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{{基礎情報 非営利団体 |名称=日本財団</br>Nippon Foundation |ロゴ= |画像=Nippon Foundation (2009.09).jpg |画像サイズ=250px |画像説明=日本財団ビル |創立者=[[笹川良一]] |団体種類=[[公益財団法人]] |設立=[[1962年]]10月1日 |所在地=[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]]赤坂一丁目2番2号<br/>日本財団ビル |起源= |主要人物=会長 笹川陽平 |活動地域={{JPN}} |製品= |主眼= |活動内容= |収入= |基本財産=304億円(2009年3月31日) |ボランティア人数= |従業員数=124人 |会員数= |子団体= |標語= |ウェブサイト=http://www.nippon-foundation.or.jp/ |解散= |特記事項=2011年3月31日までの正式名称は財団法人日本船舶振興会。 }} '''公益財団法人日本財団'''(にっぽんざいだん、英:Nippon Foundation)は、[[公営競技]]のひとつである[[競艇]]の収益金をもとに、[[海|海洋]][[船舶]]関連事業の支援や公益・[[福祉]]事業、国際協力事業を主に行なっている[[公益財団法人]]。 [[2011年]][[3月31日]]までの名称は'''財団法人日本船舶振興会'''(にっぽんせんぱくしんこうかい)であった。英名「Nippon Foundation」は、[[国際交流基金]]が「Japan Foundation」であるため。かつては、「SASAGAWA Foundation」と称したが、初代会長笹川良一没後に'''日本財団'''へ変更された。 == 概要 == [[1962年]]、[[笹川良一]]によって創立され、没後に二代[[曽野綾子]]を経て、現会長は笹川良一三男の[[笹川陽平]]が就任する。 [[海事]]科学の普及を目的として、[[日本海事科学振興財団]]([[船の科学館]])、青少年の健全育成のために[[ブルーシー・アンド・グリーンランド財団]](B&G財団)、海洋分野における[[シンクタンク]]である[[海洋政策研究財団]]など多くの[[公益法人]]を設立してきた。[[ハンセン病]]の世界的な撲滅活動に長年取り組んでいる。 [[財団法人]]ではあるが、[[モーターボート競走法]]([[昭和]]26年法律第242号)第22条の2の規定によって設置された関係上、[[特殊法人]]の性格をも併せ持っていたが、2007年の競走法の改正により、完全な民間の[[財団法人]]になる。財源には、モーターボート競走法の規定によって[[競艇]]の収益金の2.6[[パーセント|%]](2007年3月モーターボート競走法の改正がされる前は約3.3%)が充当されており、競艇と密接に結びついている。 [[1962年]]に創立以来、長らく設立者かつ初代会長の笹川良一の指導力により特殊法人の枠を超えた独自性のある活動を行ってきた。政府全額出資の特殊法人である[[日本の競馬|競馬]]([[日本中央競馬会]] = JRA)や、かつては[[社団法人]]が担当した[[競輪]]・[[オートレース]](特殊法人日本自転車振興会・日本小型自動車振興会を経て現在は公益財団法人[[JKA]])などの他の[[公営競技]]とは違って、民間の運営する財団法人であることから、所管官庁(当時は[[運輸省]]、現[[国土交通省]])の干渉や天下りをあまり受けない独立的な傾向が強かった。 笹川の親族が関連団体で要職についていたことなどを上げて、一部マスコミから「笹川良一や陽平らの笹川一族が[[競艇]]の収益金を自由に使っている」と報道されていたが、振興会が事業を実施するには所管の官庁である[[国土交通大臣]](省庁再編前は運輸大臣)の許認可を得る必要があり、その意味では使途は制限されていた。また、笹川良一や陽平が規則や規定により財団では支援することができない活動に対して財団の事業とは別に自らの財産を[[寄付]]しており、そのことが財団の活動内容は国や行政とは異なる「[[不平等主義]]」に繋がっている。 [[1995年]]の笹川良一死去後は笹川色を薄める意見が出たため、財団の非常勤理事であった[[曽野綾子]]を2代目会長として迎え入れた。[[1996年]]から現在の正式名である「日本財団」を[[愛称]]として用いるようになった。