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戦利艦
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{{出典の明記|date=2011年4月}} [[ファイル:Iki1906Yokosuka.jpg|right|240px|thumb|[[日露戦争]]中に[[大日本帝国海軍]]が[[ロシア海軍]]から鹵獲した「[[インペラートル・ニコライ1世 (戦艦・初代)|インペラートル・ニコライ1世]]」。日本海軍編入後は「[[壱岐 (戦艦)|壱岐]]」と改名された。]] '''戦利艦'''(せんりかん)とは、[[戦争]]期間中に[[鹵獲]](ろかく。敵の[[兵器]]などを奪い取ること)した[[軍艦]]、または戦争終結後に[[戦争賠償|賠償]]として獲得した軍艦。前者を'''鹵獲艦'''、後者を'''賠償艦'''という。 == 概要 == [[戦時国際法]]において、[[戦利品]](敵国から奪って自国の[[所有権|所有]]にできる[[動産]])は、敵国の[[国有財産]]に限られる。戦利品・鹵獲兵器の中では軍艦が最も大きく、経済的な面から見ても影響が大きい。そのため、戦利艦の扱いは、戦争中の戦闘においても、戦争後の交渉においても、重視された。 戦利艦を獲得する行動は[[古代]]からある。[[帆船]]時代の海戦時においては、鹵獲した敵艦を売り払った収入が艦隊乗組員に還元されるシステムであったため、敵艦を撃破したり沈没に追い込むのと同程度に重視されていた。[[近代]]以降の戦争期間中においては、機密保持のための自沈や、大損害を蒙って沈没するケースが多く、艦体を確保するのは困難である。そのため、鹵獲艦を得ることができれば、情報を得るうえでも、その価値は高いものとなっている。 また、戦利艦は、自国の海軍に編入し、直接的な戦力として利用する場合もある。このケースは戦争期間中、戦争終結後の両方の場合とも見られる。もっとも、敵艦は自国海軍との各種規格が異なることがあるため、必ずしも有効利用できたわけではない。 例えば、[[日清戦争]]後に[[大日本帝国海軍|日本海軍]]が[[清]]より鹵獲した「[[鎮遠 (戦艦)|鎮遠]]」などは、[[日露戦争]]にも使用されたほか、[[第二次世界大戦]]時に[[日本]]が[[アメリカ]]から鹵獲した「[[ウェーク (砲艦)|ウェーク]]」は、[[日本]]を経て[[中華民国]]、そしてその後は[[中華人民共和国]]でも使用されるなど、有効利用されたケースとなっているが、[[第一次世界大戦]]や[[第二次世界大戦]]後に敗戦国が賠償艦として手放した艦艇は、各種規格が異なる上に、大戦終結による戦勝国の艦船の余剰を受けて、[[標的艦]]として処分されたり[[スクラップ]]として解体されたものも多い。ただし、連合国でありながら、壊滅的打撃を受けた[[フランス海軍]]など、ヨーロッパの海軍ではとくにドイツ海軍の艦艇が運用されるケースもあった。 == 鹵獲艦 == 戦争期間中に敵艦を鹵獲できれば、単に敵国の戦力を減少させるのみにとどまらず、敵国の使用している[[暗号]]書の獲得、技術力に関する情報を得られ、且つ、味方の士気向上が望めるなど、大きな影響がある。一方で、鹵獲した敵艦に戦局を左右する重大な情報を見出した場合は、殊、暗号をはじめとする情報漏洩が察知されぬよう鹵獲した事を徹底的に隠蔽する場合もある。例えば、[[アメリカ海軍]]は[[第二次世界大戦]]中に[[ドイツ]]の[[潜水艦]]([[Uボート]])「U-505」を鹵獲し、そこから暗号を始めとする多くの情報を引き出すことができた。 鹵獲された結果、軍事上の機密情報のみならず、搭載している各種武器なども敵国に渡ることになるため、それを避けるために自沈させることも多い。第二次世界戦中の[[1942年]]に日本軍がイギリスの[[植民地]]である[[香港]]を占領した際に、[[イギリス海軍]]は日本軍による鹵獲を防ぐために防潜網敷設艇「[[第101号敷設特務艇|バーライト]]」を自沈させた。また、1942年8月に行われた[[南太平洋海戦]]において、日本軍の攻撃を受け航行不能となり総員が退去したものの、自沈できなかったアメリカ海軍の[[正規空母]]「[[ホーネット (CV-8)|ホーネット]]」を日本海軍が鹵獲しようとしたものの、これを恐れたアメリカ海軍が撃沈を試みた例がある(最終的に撃沈に失敗し、日本海軍艦艇により撃沈された)。 なお、近代以降の戦争における鹵獲状況は多様であるが、戦闘中に洋上において鹵獲されるケース、第二次世界大戦時に日本海軍が[[バタビア]]において鹵獲した[[オランダ]]領[[東インド]]政府の哨戒艇「[[第109号 (哨戒艇)|ファザント]]」や、同大戦末期にドイツの降伏に伴い日本軍が[[ペナン]]で鹵獲、接収したUボート「[[伊号第五〇六潜水艦|U-195]]」のように、港湾において停泊中に鹵獲されるケースなどがある。 == 賠償艦 == 戦争後に戦利艦が得られる場合がある。これは、戦争後に戦勝国と敗戦国の間で行われた賠償交渉の結果、賠償の一部として戦勝国へ引き渡されるものである。 賠償艦が戦後に戦勝国の海軍に編入され有効活用された例として、第二次世界大戦後に日本海軍はイギリスやアメリカ、中華民国や[[ソビエト連邦]]などに賠償艦として多数の船艇を引き渡したが、ソ連には駆逐艦6隻、水雷艇1隻、海防艦17隻、輸送艦2隻、掃海艇1隻、掃海特務艇3隻など計34隻を引き渡し、その後もその多くが何らかの用途でソ連海軍で使用された。また駆逐艦「[[雪風 (駆逐艦)|雪風]]」は中華民国に引き渡され、中華民国海軍[[旗艦]]として活躍した。 編入されなかった例としては、[[第一次世界大戦]]において日本海軍が敗戦国のドイツ海軍より「[[UC99 (潜水艦)|UC99]]」など多数の潜水艦を賠償艦として獲得したが、規格が合わないことなどからそのほとんどが編入されず実験艦として使用された。また第二次世界大戦後にアメリカに賠償艦として引き渡された戦艦「[[長門 (戦艦)|長門]]」と、巡洋艦「[[酒匂 (軽巡洋艦)|酒匂]]」は、[[核実験]][[クロスロード作戦]]の標的艦として[[ビキニ環礁]]にて沈没した。 なお賠償艦として引き渡されるのは敗戦後のため、鹵獲艦のように自沈を試みる例は少ないものの、第一次世界大戦後においては、敗北したドイツ帝国海軍([[:de:Kaiserliche Marine|Kaiserliche Marine]])[[大洋艦隊]]の大型艦艇が[[イギリス]]の[[スカパ・フロー]]に集められていたが、賠償艦として連合国に引き渡されるのを防ぐために、[[スカパ・フローでのドイツ艦隊の自沈|集団で自沈]]したという事件もあった。 ==関連項目== *[[戦争賠償]] *[[海軍戦利品取扱規程]](明治37年達第56号) [[Category:軍艦|せんりかん]] [[Category:戦時国際法|せんりかん]] {{warship-stub}}
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