コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
平松邦夫のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
平松邦夫
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{政治家 |人名 = 平松 邦夫 |各国語表記 = ひらまつ くにお |画像 =Kobe Matsuri2010 Hiramatsu2 DSCN9831 20100516.JPG |画像説明 =第40回[[神戸まつり]]のパレードにて |画像サイズ = 250px |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = {{生年月日と年齢|1948|11|15}} |出生地 = [[兵庫県]][[尼崎市]] |没年月日 = |死没地 = |出身校 = [[同志社大学]][[法学部]] |前職 = [[毎日放送]][[アナウンサー]] |現職 = |所属政党 = [[無所属]] |称号・勲章 = [[法学士]] |世襲の有無 = 無 |親族(政治家) = |配偶者 = |サイン = |ウェブサイト = http://www.hiramatsu-osaka.com/ |サイトタイトル = 平松邦夫―ひらまつくにお 公式ホームページ― |国旗 = |職名 = [[ファイル:Flag of Osaka City.svg|25px]] 第18代 [[大阪市長]] |当選回数 = 1回 |就任日 = 2007年12月19日 |退任日 = 2011年12月18日 |退任理由 = 任期満了 }} '''平松 邦夫'''(ひらまつ くにお、[[1948年]][[11月15日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]、元[[アナウンサー]]。第18代[[大阪市長]]。 == 人物・来歴 == [[兵庫県]][[尼崎市]]出身。[[血液型]]はO型。[[兵庫県立尼崎高等学校]]を経て、[[同志社大学]]法学部卒業。 大の[[パチンコ]]ファン、[[競馬ファン]]でもある。生まれ育った所では[[園田競馬場]]の近くである事から、平松自身が[[競馬]]やパチンコなどのギャンブルに興味を示すようになったという。自身の好みの競走馬は[[タニノムーティエ]]と語っている<ref>[http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/111119/waf11111909160003-n1.htm 元競馬担当の平松氏…お気に入りは追い込み馬] 産経新聞 2011年11月19日閲覧</ref>。 === MBSアナウンサー時代 === [[1971年]]にアナウンサーとして[[毎日放送]]へ入社。同期のアナウンサーに[[野村啓司]](現在は毎日放送専属パーソナリティ)と[[近藤光史]](現在はフリーアナウンサー)、その他の同期に元[[テレビプロデューサー]]で現在[[光明寺 (尾道市)|光明寺]]住職の[[御藤良基]]、現在毎日放送代表取締役社長を務める[[河内一友]]。うち、過去に野村と近藤の若手アナウンサー三人組でラジオのトーク番組を担当していたこともあり、大まかには野村は気さくで砕けた役、近藤はボケと嫌味な役、平松は冷徹なツッコミと沈着冷静な進行などの役割などで活動を行っており。各々フリーとなった現在でもそのキャラクターは引き継がれている。 入社2年目の1972年から1970年代の後半までは、[[MBSラジオ]]の競馬中継で実況を担当。[[キタノカチドキ]]、[[テンポイント]]などのレースを実況した。1976年から1994年まで毎日放送の夕方のローカルニュース番組『[[MBSナウ]]』のメインキャスターを務めるなど、数々の番組に出演。毎日放送制作一部副部長兼国際部副部長も務めた。 [[1995年]]6月から3年間、毎日放送[[ニューヨーク]]支局へ支局長として赴任。[[1998年]]7月に帰国してからは、アナウンサーとして[[ダンロップフェニックストーナメント|ダンロップ・フェニックスゴルフトーナメント]]の中継実況などを担当した。また、毎日放送が主催する『[[サントリー1万人の第九]]』では、通算で7回司会を務めた。 [[2001年]]7月よりソフト企画局センターへ異動した後に、チーフプロデューサーを務めた。その後は[[2003年]]7月より1年間にわたり役員室秘書部長、[[2004年]]7月から[[2007年]][[10月14日]]まで役員室長、同年[[10月15日]]から人事局専任局長(大阪市長選挙への出馬(後述)が取りざさされたための人事措置で、出馬表明後に休職)を務め、同年[[11月3日]]に定年まで1年の期間を残して退職。アナウンサー職から離れた後も、ラジオ番組にパーソナリティ・アシスタント代理として年に2~3回出演することがあった。 [[MBSラジオ]]で『[[それゆけ!|それゆけ!