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向田邦子
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'''向田 邦子'''(むこうだ くにこ、[[1929年]](昭和4年)[[11月28日]] - [[1981年]](昭和56年)[[8月22日]])は、[[テレビドラマ]][[脚本家]]、[[随筆家|エッセイスト]]、[[小説家]]。第83回[[直木賞]]受賞。 週刊誌の[[トップ屋]]時代は'''幸田 邦子'''名義で執筆していた。共同ペンネーム「[[葉村彰子]]」の一員でもある。 == 略歴 == [[東京府]][[荏原郡]][[世田谷区|世田ヶ谷町]][[若林 (世田谷区)|若林]](現・[[東京都]][[世田谷区]]若林)生まれ。第一徴兵保険([[東邦生命保険]]。現、[[ジブラルタ生命保険]])勤務の父親が[[転勤族]]であったため一歳で宇都宮に転居したのを初めとして、幼少時から高等女学校時代まで日本全国を転々としながら育つ。[[東京都立目黒高等学校|東京都立目黒高等女学校]]、実践女子専門学校(現・[[実践女子大学]])国文科卒業。 新卒で財政文化社に入社し、社長秘書として勤める。その後[[雄鶏社]]に転職し、「[[映画ストーリー]]」編集部に配属され、映画雑誌編集者として過ごす。 雄鶏社を退社した後は脚本家、エッセイスト、小説家として活躍する。 [[1981年]](昭和56年)[[8月22日]]、旅行中の[[台湾]][[苗栗県]][[三義郷]]で[[遠東航空103便墜落事故|遠東航空機墜落事故]]にて死去。享年51。 [[法名 (浄土真宗)|法名]]は、芳章院釋清邦。墓所は東京都[[府中市 (東京都)|府中市]]の[[多磨霊園]]。墓碑銘は森繁久彌による「花ひらき、はな香る、花こぼれ、なほ薫る」。遺品は[[かごしま近代文学館]]に寄贈され、常設展示されている。寄贈を決めた時の母・せいの言葉は「鹿児島に嫁入りさせよう」<ref>向田和子 『向田邦子の恋文』 91頁。新潮社、[[2002年]](平成14年)。ISBN 4104554014 </ref>であった。 ==エピソード== *小学生の頃、父の赴任に伴い[[鹿児島県]][[鹿児島市]]で数年を過ごした。この多感な時期に鹿児島の温暖な気候や地元の風習、文化、食べ物、家族や先生、同級生との間に様々な体験をし、忘れ得ない思い出として、代表作[[随筆|エッセイ]]『[[父の詫び状]]』に詳しく綴っている。なお、この作品のモチーフは、鹿児島時代の家族団欒であると言われている。飛行機事故の直前には、雑誌の企画で鹿児島を訪問し、「故郷の山や河を持たない東京生れの私にとって、鹿児島はなつかしい「故郷もどき」なのであろう」と締めくくっている。 *戦後の混乱期には、一家は父の度重なる転勤により[[仙台]]に居を構えていた。最初の社宅は、現在の住居表示で[[仙台市]][[青葉区 (仙台市)|青葉区]][[国分町 (仙台市)|国分町]]二丁目(現在は仙台市都心部の歓楽街だが、当時はオフィス街の裏道)、後に同市同区大手町(旧・琵琶首丁。[[広瀬川 (宮城県)|広瀬川]]沿いの住宅地)に引っ越した。邦子は実践女子への通学のため、東京・麻布市兵衛町の母方の祖父母宅に下宿し、夏冬の休みだけ仙台に帰省していた。「当時は東京が極度の食糧不足にあえいでいたが、仙台は別天地のように豊かであった。」と語っている。 *雄鶏社という出版社に就職したばかりの頃は、黒いニットのトップスに黒いロングスカートという服装が多かったため、同僚からは「黒ちゃん」と呼ばれていた。後に妹の[[向田和子]]が自著の文中にて「その黒いロングスカート姿で仙台へ帰省してきた姉が、当時は黒い服を礼服以外の目的で着ていた人が少なかったこともあり、町へ出るととても目立った」と当時を回想している。 *洋裁が得意であり、一時はコートまで仕立てていた。戦中~戦後の物資の乏しい時期には弟妹達の手袋、マフラーも手編みで用意し、2人の妹にはセーラー服まで作った。生地の入手自体が困難だったため、古着を仕立て直すなど工夫していた。 *愛猫家としても知られ、実家暮らしの頃から亡くなるまで、常に複数の猫を飼っていた。その中でも[[コラット]]種のオス「マミオ」はタイ旅行した際に一目惚れした種であり、エッセイにも度々登場させている。