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広河隆一
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{{出典の明記|date=2011年3月}} {{Infobox journalist | name = 広河隆一 | image = | caption = | birth_name = | birth_date = [[1943年]][[9月5日]] | birth_place = {{ROC}} [[天津市]] | death_date = | death_place = | education = [[早稲田大学]][[教育学部]] | occupation = [[フォトジャーナリスト]] | alias = | title = | family = | spouse = | domestic_partner = | children = | relatives = | ethnicity = | nationality ={{JPN}} | religion = | years_active= 1967 to present | credits = | agent = | URL = }} '''広河 隆一'''(ひろかわ りゅういち、[[1943年]][[9月5日]] - ) は、日本の[[フォトジャーナリスト]]。[[イスラエル]]、[[パレスチナ]]の双方に多くの人脈と知人を持ち、[[パレスチナ問題]]を取材し続けている。チェルノブイリを事故以来25年以上に渡って取材し、救援活動を行っている。[[福島第一原発事故]]の後は、主に日本の[[原発]]や[[放射能]]に関する諸問題を取材するかたわら、福島の子どもの救援活動を開始している。 ==経歴== 中国・[[天津市]]で出生。[[東京都]][[世田谷区]]在住<ref>『毎日新聞』、2013年8月23日</ref>。 [[大阪府立生野高等学校]]、1967年[[早稲田大学]][[教育学部]][[卒業]]後[[イスラエル]]へ渡航した。イスラエル北部の[[キブツ]]・ダリヤに滞在し、そこで[[ヘブライ語]]を学習した。 [[イスラエル]]渡航当初の広河は[[共産主義]]に対して親和的な政治的態度をとり、「共産主義的な」キブツに対してアタッチメントを有していたが、広河がイスラエルへ渡航した1967年には[[第三次中東戦争]]が勃発してイスラエルがその戦争に大勝利を収めたことにより、イスラエルによるパレスチナ人に対する過酷な人権侵害を知るようになり、親パレスチナ的な態度をとるようになった。広河はイスラエルにおいて「[[マツペン]]」という反シオニスト的な政治団体で活動を行っていた。また、1982年に勃発した[[レバノン軍団|南レバノン軍]]による[[パレスチナ難民]]の[[虐殺]]である[[サブラー・シャティーラ事件|サブラー・シャーティーラーの虐殺]]を含めた[[レバノン戦争|第一次レバノン戦争]]に関する取材を行い、[[よみうり写真大賞]]を受賞した<ref>[http://www.hiropress.net/profile/ 広河隆一プロフィール]</ref>。 広河は日本帰国後に[[フォトジャーナリスト]]、[[作家]]及び[[イスラエル]]や[[原発]]に対して批判的な市民活動家として活動を開始した。[[立教大学]]において非常勤講師を務める。[[講談社]]の「[[DAYS JAPAN]]」に、イスラエルのビジネスマン[[シャウル・アイゼンバーグ]]に関する記事や、ダイヤモンド取引の裏側の取材、[[チェルノブイリ]]の現状、[[731部隊]]などに関する報道、ルポ写真などを掲載。再創刊した「DAYS JAPAN」発行・編集長、「チェルノブイリ子ども基金」代表、パレスチナの子供の里親運動顧問、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会(JVJA)世話人代表等を歴任。全国各地で講演を行う。 広河は日本における中東ジャーナリストとして先駆的な役割を果たすとともに、次世代のジャーナリストや市民活動家の養成においても極めて重要な役割を果たしている。具体的には、中東ジャーナリストの[[土井敏邦]]は[[広島大学]]において[[パレスチナ問題]]に関する[[卒業論文]]を執筆する際に、広河は事実上の指導教官としての役割を果たすとともに、広河は広島大学卒業後に経済的に困窮していた土井を[[PLO]]駐日代表部による中東関連に関する「フィラスティン・びらーでぃ」<ref>[http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000032563-00 国立国会図書館、フィラスティン・びらーでぃ]</ref>という月刊誌の記者として雇用することにより、土井を中東ジャーナリストとして成長させるきっかけをもたらした<ref>[http://www.doi-toshikuni.net/j/column/20121014.html 土井敏邦・インタビュー、「伝えてとして生きる」(1)]</ref>。また、[[関節リウマチ]]という重度の病気から奇跡的に回復した[[古居みずえ]]は広河の写真展を見たことがきっかけとなって、パレスチナにおける女性を対象として精力的に取材する[[フォトジャーナリスト]]として活動を行っている<ref>土井敏邦 パレスチナ記録の会「映画『沈黙を破る』ゲスト・トーク第3回:古居みずえ(フリー・ジャーナリスト)with 山上徹二郎(『沈黙を破る』プロデューサー)」2009年5月9日(土) @ポレポレ東中野[http://www.doi-toshikuni.net/j/p-doc/report/20090509.html]</ref>。