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女真文字
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{{Infobox WS | name = 女真文字 | type = 未解読 | languages = [[女真語]] | typedesc = ([[表語文字]]と[[表音文字]]の両方が認められる) | creator = [[完顔希尹]]、[[熙宗 (金)|熙宗]] | fam1 = [[契丹文字]](?)と[[漢字]](?) | time = [[12世紀]]-[[15世紀]]頃 | unicode = 割り当てなし | iso15924=Jurc | sample = Jurchen.png | caption = 女真文字による「女真」 | imagesize = 120px }} {{音素文字}} '''女真文字'''(じょしんもじ、女真文:[[File:Jurchen script in Jurchen script.JPG|60px]] {{IPA|dʒu ʃə bitxə}})は、[[中国]]の[[華北]]、[[中国東北部|東北部]]に[[金 (王朝)|金]](アルチュフ)を建てた[[女真]]族が使用した[[文字]]。'''女真大字'''と'''女真小字'''の二種類の文字があるとされる。 == 概要 == 現在残されている文字が女真大字か女真小字かは今のところ判明していないが、大字とする説が有力で、小字とは(下記の[[吾妻鏡]]や[[銀簡]]に見られるような)大字の組み合わせ文字のことであろうとされる。大字を基礎にして、音を表す部品を加えるなどの修正が行われている。 文献資料として、[[明 (王朝)|明]]代に編纂されたとされる'''[[華夷訳語]]'''のひとつ『女真訳語』があり、また女真文字を記した碑文や遺物も比較的(契丹文字よりは)多く存在する。女真文字の研究資料として、一般にも手に入りやすいものとして Wilhelm Grube, Die Sprache und Schrift der Jucen (Leipzig, 1896)=葛魯貝『女真語言文字考』(Tientsin,1941)、金光平・金啓孮『女真語言文字研究』(内蒙古大学出版社,1964)、Gisaburo N. Kiyose, A Study of the Jurchen Language and Script: Reconstruction and Decipherment (Kyoto,1977), 金光平・金啓孮『女真語言文字研究』(文物出版社,1980)、愛新覚羅烏拉熙春『女真言語文字新研究』(明善堂,2002)、『明代の女真人──『女真訳語』から『永寧寺記碑』へ──』(京都大学学術出版会,2009)、愛新覚羅烏拉熙春・吉本道雅『韓半島から眺めた契丹・女真』(京都大学学術出版会,2011)がある。 現存の12件の女真大字石刻のうち、11件は12~13世紀の金代に集中しており、1件は明代に属するものである。 * 1 慶源郡女真大字碑(金熙宗天眷元年[1138]または皇統元年[1141]七月二十六日) * 2 海龍女真大字石刻(金世宗大定七年[1167]三月某日) * 3 大金得勝陀頌碑(金世宗大定二十五年[1185]七月二十八日) * 4 昭勇大將軍同知雄州節度使墓碑(金世宗大定二十六年[1186]四月二十六日) * 5 金上京女真大字勸學碑(金世宗時期) * 6 蒙古九峰石壁女真大字石刻(金章宗明昌七年[1196]六月某日) * 7 奧屯良弼詩石刻(金章宗承安五年[1200]) * 8 奧屯良弼餞飲碑(金衛紹王大安二年[1210]七月二十日) * 9 北青女真大字石刻(金宣宗興定二年[1218]七月二十六日) * 10 女真進士題名碑(金哀宗正大元年[1224]六月十五日) * 11 ヒリジャラ謀克孛菫女真大字石函(金代中晩期) * 12 永寧寺記碑(明成祖永樂十一年[1413]九月二十二日) 字形は、全体に[[正方形]]に収まる形をし、[[漢字]]と共通した部品が使われているなど、全体の構造が漢字に似ている。『女真訳語』に見られる文字の[[画数]]は10画未満で、隣国[[西夏]]の[[西夏文字]]のような複雑さはない。明らかに漢字から[[借用]]されたと思われる文字と、[[契丹文字]]由来と思われる文字、由来不明の文字等が混淆しているように見える。また、[[表音文字]]と[[表語文字]]が混在しており、表音表記も必ずしも一音節を表すとは限らず、音節文字としての法則は明らかではない。日本の[[国字]]とは、相互に影響しあっていないと見られるが、『凩』に似た文字もある。[[書体]]には、[[楷書]]の他に[[草書]]も存在する。 == 歴史 == [[14世紀]]に金王朝の歴史を編纂した[[正史]]の『[[金史]]』によれば、[[1119年]]([[天輔]]三年)に金の太祖[[阿骨打]]の命令により、完顔希于(完顔希伊)や葉魯らが[[契丹文字]]や[[漢字]]を参考に女真大字を作成したとされる。女真小字の方は、[[1138年]]([[天眷]]元年)に金の第3代皇帝[[熙宗 (金)|熙宗]]が制定し、[[1145年]]([[皇統]]五年)に公布したという。大字小字共に『金史』に具体的な文字の詳細は述べられていない。 金の公的な文字として西京に官立学校を建てて学ばせ、普及が図られた。