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古田武彦
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{{Infobox 作家 | name = 古田 武彦<br />(ふるた たけひこ) | image = <!--写真、肖像画等のファイル名--> | image_size = <!--画像サイズ--> | caption = <!--画像説明--> | pseudonym = <!--ペンネーム--> | birth_name = <!--出生名--> | birth_date = {{生年月日と年齢|1926|8|8}} | birth_place = [[福島県]][[喜多方市]] | death_date = <!--{{死亡年月日と没年齢|XXXX|XX|XX|YYYY|YY|YY}}--> | death_place = <!--死亡地--> | resting_place = <!--墓地、埋葬地--> | occupation = 思想史学者・古代史研究家 | language = <!--著作時の言語--> | nationality = {{JPN}} | education = <!--受けた教育、習得した博士号など--> | alma_mater = [[東北帝国大学]]法文学部日本思想史学科卒業 | period = [[1969年]] - | genre = [[歴史学]] | subject = 日本思想史、日本古代史、[[親鸞]] | movement = <!--作家に関連した、もしくは関わった文学運動--> | religion = <!--信仰する宗教--> | notable_works = 『[[「邪馬台国」はなかった]]』<br />『失われた九州王朝』<br />『盗まれた神話』 | spouse = <!--配偶者--> | partner = <!--結婚していない仕事のパートナー(親族など)--> | children = <!--子供の人数を記入。子供の中に著名な人物がいればその名前を記入する--> | relations = <!--親族。その中に著名な人物がいれば記入する--> | influences = <!--影響を受けた作家名--> | influenced = [[竹内均]]、[[中嶋嶺雄]]、[[山田宗睦]]、[[西村俊一]]、[[川端俊一郎]]、[[森嶋通夫]]、[[安川寿之輔]] | awards = [[金沢大学]]暁鳥賞 | debut_works = 『[[「邪馬台国」はなかった]]』 | signature = <!--署名・サイン--> | website = <!--本人の公式ウェブサイト--> | footnotes = <!--脚注・小話--> }} '''古田 武彦'''(ふるた たけひこ、[[1926年]](大正15年)[[8月8日]] - )は、[[日本]]の[[思想史]]学者・古代史研究家。専門は[[親鸞]]等の中世思想史だが、むしろ古代史研究において著名である。 == 人物 == === 出生から高校教員時代 === [[福島県]][[喜多方市]]生まれ。[[旧制中学]]の英語教師をしていた父親の転勤にともなって、[[広島県]]に育つ。[[広島高等学校 (旧制)|旧制広島高校]]を経て、[[1945年]](昭和20年)、[[東北帝国大学]]法文学部日本思想史学科に入り[[村岡典嗣]]に師事する。[[1948年]](昭和23年)に大学卒業。 大学卒業後は[[長野県松本深志高等学校]][[教諭]]、[[神戸森高等学校]][[講師 (教育)|講師]]、[[神戸市立湊川高等学校]]教諭、[[京都市立洛陽工業高等学校]]教諭として[[国語 (教科)|国語科]]・[[社会 (教科)|社会科]]を教える。在職中から、親鸞に関する研究で知られた。[[家永教科書裁判]]では、親鸞に関する記述について、[[原告]]([[家永三郎|家永]])側[[証人]]となった。 === 文献史学研究での活動 === [[1969年]](昭和44年)、『[[史学雑誌]]』に[[邪馬壹国説]]を発表。[[1970年]](昭和45年)に教職を離れ、以後研究に専念する。[[九州王朝説]]を中心とする独自の古代史像を提示し、[[学界]]の通説に再検討を迫る。このなかには[[神武天皇]]実在説など「[[記紀]]」の内容を信用したうえでの説があるため釈古派や右翼とも言われている。