そして、広河はパレスチナに渡航したことがきっかけでイスラエルに批判的な市民活動家になった森沢典子の活動を森沢の著書を推薦し、広河によるナクバに関する映画の制作に森沢を参加させ、森沢に活動する機会を提供することによって支援している。特に注目すべきこととして、2004年に[[イラク人質事件]]が発生した際に、広河は[[自作自演]]も疑われている同事件を引き起こして国民的に激しい批判を受けた[[高遠菜穂子]]らを擁護し<ref>[http://www.hiropress.net/contents/archive/information040412.html イラクの友へ【緊急】お願いします。イラクの人にアラビア語の手紙を届けてください]</ref>、広河は高遠とともに講演活動を行うことにより、高遠をイラクを支援する市民活動家として成長させる重要な役割を果たしている。 「[[九条の会]]」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めている<ref>[http://www.masrescue9.jp/about_us/yobikake.html マスコミ九条の会(よびかけ人はだれですか)]</ref>。 2012年、かつて代表を務めた「チェルノブイリ子ども基金」の経験を活かし、福島県の子どもたちを福島第一原子力発電所事故の影響の少ない[[沖縄県]]の[[久米島]]において保養させるプロジェクト「NPO法人沖縄・球美の里」を発足させた。 ==受賞歴== *[[レバノン戦争|第一次レバノン戦争]]とそれに伴う西ベイルートの[[サブラー・シャティーラ事件|サブラー・シャーティーラー虐殺事件]]に関する[[フォトジャーナリスト]]としての報道で、[[1982年]]よみうり写真大賞、[[1983年]]IOJ国際報道写真大賞を受賞。 *[[チェルノブイリ原発事故]]についての取材で[[1989年]][[講談社出版文化賞]]、[[1993年]][[産経児童出版文化賞]]を受賞。 *[[パレスチナ問題]]、[[チェルノブイリ原発事故]]問題の報道活動に対して、[[2003年]][[土門拳賞]]を授与された。 ==著書・編著== *『ユダヤ国家とアラブゲリラ』 草思社、1971年 *『パレスチナ幻の国境』 草思社、1976年 *(パレスチナ・ユダヤ人問題研究会と共編)『ユダヤ人〈1〉ユダヤ人とは何か』『ユダヤ人〈2〉ダイヤモンドと死の商人』 三友社出版、1985年 *『破断層』 講談社、1987年。 - [[レバノン]]のパレスチナ人を題材とした小説 *『核の大地』 講談社、1990年。 *『パレスチナ/瓦礫の中のこどもたち』 徳間書店、1991年。 *『ニーナ先生と子どもたち』 小学館、1992年。 *『中東共存への道』 岩波書店、1994年。 *『チェルノブイリと地球』 講談社、1996年。 *『ナターシャ チェルノブイリの歌姫』 [[岩崎書店]]、2001年。 - [[ナターシャ・グジー]]についての取材本 *『パレスチナ 新版』 [[岩波新書]]、2002年。 *『暴走する原発』 [[小学館]]、2011年。 *『新・人間の戦場』[[デイズジャパン]] 2012年 ほか多数 ===共著=== *『ダイヤモンドと死の商人』 三友社出版、1988年。 *『子どもに伝えるイラク戦争』 小学館、2004年。 - [[石井竜也]]との共著 ==映画作品== *『[[パレスチナ1948・NAKBA]]』[[2008年の日本公開映画/3月|2008年3月22日公開]] (監督・撮影・写真) ==脚注== {{reflist}} ==関連項目== *[[DAYS JAPAN]] **[[池田香代子]] **[[江川紹子]] *[[日本ビジュアル・ジャーナリスト協会]] *[[マツペン]] *[[フォトジャーナリスト]] *[[ルティ・ジョスコビッツ]] *[[土井敏邦]] *[[古居みずえ]] *[[高遠菜穂子]] ==外部リンク== *[http://www.hiropress.net/contents/ 広河隆一通信] *[http://www.daysjapan.net/ DAYS JAPAN] *[http://www.jvja.net/ JVJA日本ビジュアル・ジャーナリスト協会 ] *[http://www.nakba.jp/ パレスチナ1948 NAKBA 公式サイト] *[http://kuminosato.net/ NPO法人 沖縄・球美の里] {{DEFAULTSORT:ひろかわ りゆういち}} [[Category:日本のジャーナリスト]] [[Category:日本の写真家]] [[Category:九条の会の人物]] [[Category:反シオニズム]] [[Category:日本における反ユダヤ主義]] [[Category:天津出身の人物]] [[Category:1943年生]] [[Category:存命人物]] [[Category:早稲田大学出身の人物]] [[Category:日本の映画監督]] [[Category:ドキュメンタリー]] [[Category:日本の反原発活動家]] {{People-stub}}
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