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学習院大学
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<!-- この記事は[[プロジェクト:大学/大学テンプレート (日本国内)]]にしたがって作成されています。 --> {{大学 | 大学名=学習院大学 | ふりがな=がくしゅういんだいがく | 英称=Gakushuin University | 画像=Gakushuin-seimon.JPG | 画像説明=学習院正門(登録有形文化財) | 大学設置年=1949年 | 創立年=1847年 | 学校種別=私立 | 設置者=[[学校法人学習院]] | 本部所在地=東京都[[豊島区]][[目白]]1-5-1 | 緯度度 =35 |緯度分 =43 |緯度秒 =6.12 | 経度度 =139 |経度分 =42 |経度秒 =32.6 |国=日本 | キャンパス=目白(東京都豊島区) | 学部=法学部<br/>経済学部<br/>文学部<br/>理学部 | 研究科=人文科学研究科<br/>法学研究科<br/>政治学研究科<br/>経済学研究科<br/>経営学研究科<br/>自然科学研究科<br/>法務研究科 | 大学の略称=特に無く、一般的には学習院とだけ呼ばれる | ウェブサイト=http://www.gakushuin.ac.jp/univ/ }} <!-- ※ここまでは上記テンプレートへ入力すれば自動的に反映されます。 --> == 概観 == <!-- ※この項目では大学の基礎データを以下の節でまとめる。 --> [[Image:GakusyuinUniversity komichi.jpg|thumb|right|250px|正門からつづく小道]] === 大学全体 === <!-- ※「大学全体」は、あくまでその大学の「全体像」を大まかにまとめる部分である。長さの目安は400字程度。また、本プロジェクトで討議された文章表現の基準に準拠する必要がある。特にその大学にとって特段の大きな意味を有さないこと、時限的な事象を大きくとりあげることにならないよう留意する必要が認められる。 記載内容は、大学の全体について平均的に記述し、特定の学部・研究科などを大きく取り上げる形にならないように留意する。また、できるだけ曖昧な表現の使用はさけ、より具体的でかつ確定的なことを中心に記載する。なお、その際、文章が増えることがあるが、節全体の文章量も十分に考慮する。さらに歴史的・社会的にどのような価値を持つのかが関係者以外でも理解できるように記述する。--> [[江戸時代]]後期の[[1847年]]に[[京都御所]]で開講された'''学習所'''を起源とし、[[明治時代]]初期、[[1877年]]に[[皇族]]・[[華族]]のための教育機関としてあらためて開校された。[[新制大学]]としての学習院大学の開校は[[第二次世界大戦]]後の[[1949年]]。皇族が通う大学として日本国内ではよく知られている。 === 建学の精神(校訓・理念・学是) === <!-- ※この項目はそれぞれの大学に応じて「校訓」「学是」「憲章」などの適切な節名を用いる。なお、校訓などが長文となる場合は、[[著作権]]に注意すること。最後に改訂されてから50年が経過していれば全文の紹介が可能であるが、そうではない場合には概略に止め、全文は公式サイトへのリンクで代用するという手段がある。 --> 学習院系列校共通の教育目標として「ひろい視野 たくましい創造力 ゆたかな感受性」を謳っている。 また第25代学習院長の[[波多野敬雄]]が『グローバル学習院』を提唱し、海外研修等を実施している他<ref>「[http://www.gakushuin.ac.jp/ad/kikaku/global/index.html たくましいグローバル人材を育てる - 学校法人学習院]」</ref>、ピラミッド校舎の跡地に建設される新校舎を新学部の拠点にすることを視野に入れている<ref>「[http://www.business-i.jp/news/for-page/teigen/200803240020o.nwc 成長への新たなシナリオ 学習院長・波多野敬雄氏 - 提言ニッポン]」フジサンケイビジネスアイ、2008年3月24日。</ref>。 === 教育および研究 === <!-- ※大学の学問的な特徴の概略をこちらでまとめる。各学部ごとに詳細な内容をまとめる必要がある場合は後述の学部をまとめた項目で記すこと。さらに歴史的・社会的にどのような価値を持つのかが関係者以外でも理解できるように記述する。 --> 学習院大学は、卒業生が教員や研究者として多くの大学に採用されている分野があり、これまでに多くの研究者を育ててきたと謳っている。<!-- ソースはhttp://oukai.etc.gakushuin.ac.jp/member/book.htm 参考文献.Yomiuri Weekly 2004年7月18日号および学習院大学サイト-->教育目標として「ひろい視野」を掲げている通り、学部・大学院とも個別の専攻に極端に偏らないように広範囲の科目を履修させるカリキュラムを組んでおり、基礎[[研究]]に力を入れる方針を示している。旧華族学校の校風が教育・研究の面でも引き継がれており、「実社会で役に立つ学問」「[[実学]]」を重視したり極度な[[リベラル]]主義ではないが、資格取得を支援する各種プログラムを設置している。 === 学風および特色 === <!-- ※ここで大学全体の学風や特色を端的にまとめる。具体的な数字データや学生生活の詳細は別項でまとめる。あくまでここは概略である。さらに歴史的・社会的にどのような価値を持つのかが関係者以外でも理解できるように記述する。 --> 第二次世界大戦前は初等学科・中等学科・高等学科(後に初等科・中等科・高等科となる)が設置されていた。学習院は特別の法令によって設立されていたため、[[学制]]と必ずしも一致するわけではないが、初等科は[[尋常小学校]]、中等科は[[中学校]]・[[高等女学校]]、高等科は[[旧制高等学校|旧制七年制高等学校]]に相当する。なお、高等科を[[旧制大学]]と扱う文献も存在しているが、学習院学制自体が[[大学令]]とは無関係の法令であり、制度としては旧制七年制高等学校相当である。また、旧学習院高等科から[[旧制大学]]へ進学した学生も多く存在<!-- http://www.gakushuin.ac.jp/ad/koho/72.pdf をソースとした-->していることから、旧高等科を旧制大学相当として扱うことには教育制度の研究家の間に異論もある。 == 沿革 == === 略歴 === [[Image:Gakushuin in 1933.JPG|thumb|right|250px|学習院正門(1933年)]] {{seealso|学習院 (幕末維新期)|学習院|学習院高等科 (旧制)}} [[1847年]]、[[仁孝天皇]]が[[京都御所]]内に設けた[[公家]]を対象とした教育機関である'''学習所'''を起源とする。ただし、仁孝天皇自身は前年に崩御したため、目にすることは出来なかった。[[1849年]]には[[勅額]]が下賜されたことに伴い、[[学習院 (幕末維新期)|京都学習院]]となる。[[明治維新]]を経て、[[華族]]制度が整備されると[[1876年]]には華族学校という校名となる。翌[[1877年]]に華族学校学則が制定され、さらに[[明治天皇]]のもとで開校式が行われた際に改めて'''[[学習院]]'''と改名された。学習院ではこの年を学校の創立年としている。もともとは皇室の設置する私塾という位置づけであったが1884年には宮内省が所轄する正式な[[官立学校]]となる。 [[第二次世界大戦]]前の学習院は学習院学制および女子学習院学制に基づく教育機関で[[文部科学省|文部省]]ではなく[[宮内省]]の管轄下に置かれ、華族の子弟なら原則として無償で学習院に入ることができた。それ以外は一部のみで、授業料は有償・幼稚園への入園や外部生としてしか許されないなどの待遇を受けた。[[1924年]]の制度改革以降も授業料の金額格差・階級による幼稚園への入園禁止など差別待遇が残り、華族を中心とした学校として維持してきた。また平民等でも例外が存在している場合があった。 第二次世界大戦後に[[華族制度]]が廃止され、学習院設置の根拠法であった学習院学制および女子学習院学制が廃止されると、私立の[[学校法人]]として再出発し、待遇も無くなった。だが、現在でも一部を除く[[皇族]]が通い、“御学友”(一般市民でありながら同席で学ぶ事を許された特別な生徒・学生)が存在するなど、戦前の学習院の痕跡を僅かながらに残している。 === 年表 === * [[1847年]] [[仁孝天皇]]が京都御所内に'''学習所'''開設。 * [[1849年]] [[孝明天皇]]より「学習院」の勅額(院宝)下賜される。 * [[1868年]] 大学寮代と改称。 * [[1877年]] 華族学校学則制定、'''学習院'''開業式挙行。 * [[1884年]] 官立学校となる。同時に宮内省所轄となる。 * [[1893年]] 大学科を設置。 * [[1905年]] 大学科廃止。 * [[1908年]] 目白の現校地へ移転。 * [[1947年]] 学習院学制・女子学習院学制が廃止。財団法人学習院となる。 * [[1949年]] 新制大学としての'''学習院大学'''開設。文政学部(文学科、哲学科、政治学科)と理学部(物理学科、化学科)を設置。 * [[1950年]] [[東京四大学]]( [[学習院大学]] 、 [[武蔵大学]] 、 [[成蹊大学]] 、 [[成城大学]] )対抗運動競技大会始まる。 * [[1951年]] 財団法人から学校法人となる。 * [[1952年]] 文政学部を政経学部(政治学科、経済学科)と文学部(哲学科、文学科)に改組。東洋文化研究所設置。 * [[1953年]] 大学院人文科学研究科(哲学専攻、国文学専攻)、自然科学研究科(物理学及び化学専攻)設置。 * [[1957年]] 文学部文学科を国文学科、イギリス文学科、ドイツ文学科、フランス文学科に改組。大学院人文科学研究科修士課程にイギリス文学専攻、ドイツ文学専攻、フランス文学専攻を設置。 * [[1961年]] 文学部に史学科を設置。大学院自然科学研究科物理学及び化学専攻を物理学専攻と化学専攻に変更し、博士課程(物理学専攻、化学専攻)を設置。 * [[1963年]] 理学部に数学科を設置。 * [[1964年]] 政経学部を法学部(法学科、政治学科)と経済学部(経済学科)に改組。 * [[1965年]] 大学院人文科学研究科修士課程に史学専攻を設置。大学院人文科学研究科博士課程(哲学専攻、国文学専攻、イギリス文学専攻、ドイツ文学専攻、フランス文学専攻、史学専攻)を設置。 * [[1967年]] 大学院自然科学研究科修士課程に数学専攻を設置。 * [[1969年]] 大学院自然科学研究科博士課程に数学専攻を設置。 * [[1972年]] 大学院法学研究科(法律学専攻)修士課程を設置。 * [[1974年]] 経済学部に経営学科を設置。 * [[1975年]] 文学部に心理学科を設置。文学部イギリス文学科を英米文学科に改称。史料館設置。 * [[1978年]] 大学院経営学研究科修士課程専攻を設置。 * [[1979年]] 大学院政治学研究科修士課程に政治学専攻を、経済学研究科修士課程経済学専攻を設置。 * [[1980年]] 大学院人文科学研究科修士課程に心理学専攻を専攻を設置。 * [[1981年]] 大学院政治学研究科博士課程政治学専攻を設置。 * [[1991年]] 文学部国文学科を日本語日本文学科、大学院人文科学研究科国文学専攻を日本語日本文学専攻に改称。 * [[1999年]] 学習院生涯学習センターを設置。 * [[2001年]] 学習院マネジメント・スクール(GMS)を設置。 * [[2004年]] 専門職大学院法務研究科([[法科大学院]])を設置。大学院法学研究科(法律学専攻)博士前期課程廃止。 * [[2005年]] 法学部政治学科にFT特別選抜コースを設置。 * [[2007年]] 文学部ドイツ文学科及びフランス文学科をドイツ語圏文化学科及びフランス語圏文化学科に改称。 * [[2008年]] 文学部英米文学科を英語英米文化学科に改称。大学院人文科学研究科哲学専攻を哲学専攻と美術史学専攻に分割改組。大学院人文科学研究科にアーカイブズ学専攻と身体表象文化学専攻を設置。大学院自然科学研究科に生命科学専攻を設置。 * [[2009年]] 理学部に生命科学科を設置。大学院人文科学研究科心理学専攻を心理学専攻と臨床心理学専攻に分割改組。大学院人文科学研究科イギリス文学専攻を英語英米文学専攻に改称。 * [[2010年]] 大学院人文科学研究科ドイツ文学専攻をドイツ語ドイツ文学専攻に改称、同研究科臨床心理学専攻が日本臨床心理士資格認定協会第1種指定大学院に変更<!-- ソースはhttp://www.gakushuin.ac.jp/univ/adm/daisho/oshirase/information7.html -->。 * [[2013年]] 文学部に教育学科を設置。 * [[2016年]] [[国際社会学部]]を設置予定<!-- ソースはhttp://www.yomiuri.co.jp/adv/gakushuin/special/sp016/page_04.htm -->。 == 基礎データ == [[Image:Gakushuinuniv.jpg|thumb|right|250px|西二号館]] === 所在地 === * [[学習院目白キャンパス|目白キャンパス]](東京都豊島区目白1-5-1) ** 学習院大学の他、[[学習院中等科・高等科]]・[[学習院幼稚園]]・学習院生涯学習センター・学習院マネジメント・スクール(生涯学習センターとマネジメント・スクール事務局の住所は東京都豊島区目白1-3-19)もキャンパス内にある。 === 象徴 === ==== 校歌 ==== * 「学習院院歌」 ** 作詞 [[安倍能成]] ** 作曲 [[信時潔]] ** [[1951年]](昭和26年)5月18日、学習院大学開設2周年記念式典において発表。 ** [[学校法人学習院]]が設置するすべての学校共通の校歌である。 ==== 校章 ==== 校章は桜をかたどったものである。ただしわずかな相違点が一部見られる。ロゴとして積極的には使われていない。 === 在学者数 === * 約8,500名(学部・法科大学院・大学院合計) == 教育および研究 == === 組織 === ==== 学部 ==== * [[法学部]] ** [[法律学科|法学科]] ** [[政治学科]] * [[経済学部]] ** [[経済学科]] ** [[経営学科]] * [[文学部]] ** [[哲学科]] ** [[史学科]] ** [[日本語日本文学科]] ** [[英語英米文化学科]] ** [[フランス語圏文化学科]] ** [[ドイツ語圏文化学科]] ** [[心理学科]] ** [[教育学科]]([[2013年]]4月開設) * [[理学部]] ** [[物理学科]] ** [[化学科]] ** [[数学科]] ** [[生命科学科]] <!--※ 学部ごとに詳細な説明を加えたい場合には以下のようにする方法もある。ただし、独立した節を入れて解説する場合、独立した節に出来るほど歴史的・社会的にどのような価値を持つのかが関係者以外でも理解できるように記述する。--> ==== 大学院 ==== <!--※研究部や教育部のように研究科組織でない場合は、節名を適切なものにして、研究科以外の大学院組織であることを文章で説明する。大学院がない場合、書いていないのか未設置なのかの区別をつけるためにその旨も記述する。--> * [[法学研究科]](博士後期課程) ** 法律学専攻 * [[政治学研究科]](博士前期・後期課程) ** 政治学専攻 * [[経済学研究科]](博士前期・後期課程) ** 経済学専攻 * [[経営学研究科]](博士前期・後期課程) ** 経営学専攻 * [[人文科学研究科]](博士前期・後期課程) ** 哲学専攻 ** 美術史学専攻 ** 史学専攻 ** 日本語日本文学専攻 ** 英語英米文学専攻 ** ドイツ文学専攻 ** フランス文学専攻 ** 心理学専攻 ** 臨床心理学専攻(博士前期課程のみ、日本臨床心理士資格認定協会第1種指定大学院) ** アーカイブズ学専攻 ** 身体表象文化学専攻 * [[自然科学研究科]](博士前期・後期課程) ** 物理学専攻 ** 化学専攻 ** 数学専攻 ** 生命科学専攻 * [[法務研究科]] ** 法務専攻([[法科大学院]]) <!-- ==== 専攻科 ==== ==== 別科 ==== ==== 短期大学部 ==== ※学校教育法上、短期大学と大学は、それぞれが別々の1つの学校である。よって必要な場合は、独立した記事を立ててここでは簡便な記述に留める。 --> ==== 附属機関 ==== <!--※学部・研究科・別科・専攻科・(短期大学部)などの教育を行っている組織外の研究所、センター、大学博物館などは、ここでまとめる。--> [[Image:GakusyuinUniversity Shiryoukan.jpg|thumb|right|250px|史料館(登録有形文化財)]] ===== 附置研究施設 ===== * 教育研究センター ** スポーツ・健康科学センター ** 計算機センター ** 外国語教育研究センター * 研究所 ** 東洋文化研究所 *** 「友邦文庫」([[朝鮮総督府]]の内部文書・回想録(書籍・録音)などの資料群)、「朝鮮戸籍大帳」([[李氏朝鮮]]王朝時代の[[朝鮮]]の戸籍)等を所蔵。 ** [[学習院大学史料館]] *** 「[[陸奥国]][[棚倉藩]]主阿部家史料」・「[[内膳司]]濱島家史料」・「[[武蔵国]][[秩父郡]][[上名栗村]]町田家史料」・「[[信濃国]][[佐久郡]][[五郎兵衛新田村]]柳沢家史料」・「[[中川善之助]]収集史料」・「[[安田銕之助]]史料」・「[[西田幾多郎]]史料」・「[[西園寺家]]史料」・「[[川路聖謨]]・高子史料」・「[[飛鳥井家]]本車図」・「[[辻邦生]]史料」・「[[下野国]][[安蘇郡]][[葛生町]]安養院史料」・「[[源氏物語]]図小色紙屏風」等収蔵。 *** [[昭和天皇]]着用衣装、[[高松宮宣仁親王]]収集品、[[山階宮武彦王]]・[[山階宮芳麿王]]所蔵写真・ガラス乾板・映画フィルム、[[ボンボニエール]](皇室慶事の引き出物)なども所蔵。 * 学部附置研究所 ** 経済経営研究所(経済学部附置) ** 人文科学研究所(文学部附置) ** 生命分子科学研究所(理学部附置) * 大学院研究科附置研究所 ** 心理相談室(人文科学研究科附置) ===== 附属施設 ===== * 図書館 ** 『[[平治物語]]』[[九条家]]旧蔵本、『[[枕草子]]』[[三条西家]]旧蔵本([[能因本]])、『[[伊勢物語]]』[[三条西家]]旧蔵本、『[[蜻蛉日記]]』[[契沖]]手写本、『[[南総里見八犬伝]]』初摺本、『[[伴大納言絵巻]]』古写本、『[[大日本沿海輿地全図]]』(中図)等所蔵。 ** [[華族会館]]寄贈書や旧京都学習院の旧蔵書も所蔵している。 ** 建物は建築家[[前川國男]]が設計したもの。 * 国際交流センター ===== 校外施設 ===== * 沼津游泳場([[静岡県]][[沼津市]]) * 妙高高原寮([[新潟県]][[妙高市]]) * 光徳小屋([[栃木県]][[日光市]]) * 西田幾多郎博士記念館(寸心荘)([[神奈川県]][[鎌倉市]]、西田幾多郎旧宅) * 蛇子沢小屋([[新潟県]][[魚沼市]]) ==== その他 ==== * 学長室経営企画課 * 学長室研究支援センター * 学長室保健センター * 学長付国際研究交流オフィス * 教職課程 * 学芸員課程 === 研究 === ==== 文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 ==== * 「生体システムの環境応答に関する分子細胞生物学的研究-老化・がん化の制御に向けて-」 プロジェクトリーダー:花岡文雄(理学部生命科学科・教授)【理学部】 [[2008年]]度~[[2012年]]度 * 「環境調和を指向する基盤技術と新物質の開発」 プロジェクトリーダー:高橋利宏(理学部物理学科・教授 