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右翼団体
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'''右翼団体'''(うよくだんたい)は、[[右翼]][[思想]]を掲げる[[政治団体]]または政治的勢力である。 右翼的または[[保守]]的な思想や団体は、古来よりあらゆる時代・地域に存在している。17世紀以降の[[啓蒙思想]]や、[[18世紀]]以降の[[産業革命]]による[[近代化]]により、[[進歩主義 (政治)|進歩主義]]や[[自由主義]]や[[個人主義]]などの思想と、政治的・経済的には[[資本主義]]や[[社会主義]]などが進展すると、それらに疑問を持ち反対する対抗勢力として右翼思想や[[保守主義]]を掲げる団体も明確化していった。 右翼団体の多くは、その国や地域の文化的・歴史的・伝統的な価値観や、それらに基づく社会秩序や社会体制を支持しており、[[ナショナリズム]]や[[民族主義]]や[[国家主義]]あるいは地域的な[[共同体]]を重視した多数の思想や運動が存在している。 しかし「右翼団体」の公式な[[定義]]や範囲は存在しておらず、自称する団体、自称しないがそう他称される場合が多い団体、あるいは政治団体としての実態を伴わないが[[暴力団]]などが摘発回避のため偽装している団体、更には[[革新派]]や[[左翼団体]]からレッテル張りされた団体も少なくなく様々である。[[政治的スペクトル]]上の位置づけでは、通常は保守主義、[[権威主義]]、[[全体主義]]、[[王党派|君主主義]]、[[集団主義]]、あるいは[[反共主義]]などの指向を持つ場合が多い。 == 日本の右翼 == 日本の右翼団体は、通常は[[観念右翼]]、[[正統右翼]]、[[仁侠右翼]]、[[革新右翼]]([[国家社会主義]])、[[街宣右翼]]、[[宗教右翼]]、[[新右翼]]([[民族派]])、[[行動する保守]]などに分類される。また「右翼団体」の呼称はあくまで左翼との比較における名称であるため、自ら右翼団体と標榜することはなく一般には「[[愛国心|愛国者団体]]」という表現をする(連絡機関の団体名にも「愛国」の文字が見られる)。 伝統的な意味の右翼思想は、伝統や文化の価値を重視する[[保守主義]]であり、日本の右翼が思想的な源流を主張するのは近世の[[国学]]や、[[維新の三傑|明治維新の三傑]]と目されながらも[[士族]]の反乱である[[西南戦争]]を起こした[[西郷隆盛]]などである<ref>[[猪野健治]]『日本の右翼』</ref>。これらは、[[西洋化]]につながる[[近代化]]や、それを推進する中央政府を警戒し、地域の宗教や歴史や[[習俗]]の独立性や継続性を重視する、保守的・伝統的・地方主義的な右翼潮流として、以後の政府や資本家の用心棒的な「観念右翼」や、社会主義に対抗し、国内の腐敗を除去する「革新」を打ち出す<ref name="s1">[http://100.yahoo.co.jp/detail/%E5%8F%B3%E7%BF%BC/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6%E5%89%8D%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%8F%B3%E7%BF%BC%E9%81%8B%E5%8B%95%E3%81%A8%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0/ 「右翼―3.第二次世界大戦前の日本における右翼運動とファシズム」] [[小学館]][[日本大百科全書]]</ref>「革新右翼」とは別に存在していくことになる。 [[日本]]では、車両を用いて駅前や街頭、官公庁近辺や攻撃対象となる企業や集会場の周辺等で大音量による抗議、宣伝活動や[[公道]]を大音量の音楽を流して走行する「[[街宣右翼]]」が広く知られ「典型的な右翼」と見られがちであるが、この活動方法は[[1970年]]([[昭和]]45年)内外にあらわれたものであり、多くは暴力団と表裏一体の右翼団体([[仁侠右翼]]、右翼標榜団体)であり、多くは思想面での政治運動には積極的ではなく、企業恐喝や政治家有名人恐喝などを目的としたいわゆる偽装右翼団体、『似非右翼』である場合が多い<ref>2006年(平成18年)10月19日東京・外国特派員協会での講演にて。[http://s03.megalodon.jp/2008-0516-2017-49/www.videonews.com/press-club/0610/000912.php ビデオニュース・ドッドコム]</ref><ref>[http://web.archive.org/web/20011217234057/http://www.asahi.com/english/weekend/K2001120900069.html Paul Baylis, "Korean activist braces for `storm of fascism'"]</ref><ref>「今こそ日本的変格を目指す右翼民族派が立つ時」『朝まで生テレビ!激論!日本の右翼』全国朝日放送、1990年</ref><ref>李鳳宇『パッチギ!的 世界は映画で変えられる』岩波書店、2007年(平成19年)、p192</ref><ref>岡留安則『噂の真相25年戦記』集英社新書、2005年(平成17年)、p58。</ref>。 === 歴史 === ==== 明治以降 ==== 日本の右翼思想が確立するのは明治時代であるが、その源流は、[[江戸時代]]後期の[[国学]]者の一部が標榜した[[国粋主義]]や[[皇国史観]]などが挙げられる。また日本の右翼団体の起源は、[[1868年]](明治元年)[[1月3日]]の[[明治維新]]([[王政復古の大号令]])だと目される。これを14年遡った[[1854年]](安政元年)[[3月31日]]に、[[江戸幕府]]14代将軍[[徳川家定]]が[[鎖国]]を撤廃した時、[[勤王]]反幕の政治家が勢力を増した。幕末に生み出された大量の尊王派の志士の組織活動は、維新の成功によりいったんは政権に組み込まれ消失する<ref>明治初年は[[戊辰戦争]]が決着しておらず、また尊攘派や脱藩浮浪問題は解決しているとはいえず、明治新政府による天皇行幸(東行)すら新政府中枢による政治の壟断として反論が噴出する状態であった。