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戒厳
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{{otheruseslist|一般的な意味での戒厳|1972年公開のフランス・イタリア合作映画作品『戒厳令』|戒厳令 (1972年の映画)|1973年公開の日本の映画作品『戒厳令』|戒厳令 (1973年の映画)|ヴァン・ヘイレンのアルバム|戒厳令 (アルバム)|1998年公開のアメリカの映画作品『マーシャル・ロー(The Siege)』|マーシャル・ロー (映画)}} {{国際化|date=2008年6月15日 (日) 17:40 (UTC)}} '''戒厳'''(かいげん)とは、戦時において兵力をもって一地域あるいは全国を警備する場合において、国民の権利を保障した法律の一部の効力を停止し、[[行政権]]・[[司法権]]の一部ないし全部を[[軍隊]]の権力下に移行することをいう。また、戒厳について規定した法令を戒厳令(英語:'''martial law''')という。 本来は極端な治安悪化や暴動を中止させるために行われる。しかししばしば、[[非常事態宣言]]と共に、軍部による[[クーデター]]で活用される。 == 戒厳の種類 == 戒厳を宣告するには、その地域が定められなければならない(全国の場合も理論的にはありうる)。日本の戒厳令においては、以下の2種類の戒厳地域区分が存在した。 ; 臨戦地境 : 戦時にあって警備を要する地域。軍事に関する事件に限り、地方行政・司法事務が当該地域[[軍]]司令官の管掌となる。 ; 合囲地境 : 敵に包囲されている、または攻撃を受けている地域。一切の地方行政・司法事務が当該地域軍司令官の管掌となる。 == 日本における戒厳 == 天皇が主権者であった[[大日本帝国憲法]]下の法体系においてこの戒厳の態様を規定していたのが[[1882年]](明治15年)8月5日[[太政官布告・太政官達|太政官布告]]第36号「'''戒厳令'''」であったことより、戒厳の宣告を行うこと自体をしばしば「戒厳令をしく」「戒厳令下に置く」というが、この表現は誤りである。「戒厳令」は「戒厳」を規定した法令の名称であり、「戒厳の布告」により、「戒厳令」に規定された非常事態措置が適用されることになる。また、東京周辺が騒乱状態に陥った際、例えば[[二・二六事件]]時にとられた行政措置(後述)を「戒厳」ということもあるが、これも正しい表現ではない。なお日本の現行の法体系にあっては、戒厳に関する規定、戒厳令に相当する[[法令]]は存在しない。 === 戒厳の実例 === 臨戦地境戒厳は、[[日清戦争]]中の[[広島市]][[宇品]]地区、[[日露戦争]]中の[[長崎市]]、[[佐世保市]]、[[対馬]]、[[函館市]]、[[台湾]]全域、[[澎湖諸島|澎湖島]]、[[馬公要港部|馬公要港]]に布かれた。 === 勅令による行政戒厳 === 以上、「戒厳令」で規定された戒厳の他に、[[東京]]周辺にて[[緊急勅令]]に基づくいわゆる「行政戒厳」が宣告された例が3例ある(日付は勅令の公布日)。 * [[1905年]](明治38年)9月6日 - 11月29日、[[日比谷焼打事件]]([[ポーツマス条約]]反対暴動) * [[1923年]](大正12年)9月2日 - 11月15日、[[関東大震災]] * [[1936年]](昭和11年)2月27日 - 7月16日、[[二・二六事件]] いずれの場合も、戒厳令で想定する臨戦・合囲の地域には該当しない。そこで緊急勅令では「一定ノ地域ニ戒厳令中必要ノ規定ヲ適用スル」として戒厳令の規定を準用したのである(「必要ノ規定」に該当する条文はあらためて後続する緊急勅令で限定的に列挙されている)。つまり、これらの戒厳措置は戒厳令に根拠を有するのでなく、あくまで緊急勅令による騒乱鎮圧を目的とした行政措置だったと考えられる。 === 現行法制下における「戒厳」類似の規定 === [[日本国憲法]]下の現行の法体系には「戒厳」に関する規定はないが、[[武力攻撃事態対処関連三法]](いわゆる[[有事法制]])中の[[武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律]](以下有事関連法)がこれに近似した効力を持つとされる。但し、同法に見られる「戒厳」類似の規定はあくまで[[国会]]の事前承認に基づく「非常事態権」に類するものであると考えられ、現行の法制下においては日本国憲法との整合性等の問題もあり、本格的な[[国家緊急権]]は認められていない。 <!-- 以下、旧版からのコメントアウト部分です == 目的 == 戒厳令は、国民の生命および財産等を守る目的で施行される。戦争、紛争、自然災害、武力政変等によって中央機能が消失した場合、国家レベルでの騒擾状況に陥る危険性が極めて高く、このような状況下においてパニックを未然に防ぎ治安を維持する業務は軍及び警察が担当することが期待される。しかし、別の法規によって[[文民統制]]が定められていた場合、軍は政府の命令なしには活動できず、つまり、すでに機能を消失した政府からの命令を永遠に待ち続けることになる。このような状況を回避するために予め戒厳令が発せられる要件を定め、当該要件が満たされた場合のみ軍へ権力を委譲させることで自律活動を認め、国民の生命財産等の保護活動にあたらせるものである。 == 戒厳令未整備の問題点 == 太平洋戦争勃発の原因を「軍部の暴走」と見る日本人は、武力組織に大きな権限を付与することを危険視してきたために、日本で戒厳令に関する議論は長年タブーであった。このために日本の戒厳に関する法規は未整備である。 これは、日本国政府が機能停止ないし消滅した場合、合法的に国民の生命財産等を保護する機関が存在しないということを意味する。 憲法は、条約の締結を内閣に属する事務と定めている。これは、例えば核ミサイルの先制によって国務大臣全員が死亡した場合、再び組閣されるまで日本は終戦条約を含むあらゆる条約の締結が不可能である。同時に、組閣までの間は[[文民統制]]下の自衛隊は組織として日本国民の保護はできず、[[ハーグ陸戦条約]]が定めるところの[[義勇兵]]資格でこの任にあたることとなる。 内閣が消滅し、かつ衆・参議院いずれかの定員数の3分の2を越える議員が死亡等で国会に出席できなくなった場合'''憲法56条'''の規定で国会は議事を行うことができず、[[公職選挙法]]に依る選挙を行った後に内閣総理大臣を指名するという手続きを経なければ、内閣は組閣できない。しかし、補欠選挙の場合は都道府県選挙管理委員会が選挙告示を行うが、衆議院議員全員死亡という場合、総選挙で行う場合は、これを[[公示]]する[[天皇]]に対し、[[助言と承認]]を与える内閣も存在しないため総選挙の公示もできなくなる。 これは[[阪神大震災]]で直接的な被害を受けた兵庫県庁が司令塔としての機能を失った状況と酷似しており、国の中枢機関においても十分起こりうる事である。対策として、非常事態時に国の中枢機関としての機能を首都機能麻痺が明らかになった場合に地方の主要都市や国外の大使館などに持たせる事を可能にする新しい法律が必要になる。 最悪の場合、「選挙の告知・投票・国会議員の選出、内閣総理大臣の指名そして終戦条約の締結」という一連の手続きを「武力侵攻に対して自衛隊は完全無抵抗という状況」で行わなければならない。 ---- コメントアウト終了 --> また[[大規模地震対策特別措置法]]を根拠とする「[[警戒宣言|地震災害に関する警戒宣言]]」が発されると、強化地域内で鉄道の運行が停止、高速道路の一般車両通行が禁止され、多くの官庁・企業・教育施設等も日常の業務を停止するため、一部マスコミ等において同法および同宣言を比喩的に「戒厳令」と称することがある。 ==中国における戒厳== 中華人民共和国では[[1989年]][[5月19日]]に、[[六四天安門事件]]に伴い戒厳が布告された。戒厳の布告を受けて厳しい報道管制が敷かれ、日本やイギリス、西ドイツなどの西側諸国のテレビ局による生中継のための回線は中国共産党によって次々と遮断されていたものの、アメリカの[[CNN]]は依然として世界各国へ向けた生中継を続けていた。 == 台湾における戒厳 == 台湾では[[1947年]][[2月28日]]に勃発した[[二・二八事件]]以降、[[蒋介石]]率いる[[台湾国民政府]]によって言論弾圧が強化され、1948年に[[動員戡乱時期臨時条款]]が施行されて、1949年に[[台湾省戒厳令|台湾に戒厳が布告]]された。[[蒋経国]]が[[五一九緑色運動]]の高まりを受けて[[1987年]]に解除するまで38年間もの長期に亘って施行され続けた。 == 韓国における戒厳 == 韓国では戒厳が布告された例は下記の通り。 * [[1960年]]4月19日 - 196?年?月?日、[[1960年]][[4月19日]]に勃発した[[四月革命 (韓国)|四月革命]]に伴い[[ソウル特別市]]地域限定で戒厳が布告。 * [[1972年]]10月17日 - 1972年12月13日、[[十月維新]]の布告に伴い戒厳が布告。 * [[1979年]]10月18日 - [[1981年]]1月24日、[[釜馬民主抗争]]の勃発に伴い[[釜山広域市|釜山直轄市]]地域限定で戒厳が布告(1979年10月26日に勃発した[[朴正煕暗殺事件]]・[[1980年]]5月17日に勃発した[[5・17非常戒厳令拡大措置]]に伴い韓国の全地域に戒厳が布告)。 == 関連項目 == * [[国家緊急権]] * [[有事法制]] * [[周辺事態]] * [[関東戒厳司令部]] * [[戦時措置法]] * [[非常事態宣言]] * 映画『[[マーシャル・ロー]]』 == 外部リンク == * [http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/image_C04017611400?IS_KIND=SimpleSummary&IS_STYLE=default&IS_KEY_S12=F2006090107040842493&IS_TAG_S35=InfoFolder&IS_KEY_A1=%E6%88%92%E5%8E%B3%E4%BB%A4&IS_TAG_S12=InfoFolder&IS_LGC_S35=AND&IS_TAG_A1=InfoD&IS_LGC_S12=AND& 太政官布告明治15年第36号 戒厳令 アジア歴史資料センター(画像)] * [http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/fm15-36.htm 太政官布告明治15年第36号 戒厳令 中野文庫(テキスト)] {{デフォルトソート:かいけん}} [[Category:政治史]] [[Category:戦時体制]] [[Category:軍事法]] [[Category:治安]]
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