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塩崎真
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{{Infobox baseball player |選手名 = 塩崎 真 |所属球団 = オリックス・バファローズ |役職 = コーチ |背番号 = 86 |選手写真ファイル名 = OB-Makoto-Shiozaki.jpg |写真のコメント = 2008年7月2日(舞洲ベースボールスタジアム) |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[熊本県]][[八代市]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1973|6|29}} |没年月日 = |身長 = 178 |体重 = 72 |利き腕 = 右 |打席 = 右 |守備位置 = [[内野手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1996}} |ドラフト順位 = ドラフト3位 |初出場 = 1997年4月9日 |最終出場 = 2010年9月28日 |年俸 = |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[熊本県立熊本工業高等学校]] * [[東洋大学硬式野球部|東洋大学]](中退) * [[新日本製鐵広畑硬式野球部|新日本製鐵広畑製鐵所]] * [[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ<br />オリックス・バファローズ]] (1997 - 2010) |経歴補足題 = コーチ歴 |経歴補足 = <nowiki></nowiki> * オリックス・バファローズ (2011 - ) }} '''塩崎 真'''(しおざき まこと、[[1973年]][[6月29日]] - )は、[[熊本県]][[八代市]]出身の元[[プロ野球選手]]([[内野手]])。現在は[[オリックス・バファローズ]]二軍守備走塁コーチを務める。 == 経歴 == ===プロ入り前=== [[熊本県]][[八代市]]出身。[[熊本県立熊本工業高等学校|熊本工業高校]]では3年時に[[第73回全国高等学校野球選手権大会]]に出場し、1回戦で[[高木大成]]、[[副島孔太]]、[[高橋由伸]]らを擁する[[学校法人桐蔭学園|桐蔭学園高校]]に敗れた。高校卒業後は[[東洋大学]]に進学するも中退、[[社会人野球]]の[[新日本製鐵広畑硬式野球部|新日本製鐵広畑製鐵所]]を経て{{by|1996年}}の[[1996年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)|ドラフト会議]]でオリックス・ブルーウェーブから3位指名を受け入団。 ===プロ入り後=== {{by|1997年}}は新人ながら100試合出場を果たが、プロ入り後3年間は[[打率]]2割近辺で、守備も内野全てを守れる一方で際立って上手いわけではなく、なかなかアピールできなかった。 {{by|2000年}}は9番[[遊撃手]]で開幕[[スターティングメンバー|スタメン]]出場を果たし、レギュラーとなった。シーズン終盤には[[田口壮]]に代わって1番も任され、初めて打率.250を超えた。 {{by|2001年}}には[[横浜ベイスターズ]]から[[進藤達哉]]が移籍して来たがレギュラーを譲らず、1年間遊撃手のレギュラーとして出場した。初の2桁[[盗塁]]に、高い[[打率#得点圏打率|得点圏打率]]を記録した。 {{by|2002年}}は極端な打撃不振に陥り、打率は2割を少し超える程度だった。[[高畠導宏|高畠康真]]コーチの打撃指導などもあったものの、{{by|2003年}}になると[[後藤光尊]]の台頭や[[平野恵一]]の優先起用に加え、自らの故障などで出場機会が減少。 {{by|2004年}}は[[バット (野球)|バット]]を[[投手]]方向に極端に傾ける打撃フォームに改造して簡単に[[三振]]せず[[出塁率]]が向上し、6月まで後藤が務めていた遊撃手のポジションを取り返した。前半戦は打率4割を維持し、後半戦になるとオリンピックや主力選手の故障などもあり[[村松有人]]と3番・4番を打ち、[[規定打席]]には届かなかったものの打率.341を記録。得点圏打率は4割を超えた。チーム事情で頻繁に守備位置が変わり遊撃手43試合、[[二塁手]]17試合、[[三塁手]]11試合、[[指名打者]]3試合でスタメン出場した。また、球団合併によりブルーウェーブとして最後の一軍公式戦で4番に座り、「ブルーウェーブ最後の4番[[打者]]」となった。 {{by|2005年}}は球団合併に伴う[[選手分配ドラフト]]によりオリックス・バファローズと契約。同じ内野手の[[阿部真宏]]が加入したため、主に三塁手としてチーム最多の60試合、二塁手14試合、遊撃手23試合を守り、打率.315を記録した。 {{by|2006年}}は1番二塁手で開幕スタメン出場。主力選手に故障が相次ぎレギュラーが固定できない中でチーム最多の[[打席]]数を記録し、5年ぶりに規定打席に到達した。4番と9番以外すべての[[打順]]でスタメン出場し、パンチ力も発揮した。守備でも二塁手67試合、三塁手43試合、遊撃手38試合と3ポジションを守り、[[9月18日]]の対[[千葉ロッテマリーンズ]]戦で通算1000試合出場を達成した。同年オフにFA宣言し{{要出典範囲|date=2010年7月|移籍を希望していた}}がオファーが無く、FA宣言前にオリックスが打診していた金額より低い[[年俸]]7000万円(推定)で契約した。 {{by|2007年}}はコリンズ新監督が残留を想定していなかったこともあり、一時は[[日高剛]]とともにチーム構想から外れ、[[グレッグ・ラロッカ]]らに出場機会を奪われた。同年は、ほぼ三塁の[[守備固め]]としての出場のみとなり、34試合出場、打率.141、1[[本塁打]]と自己最低の成績に終わった。 {{by|2008年}}は開幕直後は打率4割台を記録するなど好調だったが、すぐに調子を落とし前年同様三塁の守備固めに落ち着いた。しかし、シーズン通して一軍におり、遊撃手のレギュラーである[[大引啓次]]が故障で戦線離脱した際には穴を埋めた。オフの[[契約更改]]の席では、生え抜きのベテランと言う立場から「これでチームが強くなったと考えるのは危険、来年最下位になる可能性もあるので、自分勝手な行動が出たらすぐに言います。」と若手の指導役を買って出る旨の発言をした。 {{by|2009年}}も主に守備固め中心での起用だったが、主力が相次いで故障して戦線離脱した事に伴いスタメン出場機会が増加した。[[6月11日]]の対[[読売ジャイアンツ]]戦では2回裏に[[ディッキー・ゴンザレス]]の開幕7連勝とチームの8連敗を阻止する決勝2ラン本塁打を放ち、3年ぶりに[[ヒーローインタビュー]]を受けた。その後は[[山崎浩司]]の台頭もあって徐々に出場機会が減少し、[[8月14日]]に二軍に降格した後は一軍に再昇格することなくシーズンを終えた。 {{by|2010年}}開幕1軍入りを果たすが、結果を残せず7月に2軍降格。同月、[[岡田彰布]]に来期のコーチ就任を打診され、これを受諾することを決意<ref>[http://www.daily.co.jp/baseball/retire/2010/12/10/0003667045.shtml “師”に誘われた指導者の道(オリックス・塩崎真内野手 37歳)]</ref>。9月に現役引退することを表明した<ref>[http://www.buffaloes.co.jp/news/detail/1346.html 塩崎真選手、引退のお知らせ]、オリックス・バファローズ、2010年09月25日。</ref>。引退試合となる9月28日の日本ハム戦で再昇格。8回裏に代打出場し[[ダルビッシュ有]]から右前安打を放ち有終の美を飾った。[[10月12日]]に任意引退選手公示。 ===引退後=== {{by|2011年}}からはオリックスの二軍守備走塁コーチを務める[http://www.buffaloes.co.jp/news/detail/1385.html]。 == プレースタイル == 粘り強くパンチ力も有る[[打撃 (野球)|打撃]]が持ち味。[[松坂大輔]]や[[斉藤和巳]]を得意としており、[[仰木彬]]監督が作る非常に相性を重視したオーダーでは、彼らが先発する試合で上位[[打線]]や[[クリーンナップ]]を担うことが多かった。 元々は遊撃手だが、二塁手、三塁手、[[一塁手]]と[[内野]]4ポジションを全てこなせる[[ユーティリティープレイヤー]]である。 == 人物 == 2010年まではチームの生え抜き選手としては最年長かつ日高に次ぐ古参選手であり、若手に苦言を呈することもあった。 引退試合の際では涙を流す選手が多い中、自身の引退試合となった2010年9月28日の日本ハム戦では打席に入る前から、引退セレモニーが終わるまで終始笑顔だった。 == 詳細情報 == === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align: center;"|{{by2|1997}} |rowspan="14" style="text-align: center; white-space: nowrap;"|[[オリックス・バファローズ|オリックス]] ||104||215||181||25||44||10||0||0||54||6||5||1||19||1||10||0||4||28||2||.243||.296||.298||.594 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1998}} ||60||134||119||14||28||5||2||1||40||9||0||1||9||0||6||0||0||29||2||.235||.272||.336||.608 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1999}} ||104||277||221||22||55||8||2||0||67||24||8||2||20||2||33||0||1||49||4||.249||.346||.303||.649 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2000}} ||130||462||393||45||103||17||6||1||135||35||5||7||20||4||41||0||4||69||7||.262||.335||.344||.678 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2001}} ||132||518||439||58||115||17||3||4||150||45||10||3||18||3||54||0||4||91||8||.262||.346||.342||.688 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2002}} ||113||425||389||26||79||13||0||2||98||20||3||5||21||2||10||0||3||81||8||.203||.228||.252||.480 