【理学部】 [[2009年]]度~[[2013年]]度 * 「東アジア高齢社会の法的問題解決に向けた共同研究拠点の形成」 プロジェクトリーダー:岡孝・草野芳郎(法学部法学科・教授) 【学長付国際研究交流オフィス】[[2011年]]度~[[2015年]]度 * 「近代アジアへの眼差しと教育-学習院コレクションの総合的活用」 プロジェクトリーダー:大澤顯浩(外国語教育研究センター・教授) 【学長付国際研究交流オフィス】[[2012年]]度~[[2014年]]度 ==== 文部科学省私立大学教育研究活性化設備整備事業 ==== * 「大学の歴史的資産を用いた学芸員養成教育の一層の活性化」【史料館・学芸員課程】[[2012年]]度 ==== 日本学術振興会・頭脳循環を活性化する若手研究者海外派遣プログラム ==== * 「リモートセンシングデータを利用した黄河流域の歴史と環境」国際共同研究プログラム (代表研究者 [[鶴間和幸]] 文学部史学科教授) 【学長付国際研究交流オフィス】 [[2010年]]度~[[2012年]]度 ==== 日本私立学校振興・共済事業団学術研究振興資金==== * 「日本語研究者/教育者支援アジア・ネットワーク形成の試み」 (代表研究者 前田直子 文学部日本語日本文学科教授) 【学長付国際研究交流オフィス】 [[2012年]]度~[[2014年]]度 ==== 日本学術振興会・若手研究者招聘事業―東アジア首脳会議参加国からの招聘 ==== * 「日本型ADRシステム“WAKAI(和解)”のアジアへの発信」 (コーディネーター [[草野芳郎]] 法学部法学科教授) 【東洋文化研究所】[[2011年]]度 ==== 文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業 ==== * ハイテク・リサーチ・センター整備事業 ** 基礎物性研究センター(研究代表者 [[小谷正博]] 理学部化学科教授) 『環境調和と経済性を重視した高機能性分子集合体の実態化』 * オープン・リサーチ・センター整備事業 ** 学習院大学東アジア学ナリッジセンター(研究代表者 [[岡孝]] 東洋文化研究所所長) 【東洋文化研究所】 [[2007年]]度~[[2011年]]度 ==== 日本学術振興会・アジア研究教育拠点事業 ==== * 東アジア海文明の歴史と環境 (コーディネーター [[鶴間和幸]] 文学部史学科教授) [[2005年]]度~[[2009年]]度 <!-- === 教育 === Stub ※以下のプログラムに指定されたプロジェクトがあれば、以下のように項目を作り記述する。採択がない場合、書いていないのか未採択なのかの区別をつけるために<nowiki>*○○プログラムの採択はない。</nowiki>」と記述する。歴史的・社会的にどのような価値を持つのかが関係者以外でも理解できるように記述できる場合は、プログラムに関する列記以外に教育内容の特色を別途記すことも出来る。 * 現代的教育ニーズ取組支援プログラム ** ○○プロジェクト * 特色ある大学教育支援プログラム ** ○○プロジェクト * 大学教育の国際化推進プログラム ** ○○プロジェクト * 法科大学院等専門職大学院形成支援プログラム ** ○○プロジェクト * 地域医療等社会的ニーズに対応した医療人教育支援プログラム ** ○○プロジェクト * 大学・大学院における教員養成推進プログラム ** ○○プロジェクト --> == 学生生活 == === 福利厚生 === 大学をはじめすべての学習院系列校の学生生徒・教職員に対する福利厚生と学園生活上の様々なサービスを提供する、「株式会社学習院蓁々会」という学習院が100%出資した会社が存在し、学食や購買部などを経営している。代表取締役(蓁々会会長)は学校法人学習院の理事から選任し、取締役ほか役員は法人管理職が兼務する。また同社の業務委託により大学内に[[コンビニエンスストア]][[セブンイレブン]](2007年9月までは[[ローソン]])や書店[[成文堂]]がある。この会社があるため[[大学生協]]はない。2010年9月、中央教育研究棟12階に「目白倶楽部 日比谷[[松本楼]]学習院大学店」が開店した。 === 部活動・サークル活動 === [[1889年]]、学習院全生徒の学生活動のための機関として'''「輔仁会」(ほじんかい)'''が設けられ、以後現在まで学習院全体の課外活動の中心機関となっている。同会は幼稚園から大学、更に学校法人学習院本部までの役員・教職員・学生・生徒・児童・園児が会員となる。会長は学習院長が兼務し、会員は毎年輔仁会費(他大で言うところの自治会費ではない)を納入する。学習院に在学する[[皇族]]と特別な功労者は名誉会員(会費徴収なし)となる。本部の下に各学校ごとの支部組織がある。 学習院の運動部、文化部、自治会等すべての課外活動は、輔仁会の事業の一端として位置づけられ、輔仁会の予算から経済的支援を受けている。学習院大学における輔仁会の支部は「学習院輔仁会大学支部」であり、支部長は大学学生部長が兼務する。運動部会(他大で言うところの体育会)・文化部会・独立団体(学習院大学新聞社など)があり、輔仁会に公認されている各部は「学習院輔仁会大学支部運動部会○○部」「学習院輔仁会大学支部文化部会○○部」等と称する。大学学生自治会は消滅しており、現在「暫定協議会」と「自治会再建委員会」が活動している。「自治会再建委員会」が「大学公認」と称するのは「学習院輔仁会大学支部」に属する組織という意味である。会歌として「[http://oukai.etc.gakushuin.ac.jp/song/n_hojin.htm 学習院輔仁会会歌(新)]」 ·「[http://oukai.etc.gakushuin.ac.jp/song/o_hojin.htm 学習院輔仁会会歌(旧)]」がある。また機関誌として『学習院輔仁会雑誌』がある。このほか輔仁会大学支部に属さず自主的に運営される同好会・非公認サークル等も多数ある。 === 学園祭 === * 1949年の大学創立以来大学当局により運営される「学習院大学文化祭」(「院祭」と呼ばれた)が開かれていたが、[[1969年]]、学生による自主運営の行事として大学祭実行委員会が主催する「学習院大学大学祭」が新たに開催され、現在に至る。毎年10月31日から11月3日頃、3日間にわたって開催。 * 全学習院の催し物として毎年4月の第3日曜日、「オール学習院の集い」が開催される。[[1984年]]から「花見の会」として[[目白]]界隈の住民を対象に構内を開放し、花見と散策の会を行っていたことが契機となり、[[1987年]]以来学習院全体の行事として開催されるようになった。[[1991年]]の第5回から「オール学習院の集い」と改称し現在に至る。