「久留米と肥後大に関係之様子に而、浮浪をこぶし則今攘夷之議を申立、迂活之ものは大に為其惑わされ候ものも不少、随面御発輦之事を疑惑を立、宮堂上等方へ迫り建言いたし、宮堂上方もまた為其に駆使せられ頻に奔走、一時其混乱不用意」(木戸孝允書簡、明治2年3月10日)。尊王派の不穏な動きには一部の公家や脱藩浮浪が結びつく傾向があった。『東京「遷都」の政治過程』佐々木克(京都大学人文學報 1990年)[http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/48326/1/66_41.pdf]P.60(PDF-P.21)。[[二卿事件]]も参照。</ref>。 画期となるのは[[征韓論|征韓論事件]]を境とした九州・山口でおこった一連の[[士族反乱]]である。[[西郷隆盛|西郷]]を敬愛し国学・朱子陽明学の実践を願いながらも死にそびれ、あるいは取り残された者たちの在野集団が[[1881年]](明治14年)に[[頭山満]]らが結成した[[玄洋社]]であり、これが日本の[[観念右翼]]のはじまりとされている。 [[1880年代]]に[[自由民権運動]]が発生し、激しい反政府運動が盛り上がった。明治政府は自由民権運動を公権力で取り締まるとともに、しばしば[[任侠]]集団に政治団体を結成させ、民権運動家の活動を妨害・弾圧する手段とした。その後、[[社会主義]]運動の高まりと共に[[労働争議]]、[[小作争議]]が各地に広まると、[[政界]]、[[財界]]からの要望により、任侠系の政治団体がそれらの運動妨害、弾圧運動に大きな役割を果たした。この系統を引く団体は、「任侠右翼」([[暴力団]]系右翼)などと呼ばれる。 [[1910年代]]になると[[社会主義]]思想が日本にも波及してきた。政府はこれに自由民権運動以上の拒否反応を示し、公権力と任侠集団で取り締まりや妨害を行った。これらの任侠集団は明治元勲たちとも結びつきが強く、自由主義や社会主義に対抗して、国家を擁護する右翼団体を結成した。 また、近代化の過程で生じた諸矛盾を解決を目指す政治団体として、[[平等]]を目指す2つの流れが生じた。一つは[[社会主義革命]]により平等を目指そうとする流れ。もう一つは天皇の下に万民は平等であるとする流れである。これは、[[日清戦争]]や[[日露戦争]]を背景に、[[中華民国]]の成立や[[李氏朝鮮]]の近代化に関与した[[大アジア主義]]の潮流に乗る。また、社会主義の影響もとで国家主義によるアジアの近代化の実現を目指したために社会主義との接近をも起こし、その思想潮流はいわゆる国家社会主義や社会主義との複雑な影響の元にあった。思想的傾向は、必ずしも[[反共主義]]ではなく、反欧米色が強かった。この系統を引く団体は、「正統右翼」などと称される。 財界の要望に立ち労働運動を弾圧する「任侠右翼」(暴力団系右翼)と、理想を掲げて凡アジア的活動を行う「正統右翼」は、戦前の右翼団体の2つの大きな系統であった。これらは利害が一致する財界、[[軍部]]から資金援助を受けて活動をしていたと[[田中隆吉]]は述べている<ref>田中『敗因を衝く―軍閥専横の実相』中公新書。</ref>。 [[世界恐慌]]時代には、右翼も[[社会主義]]から強い影響を受け、一部の国学の系統を引く日本の保守思想家や左翼からの転向組の中から[[国家社会主義]]思想を持つグループが現れた。この系統は'''革新右翼'''と言い<ref name="h1">『世界大百科事典』 平凡社、2007年(平成19年)、「右翼」の項目</ref>、陸軍の[[皇道派]]に近い民族主義的な観念右翼と、陸軍の[[統制派]]に近い革新右翼が対立を起こすようになる<ref name="h1"/>。これらは[[日独伊三国軍事同盟]]締結時の陸海軍の対立や、[[五・一五事件]]、[[二・二六事件]]などにも影響を与えた。右翼は[[大東亜戦争]]([[太平洋戦争]])直前に締結された日独伊三国軍事同盟については支持する立場を採ったが、イタリアの[[ファシズム]]やドイツの[[ナチズム]]に対しては、自由主義や社会主義と同様の外来思想と受け止められ、[[東方会]]などの一部の団体を例外として大半からは無関心もしくは排斥の対象として捉えられていた<ref name="Y1">『国史大事典』第2巻 吉川弘文館、1980年(昭和55年)、「右翼運動」の項目(執筆者:高橋正衛)</ref>。 ==== 第二次世界大戦終結後 ==== [[1945年]](昭和20年)に日本政府は[[降伏文書]]に調印した([[第二次世界大戦]]での[[日本の降伏]])。[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]により多くの右翼団体は[[軍国主義]]の温床と見なされ、弾圧を受けた。また、右翼団体の[[パトロン]]であった軍部の消滅、[[財閥]]の解体、[[農地改革]]による[[地主]]層の没落により、資金面でも厳しい局面に追い込まれた。これにより革新右翼の流れを汲む'''民族派右翼'''(陸軍系)は衰退し、親米右翼の流れが増えていった。 ==== 冷戦時代 ==== アメリカ軍を中心とする連合国軍の占領下に置かれた[[戦後混乱期]]には、[[GHQ]]主導で上からの[[民主化]]が進められたものの、[[東京裁判]]が終わると今度は[[冷戦]]が始まり[[反共主義]]による「[[逆コース]]」が進み、[[公職追放]]を受けた者が続々と政界に復帰した。すると、日本の再軍備化が検討されるようになり、公職追放解除や朝鮮戦争への日本の協力として旧軍人への法務府特別審査局の聞き取りなどがおこなわれ、それまで沈黙を保っていた旧軍人や右翼活動家も発言をおこなうようになった。再軍備にむけた旧軍人の組織的な活動は1951年(昭和26年)8月の大量の追放解除以降に活発化し、おおむね以下の5派が展開された。 #皇軍復活を主張した[[真崎甚三郎]]らの「皇道派」 #具体的再軍備案を提示のうえ連合国側に協力を提示した[[下村定]]らの「正義派」 #連合国との協力を変節者と見なしこれに対抗した[[岩畔豪雄]]らの「統制派」 #反共援蒋のために台湾派兵を計画した[[岡村寧次]]の「募兵派」 #制海・制空権を重視した再軍備計画を提案した[[野村吉三郎]]元海軍大将を中心とした「海軍派」 最初の組織化は[[1951年]](昭和26年)10月に[[赤尾敏]]を中心とした[[大日本愛国党]]であるが、すでにその半年前の2月には第一回愛国者団体懇親会などができあがっており、また1952年(昭和27年)からは右翼団体が続々と設立された<ref>「再軍備ナショナリズムの出現と展望」南基正(東北大学大学院法学研究科 渥美財団21世紀東アジア研究フォーラム){{PDFlink|[http://www.aisf.or.jp/sgra/kawaraban/kawaraban6.pdf]}}P.4</ref>。 これらは冷戦にともなう「防共の砦」としての日本の防衛に危機感を持ったGHQの意向に適うものであり、左翼思想を統制する「[[逆コース]]」とも呼ばれた。1951年(昭和26年)には、[[木村篤太郎]]法務総裁(後に法務大臣)が当時の金額で3億数千万の予算をつけ、[[テキ屋]]、暴力団、右翼をまとめた[[私兵]]「反共抜刀隊」を政策として立案したが、[[吉田茂]]首相に相手にされずに頓挫した。 [[連合国軍占領下の日本|占領期]]が終わると各[[右翼]]は天皇中心主義・反共主義・反社会主義・再軍備促進・[[憲法改正]]などのそれぞれの主張を標榜し、活動を再開した<ref>平凡社『[[世界大百科事典]]』1988年(昭和63年)</ref>。これら戦後の右翼団体の大きな特徴としては「反共[[親米]]」路線を挙げることができる。 1960年(昭和35年)には[[ドワイト・D・アイゼンハワー]]米国大統領来日を歓迎・支援するために、[[自民党]]安保委員会が、全国のテキ屋、暴力団、右翼を組織して「アイク歓迎実行委員会」を立ち上げ、左翼の集会に殴り込みをかけさせた。これらの動きに伴い、黒塗りの[[街宣車]]で大音量の[[軍歌]]を流す、典型的な「街宣右翼」が登場した。1992年(平成3年)の[[暴力団対策法]]施行以降は、[[暴力団]]組織が[[右翼団体]]に資金を提供、もしくは政治団体に衣替えする事例が続発し、右翼が国家に対抗し反権力を主張する状態になっている。街宣右翼は、相手を“[[反日]]”と断じたならば街宣をかけるというその性質から、様々な批評がされている。 任侠右翼の系譜としては、戦後しばらくして海軍と三菱財閥の流れを汲む利権に結びついた山口組系右翼の活動が目立った。彼らは海軍・三菱と共に長崎から船に乗って広島、神戸、横浜など造船所・港町を伝って全国へ広がった。天皇を立てた主張が近いため両者の識別は難しいが思想・活動目的、資金源は全く異なる。概ね親米か反米かで区別できる。戦後から昭和期にかけては[[児玉誉士夫]]のように政財界の黒幕として利権政治や談合に関与し、あるいは[[総会屋]]や[[仕手筋]]などとして暗躍するものもいたが次第に退潮した。正業を持たず資産家の資産を守る用心棒まがいのことをしたり、食客まがいの者もある。 他方では、1960年代後期から、「[[新右翼]]」や「民族派」と呼ばれる、街宣車を用いないか一般車のような外見の街宣車で演説をする活動に切り替える右翼活動家が現れ始めた。彼らは「反共」一辺倒の思想や暴力行為や大音量による宣伝活動に従来の観念右翼や街宣右翼に反発し、トークセッションに出演したり論壇誌に数ページの連載を持ったりする論理的な言論活動で日本や民族を訴える活動をしている(もっとも、著名な人物は[[鈴木邦男]]以外見当たらない)。この背景には、従来型の[[右翼]]の黒幕である[[児玉誉士夫]]の[[ロッキード事件]]での多額の蓄財の発覚や、[[三島事件]]、[[経団連襲撃事件]]などを契機とした、体制寄りの腐敗した「既成右翼」への反発がある。彼らは「反共反米反体制」や、場合によっては「民主主義、市民主義」を主張し、思想的には戦前の「正統右翼」との共通点も大きい。 戦後の右翼運動の特徴として、「宗教右翼」の台頭も挙げられる。保守系、右派系思想を持つ(新興)宗教団体が直接、または間接的に政治団体を立ち上げたものである。宗教右翼の特徴としては、国粋主義等とは本来関係のない、宗教色の強い反ジェンダー主義を唱えていることが多い。たとえば、宗教観と相いれない選択的[[夫婦別姓]]精度への反対などは、過去日本が夫婦別姓であった時代もあることなども考えれば、日本の伝統という意味でも、本来保守とは関係ない話題であるが、宗教右翼団体の反対が多く、そのために関連する保守団体が反対を唱えていることが多い。この際、母胎となる宗教団体が主要な資金源となっている。たとえば、[[神社本庁]]は関連団体[[神道政治連盟]]があり、その国会議員懇談会を通して一部の[[自由民主党 (日本)|自民党]]議員へ大きな政治影響力を持つ。[[森喜朗]]元首相の[[神の国発言]]もこの懇談会で行われたものである。右派団体である[[日本会議]]にもその主要メンバーとして参加している。他にも、[[山口県]][[山口市]]に本部を置く[[新生佛教教団]]は、その関連団体である[[日本時事評論社]]の発行する無料情報紙(ビラ)の配布などを通じて、選択的[[夫婦別姓]]制度への反対など国粋主義・反ジェンダー主義的な活動を行ってきた。[[2002年]]6月、山口県宇部市において、市の審議会によって用意されていた[[男女共同参画]]推進条例案の内容を恣意的に変えた条例案が、突然出され制定された。これはこの教団の活動によるものと指摘されている<ref>[[三井マリ子]]、『男女平等を嫌う反動勢力の実像』、WE 2004年11月号</ref>。なお、新生佛教教団も日本会議に参加している団体である。[[生長の家]]は、天皇崇拝等、極めて国粋主義的保守思想を持つ宗教団体であり、やはり右派団体[[日本会議]]に主要メンバーとして参加しているほか、「[[新しい教科書をつくる会]]」の活動などを行っている。過去には[[生長の家政治連合]]という政治団体を持って活動していたこともある。他の日本における右派系仏教団体としては、[[法華神道]]の流れを受けついだ[[佛所護念会教団]]、[[国柱会]]などを始めとして、[[神仏習合|神仏混交]]の色彩が強い教派が目立つ。[[キリスト教右派]]系団体のうち[[プロテスタント]]系の<!--[[福音派]]は戦前戦中期に朝鮮で「愛国(民族)運動」を、内地では「抵抗運動」を展開した。一方日本の団体は「戦争は伝道範囲拡大のチャンス」と捉え、教団としては特に戦争への抵抗を行なわなかった。戦後は[[社会派]]の教団を中心に日本の戦争責任の「告白」を積極的に実施され、1980年代には靖国神社国営化法案反対運動を展開した。