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{{政治家 |人名 = 塩崎 恭久 |各国語表記 = しおざき やすひさ |画像 = Yasuhisa Shiozaki.jpg |画像サイズ = 250px |画像説明 = [[2006年]][[10月18日]]、[[内閣総理大臣官邸]]にて |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = {{生年月日と年齢|1950|11|7}} |出生地 = {{Flagicon|JPN}} [[愛媛県]][[松山市]] |没年月日 = |死没地 = |出身校 = [[東京大学]][[東京大学教養学部|教養学部]]<br />[[ハーバード大学]][[ケネディスクール]] |前職 = [[日本銀行]]職員<br />政治家秘書 |現職 = [[衆議院議員]]<br />政調会長代行<br />[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]愛媛県支部連合会<br />常任顧問<br />自由民主党愛媛県第一選挙区支部<br />支部長 |所属政党 = [[自由民主党_(日本)|自由民主党]] ([[宏池会|岸田派]]) |称号・勲章 = [[修士|行政学修士]](ハーバード大学・[[1982年]])<br />[[学士|教養学士]](東京大学・[[1975年]]) |親族(政治家) = [[塩崎潤]]([[父]]) |配偶者 = 塩崎千枝子([[妻]]) |サイン = |ウェブサイト = http://www.y-shiozaki.or.jp/ |サイトタイトル = 塩崎やすひさ 衆議院議員 愛媛1区 (松山市) |国旗 = JPN |職名 = 第73代 [[内閣官房長官]] |内閣 = [[第1次安倍内閣|安倍内閣]] |選挙区 = |当選回数 = |就任日 = [[2006年]][[9月26日]] |退任日 = [[2007年]][[8月27日]] |所属委員会 = |議員会館 = 衆議院第1議員会館1102号室 |元首職 = |元首 = <!-- ↓省略可↓ --> |国旗2 = JPN |職名2 = [[参議院議員]] |内閣2 = |選挙区2 = [[愛媛県選挙区]] |当選回数2 = 1回 |就任日2 = [[1995年]] |退任日2 = [[2000年]] |元首職2 = |元首2 = |国旗3 = JPN |職名3 = [[衆議院議員]] |内閣3 = |選挙区3 = ([[愛媛県第1区 (中選挙区)|旧愛媛1区]]→)<br />[[愛媛県第1区|愛媛1区]] |当選回数3 = 6回 |就任日3 = [[1993年]] - 1995年<br />2000年 |退任日3 = 現職 |元首職3 = |元首3 = <!-- ↑省略可↑ --> }} '''塩崎 恭久'''(しおざき やすひさ、[[1950年]](昭和25年)[[11月7日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]。[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]所属の[[衆議院議員]](6期)。 [[参議院議員]](1期)、[[衆議院]][[法務委員会|法務委員長]]、[[内閣官房長官]]([[第1次安倍内閣|第73代]])、[[拉致問題担当大臣]]等を歴任。 == 来歴 == [[愛媛県]][[松山市]]生まれ。[[東京都立新宿高等学校]]卒業後、[[駿台予備学校]]で1年間の浪人生活を送った後、[[東京大学]]に入学する。[[1975年]]、[[東京大学]][[教養学部]]教養学科アメリカ科を卒業し、[[日本銀行]]に入行。[[1982年]]に[[ハーバード大学]][[大学院]]([[ケネディスクール]])を修了し、行政修士号を取得した。同年、父・[[塩崎潤]]の[[経済企画庁長官]]就任に伴い、日銀を退職し父の秘書官に転じる。後に日銀に復職した。[[1985年]]、父の[[総務庁長官]]就任に伴い再び日銀を退職し、再度父の秘書官を務めた。 [[1993年]]、父・潤の引退を受け、[[第40回衆議院議員総選挙]]に[[愛媛県第1区_(中選挙区)|旧愛媛1区]]から[[自由民主党_(日本)|自由民主党]]公認で出馬し、初当選。2年後の[[1995年]]、[[小選挙区比例代表並立制]]の導入に伴う選挙区調整により、参院への鞍替えが決定(新愛媛1区は[[関谷勝嗣]]が引き継いだ)。[[第17回参議院議員通常選挙]]に[[愛媛県選挙区]]から出馬し当選する。[[1997年]]、[[大蔵省|大蔵]][[政務次官]]に就任。 [[1998年]]頃から[[安倍晋三]]、[[石原伸晃]]、[[根本匠]]に塩崎を加えた政策グループ[[NAIS]]を結成し、[[社会保障]]・[[福祉]][[政策]]を中心に議論、提言を行う。