[[2005年]]、第三代会長に笹川良一の三男・[[笹川陽平]]が就任した。 2003年には本財団、[[海上保安庁]]の支援の下、海事、漁業関係者が一同に参加した民間沿岸監視団体「[[海守]]」が創設された。海守は主に密漁、[[密航]]対策を目的としている<ref>[http://www.umimori.jp/pc/index.html 海守公式HP]</ref><ref>[http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sosikihanzai/kettei/030917kaitei.html 国際組織犯罪等対策に係る今後の取組みの改訂について] 国際組織犯罪等対策推進本部 日本国首相官邸 2003年9月17日</ref>。なお、海守の事務局業務は[[海上保安庁]]の[[外郭団体]]である[[海上保安協会]]が行っている<ref>[http://www.umimori.jp/pc/about-member/index.html 海守公式HPより「入会について・事務局住所」]</ref>。 2011年4月1日に、公益財団法人になると共に正式名も「日本財団」になった。これにより、国土交通省は所管官庁ではなくなった(ただし、モーターボート競走法上の監督は引き続き受ける)。 === 事業概要 === * 海洋・船舶支援事業、造船関係資金貸付 * 公益・福祉・ボランティア支援関係 * 海外協力援助事業([[海上保安協会]]) == 沿革 == * 1949年、笹川良一がモーターボート競走法制定について働きかけを開始。 * 1951年 モーターボート競走法成立 * 1953年 (社)全国モーターボート競走会連合会(全モ連)設立。 * 1962年 (財)日本船舶振興会設立。初代会長は笹川良一。 * 1967年 (財)日本海事科学振興財団設立。(財)航空振興財団設立。 * 1972年 (財)ブルーシー・アンド・グリーンランド財団設立 * 1974年 (財)笹川記念保健協力財団設立 * 1975年 (財)日本造船振興財団(現海洋政策研究財団)設立 * 1980年 米日財団設立 * 1986年 (財)笹川平和財団設立 * 1990年 (財)笹川スポーツ財団設立 * 1997年 (財)東京財団設立 * 2011年4月1日 公益法人認定により、正式名称を「[[公益財団法人]] 日本財団」に改称。<ref>[http://www.nippon-foundation.or.jp/org/news/2011040102.html 公益財団法人認定のお知らせ]</ref> * 2012年10月1日 設立50周年を機に、本財団設立以来親しまれたシェアマークを生かした新ロゴマークに変更。クリエイティブディレクターは[[佐藤可士和]]<ref>[http://www.nippon-foundation.or.jp/who/history/04.html 沿革|日本財団] - 2013年10月23日閲覧</ref>。 == テレビCM == 日本船舶振興会時代は、当財団の広報活動として、当時の会長の笹川良一自らが出演した[[コマーシャルメッセージ|テレビCM]]が盛んに放映された。笹川が[[子供]]たちとともに「一日一善」と喚呼するものや、笹川が[[チャリティー|慈善]]活動で[[海外]]訪問する様子を撮影したものが有名だった。各民放テレビ系列キー局の番組[[スポンサー]](スポンサー自粛のものも含む)としてCMが流れることもあったが、主に各民放テレビ系列キー局の番組終了直後に[[ヒッチハイク (放送)|ヒッチハイク]]CMとして流れることが多かった。またラジオCMでは、当財団の取り組んでいる活動内容について、笹川に直接話を聞く内容だった。 CMの最後には、「日本船舶振興会は、[[モーターボート]][[競艇の競走格付け|競走]]の[[収益]]金を○○のために役立てています」(モーターボート競走の収益金は、○○のために役立てられています)というセリフで締めくくる。テレビCMの最後でこのセリフが出る時には、[[競艇]]シーンの映像が流れ、「ファンのみなさま ありがとうございます 日本船舶振興会」という[[スーパーインポーズ (映像編集)|テロップ]]を出していた(CMによっては、「(財)日本船舶振興会」と表記されることもあった)。90年代になると、CMの最後に流れていた前述のセリフや競艇シーンの映像、テロップがなくなり、後述のイメージソングがBGMで流れるようになったほか、[[高齢者]][[福祉]]を取り上げたCMが流れるようになった。 