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山本浩之
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{{存命人物の出典明記|date=2012年7月}} {{otheruses|フリーアナウンサー|同姓同名の陸上選手|山本浩之 (陸上選手)|日本テレビアナウンサーの山本'''紘'''之|山本紘之}} {{基礎情報 アナウンサー |名前=山本 浩之 |ふりがな=やまもと ひろゆき |本名= |愛称=ヤマヒロ |出身地={{JPN}}・[[大阪府]][[堺市]] |生年月日= {{生年月日と年齢|1962|3|16}} |血液型=[[ABO式血液型|B型]] |最終学歴=[[龍谷大学]][[法学部]] |所属事務所= ピーエイチカンパニー |職歴=[[関西テレビ放送]]<br />(1985年4月 - 2013年3月) |活動期間=[[1985年]] - 現在 |ジャンル=[[報道番組|報道]]・[[情報番組|情報]]・[[スポーツ番組|スポーツ]]・[[バラエティ番組]] |公式サイト= |現在の出演番組=『[[ちちんぷいぷい (テレビ番組)|ちちんぷいぷい]]』<br/>『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』<br/>『[[ヤマヒロのぴかいちラジオ]]』 |過去の出演番組=『[[アタック600]]』<br/>『[[いつでも笑みを!]]』<br/>『[[プライスバラエティ ナンボDEなんぼ]]』<br/>『[[FNNスーパーニュースアンカー]]』ほか |備考= }} '''山本 浩之'''(やまもと ひろゆき、[[1962年]](昭和37年)[[3月16日]] - )は、[[大阪府]][[堺市]]生まれ・[[泉佐野市]]育ちの[[フリーアナウンサー]]<ref name = Daily-Sport-Online.Yamahiro-Free>[http://daily.co.jp/gossip/2013/02/20/0005753744.shtml 関テレ・山本浩之アナ 4月フリーに] デイリースポーツ 2013年2月20日閲覧</ref>で元[[関西テレビ放送]]アナウンサー。 [[愛称]]は'''ヤマヒロ'''<ref>生前のやしきたかじんのように、彼のことを、本人のいない場所で'''ハゲ'''と呼ぶ者もいる。</ref>で、長男は[[日本テレビ]][[アナウンサー]]の[[山本健太]]<ref>{{Cite news | url = http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140601-OHT1T50304.html| title = ミス成蹊に元モデル!日テレ、個性派揃いの新人アナお披露目| newspaper = スポーツ報知 | publisher =| date = 2014-06-01 | accessdate = 2014-06-01}}</ref>。 == 来歴・人物 == [[大阪府立佐野高等学校]]・[[龍谷大学]][[法学部]]を卒業後の[[1985年]](昭和60年)に、アナウンサーとして[[関西テレビ放送]]へ入社した。現在は、[[奈良県]][[奈良市]]に在住。家庭では、健太を含む3人の息子の父親でもある。 ===関西テレビアナウンサー時代=== 関西テレビへの入社後は、[[プロ野球]]・[[競馬]]などの[[スポーツ]]実況や、[[情報番組]]・[[バラエティ番組]]の[[リポーター]]などを経験。しかし競馬中継では、当時の主力が[[杉本清]]や[[馬場鉄志]]などのベテランアナウンサーであったことなどから、実況の機会は年間で数レースにとどまった。その後は、報道・バラエティ番組を主に担当しているため、競馬関連の番組にはほとんど出演していない。その一方で、『[[シュートinサタデー]]』『 [[いつでも笑みを!]]』(毎週土曜日の午前中に関西テレビの本社スタジオから放送されていた[[フジネットワーク|FNS]]系列全国ネット番組)ではパートナーを務めた。 また、[[1997年]](平成9年)10月から半年間[[深夜番組]]『[[クロスファイア]]』の司会を務めたことをきっかけに、『[[プライスバラエティ ナンボDEなんぼ|プライスバラエティ ナンボDEなんぼ(ナンボDEなんぼ)]]』などのバラエティ番組で個性を発揮(後述)。[[2007年]](平成19年)[[1月5日]]から[[2012年]](平成24年)[[7月27日]]までは、関西テレビのポッドキャスト企画第2弾『[[ヤマヒロのアナ Pod cafe]]』の[[ラジオパーソナリティ|パーソナリティ]]を担当していた<ref>2007年[[2月5日]]には、[[iTunes Store]]の[[Podcast]]アクセスランキングにおいて、[[iTunes]]「テレビ/映画」のカテゴリーの2位を記録。Podcast総合ランキングでは27位だった。</ref>。 ====ニュースキャスターとしての活動==== [[1991年]](平成3年)[[4月]]に『[[アタック600|FNNアタック600]]』(当時平日の夕方に放送されていたローカルワイドニュース番組)のメインキャスターに抜擢。同番組の後番組『[[アタック ザ・ヒューマン]]』でも、1997年[[9月]]までメインキャスターを務めた。 [[2002年]](平成14年)には、『[[FNNスーパーニュースほっとKANSAI|ほっとカンサイ]]この1年 NYリポート』(前年12月に収録・放送)で第18回[[FNSアナウンス大賞]]の大賞を受賞。[[2006年]](平成18年)[[4月]]には、『[[FNNスーパーニュースアンカー|FNNスーパーニュースアンカー]]』の「アンカーマン」として、『アタック ザ・ヒューマン』からの降板以来8年半振りに平日夕方のローカルワイドニュース番組のメインキャスターに復帰した。ただし、『アンカー』のアンカーマン就任前から担当していた『ナンボDEなんぼ』([[土曜日]]の午後に放送)については、「報道だけじゃ息が詰まる。精神的なガス抜きの場を失いたくない」との理由でレギュラー出演を続けた。 [[プライスバラエティ ナンボDEなんぼ#黒田の不祥事〜突然の番組終了|『ナンボDEなんぼ』が2009年(平成21年)12月で事実上終了]]してからは、ニュースキャスターとしての活動にほぼ専念。[[2013年]](平成25年)までは、[[阪神・淡路大震災]]や[[東日本大震災]]を教訓とした防災関連の特別番組や、[[国政選挙]]の開票特別番組(関西ローカル)などでもキャスターを担当した。[[2012年]](平成24年)[[2月13日]]から[[3月9日]]までは、『アンカー』の特別企画「雨ニモマケズをさがして -山本浩之 被災地を歩く-」で、東日本大震災で被災した[[福島県]]・[[宮城県]]・[[岩手県]]内に滞在しながら取材リポートを送っていた<ref>『アンカー』の出演最終週になった[[2013年]][[9月23日]]から[[9月27日]]までは、『FNNアタック600』時代から延べ14年半にわたったニュースキャスター生活の集大成として、東日本大震災および阪神・淡路大震災の被災地への追跡取材企画「山本浩之 伝え切れない被災地 - 雨ニモマケズをさがして 2013 -」を放送した。</ref>。 <!--====バラエティ番組での活躍==== 『アタック ザ・ヒューマン』からの降板を機に、1997年10月からは、[[深夜番組]]『[[クロスファイア]]』の司会を担当。 『ナンボDEなんぼ』には、『アンカー』のメインキャスター就任後も、[[メッセンジャー黒田]]とともにスタジオ司会兼リポーターとして出演<ref>山本自身も、『アンカー』のメインキャスターを引き受ける条件として、『ナンボDEなんぼ』での続投を希望。「報道だけじゃ息が詰まる。精神的なガス抜きの場(=ナンボDEなんぼ)は失いたくない」とも述べている。</ref>。普段は黒田へツッコミを入れていたが、自らボケ役に回ることもあった。黒田からのツッコミを受ける際に、ツッコミやすいよう自ら頭を出すなどの挙動を見せたため、共演者の[[シャンプーハット (お笑いコンビ)|シャンプーハット]]などから「もはや芸人」と言われたこともある。 『ナンボDEなんぼ』が[[プライスバラエティ ナンボDEなんぼ#黒田の不祥事〜突然の番組終了|2009年12月で事実上終了]]した後は、ニュースキャスターとしての活動にほぼ専念。[[2011年]][[9月]]に[[岡本栄]](現在の[[三重県]][[伊賀市|伊賀市長]])が定年で関西テレビを退職してからは、同局の現職アナウンサーで最年長に達していた。このため、山本がバラエティ色の強いトークやリアクションを披露するのは、『アンカー』17時台の一部企画、『ヤマヒロのアナ Pod cafe』(現在は配信終了)、深夜枠の特別番組、ゲストで出演する在阪民放ラジオ局の番組(後述)に限られていた。--> ===関西テレビからの退社・フリーアナウンサーへ転身=== 関西テレビ(KTV)は[[2013年]](平成25年)[[2月20日]]に、山本が同年[[3月31日]]付で退社することを発表した。山本自身は、退社を決めた理由として、「2012年に50歳を迎えたことを機に、今後のアナウンサー人生について想いを巡らせた結果、これまでやったことのないさまざまな仕事に挑戦してみたくなった」「(学生時代から関心の高かった)ラジオ番組で活動したい」と述べている<ref>{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130723/wlf13072317170011-n1.htm| title = ヤマヒロ「アンカー」9月で卒業 ABC、MBSのラジオ局争奪戦決着!? | newspaper = msn産経ニュースwest | publisher =産経新聞 | date = 2013-07-23 | accessdate = 2013-07-24}}</ref>。 同年[[4月1日]]からは、『アンカー』のアンカーマンを続投する一方で、山本の妻が社長を務める個人事務所「PH(ピーエイチ)カンパニー」所属のフリーアナウンサーとして活動<ref>{{Cite news | url = http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2021849/full/| title = 関テレ・山本浩之アナが3月末退職 フリー転身後も『スーパーニュースアンカー』は継続| newspaper = ORICON STYLE | date = 2013-02-20 | accessdate = 2013-02-20 }}</ref>。フリーアナウンサー転身初日の4月1日(月曜日)には、『スーパーニュースアンカー』の本番前に、『[[子守康範 朝からてんコモリ!]]』