学校法人学習院が主催し、役員・教職員・各学校在校生・父母保証人・[[学習院桜友会|桜友会]]員、更に近隣住民が参加する。この催しは学習院のホームカミングデーを兼ねており、この日に合わせて構内にてゼミや各部単位などの同窓会も開催される。 === スポーツ === * [[成蹊大学]]・[[成城大学]]・[[武蔵大学]]とは[[四大学運動競技大会]]と称する総合競技大会が毎年開かれている。10月第3週の金曜日から日曜日の3日間わたって開催。会場は四大学持ち回りの当番制。 * [[甲南大学]]との甲南戦と呼ばれる定期戦も毎年開かれている。 * サッカー部は[[東京都大学サッカーリーグ]]に所属している。 * [[学習院大学硬式野球部|硬式野球部]]は[[東都大学野球連盟]]に加盟している。 * [[学習院大学ラグビー部|ラグビー部]]は[[関東大学ラグビー対抗戦グループ]]に所属している。 * [[学習院大学キックボクシングクラブ|キックボクシングクラブ]]は[[全日本学生キックボクシング連盟]]に加盟している。 * [[学習院大学アイススケート部|アイスホッケー部]]は[[東京都アイスホッケー連盟]]に所属している。 * [[学習院大学陸上競技部|陸上競技部]]は、旧制学習院高等科時代から通じ、大学として[[東京箱根間往復大学駅伝競走|箱根駅伝]]の出場経験はないが、[[川内優輝]]が[[関東学連選抜]]として、[[2007年]][[第83回東京箱根間往復大学駅伝競走|第83回箱根駅伝]]及び[[2009年]][[第85回東京箱根間往復大学駅伝競走|第85回箱根駅伝]]に出場している<ref>陸上競技社「箱根駅伝公式ガイドブック2007」(月刊陸上競技1月号増刊)陸上競技社および同社刊「箱根駅伝公式ガイドブック」各年号</ref>。なお、同選手は卒業後市民ランナーとして活動し、[[2011年世界陸上競技選手権大会]]の男子[[マラソン]]日本代表に内定している。学習院大学出身者の[[世界陸上競技選手権大会]]出場は開学以来初めてのことである。 * いわゆる「[[スポーツ]][[推薦入試]]」や過去のスポーツ実績による入試優遇制度は存在していない。 == 大学関係者と組織 == <!--※大学関係者と大学関係者で組織される諸組織はここで解説する。--> === 大学関係者組織 === <!--※大学関係者と大学関係者で組織される諸組織はここで解説する。「大学関係者で組織される諸組織」の定義と範囲についてはプロジェクト:大学/大学同窓組織・保護者組織・学生組織の記事独立基準参照。ただし、学生自治会は「学生生活」節で、出版関係組織など大学本部が自ら掌握している組織は「附属機関」節で、それぞれ解説する。なお、この基準で範囲外となっている組織については次節「社会との関わり」において解説するが、その際は「社会との関わり」節の掲載基準に適合していることを条件とする。また、範囲外の組織であり、かつ別記事において解説されている組織に関しては「関連項目」節でリンクを行う。--> * [[学校法人学習院]]が設置する[[学校]]全体の[[同窓会]]として[[学習院桜友会]]がある。 === 大学関係者一覧 === <!--※大学関係者の一覧はプロジェクト‐ノート:大学/人物一覧記事についてで協議されたように大学の記事自体には挿入せず別に記事を作成する。ここでは、人物一覧記事へのリンクを列挙する。なお、大学の人物一覧記事に関してはプロジェクト:大学/人物一覧記事についての基準に従うこと。--> * [[学習院大学の人物一覧]] == 施設 == === 目白キャンパス === * 使用学部:全学部 * 使用研究科:大学院全研究科 * 交通アクセス: ** [[JR]][[山手線]][[目白駅]]下車徒歩30秒(西門まで) ** [[東京メトロ副都心線]][[雑司が谷駅]]2番出口から徒歩10分(正門まで) ** [[都電荒川線]][[学習院下停留場]]より徒歩5分(南門まで) ==== 概要 ==== * 全学部が一つのキャンパスで学んでいる。1つのキャンパスしか設置していないが「目白キャンパス」という名称がついている。広さは約20万平方メートルである。[[目白通り]]を挟んで北側の[[川村学園]]キャンパスと豊島区立目白小学校校地も旧制時代は学習院の敷地で、馬場や舎宅があった。戦後川村学園に売却、また豊島区に譲渡された。また[[明治通り (東京都)|明治通り]]側豊島区立千登世橋中学校(旧豊島区立高田中学校)校地もかつては学習院の敷地であった。同所には湧水があり小川も流れており、近隣住民の子供達が[[ザリガニ]]取りなどをして遊んでいた。戦後豊島区に譲渡され、高田中学校の校地となった。 * 今もキャンパス内には自然が多く、豊島区内で唯一の自然林が残存している([[2008年]]、新校舎建設のため一部伐採)。<!-- ソースはhttp://www.city.toshima.tokyo.jp/seisaku/plan/2004/toshimasu/015.pdf -->また[[タヌキ]]・[[テン]]・[[ハクビシン]]などの[[野生動物]]が林の中などに数頭生息しており、時々目撃されている。夕刻から夜間のわずかな時間帯かつごく稀にではあるものの、樹上を移動するテンや群れをなして歩くタヌキに遭遇することもある。[[2010年]]2月には北別館(後述)にハクビシンが侵入し天井裏に潜り込んでいることが確認されたため、同月追い出し作業を行った。現在このハクビシンは「血洗いの池」(後述)付近の藪の中に生息している模様である。 * 明治・大正時代の古い建物や旧制時代から使用されている校舎、最近建てられた真新しい校舎などが混在しており、独特の景観をなしている。第二次世界大戦前に[[皇族]]が寄宿舎として使用した建物を東別館と改称し、[[秩父宮雍仁親王]]・山階宮武彦王らが使用した部屋をそのまま教室に当てている。[[2000年]]、[[切手の博物館]]向かいのキャンパス南西側に隣接していた[[株式会社]][[ジャパン建材]]が[[江東区]]に移転したことに伴い、同社土地建物を買収した。同建物は「西13号館」と称されたが教室等として使用されることはなく、閉鎖された状態のまましばらく維持されていた。[[2008年]]、老朽化等のために取り壊された。その後柵が新造され土地はキャンパスの敷地の一部となったが、建物が新築されることはなく、現在木が植えられている。 * キャンパス出入口は6つある。 ** 正門 目白通り側、豊島区立目白小学校前。[[学習院幼稚園]]横。 ** 中高正門 目白通り側、[[警視庁]]目白合同庁舎前。学習院幼稚園裏。 ** 西門 目白駅改札東側に隣接。大半の教職員・学生・生徒・園児・父母保証人・来校者が使用する通用門。 ** 西坂門 [[UR都市機構]]アーバンライフ目白駅前1号棟前。主に蓁々会関係の業者が商品を搬入するための門で、使用時以外は閉鎖。 ** 馬場門 キャンパス南側、馬術部厩舎横。