年}}(平成18年) 前年の{{by|2005年}}に[[福岡ソフトバンクホークス|福岡ダイエーホークス]]から[[シカゴ・ホワイトソックス]]へ移籍し、[[2005年のワールドシリーズ|ワールドシリーズ]]制覇に貢献する活躍をした[[井口資仁]]と、この年に[[福岡ソフトバンクホークス]]からシアトル・マリナーズへ移籍し、日本人初のMLB捕手となった[[城島健司]]が、凱旋来日した。 [[日本プロ野球選手会]]は「(日米野球は)一定の役割を終えた。次回以降の大会は参加しない」と発言、[[日米野球2006|2006年大会]]を最後に開催が中断された。これは、2006年からMLB選手が参加する国際大会「[[ワールド・ベースボール・クラシック]](WBC)」が始まったことにより、日米のトッププロ選手による真剣勝負の場が誕生したためである。しかし、日米野球はWBCと出場選手の決め方が根本的に異なり、WBCの選出から漏れたチームのファンや球団関係者など日米野球の継続を望む声もあった。ただし、日米野球が中断された理由はこれだけではなく、{{by|2005年}}から[[アジアシリーズ]]、{{by|2007年}}から[[クライマックスシリーズ]]が始まったことにより、選手たちの負担が増えたことも理由のひとつである。とくに2006年は、3月にWBC、11月に日米野球、アジアシリーズと大会が重なった。本来の次大会の開催年であった{{by|2008年}}には開催を模索する動きがあったものの、こちらも[[北京オリンピックにおける野球競技|北京五輪]]の影響により開催を断念している。以降、{{by|2010年}}、{{by|2012年}}と本来の開催年になると同様の動きがあったものの開催に至ることはなかった。<ref name=NB439>{{cite news |title=日米野球のない寂しい11月(第439回) |newspaper=ブログ報知 |date=2008-11-17 |url=http://weblog.hochi.co.jp/hiruma/2008/11/post-9b52.html |accessdate=2014-07-16}}</ref> === 平成(侍ジャパン強化試合) === ;{{by|2014年}}(平成26年) [[2月27日]]、[[日本野球機構]]の[[熊崎勝彦]]コミッショナーが記者会見で、11月に[[野球日本代表|野球日本代表(侍ジャパン)]]とMLB選抜による強化試合を開催することを明言。侍ジャパンの強化試合という形で「日米野球」が8年ぶりに復活することになった。これは、代表常設化とそれに伴う代表事業の株式会社化により、これからの事業拡充の重要性を指摘しており、「侍ジャパンを振興の大きな柱に据えたい」と話した<ref>{{cite news |title=熊崎コミッショナー会見 11月に日米野球開催へ |newspaper=msn産経ニュース |date=2014-02-07 |url=http://sankei.jp.msn.com/sports/news/140227/bbl14022719060006-n1.htm |accessdate=2014-07-16}}</ref>。[[6月10日]]には[[日米野球2014|2014年大会]]の開催要項が発表され、[[11月12日]]から[[11月20日|20日]]まで、沖縄でのエキシビションゲームを含む6試合が開催されることになった。また[[11月11日]]には、日本プロ野球80周年記念試合として「阪神・巨人連合対MLBオールスター」も開催されることになった。<ref>{{cite news |title=日米野球8年ぶり復活 沖縄など6試合 |newspaper=nikkansports.com |date=2014-06-11 |url=http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140611-1315637.html |accessdate=2014-07-16}}</ref> == 対戦記録 == === 日米野球 === {| class="wikitable" style="font-size:small; text-align:center" !rowspan=2|回 !rowspan=2|開催年 !rowspan=2|来日チーム !colspan=3|来日チーム !rowspan=2|対戦チーム !rowspan=2|主なメンバー・備考 |- !勝 !分 !