([[MBSラジオ]]平日早朝の生ワイド番組)→『[[ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です]]』([[ABCラジオ]]平日午前の生ワイド番組)→『[[上泉雄一のええなぁ!]]』(MBSラジオ平日の生ワイド番組)の順にゲストで出演した<ref>{{Cite news | url = http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20130327-1103657.html | title = 山本浩之アナ、フリー初日から各局出演 | newspaper = 日刊スポーツ | publisher = | date = 2013-03-27 | accessdate = 2013-03-27}}</ref>。 テレビでは、同年[[4月5日]](金曜日)に[[MBSテレビ]]のスポーツ情報番組『[[カワスポ]]』の第1回へ出演したことを皮切りに、(KTVを含む)フジテレビ系列局以外の放送局制作の番組にも登場。転身後の半年間は、『アンカー』のアンカーマンとしての活動を優先するため、他の番組にはKTV時代と同じくゲストで出演することが多かった。 [[2013年]][[6月16日]]からは、『[[たかじんのそこまで言って委員会]]』(隔週金曜日に収録する[[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]制作の討論バラエティ番組)の「副委員長」として、KTV以外の放送局の番組に初めてレギュラー出演<ref>{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130601/wlf13060109470004-n1.htm| title = たかじんの“代打の代打”、辛坊の後任に山本浩之アナ 「そこまで言って委員会」 | newspaper = msn産経ニュースwest | publisher =産経新聞 | date = 2013-06-01 | accessdate = 2013-06-01}}</ref>。大学の先輩で病気療養中だった「委員長」の[[やしきたかじん]]や、それまで「副委員長」として出演していた[[辛坊治郎]]の代理扱いながら、[[2014年]][[8月24日]]放送分まで を務めている<ref name=sponichi140822>{{Cite news | url = http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/08/22/kiji/K20140822008789680.html| title = 辛坊治郎9月から「言って委員会」復帰 たかじんさん“遺志”受け | newspaper = Sponichi Annex | publisher =スポーツニッポン | date = 2014-08-22 | accessdate = 2014-08-23}}</ref>。たかじんが[[2014年]][[1月3日]]に逝去した直後には、特別番組『たかじん追悼スペシャル そこまで逝って委員会』([[1月25日|同月25日]]放送)で、辛坊・[[宮根誠司]]([[朝日放送]]出身のフリーアナウンサー)と共に司会を担当した。 ====ニュースキャスターからパーソナリティへ==== [[2013年]][[9月27日]]には、「世代交代」や山本自身の意向(前述)などを理由に、『アンカー』のアンカーマンを降板<ref>{{Cite news | url = http://www.daily.co.jp/newsflash/gossip/2013/07/23/0006184695.shtml| title = 山本浩之アナ 報道番組を9月に卒業 | newspaper = デイリースポーツ| publisher =| date = 2013-07-23| accessdate = 2013-07-23}}</ref>。[[2013年]][[10月15日]]からは、毎週火曜日([[2014年]][[4月4日]]から金曜日)の夜間に、MBSラジオの生ワイド番組『[[ヤマヒロのぴかいちラジオ]]』でメインパーソナリティを務めている<ref> {{Cite news | url = http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130910-OHT1T00054.htm| title =ラジオ初レギュラー挑戦の山本浩之アナ「恋多き男目指す」| newspaper = スポーツ報知 | publisher =報知新聞 | date = 2013-09-10 | accessdate = 2013-09-09}}</ref>。ラジオ放送事業を運営していないKTVでアナウンサーとしてのキャリアを積みながら、MBSやABCのラジオ番組に何度もゲストで出演してきた(後述)山本にとっては、この番組が地上波ラジオ番組での初レギュラーになった。 さらに[[毎日放送]]では、[[2014年]][[4月7日]]から、『アンカー』と放送時間の一部が重なる『[[ちちんぷいぷい (テレビ番組)|ちちんぷいぷい]]』([[MBSテレビ]])のレギュラーに山本を起用。