また[[広開土王碑]]の改竄否定説を主張。それにより、多くの支持者・賛同者を集めるとともに、自説を巡って[[安本美典]]<ref>安本美典は古田武彦を「具体的、実証的次元での論議が可能であると思われる」と評価したことがあるが、見解を改め、一連の著作(『「邪馬一国」はなかった』、『虚妄の九州王朝』などの著作、及び雑誌『季刊 邪馬台国』他)で古田説を批判している。</ref>など多くの研究者と論争を繰り広げた<ref>近年、古田武彦は『学士会報』No857 2006-II所収「九州王朝の史料批判」において「これに対する学会の応答欠乏し」と述べている。</ref>。一時は高校[[教科書]]の脚注に仮説(邪馬壹国説、また[[親鸞]]研究時代の内容)が掲載されたこともある。賛同者・読者の会として「[[市民の古代研究会]]」が組織され、[[1979年]](昭和54年)より雑誌『[[市民の古代]]』が刊行された。 [[1979年]](昭和54年)度、[[龍谷大学]][[文学部]]非常勤講師。[[1984年]](昭和59年)4月より[[昭和薬科大学]]([[文化史]][[研究室]]=歴史学)[[教授]]となる<ref>古田説、『東日流外三郡誌』に関する著作、論考(『幻想の多元的古代 万世一系イデオロギーの超克』(批評社、2000年)、([[原正寿]]・[[安本美典]]との共著)『日本史が危ない! 偽書「東日流外三郡誌」の正体』(全貌社、1999年)等)を発表している[[原田実 (作家)|]]は、[[1991年]]-[[1993年]]に昭和薬科大学文化史研究室で助手を務めた。</ref>。 === 『東日流外三郡誌』研究の開始とその影響 === 『[[東日流外三郡誌]]』などの[[和田家文書 (和田喜八郎)|和田家文書]]と出会い、その内容を肯定的に評価した<ref>『真実の東北王朝』(駸々堂出版、1990年) 第4、5、6章</ref>。さらに後年、同書に対して「偽書ではないか」との強い疑念が提出されて以降も<ref>安本美典、谷川健一(他)『東日流外三郡誌「偽書」の証明』(廣済堂出版、1993年)、[[斉藤光政]]『偽書「東日流外三郡史」事件』(新人物往来社、2009年)等参照。</ref>、所蔵者の和田喜八郎を支持する姿勢を貫き、[[昭和薬科大学]]の「紀要」に論文を記載するなど、積極的な研究をしていた。それをきっかけとして、市民の古代研究会の分裂を招くに至り、運営に当たっていた関西を中心とした一部の会員が古田から離れた<ref>古田から離れた会員には、東北・関東・北陸の会員が含まれる。</ref>。ただし、[[神代文字]]や和田家文書以外の[[古史古伝]]一般については充分な研究が必要として扱うのに消極的だった。 [[1996年]](平成8年)3月に昭和薬科大学を定年退職した後、[[京都府]][[向日市]]に戻り、執筆・講演活動を続けている。[[2006年]](平成18年)5月には雑誌『[[なかった|なかった 真実の歴史学]]』を創刊し、直接編集にあたっている。 昭和薬科大学の文化史研究室は、古田の退職後廃止された。市民の古代研究会は古田から独立した研究会としてしばらく存続したが、雑誌は終刊となり、[[2002年]](平成14年)12月に解散した<ref>この流れの人々は邪馬台国畿内大和説の研究家として知られる白崎昭一郎の『古代日本海文化』と合流し、季刊『古代史の海』を刊行している。</ref>。古田を支持して脱退した人々は「[[古田史学の会]]」「[[多元的古代研究会]]」など複数の研究会を結成し、連合して年刊の雑誌『[[新・古代学]]』を発行していた。この中で古田は、和田家文書偽書派の主張に対して反論を行っている<ref>『新・古代学』(新泉社、1995年)</ref>。 === 「寛政原本」発見とその後 === [[2007年]](平成19年)、古田は東日流外三郡誌の「寛政原本」を発見したと主張し、翌年にはその写真版を出版した<ref>『東日流[内・外]三郡誌』(オンブック、2008年)</ref>。この書籍には、[[笠谷和比古]](国際日本文化研究センター研究部教授)による鑑定文が収録されている<ref> コンテンツワークス株式会社のプレスリリース(2008年7月24日)[http://www.contentsworks.co.jp/press/press080724.pdf]には「国際日本文化研究センターの笠谷和比古教授による鑑定文を収録。寛政原本が、江戸時代に作成された文献であることが証明されています。」と記されている。