負 |- |1||{{by|1908年}}||align=right|リーチ・オール・アメリカン||17||0||0||align=left|早稲田大学、慶応大学、東京倶楽部、<br>横浜連合、神戸連合、他||align=left|P・プラハティ |- bgcolor="#D0E7FF" |2||{{by|1913年}}||align=right|世界周遊野球チーム<br>([[サンフランシスコ・ジャイアンツ|ニューヨーク・ジャイアンツ]])<br>([[シカゴ・ホワイトソックス]])||1||0||0||align=left|慶応大学||align=left|[[ジョン・マグロー]]、[[トリス・スピーカー]]、[[サム・クロフォード]]、[[フレッド・マークル]] |- |3||{{by|1920年}}||align=right|オール・アメリカン・ナショナル||6||0||0||align=left|慶応大学、他||align=left|H・ハンター |- bgcolor="#D0E7FF" |4||{{by|1922年}}||align=right|MLB選抜||16||0||1||align=left|東京六大学、三田倶楽部、他||align=left|MLB選抜:H・ハンター<br>三田倶楽部:[[小野三千麿]] |- |5||{{by|1927年}}||align=right|[[ニグロリーグ|ロイヤル・ジャイアンツ]]||23||1||0||align=left|同志社大学、関西大学、他||align=left|[[ビズ・マッキー]]、エバンス、クーパー |- bgcolor="#D0E7FF" |6||{{by|1931年}}||align=right|全米選抜||17||0||0||align=left|全日本、立教大学、早稲田大学、<br>明治大学、慶応大学、法政大学、<br>関西大学、八幡製鉄、横浜高商、全横浜||align=left|[[ルー・ゲーリッグ]]、[[レフティ・グローブ]] |- |7||{{by|1932年}}||align=right|ロイヤル・ジャイアンツ||23||0||1||align=left|広島専売、他||align=left|エバンス、クーパー |- bgcolor="#D0E7FF" |8||{{by|1934年}}||align=right|MLB選抜||16||0||0||align=left|全日本、東京倶楽部||align=left|MLB選抜:ルー・ゲーリッグ、[[ベーブ・ルース]]、[[ジミー・フォックス]]、[[レフティ・ゴメス]]<br>全日本:[[沢村栄治]]、[[ヴィクトル・スタルヒン]]<br>備考:日米混合紅白戦・ルース軍対ミラー軍も2試合開催された。 |- |9||{{by|1949年}}||align=right|サンフランシスコ・シールズ(3A)||7||0||0||align=left|日本チーム||align=left|備考:この時シールズは在日米軍野球部とも対戦(シールズ3勝1敗)。 |- bgcolor="#D0E7FF" |10||{{by|1951年}}||align=right|全米選抜||13||2||1||align=left|全日本、全セ・リーグ、全パ・リーグ、巨人、<br>巨人阪神連合、毎日、南海、名古屋||align=left|[[ジョー・ディマジオ]]、[[ドミニク・ディマジオ]]、[[ビリー・マーティン]]、<br>エド・ロパット、メル・パーネル |- |11||{{by|1953年}}||align=right|MLB選抜<br>(ロパット・オールスターズ)||11||0||1||align=left|全日本、全セ・リーグ、全パ・リーグ、<br>毎日、南海、阪急||align=left|[[ハンク・サウアー]]、[[ヨギ・ベラ]]、[[西村貞朗]](MLB選抜側で特別参加)<br>備考:同年に毎日新聞社(MLB選抜)、読売新聞社(NYG)がチームを招聘。<br>以後は交互にチームを招聘することになった。 |- bgcolor="#D0E7FF" |12||{{by|1953年}}||align=right|ニューヨーク・ジャイアンツ||12||1||1||align=left|全日本、全セ・リーグ、全パ・リーグ、<br>巨人、巨人国鉄連合、名古屋、阪神||align=left|備考:同年に毎日新聞社(MLB選抜)、読売新聞社(NYG)がチームを招聘。<br>以後は交互にチームを招聘することになった。 |- |13||{{by|1955年}}||align=right|[[ニューヨーク・ヤンキース]]||15||1||0||align=left|全日本、全セ・リーグ、全パ・リーグ、<br>セ・パ選抜、巨人、毎日、南海、<br>中日、西鉄、全大阪||align=left|[[ビリー・マーティン]]、ヨギ・ベラ、[[ミッキー・マントル]] |- bgcolor="#D0E7FF" |14||{{by|1956年}}||align=right|[[ロサンゼルス・ドジャース|ブルックリン・ドジャース]]||14||1||4||align=left|全日本、全セ・リーグ、全パ・リーグ、<br>巨人、南海巨人連合、全関東、全関西||align=left|[[ジャッキー・ロビンソン]]、ドン・ドライズデール、<br>[[ドン・ニューカム]]、[[ロイ・キャンパネラ]] |- |15||{{by|1958年}}||align=right|[[セントルイス・カージナルス]]||14||0||2||align=left|全日本||align=left|[[スタン・ミュージアル]] |- bgcolor="#D0E7FF" |16||{{by|1960年}}||align=right|[[サンフランシスコ・ジャイアンツ]]||11||1||4||align=left|全日本、巨人||align=left|[[ウィリー・メイズ]]、[[ゲイロード・ペリー]] |- |17||{{by|1962年}}||align=right|[[デトロイト・タイガース]]||12||2||4||align=left|全日本、巨人、大毎、東映、南海、大洋、<br>巨人大毎連合、中日巨人大毎近鉄連合、<br>大洋国鉄大毎連合、<br>広島阪神大毎連合、西鉄大毎連合、<br>東映巨人大毎連合、全東京||align=left|[[アル・ケーライン]]、[[ジム・バニング]] |- bgcolor="#D0E7FF" |18||{{by|1966年}}||align=right|[[ロサンゼルス・ドジャース]]||9||1||8||align=left|全日本、巨人、南海巨人連合、<br>広島巨人連合、西鉄巨人連合、<br>中日巨人連合||align=left|[[ジム・ラフィーバー]]、[[ウィリー・デービス (野球)|ウィリー・デービス]]<br>備考:[[11月8日]]の対巨人戦はプロ野球史上二度目の[[天覧試合]]。 |- |19||{{by|1968年}}||align=right|セントルイス・カージナルス||13||0||5||align=left|全日本、巨人、南海巨人連合、<br>阪急巨人連合、広島巨人連合、<br>西鉄巨人連合、中日巨人連合||align=left|[[ルー・ブロック]]、[[ボブ・ギブソン]]、[[スティーブ・カールトン]] |- bgcolor="#D0E7FF" |20||{{by|1970年}}||align=right|サンフランシスコ・ジャイアンツ||3||0||6||align=left|巨人、ロッテ、大洋、南海、中日||align=left|ウィリー・メイズ、[[ホワン・マリシャル]]、[[ウィリー・マッコビー]]、ゲイロード・ペリー<br>備考:シーズン開幕前のオープン戦として開催。 |- |21||{{by|1971年}}||align=right|[[ボルティモア・オリオールズ]]||12||4||2||align=left|全日本、巨人、南海巨人連合、<br>阪急巨人連合、広島巨人連合、<br>西鉄巨人連合、中日巨人連合||align=left|[[ブルックス・ロビンソン]]、[[ジム・パーマー]]、[[デーブ・ジョンソン]]<br>備考:[[パット・ドブソン]]が3四死球で二塁を踏ませず[[ノーヒット・ノーラン]]を達成。 |- bgcolor="#D0E7FF" |22||{{by|1974年}}||align=right|[[ニューヨーク・メッツ]]||9||2||7||align=left|全日本、巨人、南海巨人連合、<br>広島巨人連合、太平洋巨人連合、<br>中日巨人連合||align=left|[[トム・シーバー]]、[[ジョー・トーリ]]<br>備考:[[王貞治]]と本塁打競争をするため[[アトランタ・ブレーブス|アトランタ]]の[[ハンク・アーロン]]も来日。 |- |23||{{by|1978年}}||align=right|[[シンシナティ・レッズ]]||14||1||2||align=left|全日本、巨人、大洋巨人連合、<br>中日巨人連合、阪急巨人連合、<br>近鉄南海巨人連合、広島巨人連合、<br>クラウンライター巨人連合||align=left|トム・シーバー、[[ジョニー・ベンチ]]、[[ピート・ローズ]] |- bgcolor="#D0E7FF" |24||{{by|1979年}}||align=right|[[アメリカンリーグ|ア・リーグ]]・[[ナショナルリーグ|ナ・リーグ]]・オールスターズ||1||0||1||align=left|全日本||align=left|ピート・ローズ、[[フィル・ニークロ]]、[[ビル・マドロック]]、[[ロッド・カルー]]、[[ドン・ベイラー]]<br>備考:同時にMLBオールスターシリーズを日本で開催(ナリーグ4勝2敗1分)。 |- |25||{{by|1981年}}||align=right|[[カンザスシティ・ロイヤルズ]]||9||1||7||align=left|全日本、巨人、大洋巨人連合、<br>西武巨人連合、中日巨人連合、<br>阪急巨人連合、南海近鉄巨人連合、<br>阪神巨人連合、広島巨人連合||align=left|[[ジョージ・ブレット]] |- bgcolor="#D0E7FF" |26||{{by|1984年}}||align=right|ボルティモア・オリオールズ||8||1||5||align=left|全日本、巨人、広島、<br>広島巨人連合、中日巨人連合||align=left|[[エディ・マレー]]、[[カル・リプケン]]、[[レン・サカタ]]<br>備考:日本プロ野球50周年を記念し、[[1984年の日本シリーズ|日本シリーズ]]優勝チーム([[広島東洋カープ|広島]])は単独で<br>オリオールズと最初の5試合を対戦できるルールで実施(オリオールズ4勝1敗)。 |- |27||{{by|1986年}}||align=right|MLB選抜||6||0||1||align=left|全日本||align=left|[[デーブ・ジョンソン]](監督)、カル・リプケン、[[トニー・グウィン]]、[[オジー・スミス]]、<br>[[ジェシー・バーフィールド]]、[[ホセ・カンセコ]]、[[ライン・サンドバーグ]] |- bgcolor="#D0E7FF" |28||{{by|1988年}}||align=right|MLB選抜||3||2||2||align=left|全日本||align=left|[[グレッグ・マダックス]]、[[ポール・モリター]]、[[カービー・パケット]]、<br>[[ラファエル・パルメイロ]]、[[オーレル・ハーシュハイザー]]、[[アンドレス・ガララーガ]] |- |29||{{by|1990年}}||align=right|MLB選抜||3||1||4||align=left|全日本||align=left|[[ドン・ジマー]](監督)、[[ランディ・ジョンソン]]、[[セシル・フィルダー]]、[[フリオ・フランコ]]、<br>[[オジー・ギーエン]]、[[ケン・グリフィー・ジュニア|ケン・グリフィーJr.]]、[[ケン・グリフィー・シニア|ケン・グリフィーSr.]]、[[バリー・ボンズ]]<br>備考:[[チャック・フィンリー]]とランディ・ジョンソンによる継投ノーヒットノーラン達成。 |- bgcolor="#D0E7FF" |30||{{by|1992年}}||align=right|MLB選抜||6||1||1||align=left|全日本、巨人||align=left|[[ロジャー・クレメンス]]、[[ウェイド・ボッグス]]、オジー・スミス、ケン・グリフィーJr.、<br>セシル・フィルダー、[[シェーン・マック]]、[[マーク・グレース]] |- |31||{{by|1993年}}||align=right|ロサンゼルス・ドジャース||0||0||2||align=left|福岡ダイエー巨人連合||align=left|[[トミー・ラソーダ]](監督) |- bgcolor="#D0E7FF" | - ||{{by|1994年}}||align=right|MLB選抜||colspan=3|中止||align=left|全日本||align=left|備考:MLBにおける労使紛争およびストライキの実施により中止。 |- |32||{{by|1996年}}||align=right|MLB選抜||4||2||2||align=left|全日本||align=left|[[野茂英雄]]、バリー・ボンズ、[[ペドロ・マルティネス]]、<br>[[アレックス・ロドリゲス]]、カル・リプケン、ケン・グリフィー・Jr. |- bgcolor="#D0E7FF" |33||{{by|1998年}}||align=right|MLBオールスターズ||6||0||2||align=left|全日本、巨人||align=left|[[サミー・ソーサ]]、[[マニー・ラミレス]]、[[カート・シリング]]、[[ジェイソン・ジアンビ]]、<br>[[ノマー・ガルシアパーラ]]、[[トレバー・ホフマン]]、[[モー・ボーン]]<br>備考:本大会から賞金制シリーズで争われることになり、<br>また、全日本は固定メンバーで行うようになった。 |- |34||{{by|2000年}}||align=right|MLBオールスターズ||5||1||2||align=left|NPBオールスターズ||align=left|ランディ・ジョンソン、[[佐々木主浩]]、バリー・ボンズ、<br>[[ゲイリー・シェフィールド]]、[[ハビアー・バスケス]] |- bgcolor="#D0E7FF" |35||{{by|2002年}}||align=right|MLBオールスターズ||5||0||3||align=left|NPBオールスターズ、巨人||align=left|[[イチロー]]、バリー・ボンズ、[[大家友和]]、[[バーニー・ウィリアムズ]]、[[マーク・バーリー]]、<br>[[エリック・ガニエ]]、[[デレク・リー]] 、[[A・J・ピアジンスキー]]、ジェイソン・ジアンビ |- |36||{{by|2004年}}||align=right|MLBオールスターズ||5||0||3||align=left|NPBオールスターズ||align=left|ロジャー・クレメンス、[[ジェイク・ピービー]]、[[石井一久]]、[[大塚晶則]]、<br>[[フランシスコ・ロドリゲス]]、マニー・ラミレス、[[デビッド・オルティーズ]]、<br>[[カール・クロフォード]]、[[ミゲル・カブレラ]]、[[モイゼス・アルー]] |- bgcolor="#D0E7FF" |37||{{by|2006年}}<br><small>[[日米野球2006|―詳細―]]</small>||align=right|MLBオールスターズ||5||1||0||align=left|NPBオールスターズ、巨人||align=left|[[城島健司]]、[[井口資仁]]、[[ホセ・レイエス]]、[[デビッド・ライト]]、<br>[[ライアン・ハワード]]、[[アンドリュー・ジョーンズ]] |- |38||{{by|2014年}}<br><small>[[日米野球2014|―詳細―]]</small>||align=right|MLBオールスターズ|| - || - || - ||align=left|侍ジャパン、阪神巨人連合||align=left|[[アルバート・プホルス]]、[[ロビンソン・カノ]]、[[アダム・ジョーンズ]]、[[ヤシエル・プイグ]]<br>(以上出場予定選手) |} <ref name=NB02 /><ref name=NB04 /><ref>イオン日米野球2006公式プログラム(月刊メジャー・リーグ11月号増刊) 76頁 - 81頁 読売新聞社発行、ベースボール・マガジン社発売</ref><ref>[http://bis.npb.or.jp/scores/japanvsfor/index_yearlyresults.html 日本野球機構オフィシャルサイト 過去の外国チームとの試合]</ref> === その他 === {| class="wikitable" style="font-size:small; text-align:center" !rowspan=2|開催年 !rowspan=2|来日チーム !colspan=3|来日チーム !rowspan=2|対戦チーム !rowspan=2|主なメンバー・備考 |- !勝 !分 !負 |- |{{by|1966年}}||align=right|[[キンタナロー・タイガース|メキシコ・タイガース]](2A)||0||0||13||align=left|日本チーム||align=left|備考:春のオープン戦として開催。 |- bgcolor="#D0E7FF" |{{by|2000年}}||align=right|[[シカゴ・カブス]]<br>[[ニューヨーク・メッツ]]||2||0||2||align=left|[[読売ジャイアンツ|巨人]]、[[埼玉西武ライオンズ|西武]]||align=left|備考:MLB日本開幕戦に先立ち、プレシーズンゲームとして[[東京ドーム]]と[[西武ドーム]]で開催。 |- |{{by|2003年}}||align=right|[[オークランド・アスレチックス]]<br>[[シアトル・マリナーズ]]||colspan=3|中止||align=left|巨人、西武、[[福岡ソフトバンクホークス|福岡ダイエー]]||align=left|備考:[[イラク戦争]]開戦による情勢不安を理由に中止。 |- bgcolor="#D0E7FF" |{{by|2004年}}||align=right|[[タンパベイ・レイズ|タンパベイ・デビルレイズ]]<br>[[ニューヨーク・ヤンキース]]||2||1||1||align=left|巨人、[[阪神タイガース|阪神]]||align=left|備考:MLB日本開幕戦に先立ち、プレシーズンゲームとして東京ドームで開催。 |- |{{by|2008年}}||align=right|オークランド・アスレチックス<br>[[ボストン・レッドソックス]]||4||0||0||align=left|巨人、阪神||align=left|備考:MLB日本開幕戦に先立ち、プレシーズンゲームとして東京ドームで開催。 |- bgcolor="#D0E7FF" |{{by|2012年}}||align=right|オークランド・アスレチックス<br>シアトル・マリナーズ||1||0||3||align=left|巨人、阪神||align=left|備考:MLB日本開幕戦に先立ち、プレシーズンゲームとして東京ドームで開催。 |} <ref>[http://event.yomiuri.co.jp/mlb/history.htm 2012 グループス MLB開幕戦 過去の日本開幕戦]</ref><ref>[http://bis.npb.or.jp/2012/games/mpgm20120325.html 日本野球機構オフィシャルサイト プレシーズンゲーム結果3/25]</ref><ref>[http://bis.npb.or.jp/2012/games/mpgm20120326.html 日本野球機構オフィシャルサイト プレシーズンゲーム結果3/26]</ref> == 日米野球の主催新聞社 == 1953年、これまで日米野球を主催してきた[[読売新聞社]]がニューヨーク・ジャイアンツを招聘すると、[[毎日新聞社]]側もエド・ロパットを団長とする大リーグオールスターチームを招待。対戦相手を代えて2回連続して日米野球を開催するという変則事態となった。その後は両社間の協議により、1955年からは読売と毎日が交互に主催することになった。 なお、読売主催時にはNPB対MLBの試合が1試合減り、代わりに巨人対MLBの親善試合が日米野球第1戦の前に行われる。 == 冠スポンサー == * 1986年:[[富士写真フイルム]](スーパーフジカラーシリーズとして開催) * 1996年:[[サン・マイクロシステムズ|サンマイクロシステムズ]] * 1998年:[[メリルリンチ日本証券]] * 2000年:[[NTTコミュニケーションズ]] * 2002年:[[AIU保険会社]](NHKで放送があったためか、冠スポンサーではなく、MLBチームのスポンサーであったが、民放では冠スポンサー扱いであった) * 2004年、[[日米野球2006|2006年]]:[[イオン (企業)|AEON]]、[[イオングループ]]各社 * [[日米野球2014|2014年]]:[[スズキ (企業)|SUZUKI]] == 開催球場 == (2000年以降。球場名は当時) ; 2000年 * 第1、2、3、8戦:[[東京ドーム]] * 第4戦:[[福岡ドーム]] * 第5戦:[[大阪ドーム]] * 第6戦:[[ナゴヤドーム]] * 第7戦:[[西武ドーム]] ; 2002年 * 第1、5、6、7戦:東京ドーム * 第2戦:福岡ドーム * 第3戦:大阪ドーム * 第4戦:[[札幌ドーム]] ; 2004年 * 第1、2、3、8戦:東京ドーム * 第4戦:福岡ドーム * 第5戦:大阪ドーム * 第6戦:札幌ドーム * 第7戦:ナゴヤドーム ; [[日米野球2006|2006年]] * 第1、2、3戦:東京ドーム * 第4戦:京セラドーム大阪 * 第5戦:福岡Yahoo!JAPANドーム ; [[日米野球2014|2014年]] * 第1戦:京セラドーム大阪 * 第2、3、4戦:東京ドーム * 第5戦:札幌ドーム * エキシビションゲーム:[[那覇市営奥武山野球場|沖縄セルラースタジアム那覇]] == 中継 == (2002年以降。局名は当時) ; 2002年 * テレビ ** 第1、2、4、5、7戦:[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系、[[BS日本|BS日テレ]](2戦は[[福岡放送|FBS]]、5戦は[[札幌テレビ放送|STV]]制作協力) ** 第3戦:[[TBSテレビ|TBS]]系、[[BS-TBS|BS-i]]([[MBSテレビ|MBS]]制作協力) ** 第6戦:[[NHK総合テレビジョン]]、[[NHKデジタル衛星ハイビジョン]] **: [[日本放送協会|NHK]]での日米野球中継はこの年で最後となる{{Smaller|(2004年以降はイオンの[[冠大会]]のため、イオンの宣伝になることもあり放送していない。ただし、NHKは[[サントリー]]協賛時代の『[[ジャパン・オープン・テニス選手権]]』等冠大会を放送した例がある)}}。 * ラジオ ** [[ニッポン放送]]<br />(ネット-[[STVラジオ|STV]](4)、[[秋田放送|ABS]](6)、[[山形放送|YBC]](6)、[[福井放送|FBC]](7)、[[ラジオ関西|AM KOBE]](1)、[[山口放送|KRY]](6)、[[四国放送|JRT]](6)、[[西日本放送ラジオ|RNC]](1,7)、[[南海放送|RNB]](1,3)、[[高知放送|RKC]](7)、[[KBCラジオ|KBC]](2)) ; 2004年 * テレビ ** 第1、2、4、5戦:TBS系、BS-i(4戦は[[RKB毎日放送|RKB]]・[[中国放送|RCC]]、5戦はMBS制作協力) ** 第3、6戦:日本テレビ系(第6戦はSTV制作協力) ** 第7、8戦:[[テレビ朝日]]系(第7戦は[[名古屋テレビ放送|メーテレ]]制作協力) *** 第7戦はナゴヤドームで開催されているので通常、非中日系である名古屋テレビでは中継できない(キー局であるテレビ朝日で放送不可)ため<ref>名古屋テレビ・[[ABCテレビ|朝日放送]]は、過去にナゴヤ球場やナゴヤドームで開催されたパ・リーグの地方開催公式戦(主に近鉄・西武主催)であれば中日グループが関与しないため、中継可能だった。</ref>、テレビ朝日で中継されるのは一見異例だが、中日新聞社や中日球団は、読売新聞・毎日新聞主催を問わず日米野球を非中日系の日本テレビ・テレビ朝日が中継することを容認し、ナゴヤ球場時代には、[[日本テレビ]]が中継を担当した例もある。 * ラジオ ** 第1、2、3、8戦:[[TBSラジオ&コミュニケーションズ|TBSラジオ]](第8戦はRCC、RNCへもネット) ** 第4、5、6、7戦 **: [[エフエム東京|TOKYO FM]]<br />(ネット-[[エフエム北海道|AIR-G']](6)、[[エフエム秋田|FM秋田]](6)、[[エフエム群馬|FMぐんま]]、[[エフエム新潟|FM新潟]](4,5,6)、[[福井エフエム放送|FM福井]](5,6)、[[静岡エフエム放送|K-MIX]](7)、[[エフエム大阪|fm osaka]](5)、[[エフエム福岡|fm fukuoka]](4))<br />※普段野球中継を行わないTOKYO FMほか[[JAPAN FM NETWORK|JFN]]系列で野球中継が行われたのはこの年のみ。 **: [[Japan Radio Network|JRN]]系(第4戦[[RKBラジオ]]、第5戦[[ABCラジオ]]、第6戦[[HBCラジオ]]、第7戦[[CBCラジオ]]) ; [[日米野球2006|2006年]] * テレビ ** 第1、4、5戦:日本テレビ系(第4戦は[[讀賣テレビ放送|YTV]]、第5戦はFBS制作協力) ** 第2、3戦:テレビ朝日系 * ラジオ ** 第1、4、5戦:ニッポン放送(第5戦は[[KBCラジオ]]にもネット) ** 第2、3戦:TBSラジオ == 脚注 == <references /> == 外部リンク == * [http://bis.npb.or.jp/scores/japanvsfor/index_yearlyresults.html 日米野球年度別成績] * [http://www.npb.or.jp/japanus/index.html イオンオールスターシリーズ2006日米野球 日本野球機構] * [http://nichibeiyakyu.com/pc/index.html イオン日米野球2006 YOMIURI ONLINE] * [http://mlb.mlb.com/NASApp/mlb/mlb/events/japan_series/history.jsp Hisotory MLB.com] * [http://home.att.ne.jp/air/mlb/mlbnpb/mlbnpb.html 日米野球の試合結果、来日チーム一覧 MLB Score] * [http://www.japan-baseball.jp/ 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト] == 関連項目 == * [[日本野球機構]](NPB) * [[メジャーリーグベースボール]](MLB) * [[メジャーリーグベースボールの海外公式戦一覧]] * [[日韓プロ野球スーパーゲーム|日韓野球]] * [[野球日本代表]] * [[野球アメリカ合衆国代表]] * [[東日本大震災復興支援ベースボールマッチ]] * [[侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」]] * [[2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ]] {{国際野球}} {{デフォルトソート:にちへいやきゆう}} [[Category:野球の国際大会]] [[Category:日本のプロ野球]] [[Category:メジャーリーグベースボール]] [[Category:日米関係]]
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