『[[史記]]』『白氏策林』『[[論語]]』『[[孟子]]』『[[老子]]』などの女真文字を用いた翻訳もなされたらしいが、全て佚書となっており、内容は明らかではない。 [[1234年]](天興三年)の金滅亡以降も、中国東北部の女真族の間ではしばらく使われていたらしく、[[1413年]]([[永楽 (明)|永楽]]十一年)に作成されたと思われる碑文(奴児汗都司永寧寺碑)には、[[漢文]]、[[チベット文字]]、[[モンゴル文字]]に並んで女真文字も記されている。このことから、少なくとも[[明]]代、15世紀初頭の段階ではまだ女真文字を使用できる人々が暮らしていたと考えられている。 女真族は後にモンゴル文字を参考にした[[満州文字]]を使用することとなるが、満州文字の使用された最も早い時期の碑文は[[1630年]](崇禎三年)に作成されたものであり、少なくともこの時点までには既に女真文字は使用されなくなっていたと思われる。 == 女真文字に関する日本の記録 == 日本の[[吾妻鏡]]の中に、[[1224年]]([[貞応]]三年)[[2月29日 (旧暦)|2月29日]]の記述として、女真の船が[[越後国]]寺泊(現在の[[新潟県]][[長岡市]][[寺泊町|寺泊]])に漂着して、その際に乗船していた一行が持っていた銀簡に意味不明の4文字が記されていたことが書かれており、その文字が模写されている。[[江戸時代]]に[[林羅山]]が[[朝鮮通信使]]の文弘績にこの文字について尋ね、文弘績は『王国貴族』と読んだ、という逸話がある<ref>[http://www.library.pref.osaka.jp/nakato/shotenji/74_gai.html 古典籍資料のなかの『外国語』] - 大阪府立中之島図書館</ref><ref>[http://homepage3.nifty.com/kamosikamiti/sonota/saizensen/H15sum.html 信州発考古学最前線vol39~52] - vol.50~52 『女真の『パイザ』発見』、清瀬義三郎則府の論文に関する言及あり(『契丹女真新資料の言語学的寄与』『[http://p-opac.library.pref.osaka.jp/OSPLIB/webopac/kensaku/kensakuSyousai.jsp?tilcod=10000000014891 日本語学とアルタイ語学]』明治書院, 1991年) </ref>。 明治になって、書かれている文字が女真文字であることは判明したが、内容は不明のままであった。後の研究により、この文字は『国之誠』と読め、銀簡は金国の通行証に当たるものであることがわかっている。[[1976年]]に、当時の[[ソビエト連邦|ソ連]][[沿海地方]]のシャイギン城址で、吾妻鏡に書かれた文字と同じ文字を記した銀簡が発掘され、吾妻鏡の記述が正しかったことが明らかになった。 ==研究者 == *Wilhelm Grube *Louis Ligeti *[[金光平]] *[[金啓孮]] *[[清瀬義三郎則府]] *Daniel Kane *A. M. Pevnov *[[愛新覚羅烏拉熙春]] == 参考文献 == 金光平・金啓孮『女真語言文字研究』文物出版社,1980年。 愛新覚羅烏拉熙春『明代の女真人──『女真訳語』から『永寧寺記碑』へ──』京都大学学術出版会,2009年。 愛新覚羅烏拉熙春・吉本道雅『韓半島から眺めた契丹・女真』京都大学学術出版会,2011年。 == 脚注 == {{reflist}} == 外部リンク == * [http://www.omniglot.com/writing/jurchen.htm Omniglot:Jurchen script] 女真文字概要 <!-- * [http://www.fortunecity.com/victorian/twain/1279/ 大金帝國文字網站] 華夷訳語などから用例をピックアップ --> * [http://www.geocities.com/jglavy/asian.html 亜細亜のフォント]{{リンク切れ|date=2011年8月}}女真文字のTrueTypeフォントがある * [http://article.netor.com/m/jours/adindex.asp?boardid=42804&joursid=91542 女真大字碑刻銘文] * [http://article.netor.com/m/jours/adindex.asp?boardid=42804&joursid=95047 世界第12件女真大字石刻] * [http://www.apu.ac.jp/~yoshim/newpage2.htm Mr.Jin Guang ping and His Study of Big and Small Script in Khitan and Jurchen Languages] * [http://www.apu.ac.jp/~yoshim/newpage5.htm 女真文字研究と愛新覚羅家学] {{history-stub}} {{grammatology-stub}} {{DEFAULTSORT:しよしんもし}} [[Category:表語文字]] [[Category:音節文字]] [[Category:アジアの文字]] [[Category:Unicodeに存在しない文字]] [[Category:満州民族]] [[Category:金朝]]
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