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大瀬崎
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{{mapplot|138.7887|35.0302|大瀬崎の位置}} '''大瀬崎'''(おせざき)は、[[静岡県]][[沼津市]][[#位置情報|西浦江梨]]にある、[[伊豆半島]]の北西端から北へ[[駿河湾]]内に突き出した[[半島]]、または[[岬]]。'''琵琶島'''(びわしま)と呼ばれることがある。かつて海軍音響研究部大瀬崎実験所が設置されていた。 == 概要 == [[ファイル:Osezaki cape Aerial Photograph.jpg|thumb|240px|大瀬崎の空中写真(1983年撮影)<br/>{{国土航空写真}}]] 伝承によると、[[白鳳]]13年([[684年]])に発生した大[[地震]]に伴って海底が突然「三百丈余」も隆起し、琵琶島(びわしま)として出現したのが始まりとされる。その後の[[砂洲]]の形成により[[陸繋島]]となり現在の姿となった。[[半島]]としての長さは1キロメートル弱、最も狭い部分の幅は100メートル足らずである。半島の東側は遠浅の[[砂浜]]を持つ[[湾]]を成しており、[[海流]]や[[波]]が少ない。一方西側は大きな[[石]]が堆積した[[海岸]]となっている。湾内の砂浜は[[1974年]]の[[七夕豪雨]]により失われたが、1977~82年に行われた養浜事業によって現在では砂利浜として整備されている<ref>池、有賀 p.9</ref>。 [[ファイル:Osezaki.jpg|thumb|left|200px|東側湾内から岬の先端を観る、後方に富士山が見える]] 先端から300メートルほどの、標高10メートル余りの峰の上には[[引手力命神社]](ひきてちからのみことじんじゃ、大瀬神社または大瀬明神と呼ばれることが多い)があり、崎のこれより先の部分は神社の[[境内]]地とされている。ここには[[ビャクシン]]の樹林と、これに囲まれた[[大瀬明神の神池|神池]]と呼ばれる、最長部の直径が100メートルほどの淡水[[池]]がある。半島の先端には[[伊豆大瀬埼灯台]]が建てられている。 == 歴史 == 古くから引手力命神社が祀られてはいたものの大瀬崎一帯は長らく無住地で<ref>池、有賀 p.2</ref>、周辺住民も漁業や[[ウンシュウミカン|温州みかん]]の栽培、薪炭生産などで生計を立てていた<ref>池、有賀 p.5</ref>。伝承では、[[鎌倉時代]]末期頃、[[北条高時]]に味方して[[護良親王]]と戦った[[鈴木繁伴]]が[[鎌倉幕府]]が倒れた際にこの地に潜伏したとされ、以降この地一帯を支配する[[江梨鈴木氏]]として続いた<ref>江梨鈴木氏由緒書(沼津市立図書館)</ref>。1950年頃になると海水浴客が増加し、1953年に県道が大瀬崎まで延長され路線バスも運行されるようになったために、地元民により海の家や民宿が経営されるようになった<ref>池、有賀 p.6</ref>。観光事業が本格化したのは[[東海道新幹線]][[三島駅]]の開業や[[東名高速道路]]、[[西伊豆スカイライン]]の開通が相次いだ1970年頃からで<ref>池、有賀 p.7</ref>、1980年頃にはダイバーが訪れるようになった<ref>池、有賀 p.9</ref>。 前述の養浜事業により遠浅となり海水の透明度が増したため、1982年頃からは急速にダイバー数が増加した<ref>池、有賀 p.9</ref>。1983年には大瀬崎で最初のダイビングサービスが開業したが、増加するダイバーと地元漁協の衝突も多くなった<ref>池、有賀 p.9</ref>。このため一般ダイバーやダイビングサービス関係者、潜水団体関係者からなる「大瀬崎潜水利用社会(現在の大瀬崎潜水協会)」が設立され、地元漁協との協議と調整の結果、1985年に正式に大瀬崎にダイビングスポットが開設された。<ref>池、有賀 p.9</ref>。 その後は[[スクーバダイビング]]の人気と共に日本を代表するダイビングスポットとなったが、1993年に漁協がダイバーに対して徴収している「潜水料」の是非を巡って一部のダイバーが漁協に対し訴訟を起こす「大瀬崎ダイビングスポット裁判」が起こった。現行漁業法における共同漁業権に、元来的な入会権の側面が認められるかという争点を孕んだこの裁判は注目を浴び、1995年の[[静岡地方裁判所|静岡地裁]]の一審で原告側が棄却、[[東京高等裁判所|東京高裁]]での二審で「潜水料徴収に法的根拠なし」として原告側が勝訴、さらに2000年4月に[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]]により「審議不尽」であるとして高裁差し戻しとなるなど判決も二転三転したが、2000年11月の東京高裁の判決で原告の訴えが棄却された<ref>池、p92-93</ref>。