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後藤武敏
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{{Infobox baseball player |選手名 = 後藤 武敏 |英語表記 = |所属球団 = 横浜DeNAベイスターズ |背番号 = 55 |選手写真ファイル名 = 20120310 Taketosi Goto,infielder of the Yokohama BayStars, at Seibu Dome.JPG |写真のコメント = 2012年3月10日、西武ドームにて |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[静岡県]][[浜松市]][[中区 (浜松市)|中区]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1980|6|5}} |没年月日 = |身長 = 176 |体重 = 84 |利き腕 = 右 |打席 = 右 |守備位置 = [[一塁手]]、[[左翼手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|2002}} |ドラフト順位 = 自由獲得枠 |初出場 = 2003年3月28日 |最終出場 = |年俸 = 1,800万円(2014年) |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[横浜中学校・高等学校|横浜高等学校]] * [[法政大学野球部|法政大学]] * [[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ<br/>埼玉西武ライオンズ]] (2003 - 2011) * [[横浜DeNAベイスターズ]] (2012 - ) }} '''後藤 武敏'''(ごとう たけとし、[[1980年]][[6月5日]] - )は、[[横浜DeNAベイスターズ]]所属の[[プロ野球選手]]。ポジションは[[内野手]]、一軍では[[外野手]]([[左翼手]])でも出場する。 == 経歴 == === プロ入り前 === [[シニアリーグ]]で全国準優勝した経歴を持つ。[[タレント]]の[[野久保直樹]]が一年後輩のチームメイトだった。 [[横浜高校]]では[[松坂大輔]]、[[小池正晃]]、[[小山良男]]らと共に[[1998年]][[第70回選抜高等学校野球大会]]・[[第80回全国高等学校野球選手権大会]]に出場、主に3番打者として春夏連覇に貢献、[[かながわ・ゆめ国体]]も制覇。なお、後藤は1年生時には既にベンチ入りしており、第78回全国高校野球選手権大会出場時にも、3回戦で9回に代打で登場し安打を打っている。高校通算33本塁打。[[PL学園対横浜延長17回|準々決勝]]では[[PL学園高校]]の稲田学・[[上重聡]]、[[明徳義塾対横浜 (第80回全国高等学校野球選手権大会準決勝)|準決勝]]では[[寺本四郎]]といった投手と対決した。 高校の1年先輩には俳優の[[上地雄輔]]がいる。 [[法政大学]]では東京六大学2年春のリーグ戦で打率.445・2本塁打・14打点で[[三冠王]]を達成。ちなみに前年には同じく法大の[[廣瀬純]]が[[三冠王]]に輝いており、史上初めて同一チームから2年続けて三冠王を輩出した。続く2年秋のリーグ戦でも首位打者となり、[[長崎慶一]](法大)、[[広澤克実|広沢克己]](明大)に次ぐ史上3人目の2季連続首位打者であり、後藤の後に達成した選手はいない。ちなみに首位打者2回も9人目の最多記録で、のちに[[鳥谷敬]](早大)、[[大引啓次]](法大)、小野寺和也(慶大)が達成している(2011年現在)。 4年秋の早大3回戦の9回に、早大先発の[[和田毅]]から三振を喫したが、これが和田のリーグ戦通算444個目の奪三振となり、六大学記録を献上した。 リーグ通算73試合出場、258打数79安打、打率.306・8本塁打・52打点でベストナイン3回。[[山中正竹]]が指揮を執る[[第1回世界大学野球選手権日本代表]]にも[[土居龍太郎]]・[[河野友軌]]と、のちに西武ライオンズで同期入団となる[[長田秀一郎]]・[[小野寺力 (野球)|小野寺力]]と共に選出され、3位入賞に貢献。 [[2002年]]の[[プロ野球ドラフト会議]]で、西武ライオンズに自由獲得枠で入団。 === 西武時代 === [[File:SL-Taketoshi-Goto20100828.jpg|thumb|200px|西武時代]] {{by|2003年}}は故障で開幕に間に合わなかった[[アレックス・カブレラ]]に代わり開幕戦で「'''新人ながらいきなり4番に座る'''」という快挙を成し遂げた。前半は打率3割を超え絶好調で、手首の強さを生かした打撃で[[クリーンナップ]]に座った。後半に失速したが、101試合で11本塁打と新人ながら活躍し、期待に応えた。 {{by|2004年}}は5番・一塁手で2年連続の開幕スタメンに起用されるが、故障の影響や[[貝塚政秀]]の台頭で出番は少なく、打率1割台と低迷した。 {{by|2005年}}は[[ホセ・フェルナンデス (1974年生の内野手)|ホセ・フェルナンデス]]の開幕出遅れでチャンスが巡ってきたが、それを生かせなかった。