山本は、[[2007年]][[4月]]から総合司会を担当中の[[西靖]](毎日放送アナウンサー、当初は木・金曜日のみ → [[2011年]][[10月]]から月 - 金曜日担当)との共同司会扱いで、月 - 木曜日のメインパーソナリティを務める<ref>{{Cite news | url = http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/27/kiji/K20131227007274780.html| title =ヤマヒロ「ちちんぷいぷい」参戦!“ピカピカ”新コンビ | newspaper = スポーツニッポン | publisher = | date = 2013-12-27 | accessdate = 2013-12-29}}</ref>。 ちなみに、[[週刊誌]]の「[[女性自身]]」が[[2014年]]に日本全国の女性読者300名を対象に「好きな男子アナウンサー」のアンケートを実施したところ、全体で6位に当たる13票を集めた(同年[[4月22日]]号掲載分)。この順位は、関西圏を中心に活動するアナウンサーの中でトップに該当。また、10位以内に入ったアナウンサーでは、山本が最高齢である<ref>山本以外にベスト10へ入ったアナウンサーは、1位:[[安住紳一郎]]([[TBSテレビ|TBS]]、137票)、2位:[[羽鳥慎一]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]] → フリー、91票)、3位:[[桝太一]](日本テレビ、73票)、4位:[[武田真一]]([[日本放送協会|NHK]]、24票)、5位:[[上重聡]](日本テレビ、15票)、7位:宮根(集計時点で50歳、12票)、8位:[[藤井恒久]](日本テレビ、9票)、9位:[[中村光宏]]([[フジテレビジョン|フジテレビ]]、7票)、10位:[[生田竜聖]](フジテレビ、5票)。なお、この結果については、[[2014年]][[4月15日]]放送分『ちちんぷいぷい』の「ヤマヒロのこれだけは!」の冒頭でも取り上げられた。</ref>。 == エピソード == === 新人アナウンサー時代のエピソード === * KTVが[[阪神甲子園球場]]から[[阪神タイガース|阪神タイガース(阪神)]]対[[読売ジャイアンツ|読売ジャイアンツ(巨人)]]のナイトゲームを中継していた日に、入社後初めての宿直勤務に就いたところ、試合中にもかかわらず中継を打ち切ったことに対する苦情の電話を受けた。折しも当日は、阪神戦を試合終了まで中継する『[[サンテレビボックス席]]』([[サンテレビ]])でも同カードが生放送されていた。スポーツアナウンサーを志望していた山本は、中継の打ち切りをなじる相手を納得させようと、局内のモニターから流れるサンテレビの中継を見ながら試合の模様を即興で実況。山本が「試合終了、タイガース辛くも逃げ切りました」との言葉で実況を締めくくると、山本が新人のアナウンサーであることを知らない相手から、「感動した! 阪神の勝利の瞬間というのは、何回も目にしたことあるけど、受話器持って立ったまま聞いたのは初めてや。お前、結構喋んの上手いなぁ。アナウンサーでもなったらどうや!」という感想を告げられた。山本はこの即興実況を機に、アナウンサーとしての夢を「たった1人であっても、視聴者に感動してもらうこと」に定めるとともに、「いつか放送で阪神対巨人戦を実況したい」という決意を固めたという<ref>[http://www.ryukoku.ac.jp/about/shinwakai/tayori/11autumn/05/index.htm 龍谷大学同窓会「親和会」が2011年5月14日に開いた山本の講演会『日々新たな出会い、発見』]</ref>。ただしKTVでは、阪神対巨人戦の実況を担当する機会のないまま、スポーツアナウンサーから報道番組のキャスターに転じている。 === かつらに関するエピソード === * 『アタック600』のキャスターに抜擢された頃には、頭髪が薄くなっており、局内では「20代なのに若々しさがない」「お前、全然若々しくない」などと評されていた<ref name="asahi20090129">{{Cite news | url = http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK200901290019.html | title = 勝手に関西世界遺産 登録番号203 山本浩之アナ | newspaper = [[朝日新聞]] | date = 2009-01-29 | accessdate = 2012-07-14 }}</ref><ref>{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n1.htm | title = 関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(1/4ページ) | newspaper = [[産経新聞]] | publisher = [[産業経済新聞社]] | date = 2012-04-30 | accessdate = 2012-09-21 }}</ref>。そこで、当時の先輩アナウンサー・[[桑原征平]]からの勧めで、[[かつら (装身具)|かつら]]を付けるようになった。山本は初めてカツラを付けた日のことを「人生、バラ色でした」と述懐している<ref name="asahi20090129"/>。その後は常にかつらを気にするようになり、取材時には集中力の分散に悩まされるようになった<ref name="asahi20090129"/>。