この判決により全国のダイビングスポットにおける潜水料の徴収に正当性が与えられることとなったが、その根拠は潜水券の購入に際する一定の合意の有無であり、争点とされた入会権に関しては結論が出されることはなかった<ref>池田恒雄男「共同漁業権を有する漁業共同組合が漁業権設定海域で潜水を楽しむダイバーから徴収する潜水料の法的根拠の有無」佐竹五六、池田恒男ほか『ローカルルールの研究-海の「守り人」論2-』、まな出版企画、p.385</ref>。 ==文化財など== [[ファイル:Osezaki-beacon.JPG|thumb|right|沼津市街をのぞむ伊豆大瀬崎灯台]] [[ファイル:Osemyoujin-kamiike.JPG|thumb|right|神池を取り囲む樹林<br /><small>ビャクシンは林の中に点在しているが、生育には強い日照を必要とするため、新しい若木が育ちにくい。1981年・1982年に沼津市は国と県よりの補助を受け約60本の植林を行っている。</small>]] [[ファイル:1500year Byakushin.JPG|thumb|right|引手力命神社の御神木<br /><small>推定樹齢1,500年で、幹の周囲は約7m。</small>]] [[ビャクシン]]の樹林は巨木が生い茂り、[[昭和]]7年([[1932年]])に「大瀬崎の[[ビャクシン]]樹林」として国から[[天然記念物]]に指定されている。[[引手力命神社]](大瀬神社)は[[延喜式神名帳]]に記載があるとも言われ[[海]]の安全の[[神]]として名高く、多くの[[文化財]]や風習が今に伝わっている。[[大瀬明神の神池|神池]]は、[[半島]]または[[岬]]の先端にもかかわらず[[淡水]]池であり、[[伊豆七不思議]]の一つとされる。 ==観光・レジャー== [[スクーバダイビング|ダイビング]]の[[メッカ]]として全国的、世界的に知られている<ref>[http://divingsaitfan.fc2web.com/osezaki.html 大瀬崎ダイビング情報]</ref><ref>[http://www.osezaki.jp/scuba.html 大瀬崎海浜商業組合・スキューバダイビング]</ref>。ダイビングスポットとしての優位性としては、富士山を望むロケーションや、[[駿河湾]]に面し生物相が豊かであることや、海底が砂利であるため砂が舞い上がらず、また流入する河川もないため海水の透明性が高く、さらに湾部は三方を陸に囲まれ天候に影響されず海が穏やかであるために[[台風]]時を除き一年中潜水が可能であること、遠浅であるため船を使わず直接海岸から潜水する「ビーチ・エントリー」が可能であることなどが挙げられる<ref>池、有賀 p.12-14</ref><ref>池 p.83</ref>。「湾内」「岬の先端」、岬の外側および西側にある「柵下」「門下」「一本松」「大川下」「タマザキ」の7つのビーチポイントと、いくつかのボートポイントがある。「湾内」は上述の通り[[台風]]が直撃しない限りは潜れるというほどの安定したポイントのため、体験[[スクーバダイビング|ダイビング]]や講習に多く使われ、他のポイントは中級者~上級者向けのスポットとなっている。多様な生物と海水の透明性の高さから、水中[[カメラマン]]も多く訪れる。 また岬の東側の湾内は沼津市によって「大瀬[[海水浴]]場」が整備されている。1990年代に遠浅で透明度の高いことがマスコミで取り上げられて[[家族旅行]]先として有名となり、2006年には[[環境省]]の「[[快水浴場百選]]」に選ばれた。海水浴シーズンは潜水が制限され、海水浴場とダイビングスポットとしての両立がされている<ref>池、有賀 p.13</ref>。 海水浴場沿岸と県道17号へ通じる市道沿い(高台)には、ダイビング・海水浴双方の利用客を相手とした[[ペンション]]・[[民宿]]が軒を連ねている。海水浴場沿いにあるペンションは、ダイバー向けのマリンショップと[[海の家]]を兼ねている店舗が多い。ダイビングサービスの多くが宿泊施設を伴う点と、その多くが地元民により経営されている点が大瀬崎の大きな特徴となっている<ref>池、有賀 p.10-14</ref><ref>池 p.85-87</ref>。また、私営の[[オートキャンプ]]場も営業している。 毎年4月4日には[[引手力命神社]]にて[[大瀬まつり]]が行われる。 ==位置情報== {{日本の位置情報|35|01|46.10|138|47|17.34|大瀬崎|静岡県沼津市西浦江梨329 ({{PAGENAME}})}} {{coord|35|01|46.10|N|138|47|17.34|E|region:JP|display=title}} ==交通== ダイビングなどで機材を持ち込む場合は[[マイカー]]で来訪する傾向が強いが<ref>池、有賀 p.2</ref>、地元の観光委員会が運営する駐車場は夏期は海水浴客も加わり満車となり数時間の入庫待ちを強いられる事が多い。幾つかのダイビングショップでは伊豆長岡駅から送迎サービスを行っている。 