</ref><ref>参考[http://blog.goo.ne.jp/gooyoshikblog/e/7915d866a5f9fd7473279e60526a28f0#comment-list]</ref><ref>なお、本書刊行前に古田は「寛政原本」の[[放射性炭素年代測定]]を行ったと主張していたが、それについての記述は無い。</ref>。公表された文書について、かつて和田喜八郎が公表した写本と筆跡が一致しているとする主張がある<ref>[http://www8.ocn.ne.jp/~douji/kanseigenpon.htm 「寛政原本」の正体―『東日流外三郡誌』擁護論の自爆―]</ref><ref>『と学会年鑑AQUA』(楽工社、2008年)</ref><ref>参考(「寛政原本」公表以前の筆跡比較)[http://yamatai.cside.com/yasumoto/tyosyo69.htm#3syou][http://home.p07.itscom.net/strmdrf/tugaru_tenchuukun_hisseki.htm]</ref><ref>一点について、表紙は和田喜八郎の筆跡であり、中身は僧侶が漢詩をつくるための覚書と思われるもので、おそらくは寺院からの流出物とする主張がある。[http://hpcgi2.nifty.com/HAYAKASA/godhand.cgi?df=kouzi.log&keyno=0011 考古学のこうじ]</ref>。 [[2009年]](平成21年)、[[国記]]と[[天皇記]]からの引用を[[和田家文書 (和田喜八郎)|和田家文書]]の中から発見したと主張した。それと同時に『[[なかった]]』を休刊する<ref>『なかった 真実の歴史学』第六集</ref>。 [[2010年]](平成22年)から、『[[「邪馬台国」はなかった]]』『失われた九州王朝』『盗まれた神話』<ref>復刊に際しての加筆で読者に『国記』と『天皇記』の探索を呼び掛けている。</ref>以下、古代史関係の著作を[[ミネルヴァ書房]]より「[[#古田武彦・古代史コレクション|古田武彦・古代史コレクション]]」として復刊。また、[[2011年]](平成23年)9月10日に[[ミネルヴァ日本評伝選]]として『[[俾弥呼|俾弥呼(ひみか) 鬼道に事え、見る有る者少なし]]』を発刊した。 == 仮説とその評価 == === 仮説 === * 『[[魏志倭人伝]]』にある国の名を[[邪馬台国]]とせず、現在伝わる「魏志倭人伝」の原文通りに「邪馬壹国」の表記<ref>『三国志(魏志倭人伝)』の版本([[宋 (王朝)]]以後のもの)は「邪馬壹國」または「邪馬一國」。『三国志』より後の5世紀に成立した『後漢書』倭伝では「邪馬臺国」。7世紀の『梁書』倭伝では「祁馬臺国」、7世紀の『隋書』では「魏志にいう邪馬臺(都於邪靡堆 則魏志所謂邪馬臺者也)」となっている。書写の段階あるいは版本にする際に誤写・誤刻があったと考えるのが通説。</ref>が正しいとする。所在地を[[博多湾]]岸とする。 * 『[[魏志倭人伝]]』のみならず魏晋朝では1里75m~90mの短里が公式に用いられたとする。 * 『[[魏志倭人伝]]』にある裸国、黒歯国は南米大陸北半([[エクアドル]])にあるとする。[[エクアドルの歴史]]参照 * [[金印]]を賜った倭奴国から一貫して、[[倭国]]は、[[九州王朝]]であるとする。[[白村江の戦い]]によって急激に衰退し、分家である近畿[[天皇家]]([[日本国]])に吸収されたとみる。 * [[奴国の丘歴史公園| 須久岡本遺跡]](福岡県春日市)の弥生王墓の年代は3世紀まで下るとする(通説では後1世紀頃)。 * [[三角縁神獣鏡]]について通説だった魏鏡説を批判、国産説を唱える。 * [[九州王朝説]]をはじめ、列島各地に王権が存在したとする「'''[[多元的古代史観]]'''」を提唱。[[稲荷山古墳 (埼玉県)|稲荷山古墳]][[金錯銘鉄剣]]銘文の分析などから、[[関東]]にも[[大王]]がいたとする。 * 広開土王碑は改竄されていなかったとする(古田武彦の説で唯一定説になったもの)。 === 研究スタイル === * 原文に忠実な文献の解読を求めている。従前より行われているような、歴史的資料の校訂、原文改定を批判している。 === 評価 === * 独特な文体と論理構造から、他分野の[[研究者]]や一般の読者には支持者も多い。 * 「邪馬壹国」説の発表当初は、『史学雑誌』の「回顧と展望」で取り上げられた。 * 『東日流外三郡誌』騒動で一時期のブームは去った。