取材中、頭上後方から突き出されたマイクにかつらが引っかかり、ずり下がった<ref name="asahi20090129"/>ほか、生放送中に番組で使用したオウムが頭に止まったことで、七三分けがセンター分けにずれたこともあった<ref>{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n3.htm | title = 関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(3/4ページ) | newspaper = 産経新聞 | publisher = 産業経済新聞社 | date = 2012-04-30 | accessdate = 2012-09-21 }}</ref>。 * 関西テレビの社屋が[[西天満]]にあった頃、エレベーターで[[上岡龍太郎]]と会う事が多く、「君は男前やけど、髪の毛が少し薄くなってるのがちょっとな…」と言われた事があった<ref>[[1998年]]1月発売の週刊『[[アサヒ芸能]]』[[徳間書店]]より。副題は「関西テレビの看板アナはかつらだった」</ref>。 * [[1998年]](平成10年)[[1月7日]]、『クロスファイア』の放送の中で、自らがハゲであること、これまで番組にかつらをつけて出演していたことを告白した<ref name="asahi20090129"/>。山本は、「アナ Pod Cafe」にて、かつらをもっと早い時期にとりたかった、「自分には合わない」と感じていたが、「アタック600」担当中はとれなかったので、このタイミングになったと告白している。 : この一件は、ワイドショーや[[スポーツ新聞]]に取り上げられ、大きな反響を呼んだ<ref name="asahi20090129"/>。更に深夜に放送されていた頃の『[[トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜]]』でも紹介された<ref>『トリビアの泉 〜へぇの本〜 第II巻』 p73-p74、[[講談社]]、[[2003年]]、ISBN 4-06-352703-4</ref>。山本のもとには、全国の視聴者から手紙が届き、ほとんどが告白を称賛する内容だったという<ref name="sankei20120430-2">{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n2.htm | title = 関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(2/4ページ) | newspaper = 産経新聞 | publisher = 産業経済新聞社 | date = 2012-04-30 | accessdate = 2012-09-21 }}</ref>。 * 『クロスファイア』での告白以降、「ハゲネタ」を武器にバラエティでさらなる活躍を見せるようになる。 : 『ナンボDEなんぼ』の「無駄ムダ調査隊」のコーナーでは、'''ムダブルー'''という[[キャラクター]]を担当し、ハゲハゲビームなる物を繰出していた<ref name = Hochi.201302201124>[http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130220-OHT1T00043.htm 関テレ・山本浩之アナがフリー転身] [[報知スポーツ]] 2013年2月20日11:24配信 配信日に閲覧</ref>。「ハゲハゲビーム」の前身「ツルピカフラッシュ」「ツルピカビーム」は、この番組で誕生したと言われる{{誰2|date=2012年9月}}。 * 他にも、かつらに関するエピソード、自称「ハゲネタ」「ヅラネタ」は数知れず、[[トミーズ雅]]をして「その頭売ってくれ」と言わしめた<ref name="sankei20120430-2"/>。これらのネタは彼がパーソナリティを務めるポッドキャスト「ヤマヒロのアナ Pod Cafe」などで、本人自身が赤裸々に告白している。 * [[iPhone]]のアプリケーションに、ヤマヒロ電球なる物が存在している<ref name = Daily-Sport-Online.Yamahiro-Free/>。これも、自身の「ハゲ」に因んでいる<ref name = Daily-Sport-Online.Yamahiro-Free/>。 === FNNスーパーニュースアンカーでのエピソード === * [[天皇特例会見]]<ref>[http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091215k0000e010065000c.html 「天皇陛下会見:小沢幹事長発言、さらに波紋」] 毎日jp 2009年12月15日 {{リンク切れ|date=2011年4月}}</ref>における民主党の[[小沢一郎]]幹事長の対応について、[[2009年]](平成21年)12月14日放送で「いろんな意味での政治利用にですね、使おうとたかが一政党の一幹事長ごときがですよ、勝手にそんなところにもし手を突っ込んで暗躍してたんだとしたら大変な問題ですよね」と発言。翌15日の冒頭にて「山本アナの身内に不幸があり、同15日と16日は休む」との告知があり、これが前日の発言の直後だったため一部のネットで憶測を呼んだが、水曜コメンテーターの青山が身内の不幸についてブログで詳細に明かしてこれらの憶測を完全否定している<ref>実父の不幸のため、急きょ休みを取った[http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/e/3aca14f96c87114d85a9a21fd0a27300 最後に決めるのは誰か - ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ]</ref>。 * [[橋下徹]]大阪市長が推し進める政策のうち教育問題についてはかなり厳しい論調となり、橋下もツイッターで番組と山本を名指しして反論している。『アナPod cafe』で共演者から指摘された時に「[[大阪都構想]]など他の政策は支持するけど教育観だけは合わない」と述べており、『そこまで言って委員会』の討論テーマで「アンチ橋下か?」との問いに「違う」とはっきり明言し、その後の500回記念SPでも[[辛坊治郎]]から「夕方ニュースの現役の時に橋下市長とバトルしていたけど?」の問いに対し、「対立しているのは教育基本条例と桜宮高校の件の2つだけで(この時のテーマの)大阪都構想については基本的に賛成の立場です」と述べていた。 == 趣味・特技 == 趣味は[[落語]]、[[ギター]]の演奏、[[ゴルフ]]など。『ヤマヒロのアナPod cafe』や、メインパーソナリティへの就任発表を兼ねて初めて出演した[[2014年]][[3月18日]]放送分の『ちちんぷいぷい』では、特技として歯笛を披露した。 ギターについては、KTVのアナウンサー時代から、[[フォークソング|フォークバンド]]「エルキュール上野とアフターアワーズSHOW」のメンバーとして'''ヤマヒロ'''名義で演奏活動を展開している<ref>{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130606/wlf13060615430019-n2.htm| title = フリーアナ転向ヤマヒロ、退職金とたかじん援助の“中身” | newspaper = msn産経ニュースwest | publisher =産経新聞 | date = 2013-06-06 | accessdate = 2013-09-15}}</ref>ほか、『クロスファイア』でかつらの着用を告白した際にもVTRの中で演奏。MBSラジオで2本目のレギュラー番組『[[茶屋町ヤマヒロ会議]]』では、第1回([[2014年]][[4月6日]])の生放送中に、番組内の[[ジングル]]を即興で数パターン作っている。 また、『アンカー』の水曜コメンテーターの[[青山繁晴]]が主宰している「インディペンデントクラブ」のライブ集会を兼ねて、[[2011年]][[9月4日]]に京都のライブハウス・都雅都雅(とがとが)で青山とのジョイントライブを実施<ref>[http://www.dokken.co.jp/idc/ 独立総合研究所 インディペンデント・クラブ 第1期(2011年7月~2012年6月)活動報告]</ref><ref>[http://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_july/e/d63bd000acfdc598910308376b51fcd2 ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ 2011年9月21日「日々の点描(2)」]</ref>。『ちちんぷいぷい』総合司会就任後の[[2014年]][[5月3日]]([[土曜日]])に[[服部緑地野外音楽堂]]で開催の[[コンサート|ジョイントコンサート]]「[[春一番 (コンサート)|春一番2014]]」初日公演には、「エルキュール上野とアフターアワーズSHOW」のメンバーとして出演するとともに、ギターの独奏も披露した<ref>[http://haruichiban.sakura.ne.jp/haruichiban08/top-page-all/2013TOP-PAGE-MIDASI.html 「春一番2014」出演者発表]</ref>。 さらに、KTVアナウンサー時代の[[2008年]][[11月16日]]には、同局主催のライブイベント「[[ミュージャック#Livejack|Livejack Special Stories -Drama×Songs-]]」のサプライズゲストとして[[大阪城ホール]]のステージに登場。「(同イベントに出演していた)[[ET-KING]]の新メンバー」という触れ込みで、ET-KINGの楽曲『[[愛しい人へ (ET-KINGの曲)|愛しい人へ]]』を同グループと一緒に熱唱した。 == 在阪民放局アナウンサーとの交流 == KTVのアナウンサー時代から、[[柏木宏之]]・[[上泉雄一]](いずれも[[毎日放送]]アナウンサー)、[[三代澤康司]] ([[朝日放送]]アナウンサー)、[[森武史]]([[讀賣テレビ放送|読売テレビ]]元アナウンサー)と親しく交流している。KTV時代には、柏木・三代澤・森とともに落語講演会で同席。山本が『上泉雄一のええなぁ!』に電話で出演したり、『ヤマヒロのアナ Pod Cafe』に森をゲストに迎えたりしたこともある。さらに、所属局のチャンネル番号([[リモコンキーID]])にちなんだ「10ちゃん8ちゃん」というコンビ名で、森と共に[[漫才]]を数回披露していた<ref name=hochi140226>[http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20140226-OHT1T00040.htm YTV・森アナ&元関テレ・山本アナ、漫才に挑戦](『[[スポーツ報知]]』[[2014年]][[2月26日]]付記事)</ref>。