-->[[福音派]]や、韓国系の[[世界基督教統一神霊協会]]([[国際勝共連合]])は、反共、親米・親韓、親[[イスラエル]]などを唱え、戦争についても「伝道範囲拡大のチャンス」と捉え抵抗を行なっていない。一方で[[靖国神社]]を含む神社仏閣への参拝・参詣には「他宗教は[[偶像崇拝]]・偽の神・悪魔である」と否定的である。しかし[[キリストの幕屋]]など一部団体は、靖国神社に参拝している。[[東方正教会]]は旧ソ連から弾圧されたこともあり反共主義が強く、礼拝において天皇・為政者のための祈りを行なうが、他の宗教施設の儀式へ積極的に参加する姿勢は見られない。 <!--なお、一般的なキリスト教組織においては、ローマ・カトリックは靖国参拝について一般的儀礼として容認している。また戦後混乱期にGHQ内で提起された靖国廃止案に反対したのは[[ローマ教皇庁]]代表で[[上智大学]]学長でもあったブルーノ・ビッテル神父であった。しかし、戦争責任の観点から、[[カトリック正義と平和協議会]]などは否定的である。--> ==== 冷戦後 ==== 冷戦時代には[[暴力団]]とつながった体制寄りの[[親米]]右翼が多かったが、冷戦終了後に施行された[[暴力団対策法]]や各地の[[暴力団排除条例]]により衰退し、反体制的な[[反米]]右翼も相対的に目立つようになっている。 [[21世紀]]に入ってからは[[在日特権を許さない市民の会]]に代表される、[[嫌中]]([[反中]])・[[嫌韓]]([[反韓]])を軸とした[[市民運動]]的スタイルの「[[行動する保守]]」が台頭し、街頭デモやインターネットを利用した「[[排外主義]]」的な宣伝活動で内外から注目を集めた。 === 分類 === ==== 戦前(精神派・理論派)==== [[戦前]]は組織・行動という分類ではなく、「[[純正日本主義]]」と「[[国家社会主義]]」とに分類され、前者は「精神派」、後者は「理論派」とされている <ref>「右翼思想犯罪事件の綜合的研究」。所収、今井清一・高橋正衛編『現代史資料4国家主義運動』みすず書房、1988年(昭和63年)。</ref>。 ====戦後(組織右翼・行動右翼)==== 組織右翼も行動を伴うが、[[嶋中事件]]の際に警察庁が「治安上注意を要する団体」として組織右翼と行動右翼という2分類をしている(『右翼関係団体要覧』、1972年。所在地記載のないものは東京所在)。 * 組織右翼は[[大東塾]]・不二歌道会、[[国民総連合]]、[[大日本生産党]]、[[国民同志会]]、[[日本青年連盟]]、[[国民社会党]]、[[合友会]](名古屋)、[[日本同志会]](岡山)。 * 行動右翼は[[大日本愛国党]]、[[護国団 (日本)|護国団]]、[[治安確立同志会]]、[[防共挺身隊]]、[[國粹会|国粋会]]、[[松葉会]]、[[義人党]]([[日の丸青年隊]])、[[大日本国民党]]、[[大日本独立青年党]]、[[師魂革新同盟]](名古屋)、[[建国青年同盟]](愛知)、[[愛国青年同志会]](和歌山)、[[照国会]](鹿児島)。 「行動右翼」の語は任侠団体が右翼に参加した1960年(昭和35年)前後から一般化した<ref>堀幸雄『戦後の右翼勢力』勁草書房、1983年(昭和58年)。</ref>。よって一部は[[暴力団]]の傘下団体(右翼標榜暴力団)である。 ==== 組織 ==== 伝統的な保守右翼、親米右翼、街宣右翼、観念右翼などとは別に、1960年代には[[学生運動]]など過激な[[左翼]]系運動の多発に対抗する形で、民族系右翼の大規模な組織化が行われた。右派学生らが立ち上げた[[民族派学生組織]]のうち、[[日本学生会議]]・[[日本学生同盟]](2007年解散)・[[全国学生自治体連絡協議会]]などは、民族主義の立場から反米を含めた「[[YP体制]]打倒」を掲げ、大きな影響力を持った。しかし対抗勢力であった左翼の学生運動の退潮や組織の分裂により、民族派学生組織の運動も退潮し1990年代以降は目立った活動をほとんどしていない。 現在、全国に支部を展開する右翼団体としては、民族派学生組織の流れを引く[[日本青年協議会]]・[[日本協議会]]があり、他に各地の右翼の連合組織である[[全日本愛国者団体会議]](全愛会議)がある。また、全愛会議に参加していない団体も含め、[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]や[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]の一部の議員、[[日本会議]]などの保守系組織、[[霊友会系教団]]・[[念法眞教]]・[[世界基督教統一神霊協会|統一教会]]など一部の保守系宗教団体と結びつきを持ちながら、右翼系諸団体の緩やかなつながりが保たれている。 任侠右翼 京都寿会(解散)現 扶翼団体 女子高生補導連盟 現在では、戦前からの系譜を引く任侠右翼や街宣右翼でも構成員数が三桁に達するところは皆無といってよい。ただし、任侠系はある程度組織が大きくなると部下に独立を促し別団体を結成させるため、個々の組織間の連携は密に取れている場合が多い。これら、任侠右翼や街宣右翼の構成員には、少からぬ数の[[在日韓国・朝鮮人]]が存在する組織があるのも特徴である<ref>[http://s03.megalodon.jp/2008-0516-2017-49/www.videonews.com/press-club/0610/000912.php 日本を知るには裏社会を知る必要がある]([[菅沼光弘]]講演 外国特派員協会、2006年10月19日)ビデオニュース・ドッドコム2006年(平成18年)10月27日</ref><ref name="Baylis">[http://web.archive.org/web/20011217234057/http://www.asahi.com/english/weekend/K2001120900069.html Paul Baylis, "Korean activist braces for `storm of fascism'"]</ref><ref>「今こそ日本的変格を目指す右翼民族派が立つ時」『朝まで生テレビ!激論!日本の右翼』全国朝日放送、1990年(平成2年)</ref><ref>李鳳宇『パッチギ!