ただし、[[広開土王碑]]文改竄説を否定したこと、親鸞研究での評価はいまだに高い。 * [[中小路駿逸]](元[[追手門学院大学]]教授)によれば、「大和なる天皇家の王権が7世紀より前から日本列島の唯一の中心権力者であった」とする日本古代史の「[[一元通念]]」を否定した点が最も大きな貢献とされる。一元通念が論証を経たものではなく、日中の文献や考古学的な遺物も[[多元的古代史観]]によって無理なく理解できると主張している<ref>[http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou/kaihou08.html 古田史学会報八号「古田史学の会のために」]</ref>。 * 『東日流外三郡誌』否定派の論文は[[反共]]雑誌『[[ゼンボウ]]』にも掲載された。最大の論敵[[安本美典]]は[[新しい歴史教科書をつくる会]]賛同者であった<ref>「つくる会」賛同者 全賛同者309名(平成16年11月19日現在)。肩書きは「産能大学元教授」。現在は不明。『日本人の歴史教科書』(自由社)推薦人名簿(『史』平成21年9月号(通巻76号))には無い。</ref>。一方で、古田は共産党系雑誌である「文化評論」に論文を掲載したことがある<ref>「邪馬壹国の証明」(『文化評論』228号(1980年4月))。安本美典は「「邪馬壱国」論の崩壊」(『文化評論』230号(1980年6月))を執筆した。</ref>。古田と親交のあった[[藤田友治]]は、「大阪唯物論研究会哲学部会」のイデオローグでもあった<ref>古田武彦(他)『シンポジウム 邪馬壹国から九州王朝へ』(新泉社、1987年)「好太王碑に現れる倭とは何か 藤田友治」</ref>。しかし、古田はいわゆる左翼思想家ではないとする見方もある。 ** 学界で[[タブー]]視されることの多い「[[神武天皇]]実在説」を主張している。この点は論敵である安本美典と同じ見解である。「古事記や日本書紀の記述において鵜呑みにできないのは、天皇の代数ではなく在位年数である」という点においても、安本美典の主張と古田の主張は一致している(何故在位年数が鵜呑みにできないのかという点では、古田は2倍年歴を主張しているが、安本は自説にヒントを得たものだと指摘している)。また古田の場合、神武天皇を九州王朝の分流の一[[地方]][[豪族]]として捉えている。 ** “[[記紀]]の近畿天皇家一元史観を疑う点で「疑古派」だが、書かれている内容を後代の造作として全否定しない点で「釈古派」である”というのが、記紀に対する古田のスタンスである。今は古田と袂を分かったかつての賛同者の中にも、古田武彦が『東日流外三郡誌』を支持した件について、「書かれている内容をまず信用するというのが古田武彦の研究スタンスであり、それがために騙されたのであろう」という擁護意見がある。ただし、資料の扱いが恣意的であると批判を受けることもある。 ** 松本深志高校教員時代は、[[社会科学研究会]]による[[ソビエト連邦|ソ連]]賛美の展示を糾弾した。現在も、[[引揚者]]に行ったソ連兵の暴行・略奪行為に対し、厳しく批判している。 ** [[平野貞夫]]などの保守政治家とも親しく、また、嘗ては「反韓主義者」とされていた(本人は否定している)<ref>『古代に真実を求めて』第十五集によると、路上でも反韓主義者と罵倒されていた、という。</ref>。 * 学問的には妥協を許さぬ強い意志を持つ。読者の会の分裂騒動などでは、『東日流外三郡誌』真書説を支持することを踏み絵とするなど、排他的な弊害を生み、熱狂的読者は「古田信者」と揶揄されることもある。 == その他 == * [[史学会]]、[[日本思想史学会]]、[[学士会]]会員<ref>『学士会報』No857 2006-II所収「九州王朝の史料批判」</ref>。 * [[1964年]](昭和39年)の「近代法の論理と宗教の運命」(『神の運命』所収)は、[[金沢大学]]暁鳥賞受賞。 * 科学雑誌「[[ニュートン (雑誌)|Newton]]」の創刊者であり編集長をつとめた故[[竹内均]](東京大学名誉教授)は『Newton』誌上に古田説を支持する解説を掲載している。『Newton』1989年9月号 特集「大特集 邪馬壹国は九州にあった!」参照。同誌には、古田も寄稿している。しかし、『Newton』1993年10月号 特集「徹底検証 邪馬台国ミステリー」では、邪馬壹国ではなく邪馬台国と表記し、邪馬台国論争を特集している。 * [[中嶋嶺雄]]は松本深志高校での教え子。