ちなみに、2014年4月から『ちちんぷいぷい』で共演中の西や[[石田英司]]とも、KTVのアナウンサー時代から酒席を共にするほどの面識があった。山本が通っていた[[生田教室]]出身の在阪アナウンサーとも親交が深い。 フリーアナウンサー転向の初日には、放送時間の一部が重なる『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』と『上泉雄一のええなぁ!』へ立て続けに出演(前述)。[[2013年]][[6月1日]]には、[[大阪市]][[淀川区]]の[[第七藝術劇場|シアターセブン]]で、有料のトークイベント「三代澤康司 × 山本浩之 × 森たけしLIVE『二ヶ月贈(おく)れの卒業式』」を開催した<ref>[http://www.theater-seven.com/2013/b1_130601.html シアターセブン「三代澤康司 × 山本浩之 × 森たけしLIVE『二ヶ月贈(おく)れの卒業式』」]</ref>。[[2014年]][[3月21日]]には、読売テレビの番組と連動した落語会「[[平成紅梅亭|平成紅梅亭 東西特選落語会 上方 夕の部]]」(森之宮ピロティホール)で、森と共に「ぴっかりメガネ」というコンビ名で本格的な漫才を披露した<ref name=hochi140226></ref><ref>「ぴっかりメガネ」の「ぴっかり」「メガネ」とは、山本・森のトレードマークに由来する。</ref>。 == 現在の出演 == ===テレビ番組=== * [[ちちんぷいぷい (テレビ番組)|ちちんぷいぷい]]([[MBSテレビ]]、2014年4月7日 - ) **月 - 木曜日には、天気予報(15時前後)からエンディングまでの進行を主に担当。「ヤマヒロのこれだけは!」→「きょうの☆印」というコーナー(15時台後半 - 16時台前半)では、進行にとどまらず、紹介する情報の選定にも携わっている。2014年には、[[UHA味覚糖]]との[[コラボレーション]]企画で、「ヤマヒロ ぴかぴかあめ」という地域・期間限定販売商品のプロデュースも手掛けた。 **『たかじんのそこまで言って委員会』を収録しない週の金曜日にも、「金曜ピカピカ生中継」というコーナーに、「(KTVの若手アナウンサー時代以来自身)28年振り」という生中継のリポーターとして出演している。 * [[ちゃちゃ入れマンデー]]([[関西テレビ放送|関西テレビ]]、2014年4月28日 - )[[東野幸治]]・[[メッセンジャー黒田]]と共同で司会を担当<ref>[http://www.sanspo.com/geino/news/20140318/oth14031812150021-n1.html 山本浩之アナ、ゴールデンで輝く!ハゲハゲビーム復活あるで](『[[サンケイスポーツ]]』[[2014年]][[3月18日]]付記事)メッセンジャー黒田とは、KTV制作の番組において、黒田の不祥事による『ナンボDEなんぼ』の終了([[2010年]][[1月]])以来4年3ヶ月振りにレギュラーで共演。東野とは、『2時ワクッ!』月曜日の終了([[2005年]][[12月]])以来9年3ヶ月振りの共演になる。</ref>。 ===ラジオ番組=== * [[ヤマヒロのぴかいちラジオ]]([[MBSラジオ]]、2013年10月15日 - )パーソナリティ * [[茶屋町ヤマヒロ会議]](MBSラジオ、2014年4月6日 - )パーソナリティ ===CM=== * [[再春館製薬所]]「痛散湯」(MBSラジオ限定で放送) **MBSラジオでは、上記のレギュラー番組との[[コラボレーション]]企画として、山本出演の期間限定CMが放送されることもある(主に新作映画のPR)。 == 過去の出演 == ==== テレビ番組 ==== ===== 関西テレビアナウンサー時代 ===== * [[いつでも笑みを!]]([[フジネットワーク|FNS]]系列全国ネット) * [[シュートinサタデー]](FNS系列全国ネット) * [[プロ野球ニュース]] * [[エキサイティング競馬 (関西テレビ)|エキサイティング競馬]] * [[スポーツ]]実況([[プロ野球]]、[[競馬]]など) * [[エンドレスナイト]] * [[鶴瓶の1/10女子マラソン]](後期・ナレーションほか) * [[素敵にクッキング]] * [[アタック600]] * [[アタック ザ・ヒューマン]] * [[クロスファイア]] * [[2時ドキッ!]] * [[2時ワクッ!]] * [[プライスバラエティ ナンボDEなんぼ]] * [[アンフェア]] (アナウンサー役) * [[1・2・3と4・5・ロク]]([[阪急ドラマシリーズ|阪急ドラマ版]] アナウンサー役) * [[あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜]] (情報番組の進行役として出演) * [[ヤマヒロのアナ Pod cafe]]([[iTunes]]、関西テレビ[[ポッドキャスト]])、[[ディスクジョッキー|DJ]] *: その他にも、「クラブカンテ~レ」のCMにも出演していた。 ===== フリーアナウンサーへの転身後も出演 ===== * [[FNNスーパーニュースアンカー]]([[関西テレビ放送|関西テレビ]])- 2006年4月 - 2013年9月27日<ref>[[ニュースキャスター|アンカーマン]]として出演)</ref> ===== フリーアナウンサーへの転身後 ===== * [[セキララ☆新発見 ものしりティーチャー|口出しゴメン!