的 世界は映画で変えられる』岩波書店、2007年(平成19年)、p192</ref><ref>岡留安則『噂の真相25年戦記』集英社新書、2005年(平成17年)、p58。</ref>。 右翼系市民団体では、政治団体の[[維新政党・新風]]、新右翼の系譜を引く[[一水会]]、21世紀に入ってから活動を活発化させた「[[行動する保守]]」を称する諸団体([[在日特権を許さない市民の会]]など)が比較的目立った活動を行っている。 === 活動 === 属する系統によって立場が違い、団体によって活動内容や方針も異なる。様々な右翼ないし保守主義者団体をまとめる連絡機関として、「[[全日本愛国者団体会議]]」(全愛会議)、「[[大日本愛国団体連合]]・[[時局対策協議会]]」(時対協)、「[[青年思想研究会]]」(青思会)、[[自由民主党 (日本)|自民党]]議員も多く所属する保守主義者団体の「[[日本会議]]」などがあるが、必ずしも思想統一を行っているわけではない(特に、日本会議には行動右翼は全く加盟しておらず、逆に全愛会議や時対協には議員・評論家・実業家・宗教家といった人物は参加していない。交流などがあるのみ)。 主に[[天皇主権]](主に[[天皇機関説]])、学校での[[日章旗]]掲揚・[[君が代]]斉唱の義務化、[[押し付け憲法]]として[[日本国憲法]]の排除・[[復古的改憲論]]肯定、失地領土([[北方領土]]ないし[[千島列島]]、[[竹島 (島根県)|竹島]]、[[南樺太]]など)に対する奪還運動、[[尖閣諸島]]をはじめとする[[沖縄諸島|沖縄]]や[[対馬]]などの国境と接する島や遠方の離島の領土死守、[[反共主義|社会主義・共産主義・社会民主主義・社民党・共産党の排除]]、反労働組合、[[朝日新聞]]や[[毎日新聞]]の反メディアを唱える。 他には年を表す際には[[西暦]]ではなく、[[元号]]や[[皇紀]]を優先的に使っている([[元号法]]制定前には元号の法制化の推進運動や昭和51年から西暦を優先表記をするようになった新聞社を批判した)。 * [[明仁]](当時皇太子)と[[皇后美智子]](当時は「正田美智子」)の結婚に際し、[[松平信子]]・[[宮崎白蓮]]の働きかけを受けて婚姻反対運動を展開した([[入江相政日記]]より)。 * [[日本共産党]]、[[社会民主党 (日本 1996-)|社会民主党]]、[[日本教職員組合]]、[[全日本教職員組合]]などを「日本の[[赤化]]を企む暴力[[革命]]集団」とし、組合大会・[[教育研究全国集会]]や[[赤旗まつり]]、[[原水爆禁止日本国民会議]]世界大会等への抗議<ref>2008年(平成20年)2月の日教組大会に際しては、全体集会会場に予定されていた[[グランドプリンスホテル新高輪]]が、予約を受理していながら抗議行動による騒擾の恐れを理由にキャンセルし、抗議行動をする前に中止させる効果を生んだ。[[民事介入暴力]]も参照。同年4月には[[議員連盟]]「[[伝統と創造の会]]」の意を忖度し、映画「[[靖国 YASUKUNI]]」上映抗議を行なっている。</ref>、8月9日の「[[反ソ連デー]]」(現「反ロ・デー」)でのロシア大使館などへの抗議行動や年明けの[[皇居一般参賀]]参加、8月15日の靖国神社参拝が年中行事。 * 日本の右翼団体は、戦前の政治に対して非常に大きな影響を与え政治家との結びつきも強かった。日本が「[[天皇制ファシズム]]」と軍備拡張・領土拡張そして敗戦へと進む過程において有力な働きを見せたのは、[[頭山満]]の[[玄洋社]]のような[[極右]]団体や[[笹川良一]]、[[児玉誉士夫]]、[[岸信介]]、[[正力松太郎]]らの存在であり、これらは暴力団の近代史とも密接にからみあっている。敗戦後はその思想的な面が失われ、現代の右翼団体のほとんどは[[指定暴力団]]の系列となっており、戦前も戦後も政権与党(=自民党)の「[[準軍事組織]]」として機能することがあった。 * 戦後も、団体の多くは歴史的な経緯で学生運動や左翼テロの鎮圧に警察の動員数が不足した為、児玉誉士夫が暴力団にも要請した事から現在でも[[暴力団]]と関係がある。また[[任侠]]系であり、[[経営者]]の依頼を受け労働者の[[ストライキ]]潰しや組合潰し、[[公害病]]患者のデモ潰しや脅迫(左翼系グループが関与している為)や、市民団体を標榜する左翼デモへの妨害、右派政治家の意を忖度しての放火、[[株主総会]]の“円滑な進行”など、[[資本家]]・権力層が直接手を下せない“汚れ仕事”も行う<ref>[http://www.lcv.ne.jp/~mourima/08.4.7uyokubouryoku.html 私が参加する集会は大丈夫か―右翼暴力から表現の自由をどう守るか] 弁護士毛利正道</ref>。[[暴力団対策法]]による締め付けを受け、名目上、思想団体として右翼思想を標榜しているだけという見方をされるケースも見受けられ、この場合は街宣活動を通じた[[恐喝]]行為・[[嫌がらせ]]などで、ある業務を取り止めさせたり金品をせしめたりするのが主な目的とされる([[社会運動標榜ゴロ]])。 *元[[公安調査官]]・[[菅沼光弘]]によれば「[[在日コリアン|在日韓国・朝鮮人]]や[[部落問題|被差別部落]]が暴力団員の9割を占め、右翼活動によって収益を上げている」という。但し、菅沼自身も[[在日本朝鮮人総聯合会]]と関係があり真相は解ってはいない。また現在、右翼活動によって資金を獲るのは困難だという右翼団体関係者の談もある<ref>2006年(平成18年)10月19日東京・外国特派員協会での講演にて。[http://s03.megalodon.jp/2008-0516-2017-49/www.videonews.com/press-club/0610/000912.php ビデオニュース・ドッドコム]</ref>。また自身も在日韓国人である評論家[[辛淑玉]]は英語版アサヒコムにおいて<ref name="Baylis"/>"Many, in fact, are Koreans, she said" ((彼女の話によれば右翼の中に)多数の在日韓国・朝鮮人がいる)と語ったとされる。 *日本の[[右翼]]や右翼団体は、排外主義、威圧的、[[軍国主義]]、暴力といった負のレッテル(ラベル)として利用されることが多く、いわゆる[[保守主義]]や保守団体とは別のものを指すかのように利用されるのが通例である。