[[2005年]](平成17年)[[9月24日]]、中嶋を会長とする支持者の別組織、「[[新東方史学会]]」が立ち上げられた。 * 哲学者の[[山田宗睦]]は、『魏志倭人伝の世界 邪馬台国と卑弥呼』(教育社歴史新書、1979年)等古田説に依拠した古代史関連書籍を執筆している。 * [[松本英一 (参議院議員)|松本英一]]、[[平野貞夫]]ら研究地ゆかりの[[参議院議員]]と交流あり。 * 元[[タレント]][[上岡龍太郎]]は熱心な読者であり、「[[鶴瓶上岡パペポTV]]」でも言及することがあった。古田主宰のシンポジウムでパネリストを務めたり、古田と対談するなど親しくしている。 * 古田説の支持者としては、[[西村俊一]]([[東京学芸大学]]教授、日本国際教育学会元会長)が知られている。また[[川端俊一郎]](経済学者、北海商科大学元教授)には古田説を支持する著作がある。[[森嶋通夫]](経済学者、[[ロンドン大学]]名誉教授)は古田と対談している<ref>『新・古代学 第4集』(新泉社刊 1999)参照。古田史学会報には「森嶋氏は古代史は素人であるが、古田説には関心をもたれ、だいたいに於いて古田説に賛成である。限られた資料からロジカルに結論を出す。文献から結論を出す方法として、完璧で論理的である。と述べられた。」とある。[http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou30/kaihou30.html 古田史学会報 30号]</ref>。[[安川寿之輔]]([[名古屋大学]]名誉教授)も一時期は古田説を支持し、[[2006年]](平成18年)には古田と対談している<ref>「[http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou77/kai07702.html 古田史学会報77号 2006年12月8日]」</ref>。[[平山洋]]によると、[[2007年]](平成19年)に安川は古田説への支持(『[[学問のすすめ]]』冒頭の一文は『東日流外三郡誌』からの盗用とする説)を撤回している<ref>『[http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/ 平山洋氏の仕事]』の「[http://blechmusik.xii.jp/d/hirayama/h42/ 2007年02月19日到着 安川寿之輔氏からの手紙]」を参照。</ref><ref>参考 原田実による小論 [http://www8.ocn.ne.jp/~douji/yukichi.htm 捏造された福沢諭吉像―今も進行する『東日流外三郡誌』汚染―]</ref>。 なお、古田は盗用ではなく引用としている。 * 古田の著書『「邪馬台国」はなかった』(角川文庫版)には[[小松左京]]による書評が付されており、著書『邪馬一国への道標』には対談が収録されている<ref>「対談 夢は地球をかけめぐる 小松左京さんと語る」(『邪馬一国への道標』角川文庫版、巻末)</ref>。 * 古田は著書中で[[高木彬光]]の『邪馬台国の秘密』について感想を述べている<ref>「神津恭介氏への挑戦状『邪馬台国の秘密』をめぐって」(古田武彦『「邪馬壹国」の論理』(朝日新聞社、1975年))</ref>。その後、高木は古田説についての著書(反論)を発表している<ref>高木彬光『邪馬壱国の非論理』(私家版、1977年)、高木彬光『邪馬壹国の陰謀』(日本文華社、1978年)</ref>。 == 主な著作 == === 論文 === * 「邪馬壹国」『史学雑誌』78(9),pp.1347-1385([[1969年]]) * 「好太王碑文「改削」説の批判」『史学雑誌』82(8),pp.1161-1200([[1973年]]) * 「魏晋(西晋)朝短里の史料批判」『古代学研究』73,pp.1-12([[1974年]]) * 「多元的古代の成立」『史学雑誌』91(7),pp.1140-1163([[1982年]]) * 「九州王朝の史料批判」『学士会会報』857,pp.129-133([[2006年]]) * 『開かれた多元史観の道』 === 単著 === * 『[[邪馬台国はなかった]]-解読された倭人伝の謎-』(1971年、朝日新聞社、のち角川文庫、朝日文庫に収録) * 『失われた九州王朝-天皇家以前の古代史-』(1973年、朝日新聞社、のち角川文庫、朝日文庫に収録) * 『盗まれた神話-記・紀の秘密-』(1975年、朝日新聞社、のち角川文庫、朝日文庫に収録) * 