コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
小倉市のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
小倉市
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{日本の市 (廃止) |市章 = [[ファイル:Kokura Fukuoka chapter.png|center|75px]]小倉[[市町村章|市章]] |市章の説明 = [[1900年]]([[明治]]33年)[[4月1日]]制定 |廃止日=[[1963年]]([[昭和]]38年)[[2月1日]]制定 |廃止理由=新設合併 |廃止詳細='''小倉市'''、[[門司市]]、[[戸畑市]]、[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]、[[若松市]] → [[北九州市]] |現在の自治体=[[北九州市]] |自治体名=小倉市 |区分=市 |都道府県=福岡県 |支庁= |コード=なし(コード導入前に廃止) |面積=208.72 |境界未定= |人口=305,423 |人口の時点=[[1962年]](昭和37年)[[10月1日]] |隣接自治体=[[門司市]]、[[戸畑市]]、[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]、<br />[[直方市]]、[[行橋市]]、<br/>[[香春町]]、[[方城町]]、[[赤池町]]、<br />[[苅田町]]、[[勝山町 (福岡県)|勝山町]] |木= |花= |シンボル名=他のシンボル |鳥など= |郵便番号= |所在地= |外部リンク= |経度= |緯度= |座標 ={{Coord|33|53|N|130|53|E|name=Kokura}} |位置画像= |特記事項= }} '''小倉市'''(こくらし)は、かつて[[九州]]の北部、[[福岡県]]東部に存在した[[市]]。現在の[[北九州市]][[小倉北区]]と[[小倉南区]]に相当する。 旧[[企救郡]](きくぐん)の一角で、[[1963年]](昭和38年)[[2月10日]]、[[門司市]]・[[戸畑市]]・[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]・[[若松市]]と合併して北九州市となった。1963年[[4月1日]]、北九州市の[[政令指定都市]]移行に伴い、旧小倉市は小倉区となり、[[1974年]](昭和49年)には小倉北区と小倉南区に分区された。 == 地理 == * [[川]]:[[紫川]] * [[港湾]]:[[小倉港]]、[[関門海峡]] === 隣接していた自治体 === ※ 合併前日([[1963年]](昭和38年)2月9日)現在。 * [[門司市]] * [[戸畑市]] * [[八幡市 (福岡県)|八幡市]] * [[直方市]] * [[行橋市]] * [[田川郡]][[香春町]]・[[方城町]]・[[赤池町]] * [[京都郡]][[苅田町]]・[[勝山町 (福岡県)|勝山町]] == 歴史 == [[律令制]]下では[[豊前国]][[企救郡]](きくぐん)の一地域となる。[[関ヶ原の戦い]]の論功行賞により豊前国の統治を始めた[[細川忠興]]が、[[1602年]]([[慶長]]7年)から当地に[[小倉城]]を築く。これ以後、[[小倉藩]]の[[城下町]]となる。[[1632年]]([[寛永]]9年)には[[細川氏]]に代わり、[[小笠原忠真]]が移封され、以後は[[小笠原氏]]による統治が続いた。[[1866年]]([[慶応]]2年)の[[長州征伐]]において[[長州藩]]側の反撃を受けて、小倉藩自らの手により小倉城は火が点けられ焼失した(現在の小倉城は[[1959年]](昭和34年)に復元された物)。 [[明治]]時代、[[廃藩置県]]により[[小倉県]]が成立し、小倉はその県庁所在地となったが、[[1876年]](明治9年)に小倉県が福岡県に合併されたため、県庁所在地ではなくなった。その後も、[[北九州工業地帯]]の中心地として商業のほか、軍需工業が発展した。