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小椋佳
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{{複数の問題 |存命人物の出典明記=2013年8月14日 (水) 03:53 (UTC) |独自研究=2013年8月14日 (水) 03:53 (UTC) }} {{Infobox Musician |Name={{ルビ|小椋 佳|おぐら けい}} |Background=singer |Birth_name={{ルビ|神田 紘爾|かんだ こうじ}} |Alias葉月多夢 |Born={{生年月日と年齢|1944|01|18}} |Blood= |School_background=[[東京大学]][[法学部]]卒業 |Died= |Origin={{JPN}} [[東京都]][[台東区]][[上野]] |Instrument=[[歌]]<br />[[ギター]]<br />[[薩摩琵琶]] |Genre=[[フォークソング]] |Occupation=[[シンガーソングライター]]<br />元銀行員 |Years_active=[[1971年]] - |Label= |Production= |Associated_acts= |Influences= |URL=[http://www.gfe.co.jp/ogla/ gfe.co.jp/ogla] }} '''小椋 佳'''(おぐら けい、本名:神田 紘爾(かんだ こうじ)、[[1944年]][[1月18日]] - )は、[[日本]]の[[シンガーソングライター]]、[[作詞家]]、[[作曲家]]である。 == 来歴・人物 == [[東京都]]下谷區東黒門町([[台東区]][[上野]])出身。両親は[[飲食店]]を経営<ref group="出典">松井清人『オカン、おふくろ、お母さん』([[文藝春秋]]、2006年、60 - 61頁)</ref>。 [[東京都立上野高等学校]]、[[東京大学法学部]]卒業後、[[日本勧業銀行]](後の[[第一勧業銀行]]、現:[[みずほ銀行]])に入行した<ref>大学、勧銀の同期には後に第一勧銀最後の[[頭取]]となる[[杉田力之]]がいた。</ref>。銀行マンとして証券部証券企画次長、[[浜松市|浜松]]支店長、本店財務サービス部長などを歴任する傍らで音楽活動を行ってきた。 1971年、歌手[[デビュー]]した。当初は、[[フォークソング]]あるいは[[ニューミュージック]]に分類されていたが、次第にジャンルを広げていった。 初コンサートは1976年10月7日[[NHKホール]]、2度目は1982年1月[[中野区|中野]]・[[普門館]]<ref>1月15日[[テレビ朝日]]系で録画放送。</ref>である。 [[1993年]]、銀行を[[退職]]し[[東京大学文学部]]哲学科に[[学士入学]]。歌手活動と並行して6年間にわたり学業に励んだ。 他の歌手への提供曲も多く、1975年の「[[シクラメンのかほり]]」(歌:[[布施明]])は[[第17回日本レコード大賞]]などを受賞した。その他、「[[俺たちの旅#主題歌|俺たちの旅]]」・「時」・「[[俺たちの祭#主題歌・挿入歌|俺たちの祭]]」(歌:[[中村雅俊]])、「[[愛燦燦 (美空ひばりの曲)|愛燦燦]]」(歌:[[美空ひばり]])などがある。作詞のみを担当した曲としては「[[愛しき日々]]」(作曲・歌:[[堀内孝雄]])、「[[山河]]」(作曲:堀内孝雄、歌:[[五木ひろし]])、「白い一日」(作曲・歌:[[井上陽水]])がある。また、[[アニメーション]]『[[銀河英雄伝説]]』のエンディング曲、[[校歌]]・市歌なども数多く手掛けている。 浜松支店勤務の際、地元の要請に応えて「やら舞歌<ref>「やらまいか」とは[[遠州弁#終助詞|遠州弁]]で「やってみよう」の意味。</ref>」を作った。これは{{いつ範囲|date=2013年8月|今}}も[[浜松まつり]]など浜松市のイベントで使われ続けている。第一勧銀浜松支店の担当取引先であった縁で、[[2005年]]には同市の菓子製造会社[[春華堂]]の[[CMソング]]「[[うなぎパイ#CMソング|うなぎのじゅもん]]」を作っている。 芸名の「'''小椋'''」は、大学3年生の時に法律の勉強で[[福島県]][[耶麻郡]][[北塩原村]]の学生村に約2ヶ月間滞在中、周りの住民の姓のほとんどが「小椋」姓であったことにより命名したものである<ref group="出典">[http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet;jsessionid=A7B0CD2372F82B8B19CBB3BDA41B4DB3?