火曜・やしきたかじん]]』を放送していた時期には、正午のニュースを担当することが多く、メインパーソナリティであった[[やしきたかじん]]とニュースの内容に関して討論を頻繁に交していた。そのため、当時のこの時間の「[[MBSニュース|毎日ニュース(現・MBSニュース)]]」は、この番組に関しては時間を長めに取って放送していた。また、この事が縁でたかじんと親交を深め、大阪市長就任(後述)後はたかじんの冠番組にゲスト出演している。また、たかじんプロデュースの「[[Koi-con]]」に[[大阪府知事]](当時)の[[橋下徹]]とともにゲスト出演をしたり、橋下知事との"非公式会談"をたかじんの自宅マンションで行ったりもした(たかじんは場所を提供しているのみで"非公式会談"には一切口を挟んでいないと『そこまで言って委員会』内で公言していた)。ただし、たかじん逝去時の『そこまで言って委員会』追悼特番やお別れ会では司会を務めていない(いずれも[[辛坊治郎]]、[[山本浩之]]、[[宮根誠司]]の3人が担当)。 [[2000年]][[10月16日]]放送の『[[筑紫哲也 NEWS23]]スペシャル 中国の[[朱鎔基]]首相があなたと直接対話』([[TBSテレビ|TBS]]制作・[[Japan News Network|JNN]]系列全国ネット)では、[[大阪市|大阪]]会場からの質問の進行役を務めた。 === 大阪市長へ転身 === ==== 大阪市長へ ==== [[File:Kunio Hiramatsu October 3, 2008.jpg|thumb|平松邦夫([[2008年]][[10月3日]]撮影)]] [[2007年]][[10月18日]]、任期満了に伴う[[大阪市長]]選挙([[11月4日]]告示、18日投開票)に[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]推薦で無所属として立候補することを表明。その後[[国民新党]]の推薦と[[社会民主党 (日本 1996-)|社民党]]の支持を得る。選挙戦では、知名度を活かして民主党支持層から無党派層まで幅広く支持を受け、367,058票(確定得票数)を得て、現職の[[關淳一]]を破り、初当選を果たした([[2007年大阪市長選挙]]も参照)<ref>[http://www.city.osaka.jp/senkyo/sokuho/kaihyo_data_10.html 平成19年11月18日執行 大阪市長選挙の開票結果]</ref>12月19日に大阪市長に就任。戦後初の行政経験のない民間出身の大阪市長となった。 [[11月19日]]、マスコミのインタビューに対し、市政の課題について、下記のように方針を語った。 * 市民サービスの低下を招かないよう、新規での職員採用凍結の解除 * 市政改革推進会議を解散し、「財政改革・景気対策」「医療・福祉・防災・環境」「教育・文化・芸術・スポーツ」「情報公開・広報」の4委員会を新たに設置 * [[大阪ワールドトレードセンタービルディング]](WTC)については、徹底した情報公開を行い責任の所在を明らかとした上で、金融機関への債権放棄も含めた最終処理を実施 * [[大阪市交通局]]([[大阪市営地下鉄|市営地下鉄]]・[[大阪市営バス|市バス]])は当面現行の[[地方公営企業]]のままとし、任期中に[[住民投票条例]]を制定した上で民営化の是非をはかる{{要出典|date=2011年10月|title=この記事には解説の根拠となる該当箇所は存在していません。http://osaka.yomiuri.co.jp/news/20071119p102.htm 大阪市政改革「洗い直す」…平松・新市長 2007年11月19日読売新聞}}。 ==== 市長就任後 ==== '''市政改革・情報公開''' * 市長就任後は、財政再建など[[關淳一|前任者]]が実施した市政改革([[大阪市問題]]を参照)を部分的に継承し、職員給与・職員数の削減、市債残高の削減、経費削減を推進した<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/page/0000008536.html 大阪市市政 市政改革早わかり]</ref>。2008年度からは、[[事業仕分け]]を実施した<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/shisei_top/category/887-21-4-0-0.html 大阪市市政 事業仕分け]</ref>。 * 予算に占める生活保護費の増大を受けて、国に対して抜本的制度改革を要望するとともに、適正化推進チームを設置し、不正受給の取り締まりや[[貧困ビジネス]]への対応を強化した。永住中国人の親族数十人が入国直後に生活保護を申請・一部が受給していた問題では、「生活保護の受給を目的に入国したと見なさざるを得ない」として、支給を打ち切った。 * [[朝鮮学校]]への奨学金を手厚くし、毎年2000万円以上の税金を朝鮮学校に投入して「共生」を目指した。 * [[情報公開]]を市政の中心課題に掲げ、2008年度から市役所の機構改革(情報公開室の設置等)を行った。情報発信については積極的であり、定例記者会見を前市長の二週間に一回から、一週間に一回に増やした。報道・情報番組へのゲスト出演以外では、「[[馬場章夫の新・大阪大発見!]]」などの市政広報番組に定期的に出演し、アナウンサーの経験を生かして自らリポーターも務めている(詳細は以下の「出演番組」の節を参照)。[[2008年]][[8月]]には、「[[You Tube]]大阪市チャンネル」<ref>[http://www.youtube.com/user/cityosaka 大阪市動画チャンネル]」</ref>を開設し、大阪市制作の動画の一部を配信している。 * [[2009年]]8月発表の全国情報公開度ランキング([[全国市民オンブズマン連絡会議]])では、大阪市が総合順位で1位となった<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/page/0000085674.html#17 大阪市市政 市政改革早わかり]</ref>。 * [[2010年]]3月にゴメス・コンサルティングの実施した「自治体サイトランキング」で、大阪市ホームページが1位となった。 * 2010年5月からは、平松自身が[[ツイッター]]の利用を開始した<ref>[http://twitter.com/hiramatsu_osaka 平松邦夫 (hiramatsu_osaka) on Twitter]</ref>。また、同年6月には[[Ustream]]を活用し、記者会見の同時中継を導入した<ref>[http://www.ustream.tv/channel/大阪市市長会見 大阪市市長会見 on USTREAM]</ref>。 '''都市像・市民協働''' * 大阪市の将来像に関しては、「大都市、そしていちばん住みたいまちへ」をスローガンに掲げ、「『元気な大阪』をめざす政策推進ビジョン」にまとめた。2009年度からこれに基づく事業を実施している<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000033073.html 「元気な大阪」をめざす政策推進ビジョン]</ref>。 * 2010年度末に市立小中学校の耐震化率を97.7%まで引き上げ、市立小・中学校の耐震化率、全国トップクラスの水準を達成した<ref>[http://www.cwo.zaq.ne.jp/mikyblue/pages/joho/h23-joho/toshirank.html 住みやすい都市大阪市アジア第1位]</ref>。 * [[2011年]]度に英誌[[エコノミスト]]の調査部門エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)がまとめた世界で最も住みやすい都市ランキングにて大阪が世界で12位、アジアで1位と評価された<ref>[http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-19641720110221?sp=true 世界一住みやすい都市はバンクーバー、大阪12位=調査]</ref>。 * 都市間連携<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000110632.html#q1-5 地域主権改革などに関するよくあるご質問 (Q&A集)]</ref>の成果として京都市から大阪市に提案された企画に応じ、土・日、祝日昼間時間帯の堺筋線「[[天下茶屋]]」駅と[[阪急京都線]]「[[河原町]]」駅の直通運転を開始。[[南海電鉄]]「[[天下茶屋]]」駅で乗り換えることで、[[関西国際空港]]と京都市内を1回の乗り換えで結び、関空への広域アクセスを改善した<ref>[http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/110510/20110510014.html 関空-京都の企画切符発売へ 安価、乗り換え1回]</ref>。 * 2011年度に、全国9都市にある公営地下鉄のうち、[[大阪市営地下鉄]]が日本で初めて累積赤字を解消した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110611/lcl11061100050000-n1.htm 大阪市営地下鉄、累積赤字を解消 公営で全国初 職員減や業務効率化]</ref>。地下鉄黒字化は前の市長である[[關淳一]]時代の平成15年からだが、平松は「いまは公営企業としての改革を進めるが、将来的な民営化は否定しない」と将来の[[上下分離方式]]での民営化を否定しなかった<ref>。[http://www.asahi.com/kansai/travel/news/OSK201008220033.html 市営地下鉄の運行部門、民営化を検討 大阪市]</ref>。