主に馬を車で搬出・搬入するための門で、使用時以外は閉鎖。 ** 南門 学習院下駅側。キャンパス南側の自然林を抜けた先にある小門。「学習院共同住宅」(後述)に隣接しており、かつて同住宅居住者はここからキャンパスに出入りした。 [[Image:Gakusyuin University osakaki-dan.JPG|thumb|right|150px|御榊壇]] [[File:Gakushuin chiarainoike.jpeg|thumb|right|200px|血洗いの池]] * 御榊壇(おさかきだん)と呼ばれる聖域がある。[[1909年]]に[[明治天皇]]の目白校地行幸を永く記念するため、[[乃木希典]]院長が[[1910年]]3月、周囲に石を巡らし築いた前方後円の壇で、円壇の中央に天覧の榊の木が植えられている。円壇を囲む石の一部は、乃木が当時の[[日本]]の東西南北国境から集めたものである。 * 「血洗いの池」と呼ばれる池がある。元は湧水でできた用水池で、[[江戸時代]]には灌漑に使われており、水門・水路があった。学習院の構内になった後、[[赤穂浪士]]の1人[[堀部武庸]]が「高田馬場の決闘」において叔父の仇を討った血刀をこの池で洗ったという伝説が語られるようになった。この伝説は[[大正時代]]の学習院高等科生徒による創作で全く根拠はなく、史実ではないが、いつしかこの池を「血洗いの池」と呼ぶようになった。「血洗いの池」は[[魚類]]やザリガニ・[[水生昆虫]]・[[水生植物]]等を保護するため自然のままに任せていたが、湧水の枯渇と雨水泥水流入等による水質汚濁や、護岸の崩れ等による周辺環境の悪化を改善するため、[[2001年]]に池の浚渫・護岸の整備・水質浄化装置の設置・植栽改善・電灯設置・木製八つ橋の架橋など整備工事が行われた。 * [[松尾芭蕉]]の句碑や道しるべなどもある。いずれも学習院ができる前の江戸時代に建てられたもので、現在[[博物館]][[学芸員]]資格取得のための授業などで[[拓本]]取りの実習に利用されている。 ==== 講堂 ==== 学習院創立百周年記念会館がある。[[1978年]]に学習院が創立百周年を迎えたことを記念し、学習院全体の中心となる建物として竣工。地上4階建て。1,100名余を収容できる正堂のほか、小講堂、大小会議室、院史資料展示コーナー、ラウンジ、皇室専用特別控室などがある。式典、講演会、学内学会、音楽会、会議、授業等に利用されるが、常時開放はされていない。学校行事等での使用がない場合は、卒業生や学外にも貸出し(有料)を行っている。会館内に学習院桜友会と[[常磐会]](学習院女子部の同窓会)の事務局がある。 ==== 学生食堂・学生会館 ==== 学食・ラウンジ・コンビニエンスストア・購買部等が入った輔仁会館がある。輔仁会及び蓁々会用の施設という位置づけである。また部活動用の黎明会館と富士見会館があり、部室の他部活動用の諸施設が入っている。部室は輔仁会に属する同会公認の団体のみに割り当てられる。 [[Image:Gakusyuin University nogi-kan.JPG|thumb|right|200px|乃木館(旧総寮部)]] [[Image:Gakusyuin University stable.JPG|thumb|right|200px|厩舎]] ==== 登録有形文化財 ==== 2009年5月、構内の7つの建造物が国の[[登録有形文化財]]に指定された。目白キャンパスでは[[1945年]]4月の[[東京大空襲]]で正堂・本館など木造校舎の大部分が焼け落ちたが、指定された下記の建造物はいずれも焼失を免れ、一部改築・改装・移築を経ながら現在まで維持されてきたものである。 * 正門 [[1901年]]建造 * 乃木館(旧総寮部) 1901年建造 * 厩舎 1901年建造 * 北別館(史料館)(旧図書館) [[1902年]]建造 * 東別館(旧皇族別寮) [[1913年]]建造 * 南1号館(旧理科特別教場) [[1927年]]建造 * 西1号館(旧中等科教場) [[1930年]]建造 [[File:MInami 1 gou kan.jpeg|thumb|right|200px|南1号館]] [[File:Gakushuin nishi 1 goukan.jpeg|thumb|right|200px|西1号館]] ==== ピラミッド校舎 ==== [[Image:Gakusyuinuniv Central Lecture Room.jpg|thumb|right|200px|ピラミッド校舎 ※現存せず]] ピラミッド校舎という校舎も存在していた。北1号館(旧文学部棟)、南2号館、大学図書館とともに前川國男が設計した建造物で、[[1959年]]に策定された「学習院創立八十五周年私学十五周年記念建設事業」において建設計画が決まり、[[1960年]][[8月]]に竣工した。厳密な[[ピラミッド]]型ではないが、[[ピラミッド]]のような形をした建造物がキャンパス中央に存在していた。「ピラ校」と通称され、大学学生証の裏に[[イラスト]]が使用される等、[[キャンパス]]の[[シンボル]]的存在であった。頂点までの高さは25メートル、周囲に小[[噴水]]を備えた[[濠]]状の細長い池を廻らし、映写設備を備えた一つの大教室と回廊、小倉庫・トイレという構成で、約700名の学生を収容。建物内部に階段があり、頂点まで到達することができた<!-- ソースはhttp://www.gakushuin.info/%E5%AD%A6%E7%BF%92%E9%99%A2%E5%BA%83%E5%A0%B1_%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89%E6%A0%A1%E8%88%8E.pdf-->。大学校舎には似つかわしくないような一風変わった形状の建造物で、[[ウルトラセブン]]第29話「ひとりぼっちの地球人」に「京南大学」という大学の校舎という設定で登場するなど、学外でもその存在が知られた建物であった。その後も長らく使用されたが、[[教室]]としての使い勝手が悪くなっていたことや老朽化による補強工事の必要性、[[アスベスト]]使用等の問題などから、「学習院21世紀計画」の一環として[[2008年]]、解体と新校舎建設が決定・公表された。これに対し[[日本建築家協会]]が大学側に保存要望書を提出するなど、建築史に残る[[文化財]]であるとして維持を求める運動が主に学外で行われた<!-- ソースはhttp://www.jia.or.jp/news/jia_news/2008/0125gakushuin.pdf-->ものの、同年[[3月]]より解体、新校舎建設工事が開始された。跡地には[[2010年]]3月、地上11階・地下1階の中央教育研究棟が竣工。