笹川死去後、近年は、財団が取り組んでいる[[身体障害]]者・[[高齢者]][[福祉]]、[[聴覚障害者]]のための[[大学]]「[[ギャローデット大学]]」の支援、[[アフリカ]]の飢餓救済、船舶航行の安全確保関連などの国内・国際援助活動事業など援助事業の風景を取り上げている。 === 1970年代後半〜1980年代 === ; 火の用心編 : 火の用心を呼びかけるCMでは、子供たちや、[[太鼓]]を叩く[[高見山大五郎|高見山]]、この[[コマーシャルソング|CMソング]]の作曲も担当して、威勢良く纏(まとい)を振り上げる[[山本直純]]、[[チンパンジー]]たちとともに、笹川が出演した。[[曜日]]別のバージョンが制作され、放送された。例えば月曜日なら「街をきれいにしよう!一日一善!」と言い、[[日章旗]]掲揚や競艇のレース映像(これは後述の作品の末尾の映像も同じ)を交えつつ、「モーターボート競走の収益金は、防犯・防火のために役立てられています。」という[[中村正 (声優)|中村正]]のナレーションと拍子木の音で締めくくられる。 : このCMは多くのテレビ局がスポットCMでも頻繁に放送していた。 : [[日本防火協会]]の名義で制作・放映されているものもある。大半はこの名義だった。笹川が1975年に当協会の会長に就任後、在任期間とほぼ同じ翌[[1976年]]から[[1994年]]まで放映されていた。<!--この時期に小中学生だった年代の者にとって、笹川は「一日一善」もしくは「戸締まり用心、火の用心」のおじいさんとして認識されている。またCM全体のイメージが日本船舶振興会名義のCMとほぼ共通であったため、混同されがちであった。--> ; マラソン編 : まずは木漏れ日が映る。そして「わっしょい!わっしょい!」と言いながら、柔道着姿の笹川と子供達が走る。そして「お年寄りや体の不自由な人をいたわりましょう。お父さん・お母さんを大切にしましょう。」と笹川の[[ナレーション]]が流れる。その後子供達(胴着姿のグループ・海洋少年団の制服姿のグループなど個別に)が大声で「礼儀正しくしよう」、「お父さん・お母さんを大切にしよう」、「交通ルールを守ろう」と唱和する。最後に「正しい心と強い体を育てるために、モーターボート競走の収益金は大きく役立っています。」という[[広川太一郎]]のナレーションが流れて締めくくられる。このCMは大半が[[日本モーターボート競走会|全国モーターボート競走会連合会]]の名義で制作・放映されていた。 : また、[[柔道]]・[[剣道]]・[[空手]]と3つの別バージョンもある。内容構成は「マラソン編」と同じ。 ; 怪獣ヒデゴンス編 : 幼稚園のセットでの撮影。まずは怪獣ヒデゴンス(手袋人形)が「おれは怪獣ヒデゴンス。火事が大好き、何でも食べちゃうぞ。」と言う。これに対して火消しのヒケシマンが「そうはさせないぞ!!寝たばこ、やーめよう!!」、「くわえたばこ、やーめよう!!」、「火遊び、やーめよう!!」と言い、笹川と子供達がこれに続いて唱和する。すると怪獣ヒデゴンスが、「ペコ、まいった!」と降参して、笹川と子供達が「戸締り用心、火の用心!」と歌い、毎度の文句が流れて終わる。これは日本船舶振興会名義で制作・放映されている。 ; その他 : 他にも、[[エドワード・ジェンナー]]の[[種痘]]の逸話などを取り扱ったCMもあった。この場合は最後に「ファンのみなさま ありがとうございます 日本船舶振興会」(この場合は日章旗はなく、モーターボートの映像をバックにしたもの)というスーパーが出ている。 === 1990年代 === ; 子守唄編 : 「♪おやすみママ おやすみパパ…」という歌いだしで、子供の子守唄がしばらく流れる。そして「でも、待てよ。そうだ!戸締りと火の始末、確かめてなかった!」「戸締り用心・火の用心!」のセリフで締めくくられる。これは[[日本防火協会]]の名義で制作・放映されていた。また[[競艇]]シーンが一切出されていない。最後の方に笹川が、子供と絵本を読んでいるシーンのみ出演している。 ; TOGETHER TO TOMORROW(トゥギャザー・トゥー・トゥモロー)編 : 日本財団に一般呼称が変わる前後([[1995年]]前期頃)まで放送されていたもので、高齢者福祉活動や[[オーバーブルック盲学校]]などを紹介。高齢者福祉活動編では老人ホームでの福祉活動の映像を写し「私達は、高齢者時代を考え、老人福祉活動を支援します。」とPR(ナレーター・[[窪田等]])し、最後に笹川会長を中心に老人達の笑顔を移したというものであった。 ; その他 : その他にも薬物乱用防止キャンペーン「[[ダメ。ゼッタイ。]]」