しかし二軍では打率.362・58打点で二冠、出塁率.464・長打率.580を合わせて4冠を獲得、優秀選手を受賞した。このことから「'''二軍の帝王'''」と呼ばれ、この成績にも関わらず、一軍には[[石井義人]]が首位打者に立つなど好調だったこともあり、なかなか昇格できず25試合・打率.205に留まり、8度の守備機会で4失策してしまった。[[9月24日]]の対[[福岡ソフトバンクホークス|ソフトバンク]]戦で、[[三瀬幸司]]から人生初となる逆転サヨナラ適時打を放ち、チームの24年連続Aクラスを決定させた。 {{by|2006年}}は[[三塁手]]のライバルである[[中村剛也]]がレギュラーに定着したこともあり、初めて一軍出場が無かった。二軍では本塁打が[[イースタン・リーグ]]6位の9本、長打率は5位の.447と快打を連発したが、昇格できなかった。 {{by|2007年}}は開幕一軍スタートだったがすぐに降格。中村の不振で[[5月15日]]に再昇格したが、打率1割台と結果を残せなかった。二軍では打率.325でチームトップの本塁打と打点を記録したにもかかわらず、この年も一軍では活躍できなかった。 {{by|2008年}}も開幕二軍だったものの、二軍で打率.313・10本塁打と打撃好調で6月中旬に一軍昇格。6月29日の対[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]戦(西武ドーム)では[[小林宏之 (野球)|小林宏之]]から2003年以来となる本塁打を放った。更に5回にも本塁打を放ち、自身初の1試合2本塁打を放った。[[ヒーローインタビュー]]では2本塁打について「1本目は息子と嫁さんのため、2本目は親父と、先日亡くなった母ちゃんのために打ちました」とコメントし、涙ながらに「母ちゃん、やったぞ!」と叫んだ。以後も好調な打撃を維持して五輪出場組の抜けたチームを支えた。終盤には調子の落ちた[[クレイグ・ブラゼル]]に代わって4番で出場することもあり、日本一に大きく貢献した。最終的には49試合に出場して打率.301、自己最多の12本塁打の成績を残した。プロ入り後初めて左翼手も経験したが無難にこなした。[[クライマックスシリーズ]]では2本塁打と活躍。日本シリーズでは第一戦、[[上原浩治]]からバックスクリーンに同点本塁打を放って日本一に貢献した。 {{by|2009年}}から外野手登録となる。開幕は一軍だったものの腰を痛めて離脱、その後[[7月9日]]に昇格した。8月25日の対[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天]]戦でプロ初となるサヨナラ本塁打を打った。左翼手・[[指名打者]]・一塁手として出場し、打率.293・5本塁打を記録。前年同様シーズン中盤から一軍で好成績を残した。 {{by|2010年}}は前年の活躍から一転して、大半を二軍で過ごした。特に左投手は打率.050と全く打てなかった。最終戦で一軍に昇格し、クライマックスシリーズ第1ステージ第1戦にスタメン出場するも、無安打に終わった。 {{by|2011年}}は24試合に出場したが打率は1割台に低迷した。シーズン終了後の[[11月22日]]、[[武山真吾]]との交換トレードで[[横浜DeNAベイスターズ]]へ移籍した。 === DeNA時代 === {{by|2012年}}は開幕前に右太腿の張りの影響もあり、前半戦は二軍暮らしだったが、後半戦から一軍に昇格すると、8月には3年ぶりの本塁打を含む6本の本塁打を放ち、貴重な右の代打として最後まで一軍に居続けた。 {{by|2013年}}は開幕一軍とはならなかったものの4月19日に一軍登録されるが6月に降格、8月に一軍復帰を果たすと9月の月間打率が417という驚異的な数字でチームを支え、[[9月4日]]に移籍以来[[横浜スタジアム]]で始めてお立ち台にも立った、また[[トニ・ブランコ]]、[[中村紀洋]]の不調時にはスタメンで4番で出場することもあった。 == 人物 == [[愛称]]は'''ゴトタケ'''、'''GT'''、'''グッさん'''(顔が[[山口智充]]に似ていることから)、'''ゴメス'''。 [[ヒーローインタビュー]]では、アナウンサーの質問ごとに「'''そうっすね'''」と言うのが定番になっている。また2014年からは、アナウンサーから「後藤選手」と言われると「ゴメスです」とニックネームをアピールするのがお約束である。 温厚な性格で、試合中に乱闘・揉め事があった時には怒った外国人選手・首脳陣を止めている場面が多い。西武時代の[[2011年]][[7月11日]]には、対オリックス戦で同球団の投手[[高宮和也]]が、当時のチームメイト・[[中島裕之]]に死球を与えたのを発端に揉め事が発生。しかし後藤は、激高した[[ホセ・フェルナンデス (1974年生の内野手)|ホセ・フェルナンデス]](当時は西武に所属)をなだめた。ちなみに、『[[文化放送ライオンズナイター]]』でこの試合の実況を担当していた[[斉藤一美]]([[文化放送]]アナウンサー)は、「後藤がフェルナンデスを上手出し投げました」と表現した。 横浜高校時代の同級生だった小池とは、[[2011年]]シーズン終了後の移籍を機に、横浜DeNAで再びチームメイトになった。小池が[[2013年]]のシーズン終盤に球団から戦力外を通告された直後には、高校の4年先輩でチームメイトでもある[[多村仁志]]と共に小池の相談に乗った。