邦子の逝去後は、母・せいと妹・和子が引き取り、16歳で癌によって亡くなるまで愛育していた。 *[[赤旗新聞]]の愛読者であることを自ら明かした(赤旗の匿名コラム『[[潮流]]』[[2009年]](平成21年)10月6日)。 *精力的に海外旅行をしていたが、実は[[飛行機恐怖症|飛行機嫌い]]であった(皮肉なことに飛行機事故で命を落とすこととなった)。亡くなった年の5月に「ヒコーキ」(『霊長類ヒト科動物図鑑』)というエッセイで、「私はいまでも離着陸のときは平静ではいられない」と書き、あまり片付けて出発すると「やっぱりムシが知らせたんだね」 などと言われそうで、縁起をかついで汚いままで旅行に出ると述懐している。 *当時珍しかった[[留守番電話]]を早い時期に導入していた。機械に慣れない人々が面白いメッセージを多く残したが、中でも秀逸は[[黒柳徹子]]で、一分/一通話のシステムでは足りなかったらしく特有の早口で九通話連続で吹き込まれていたというものであった。しかし用件には全く触れられておらず「後で直に会って話すわね。」という楽しいオチであったため、消去せずに保存して来客に聞かせて、もてなしの一つにした。 *幼少時より[[虫]]が大嫌いだった。[[虫偏]]の漢字も嫌いだったが、唯一「[[虹]]」だけは好きだった(『[[クイズダービー]]』にてこのエピソードが出題された)。 *グルメとしても有名であった。料理も得意で自炊したが、著述活動の傍ら「女性が一人でも気軽に寄れるお店を作ろう」と、妹の和子と東京都港区赤坂で小料理屋「ままや」を開店した。「ままや」は邦子の死後も妹の和子によって営業が続けられたが、[[1998年]](平成10年)に閉店した。その経緯は和子著の「かけがえのない贈り物」に詳しい。 == 年表 == *[[1929年]](昭和4年)[[11月28日]]、[[東京府]][[荏原郡]][[世田谷区|世田ヶ谷町]][[若林 (世田谷区)|若林]]にて父・敏雄、母・せいの長女として出生。 *[[1930年]](昭和5年)[[4月]]、[[栃木県]][[宇都宮市]]二条町二丁目13番地に転居 *[[1934年]](昭和9年)4月、栃木県宇都宮市西大寛町に転居 *[[1936年]](昭和11年)4月、宇都宮市西原尋常小学校に入学。 *[[1936年]](昭和11年)[[7月22日]]、東京府[[東京市]][[目黒区]][[中目黒]]三丁目に転居 *[[1936年]](昭和11年)9月、二学期から[[目黒区立油面小学校|目黒区立油面尋常小学校]]に転校。 *[[1937年]](昭和12年)[[9月]]、東京府東京市目黒区[[下目黒]]四丁目に転居。 *[[1939年]](昭和14年)[[1月]]、[[鹿児島県]][[鹿児島市]][[平之町]]上之平50番地に転居。[[鹿児島市立山下小学校|鹿児島市立山下尋常小学校]]に転校。 *[[1941年]](昭和16年)[[4月]]、[[香川県]][[高松市]][[寿町 (高松市)|寿町]]1番地に転居。[[高松市立四番丁小学校|高松市立四番丁国民学校]]に転校。 *[[1942年]](昭和17年)[[3月]]、高松市立四番丁国民学校を卒業 *[[1942年]](昭和17年)4月、[[香川県立高松高等学校|香川県立高松高等女学校]]に入学 *[[1942年]](昭和17年)9月、[[東京都]]目黒区中目黒四丁目に転居。[[東京都立目黒高等学校|東京市立目黒高等女学校]]に編入学 *[[1947年]](昭和22年)[[3月]]、東京都立目黒高等女学校を卒業 *[[1947年]](昭和22年)4月、[[実践女子大学|実践女子専門学校]]・[[国文科]]に入学 *[[1947年]](昭和22年)6月、父の転勤に伴い一家は[[宮城県]][[仙台市]]に転居。邦子は通学のため東京都[[港区 (東京都)|港区]]麻布市兵衛町(現:[[六本木一丁目]])にある母方の祖父母の家に下宿して学生時代を過ごす。 *[[1950年]](昭和25年)、財政文化社に社長秘書として入社。父の勤務先である東邦生命の社宅(杉並区久我山)から通勤。 *[[1952年]](昭和27年)、新聞の求人欄に「編集部員求ム」の広告を出していた[[雄鶏社]]に応募し採用され、雑誌『映画ストーリー』の編集に従事するかたわら[[市川三郎]]のもとで脚本を学ぶ。