に協賛したCMがオンエアされている。この時は笹川色はなく、最後のところで「協力:日本船舶振興会」と小さく出ていただけである。 ;日本財団改名以後 : 呼称が日本財団になってからは、前述の通りギャローデット大学(「世界一うるさい大学かもしれない」というPR)、車椅子で生活する若者などのショートドキュメント映像などが放送されている。 === CMソング === * 『火の用心の歌』([[#1980年ごろのテレビCM|1970年代後半-80年代に放映]]) 作詞・武本宏一 作曲・編曲・[[山本直純]] 演奏・[[新音楽協会|新室内楽協会]] 歌唱・[[荒川少年少女合唱隊]] <!--: この歌もCMも度々ギャグのネタにもされた。 : 『[[8時だョ!全員集合]]』で、この歌のメロディーがフルコーラス流れ、[[ザ・ドリフターズ]]の[[いかりや長介]]を除く4人が替え歌にして歌い、最後に[[加藤茶]]が「モーターボート競走の収益金は、全部いかりや長介が持っています。」と茶化しているのがお決まりだった。また作曲者・[[山本直純]]が音楽監督として『全員集合』に関わっていた。しかし、船舶振興会サイドから[[TBSテレビ|TBS]]に対してクレームが入り、このネタは使えなくなった。 : また『[[ドラえもん]]』の「テレビとりもち」の巻では、CMのコマで「おじさんやおばさんもたいせつにしよう。」という、このCMをパロディーにした題材が使われている。 : [[植田まさし]]の『[[フリテンくん]]』の格言でも、「おとうさん・おかあさんにたいせつにされよう。」というシャレが書かれている。 : PCゲームの『[[俺たちに翼はない]]』の中で「分をわきまえて生きよう!お母さん・妹を大切にしよう!奈落のルールを守ろう!」というパロディーが使われている。--> * 日本船舶振興会'90キャンペーンソング『TOGETHER TO TOMORROW(トゥギャザー・トゥー・トゥモロー)』 作詞・スージー・K・キム 作曲・三井誠 歌唱・M F Q === スポンサー提供テレビ番組 === * [[少年徳川家康]](NETテレビ(現・[[テレビ朝日]])系列)…[[一社提供]] * [[一休さん (テレビアニメ)|一休さん]](NETテレビ(現・[[テレビ朝日]])系列)…[[一社提供]] * [[ドキュメンタリー人間劇場]]([[テレビ東京]]系列)…一社提供 * [[YAIBA|剣勇伝説YAIBA]](テレビ東京系列)…メイン提供 * [[ドラえもん (1979年のテレビアニメ)|ドラえもん]](テレビ朝日系列)…提供番組(過去)・[[提供クレジット|クレジット]]無し * [[藤子不二雄ワイド]](テレビ朝日系列)…提供番組・クレジット無し * [[ハイスクール!奇面組]]([[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列)…提供番組・クレジット無し * [[メタルヒーローシリーズ]]『[[巨獣特捜ジャスピオン]]』〜『[[特救指令ソルブレイン]]』(テレビ朝日系列)…クレジット無し * [[火曜洋画劇場|水曜洋画劇場]]([[サンテレビジョン|サンテレビ]]) * [[月曜ドラマ・イン]](テレビ朝日系列) * [[ステーションEYE]](テレビ朝日系列) * [[NNN JUST NEWS]]→[[NNN6:30きょうのニュース]]→[[NNNライブオンネットワーク]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列)…[[ヒッチハイク (放送)|ヒッチハイク]] * [[ジパングあさ6]]([[NNNニュースジパング]]のコーナーのみ、日本テレビ系列)…提供番組・クレジット無し * [[THE・サンデー|ザ・サンデー]](日本テレビ系列)…提供番組(過去) * [[JNNニュースコープ]]([[TBSテレビ|TBS]]系列)…スポット提供(一時的)・クレジット無し * [[おはようクジラ]](TBS系列) * [[クレヨンしんちゃん (アニメ)|クレヨンしんちゃん]](テレビ朝日系列)…提供番組(過去)・クレジット無し * [[SG|競艇SG中継]] * [[テレビ朝日系列平日昼の情報番組枠|平日12時台の番組]](テレビ朝日系列)…ヒッチハイク(時差ネットの局も必ず流れていた、過去) ヒッチハイクCM(主に戸締り用心・火の用心シリーズ、海外の慈善活動報告シリーズ)に関して、民放キー局では特に、テレビ朝日(NET時代も含む)と日本テレビが比較的多く、逆にTBSとフジテレビは少なかった。