『邪馬壹国の論理-古代に真実を求めて-』(1973年、朝日新聞社) * 『邪馬一国への道標』(1978年5月18日、角川文庫) * 『ここに古代王朝ありき - 邪馬一国の考古学-』(1979年) * 『関東に大王あり-稲荷山鉄剣の密室-』(1979年11月5日、創世紀) * 『邪馬一国の証明』(1980年)論文集 * 『多元的古代の成立「上」-邪馬壹国の方法-』(1983年3月25日、駸々堂)論文集 * 『多元的古代の成立「下」-邪馬壹国の展開-』(1983年4月20日、駸々堂)論文集 * 『よみがえる九州王朝ー幻の筑紫舞-』(1983年6月20日、角川書店角川選書) * 『古代は輝いていた一-『風土記』にいた卑弥呼-』(1984年11月20日、朝日新聞社、のち1988年に朝日文庫に収録) * 『古代は輝いていた二-日本列島の大王たち-』(1985年2月10日、朝日新聞社、のち1988年に朝日文庫に収録) * 『古代は輝いていた三-法隆寺の中の九州王朝-』(1985年4月5日、朝日新聞社、のち1988年に朝日文庫に収録) * 『古代史を疑う』(1985年10月21日、駸々堂) * 『古代の霧の中から-出雲王朝から九州王朝へ-』(1985年11月30日、駸々堂) * 『よみがえる卑弥呼-日本国はいつ始まったか-』(1987年10月20日、駸々堂) * 『倭人伝を徹底して読む』(1987年11月20日、大阪書籍) * 『まぼろしの祝詞誕生-古代史の実像を追う-』(1988年5月15日、新泉社) * 『古代は沈黙せず』(1988年6月10日、駸々堂) * 『吉野ケ里の秘密-解明された「倭人伝」の世界-』(1989年6月30日、光文社カッパブックス) * 『真実の東北王朝』(1990年6月19日、駸々堂) * 『「君が代」は九州王朝の讃歌-市民の古代 別巻2-』(1990年7月10日、新泉社) * 『古代史60の証言-金印から吉野ケ里まで、九州の真実-』(1991年2月28日、カタリベ文庫) * 『日本古代新史-増補、邪馬一国の挑戦-』(1991年4月20日、新泉社) * 『「君が代」、うずまく源流-市民の古代別巻3-』(1991年6月5日、新泉社) * 『九州王朝の歴史学-多元的世界への出発-』(1991年6月18日、駸々堂) * 『古代史をひらく-独創の13の扉-』(1992年6月25日、原書房) * 『すべての日本国民に捧ぐ-古代史-日本国の真実-』(1992年12月1日、新泉社) * 『古代史をゆるがす-真実への7つの鍵-』(1993年11月30日、原書房) * 『人麿の運命』(1994年3月3日、原書房) * 『日本書紀を批判する-記紀成立の真相-』(1994年4月5日、新泉社) * 『古代通史-古田武彦の物語る古代世界-』(1994年10月20日、原書房) * 『海の古代史 黒潮と魏志倭人伝の真実』(1996年10月14日、原書房) * 『神の運命-歴史の導くところへ-』(1996年10月14日、明石書店) * 『失われた日本 Japan behind Japan』(1998年2月19日、原書房) * 『古代史の未来』(1998年2月27日、明石書店) * 『日本の秘密-「君が代」を深く考える』(2000年1月28日、五月書房) * 『古代史の十字路-万葉批判』(2001年4月20日、東洋書林) * 『九州王朝の論理』2000年5月20日、明石書店) * 『壬申大乱』(2001年10月25日、東洋書林) ==== 古田武彦・古代史コレクション ==== [[2010年]](平成22年)から、絶版になり入手が困難になっていた古田武彦の古代史関係の著作を新装版の形で再刊する「古田武彦・古代史コレクション」企画が刊行を開始した。これに含まれる書目には、角川文庫や朝日文庫に収録されたものの多くが含まれているため、最大で4度目の再刊になるものもある。各巻とも「日本の生きた歴史」が補章として書き加えられている。 {| class="sortable wikitable" |- !style="white-space:nowrap"|番号 !style="white-space:nowrap"|書名 !style="white-space:nowrap"|副題 !style="white-space:nowrap"|初版出版社 !style="white-space:nowrap"|初版</br>刊行年月日 !style="white-space:nowrap"|角川文庫版</br>刊行年月日 !style="white-space:nowrap"|朝日文庫版</br>刊行年月日 !style="white-space:nowrap"|刊行年月日 !style="white-space:nowrap"|ISBN !style="white-space:nowrap"|備考 |- !