同時に、[[小森和子]]ら映画界などの人脈が出来る。 *[[1960年]](昭和35年)、同社を退社後、フリーライターとして独立する。 *[[1962年]](昭和37年)、[[ラジオドラマ]]「[[森繁の重役読本]]」脚本執筆。 *[[1964年]](昭和39年)、東京都[[杉並区]]の実家を出て港区麻布霞町(現:[[西麻布]])で独立生活を始める。テレビドラマ『[[七人の孫]]』脚本。このころ離婚歴のあるドイツ語助教授と見合いをするも、「自分より収入の多い女は困る」という相手方の都合で破談となる。 *[[1969年]](昭和44年)、父・敏雄が心不全のため急逝。64歳没。 *[[1970年]](昭和45年)、東京都港区[[南青山]]五丁目へ転居。以後終の住処となる。テレビドラマ『[[だいこんの花]]』脚本。 *[[1971年]](昭和46年)、テレビドラマ『[[時間ですよ]]』脚本。 *[[1974年]](昭和49年)、テレビドラマ『[[寺内貫太郎一家]]』脚本。 *[[1975年]](昭和50年)、[[乳癌]]の手術を受ける。術後は[[輸血]]による[[肝炎]]と右腕が動かない等の後遺症に苦しめられる。 *[[1976年]](昭和51年)、[[銀座百点]]に『父の詫び状』を連載開始する。当初は後遺症により右手が使えないため、左手で執筆していた。 *[[1977年]](昭和52年)、テレビドラマ『[[冬の運動会]]』『[[だいこんの花]]パート2』脚本。 *[[1978年]](昭和53年)、妹の和子と小料理屋「ままや」を開店。テレビドラマ『[[家族熱]]』脚本。初のエッセイ集『父の詫び状』刊行。 *[[1979年]](昭和54年)、テレビドラマ『[[阿修羅のごとく]]』脚本。 *[[1980年]](昭和55年)、短篇の連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』で第83回[[直木賞]]を受賞。 *[[1981年]](昭和56年)[[8月22日]]、取材旅行中の[[台湾]][[苗栗県]][[三義郷]]で[[遠東航空103便墜落事故|遠東航空機墜落事故]]にて死去。{{没年齢|1929|11|28|1981|8|22}}。 *[[1983年]](昭和58年)、向田の功績を記念して優れた脚本に対して与えられる「[[向田邦子賞]]」が創設された。 *[[1998年]](平成10年)、「ままや」閉店。 *[[2008年]](平成20年)、母・せい逝去。100歳没。 == 代表作 == *『向田邦子全集』(全3巻、[[文藝春秋]]、1987年) *『向田邦子全集〈新版〉』(全11巻、別巻2巻、文藝春秋、2009年 - 2010年) *『向田邦子シナリオ集』(全6巻、[[岩波現代文庫]]、2009年) === テレビドラマ === *『[[七人の孫]]』第1シリーズ([[1964年]]、[[TBSテレビ|TBS]]) *『七人の孫』第2シリーズ([[1965年]]、TBS) *『[[だいこんの花]]』第1シリーズ([[1970年]]、[[テレビ朝日|NET]]) *『[[鬼退治 (テレビドラマ)|鬼退治]]』([[1971年]]、NET) *『[[時間ですよ]]』第2シリーズ(1971年、TBS) *『[[七つちがい]]』(1971年、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]) *『新・だいこんの花』第2シリーズ([[1972年]]、NET) *『[[桃から生まれた桃太郎]]』(1972年、[[日本放送協会|NHK]]) *『[[おかめひょっとこ]]』(1972年、[[毎日放送|MBS]]) *『[[パパと呼ばないで]]』(1972年、日本テレビ) *『だいこんの花』第3シリーズ(1972年、NET) *『時間ですよ』第3シリーズ([[1973年]]、TBS) *『[[寺内貫太郎一家]]』([[1974年]]、TBS) *『時間ですよ・昭和元年』(1974年、TBS) *『だいこんの花』第4シリーズ(1974年、NET) *『寺内貫太郎一家2』(1975年、TBS) *『[[七色とんがらし]]』(1976年、NET) *『[[冬の運動会]]』([[1977年]]、TBS) *『[[眠り人形]]』(1977年、TBS) *『[[最後の自画像]]』(1977年、NHK) *『だいこんの花』第5シリーズ(1977年、[[テレビ朝日]]) *『[[せい子宙太郎‐忍宿借夫婦巷談]]』(1977年、TBS) *『[[家族熱]]』([[1978年]](昭和53年)、TBS) *『[[カンガルーの反乱]]』(1978年、テレビ朝日) *『[[阿修羅のごとく]]』([[1979年]]、NHK) *『[[家族サーカス]]』(1979年、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]) *『[[愛という字]]』(1979年、TBS) *『[[源氏物語]]』(1980年、TBS) *『阿修羅のごとく