多かった放映時間帯はいずれかの曜日の19時台~21時台の番組終了直後。 == 話題となった問題 == === 蘭州大学奨学金焦げ付き === [[2005年]][[4月]]に、[[中華人民共和国]]の[[甘粛省]]にある国立蘭州大学に[[1992年]]に設立した奨学基金の原資100万ドルについて、大学側が勝手に現地の投資信託会社で運用して失敗し回収不能に陥っている、と発表した。大学側は「高利の[[投資信託]]に移し[[奨学金]]を充実させたかった」と謝罪しているが、財団は大学に対し、投資信託会社から資金を取り戻して奨学制度を正常に復帰させるように求めている。 財団側の説明によると、1992年3月に大学が持つ[[中国銀行 (中華人民共和国)|中国銀行]]の口座に100万ドルを振り込み、その利息で大学院生向けに奨学金を支給することを規定。しかし大学側は、財団に基金の運用機関を変更する届け出をしないまま[[1993年]][[10月]]、当時高利息だった甘粛省投資信託公司へ移し替えた。事態を重くみた財団は2004年12月、中華人民共和国政府に対し原状回復への協力を要請し、[[2006年]][[11月]]に中華人民共和国の[[王毅]]駐日[[大使]]から「全額、元に戻すことが確認された」との連絡があり、本問題は解決をみた。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}}<div class = "references-small"><references /></div> == 参考図書 == *[[佐藤誠三郎]]『笹川良一研究 異次元からの使者』中央公論社 1998年 ISBN 4120028178 == 関連項目 == {{commonscat|Nippon Foundation}} * [[海洋政策研究財団|シップ・アンド・オーシャン財団]] * [[笹川平和財団]] * [[東京財団]] * [[ブルーシー・アンド・グリーンランド財団]] * [[日本音楽財団]] * [[スワンベーカリー]] (財団ビルの1階にカフェ&ベーカリー赤坂店が出店している<!--<ref>[http://bizacademy.nikkei.co.jp/leader/resume6/article.aspx?id=MMAC0a001025042013&waad=D7bPhuyr 私の履歴書・小倉昌男「福祉への思い 保護より自立促進を」] 日本経済新聞電子版(Bizアカデミー)2013年5月9日</ref>-->。) * [[篠原涼子]]([[コマーシャルメッセージ|CM]]) * [[海守]] (2015年3月31日をもって事務局廃止予定) == 外部リンク == * [http://www.nippon-foundation.or.jp/ 公益財団法人日本財団] * [http://nippon.zaidan.info/ 日本財団図書館] * [http://canpan.info/ 日本財団公益コミュニティサイトCANPAN(カンパン)] ** [http://blog.canpan.info/koho/ 日本財団ブログ・マガジン] ** [http://blog.canpan.info/sasakawa 日本財団会長 笹川陽平ブログ] * [http://www.funenokagakukan.or.jp/ 日本海事科学振興財団] - [[船の科学館]] * [http://www.sof.or.jp シップ・アンド・オーシャン財団(海洋政策研究財団)] : [http://www.spf.or.jp 笹川平和財団] * [http://www.nmf.or.jp/ 日本音楽財団] * [http://www.umimori.jp/pc/index.html 海守公式HP] * {{Twitter|nipponzaidan}}公式アカウント * {{Facebook|nipponzaidan}} ページ * {{YouTube|user=NipponFoundationPR}} {{DEFAULTSORT:につほんさいたん}} [[Category:競艇]] [[Category:公益財団法人 (内閣総理大臣認定)]] [[Category:1962年設立]] [[Category:国際援助]] [[Category:日本財団|*]] [[Category:赤坂]] [[Category:東京都の公益法人]]
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