行動右翼のように[[天誅]]と称して、しばしば襲撃事件や殺人事件を犯す者、政府が自分達の意を汲まないとして国会議事堂敷地内に突入を試みる者、同和攻撃や在日民族団体攻撃などを積極的に行う者、戦前の皇室(「[[国体]]」)や軍隊を過剰に賛美する者、差別的で名誉毀損的発言をくりかえす者([[ヘイトスピーチ]])が「右翼的」と見られる象徴的な行動である。素性や正業のはっきりしない者が主宰する団体も多く、このような「右翼」活動家や団体は国民の広範な保守思潮の受け皿とは到底呼べない状態にある。 *右翼思想に基づく団体でなくても[[左翼団体]]や近隣諸国に批判的であったりするとそう呼ばれることがあり、「右翼団体」の呼称に対する嫌悪感・ステレオタイプなイメージから、ある種のレッテルとして機能しているケースも見られる(中国のメディアは自国に批判的な日本の団体や人物を「右翼」・韓国では区別無く「極右」と表現している)。 === 呼称 === 「[[今上天皇]]」に絶対的敬意を示し、「天皇'''陛下'''」または「今上陛下」と称するのが普通である。歴代天皇では[[昭和天皇]]の事を「先帝陛下」・[[明治天皇]]には「明治大帝陛下」や「大帝陛下」・昭和天皇や[[大正天皇]]・明治天皇を「(元号)の天皇陛下」と称するもの者もいる(ただし昭和天皇のように死後に付けられた呼称は、それ自体に敬意が込められた追号であるので「昭和天皇」と呼称する者もいる)。他の皇族には「殿下」を付けたり「さま」を付けたり様々だが、「さま」では敬意が示せない(または失礼)や皇室典範に基づいて「殿下」を用いる方が多い(皇族への敬称を付けた呼び方は、[[皇族]]のページを参照)。 他の天皇に関する呼称では「天皇制」や「天皇家」を反天皇語(由来が天皇に批判的な者が作った言葉で「天皇家」の由来は[[皇室]]を参照)として使わない者もいる。 他には前述の様に「[[太平洋戦争]]」を「[[大東亜戦争]]」と呼んだりする(「太平洋戦争」には[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の正義戦争という意味もあるとして)。 [[中華人民共和国|中国]]を批判する際には「中共」([[中国共産党]]への批判でも使われる)・「[[支那|シナ・支那]]」・「シナ(支那)中共」、[[大韓民国|韓国]]や[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]を批判する際には「朝鮮」(韓国を「南朝鮮」)、[[日本共産党]]を批判する際には「日共」と称したりする。 現在の祝日法に定められている祝日は[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]によって変更にされたものが多い為に、日本の右翼団体は現在の名称で言わずに戦前の名称で言う場合が多い。 * [[元日]]→[[四方節]] * [[建国記念の日]]→[[紀元節]] * [[文化の日]]→[[明治節]] * [[天皇誕生日]]→[[天長節]] * [[春分の日]]→[[春季皇霊祭]] * [[秋分の日]]→[[秋季皇霊祭]] * [[勤労感謝の日]]→[[新嘗祭]] === 政治的主張 === [[日本]]の右翼の主な政治的主張とよく言われるのが、「[[国体]]護持」、「[[反共主義|反共]]」、「反[[日本教職員組合|日教組]]」の三点である。典型的な団体名に“大日本” “護国” “(天)皇” “[[キク|菊]]”などの字句が入る事からもこれが窺え、また[[戦後民主主義]]の否定で“若い我々が旧体制を打破するのだ”という思想から“[[青年]]”を入れる団体もある。細かいところでは相違点を見せるがこの三点だけは共通している場合が多い。[[改憲|改正憲法]]、[[太平洋戦争]](一般的な右翼はこれを[[大東亜戦争]]と呼称する)の肯定・[[YP体制]]打破・[[靖国参拝|靖国神社参拝]]の支持なども挙げられる。一部左翼と保守勢力が頑なに否定してきた[[日本人拉致問題]]などでの従来の日本政府の[[外交]]政策における姿勢や中国・韓国への『謝罪外交』を弱腰、土下座外交として批判している。政党に関しては、戦後最大の保守[[政党]]であり、長期間政権を保持している[[自由民主党 (日本)|自民党]]や[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]の右派(主に旧[[新生党]]・[[民社党]]系)を支持する者が多いが、天皇親政の立場から[[議会制民主主義]]打倒を唱えたり独自の[[民族主義]]政党([[維新政党・新風]]等)を組織する急進派も一部存在する。また、[[憲法改正論議]]では、[[ホワイトハウス]]による「[[押し付け憲法論]]・安全保障上の問題点等を指摘して[[改憲]]を主張したり、[[憲法無効論]]を唱える者も存在する。しかし、[[リチャード・ニクソン]]が1953年(昭和28年)に来日した時に、「[[日本国憲法第9条|憲法に平和条項]]を入れたのは失敗だった」と発言したが、日本の右翼団体はこの発言を全く無視している。 対外的には、当事国や日本の左翼勢力が「その責任は日本政府にある」とする[[2005年の中国における反日活動|2005年(平成17年)の反日デモ]]や前述の靖国神社問題、[[尖閣諸島]]の領土問題などから[[中華人民共和国]]と[[中華民国]]([[台湾]])、同じく[[反日デモ]]や靖国神社問題、[[竹島 (島根県)|竹島]]の領土問題などから[[大韓民国|韓国]]、[[日本人拉致問題]]などから[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]、ソ連の対日参戦の経緯や、それによってもたらされた[[北方領土|北方領土問題]]から[[ロシア]](1991年)までは[[ソビエト連邦]])の5国を批判する事が多い。さらに、反共の立場と歴史認識の葛藤<ref>1982年(昭和57年)9月、歴史教科書問題でベトナム共産党の機関紙「ニャンザン」に日本にとって批判的とされるような記述があった</ref>から[[ベトナム]]や、反共の立場から[[キューバ]]、[[親米]]の立場から[[中東]]諸国、[[パキスタン]]、[[東ティモール]]なども批判の対象となることもある。 ただし、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]や韓国に対しての認識は団体によって異なる。