パートII』(1980年、NHK) *『[[あ・うん]]』(1980年、NHK) *『[[幸福 (テレビドラマ)|幸福]]』(1980年、TBS) *『[[蛇蝎のごとく]]』([[1981年]]、NHK) *西武スペシャル『隣りの女 現代西鶴物語』(1981年、TBS) *『続あ・うん』(1981年、NHK) ;向田邦子新春シリーズ(原案) *『眠る盃』『夜中の薔薇』『冬の家族』(1985年) *『女の人差し指』(1986年) *『麗子の足』(1987年) *『男どき女どき(1988年) *『わが母の教えたまいし』(1989年) *『隣の神様』(1990年) *『女正月』(1991年) *『華燭』(1992年) *『家族の肖像』(1993年) *『いとこ同志』(1994年) *『風を聴く日』(1995年) *『響子』(1996年) *『空の羊』(1997年) *『終わりのない童話』(1998年) *『小鳥のくる日』(1999年) *『あ・うん』(2000年) *『風立ちぬ』(2001年) ;向田邦子終戦特別企画シリーズ(原案) *『いつか見た青い空』(1995年) *『言うなかれ君よ別れを』(1996年) *『蛍の宿』(1997年) *『昭和のいのち』(1998年) *『あさき夢みし』(1999年) === 小説・エッセイ === *『寺内貫太郎一家』([[産経新聞社|サンケイ新聞社]]出版局、1975年)ISBN 4-10-129401-1 *『[[父の詫び状]]』([[文藝春秋]]、1978年)ISBN 4-16-727721-2 *『眠る盃』([[講談社]]、1979年)ISBN 4-06-131768-7 *『無名仮名人名簿』(文藝春秋、1980年)ISBN 4-16-727703-4 *『思い出トランプ』([[新潮社]]、1980年)ISBN 4-10-129402-X *『あ・うん』(文藝春秋、1981年)ISBN 4-16-727720-4 *『霊長類ヒト科動物図鑑』(文藝春秋、1981年)ISBN 4167277050 *『隣りの女』(文藝春秋、1981年)ISBN 4-16-727704-2 *『夜中の薔薇』(講談社、1981年)ISBN 4-06-183182-8 *『女の人差し指』(文藝春秋、1982年)ISBN 4-16-727706-9 *『男どき女どき』(新潮社、1982年)ISBN 4-10-129404-6 *『向田邦子全対談集』([[世界文化社]]、1982年)ISBN 4-16-727707-7 *『幸福』(新潮社、1985年)ISBN 4-10-129406-2 *『冬の運動会』(新潮社、1985年)ISBN 4-10-129405-4 *『家族熱』(新潮社、1986年)ISBN 4-10-129407-0 *『蛇蠍のごとく』(新潮社、1986年) ISBN 9784101294087 *『[[森繁の重役読本]]』(ネスコ、1991年)ISBN 9784167277086 *向田邦子著、上野たま子、栗原敦編 『向田邦子・映画の手帖:二十代の編集後記より』([[徳間書店]]、1991年 )ISBN 4-19-890596-7 *『だいこんの花 前篇・後篇 』(新潮社、1991年)ISBN 4-10-129409-7 ISBN 4-10-129410-0 *『源氏物語・隣りの女』(新潮社、1991年)ISBN 4-10-129411-9 *『六つのひきだし:「森繁の重役読本」より』(ネスコ、1993年)ISBN 9784890368600 *『愛という字:東芝日曜劇場名作集』(ラインブックス、1993年)ISBN 9784847011856 *『眠り人形』(ラインブックス、1993年)ISBN 4-8470-1181-3 *『忍宿借夫婦巷談:せい子宙太郎 上・下』(ラインブックス、1994年)ISBN 4-8470-1199-6 ISBN 4-8470-1200-3 *向田邦子原作<ref>『愛という字』から『家族熱』までは、向田邦子の放送台本を中野玲子が小説化したものである。