セキララ☆小町 → セキララ☆新発見 ものしりティーチャー]]([[関西テレビ放送|関西テレビ]]、2013年9月19日 - 2014年3月10日、『ちゃちゃ入れマンデー』の前番組)進行役 * [[カワスポ]](MBSテレビ)不定期でスタジオパネラーとして出演 * 教えて!ニッポンイチ(関西テレビ、2013年12月31日) * [[宮根のどないアングル 〜どうでもいい!?究極の三択〜]](関西テレビ、2014年1月1日) * 明石家さんまのコンプレッくすっ杯([[ABCテレビ|朝日放送]]、2014年1月1日) * [[痛快!明石家電視台]](MBSテレビ、2014年3月10日)全編にわたってゲストで出演 * [[たかじんのそこまで言って委員会]]([[讀賣テレビ放送|読売テレビ]])2013年6月9日放送分に「研修」扱いで登場。同月16日放送分から、「副委員長」としてレギュラー出演を開始した。辛坊の「副委員長」復帰が決まったため、2014年8月24日放送分で降板<ref name=sponichi140822></ref>。 ==== ラジオ番組 ==== * [[おとなの駄菓子屋]]([[MBSラジオ]]、2011年12月25日放送分のゲスト) 以下は、『アンカー』の本番前にゲストで出演した在阪ラジオ局の生ワイド番組。 * 上泉雄一のええなぁ!(MBSラジオ、2009年6月の「[[聴取率調査週間|MBSラジオ スペシャルウィーク]]」中に電話で出演) * [[畑中ふう・大桃美代子のてふてふ]](MBSラジオ、通算で3回出演、最後の出演は2012年6月15日放送分) * [[桑原征平粋も甘いも]](ABCラジオ、2011年9月15日放送分) ===映画=== * [[ジョゼと虎と魚たち]](2003年12月13日公開、「ジョゼと虎と魚たち」フィルムパートナーズ、関西テレビが製作に協力) *:麻雀屋客役 * [[プリンセス・トヨトミ]](2011年5月28日公開、[[東宝]]製作、関西テレビが製作に協力) *:関西テレビの地元・大阪が舞台であったことから、『アンカー』のキャスターとして共演していた当時の後輩アナウンサー・[[村西利恵]]とともに、同番組のスタジオから架空のニュースを伝えるシーンで登場。さらに、[[大阪府庁]]前で撮影されたシーンにも、「大阪国民」の1人としてエキストラで出演している。 == 関連人物 == '''芸能人''' * [[メッセンジャー黒田]] 『[[プライスバラエティ ナンボDEなんぼ|ナンボDEなんぼ]]』で共演。 * [[やしきたかじん]] [[龍谷大学]]の先輩。山本は、『たかじんのそこまで言って委員会』に出演する以前から、たかじんの冠番組でたびたび進行役やゲストとして共演していた。 * [[関ジャニ∞]] 数々の番組で共演 * [[林家染二]] 龍谷大学時代の[[同級生]]。独演会で山本に漫談を依頼したこともある。 * [[ギャロップ (お笑い)|林健(ギャロップ)]]山本と共に「ポジティブハゲの会(PHK)」を結成。 '''アナウンサー・DJ''' * [[若田部克彦]] 関西テレビ時代の山本の後輩で、同局の現役アナウンサー。2009年には、『アンカー』の放送中に、山本と同様にカツラの着用を告白した。 * [[サニー・フランシス]] 『アンカー』金曜日のコメンテーター。 * [[古川圭子]] 毎日放送アナウンサー。『ちちんぷいぷい』木曜日ではアシスタント、金曜日の『ヤマヒロのぴかいちラジオ』ではパートナーとして、2日続けて同局の生放送番組で山本と共演している。 以下のアナウンサーとは、関西テレビのアナウンサー時代から公私にわたって交流。 * [[柏木宏之]] 毎日放送アナウンサー * [[三代澤康司]] 朝日放送アナウンサー * [[森武史]] 読売テレビアナウンサー * [[上泉雄一]] 毎日放送アナウンサー。MBSラジオの番組パーソナリティとしては、山本の先輩に当たる。 以下のアナウンサーは、関西テレビ時代の山本の上司で、後に同局を定年で退職。退職後は山本と同じく、フリーアナウンサーとして活動している。 * [[桑原征平]] 山本がカツラをつけるにあたって相談を受け、その仲介をした相手でもある。 * [[杉本清]] 山本がKTVの若手アナウンサーだった時代に、競馬実況を指導していた。 * [[馬場鉄志]] 杉本と同じく、競馬実況を指導していた。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 外部リンク == * [http://www.ktv.co.jp/ktv/ann/yamamoto.html 山本浩之] - 関西テレビ在籍時の公式サイト * [http://ktv.jp/podcast/ ヤマヒロのアナ Pod cafe] {{ana-stub}} {{デフォルトソート:やまもと ひろゆき}} [[Category:フリーアナウンサー]] [[Category:関西テレビのアナウンサー]] [[Category:ニュースアナウンサー]] [[Category:ローカルニュースキャスター]] [[Category:スポーツアナウンサー]] [[Category:競馬アナウンサー]] [[Category:堺市出身の人物]] [[Category:1962年生]] [[Category:存命人物]]
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