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=10369 福島県ホームページ - 組織別 - 平成18年12月1日]</ref><ref group="出典">[http://www.asahi.com/national/update/1228/TKY200912280421.html]{{リンク切れ|date=2013年8月}}</ref>。「'''佳'''」は、後の妻となる恋人、塚原'''佳'''穂里([[台東区立黒門小学校]]の同級生)の名の第一字から取ったものである<ref group="出典">[http://www3.big.or.jp/~kan/ogura/oguraess.htm 私と小椋佳]{{要高次出典|date=2013年8月}} - 個人サイト</ref><ref group="出典">[http://blog.goo.ne.jp/shugohairanai/e/bc06ee91dde2c6b5ab274898b8ffeff2 第31回 謎解き「シクラメンのかほり」 - 金谷武洋の『日本語に主語はいらない』]{{要高次出典|date=2013年8月}} - 個人サイト</ref>。 長男・神田知秀は小椋のマネジメント会社である株式会社ゴツド・フイールド・エンタープライズの代表取締役である。次男・神田宏司は、国内でも数少ない[[琵琶]]製作者である。[[俳優]]の[[神田利則]]は甥に当たる。 == ディスコグラフィ == {| class="wikitable collapsible collapsed" style="width:100%; font-size=90%" |+シングル !style="width:10%"|リリース日 !style="width:30%"|タイトル !style="width:60%"|備考 |- |1971.2.21||[[しおさいの詩]]||デビュー[[シングル]]。[[B面]]は「さらば青春」。 |- |1971.6.1||六月の雨|| |- |1971.10.1||春の雨はやさしいはずなのに|| |- |1972.2.1||この汽車は|| |- |1972.7.1||[[大いなる旅路 (曖昧さ回避)|大いなる旅路]]||鉄道100周年を記念して[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列で放送された同名ドラマの主題歌。後に[[SUPER BELL%27%27Z]]によって[[カバー]]され、アニメ「[[鉄子の旅]]」のED曲として使用された。 |- |1972.10.21||帰っちゃおうかな|| |- |1972.12.1||明日への合言葉|| |- |1973.6.1||うす紅色の|| |- |1974.1.21||白い一日|| |- |1974.8.1||夢は流れて||[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]ドラマ『あやとり』[[主題歌]]。この作品は自身の作詞・作曲ではない。 |- |1974.9.21||少しは私に愛を下さい||[[東宝]]配給映画『[[初めての愛]]』挿入歌。 |- |1975.10.1||何処から何処へ何の為に|| |- |1975.7.21||旅仕度|| |- |1975.11.21||めまい||最高位4位。[[フジテレビジョン|フジテレビ]]ドラマ『娘たちの四季』主題歌。 |- |1976.5.1||道草||[[日産自動車]]『[[日産・サニー|サニー]]』CMソング。 |- |1976.7.21||揺れる、まなざし||最高位5位。[[資生堂]]キャンペーンソング。[[ディスクジャケット|ジャケット]]には[[コマーシャルメッセージ|CM]]出演者である[[真行寺君枝]]が写っている。 |- |1976.12.21||少しは私に愛を下さい||NHKコンサートライブ録音盤。 |- |1977.3.10||春なんだなあ|| |- |1977.11.1||心の襞||[[MBSテレビ]]ドラマ『[[腐蝕の構造]]』主題歌。 |- |1978.4.21||風の鏡|| |- |1978.12.5||忍ぶ草||フジテレビドラマ『下町のおんな 風子』主題歌。 |- |1979.5.1||いつの日か旅する者よ||[[日本放送協会|NHK]]アニメ『[[マルコ・ポーロの冒険]]』主題歌。 |- |1979.11.5||それが夢ならば||NHKアニメ『マルコ・ポーロの冒険』エンディング。 |- |1979.12.10||流れるなら||[[東映]]映画『[[動乱 (映画)|動乱]]』主題歌。 |- |1980.4.5||想い出して下さい||[[TBSテレビ]]ドラマ『[[あゝ野麦峠]]』主題歌。 |- |1980.4.21||熱い{{ルビ|瞬間|とき}}||NHK[[連続テレビ小説]]『[[なっちゃんの写真館]]』主題歌。 |- |1981.11.5||恋、してしまうもの |- |1983.12.10||花遊戯||[[ライオン奥様劇場]]『私は許さない』・『母の復讐』・『静かなる良人』エンディングテーマ。 |- |1984.11.25||かなうなら夢のまヽで||東映配給映画『[[櫂 (小説)|櫂]]』主題歌。 |- |1985.10.10||萌||東宝配給映画『[[潮騒 (小説)#映画化|潮騒]]』主題歌。 |- |1987.6.1||夏ひとかけら|| |- |1988.2.25||眠りの前のドラマに見とれて||[[東京電力]]CMソング。 |- |1989.7.1||樹の名前は忘れても|| |- |1991.6.25||逢うたびに君は||[[麒麟麦酒]]『[[麒麟麦酒#ビール|ラガービール]]』CMソング。 |- |1992.10.1||やら舞歌|| |- |1993.10.1||KNOCK THE DOOR|| |- |1993.12.22||さらば青春|| |- |1994.4.25||君の声聴けば|| |- |1994.6.25||朝焼けのサガポー||日本テレビ系『[[スーパーテレビ情報最前線]]』エンディングテーマ。[[カップリング曲]]は『歓送の歌』([[OVA]]『[[銀河英雄伝説]]第3期』エンディングテーマ)。 |- |1994.7.21||山に抱かれて|| |- |1994.10.21||藍色の時||TBSドラマ『[[私は貝になりたい#1994年版|私は貝になりたい]]』主題歌。 |- |1995.08.25||歓送の歌||TBS系テレビ『[[ウェディングベル]]』エンディングテーマとして発売。曲自体は、1994.6.25発売のOVA『銀河英雄伝説第3期』エンディングテーマと同じで、アレンジ等はされていない。 |- |1995.12.1||孤高の鷹|| |- |1996.4.1||君はそれ以上|| |- |1996.7.20||MY BEST IS YET TO COME|| |- |1996.11.4||夢芝居||[[テレビ朝日木曜時代劇|テレビ朝日系木曜時代劇]]『[[快刀!夢一座七変化]]』エンディングテーマ曲。 |- |1997.2.21||挑みの足跡||[[毎日放送|MBS]]・TBS系テレビ『[[道浪漫]]』主題歌。 |- |1997.4.19||オーロラのアダージョ||エルダ・アルゴミュージカルテーマとして発売。OVA『銀河英雄伝説外伝第1期 千億の星、千億の光』でも同曲がエンディングテーマとして使用された。 |- |1999.2.20||全ての命が愛しくなる|| |- |2000.01.26||僕たちの航跡|| |- |2000.7.19||甘いオムレツ|| |- |2000.12.9||遅ればせの恋|| |- |2002.7.10||遠い夜景に||テレビ東京『[[ワールドビジネスサテライト]]』エンディングテーマ。 |- |2002.11.07||子らよ||テレビ朝日系ドラマ『[[子連れ狼 (北大路欣也版)|子連れ狼]]』主題歌。 |- |2003.5.8||夢の世と|| |- |2005.7.20||うなぎのじゅもん||春華堂『[[うなぎパイ]]』CMソング。 |- |2005.11.16||再会|| |} {| class="wikitable collapsible collapsed" style="width:100%; font-size=90%" |+アルバム !style="width:10%"|リリース日 !style="width:30%"|タイトル !style="width:60%"|備考 |- |1971.1.15||青春 〜砂漠の少年||ジャケットの青年はアイドルの[[岡田裕介]](現[[東宝]]社長)。小椋の写真は、小さな写真にさらに小さく見えないくらい後ろに写っていて、しかもタスキで念入りに隠されていた。 |- |1971.11.1||雨|| |- |1972.3.21||[[彷徨]]||2位止まりだったが232週間BEST100入り。黒レコード総生産数2位。1位は陽水の「[[氷の世界 (アルバム)|氷の世界]]」。 |- |1972.12.10||帰っちゃおうかな|| |- |1973.6.1||ほんの二つで死んでゆく||『[[みんなのうた]]』や『[[おかあさんといっしょ]]』で歌われた「[[オナカの大きな王子さま]]」の[[セルフカバー]]が収録されている。 |- |1974.4.21||少しは私に愛をください|| |- |1974.7.21||残された憧憬||最高位は7位。90週間BEST100入り。 |- |1975.9.21||[[夢追い人]]||小椋の作品で初の第1位獲得。1975年12月のオリコンチャートは2位「夢追い人」、3位「彷徨」で、TOP3に連続11週という最高記録を持つ。 |- |1976.6.10||[[道草 (アルバム)|道草]]||2作連続の第1位獲得。 |- |1976.11.15||[[遠ざかる風景]]||3作連続の第1位獲得。 |- |1977.4.1||渡良瀬逍遥|| |- |1977.9.10||5・4・3・2・1・0||[[フライング・キティ・バンド]] に[[星勝]]・[[安田裕美]]・[[来生たかお]]等と参加。 |- |1977.12.10||心の襞|| |- |1978.6.21||風の鏡|| |- |1979.3.10||長距離電話|| |- |1979.6.1||[[マルコ・ポーロの冒険 (アルバム)|マルコ・ポーロの冒険]]||[[日本放送協会|NHK]]で放送された[[テレビアニメ]]『[[アニメーション紀行 マルコ・ポーロの冒険]]』オープニング曲、エンディング曲、挿入歌を収録したアルバム。 |- |1980.3.10||瞬間|| |- |1980.12||愛のABCD|| |- |1981.11.1||いたずらに|| |- |1984.3.25||泣かせて|| |- |1984.12.10||かなうなら夢のまゝで|| |- |1986.4.25||コラージュ|| |- |1987.6.10||君を歌おうとして|| |- |1987.12.1||彩影|| |- |1988.6.1||消すことのできない季節 -雨の中の青春II-|| |- |1988.11.25||花様|| |- |1990.10.1||旅ひととせ 〜美空ひばりさんと昭和を見送る〜|| |- |1991.9.25||RE BEST|| |- |1991.11.1||残された憧憬 〜落書〜|| |- |1994.7.25||テオリア -観想-|| |- |1994.11.26||遠ざかる風景II|| |- |1995.10.25||夢のつづき|| |- |1997.7.16||デリュージョン -夢象に戯れて-|| |- |2000.7.19||甘いオムレツ|| |- |2006.8.30||未熟の晩鐘|| |- |2013.12.18||闌<TAKENAWA>|| |} {| class="wikitable collapsible collapsed" style="width:100%; font-size=90%" |+ベスト・アルバム/コンピレーション !style="width:10%"|リリース日 !style="width:65%"|タイトル !style="width:25%"|備考 |- |1978.3.10||屋根のない車~青春の放物線 -1|| |- |1978.3.10||公園に来て〜青春の放物線 -2|| |- |1978.3.10||砂漠の少年〜青春の放物線 -3|| |- |1987.11.1||小椋佳大全集|| |- |1991.12.5||小椋佳大全集増補版|| |- |1992.9.13||テーマソングス|| |- |1992.11.21||ベスト・ソングス 小椋佳〜旅ひととせ〜|| |- |1993.11.1||小椋佳/揺れるまなざし|| |- |1994.6.25||小椋佳の世界|| |- |1994.12.1||全曲集|| |- |1995.7.21||Sing For You,Sing For Me〜'95ファミリーミュージカル|| |- |rowspan="2"|1995.8.25||小椋佳 I|| |- |小椋佳 II|| |- |1996.6.26||バラードセレクション〜ことなり〜|| |- |1996.9.1||全曲集「花様」|| |- |1996.11.21||スペシャル1800|| |- |1997.1.25||小椋佳/[[テレサ・テン]]|| |- |1997.9.26||オリジナル・ベスト|| |- |1997.11.27||歳時記 小椋佳コンサート|| |- |1998.6.10||オリジナル Best 2|| |- |1999.6.30||TREASURE COLLECTION 小椋佳|| |- |1999.9.1||全曲集||1994年発売のものとは異なる。 |- |2000.10.25||{{ルビ|Debut|デビュー}}|| |- |2000.12.20||K.GENESIS<小椋 佳1971~1974>|| |- |rowspan="2"|2001.12.19||スーパー・バリュー〜COLLECTION1/小椋佳|| |- |スーパー・バリュー〜COLLECTION2/小椋佳|| |- |2002.8.21||小椋佳 コンプリートBEST~夢に向かって~|| |- |2003.10.8||Dejavu 〜Mediterranean Meditation(地中海の瞑想)|| |- |rowspan="2"|2003.11.5||コンプリート・シングル・コレクション 1971〜1976|| |- |コンプリート・シングル・コレクション 1977〜1988|| |- |2004.6.2||ゴールデン☆ベスト 小椋佳|| |- |2005.6.15||風韻〜提供楽曲セルフカヴァー集〜|| |- |2005.9.14||夢歌詩 30songs on dream|| |- |2006.9.4||小椋佳〜自分史ベスト35 35th Anniversary スペシャル・ベスト・アルバム|| |- |2006.10.4||少しは私に愛を下さい〜雨の中の青春〜|| |- |2006.12.15||ベリーベスト|| |- |2007.2.28||小椋佳大全集||35周年記念作品。 |- |2007.10.24||Black letters|| |} {| class="wikitable collapsible collapsed" style="width:100%; font-size=90%" |+提供作品 !style="width:30%"|タイトル !style="width:10%"|アーティスト !style="width:60%"|備考 |- |俺たちの旅||rowspan="4"|[[中村雅俊]]|| |- |盆帰り|| |- |時||作曲担当。作詞は塚原将。 |- |俺たちの祭|| |- |[[シクラメンのかほり]]||[[布施明]]||[[1975年]]、[[第17回日本レコード大賞]]を受賞。 |- |ふりむけば愛||[[三浦友和]]|| |- |とっておきの君||[[竹本孝之]]||1982年・日本テレビ系ドラマ『[[陽あたり良好!]]』主題歌。 |- |[[夢芝居]]||[[梅沢富美男]]||[[1983年]]・[[第25回日本レコード大賞]]作詞賞を受賞。 |- |花遊戯||[[野口五郎]]|| |- |函館山から||rowspan="4"|[[美空ひばり]]||美空ひばり40周年記念曲。 |- |風花便り|| |- |[[愛燦燦 (美空ひばりの曲)|愛燦燦]]||「[[味の素]]」CMソング。 |- |太鼓|| |- |[[眉月夜]]||[[桜田淳子]]|| |- |20才の前で||[[三田寛子]]||TBS系ドラマ『[[愛の劇場]][[わが子よ]]Ⅳ』主題歌。 |- |歓送の歌||布施明||1993.12.01。TBS系テレビ『ザッツ!ウェディングベル』メインテーマ。 |- |歓送の歌||[[中西保志]]||1995.03.01。TBS系テレビ『ウェディングベル』エンディングテーマ。 |- |[[泣かせて]]||[[研ナオコ]]|| |- |[[愛しき日々]]||[[堀内孝雄]]||作詞担当。作曲は堀内孝雄。 |- |[[山河]]||[[五木ひろし]]||作詞担当。作曲は堀内孝雄。[[2000年]][[NHK紅白歌合戦]]大トリ。 |- |やっぱりおめでとう-お誕生日に-||<!--歌手名不詳-->||[[1977年]]、[[サンリオ]]レコード(型番:OKS-20001)。ジャケットには[[サンリオキャラクター]]のタイニーポエム、[[マイメロディ]]、スモールピープル、[[ハローキティ]]、[[パティ&ジミー]]、[[リトルツインスターズ]]、ロビーラビットのイラストが掲載されている<ref group="出典">{{Twitter status|nakareco2|246479685700165634|中古レコード店Record Shop NAKA 2号店のツイート}}</ref>。B面は「大人になったら」。 |- |白いページ||||第70回[[NHK全国学校音楽コンクール]]中学校の部課題曲。 |- |壱岐洋洋||||[[長崎県]][[壱岐市]]市歌。 |- |あびこ市民の歌<ref group="出典">[http://www.city.abiko.chiba.jp/index.cfm/19,458,65,451,html あびこ市民の歌 - 我孫子市ホームページ]</ref>||||[[千葉県]][[我孫子市]]市民の歌。 |- |じーじのえてがみ 〜グランドファザーズ・レター〜||[[上野樹里]]||[[みんなのうた|NHKみんなのうた]](2007年12月 - 2008年1月) |- |祈りの彼方に||||[[国立看護大学校]]校歌。 |- |風上の息吹||||[[宮城大学]]校歌。 |- |よろこび||||[[明海大学]]学歌。作曲担当。 |- |朱雀の翼||||[[福島県立光南高等学校]]校歌。 |- |共生の世界||||[[岡山県共生高等学校]]校歌。 |- |毎日が喜び||||[[芝浦工業大学柏中学校・高等学校|芝浦工業大学柏高等学校]]校歌。 |- |相武台の空に||||[[相模原市立相武台中学校]]校歌。 |- |風上に立つ日のために||||[[京都市立京都御池中学校]]校歌。 |- |揖東の友情||||[[大野町立揖東中学校]]校歌。