また[[金融危機]]に伴う[[1998年]]の[[金融国会]]では石原伸晃や[[民主党_(日本 1996-1998)|民主党]]の若手議員らと連携。金融再生トータルプラン、[[不良債権#債権の分類(金融再生法開示債権)|金融再生法]]の策定に奔走し、政策新人類と呼ばれて注目された。また[[橋本内閣]]の下でも日本版[[金融ビッグバン]]を提唱し、[[バブル崩壊]]後の日本の金融再生に取り組んだ。 [[ファイル:Msc 2006-Sunday, 11.00 - 13.00-Redner2.jpg|thumb|left|200px|[[2006年]][[2月5日]]、ミュンヘン安全保障会議にて[[インド]]国家安全保障顧問[[:en:Mayankote Kelath Narayanan|M・K・ナラヤナン]]、[[ボーイング|ドイツボーイング]][[社長]][[:de:Horst Teltschik|ホルスト・テルチク]]、[[中国共産党]][[中国共産党中央対外連絡部|中連部]]副部長[[張志軍]]と]] [[2000年]]、参院議員を任期途中で辞職。関谷の地盤を引き継ぎ、[[第42回衆議院議員総選挙]]に[[愛媛県第1区|愛媛1区]]から出馬し当選(変則[[コスタリカ方式]]により関谷が参院へ転出)。同年末の[[第2次森内閣]][[不信任決議]]案をめぐる、いわゆる「[[加藤の乱]]」では、当時[[宏池会|加藤派]]に所属していたため[[加藤紘一]]に同調するも、加藤の思うように内閣不信任決議案への同調者が集まらず、倒閣運動は頓挫する。塩崎は石原と共に加藤を強く非難し、無派閥に転じた。 行動を共にした石原ら、加藤の乱に同調した議員たちがその後、[[小泉純一郎]]首相の下で重用される中、塩崎には目立った復権の動きがなかった。[[2005年]]、5年間の無派閥生活から加藤の乱による加藤派分裂により[[堀内光雄]]や[[古賀誠]]ら反加藤グループにより結成された[[宏池会_(古賀派)|堀内派]]に入会。同年、[[第3次小泉内閣]]で[[外務副大臣]]に就任する。 [[2006年]]、自民党愛媛県連会長に就任。同年の[[2006年自由民主党総裁選挙|自由民主党総裁選挙]]では自身の当選同期である安倍晋三を支持した。安倍が総裁に選出された後、塩崎は[[第1次安倍内閣|安倍内閣]]に[[内閣官房長官]]([[拉致問題担当大臣]]を兼務)として初入閣した。首相、官房長官の出身派閥が異なるのは[[1989年]]の[[宇野内閣]]以来17年ぶりである([[宇野宗佑]]首相は[[政策科学研究所 (派閥)|中曽根派]]、[[塩川正十郎]]内閣官房長官は[[清和政策研究会|安倍派]]。[[2000年]]の[[第1次森内閣]]も[[森喜朗]]首相(森派)、[[青木幹雄]]内閣官房長官([[平成研究会|橋本派]])で出身派閥が異なったが、これは[[小渕恵三]]の危篤(後に死去)に伴う[[居抜き内閣]]であり、小渕・青木は同一派閥に所属していた)。 [[自殺対策基本法]]の成立にともない、[[内閣府]]に[[特別の機関]]として[[自殺総合対策会議]]が新設されると、その初代会長に就任した。[[2007年]]、[[第1次安倍内閣 (改造)|安倍改造内閣]]では再任されず、内閣官房長官を退任(後任は[[与謝野馨]])。 [[内閣改造]]後間もなく、安倍が首相辞任の意向を表明。安倍の辞任を受けて行われた[[2007年自由民主党総裁選挙]]に際して、[[世耕弘成]]ら一部の中堅・若手議員から塩崎の立候補を望む動きがあったものの、出馬には至らなかった<ref>「山本氏が出馬断念 一本化不調、棚橋氏も困難」共同通信2008年9月19日</ref>。 [[麻生内閣]]発足後、[[2008年]]の[[国籍法 (日本)|国籍法]]改正をめぐっては、法改正を強く推進し改正法成立に尽力するも、国籍法改正反対派からは「A級戦犯」と非難された<ref>『週刊新潮』 12月18日号</ref>。また、[[速やかな政策実現を求める有志議員の会]]を結成し、同会の中心になって[[麻生おろし]]に動いたため、[[平成研究会|津島派]]会長の[[津島雄二]]を「[[民主党_(日本 1998-)|敵]]に塩を送っている」と嘆かせた。[[2009年東京都議会議員選挙]]での[[与党]]惨敗を受け、かつて袂を分かった[[加藤紘一]]の意向を受け、[[第45回衆議院議員総選挙]]の前に[[両院議員総会]]を開催し、自民党総裁選挙を実施するよう党[[執行部]]に求めるための署名集めに奔走したが、党執行部の巻き返しによりこの動きは頓挫した<ref>[http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20090810-02-0701.html [[文藝春秋]] 麻生「最後の迷走」の末に玉砕解散]</ref>。 [[第45回衆議院議員総選挙]]では、愛媛1区で民主党が擁立した元[[南海放送]]アナウンサー[[永江孝子]]の猛追を受けるが、約2800票差で永江を破り、通算5回目の当選(永江も[[比例復活]]。