特に[[1933年]](昭和8年)に建設された[[小倉陸軍造兵廠|小倉造兵廠]]は、[[風船爆弾]]の製造基地ともなった。また、[[森鴎外]]は、軍医時代には一時期小倉に赴任していた。 [[第二次世界大戦]]の終結直前、[[1945年]](昭和20年)[[8月9日]]の[[アメリカ軍]]による[[長崎市への原子爆弾投下]]は当初の投下目標は小倉であった。[[長崎市|長崎]]に変更された要因は、悪天候と、前日の[[八幡空襲]]の余燼のためだった(小倉の住民による煙幕説もある)といわれる。小倉における原爆投下予定地は小倉造兵廠であり、日本の軍事拠点ということから[[広島市]]と共に原爆投下の候補地だった。[[10月17日]]、アメリカ軍が進駐。 === 行政区域の変遷 === [[町村制]]施行時は[[企救郡]]の一町として発足し、その後市制を施行し、企救郡内の町村を次々と編入して拡大した。 * [[1889年]](明治22年)[[4月1日]]:町村制が施行され、企救郡旧小倉城下25町(京町・博労町・船頭町・舟町・船場町・古船場町・新魚町・魚町・西魚町・鳥町・大坂町・宝町・米町・鍛冶町・西鍛冶町・堺町・紺屋町・西紺屋町・馬借町・室町・八百屋町・大門町・堅町・田町・鋳物師町)・砂原村の一部(長松浦)・干上村の一部(平松浦)が合併し、'''小倉町'''となる。同時に以下の村が成立。 ** 板櫃村 ← 板櫃村・中井村・藍島村・槻田村・馬島 ** 西紫村 ← 小熊野村・篠崎村・蒲生村・今村 ** 西谷村 ← 田代村・長行村・辻三村・合馬村・徳吉村 ** 足立村 ← 足原村・三萩野村・砂津村・富野村・赤坂村 ** 城野村 ← 城野村・横代村・石田村・隠蓑村・堀越村・蜷田村 ** 東紫村 ← 北方村・守恒村・徳力村・南方村・志井村 ** 中谷村 ← 高津尾村・山本村・春吉村・道原村・頂吉村 ** 曾根村 ← 曾根村・田原村 ** 東谷村 ← 石原町村・新道寺村・母原村・井手浦村・木下村・市丸村・小森村・呼野村 * [[1900年]](明治33年)4月1日:小倉町の市制施行により'''小倉市'''となる。 ** [[1907年]](明治40年)6月1日:[[城野村]]と[[東紫村]]が合併して'''企救村'''となる。 ** [[1908年]](明治41年)4月1日:[[西紫村]]が分裂。大字小熊野・篠崎は板櫃村へ、大字蒲生・今は企救村へそれぞれ編入。 ** [[1917年]](大正6年)10月1日:企救村が町制施行して'''[[企救町]]'''となる。 ** [[1922年]](大正11年)10月1日:板櫃村が町制施行して'''板櫃町'''となる。 * [[1925年]](大正14年)[[4月28日]]:[[板櫃町]]のうち大字槻田・小熊野の各一部を除く部分を編入(分割し、板櫃町の残部は八幡市に編入)。 * [[1927年]](昭和2年)4月1日:[[足立村]]を編入。 ** [[1934年]](昭和9年)4月1日:曾根村が町制施行して'''[[曽根町 (福岡県)|曽根町]]'''となる。 * [[1937年]](昭和12年)[[9月1日]]:[[企救町]]を編入。 * [[1941年]](昭和16年)4月1日:[[西谷村 (福岡県)|西谷村]]・[[中谷村 (福岡県)|中谷村]]を編入。 * [[1942年]](昭和17年)[[5月15日]]:[[曽根町 (福岡県)|曽根町]]を編入。 * [[1948年]](昭和23年)[[9月10日]]:[[東谷村 (福岡県)|東谷村]]を編入。 * [[1949年]](昭和24年)9月1日:大字新道寺の一部を[[京都郡]][[椿市村]](現[[行橋市]])に分離。 * [[1954年]](昭和29年)4月1日:大字田代の一部を八幡市に分離。 * [[1957年]](昭和32年)[[1月1日]]:八幡市と境界変更。 * [[1959年]](昭和34年)[[11月1日]]:戸畑市と境界変更。 * [[1963年]](昭和38年)[[2月10日]]:[[八幡市 (福岡県)|八幡市]]・[[門司市]]・[[若松市]]・[[戸畑市]]と新設合併し、'''[[北九州市]]'''の一部となり消滅。 == 観光地・娯楽施設 == * [[小倉城]] * [[到津の森公園|到津遊園]](現:到津の森公園) * [[小倉競輪場]]([[競輪]]発祥の地) * [[北九州市民球場|小倉球場]](現:北九州市民球場) * [[小倉競馬場]] * [[平尾台]] == 交通 == 小倉は、九州と[[本州]]の接点の[[交通]]都市で、[[江戸時代]]の小倉城下には、[[長崎街道]]の始点に当たる[[常盤橋 (紫川)|常盤橋]]が設けられた。 [[小倉駅 (福岡県)|小倉駅]]は[[鹿児島本線]]・[[日豊本線]]の結節点となっている。※合併前は山陽新幹線は未開通。 道路においても、[[国道3号]]・[[国道10号]]の分岐点にあたる。 [[九州自動車道]]では、[[小倉東インターチェンジ|小倉東IC]]と[[小倉南インターチェンジ|小倉南IC]]が設けられている。小倉東ICと小倉南ICの間には、[[北九州ジャンクション|北九州JCT]]があり、[[東九州自動車道]]の起点となっている。※ 合併前はいずれも未開通。 旧・[[北九州空港 (初代)|北九州空港]]は小倉空港として[[1961年]](昭和36年)より民間飛行場として供用が開始された。 == 作品 == 「[[無法松の一生]]」の舞台である。7月末に開かれる[[小倉祇園太鼓]]は「太鼓祇園」の別名を持ち、[[坂本冬美]]の歌「[[あばれ太鼓]]」にも歌われている。 == 出身有名人 == ※ 北九州市発足以前の誕生者 '''政財界・軍事''' * [[亀井光]](元[[都道府県知事|福岡県知事]]) * [[村井勉]]([[実業家]]) * [[吉田秀雄]](元[[電通]]社長) '''芸術家''' * [[岩下俊作]]([[小説家]]) * [[鶴田知也]](小説家) * [[松本清張]](小説家) * [[松本零士]]([[漫画家]]) * [[畑中純]](漫画家) * [[北条司]](漫画家) * [[わたせせいぞう]]([[イラストレーター]]) '''芸能人''' * [[加藤正之]]([[俳優]]・[[声優]]) * [[草刈正雄]](俳優) * [[桑原和男]]([[吉本新喜劇]]) * [[CHAGE]]([[シンガーソングライター]]) * [[中尾ミエ]]([[歌手]]) * [[清水健太郎]](俳優・歌手) * [[中村有志]](パントマイマー・[[タレント]]) * [[細川俊之]](俳優) * [[山本リンダ]](歌手) '''その他''' * [[杉山邦博]](元[[アナウンサー]]) * [[竹林紀雄]](演出家、[[テレビプロデューサー]]) * [[三村順一]]([[映画監督]]、[[映画プロデューサー]]) * [[山縣慎司]](元[[フジテレビジョン|フジテレビ]]プロデューサー) * [[山本和範]](元[[プロ野球選手]]) == 関連項目 == <div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> * [[小倉藩]] * [[宮本武蔵]] * [[森鴎外]] </div><div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> * [[ファットマン]] * [[長崎市]] * [[広島市]] </div><div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> * [[福聚寺 (北九州市)|福聚寺]] </div><br style="clear: left;" /> == 外部リンク == * [http://www1.linkclub.or.jp/~oya-wm/arsenalkokurafile/dropfile/drop.html 小倉と原子爆弾~小倉上空10時44分~] {{Japan-area-stub}} {{デフォルトソート:こくらし}} [[Category:北九州市域の廃止市町村]] [[Category:小倉北区の歴史]] [[Category:小倉南区の歴史]] [[Category:長崎原爆]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Japan-area-stub
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:日本の市 (廃止)
(
ソースを閲覧
)
小倉市
に戻る。
検索
検索
小倉市のソースを表示
話題を追加