作曲担当。 |- |あの橋を越え あの坂を越え||||千代田区立昌平小学校校歌。 |- |心豊かに たくましく||||台東区立平成小学校校歌。 |- |||||さいたま市立浦和大里小学校歌。 |- |||||その他多数の学校の校歌。 |} == 書籍・著作 == ; 連載 * [[コラム]]「小椋佳のあの歌の周辺」([[日刊スポーツ]]<ref>[[静岡県]]を除く[[東海地方]]・[[北陸地方]]・[[近畿地方]]・[[山口県]]を除く[[中四国地方]]。</ref>土曜日[[番組表|テレビ番組面]]、[[2010年]][[1月1日]]付<ref>本来掲載するべき[[1月2日]]の土曜日が[[新聞休刊日]]により新聞がなかったため、元日付けに併載の2日のテレビ面に初回を掲載。</ref>から[[3月26日]]付け掲載) * コラム「この道」([[中日新聞]]夕刊、2013年4月1日 - ) ; 書籍 * 『今語るあの時あの歌 小椋佳(CD BOOK series)』インタビュー・テキスト前山聿志 ([[アートデイズ]]2006)ISBN 4-86119-059-2 * 『言葉ある風景 (祥伝社黄金文庫 お 16-1) 』([[祥伝社]]2007)ISBN 4396314345 == ラジオ番組 == 2013年8月現在。 ; 現在 * 小椋佳の歌とともに - コメント出演([[静岡エフエム放送|K-mix]]、金曜 20:00 - 20:30) ; 過去 * 小椋佳 言葉ある風景([[文化放送]]) * 小椋佳 夢中真っ最中([[ニッポン放送]]) * [[ラジオ深夜便]] ミッドナイトトーク([[NHKラジオ第1放送]]・[[ラジオ深夜便]]、奇数月第1木曜日) * [[小椋佳〜このひと このうた このドラマ]](ニッポン放送) == 備考 == {{出典の明記|date=2013年8月4日 (日) 05:58 (UTC)|section=1|ソートキー=人}} ; 記録 : 『夢追い人』と『彷徨』の2枚は、{{要出典範囲|date=2013年8月|オリコンTOP3に連続11週チャートイン}}という、未だ破られていない最高記録を持つ。 ; デビュー経緯 : 1966年、[[寺山修司]]が[[ディスクジョッキー|DJ]]をしていた[[ラジオ番組]]の「5分間なんでもコーナー」で自作の歌を歌う。これが縁で、寺山が企画していた[[天井桟敷 (劇団)|天井桟敷]]の[[レコード#LP盤|LP]]『初恋地獄篇』に歌手として参加。これを聴いた[[グラモフォン]]レコード(後の[[ポリドールレコード]])の新人[[プロデューサー]]・[[多賀英典]]は、声のイメージから美少年だと思って会おうとしたところ、『初恋- 』の関係者から「やめた方がいいよ。彼は東大のエリート銀行員だし、なんと言っても歌手という感じじゃないし⋯」と断られたと回想している。 {{Cquote|喫茶店で待っていたらやってきてさ。一目見てなんと言って断ろうかと思った(笑)。|4=多賀英典}} {{Cquote|銀行員で結婚していて、とても歌手という風貌ではないので、どう断って帰ろうかとそればかり考えた。|4=多賀英典}} {{Cquote|当時は[[アイドル]]にしろ歌手にしろ必ずテレビで売るから容貌が悪いのは問題外だったんだよね。|4=多賀英典}} {{Cquote|小椋君が「『初恋地獄篇』の曲、僕の曲じゃないんだ。僕の曲、聞いてくれる?」というので断るわけにもいかず聞いたら、思わず「この曲、私がなんとかするから私にくれ!」と叫んでいた。すごく興奮したことを覚えている。その曲が『しおさいの歌』だった。|4=多賀英典}} {{Cquote|小椋佳を歌手デビューさせるわけにもいかないので、小椋君の曲を歌える歌手を探していたら、彼が銀行の米国研修に行くことになったのでしかたがなく本人でいくことにした。|4=多賀英典}} ; デビューアルバム : 1971年、『青春 〜砂漠の少年〜』でデビュー。[[アルバム]]で世界観を創るという多賀の方針から当時としてはめずらしい、アルバムでのデビュー。 : ポッと出の新人なら当時LP一枚の制作費250万円程度が相場だったのに、多賀は部長と喧嘩して500万円を使わせた。 {{Cquote|いいものは必ず売れると思っていた。若かった。|4=多賀英典}} {{Cquote|初回販売が1000枚だと言うので営業を怒鳴りつけた。こんないい作品が売れないはずがないと思った。|4=[[大野進]]}} {{Cquote|ポリドールの営業会議で、僕の写真と[[井上陽水]]<ref>まだ無名のころ、[[ライブハウス]]で初めてステージに立った際、一緒に出演したのが井上であった。</ref>の写真が並べられて、どういうわけか陽水が売り出されることになってしまいまして。陽水って、サングラスを取るとそんなに美男子というわけでもないんですが⋯。