反共の立場からアメリカや韓国を支持して来た右翼団体もあるが、冷戦後は[[靖国神社]]に対する態度や、1945年以前の世界を巡る[[歴史認識]]等を巡って、アメリカや韓国を批判する右翼が増えている。同様に、西側勢力にとって最大の脅威であった[[ソビエト連邦]]が消滅したため、現状の[[日米安保条約|日米安保]]体制は[[対米従属]]を推進させるだけだとして[[反米]]の立場を採った団体もあるが、中華人民共和国と北朝鮮の軍事的脅威や、ロシアとの間で抱えている領土問題で日本が不利な立場に立たされている事を主張して、依然として[[親米]]の立場を採る団体もある。 従来から反共のスタンスで[[中華人民共和国]]を否定し、[[中華民国]]を中国を代表する政府とするのが多くの右翼の立場であり、[[チベット独立運動]]、[[東トルキスタン独立運動]]、[[内モンゴル独立運動]]を支持する事が多い(独立運動は活発ではないが[[満州]]の独立を支持する団体もある)。しかし、中華民国は[[連合国 (第二次世界大戦)|第二次世界大戦の連合国]]の一員であり、1945年(昭和20年)以前の世界を巡る歴史認識では日本の右翼と葛藤する立場である点から、近年は中華民国自体を否定し、[[台湾独立運動]]を支援する動きも見られる(なお中華民国が成立するまで台湾は大陸にとって人外・未開の地であり、一国として認識されてはいなかった)。これら活動の根拠として[[民主主義]]・[[人権]]・[[中国脅威論]]・[[民族自決]]などを唱えている。 [[メディア (媒体)|メディア]]に対しては、[[左派]]リベラルな論調の傾向があるとされる[[朝日新聞]]や[[毎日新聞]]に対して、[[1990年代]]の[[慰安婦]]に関する一連の報道などから特に批判的である。また地方紙では[[北海道新聞]]や[[中日新聞]]が敵視されている場合が多い。保守的論調の傾向がある[[読売新聞]]や[[産経新聞]]に対しては、肯定的な考えを示すことが多いが、場合によっては批判することもある(読売新聞が2004年に提言した憲法改正案で「天皇」の項目を第一章ではなく、第二章にした事を批判した事もある)。また、[[日本経済新聞]]に対しては、近年における大企業の中国への進出から、中国への肯定的な報道姿勢や進出した日本企業が[[チャイナリスク]]で生じる日本経済への影響もあるため、批判的であることが多い。日本経済新聞の論調である親米保守的な[[新自由主義]]や[[グローバリズム]]と、[[農本主義]]などの民族主義思想は基本的に相容れないものである。 === 歴史認識 === * 伝統的な右翼の[[歴史認識]]は、[[国体護持]]の立場から[[皇国史観]]を主張する。しかし具体的にどのような国家体制を理想とするかは多数の立場があり、古代などの[[親政|天皇親政]]や[[貴族]]制度の復活、伝統的な国家のよりどころとしての皇室を強調し[[象徴天皇制]]を維持すべきとする意見、[[明治天皇]]のような[[啓蒙専制君主|啓蒙専制型]]の天皇親政の復活、更には[[北一輝]]などの近代国家の統合のための[[天皇機関説]]に近い国家体制などが存在する。 * [[五・一五事件]]、[[二・二六事件]]などの[[クーデター]]に関しては、天皇親政の中央集権的な新国家を創立しようとしたものとして評価する立場や、伝統的な保守主義や法治主義や明治憲法の[[立憲君主制]]を尊重する立場から批判的な立場も存在する。 * [[韓国併合]]や[[満州事変]]や[[日中戦争]]などの日本による大陸進出に関しては、多くの問題があり全てを肯定はできないものの、[[ロシア帝国]]や[[ソビエト連邦]]の南下を防ぎ、近隣国の[[近代化]]を促進し、日本の[[生存圏]]を防衛するための必要性は否定できないと主張する立場が多い。ただし宗教右翼の一部は、各民族の伝統的な文化や宗教などを尊重する立場から、強制的な近代化や[[皇民化教育]]などの植民地政策を否定した。 * [[第二次世界大戦]]([[太平洋戦争]])に関しては、通常は[[大東亜戦争]]と呼び、自衛的な戦争であったと主張する。また、戦争は[[毛沢東]]や[[コミンテルン]]の陰謀により開始させられた、との[[陰謀論|共産主義陰謀論]]を主張する者もいる。他方では一部の保守主義または[[自由主義]]的な右翼は、[[統制派]]が主導した[[国家総動員法]]や[[言論統制]]や[[統制経済]]などの[[戦時体制]]は1種の[[社会主義]]であるとの立場から、これらを批判した。いわゆる「[[南京大虐殺]]」や「[[慰安婦]][[強制連行]]」などに関して捏造ないしは誇張された[[プロパガンダ]]であると主張する傾向がある。 * 第二次世界大戦後の日本に関しては、伝統的右翼・親米右翼・反共右翼の多くは、[[共産主義]]の影響を受けた[[左翼]]による[[自虐史観]]が[[教育]]現場やマスコミで横行していると主張し、[[大東亜戦争]]及び[[大日本帝国]]肯定・[[戦後民主主義]]否定、[[日本教職員組合]]や[[朝日新聞]](左翼系)などへの批判、[[国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案|スパイ防止法]]、軍備力の増強、[[日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約|日米安保条約]]の強化などを主張している。他方では民族派右翼は戦後の日本を、アメリカと[[ソビエト連邦|ソ連]]などによる事実上の日本の植民地化である「[[YP体制]]」との立場から、反共主義と同時に[[反米]]を主張した。 === 主な批判対象諸国 === [[ファイル:Anti-Chinese government rally on 2 October 2010 at Shibuya 08.jpg|thumb|right|200 px|中国の尖閣諸島上陸に抗議する右翼団体]]日本の多くの右翼団体では、[[反共主義]]の立場から[[ソ連崩壊]]までの[[ソビエト連邦]]や、[[中華人民共和国|中国]]や[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]などの国家・体制・政府や共産主義[[政党]]を批判している。また中国に弾圧されている[[チベット]]・[[東トルキスタン]]・[[内モンゴル自治区|内モンゴル]]などの自治独立運動を支持する立場もある。