</ref>、[[中野玲子]]著 『愛という字』(文藝春秋、1996年)ISBN 4-16-727712-3 *向田邦子原作、中野玲子著『せい子・宙太郎 上・下』(文藝春秋、1996年)ISBN 4-16-727709-3 ISBN 4-16-727710-7 *向田邦子原作、中野玲子著『眠り人形』(文藝春秋、1996年)ISBN 4-16-727711-5 *向田邦子原作、中野玲子著『きんぎょの夢』(文藝春秋、1997年)ISBN 4-16-727714-X *向田邦子原作、中野玲子著『冬の運動会』(文藝春秋、1998年)ISBN 4-16-727715-8 *向田邦子原作、中野玲子著『蛇蠍のごとく』(文藝春秋、1998年) ISBN 4-16-727716-6 *向田邦子原作、中野玲子著『 阿修羅のごとく』(文藝春秋、1999年)ISBN 4-16-727717-4 *向田邦子原作、中野玲子著『桃から生まれた桃太郎』(文藝春秋、1999年)ISBN 4-16-727718-2 *向田邦子原作、中野玲子著『家族熱』(文藝春秋、1999年)ISBN 4-16-727719-0 *向田邦子、向田和子著『向田邦子暮しの愉しみ』(新潮社、2003年)ISBN 4-10-602103-X *[[松本清張]]、向田邦子著『[[駅路 (松本清張)#参考文献|駅路/最後の自画像]]』(新潮社、2009年)ISBN 4-10-320438-9 [[東京書籍]]発行の中学校3年生の国語の教科書に『ごはん』、[[光村図書]]発行の中学校2年生の国語の教科書及び[[学校図書]]発行の中学校1年生の国語の教科書に『字のないはがき』が掲載されている。また、東京書籍の平成18年度から21年度採用の教科書(中学校3年生)の資料偏にも『字のないはがき』が掲載されている。 == 関連書籍 == *[[山口瞳]] 『木槿の花』(新潮社、1982年)ISBN 4-10-111126-X *向田保雄 『姉貴の尻尾:向田邦子の想い出』([[文化出版局]]、1983年)ISBN 4-06-185354-6 *[[黒柳徹子]] 『マイフレンズ』(新潮社、1986年)ISBN 4-10-133403-X *文藝春秋編『向田邦子ふたたび』(文藝春秋、1986年)ISBN 4-16-810004-9 *[[松原惇子]] 『[[クロワッサン症候群]]』(文藝春秋、1988年) ISBN 9784167117030 *向田和子編『向田邦子の手料理』(講談社、1989年)ISBN 4062043173 *『向田邦子の世界:没後十年いまふたたび』(「向田邦子の世界展」実行委員会、1991年) *向田邦子研究会編『素顔の幸福:向田邦子研究会誌』(向田邦子研究会、1992年) *[[久世光彦]] 『触れもせで:向田邦子との二十年』(講談社、1992年)ISBN 4-06-263075-3 *平原日出夫 『向田邦子のこころと仕事:父を恋ふる』(小学館、1993年)ISBN 4-09-387103-5 *向田和子 『かけがえのない贈り物~ままやと姉・向田邦子』(文藝春秋、1994年)ISBN 4-16-715605-9 *橘芳慧 『八丁堀猫ものがたり:向田邦子さんの贈り物』([[河出書房新社]]、1995年)ISBN 9784309901459 *松田良一 『向田邦子心の風景』(講談社、1996年)ISBN 4-06-208084-2 *木戸みどり 『娘の眼:向田邦子の作品における父親像』(近代文芸社、1995年)ISBN 4-7733-3034-1 *久世光彦 『夢あたたかき:向田邦子との二十年』(講談社、1995年)ISBN 4-06-263927-0 *山根美奈 『プーリアの夏:向田邦子とKと私』(ネスコ、1997年)ISBN 9784890369454 *『向田邦子全集自立語索引』(実践女子学園、1998年) *向田邦子研究会 『向田邦子熱』(いそっぷ社、1998年)ISBN 4-900963-06-2 *小林竜雄 『向田邦子最後の炎』([[読売新聞社]]、1998年)ISBN 4-12-203732-8 *上野たま子 『向日葵と黒い帽子:向田邦子の青春・銀座・映画・恋』(KSS出版、1999年)ISBN 978-4-594-05499-1 *向田和子編 『向田邦子の青春:写真とエッセイで綴る姉の素顔』(ネスコ、1999年)ISBN 4-16-715606-7 *小林竜雄 『向田邦子ワールドの進化:没後20年を迎え、今初めて明かされるドラマと小説の謎』([[小学館]]、2000年)ISBN 4-09-404601-1「向田邦子の全ドラマ」の増補 *『向田邦子を旅する。』