|4=小椋佳}} {{Cquote|こんなことが続くはずがないと思っていたので、銀行は辞めませんでした。|4=小椋佳}} ; セカンドアルバム・雨 : ファーストアルバムが制作費をカバーできる程度に売れたので2枚目のLP『雨』に着手。 {{Cquote|結局表に出せないから、「東大卒の謎のシンガー」で行くことにした。小椋の情報はテレビやマスコミ、外部にはすべてシャットダウンした。ラジオで少しずつ流して、人々の間に広まっていけば、絶対いいものを創ってるんだから売れないはずがないと思っていた。|4=多賀英典}} : 『少しは私に愛を下さい』は、1971年に小椋のいた日本勧業銀行と[[第一銀行]]の合併を皮肉った歌。人事部に知れて怒られる。歌中の「バラ」は勧銀のマーク。 ; サードアルバム・彷徨 : アルバム『青春』と『雨』を再構成したアルバム。小椋自身は自分が知らないうちに出されていたと証言している。232週間連続の長期間にわたりTOP100チャートに滞在し、[[ビートルズ]]の『[[レット・イット・ビー]]』・『[[アビイ・ロード]]』に次いで[[オリコン]]{{要出典範囲|date=2013年8月|LPロングセラー・チャート第3位の記録を持つ}}モンスターアルバム。{{要出典範囲|date=2013年8月|日本の黒版LP総プレス枚数の第1位は井上陽水「[[氷の世界 (アルバム)|氷の世界]]」、第2位は本作である}}。 ; アルバム・残された憧憬 : フォーク、[[ロック (音楽)|ロック]]、[[ストリングス]]を融合したニューミュージックの先駆け。今までの小椋のクラシカルな世界から、[[キング・クリムゾン]]的ロックを[[フィーチャー]]した[[ポップ・ミュージック|ポップス]]を目指す取り組みがなされた。[[大野進]]によると最新鋭の16チャンネルの[[ミキサー]]を使用。元[[六文銭 (音楽ユニット)|六文銭]]の[[安田裕美]]、後の[[YMO]]・[[細野晴臣]]、[[矢野誠]]、[[矢野顕子]]、[[林立夫]]、[[坂本龍一]]の先輩だった[[深町純]]、まだ10代だった[[高中正義]]が参加している。 : [[ザ・モップス]]の[[星勝]]を起用した。 {{Cquote|小椋佳は軽いサウンドだと思った。ロックじゃない。なんでオレが⋯って思ったけど、多賀さんと大野さんの尋常でない音取りの執念に圧倒され、気がついたら一緒になってのめり込んでいた。最高傑作だと思う。|4=星勝}} {{Cquote|(『残された憧憬』以後)小椋佳と星勝は切っても切れない関係。|4=多賀英典}} {{Cquote|陽水が「今何やってるの?」「小椋佳」「また小椋佳やってるの?」とやっかむように言うので「君は君、彼は彼だよ」と言った。その時までは陽水と小椋佳は別の世界だと思ってたけど、陽水や星勝君、安田裕美君に小椋佳の世界を音楽にしてもらったら、よりドラマチックな世界が表現できるのではないか?そう思って『残された憧憬』を創った。[[フォークギター]]とストリング中心から[[ベース (弦楽器)|ベース]]と[[ドラムセット|ドラム]]を中心にした[[リズムセクション]]を強調してさ。ロックサウンドだよね。フォークというとギター一本とかの時代でさ。あまりサウンドというものは重要視されてなかったんだ。音取りなんて2時間で終わり、とかね、そんな時代だった。このアルバムから音楽業界もフォークからロックとストリングスを融合した濃厚でよりドラマチックなサウンドに変わっていったんだ。ニューミュージックの先駆けとなった。[[中島みゆき]]とか[[荒井由実]]が出てくるだいぶ前でさ。|4=多賀英典}} ; シクラメンのかほり : 布施明に提供した『シクラメンのかほり』が大ブレイク。[[マスコミ]]が大騒ぎして小椋の存在を隠しきれなくなる。NHKコンサートでお披露目という流れに。 : 『シクラメン- 』が売れて、第一勧銀でも問題になる。当時の小椋の上司で後の頭取・[[宮崎邦次]]は小椋をかばった。 {{Cquote|神田君はみんなと一緒になって最後まで残業して一生懸命仕事をしている。なんの問題があるのか?|4=宮崎邦次}} ; 資生堂 : 第一勧銀で財務担当だった小椋の顧客で、[[資生堂]]の当時の宣伝部長・[[福原義春]]に「神田君、こんなことやってるんだ」と言われてCMソングを依頼され、断り切れずに曲を創る。それが資生堂の初のCMキャンペーン「ゆれる・まなざし」。『揺れるまなざし』はCMソングの先駆けになった。これ以降、資生堂ではCMイメージソングを重要視するようになる。 ; 曲作り : 小椋はよく「[[ギター]]弾けないんですよ」と言っているが、これは「[[アコースティック・ギター]]が弾けない」という意味である。 {{Cquote|僕はギターが弾けないんです。