{{Display none|01}}1 |{{Display none|やまたいこくはなかった}}[[「邪馬台国」はなかった]] |{{Display none|かいどくされたわじんでんのなぞ}}解読された倭人伝の謎 |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社 |{{Display none|1971年11月11日}}1971年11月11日 |{{Display none|1977年10月10日}}1977年10月10日 |{{Display none|1993年01月}}1993年1月 |{{Display none|2010年02月}}2010年2月 |ISBN 978-4-623-05178-6 |古田古代史三部作第一弾 |- !{{Display none|02}}2 |{{Display none|うしなわれたきゅうしゅうおうちょう}}失われた九州王朝 |{{Display none|てんのうけいぜんのこだいし}}天皇家以前の古代史 |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社 |{{Display none|1973年08月}}1973年8月 |{{Display none|1979年03月}}1979年3月 |{{Display none|1993年02月}}1993年2月 |{{Display none|2010年02月}}2010年2月 |ISBN 978-4-623-05184-7 |古田古代史三部作第二弾 |- !{{Display none|03}}3 |{{Display none|ぬすまれたしんわ}}盗まれた神話 |{{Display none|ききのひみつ}}記・紀の秘密 |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社 |{{Display none|1975年02月}}1975年2月 |{{Display none|1979年06月}}1979年6月 |{{Display none|1994年01月}}1994年1月 |{{Display none|2010年03月}}2010年3月 |ISBN 978-4-623-05185-4 |古田古代史三部作第三弾 |- !{{Display none|04}}4 |{{Display none|やまいちこくのろんり}}邪馬壹国の論理 |{{Display none|こだいにしんじつをもとめて}}古代に真実を求めて |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社 |{{Display none|1975年10月}}1975年10月 |無し |無し |{{Display none|2010年06月}}2010年6月 |ISBN 978-4-623-05216-5 | |- !{{Display none|05}}5 |{{Display none|ここにこだいおうちょうありき}}ここに古代王朝ありき |{{Display none|やまいちこくのこうこがく}}邪馬一国の考古学 |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社 |{{Display none|1979年06月}}1979年6月 |無し |無し |{{Display none|2010年09月}}2010年9月 |ISBN 978-4-623-05217-2 | |- !{{Display none|06}}6 |{{Display none|わじんでんをてっていしてよむ}}倭人伝を徹底して読む |無し |{{Display none|おおさかしょせき}}大阪書籍 |1987年11月20日 |無し |{{Display none|1992年08月}}1992年8月 |2010年12月 |ISBN 978-4-623-05218-9 |朝日カルチャーブックス76 |- !{{Display none|07}}7 |{{Display none|よみがえるひみか}}よみがえる卑弥呼 |{{Display none|にほんこくはいつはじまったか}}日本国はいつ始まったか |{{Display none|しんしんどう}}駸々堂 |1987年10月20日 |無し |{{Display none|1992年06月}}1992年6月 |{{Display none|2011年09月}}2011年9月 |ISBN 978-4-623-06055-9 | |- !