大阪市営地下鉄の黒字化を受けて利益の地下鉄利用者への還元と違法駐輪の削減<ref>[http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010082301000184.html 大阪市が「100円地下鉄」検討 違法駐輪緩和が狙い]</ref>を兼ねて地下鉄運賃1駅間100円の大幅な値下げが実施される<ref>[http://www.asahi.com/national/update/0721/OSK201107210245.html 大阪市交通局のPiTaPaなら100円 地下鉄1駅間]</ref>。 * 2011年度に大阪市の水道水を加熱処理して商品化したペットボトル入りの水「ほんまや」が国際的な食品品評会「モンドセレクション」の「ビール、水、ソフトドリンク」部門で金賞を受賞<ref>[http://sankei.jp.msn.com/life/news/110523/trd11052321390023-n1.htm 大阪市の水道水「ほんまや」が金賞 モンドセレクション]</ref>。ペットボトル入りの水道水「ほんまや」は[[2009年]]度に、年間約25万本の過去最高の売上を記録した<ref>[http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010080201000005.html ペットボトル水道水が好調、大阪 「ほんまや」販売本数が最多]</ref>。 * 2011年度に[[ベトナム]]の[[ホーチミン市]]と上下水道の技術協力などでの包括提携について合意し、覚書に調印<ref>[http://www.asahi.com/national/update/0707/OSK201107070126.html 大阪市「水ビジネス」ホーチミン市と協定 上下水道整備]</ref>。海外での「水ビジネス」に市の技術職員を現地に派遣し本格参入した。また2009年度には[[2015年]]ごろの開業が見込まれるベトナム初の都市鉄道の運営会社に、[[地方自治体]]としては国内で初の日本国外鉄道事業の全面的な技術支援を行う方針を固めた<ref>[http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201009190002.html ベトナムの鉄道事業で人材育成=自治体初、2012年にも―大阪市]</ref>。 * 市長特別顧問に[[寺島実郎]](2009年 - )<ref>http://mgssi.com/terashima/profile.php 寺島実郎のプロフィール]</ref>、[[内田樹]](2010年7月 - )<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/seisakukikakushitsu/0000081535.html 内田 樹氏を市長特別顧問に委嘱します]</ref>、[[喜多俊之]](2010年8月 - )を招いた<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/seisakukikakushitsu/0000088168.html 【報道発表資料】喜多 俊之氏を市長特別顧問に委嘱します]</ref>。 * [[2008年]]度からは、市内各所の市民活動現場を訪問して、市民と直接意見交換を行う「なにわ元気アップ会議」などの新規事業を開始した<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/johokokaishitsu/page/0000011874.html なにわ元気アップ会議(市民と市長の懇談会)]</ref>。 * 市民協働推進キャンペーンとして「Livin' with OSAKA CITY - アメ村コスプレごみ拾い - <ref>[http://funky802.com/loveosaka/ Livin' with OSAKA CITY]</ref>」等のユニークなイベントも実施した<ref>[http://namba.keizai.biz/headline/1036/ アメリカ村で「コスプレ」ごみ拾い-100人弱が参加、平松市長も激励]</ref>。 * 市民協働を軸に、放置自転車対策や街頭犯罪対策に重点的に取り組み、駐輪場を増設、街頭犯罪発生率を低下させるなど、一定の成果をあげた<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000051766.html 「元気な大阪」をめざす政策推進ビジョンの進捗状況]</ref>。 * 市民協働の延長線として、日本初である公園ねこ適正管理推進サポーター制度といったユニークな制度を打ち出す一面も見せた<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/yutoritomidori/page/0000110325.html 「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」を実施しています]</ref>。 '''大阪府との関係''' * 2008年[[2月]]に就任した[[大阪府知事]]の[[橋下徹]]とは、府市連携や文化行政のあり方をめぐって頻繁に意見交換を行っていた。大阪府と大阪市の水道事業の統合をめぐっては、4月に担当部局を交えた公開の意見交換会を実施し<ref>[http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/080409/20080409002.html 水道事業統合を確認 府、市がトップ会談 2008年4月9日大阪日日新聞]</ref>、7月には府市それぞれの統合案を検証する第三者委員会を設置することで合意した。その後、府市は、市の案にもとづく統合で合意したが、大阪市以外の府下市町村と大阪府との協議がまとまらず、統合に至らなかった<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000110632.html#q32 水道統合はなぜ実現しなかったのですか。]</ref>。 * 文化行政については、施設の廃止や補助金の削減を主張する橋下とは一線を画し、府が削減した文楽協会や[[大阪フィルハーモニー交響楽団]]への補助を継続した。2009年に開催された「水都大阪2009」や、2010年の[[上海万博]]への出展については、互いに協力した。 * 橋下が提起した、二次破綻が懸念される[[大阪ワールドトレードセンタービルディング]](WTC)への[[大阪府庁]]移転案について、平松は、WTCの債権問題を懸念しつつも、府への売却に期待する考えを示し<ref>[http://www.nnn.co.jp/dainichi/news/080806/20080806002.html 府知事と大阪市長が会談 府庁WTC移転構想 2008年8月6日大阪日日新聞]</ref>、大阪府議会での議論の際は、極めて異例ながら、自ら府議会へ出向いて説明を行った。府議会はWTCへの府庁移転案を2009年に否決したものの、第二庁舎として購入することで調整が進み、2010年3月に購入に向けた予算案を議決した(詳細はWTCの項目を参照)。 * 2009年[[2月3日]]に開催されたシンポジウムでは、橋下から「大阪圏を引っ張るのは大阪市だと思っているが、市民の利益を超えた大阪のためという意識がどこまであるのか疑問。平松市長の市民協働は、本当なら区長がやるべきだ」「府特別顧問の[[上山信一]]慶大教授から『市の改革は完全に止まった』と聞いている」と批判され、平松も「同じ府民税を納めながら、堺市とあわせ300万人を超える人が差別を受けている」「大阪市はいつまでも職員厚遇だと誤解されている。市の改革も進んでいる。見せ方のキャラの違い」と反論し、議論が白熱した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/local/090204/lcl0902040000000-n1.htm MSN産経ニュース2009.2.3]</ref>。 * 橋下の進める[[大阪都構想]]には反対を表明し、[[関西]]州設立を展望した府市連携・都市間連携の推進を主張した<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/seisakukikakushitsu/page/0000110632.html#q1 地域主権改革などに関するよくあるご質問 (Q&A集)]</ref>。 * 大阪府が朝鮮学校への補助金を停止して全国的な物議をかもした際は、市民協働を軸に、全国に先駆けて補助金の継続を訴え実践した。 '''不祥事への対応''' * 就任後に発覚した市役所の[[裏金]]問題では、時間の経過とともに次々と複数の部局で裏金の存在が明らかとなり、不祥事への対応が注目された<ref>[http://web.archive.org/20080606061545/osaka.yomiuri.co.jp/tokusyu/osaka_h/20080605kf03.htm?from=tokusyu 裏金 総額7億円、職員に「2.5億返還を」…調査委最終報告 2008年6月5日読売新聞]</ref><ref>[http://mainichi.jp/area/osaka/news/20080606ddlk27010649000c.html 大阪市裏金問題:「悪しき風土と決別」 平松市長、幹部に「決意共有を」2008年6月6日毎日新聞]</ref>。 * 2010年3月には、職員の相次ぐ不祥事を受けて、「服務規律確保プロジェクトチーム」を設置した<ref>[http://www.city.osaka.lg.jp/somu/page/0000079446.html 服務規律確保プロジェクトチーム]</ref>。 '''議会との関係''' * 市会では、選挙で支援を受けた民主党が少数与党のため、3人目の副市長任命を断念に追い込まれたなど、厳しい市政運営を迫られた。 * 2010年5月の市議補選では、橋下が代表を務める[[大阪維新の会]]候補が当選し、その後新たに市議から合流者が出た。 * 2011年4月の市議選([[統一地方選挙]])では、大阪維新の会が市会第一会派となったが、過半数には至らなかった。 ==== 再選を目指すも落選 ==== 2011年11月、再選を目指し大阪市長選挙に立候補。[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]・[[自由民主党 (日本)|自民党]]・[[公明党]]はもとより、[[日本共産党]]まで平松を支持し、大阪府知事を辞職した橋下徹との一騎打ちとなった。前回自身が初当選した際の得票数(36万票余り)よりも多い52万票余りを得票したものの、75万票余りを得票した橋下に敗れ、落選した。 ==== 大阪市長退任後 ==== 大阪市長退任後の2012年4月からは、株式会社ウィズ(毎日放送時代の先輩アナウンサーで[[羽衣国際大学]][[名誉教授]]の[[斎藤努]]が代表取締役社長を務めるイベント・講師派遣会社)が運営する有料会員制政策フォーラム「公共政策ラボ(PPL)」の代表として活動している。その後[[金沢工業大学]]大学院コンテンツ&テクノロジー研究所の客員教授に就任している。 == 出演番組 == === 毎日放送時代 === ====テレビ==== * 漫才名人会 * 漫才封切館 * [[MBSナウ]](メインキャスター、[[1976年]]1月 - [[1994年]]9月) * [[ワイドYOU]](サブ司会、[[1984年]]4月 - [[1985年]]3月) * [[あどりぶランド]] * [[毎日放送開局40周年記念特別番組]]([[1990年]]9月) * [[真珠の小箱]] * [[ダンロップフェニックストーナメント]]([[1999年]]・[[2000年]]大会の実況担当) ====ラジオ==== * ごきげん土曜大作戦 * 歌謡ダービー * [[サンデー競馬中継 みんなの競馬|毎日放送土曜(日曜)競馬]]([[1972年]] - [[1984年]]) * 平松邦夫のミセスヤングタウン([[1987年|1987年度]]のナイターオフ番組、[[金曜日]]の夜に生放送) ほか === 大阪市長就任後 === * [[おはようパーソナリティ道上洋三です]]([[ABCラジオ]]、[[2007年]][[11月19日]]放送)※大阪市長選挙当選後、最初にスタジオ生出演した番組。 * [[情報ライブ ミヤネ屋]]([[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]、2007年11月19日放送)※関西ローカル以外の準全国ネットに生出演した数少ない番組(出演当時、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]と[[テレビ信州]]では未ネット)。 * [[たかじんのそこまで言って委員会]](読売テレビ、2007年[[11月25日]]・[[2010年]][[9月12日]]放送) * [[ムハハnoたかじん]]([[関西テレビ放送|関西テレビ]]、[[2008年]][[2月1日]]・[[2月8日|8日]]放送ほか)※2月1日当時、大阪府知事就任前の[[橋下徹]]と共演。その後月一(または2ヶ月に一度)のペースで橋下とともにゲスト出演する。事実上の大阪府・大阪市のトップ会談となる。 * [[かんさい特集]]「新知事・市長に問う 大阪の、これから」([[NHK大阪放送局]]、2008年2月1日放送) * [[馬場章夫の新・大阪大発見!]]([[MBSラジオ]]、2008年[[4月6日]] - 放送中)※5分間のトークコーナー「平松邦夫のげんき通信」に出演。 * なにわルネサンス「おとなの文化村」([[エフエム大阪|FM大阪]]、2008年[[8月24日|8月24]]・[[8月31日|31日]]放送) * OSAKAほっとタイム([[J-COM]]ウエスト ・ベイコム([[ケーブルテレビ]])、2008年[[4月19日]] - 放送中)※一コーナー「平松邦夫のほっとスポット」に出演し、自らレポーターを務める。放送終了分は大阪市ホームページから視聴可能<ref>[http://www.city.osaka.jp/movie/knowledge/hotspot/ 平松邦夫のほっとスポット]</ref>。 * HIRAMATSU STRAIGHT TALK(FM大阪、[[2010年]][[11月4日]] - )※元同僚の斎藤努と共演。 * [[私も一言!夕方ニュース]](NHKラジオ、[[2010年]][[2月15日]])※近畿2府4県での放送がない17時台に電話で出演。 === 大阪市長退任後 === * たかじんのそこまで言って委員会(読売テレビ、[[2013年]]4月28日放送)※副委員長代行。本来の副委員長であった[[辛坊治郎]]の代打として出演。 * [[てっぺんとったるで!]]