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新井田豊
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{{Boxing statsbox |name=新井田 豊 |image= |realname=新井田 豊 |nickname= |weight=[[ミニマム級]] |height=156.3cm<ref name="Boxon20080227">[http://boxon.jp/news/002762.php 新井田、バレラともに良コンディション] ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年2月27日</ref> |reach=161.5cm<ref name="Boxon20080227" /> |nationality={{JPN}} |birth_date={{生年月日と年齢|1978|10|2}} |birth_place=[[神奈川県]][[横浜市]][[鶴見区 (横浜市)|鶴見区]] |death_date= |death_place= |style=右[[ボクサー (スポーツ)|ボクサーファイター]] |total=28 |wins=23 |KO=9 |losses=2 |draws=3 |no contests= |}} '''新井田 豊'''(にいだ ゆたか、男性、[[1978年]][[10月2日]] - )は、[[日本]]の元[[プロボクサー]]。[[神奈川県]][[横浜市]][[鶴見区 (横浜市)|鶴見区]]出身。第12代ならびに第15代[[世界ボクシング協会|WBA]]世界[[ミニマム級]]王者。第15代王座は7度防衛した。[[横浜光ボクシングジム]]所属。右[[ボクサー (スポーツ)|ボクサーファイター]]。主な入場曲は“'''World Famous'''/BiARD, feat. JANMAN(for 風林火山)& MC ZERO”。 == 来歴 == 高校2年在学中に[[花形ボクシングジム]]で[[ボクシング]]を始める。 [[1996年]]11月15日、横浜光ジムからプロデビュー(初回KO勝ち)。新人の頃、ジムの会長・[[関光徳]]と[[メキシコ]]へ渡り、[[ジョー・メデル]]の指導を受けた<ref>前田衷 [http://www.boxing.jp/column/maeda/maeda09.htm 「負けは負け、これで勝ちにされるのはいやだった」潔し新井田の敗者の弁] [[ボクシング・ビート|boxing.jp]] 2003年</ref>。 [[2001年]]1月8日、日本王座初挑戦。日本[[ミニマム級]]王者[[鈴木誠 (ボクサー)|鈴木誠]]に挑み、9回TKO勝ち。王座獲得に成功した。5月14日には引き分けで初防衛に成功。6月、世界初挑戦が決定したのを機に王座返上。 2001年8月25日、無敗(ただし、3つの引き分けあり)のまま17戦目で世界初挑戦。[[パシフィコ横浜]]で[[世界ボクシング協会|WBA]]世界ミニマム級王者[[チャナ・ポーパオイン]]([[タイ王国|タイ]])に挑み、12回判定勝ち。[[畑山隆則]]以来、横浜光ジム2人目の世界王者に輝いた。世界王座獲得後の10月、持病の[[腰痛]]悪化ならびに世界王座を奪取した達成感を理由に突如引退を表明、同22日付で王座を返上した。 引退表明後もトレーナーとしてジムに留まり、後進の指導に当たっていたが、[[2002年]]12月、引退を撤回し現役復帰を表明。 [[2003年]]7月12日、復帰第1戦でいきなりの世界再挑戦。WBA世界ミニマム級王者[[ノエル・アランブレット]]([[ベネズエラ]])に挑んだが、12回判定負けで王座返り咲きならず。また、この試合がプロ初黒星となった。 [[2004年]]7月3日、アランブレットに再挑戦。試合前日、王者が計量をパスできず[[タイトルマッチ#王座剥奪|王座剥奪]]という失態。そのため、王座空位の状態で試合を行い、新井田が勝った場合のみ新王者誕生というルールでタイトル戦が行われた。試合は前戦同様、フルラウンドの激戦となったが、今度は新井田が12回判定勝ち。1年前の雪辱に成功すると同時に、3年ぶりの世界王座返り咲きとなった。 [[2004年]]10月30日、初防衛戦で[[暫定王座|暫定王者]]の[[ファン・ランダエタ]](ベネズエラ)と王座統一戦。ミニマム級としては破格の体格とパワーを誇るランダエタの前に苦戦するが、終盤のラストスパートもあって2-1の判定で勝利。その後、防衛回数を4まで延ばす。 [[2007年]]4月7日、5度目の防衛戦で再度暫定王者との統一戦。同じ日本人の元[[世界ボクシング評議会|WBC]]世界ミニマム級王者[[高山勝成]]と対戦。当初、この試合は前年の9月2日に行う予定であったが、試合直前の8月26日、新井田がスパーリングの最中に左肋軟骨を[[骨折]]し<ref>[http://boxon.jp/news/000514.php やはり骨折だった 新井田が会見] ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2006年8月29日</ref>、中止となった。新井田への挑戦が取り止めとなった高山は2006年11月7日、カルロス・メロ([[パナマ]])とWBA世界ミニマム級暫定王座決定戦を行い、9回負傷判定勝ち。王座獲得に成功し、統一戦という形で新井田と改めて対戦する運びとなった。試合は手数と攻勢点でリードする高山に対して新井田が印象的な有効打を要所で決めるという大接戦の末、2-1の僅差の判定で新井田の勝ち。約1年1か月ぶりの試合で5度目の王座防衛と2度目の王座統一を果たした<ref>[http://boxon.jp/news/001587.php ミニマム級統一王者に新井田 高山に2-1判定] ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2007年4月8日</ref>。その後、同年9月1日には6度目、翌[[2008年]]3月1日には7度目の防衛に成功(7度目の防衛戦は自身にとって世界戦で初めてのKO勝ち)。 