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2003}} ||56||155||129||13||29||9||0||1||41||8||2||0||13||1||12||0||0||31||3||.225||.289||.318||.607 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2004}} ||82||337||290||44||99||13||3||8||142||39||13||3||15||2||29||2||1||38||6||.341||.401||.490||.890 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2005}} ||96||286||254||27||80||13||0||4||105||25||0||1||10||2||17||1||3||40||0||.315||.362||.413||.776 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2006}} ||128||473||410||46||114||14||2||9||159||31||1||2||20||0||38||2||5||64||8||.278||.347||.388||.734 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2007}} ||34||68||64||4||9||1||0||1||13||5||0||0||2||1||1||0||0||10||2||.141||.152||.203||.355 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2008}} ||92||186||153||18||34||6||1||1||45||6||0||0||11||1||17||0||4||31||0||.222||.314||.294||.608 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2009}} ||66||106||94||11||22||5||0||2||33||7||0||1||3||1||8||0||0||29||4||.234||.291||.351||.642 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2010}} ||35||56||48||5||9||0||0||1||12||1||0||0||2||0||5||0||1||13||2||.188||.278||.250||.528 |- !colspan="2"|通算:14年 ||1232||3698||3184||358||820||131||19||35||1094||261||47||26||183||20||281||5||30||603||56||.258||.322||.344||.666 |} === 年度別守備成績 === {| class="wikitable" style="text-align: right; font-size: small;" !rowspan="2"|年<br />度!!colspan="6"|一塁!!colspan="6"|二塁!!colspan="6"|三塁!!colspan="6"|遊撃 |- !試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率!!試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率!!試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率!!試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率 |- |1997||colspan="6" style="text-align:center;"|-||colspan="6" style="text-align:center;"|-||9||11||15||2||2||.929||97||84||194||15||42||.949 |- |1998||colspan="6" style="text-align:center;"|-||13||22||19||0||7||1.000||1||0||0||2||0||.000||45||40||88||3||16||.977 |- |1999||colspan="6" style="text-align:center;"|-||6||10||12||0||5||1.000||42||17||56||0||5||1.000||77||56||168||6||34||.974 |- |2000||colspan="6" style="text-align:center;"|-||colspan="6" style="text-align:center;"|-||colspan="6" style="text-align:center;"|-||127||168||323||12||62||.976 |- |2001||colspan="6" style="text-align:center;"|-||colspan="6" style="text-align:center;"|-||colspan="6" style="text-align:center;"|-||131||166||335||12||78||.977 |- |2002||colspan="6" style="text-align:center;"|-||1||2||2||0||0||1.000||colspan="6" style="text-align:center;"|-||110||134||271||9||31||.978 |- |2003||colspan="6" style="text-align:center;"|-||7||8||12||0||4||1.000||7||4||6||0||0||1.000||39||33||75||5||10||.956 |- |2004||colspan="6" style="text-align:center;"|-||24||42||47||1||16||.989||19||9||16||1||3||.962||50||70||107||3||24||.983 |- |2005||colspan="6" style="text-align:center;"|-||14||28||22||1||5||.980||60||25||79||4||3||.963||23||16||37||2||9||.964 |- |2006||colspan="6" style="text-align:center;"|-||67||134||178||2||37||.994||43||15||61||2||4||.974||38||47||109||3||21||.981 |- |2007||colspan="6" style="text-align:center;"|-||8||9||18||0||1||1.000||23||4||20||1||1||.960||colspan="6" style="text-align:center;"|- |- |2008||6||8||0||0||0||1.000||7||16||12||0||3||1.000||67||19||55||3||5||.961||15||13||36||1||9||.980 |- |2009||9||10||1||0||2||1.000||9||17||32||1||9||.980||36||7||15||0||1||1.000||16||13||35||0||8||1.000 |- |2010||10||17||2||0||2||1.000||1||0||0||0||0||.000||13||4||15||0||0||1.000||9||2||2||0||0||1.000 |- !通算 |25||35||3||0||4||1.000||157||288||354||5||87||.992||320||115||338||16||24||.966||777||842||1780||71||344||.974 |} === 記録 === * 初出場:1997年4月9日、対[[埼玉西武ライオンズ|西武ライオンズ]]2回戦([[西武ドーム]])、9回表に[[小川博文]]の代走として出場 * 初盗塁:同上、9回表に二盗(投手:[[ロバート・ウィッシュネフスキー]]、捕手:[[伊東勤]]) * 初打席:1997年4月11日、対[[福岡ソフトバンクホークス|福岡ダイエーホークス]]1回戦([[福岡ドーム]])、9回表に[[武田一浩]]の前に凡退 * 初先発出場:1997年4月12日、対福岡ダイエーホークス2回戦(福岡ドーム)、9番・[[三塁手]]として先発出場 * 初安打:同上、2回表に[[田之上慶三郎]]から左前安打 * 初打点:1997年5月5日、対[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハムファイターズ]]6回戦([[東京ドーム]])、2回表に[[芝草宇宙]]から内野ゴロの間に記録 * 初本塁打:1998年5月3日、対日本ハムファイターズ5回戦([[神戸総合運動公園野球場|グリーンスタジアム神戸]])、8回裏に[[関根裕之]]から左越ソロ * 1000試合出場:2006年9月18日、対千葉ロッテマリーンズ19回戦([[千葉マリンスタジアム]])、3番・[[二塁手]]として先発出場 ※史上413人目 === 背番号 === * '''31''' (1996年 - 2010年) * '''86''' (2011年 - ) === 登場曲 === * 2006年、オリジナル曲-[[DJ KIMURA]]プロデュース * 2008年、Do Tha Do Tha-[[May J.]] * 2009年、Give You The World-[[http://en.wikipedia.org/wiki/The_D.E.Y.|The_D.E.Y.]] == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == * [[熊本県出身の人物一覧]] * [[東洋大学の人物一覧]] * [[オリックス・バファローズの選手一覧]] {{オリックス・バファローズ}} {{オリックス・ブルーウェーブ1996年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:しおさき まこと}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:東洋大学硬式野球部の選手]] [[Category:新日本製鐵広畑硬式野球部の選手]] [[Category:オリックス・バファローズ及びその前身球団の選手]] [[Category:野球指導者]] [[Category:熊本県出身の人物]] [[Category:1973年生]] [[Category:存命人物]]
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塩崎真
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