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小川光明
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{{存命人物の出典明記|date=2013年5月}} {{基礎情報 アナウンサー |名前=小川 光明 |ふりがな=おがわ みつあき |画像ファイル= |画像サイズ= <!--ある場合のみ、220px以内--> |画像コメント= |本名= |愛称= |出身地={{JPN}} |国籍= |生年月日= {{生年月日と年齢|1940|3|26}} |没年月日= |血液型= [[ABO式血液型|AB型]] |最終学歴=[[中央大学]][[法学部]] |所属事務所= |職歴=元[[日本テレビ放送網|NTV]]アナウンサー |活動期間=[[1962年]] - [[2004年]] |ジャンル=スポーツ |配偶者= |家族= |公式サイト= |現在の出演番組= <!--代表的なもののみ--> |過去の出演番組= <!--代表的なもののみ--> |その他=[[新春スポーツスペシャル箱根駅伝|箱根駅伝中継]]、[[ゴルフ]]中継、[[プロ野球]]中継などの実況<br />スポーツコメンテーター |備考=2000年から2004年まで日本テレビの契約社員 }} '''小川 光明'''('''おがわ みつあき'''、[[1940年]][[3月26日]] - )は、元[[日本テレビ放送網|日本テレビ]][[アナウンサー]]。 == 来歴・人物 == [[東京都]]出身。[[東京都立赤坂高等学校]]を経て[[中央大学]][[法学部]]卒業。同じ日本テレビアナウンサーの[[吉田填一郎]](現[[アール・エフ・ラジオ日本|ラジオ日本]]アナウンサー兼編成局長として出向中)は大学の後輩に当たる。[[1962年]]、アナウンサーとして日本テレビに入社。[[新春スポーツスペシャル箱根駅伝|箱根駅伝]]中継、[[ゴルフ]]中継、[[プロ野球]]中継などを担当する。[[2000年]]に定年退職した後も、契約社員として同局に留任する。[[2004年]][[5月2日]]の[[読売ジャイアンツ]]対[[広島東洋カープ]]戦([[東京ドーム]])を最後に、42年間の日本テレビアナウンサー歴に終止符を打った。現在はフリーのスポーツコメンテーターとして活動中。長年巨人軍の宮崎[[キャンプ (日本プロ野球)|キャンプ]]を取材した縁で[[2003年]][[宮崎県]][[宮崎市]]に移住。<ref>[[読売新聞]]宮崎版、[[2013年]][[8月5日]]</ref> [[福岡ソフトバンクホークス]]の主砲・[[松中信彦]]とは、松中が社会人時代に出場した[[アトランタオリンピック]]の取材で知り合い、現在も交友関係が続いている。特に松中が2004年に[[三冠 (野球)|三冠王]]を獲得した際には、[[スポーツ報知]]に手記を寄せている。 [[2006年]][[4月]]からは日テレ系列の[[BS日本|BS日テレ]]の「[[ボウリング革命 P★League]]」の実況を務める。日テレ局アナ時代を彷彿とさせる冷静沈着な実況で戦況を伝えており2013年現在、全大会の[[決勝戦]]を担当している。[[2008年]]には「[[スカイ・Aスタジアム]]・LIVE RAKUTEN わしづかみ」([[東北楽天ゴールデンイーグルス]]主催試合)の実況を担当した。 [[1997年]]の6月から半年間、人事異動でアナウンス部長を退任した後輩アナの[[舛方勝宏]](現日テレ専務取締役)の後任として『[[あなたと日テレ]]』を担当したことがある。 == 現在の担当番組 == * [[ボウリング革命 P★League]]([[BS日本|BS日テレ]]) == 過去の担当番組 == * [[Dramatic Game 1844|プロ野球中継]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]) == エピソード == *[[1996年]]の[[アトランタオリンピック]]では柔道女子の[[恵本裕子]]の金メダルを実況。決勝戦で恵本が一本勝ちを決めた際「あ〜、恵本、金メダル〜」は名実況。他にも開会式での[[聖火]]点灯セレモニー(最終走者は[[モハメド・アリ]])も実況している。 *[[1997年]]からの実況では、「小川アナが実況すると巨人は負けない(いわゆる不敗神話。事実、翌年までの実況を担当した日の巨人の成績は16戦15勝1敗だった)」とまで言われた。 *実況では声を張り上げるような手法は多用せず、落ち着いた語り口を基本スタイルとしているが、ドラマティックな場面に立ち会ったときはその限りではない。その好例として[[2000年]][[9月24日]]の巨人対[[中日ドラゴンズ|中日]]戦における実況が挙げられる。この試合で巨人が勝てばリーグ優勝という状況<ref group="注">当時の[[セントラル・リーグ|セ・リーグ]]はシーズン135試合制で、この日の試合は巨人にとって131試合目。ちなみにこの年の主催試合(地方球場での開催も含む)の最終戦でもあり、残りの4試合はすべて[[明治神宮野球場|神宮]]での対ヤクルト戦であった。</ref>であったが、9回表が終わった時点で0-4と劣勢。