コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
尾崎勇気のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
尾崎勇気
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{Infobox 力士 |名前= 隆乃若勇紀 |画像=[[Image:Takanowaka 2008.jpg|200px]] |説明= |四股名=尾崎 勇紀 → 隆尾崎 勇紀 → 隆乃若 勇紀 |本名=尾崎 勇記 |生年月日={{生年月日と年齢|1976|4|2}} |出身=[[長崎県]][[北松浦郡]][[生月町]] |身長=190cm |体重=151kg |BMI= |所属部屋=[[鳴戸部屋]] |得意技=突っ張り、左四つ、寄り、上手投げ |現在の番付=引退 |最高位=東[[関脇]] |生涯戦歴=505勝470敗69休(94場所) |幕内戦歴=229勝242敗39休(34場所) |優勝=十両優勝1回<br />幕下優勝1回 |賞=[[敢闘賞]]3回 |初土俵=[[1992年]]3月場所 |入幕=[[1999年]]11月場所 |引退=[[2007年]]9月場所 |引退後=タレント、大相撲解説者 |備考=[[金星 (相撲)|金星]]1個([[武蔵丸光洋|武蔵丸]]1個) |作成日時=[[2014年]][[3月17日]] }} '''尾崎 勇気'''(おざき ゆうき、本名:尾崎 勇記、[[1976年]][[4月2日]] - )は、[[長崎県]][[北松浦郡]][[生月町]](現在の[[平戸市]]生月町)出身のタレント、元[[大相撲]][[力士]]、大相撲解説者。[[草野仁]]事務所所属。現役時代の[[四股名]]は'''隆乃若 勇紀'''(たかのわか ゆうき)。[[鳴戸部屋]]所属で、最高位は東[[関脇]](2003年1月場所、2003年3月場所)。身長190cm、体重151kg(大相撲時代)、得意技は[[突っ張り]]、左四つ、寄り、[[上手投げ]]。血液型A型。 == 来歴 == 父親は[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]の二軍で[[捕手]]を務めたプロ野球選手・[[尾崎亀重]]。運動神経が良く中学時代は[[バスケットボール]]部で活躍した。[[1992年]](平成4年)3月場所[[初土俵]]。関脇[[若の里忍|若の里]]、元[[幕内]][[隆の鶴伸一|隆の鶴]]は同部屋で同期生である。若い頃から有望株として注目され、隆尾崎を名乗っていた[[幕下]]時代には若の里(当時古川)と2人で当時の大相撲放送にあったコラム「目指せ関取」に取り上げられ、互いに先を越されないように精進するとコメントしていた。[[1999年]](平成11年)5月場所[[十両|新十両]]、同年11月場所新入幕。 [[2002年]](平成14年)11月場所では攻めが速くなり[[小結]]で11勝4敗の好成績を収め「大器開眼」と称賛された。翌場所新関脇で9勝を挙げたが、[[千秋楽]]の[[琴光喜啓司|琴光喜]]との一番で[[張り手]]を受け倒れた際に膝などを痛め、ケガの回復が遅れて3月場所は全休(当初全治10日の軽傷と診断されたため、[[公傷制度|公傷]]が適用されなかった)。さらには次の夏場所も2敗13休で十両に陥落した。この頃から故障禍に見舞われ始める。2度再入幕を果たすも[[前頭]]9枚目までしか番付を戻せなかった。 特に、[[2005年]](平成17年)11月場所では、西前頭10枚目の地位で初日から7連敗し、中日に[[豊ノ島大樹|豊ノ島]]との[[水入り]]の相撲で何とか初勝利を挙げたものの、思うように成績が伸びずに9日目に[[負け越し]]が決定、しかも12日目からは右膝を痛め休場して、三度十両に陥落してしまった。その後ずるずると負け越しを続け、[[2006年]](平成18年)7月場所の[[番付]]は東十両14枚目と、[[幕下]]陥落の危機に立たされたが、中日まで8連勝で早々と[[勝ち越し]]を決めた。その後6連敗したが、千秋楽で勝利し、9勝6敗と久しぶりに勝ち越した。2006年9月場所では序盤から好調を維持し、千秋楽まで3敗を維持し、千秋楽で2場所前の5月場所十両優勝している[[豊桜俊昭|豊桜]]との取り組みで敗れたが、[[優勝決定戦 (相撲)|優勝決定戦]]で勝利し、自身初の十両優勝を果たした。この場所の番付は東十両8枚目だったことから再入幕も有力視されたが、西3枚目で8勝7敗の[[片山信次|片山]]が優先され入幕を逃した。次の11月場所、さらには[[2007年]](平成19年)3月場所と十両2枚目まで番付を戻しながら大敗を喫した。5月場所では東十両9枚目で4勝11敗と大きく負け越し、7月場所は幕下へ陥落してしまった。9月場所は4連敗後に休場し、14日目の22日に引退届を提出。相撲協会には残らなかった。 [[立合い]]突っ張りで先手を取り、左四つに組むと懐の深さが生きて力強い相撲を見せるが、動きにやや無駄が多く攻めに緻密さを欠く欠点があった。 2008年春より同郷である[[草野仁]]の個人事務所に所属し、大相撲解説とタレントの活動を開始した。 [[2011年]][[11月30日]]に[[宅地建物取引主任者]]の資格を取得している。 == 略歴 == * [[1992年]]3月場所 - 鳴戸部屋入門、初土俵 * [[1999年]]5月場所 - 新十両 * 1999年11月場所 - 新入幕 * [[2000年]]1月場所 - 10勝5敗で初の[[三賞|敢闘賞]]受賞 * [[2001年]]1月場所 - 新小結 * 2001年5月場所 - [[横綱]][[武蔵丸光洋|武蔵丸]]を破って初[[金星 (相撲)|金星]]を獲得 * [[2002年]]3月場所 - 11勝4敗で2度目の敢闘賞受賞 * 2002年11月場所 - 2度目の小結で11勝4敗、3度目の敢闘賞受賞 * [[2003年]]1月場所 - 新[[関脇]] * [[2007年]]9月場所 - 引退届を提出 == 人物・エピソード == * 均整の取れた体格と甘いマスクから、現役時代は女性ファンが多かった。 * 「隆乃若」という[[四股名]]は自分で考え命名したという。 * 趣味は音楽鑑賞、スポーツ観戦(野球、格闘技など)。 * 特技は、力士としては異色である[[ピアノ]]。[[エリーゼのために]]([[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]])、[[トルコ行進曲]]([[ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト|モーツァルト]])、[[小犬のワルツ]]([[フレデリック・ショパン|ショパン]])などが弾けるという中々の本格派で、ピアノ雑誌のカラーグラビアページを飾ったこともある(後述の「外部リンク」参照)。 * [[会田有志]](元[[プロ野球選手]])は従兄弟(母親同士が姉妹)。 * [[2011年]]、[[大相撲八百長問題]]が発覚した際には、関連で民放の[[ワイドショー]]番組や『[[NHKスペシャル]]』緊急放送(2月9日)の取材を受けている。本人は八百長とは関係はなかったが、自身の力士経験を踏まえ八百長問題の背景を語った。 * 2011年[[11月7日]]、力士時代の師匠だった[[鳴戸]]親方(第59代元[[横綱]]・[[隆の里俊英|隆の里]])が急性[[呼吸不全]]により59歳で急死。オフィシャルブログでは本人曰く「訃報の連絡を受けた時は本当に信じられませんでした。今でもまだその実感がなく、気持ちの整理がついていない状態です」と衝撃を受けながらも「もうゆっくりと休まれて下さい。指導して頂いて有難うございました」と亡き親方への感謝の言葉を述べていた。 == 主な成績 == * 通算成績:505勝470敗69休 勝率.518 * 幕内成績:229勝242敗39休 勝率.486 * 現役在位:94場所 * 幕内在位:34場所 * 三役在位:4場所(関脇2場所、小結2場所) * 各段優勝 ** 十両優勝:1回(2006年9月場所) ** 幕下優勝:1回(1996年11月場所) * [[三賞]]:3回 **敢闘賞:3回(2000年1月場所、2002年3月場所、2002年11月場所) * 金星:1個([[武蔵丸光洋|武蔵丸]]1個) === 場所別成績 === {{Sumo record box start|隆乃若 勇紀}} {{Sumo record year start|1992}} {{Basho|}} {{Basho|MAEZUMOU}} {{Basho|jk|16|w|5|2}} {{Basho|jo|102|e|4|3}} {{Basho|jo|75|e|5|2}} {{Basho|jo|34|e|1|6}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1993}} {{Basho|jo|80|w|1|0|6}} {{Basho|jo|128|e|1|0|6}} {{Basho|jo|164|w|5|2}} {{Basho|jo|109|e|5|2}} {{Basho|jo|66|e|4|3}} {{Basho|jo|40|w|4|3}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1994}} {{Basho|jo|22|w|6|1}} {{Basho|sa|64|w|3|4}} {{Basho|sa|83|e|6|1}} {{Basho|sa|30|e|2|5}} {{Basho|sa|59|e|4|3}} {{Basho|sa|43|e|5|2}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1995}} {{Basho|sa|15|e|3|4}} {{Basho|sa|27|w|4|3}} {{Basho|sa|15|e|5|2}} {{Basho|ma|50|w|2|5}} {{Basho|sa|13|e|6|1}} {{Basho|ma|41|e|4|3}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1996}} {{Basho|ma|32|e|4|3}} {{Basho|ma|23|w|2|5}} {{Basho|ma|45|w|3|4}} {{Basho|ma|60|e|6|1}} {{Basho|ma|31|e|1|6}} {{Basho|YUSHO|rank=ma|r-no=59|tozai=e|win=7|loss=0}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1997}} {{Basho|ma|7|w|3|4}} {{Basho|ma|14|w|4|3}} {{Basho|ma|7|w|3|4}} {{Basho|ma|14|e|4|3}} {{Basho|ma|8|w|4|3}} {{Basho|ma|5|w|2|6}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1998}} {{Basho|ma|18|w|4|3}} {{Basho|ma|11|w|6|1}} {{Basho|ma|3|e|3|4}} {{Basho|ma|7|e|2|5}} {{Basho|ma|21|e|4|3}} {{Basho|ma|15|w|5|2}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|1999}} {{Basho|ma|6|e|6|1}} {{Basho|ma|1|e|5|2}} {{Basho|j|11|w|9|6}} {{Basho|j|7|w|8|7}} {{Basho|j|5|e|11|4}} {{Basho|m|14|w|9|6}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2000}} {{Basho|m|12|e|10|5|||F}} {{Basho|m|4|w|5|10}} {{Basho|m|7|e|8|7}} {{Basho|m|2|w|6|9}} {{Basho|m|5|w|5|10}} {{Basho|m|8|w|11|4}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2001}} {{Basho|k||e|4|11}} {{Basho|m|4|w|8|7}} {{Basho|m|1|w|5|10|||*}} {{Basho|m|5|w|9|6}} {{Basho|m|2|w|8|7}} {{Basho|m|2|e|6|9}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2002}} {{Basho|m|5|e|3|4|8<ref> 