愛媛1区で次点の候補者が比例復活したのは初めて)。 2011年9月30日に成立した東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法の立法、修正過程には、[[松井孝治]]参議院議員らとともに、当初から実務者として関わった。 [[2012年]]からは[[自由民主党政務調査会]]会長代理、経済再生本部本部長代行に就任。 == 政策 == === 東京電力救済 === 東京電力救済法案に賛成した(なお当人は東京電力の株式を1659株保有している[http://www.mynewsjapan.com/reports/displayimage?file=ReportsIMG_J20120809134753.jpg]。)また、[[地下式原子力発電所政策推進議員連盟]]に所属し、原子力発電を推進している。 === 日本銀行法改正について === [[日本銀行法]]改正について「[[中央銀行]]が政治など外部からの圧力から独立していなければならないという仕組みは、歴史上いろいろな失敗を経験したうえで生まれた、民主主義の知恵、資本主義の知恵である。中央銀行の独立性は、[[デフレ]]解消の単なる短期的な対症療法として安易に放棄してはならない。日銀法さえ改正すれば景気が良くなるような、短絡的な印象を国民に振りまくのは百害あって一利なしである」と述べている<ref>[http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32610 塩崎恭久レポート 「中央銀行の独立性」は民主主義の知恵だ! 白川日銀への不信任を「日銀法改正」で実現するのは筋違い。]現代ビジネス 2012年05月22日</ref>。 == 人物・逸話 == [[ファイル:Msc 2006-Sunday, 11.00 - 13.00-by SZwez.jpg|thumb|200px|[[2006年]][[2月5日]]、ミュンヘン安全保障会議にて]] * 高校時代は学生運動・学園紛争の全盛期にあたり、塩崎も新宿高校では生徒会長も務めたが、学生運動への参加を嫌う学校側に対し、自由な運動の容認を要求し、校長室を数人で占拠して10日間のストライキを行う等した<ref>こころの玉手箱①「高校時代の制帽~自由を渇望、闘う生徒会長」[http://www.y-shiozaki.or.jp/mathmedia/index.php?start=5&id=117 日経新聞夕刊2008年4月14日]</ref><ref>{{cite web|url=http://www.y-shiozaki.or.jp/profile/interveiw/index.html|title=塩崎やすひさ プロフィール-インタビュー |accessdate=2007年7月23日 }}</ref>。 ** 高校時代に[[American Field Service]](AFS)で1年間のアメリカ留学を経験。その際、[[ベトナム戦争]]に反対する集会にも参加していた。帰国後は一つ下の学年に在籍し、同級に[[坂本龍一]]がいた。 ** 新宿高校での学生運動の中心は塩崎、坂本、[[馬場憲治]]で、3人でバリケード封鎖等を行った。坂本から「どうせ、おまえはそのうち自民党の代議士になるんだろうから、そのときは応援に行ってやるよ」と言われていた。その後、坂本とは学生時代に女性問題をめぐって袂を分かっていたが、坂本が[[アカデミー賞]]を受賞した際に塩崎が祝いを送り、交流が再開。坂本は塩崎の応援演説へ駆けつけた<ref>「SELDOM‐ILLEGAL―時には、違法」坂本龍一著(角川書店)</ref> * 元[[日本共産党]][[参議院議員]]の[[筆坂秀世]]とは参議院議員時代、清水谷の参議院議員宿舎の大浴場でしばしば談笑した、文字通り裸の付き合いの間柄だったという<ref>[[村上正邦]]・[[平野貞夫]]・筆坂秀世『参議院なんかいらない』([[幻冬舎]]新書)</ref>。 * 内閣官房長官時代は午前5時に起床し、各方面にメールで指示を出すスタイルで知られ、土日返上で閣僚や官僚と打ち合わせを行う等、初入閣ながら精力的に仕事をこなした。官僚依存から脱却するための行政改革を推進し、事務方が上げた人事案を度々ひっくり返し、年金記録問題でも[[厚生労働省]]や[[社会保険庁]]の尻を叩き続けたため、「官僚嫌いの長官」と恐れられていたといい、塩崎本人も「霞が関で最も嫌われる政治家」を自認していた<ref name="asahi">「安倍内閣の閣僚通信簿」朝日新聞2007年8月24日</ref> ** 塩崎のこのような姿勢や政策立案能力については、行革担当相の[[渡辺喜美]]ら共に公務員の天下り規制の強化に取り組み、自民党内の慎重派や官僚を相手に粘り強い交渉を展開して「男を上げた」との評価がある<ref>「公務員制度改革『男を上げた』塩崎官房長官」産経新聞2007年4月14日</ref>一方、「安倍お友達内閣」の象徴とも揶揄された。 == 家族 == 家族は妻、2男。学生時代の同級生だった妻・千枝子は[[松山東雲女子大学]]学長代行・教授。長男・彰久は弁護士、次男・哲也は[[三菱商事]]勤務。父は[[衆議院議員]]を務め、[[経済企画庁長官]]、[[総務庁長官]]などを歴任した[[塩崎潤]]。長姉は[[政策研究大学院大学]][[教授]]の[[山根裕子]]。次姉は外交官の[[角崎利夫]]夫人で、[[アジア防災センター]]主任研究員の[[角崎悦子]]<ref>[http://kingendaikeizu.net/seizi/siozaki.htm 塩崎恭久 近現代・系図ワールド~政治家系大事典~塩崎潤]</ref>。 == 献金 == * [[日本共産党]]の機関紙[[しんぶん赤旗]]に、[[消費者金融]]業界の政治団体「[[全国貸金業政治連盟]]」(全政連)から[[パーティー券]]購入などにより資金提供を受けていると報じられた<ref>[http://www.jcp.or.jp/akahata/aik2/2003-09-12/14_01.html パーティ券リストの面々] [[しんぶん赤旗]] 2003年9月12日</ref> 。 == 不祥事 == === 事務所費問題 === [[2007年]][[7月20日]]、塩崎の地元後援会と[[自由民主党 (日本)|自民党]]の選挙区支部の事務所費に関して、2005年に1330万円の使途不明金があると[[日本共産党]]・[[しんぶん赤旗#日曜版|しんぶん赤旗日曜版]]が報じた<ref>{{cite web|url=http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-07-21/2007072103_01_0.html|title=塩崎氏の事務所費疑惑スクープ|date=2007年7月21日 |accessdate=2007年7月26日 }}</ref><ref name="mainichi20070721">{{Cite news | url = | title = 塩崎官房長官:事務所費1330万円使途不明…共産党指摘 | newspaper = [[毎日新聞]] | date = 2007-07-21 | accessdate = }}</ref>。後援会と自民党支部は共に松山市内のビル2階に事務所を置いており、2005年の事務所費は両団体合わせて約2100万円となっている。家賃はそれぞれ月10万円で年240万円、電話代やリース料などで530万円が支出され、残りの計1330万円が使途不明となっていると指摘されている<ref name="sanspo20070721">{{Cite news | url = | title = またまた自民に火種!塩崎官房長官に事務所費疑惑が浮上 | newspaper = [[サンケイスポーツ]] | date = 2007-07-21 | accessdate = }}</ref>。塩崎事務所側は、経費は全て適法に支出され、公表されていると反論した<ref name="sanspo20070721"/>。 === 政治資金パーティ === 内閣官房長官だった2007年4月と7月、大規模な政治資金パーティを自粛すると定めた[[国務大臣、副大臣及び大臣政務官規範|大臣規範]]に反し、パーティを開催して計約3800万円の収入を得ていたことが政治資金収支報告書で分かった<ref>産経新聞 2008年9月12日</ref>。 === 職員の私的流用問題 === 2007年[[8月20日]]、事務所の職員が塩崎が代表を務める自民党愛媛県第1選挙区支部の政治資金の一部を私的に流用していた事実が判明した<ref>{{Cite news | url = | title = 政治資金:塩崎事務所の女性職員が流用「海外旅行などに」 | newspaper = 毎日新聞 | date = 2007-08-20 | accessdate = }}</ref><ref name="yomiuri20070820">{{Cite news | url = | title = 塩崎長官事務所も二重計上、女性職員が私的流用隠す | newspaper = [[読売新聞]] | date = 2007-08-20 | accessdate = }}</ref>。同職員はその発覚を防ぐために、2005年の選挙運動費用収支報告書に添付していた領収書の一部を、下記金額分、同支部の平成17年政治資金収支報告書に重複して添付していた<ref name="yomiuri20070820"/>。その職員は8月19日付で解雇された。塩崎は20日、愛媛県選挙管理委員会に領収書の訂正を届け出た。 === その他 === 2008年9月11日、塩崎が支部長を務める自民党愛媛県第1選挙区支部が、ウナギ蒲焼の産地を偽装したとして[[不正競争防止法]]違反の疑いで家宅捜索を受けていた伊予市内の食品会社から、合計132万円の寄付を受けていたことが判明した<ref name="47news20080911">{{Cite news | url = http://www.47news.jp/CN/200809/CN2008091101000300.html | title = 塩崎氏側に132万寄付 愛媛のウナギ偽装会社 | agency = [[共同通信社]] | publisher = [[47NEWS]] | date = 2008-09-11 | accessdate = 2012-10-24 }}</ref>。塩崎の事務所は、一支援者としての適法な支援だったが事件の推移に照らして全額を返還したとの説明を行った<ref name="47news20080911"/>。 == 所属団体・議員連盟 == * [[創生「日本」]](副会長) * [[速やかな政策実現を求める有志議員の会]](代表世話人) * [[日本会議国会議員懇談会]] * [[神道政治連盟国会議員懇談会]] * [[再チャレンジ支援議員連盟]] * [[日韓議員連盟]] * [[日朝友好議員連盟]] * [[外国人材交流推進議員連盟]] * 自民党成長戦略特命委員会(座長) * 日本を根っこから変える保守の会(会長) * 自民党地球温暖化対策特別委員会(副委員長) * 自民党ワクチン政策に関する議員連盟(幹事長) * コンピュータ会計推進議員連盟(幹事長) * 日米国会議員連盟(事務局長) == 著訳書 == * ロバート・ライシュ他「アメリカの挑戦」([[中岡望]]らとの共訳 [[東洋経済新報社]]) * スヴェン・スティンモ「税制と民主主義―近代国家の財政を賄うためのスウェーデン・イギリス・アメリカのアプローチ」([[塩崎潤]]と共訳 [[今日社]]刊) * 「日本復活 「壊す改革」から「つくる改革」へ」([[プレジデント社]]刊) * 「日本経済起死回生トータルプラン」([[石原伸晃]]、[[根本匠]]、[[渡辺喜美]]らとの共著 [[光文社]]刊) * 「「国会原発事故調査委員会」立法府からの挑戦状」(東京プレスクラブ新書) == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist|2}} == 関連項目 == * [[東京都立新宿高等学校の人物一覧]] * [[東京大学の人物一覧]] * [[ハーバード大学に関係する日本人の一覧]] * [[全国浪人共闘会議]] * [[フールファイブ]] == 外部リンク == * [http://www.y-shiozaki.or.jp/ 塩崎やすひさ 衆議院議員 愛媛1区 (松山市)] {{start box}} {{s-par}} {{Succession box | title = {{flagicon|JPN}} [[法務委員会|衆議院法務委員長]] | years = 2004年 - 2005年 | before = [[柳本卓治]] | after = [[石原伸晃]] }} {{s-off}} {{succession box | title = {{Flagicon|JPN}} [[内閣官房長官]] | before = [[安倍晋三]] | years = 第73代:2006年 - 2007年 | after = [[与謝野馨]] }} {{succession box | title = {{Flagicon|JPN}} [[自殺総合対策会議会長]] | before = 創設 | years = 初代:2006年 - 2007年 | after = [[与謝野馨]] }} {{Succession box | title = {{flagicon|JPN}} [[外務副大臣]] | titlenote = [[金田勝年]]と共同 | years = 2005年 - 2006年 | before = [[逢沢一郎]]<br />[[谷川秀善]] | after = [[岩屋毅]]<br />[[浅野勝人]] }} {{end box}} {{内閣官房長官}} {{外務副大臣}} {{デフォルトソート:しおさき やすひさ}} [[Category:日本の閣僚経験者]] [[Category:日本の副大臣経験者]] [[Category:愛媛県選出の衆議院議員]] [[Category:自由民主党の衆議院議員]] [[Category:愛媛県選出の参議院議員]] [[Category:自由民主党の参議院議員]] [[Category:日本会議の人物]] [[Category:日本銀行の人物]] [[Category:新左翼活動家]] [[Category:神道政治連盟の人物]] [[Category:東京大学出身の人物]] [[Category:愛媛県出身の人物]] [[Category:1950年生]] [[Category:存命人物]]
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