[[長嶋茂雄|長嶋監督]]の胴上げは翌日以降に持ち越しかと思われたが、9回裏、この日の中日の先発[[前田幸長]]と、守護神・[[エディ・ギャラード]]から[[元木大介]]、[[高橋由伸]]、[[松井秀喜]]の3連打で無死満塁。[[ドミンゴ・マルティネス]]は三振に倒れたが、[[江藤智]](現:巨人一軍打撃コーチ)の満塁ホームランで同点に追いつくと、続く[[二岡智宏]](元巨人→[[北海道日本ハムファイターズ]])がソロホームランを放ち、巨人はサヨナラ勝ちでリーグ優勝を決めた(解説は[[山本浩二]]と[[堀内恒夫]])。この際の小川アナは「右へー!!どうだー!?入ったー!!ジャイアンツ優勝ー!!29回目<ref group="注">2013年現在の巨人のセ・リーグ優勝回数は35回。</ref>、覇権を取りました!!とてつもないドラマ!!大変な事が起きました!!江藤の200号<ref group="注">この年の巨人のチーム本塁打数(最終的には203本に到達)。</ref>満塁ホームラン!!二岡のサヨナラホームラン!!ジャイアンツ優勝ー!!まさにドラマ!!2000年のペナントレースは大変なドラマです!!」と劇的な展開だったゆえに、彼にしては珍しい絶叫に次ぐ絶叫を繰り返したが、印象的な台詞を織り交ぜることも怠らなかった。二岡はこれまで6本のサヨナラホームランを打っているが(2013年現在)、そのうちの3本を実況している。不思議なことに実況した3回のうち2回が中日戦で(もう1本は[[2002年]][[7月2日]]で、延長12回に決めた<ref group="注">相手は[[遠藤政隆]]。</ref>)、残りの1本はプロ入り初サヨナラホームラン([[1999年]][[4月24日]]・対[[横浜DeNAベイスターズ|横浜]]戦)である。 *また、[[1983年]][[10月11日]]の巨人対[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルト]]戦([[後楽園球場]])でも巨人のリーグ優勝の瞬間と[[藤田元司|藤田監督]]の胴上げを伝えており(この時の胴上げ投手は[[江川卓 (野球)|江川卓]]。この日は[[レジー・スミス]]の1試合3本塁打で優勝に花を添えた。解説は[[金田正一]])、[[日本選手権シリーズ|日本シリーズでは]][[1973年の日本シリーズ]]第5戦(対[[福岡ソフトバンクホークス|南海]]、後楽園球場)で巨人の日本シリーズV9達成の瞬間と[[川上哲治|川上監督]]の胴上げを伝えている(この時の胴上げ投手は堀内恒夫。最後の打者は[[島野育夫]]で、結果は[[左翼手|レフト]]・[[高田繁]]へのフライ。解説は[[藤本英雄|中上英雄]]。ゲスト解説は[[星野仙一]])。 *[[1976年]]10月11日の巨人対[[阪神タイガース|阪神]]戦(後楽園球場)で[[王貞治]]が[[ベーブ・ルース]]の本塁打記録を抜く715号本塁打(相手は[[山本和行]])達成の瞬間も実況している。 *[[1976年の日本シリーズ]]第6戦(対[[オリックス・バファローズ|阪急]]、後楽園球場)では巨人が0-7からの逆転サヨナラ勝ち([http://www.youtube.com/watch?v=Pr4AbuIErAQ このときの映像])を実況した。 *1983年[[4月10日]]の巨人対[[横浜DeNAベイスターズ|大洋]]戦で[[駒田徳広]]のプロ初本塁打(満塁。相手は[[右田一彦]])を実況している。 *[[1986年]][[6月26日]]の巨人対阪神戦(後楽園球場)で、[[ランディ・バース]]の7試合連続本塁打(日本タイ記録。相手は江川卓)達成の瞬間([http://www.youtube.com/watch?v=LX76BnkCNIU このときの映像])も実況している(このときの解説は[[青田昇]]と堀内恒夫)。 *1990年の開幕戦での[[篠塚和典]]の'''疑惑の本塁打'''([[1990年]][[4月7日]]、対ヤクルト戦。相手は[[内藤尚行]])や、高橋由伸のプロ入り初本塁打([[1998年]]4月7日、対広島戦。相手は[[山内泰幸]])も実況している。 *巨人のシーズン開幕戦の実況(開催が東京ドーム([[1987年]]までは後楽園球場)の場合のみ)は1981年(対中日)、1982年(対ヤクルト)、1984年(対阪神)、1987年(対中日)、1989年、1990年(いずれも対ヤクルト)、1993年(対横浜)、1994年(対広島)、1996年、1999年(いずれも対阪神)、2000年(対広島)の11回担当している(実況を担当した開幕戦での巨人の成績は9勝1敗1引き分け)。特に1987年の開幕戦では[[西本聖]]がこの年[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]]から中日に移籍した[[落合博満]]に対し、得意の[[シュート (球種)|シュート]]を駆使して4打数1安打に抑え、完封勝利を挙げている。さらに前述の1990年の開幕戦での疑惑の本塁打のほかに、1994年と2000年の開幕戦では松井秀喜が本塁打を打っている<ref group="注">1994年は[[北別府学]]と[[紀藤真琴]]、2000年は[[佐々岡真司]]から。</ref>。 *第19回[[全国高等学校クイズ選手権]]で、2回戦の3人バラバラ面接クイズで「自己アピール」の面接会場の面接官の紹介で「みつあき」ではなく「こうめい」と紹介されていた(この時は、[[井田由美]]アナウンサーや[[ホテルセンチュリーハイアット]]人事部のみなさんも一緒に紹介されていた)。 *[[2005年]][[12月10日]]にはBS日テレで放送された「2005[[プロボウリングレディース新人戦]]」で実況を務めた。また2007年5月6日放送の『[[THE・サンデー]]』で巨人の通算5000勝達成の特集では球団としての初勝利から記録達成までの歩みをナレーションした。また思い出に残る1勝として前述の2000年のサヨナラリーグ優勝を挙げている。([[Dramatic Game 1844#2004年以前の出来事]]も参照) *[[2001年]][[8月9日]]、巨人VS阪神戦の中継をしていたときのこと、野球中継延長のためこの後の番組『[[どっちの料理ショー]]』の放送開始時間が9時30分になることを伝えていた時に巨人が点を入れ5-2になったので本当なら「なお、『どっちの料理ショー』は9時30分からお送りします。」というべき所を「なお、『どっちの料理ショー』は5-2です。」と発言。すると、その後に放送された『どっちの料理ショー』の結果(当時の対戦カードは夏野菜のリゾットvs海鮮中華粥で勝ったのは海鮮中華粥だった)が'''本当に5-2になった'''。もちろん、この事は小川アナにはまったく知らされていない。このエピソードは2009年3月2日放送の『[[人生が変わる1分間の深イイ話]]』でも取り上げられた。 *箱根駅伝の中継では、日本テレビ系列が中継を始めた1987年から8年連続でセンター実況を担当、その後もスタート・ゴール実況やインタビュアーとして、中継に長く携わった。しかし実況に抜擢された当初は、陸上競技中継の担当はおろか、陸上競技そのものの知識も皆無だった為、一旦は実況を辞退したが、スタッフや同僚アナウンサーの熱意に押され引き受ける事となった。その為担当が決まってからは、出場する大学や関係者への取材を積極的に行い、本番の中継では、取材で得た情報やプロ野球・ゴルフ中継で培った経験を生かし、その実力を遺憾なく発揮した。 *2009年以降、年1回夏季に[[スカイパーフェクTV]]の企画で、広島対巨人戦([[MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島]])の実況を担当している。解説は、日テレ・[[広島テレビ放送|広島テレビ]]解説者の[[山本浩二]]、[[池谷公二郎]]が務め、往年の日本テレビの中継の再現となっている(中継自体は、フジテレビ系列の[[テレビ新広島|TSS]]制作、または子会社の[[TSSプロダクション]]が制作協力)。また、前述の不敗神話も健在であったが、2014年8月17日に広島が勝利したことにより、ついに不敗神話が途切れることとなった。 **[[2009年]][[8月12日]]。7回には一挙9点を挙げるなど、23安打の猛攻で、16-5で巨人が大勝した。 **[[2010年]][[7月31日]]。試合は5-0で巨人が勝利した。特に7月中は巨人投手陣が不安定な中、6月18日の対中日戦以来となる、約1ヶ月半ぶりの完封勝利となった。 **[[2011年]][[8月28日]]。試合は両チームとも決め手となる1点が入らず、延長戦までもつれる展開となったが、4-2で巨人が勝利した。 **[[2012年]][[9月25日]]。両チーム一歩も譲らない接戦となったが、3-2で巨人が勝利した。 **[[2013年]][[8月9日]]。巨人が5-4で逆転勝ちし、優勝マジック39が点灯した。 **[[2014年]][[8月17日]]。途中までは巨人がリードしていたが、8回に不動のセットアッパーである[[山口鉄也]]が広島打線に一挙に3連続適時打で3点を失い、結果的に[[広島東洋カープ|広島]]が5-4で逆転勝ちし、ついに小川の不敗神話は止まった。ちなみに1年前は同スコアで巨人が勝っていたため、1年前とは全く逆のスコアである。 *2012年に行われた[[ロンドンパラリンピック]]([[スカパー!プレミアムサービス|スカパー!]]制作)では、開会式、[[車椅子バスケットボール]]、柔道の実況を担当した。 *「[[太陽にほえろ!]]」第81話「おやじバンザイ」で、警察による犯人包囲の模様を実況するアナウンサー役でゲスト出演したことがある。 ==関連項目== *[[東京都出身の人物一覧]] == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} === 注釈 === {{Reflist|group=注}} === 出典 === {{Reflist}} {{箱根駅伝センター実況アナウンサー}} {{あなたと日テレ歴代司会者}} {{P-League}} {{DEFAULTSORT:おかわ みつあき}} [[Category:日本テレビのアナウンサー]] [[Category:スポーツアナウンサー]] [[Category:1940年生]] [[Category:存命人物]] [[Category:東京都出身の人物]]
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