中央教育研究棟前広場にはピラミッド校舎頂部がモニュメントとして設置され、2010年10月、広場は「ピラミッド広場」と命名された。モニュメント傍らには解説板も建てられ、在りし日のピラミッド校舎の様子を偲ぶことが出来る。また中央教育研究棟2階ホールにはピラミッド校舎の模型が飾られている。なお、北1号館、南2号館、大学図書館はアスベスト除去工事が施され、今後も維持される。 ==== 学習院大学周辺遺跡 ==== 学習院大学周辺遺跡は学習院大学キャンパス全体をその範囲として存在が推定される[[旧石器時代]]から[[縄文時代]]にかけての遺跡である。[[1905年]]ごろ、学習院建設予定地付近の切り通しにおいて鈴木辰造が[[縄文土器]]を発見し、はじめて遺跡の存在が明らかとなった。その後間もなく校舎が建設されたため調査は行われず、キャンパス整備の過程で遺跡自体も失われたものと見られていた。しかし[[1980年]]、学習院大学考古会の広瀬雄一により、キャンパス内の建設現場で発見された[[黒曜石]]製[[石器]]が紹介され、旧石器時代の遺跡が存在する可能性が浮上。ただその後も詳細な調査は行なわれなかった。[[2000年]]には豊島区教育委員会によりキャンパス内の発掘調査が行われ、[[縄文時代]]早期の土器が出土、また包含層を確認、縄文遺跡が残存していることが判明した。更に[[2008年]]、「学習院21世紀計画」の一環である学習院大学新自然科学研究棟(南7号館)の建設に伴う発掘調査により、約2万年前の[[関東ローム層]](立川ローム層)の土層から石器と焼けた礫群(火を焚いた跡)を発見、旧石器時代の人の生活の痕跡が確認された。豊島区内には旧石器時代の遺跡や遺物の発見はほとんどなく、区内有数の旧石器時代遺跡として注目を集めている。なお2008年に調査された地点は新自然科学研究棟の下になっており、既に遺跡は存在しないが、出土遺物は史料館に所蔵されている。また過去の遺物出土地点が広範囲に及んでいるため、大規模な遺跡が現在もキャンパス全体の地中に埋もれているものと考えられている。 ==== 寮 ==== 大学学生寮として昭和寮が存在した。昭和寮は[[1928年]]、宮内省内匠寮により旧制高等科学生の寄宿舎として[[近衛家|近衛]][[公爵]]邸跡地(近衛町、現在の[[新宿区]]下落合2丁目)の高台に建設、開寮された。建物は西洋式で、[[イギリス]]の大学学生寮をモデルに設計された。鉄筋コンクリート造りの地上2階・地下1階のスパニッシュ様式建築で、広大な敷地にダンスホール・バーカウンター・テニスコート等、豪華壮麗な設備を有した。しかし昭和寮は[[第二次世界大戦]]中の食糧事情の悪化などにより[[1944年]]に閉鎖。その後建物は戦火を免れたが、[[1952年]]、新制学習院の財政確立と新校舎(旧西3号館、2001年取り壊し、現在は緑地)建設の資金に充当するため[[日立製作所]]に売却された。同年、大学学生のための新たな寮として旧建物の近傍に改めて「昭和寮」が建設された。寮長には代々学習院大学教授が就任した。長らく大学学生寮として利用されたが、[[1997年]]3月、「学習院21世紀計画」による事業の一環として、建物の老朽化と入寮者の減少を理由に閉寮となった。建物は取り壊され、土地も売却された。元寮生の同窓会として桜友会傘下に学習院昭和寮会がある。なお旧昭和寮建物は[[1953年]]、日立製作所の福利厚生施設「目白日立クラブ」となり現存。歴史的重要建築物として東京都の「未来に残したい100の建物」に指定されている。入場・利用は日立製作所社員・家族のみで、見学不可・非公開となっているが、[[新目白通り]](建物南側)や[[山手線]](建物東側)・[[西武新宿線]](建物南側)の車窓から外観の一部を望むことができる。また現在、生涯学習センター(西11号館)の隣に[[外国人]][[留学生]]・外国人客員[[研究員]]用の寮(ゲストハウス・西12号館)がある。 ==== その他の施設 ==== かつては学習院教職員用の「学習院共同住宅」と称するアパートがキャンパス内に所在、南門の東側に2棟建っていた。[[川嶋辰彦]]経済学科教授も入居、長女の[[文仁親王妃紀子]]が少女時代から[[秋篠宮文仁親王]]と結婚した[[1990年]]までの日々を過ごした建物であり、同妃が「3LDKのプリンセス」と呼ばれた所以となったアパートであった。入居者の減少と老朽化のため[[2007年]]までにすべて取り壊された。跡地は新校舎敷地等に当てられる予定。 == 対外関係 == === 大学間交流 === * 相互履修協定締結校 ** [[学習院女子大学]] * 単位互換制度 ** [[F-Campus|五大学間単位互換制度]]「f-Campus」(学習院女子大学、[[日本女子大学]]、[[立教大学]]、[[早稲田大学]]) * 図書館相互利用制度協定締結校 ** 学習院女子大学 * [[山手線沿線私立大学図書館コンソーシアム]]加盟([[青山学院大学]]、[[國學院大學]]、[[東洋大学]]、[[法政大学]]、[[明治大学]]、[[明治学院大学]]、立教大学) === 大学院間交流 === (いずれも単位互換制度) * 人文科学研究科全専攻の交流 ** [[慶應義塾大学]]、[[中央大学]]、[[早稲田大学]] * 人文科学研究科日本語日本文学専攻の交流 ** [[日本女子大学]] * 人文科学研究科フランス文学専攻の交流 ** 青山学院大学、[[上智大学]]、[[白百合女子大学]]、[[獨協大学]]、[[武蔵大学]]、明治学院大学、明治大学 * 政治学研究科の交流 ** [[成蹊大学]]、中央大学、[[日本大学]]、法政大学、明治大学、立教大学 * 経済学研究科・経営学研究科の交流 ** 上智大学、成蹊大学、[[成城大学]]、武蔵大学 * 自然科学研究科の交流 ** [[国際基督教大学]]、上智大学、成蹊大学、中央大学、[[津田塾大学]]、[[東京女子大学]]、[[東京理科大学]]、日本女子大学、日本大学、明治大学、立教大学 === 大学院・研究機関間交流 === * 人文科学研究科哲学専攻・美術史学専攻・史学専攻の交流 ** [[国立歴史民俗博物館]]、[[国立民族学博物館]]、[[国際日本文化研究センター]] * 人文科学研究科哲学専攻・美術史学専攻・史学専攻、日本語日本文学専攻の交流 ** [[国文学研究資料館]]、[[日本近代文学館]] * 人文科学研究科アーカイブズ学専攻の交流 ** [[明知大学校]]記録情報科学専門大学院([[大韓民国|韓国]]) * 東洋文化研究所/学長付国際研究交流オフィスの交流 ** [[成均館大学校]]東アジア学術院(韓国)、[[慶北大学校]]アジア研究所(韓国)、[[陝西師範大学]]西北歴史環境と経済社会発展センター([[中華人民共和国|中国]]) ** [[輔仁大学]]歴史学科([[中華民国|台湾]])、[[ハワイ大学]]韓国学研究センター([[米国|アメリカ]])、[[香港中文大学]]日本研究学科(香港) ** [[復旦大学]]歴史地理研究センター([[中華人民共和国|中国]])、[[東海大学]]情報技術センター(日本) === 