([[KBS京都]]・[[びわこ放送]]、2014年8月 - )※司会 == 著作・関連図書 == * 『おせっかい教育論』([[鷲田清一]]・[[内田樹]]・[[釈徹宗]]との共著・140B・2010年9月) * 『勝ってもうた!!―“サラリーマン市長”平松邦夫・涙と笑いの奮戦記』(山内喜美子著・[[京阪神エルマガジン社]]・2008年5月) == 関連人物 == === MBS関係 === * [[青木和雄]](かつての先輩) * [[板倉俊彦]](同上) * [[伊東正治]](かつての部下、後輩) * [[岩城潤子]](同上) * [[馬野雅行]](同上) * [[来栖正之]](同上) * [[小池清]](かつての上司、先輩) * [[河内一友]](MBS時代の同僚) * [[近藤光史]](同上) * [[高梨欣也]](かつての上司、先輩) * [[斎藤努]](同上) * [[阪本時彦]](同上) * [[角淳一]](同上) * [[高井美紀]](かつての部下、後輩) * [[野村啓司]](MBS時代の同僚) * [[蜂谷薫]](かつての先輩) * [[藤本永治]](かつての上司、先輩) * [[美藤啓文]](かつての部下、後輩) * [[御藤良基]](MBS時代の同僚) === 芸能関係 === * [[鳳蘭]] * [[キダ・タロー]] * [[佐渡裕]] * [[馬場章夫]] * [[古舘伊知郎]] * [[堀内孝雄]] * [[やしきたかじん]] === 政治関係 === * [[橋下徹]] == 脚注・出典 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist|2}} == 外部リンク == {{commonscat|Kunio Hiramatsu}} * [http://www.with-ppl.jp/ppl/ 公共政策ラボ] - 代表を務める政策集団<!--[http://www.hiramatsu-osaka.com/ 平松邦夫―ひらまつくにお 公式ホームページ―]はWebサイト閉鎖。--> * [http://www.genkinet-osaka.jp/index.html 元気ネット大阪] * [http://kuniohiramatsuosaka.blogspot.jp/ 平松邦夫の思いつくまま(ブログ)] * {{Twitter|hiramatsu_osaka}} * {{Facebook|kunio.hiramatsu.osaka}} * [http://www.city.osaka.lg.jp/shisei_top/category/1341-0-0-0-0.html 大阪市市政 市長の部屋] * [http://www.city.osaka.lg.jp/contents/wdu210/mayor/ Ch.1 週刊!市長会見|おおさか動画チャンネル] * [http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/page/0000008536.html 市政改革早わかり] {{毎日放送アナウンサー}} {{大阪市長}} {{デフォルトソート:ひらまつ くにお}} [[Category:大阪市長]] [[Category:兵庫県出身の人物]] [[Category:毎日放送のアナウンサー]] [[Category:スポーツアナウンサー]] [[Category:競馬アナウンサー]] [[Category:ローカルニュースキャスター]] [[Category:フリーアナウンサー]] [[Category:日本の司会者]] [[Category:金沢工業大学の教員]] [[Category:同志社大学出身の人物]] [[Category:1948年生]] [[Category:存命人物]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Commonscat
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Facebook
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Reflist
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Twitter
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:大阪市長
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:政治家
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:毎日放送アナウンサー
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:脚注ヘルプ
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:要出典
(
ソースを閲覧
)
平松邦夫
に戻る。
検索
検索
平松邦夫のソースを表示
話題を追加