2008年6月6日、所属する横浜光ジムの関光徳会長(当時)が死去。告別式では悲痛な様子だったが、6月12日のダブル世界戦のリングで追悼の10カウントゴングが鳴らされた時には、宮川和則新会長とともにジムを盛り上げていく決意が伝えられた<ref>[http://s01.megalodon.jp/2008-1130-1656-17/www.daily.co.jp/ring/2008/06/13/0001132876.shtml 故関光徳氏しのび追悼10カウント] [[デイリースポーツ]] 2008年6月13日閲覧</ref>。 2008年9月15日、8度目の防衛戦。20戦全勝(18KO)という驚異的な戦績を誇る1位の指名挑戦者[[ローマン・ゴンサレス]]([[ニカラグア]])と対戦。初回、ゴンサレスの右フックで[[外傷性鼓膜穿孔|鼓膜]]を損傷してバランスを欠いた新井田はなおも打ち合おうとするものの、ゴンサレスの左をよけるのが難しくなった。4回にはこれまでの試合を上回る速いコンビネーションで打ち合いに出たが、ゴンサレスの左アッパーによる右目上の腫れで視界を塞がれる。そして、この回1分59秒、ドクターチェックにより試合続行不可能との判断を受け、TKO負け。4年あまり保持してきた王座を失った<ref>[http://s04.megalodon.jp/2008-1130-1516-10/www.sponichi.co.jp/battle/special/boxing_titlematch/2008_0915niida/20080701top.html まさかの負傷陥落…新井田引退も] [[スポーツニッポン]] 2008年9月16日閲覧</ref><ref>[http://boxon.jp/news/003113.php ゴンサレス強し、新井田無念の陥落 WBAミニマム級] ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年9月18日</ref>。 2008年11月7日、ジム側から口頭で[[日本ボクシングコミッション]]に2度目の[[引退]]が伝えられる。12月25日、日本ボクシングコミッションランキング委員会で現役引退が報告され、2009年4月4日、後楽園ホールで引退セレモニーが行われた。 2010年11月、[[港北ニュータウン]]の中心に位置する[[横浜市営地下鉄ブルーライン]]の[[センター北駅]]近くに、フィットネスジム、BODY DESIGN 新井田式をオープン<ref>[http://boxingnewsboxon.blogspot.com/2010/11/blog-post_638.html 元王者新井田さんがスポーツジム開く 横浜]</ref>。ボクシングの普及に寄与している。 == 戦績 == プロボクシング:28戦23勝 (9KO) 2敗 (1KO) 3分 {{Fightstatstop}} {{Fightstatscont|1|1996年11月15日|☆|1R 1:37|TKO|新開智|{{JPN}}<br />(キクチ)|プロデビュー戦}} {{Fightstatscont|2|1997年12月20日|☆|4R|判定3-0|山本晃夫|{{JPN}}<br />(武蔵)|}} {{Fightstatscont|3|1997年2月17日|☆|1R 2:42|KO|大家立朗|{{JPN}}<br />(不二)|}} {{Fightstatscont|4|1997年7月26日|☆|4R|判定3-0|高橋和久|{{JPN}}(相模原ヨネクラ)|}} {{Fightstatscont|5|1997年10月3日|☆|6R|判定3-0|橋口勇樹|{{JPN}}<br />(鹿児島C)|}} {{Fightstatscont|6|1998年3月29日|分|6R|判定1-1|押金励|{{JPN}}<br />(角海老宝石)|}} {{Fightstatscont|7|1998年9月18日|分|6R|判定1-0|濱口健一郎|{{JPN}}<br />(ビクトリー)|}} {{Fightstatscont|8|1998年12月3日|☆|1R 2:17|KO|北野英隆|{{JPN}}<br />(鎌ヶ谷)|}} {{Fightstatscont|9|1999年2月15日|☆|8R|判定3-0|ロジェール・カディラン|{{PHI}}|}} {{Fightstatscont|10|1999年6月27日|☆|6R|判定2-0|菅昌憲|{{JPN}}<br />(関博之)|}} {{Fightstatscont|11|1999年10月18日|☆|2R 1:51|KO|ルディ・フェルナンデス|{{PHI}}|}} {{Fightstatscont|12|2000年3月23日|☆|8R|判定3-0|前田篤臣|{{JPN}}<br />(協栄)|}} {{Fightstatscont|13|2000年5月30日|☆|8R 0:43|TKO|岡五男|{{JPN}}<br />(ワタナベ)|}} {{Fightstatscont|14|2000年10月11日|☆|1R 2:09|KO|ボーイ・パンディーン|{{PHI}}|}} 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2001年10月22日(返上)}} {{Championshiptitle先空|第15代|WBA世界|ミニマム級|ノエル・アランブレット|ローマン・ゴンサレス|2004年7月3日 - 2008年9月15日}} {{日本のボクシング世界王者}} {{DEFAULTSORT:にいた ゆたか}} [[Category:日本のボクサー]] [[Category:ミニマム級世界王者]] [[Category:世界ボクシング協会世界王者]] [[Category:日本のボクシング世界王者]] [[Category:横浜市出身の人物]] [[Category:1978年生]] [[Category:存命人物]]
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