海外留学協定校 === * [[東呉大学]](台湾) * [[北京大学]]([[中華人民共和国|中国]]) * [[北京外国語大学]](中国) * [[復旦大学]](中国) * [[啓明大学校]]([[大韓民国|韓国]]) * [[慶北大学校]](韓国) * [[東国大学校]](韓国) * [[チュラーロンコーン大学]]([[タイ王国|タイ]]) * [[オーストラリア国立大学]]([[オーストラリア]]) * [[ニューサウスウェールズ大学]](オーストラリア) * [[ヴィクトリア大学ウェリントン]]([[ニュージーランド]]) * [[ノースカロライナ州立大学]][[シャーロット (ノースカロライナ州)|シャーロット]]校([[アメリカ合衆国|アメリカ]]) * [[ライス大学]](アメリカ) * [[チュレーン大学]](アメリカ) * [[クイーンズ大学 (カナダ)|クイーンズ大学]]([[カナダ]]) * [[ヨーク大学]]([[グレート・ブリテンおよび北部アイルランド連合王国|イギリス]]) * [[サセックス大学]](イギリス) * [[エディンバラ大学]](イギリス) * [[ランカスター大学]](イギリス) * [[イースト・アングリア大学]](イギリス) * [[ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス]](イギリス) * [[レディング大学]](イギリス) * [[オックスフォード・ブルックス大学]](イギリス) * [[オックスフォード大学]]マートン・カレッジ(イギリス) * [[バイロイト大学]]([[ドイツ]]) * [[マンハイム大学]](ドイツ) * 国立[[ナポリ東洋大学]]([[イタリア]]) * [[ボローニャ大学]](イタリア) * [[パリ第10大学]]([[フランス]]) * [[リヨン大学|リュミエール・リヨン第2大学]](フランス) * [[アルカラ大学]]シスネロス校([[スペイン]]) * [[アイスランド大学]]([[アイスランド]]) === 関係校 === 旧制学習院高等科が旧制7年制高等学校相当の教育機関であったことから類似した[[旧制高等学校|旧制七年制高等学校]]の流れを汲む下記大学とは現在でも関係が深く、特に在京の4大学に関しては[[東京四大学]]というグループを形成している。 * [[成蹊大学]] * [[成城大学]] * [[武蔵大学]] * [[甲南大学]] === 系列校 === [[学校法人学習院]]が経営している系列校はそれぞれが独立しており、附属校という扱いではないためここでまとめる。 *[[学習院幼稚園]] *[[学習院初等科]] *[[学習院中・高等科]] *[[学習院女子中・高等科]] *[[学習院女子大学]](旧[[学習院女子短期大学]])<!--※ 姉妹校・関係校・系列校は大学あるいは設置者が正式に発表しているものをその表現で扱う。創立者が同一など歴史的に関係があるとしても大学あるいは設置者が正式にその事実を明確に発表していないものは掲載しない。たとえ地方公共団体やマスメディアが記事として取り上げていた内容であっても大学が正式に公表していない事例は掲載しない。--><!--※これ以外の組織との文章で調印のなされた協定が存在する場合には本大節直下 に節を立てずに説明するか、あるいは数が多い場合には適宜小節を立てて 説明を試みる。--> <!-- == 社会との関わり == 現時点では特になし ※ これまでの節で言及されず、かつ特記する事象がある場合、この節を設ける。 ※ この節で取り扱う内容は、歴史的にどのような価値を持つのかがその大学をほとんど知らない人にも理解でき、かつ、学外で取り上げられた事象とする。具体的には * 政治・経済・国際関係・戦争 * 哲学・科学・教育・学芸文化 * 文学・音楽・芸術・スポーツ * 社会通念・制度・宗教・地域社会 等とその大学がどのように関わったかという事例が考えられる。 ※ 当該大学にとって不名誉な内容であってもそれが社会的に大きな意味を持つ場合には、その事象が大学とどのように関わり、社会的・歴史的にどのような意義を持ち、さらにWikipediaを利用する人に理解できる文章で記述できるのであれば掲載可能である。逆に大学にとって広報したい名誉な内容についてもその事象が大学とどのように関わり、Wikipediaで掲載しておく必要性を社会的・歴史的な意義をきちんと明示しながらWikipediaを利用する人に理解できる文章で記述できるのであれば掲載可能である。--> == 附属学校 == <!--※学校教育法上、それぞれの学校と大学は、別々の1つの学校である。よって必要な場合は、独立した記事を立ててここでは簡便な記述に留める。--> [[学校法人学習院]]が経営している系列校はそれぞれが独立しており、附属校という扱いではないため[[#系列校|系列校]]でまとめている。 <!-- == Wiki関係他プロジェクトリンク == 現時点では特になし ※ Wikipedia以外の姉妹プロジェクトへのリンクはここでまとめる。具体的な姉妹プロジェクトはメインページ参照。--> <!-- == 関連項目 == 現時点では特になし ※大学に関する関連項目は原則として本文中にリンクする。関連項目は原則として使用しない。たとえば何かの説明をするために創立者の出身地を紹介する必要がある場合には必要とする項目へ記載する。本文では説明できないが関連項目として他の記事にリンクをする必要がある場合には事前にノートで理由とともに提案を行い、同意が得られた場合にのみ掲載できる。--> == 公式サイト == * [http://www.gakushuin.ac.jp/univ/ 学習院大学] == 関連項目 == *[[b:学習院大対策|学習院大対策]](ウィキブックス)<!-- == 参考文献 == ※ 記事を書く上で参考とした文献はここでまとめる。文献の提示がない場合はコメントアウトとしておく。 --> == 脚注 == <div class="references-small"> <references/> </div> {{学校法人学習院}} ---- ''この項目は、[[プロジェクト:大学|ウィキプロジェクト 大学]]の[[プロジェクト:大学/大学テンプレート (日本国内)|テンプレート]]を使用しています。'' {{DEFAULTSORT:かくしゆういんたいかく}} [[Category:学習院大学|*]] [[Category:東京都の登録有形文化財]] [[Category:学校記事]]
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