ですから僕のバックに流れてるすばらしいギターの音が聞こえるのは、ここにいる安田裕美さんが弾いているんです。いわば「本当の小椋佳」です。|4=小椋佳(1981年普門館のコンサートにて)}} {{Cquote|昔から我が家にあったボロい[[クラシック・ギター]]で、[[和音|コード]]を3つぐらいしか知らないのに、曲を創っては、夜、私をたたき起こして「一曲創ったんだ。聞いてくれる?」とやるんです。|4=神田富雄(実弟)}} : NHKコンサートでは「[[アンコール]]があったら一人でやれ」と多賀に言われて、安田から[[マーティン (楽器メーカー)|マーチン]]のアコースティックギターを借りて練習させられて『木戸をあけて』の[[弾き語り]]をやった。 : 小椋は[[譜面]]が書けないので、ギターのコードを弾きながら書いた詩を口ずさんで曲にしていくという手法。それを[[カセットテープ|カセット]]に録音していた。 {{Cquote|よく小椋さんの家に行って曲作りと譜面おこしを手伝いました。|4=安田裕美}} ; 人物評 {{Cquote|(学生時代に)『青春 〜砂漠の少年〜』は擦りきれるほど何回も聞いた。友人に何度も何度もいいだろ?いいだろ?って言ったんです。そんなわけで『俺達の旅』は小椋さんにお願いしました。|4=[[中村雅俊]]}} {{Cquote|小椋佳はよく素人の余興と言われるがとんでもない。彼が[[アメリカ合衆国|米国]]に研修に行っていた時、[[ロサンゼルス|ロス]]で『夢追い人』の[[レコーディング]]をやったんだけど、一緒に[[麻雀]]を徹夜でやる。朝になると僕等は寝てても彼はちゃんと銀行の仕事に出かけてこなす。そういった強烈なパワーの持ち主だった。|4=多賀英典}} {{Cquote|当時のキティはもの凄く儲かっていた。小椋佳のライヴの2枚組(『遠ざかる風景』)なんか100万枚売れてたしさ。|4=宗像和男([[キティレコード]]・プロデューサー)}} {{Cquote|小椋佳と井上陽水の大ヒットで多賀英典はドイツのポリドール社からスタジオをプレゼントされた。それが「キティ伊豆スタジオ」だった。|4=大野進}} {{Cquote|小椋さんは第一勧銀の頭取候補だったんだ。頭取候補が、支店長経験がないというのは問題だということになって浜松支店長をやることになったんだけど、ウチとしては東京にいてもらわないと困るんだ。アルバム『いたずらに』はそんな最中の制作で、第二回目のコンサートをやってケジメをつけようということになって普門館コンサートが企画された。だから最後の曲が『さよなら』なんだよね。|4=岩瀬貞行(キティレコード・プロデューサー)}} {{Cquote|ポリドールの第一スタジオで小椋さんの音取り。第二スタジオで陽水の音取りなんてこともよくあった。いい時代だった。|4=安田裕美}} ; その他 * [[日本中央競馬会]]の[[馬主]]である(本名名義)。 * 小椋の事務所は一時期アニメ「[[うる星やつら (アニメ)|うる星やつら]]」・「[[めぞん一刻 (アニメ)|めぞん一刻]]」などの公式ファンクラブ「キティアニメーションクラブ」(略称KAC)の事務局を兼ねていたことがある。当時の事務所社長は小椋の実弟であった。 * 一時期、[[東京キッドブラザース]]への提供作品を中心に『[[葉月多夢]]』という[[ペンネーム]]を用いていたことがある。由来は長男のアメリカでの愛称からきている。次男に自分と同じ名前を付けたことから、長男への配慮として長男の愛称をもうひとつのペンネームとしたという。 == 脚注 == ; 出典 {{Reflist|group="出典"}} ; 注釈 {{Reflist}} == 関連カテゴリ == * {{Cl|小椋佳のアルバム}} * {{Cl|小椋佳の楽曲}} * {{Cl|小椋佳の提供楽曲}} == 外部リンク == * [http://www.gfe.co.jp/ogla/ 小椋佳倶楽部] - 公式サイト * [http://www.musical.ne.jp/ @Musical] - アルゴミュージカル {{日本作詩大賞|第8回|1975年}} {{DEFAULTSORT:おくら けい}} [[Category:日本のシンガーソングライター]] [[Category:日本のフォークシンガー]] [[Category:NHK紅白歌合戦出演者]] [[Category:NHK紅白歌合戦歌唱楽曲・作詞者・作曲者]] [[Category:NHK全国学校音楽コンクール課題曲作詞者・作曲者]] [[Category:みずほフィナンシャルグループの人物]] [[Category:馬主]] [[Category:東京都出身の人物]] [[Category:1944年生]] [[Category:存命人物]]
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