その席で後藤と多村が「今の打撃では(現役続行は)厳しい。生まれ育った横浜で引退して指導者になった方が良い」と涙声で助言したことをきっかけに、小池は引退を決意。[[10月8日]]の引退試合(横浜スタジアムの対阪神戦)では、目を潤ませながらベンチで見守る後藤の前で2本の本塁打を放つと、後藤・多村と泣きながら抱擁した。なお、[[2014年]]からは、小池が横浜DeNAの一軍打撃コーチとして後藤や多村を指導する<ref>[http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/10/09/kiji/K20131009006774350.html 小池「格好いいパパ」引退試合で涙の2発 来季は中畑政権入閣](『[[スポーツニッポン]]』[[2013年]][[10月9日]]付記事)</ref><ref>[http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1310120015/ 【ベンチ裏】最後に最高のスイングを 小池が交わした親友との約束](『[[神奈川新聞|カナロコ]]』[[2013年]][[10月12日]]付記事)</ref>。 小池の引退により[[2014年]]現在、[[1998年]][[第70回選抜高等学校野球大会]]・[[第80回全国高等学校野球選手権大会]]を連覇した[[横浜高校]]の出場選手のうち、現役選手は後藤と[[松坂大輔]]のみになった。 == 詳細情報 == === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align:center;"|{{by2|2003}} |rowspan="8" style="text-align: center;"|[[埼玉西武ライオンズ|西武]] |101||272||252||30||66||15||1||11||116||44||1||2||0||1||17||2||2||57||9||.262||.313||.460||.773 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2004}} |24||52||47||5||9||2||0||0||11||4||0||0||0||0||5||0||0||15||1||.191||.269||.234||.503 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2005}} |25||47||39||4||8||4||0||0||12||3||0||1||0||0||8||0||0||11||1||.205||.340||.308||.648 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2007}} |20||42||37||2||6||0||0||0||6||1||0||0||1||1||3||0||0||12||1||.162||.220||.162||.382 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2008}} |49||184||166||34||50||14||0||12||100||27||0||0||0||0||16||0||2||31||3||.301||.370||.602||.972 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2009}} |54||161||147||13||43||4||1||5||64||23||0||2||0||1||13||0||0||33||4||.293||.348||.435||.783 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2010}} |16||33||29||2||4||0||0||0||4||1||0||0||0||0||3||0||1||9||1||.138||.242||.138||.380 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2011}} |24||37||33||0||5||2||0||0||7||1||0||0||0||0||4||0||0||13||0||.152||.243||.212||.455 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2012}} |rowspan="2" style="text-align:center;"|[[横浜DeNAベイスターズ|DeNA]] |51||138||125||11||32||3||0||6||53||15||0||1||0||1||12||0||0||26||2||.256||.319||.424||.743 |- |style="text-align:center;"|{{by2|2013}} |62||101||88||13||25||6||0||6||49||14||0||1||1||0||9||0||3||19||1||.284||.370||.557||.927 |- !colspan="2"|通算:10年 |426||1067||963||114||248||50||2||40||422||133||1||7||2||4||90||2||8||226||23||.258||.325||.438||.763 |} * 2013年度シーズン終了時 === 記録 === * 初出場・初先発出場:2003年3月28日、対[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハムファイターズ]]1回戦([[西武ドーム]])、4番・[[一塁手]]で先発出場 * 初打席:同上、1回裏に[[カルロス・ミラバル]]から遊撃ゴロ * 初安打・初打点:2003年3月29日、対日本ハムファイターズ2回戦(西武ドーム)、2回裏に[[金村曉]]から右前適時打 * 初本塁打:2003年4月18日、対日本ハムファイターズ4回戦([[東京ドーム]])、8回表に[[岩本勉]]から右越2ラン * 初盗塁:2003年7月23日、対[[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ]]17回戦(西武ドーム)、4回裏に二盗(投手:[[具臺晟]]、捕手:[[日高剛]]) === 年度別守備成績 === {| class="wikitable" style="text-align: right; font-size: small;" !rowspan="2"|年<br />度!!colspan="6"|一塁!!colspan="6"|三塁!!colspan="6"|外野 |- !試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率!!試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率!!試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率 |- |2003||25||145||1||3||10||.980||6||4||3||0||1||1.000||colspan="6" align="center"|- |- |2004||15||80||6||2||5||.977||2||0||1||0||0||1.000||colspan="6" align="center"|- |- |2005||3||13||2||1||2||.938||5||5||4||3||3||.750||colspan="6" align="center"|- |- |2007||5||28||0||0||2||1.000||9||3||9||0||0||1.000||colspan="6" align="center"|- |- |2008||7||27||0||0||2||1.000||colspan="6" align="center"|-||28||36||2||0||0||1.000 |- |2009||11||59||6||0||6||1.000||colspan="6" align="center"|-||7||15||1||0||1||1.000 |- |2010||10||64||5||0||5||1.000||colspan="6" align="center"|-||2||0||2||0||0||1.000 |- |2011||5||38||3||1||3||.976||colspan="6" align="center"|-||colspan="6" align="center"|- |- |2012||30||249||19||3||18||.989||colspan="6" align="center"|-||4||8||0||1||0||.889 |- |2013||17||121||8||1||11||.992||colspan="6" align="center"|-||colspan="6" align="center"|- |- !通算 |128||824||50||11||64||.988||22||12||17||3||4||.906||41||59||5||1||1||.985 |} * 2013年度シーズン終了時 === 背番号 === * '''6''' (2003年 - 2011年) * '''55''' (2012年 - ) == 脚注 == <div class="references-small"><references/></div> == 関連項目 == * [[静岡県出身の人物一覧]] * [[埼玉西武ライオンズの選手一覧]] * [[横浜DeNAベイスターズの選手一覧]] * [[法政大学の人物一覧]] * [[松坂世代]] {{横浜DeNAベイスターズ}} {{西武ライオンズ2002年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:ことう たけとし}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:法政大学野球部の選手]] [[Category:埼玉西武ライオンズ及びその前身球団の選手]] [[Category:横浜DeNAベイスターズ及びその前身球団の選手]] [[Category:浜松市出身の人物]] [[Category:1980年生]] [[Category:存命人物]] [[Category:横浜高校出身の野球選手]]
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