左第11・12肋骨骨折により4日目から途中休場、13日目から再出場</ref>}} {{Basho|m|11|w|11|4|||F}} {{Basho|m|3|w|7|8}} {{Basho|m|4|e|7|8}} {{Basho|m|4|w|8|7}} {{Basho|k||w|11|4|||F}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2003}} {{Basho|s||e|9|6}} {{Basho|KYUJO|rank=s|tozai=e|<ref>左下眼亀裂骨折・左膝関節捻挫により全休</ref>}} {{Basho|m|6|w|0|2|13<ref>右第11肋骨骨折・左膝骨挫傷により2日目から途中休場</ref>}} {{Basho|KYUJO|rank=j|r-no=3|tozai=e}} {{Basho|j|3|e|12|3}} {{Basho|m|12|w|7|8}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2004}} {{Basho|m|13|w|4|11}} {{Basho|j|5|e|10|5}} {{Basho|m|16|w|8|7}} {{Basho|m|13|w|8|7}} {{Basho|m|12|w|8|7}} {{Basho|m|12|e|8|7}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2005}} {{Basho|m|9|e|6|9}} {{Basho|m|12|e|7|8}} {{Basho|m|13|e|5|10}} {{Basho|m|17|w|8|7}} {{Basho|m|15|e|9|6}} {{Basho|m|10|w|1|11|3<ref>右変形性膝関節症に伴う半月板損傷により12日目から途中休場</ref>}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2006}} {{Basho|j|5|e|6|9}} {{Basho|j|7|w|7|8}} {{Basho|j|8|e|5|10}} {{Basho|j|14|e|9|6}} {{Basho|YUSHO|rank=j|r-no=8|tozai=e|win=11|loss=4}} {{Basho|j|2|e|5|10}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record year start|2007}} {{Basho|j|6|e|8|7}} {{Basho|j|2|w|4|11}} {{Basho|j|9|e|4|11}} {{Basho|ma|3|w|4|3}} {{Basho|INTAI|rank=ma|r-no=2|tozai=w|win=0|loss=4|absent=3}} {{Basho|}} {{Sumo record year end}} {{Sumo record box end}} <references/> ==改名歴== *尾崎 勇記(おざき ゆうき)1992年3月場所 *隆尾崎 勇記(たかおざき - )1992年5月場所 - 1999年3月場所 *隆乃若 勇紀(たかのわか - )1999年5月場所 - 2007年9月場所 == 関連項目 == * [[大相撲力士一覧]] * [[関脇一覧]] == 外部リンク == * [http://www.ymm.co.jp/magazine/piano/interview/200003/interview.html 月刊ピアノ2000年3月号 加羽沢美濃的即興対談~ゲスト:隆乃若関(関取)] {{goo-sumo|1035|隆乃若 勇紀}} * [http://kusanohitoshi.com/fight1/ 尾崎勇気のオフィシャルブログ] * [http://kusanohitoshi.com/ 尾崎勇気の所属事務所 公式ホームページ] * {{Twitter|ozaki42|尾崎勇気}} {{DEFAULTSORT:おさき ゆうき}} [[Category:長崎県出身の人物]] [[Category:長崎県出身の大相撲力士]] [[Category:鳴戸部屋]] [[Category:1976年生]] [[Category:存命人物]] [[Category:相撲解説者]] [[Category:元大相撲力士のタレント]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Basho
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Goo-sumo
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Infobox 力士
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Sumo record box end
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Sumo record box start
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Sumo record year end
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Sumo record year start
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Twitter
(
ソースを閲覧
)
尾崎勇気
に戻る。
検索
検索
尾崎勇気のソースを表示
話題を追加