[[冷戦]]期には、[[大日本愛国党]]などの大半の右翼団体は反共の立場から親米・親韓・親台湾・親体制(親米右翼)であったが、[[新右翼]]などは反共・[[反米]]・反体制(反米右翼)であった。 [[国家主義]]や[[民族主義]]の立場から、過去の[[南下政策]]や[[北方領土問題]]などで[[ロシア]]を、[[竹島 (島根県)|竹島問題]]などで[[大韓民国|韓国]]や[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]を、[[尖閣諸島問題]]などで中華人民共和国や[[台湾]]([[中華民国]])を批判する立場もある。また[[極東国際軍事裁判]]や[[連合国軍最高司令官総司令部|GHQ]]による日本占領政策や[[靖国神社問題]]などを[[国際法]]違反の[[内政干渉]]として、当時の[[連合国 (第二次世界大戦)|連合国]]を批判する立場や、欧米の[[新自由主義]]などを経済侵略や文化侵略と批判する立場もある。 更に日本や[[東洋]]の文化伝統や歴史を重視する[[保守主義]]や[[民族主義]]の立場からは、[[欧米]]型の[[個人主義]]・[[民主主義]]・[[自由主義]]などを批判し、[[近代化]]や、[[男女平等]]や[[死刑存廃問題|死刑問題]]などの[[人権問題]]、[[捕鯨問題]]や[[環境問題|環境保護運動]]、これらを含む[[教育問題]]などで、[[アメリカ合衆国]]・[[欧州連合]]・[[オーストラリア]]・[[ニュージーランド]]などの欧米諸国や、その立場を反映しているとして[[国際連合]]や各種の[[非政府組織]]などを批判する立場もある。また宗教面では[[キリスト教]]や[[イスラム教]]などの[[唯一神教]]に対し、[[多神教]]の[[神道]]や、あるいは[[仏教]]・[[儒教]]などの優位点を主張する立場もある。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{reflist}} == 参考資料 == *右翼問題研究会/著『右翼の潮流』 立花書房 2006年(平成18年)10月 ISBN 978-4-8037-1526-2 * [http://uyoku.wiki.fc2.com/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E5%8F%B3%E7%BF%BC%E5%9B%A3%E4%BD%93%E4%B8%80%E8%A6%A7 全国右翼団体一覧 - 右翼民族派Wiki] * [http://members.at.infoseek.co.jp/nahama99/0.html 戦後の右翼と現在] - 再建『[[東大陸]]』誌(中野正剛・[[東方会]]機関誌)の戦後の右翼の思想的総括。 * [http://www.npa.go.jp/kouhousi/biki2/sec02/sec02_04.htm 国内外の情勢に敏感に反応した右翼](警察庁『警備警察50年』) * [http://www.jacar.go.jp/DAS/meta/listPhoto?IS_style=default&REFCODE=A06030084200 石川県特別高等警察課:昭和十七年起・思想結社許可名簿(右翼)](国立公文書館アジア歴史資料センター) == 関連項目 == {{Commonscat|Right-wing groups in Japan}} * [[右翼]] * [[極右]] * [[ネット右翼]] * [[宗教右翼]] * [[新右翼]] * [[街宣右翼]] * [[民族派]] * [[愛国心]] * [[新保守主義]] * [[バックラッシュ]] * [[暴力団]] * [[民事介入暴力]] * [[政治活動家]] * [[反共主義]] * [[陸軍悪玉論]] * [[政治団体]] * [[皇尊会]] * [[行動する保守]] * [[左翼団体]](対義的存在) <!--宣伝的: == 外部リンク == 以下は民族派団体のHPなど * [http://www.kikuseido.com/ 菊守青年同盟ホームページ] * [http://www.geocities.co.jp/WallStreet/6551/ 大日本愛国党青年隊HP] * [http://www6.atpages.jp/kinnou/ 勤皇社] * [http://ameblo.jp/kinnou/ 勤皇社ブログ] * [http://www.taikousya-sumera.com/ 大行社] * [http://www.seinensya.org/ 日本青年社TOP] * [http://nihonseine.exblog.jp/ 日本青年社 埼玉懸本部] * [http://seinensha.com/ 日本青年社・埼玉懸本部] * [http://www.i-hakozaki.com/ 日本青年社・統括本部長箱崎一像:右翼と美学] * [http://www.issuikai.jp/ 一水会公式サイト《TOP》] * [http://tamamorikai.web.fc2.com/00.html Home-右翼民族派 革新団体 魂守の会] * [http://members2.jcom.home.ne.jp/kokuyuukan/ 國憂館ホームページ] * [http://douketusya.exblog.jp/ 同血社 電腦瓦版] * [http://sky.geocities.jp/didousikai/toppege.html 大日本維新同志會] * [http://senpu.exblog.jp/ 千風の会] * [http://www.juno.dti.ne.jp/~d-kaikan/ 大東会館] * [http://www.nsjap.com 国家社会主義日本労働者党] --> {{日本の右翼団体}} {{DEFAULTSORT:うよくたんたい}} [[Category:日本の右翼団体| ]] [[Category:右翼団体|*]] [[Category:戦前日本の社会運動]] [[Category:戦後日本の社会運動]] [[Category:日本の公安]] [[Category:組織 (団体)]]
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