([[マガジンハウス]]、2000年)ISBN 4-8387-8302-7 *井上謙、神谷忠孝編『向田邦子鑑賞事典』(翰林書房、2000年)ISBN 4-87737-108-7 *[[高島俊男]] 『メルヘン誕生:向田邦子をさがして』(いそっぷ社、2000年)ISBN 4-900963-13-5 *平原日出夫編 『向田邦子・家族のいる風景』([[清流出版]]、2000年)ISBN 4-916028-73-2 *向田和子 『向田邦子の遺言』(文藝春秋、2001年)ISBN 4-16-715607-5 *向田和子 『向田邦子の恋文』(新潮社、2002年)ISBN 4-10-119041-0 *相庭泰志構成『向田邦子をめぐる17の物語』([[ベストセラーズ]]、2002年)ISBN 4-584-18648-0 *小林竜雄 『向田邦子恋のすべて』([[中央公論新社]]、2003年) ISBN 978-4-12-204856-0 *[[太田光]] 『NHK 知るを楽しむ 私のこだわり人物伝』2005年6・7月号(NHK出版協会・6月放送分)ISBN 414189124X *岩淵宏子編 『ジェンダーで読む愛・性・家族』([[東京堂出版]]、2006年) ISBN 4-490-20596-1 *[[川本三郎]]責任編集 『久世光彦の世界:昭和の幻景』([[柏書房]]、2007年) ISBN 4-7601-3084-9 *上野たま子 『雑誌記者向田邦子』([[扶桑社]]、2007年)ISBN 978-4-594-05499-1「向日葵と黒い帽子」の増訂 *川本三郎 『向田邦子と昭和の東京』(新潮社、2008年)ISBN 978-4-10-610259-2 *小林竜雄 『久世光彦vs.向田邦子』(朝日新聞出版、2009年)ISBN 9784022732606 *『向田邦子テレビドラマ全仕事完全版』(東京ニュース通信社、2011年)雑誌64843-42 ISBN 978-4-86336-162-1 *[[文藝]]別冊 『総特集 向田邦子 脚本家と作家の間で』(河出書房新社、2013年) ISBN 978-4-309-97800-0 *太田光 『向田邦子の陽射し』 (文春文庫、2014年) ISBN 978-4-16-790039-7 == 電子版 == *現存する主なテレビ脚本を電子書籍「TVガイド文庫」として、株式会社ニュース企画より刊行中。 == その他 == *向田邦子作品集「隣りの女」より~『隣りの女』『胡桃の部屋』~CD3枚組 (日本音声保存) == テレビ番組 == <!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --> *[[第31回NHK紅白歌合戦]]に審査員として出演。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} ==外部リンク== *[http://www.jissen.ac.jp/library/mukoda/ 向田邦子文庫] *[http://www.k-kb.or.jp/kinmeru/ かごしま近代文学館・かごしまメルヘン館] {{デフォルトソート:むこうた くにこ}} [[Category:向田邦子|*]] [[Category:日本の脚本家]] [[Category:日本の随筆家]] [[Category:日本の小説家]] [[Category:直木賞受賞者]] [[Category:東京都出身の人物]] [[Category:1929年生]] [[Category:1981年没]] [[Category:航空事故死した人物]] {{writer-stub}}
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