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山崎有恒
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'''山崎 有恒'''(やまざき ゆうこう、[[1964年]][[9月4日]] - )は、[[歴史学者]]・[[立命館大学]][[文学部]][[教授]]。専攻は[[日本近代史]]([[治水|治水史]]・[[競馬史]]。 1988年[[東京大学]]文学部日本史学科卒業。[[1994年]]同[[大学院]]博士課程修了。東京大学文学部助手・立命館大学講師を経て現職。 好きな歴史上の人物は[[松方正義]]と公言していたが現在は[[濱口雄幸]]だと公言している。 編著に『[[伊集院兼寛]]関係文書』がある。 ==論文== *「『公議』抽出機構の形成と崩壊 [[公議所]]と[[集議院]]」 [[伊藤隆 (歴史学者)|伊藤隆]]編『[[日本近代史]]の再構築』([[山川出版社]],1993年) *「官業払い下げをめぐる[[工部省]]の政策展開とその波紋--明治初期の官僚と政商」『[[史学雑誌]]』 [1993.09] *「明治初年の[[洋学者]]と議会制度導入」 『[[日本歴史]]』[1994.7] *「[[愛国社 (1875年-1880年)|愛国社]]第2回全国大会をめぐる情報戦争」 『日本歴史』[1994.11] *「[[初期議会]]の治水問題」 『[[立命館史學]]』[1995] *「[[近代国家]]への胎動と飛翔」 『[[季刊河川レビュー]]』[1995.秋季] *「[[明治期]]の[[利根川]][[治水]]をめぐる[[千葉県]]の政治状況」 『[[立命館文學]]』[1995.12] *「[[内務省 (日本)|内務省]]の河川政策」 [[高村直助]]編『道と川の近代』(山川出版社,1996年) *「戦後五十年と歴史学」 [[歴史学研究会]]編『戦後50年をどう見るか』([[青木書店]],1995年) *「明治末期の治水問題-臨時治水調査会を中心に-」 [[櫻井良樹]]編『地域政治と近代日本』([[日本経済評論社]],1998年) *「日本近代化の再検討」 『日本歴史研究』[2000.4] *「立命館大学所蔵歴史資料について」 『立命館大学百年史紀要』[2001.3] *「日本近代化手法をめぐる相克―内務省と工部省」 [[鈴木淳 (歴史学者)|鈴木淳]]編『工部省とその時代』(山川出版社,2002年) *「[[満鉄]]付属地行政権の法的性格―[[関東軍]]の競馬場戦略を中心に」 [[浅野豊美]]・[[松田利彦]]編『植民地帝国日本の法的展開』([[信山社出版]],2004年) *「もう一つの首都圏と娯楽―植民地競馬場を中心に」 [[奥須磨子]]・[[羽田博昭]]編『都市と娯楽 ([[首都圏史叢書]])』(日本経済評論社,2004年) *「明治初年の公議所・集議院―議員の意識と行動」 [[鳥海靖]]他編『日本立憲政治の形成と変質』([[吉川弘文館]],2005年) *「転換期としての大正時代」『歴史都市防災論文集』1号, 63-66頁[2007.06] *「植民地への国際移動 ―満州・朝鮮の生活空間分析―」『立命館言語文化研究』20巻/ 4号, 102-103頁[2009.03] *「植民地空間満州における日本人と多民族―競馬場の存在を素材として」『立命館言語文化研究』21巻/ 4号, 135-147頁[2010.03] *「明治維新の研究動向-公議という歴史用語をめぐって-」『日本史学会研究発表会論文集(韓国日本史学会)』[2011.06] {{DEFAULTSORT:やまさき ゆうこう}} [[Category:日本近現代史学者]] [[Category:日本の土木史]] [[Category:日本の歴史学者]] [[Category:立命館大学の教員]] [[Category:1964年生]] [[Category:存命人物]]
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