海水浴客は沼津港から30分ほどで往来できる定期航路の利用も多く、三津浜航路を利用した近場の[[伊豆・三津シーパラダイス]]や[[淡島]]への観光、[[伊豆箱根バス]]利用で[[伊豆長岡駅]]への往来も容易である。 ===自動車=== [[沼津市]]西浦・三津から同市戸田を経て[[伊豆市]]土肥までの西伊豆北部の沿岸部を通る[[静岡県道17号沼津土肥線]]上に、大瀬崎への分岐Y字路を入り、350mほどの下り勾配を抜けると海水浴場の手前にある大瀬崎バス停・私営駐車場に到着する。なお、県道17号上の長井崎トンネル先から江梨を経て大瀬崎分岐までの約10Km程度の区間は、海岸[[絶壁]]沿いで急カーブが連続する狭小路であったが最近は改善されつつある。 ====路線バス==== *[[沼津登山東海バス]] - 三津・江梨線【大瀬崎】行き、終点下車。沼津駅からは80分~90分程度要する。 **通年運行している唯一の公共交通機関である。朝と夕の1往復のみ運行(沼津駅発6時台・16時台、大瀬崎発8時台・17時台)。 **夏期海水浴シーズンは、県道17号の大瀬崎分岐へは入らず、30mほど戸田寄りにある余地に大瀬崎の臨時バス停を設置し、そこで折り返す形である。 **大瀬崎から4kmほど手前の集落「江梨」バス停までは1時間に1本程度運行しているが、そこから大瀬崎までは絶壁見渡す県道17号沿いで徒歩50分程度要する。 ===船舶・定期航路=== 沼津市管理による'''大瀬船着場'''発着。定期航路は[[夏休み]]の海水浴シーズン(概ね7月20日前後から1ヶ月間)のみ運航。期間外は沼津港などに所在する[[海上タクシー]]や千鳥観光船舶をチャーターすることも可能。もともと大瀬に寄港しない[[戸田運送船]]や、かつての西伊豆航路も大瀬崎灯台から間近の沿岸を航行している。 ;[[千鳥観光汽船]] *沼津大瀬航路 - 沼津港と大瀬間、所要時間約35分。 *三津大瀬航路 - 三津浜港(千鳥本社が有る)と大瀬間、所要時間約40分。 *[[大瀬まつり]]臨時便 - 毎年4月4日に大瀬崎で催される「大瀬祭り」観覧ツアー(千鳥観光が企画募集)の利用客輸送のため、三津→大瀬→沼津港のルートでチャーター運航されている。 ;[[伊豆箱根鉄道]](2002年廃止) 1990年頃から2002年まで[[高速船]]「[[こばるとあろー]]」が就航する[[西伊豆航路]](沼津~土肥・[[松崎町|松崎]]間、2003年廃止)の支線として、「沼津・大瀬海水浴場線」が夏季限定運航で開設された。また、西伊豆航路の寄港便(1日2往復程度)も設定された。 *沼津・大瀬海水浴場線-沼津港と大瀬間、所要時間約20~25分。 *西伊豆航路大瀬寄港便 - 沼津港~'''大瀬'''~戸田~土肥~松崎(夏期限定1日2往復程度) == 出典 == {{Reflist|2}} == 参考文献 == * {{Cite journal|author=[[池俊介]]、[[有賀さつき]]|title=伊豆半島大瀬崎におけるダイビング観光地の発展|month=September|year=1999|publisher=[[帝国書院]]|journal=季刊[[新地理]]|pages=1-22|volume=47|issue=2|issn=0559-8362}} * {{Cite journal|author=池俊介|title=伊豆半島におけるダイビング観光地の成立と展開|en=The formation and development of tourist areas for divers in Izu peninsula|month=March|year=2009|publish-date=2009-03-25|publisher=[[立教大学観光学部]]|journal=年刊[[立教大学観光学部紀要]]|volume=11|pages=79-96|issn=1344-767X|editor=立教大学観光学部 編}} ==関連項目== *[[引手力命神社]](大瀬神社) *[[大瀬明神の神池]] *[[伊豆七不思議]] *[[スキューバーダイビング]] *[[高嶋哲夫]] - 近未来に起きうる首都圏[[直下型地震]]を想定した[[長編小説]]「[[M8]]」の作中において、架空の「東都大学理学部付属大瀬崎地震研究センター」が置かれている。 *[[あまんちゅ!]] - 「初心者ダイバーのメッカ」として大瀬崎が登場する。 == 外部リンク == *[http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kankou/asobu/osezaki/index.htm 沼津市観光WEB:大瀬崎] *[http://www.osezaki.jp/ 大瀬崎海浜商業組合] {{DEFAULTSORT:おせさき}} [[Category:静岡県の岬]] [[Category:静岡県の観光地]] [[Category:沼津市の地理]] [[Category:駿河湾]] [[Category:砂州]]
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