{{Display none|08}}8 |{{Display none|こだいしをうたがう}}古代史を疑う |無し |{{Display none|しんしんどう}}駸々堂 |1985年10月21日 |無し |無し |2011年12月 |ISBN 978-4-623-06056-6 | |- !{{Display none|09}}9 |{{Display none|こだいはちんもくせず}}古代は沈黙せず |無し |{{Display none|しんしんどう}}駸々堂 |{{Display none|1988年06月10日}}1988年6月10日 |無し |無し |{{Display none|2012年01月}}2012年1月 |ISBN 978-4-623-06057-3 | |- !10 |{{Display none|しんじつのとうほくおうちょう}}真実の東北王朝 |無し |{{Display none|しんしんどう}}駸々堂 |{{Display none|1990年06月19日}}1990年6月19日 |無し |無し |{{Display none|2012年03月}}2012年3月 |ISBN 978-4-623-06058-0 | |- !11 |{{Display none|ひとまろのうんめい}}人麿の運命 |無し |{{Display none|はらしょぼう}}原書房 |{{Display none|1994年03月03日}}1994年3月3日 |無し |無し |{{Display none|2012年04月}}2012年4月 |ISBN 978-4-623-06059-7 |古田万葉論三部作第一弾 |- !12 |{{Display none|こだいしのじゅうじろ}}古代史の十字路 |{{Display none|まんようひはん}}万葉批判 |{{Display none|とうようしょりん}}東洋書林 |{{Display none|2001年04月20日}}2001年4月20日 |無し |無し |{{Display none|2012年06月}}2012年6月 |ISBN 978-4-623-06060-3 |古田万葉論三部作第二弾 |- !13 |{{Display none|じんしんたいらん}}壬申大乱 |無し |{{Display none|とうようしょりん}}東洋書林 |2001年10月25日 |無し |無し |{{Display none|2012年08月}}2012年8月 |ISBN 978-4-6230-6061-0 |古田万葉論三部作第三弾 |- !14 |{{Display none|たげんてきこだいのせいりつ じょうかん}}多元的古代の成立 上巻 |{{Display none|やまいちこくのほうほう}}邪馬壹国の方法 |{{Display none|しんしんどうしゅっぱん}}駸々堂出版 |{{Display none|1983年03月}}1983年3月 |無し |無し |2012年12月 |ISBN 978-4-6230-6453-3 | |- !15 |{{Display none|たげんてきこだいのせいりつ げかん}}多元的古代の成立 下巻 |{{Display none|やまいちこくのてんかい}}邪馬壹国の展開 |{{Display none|しんしんどうしゅっぱん}}駸々堂出版 |{{Display none|1983年04月}}1983年4月 |無し |無し |2012年12月 |ISBN 978-4-6230-6454-0 | |- !16 |{{Display none|きゅうしゅうおうちょうのれきしがく}}九州王朝の歴史学 |{{Display none|たげんてきせかいへのしゅっぱつ}}多元的世界への出発 |{{Display none|しんしんどうしゅっぱん}}駸々堂出版 |{{Display none|1991年05月}}1991年5月 |無し |無し |{{Display none|2013年03月}}2013年3月 |ISBN 978-4-6230-6455-7 | |- !17 |{{Display none|うしなわれたにほん}}失われた日本 |{{Display none|こだいしいらいのふういんをとく}}古代史以来の封印を解く |{{Display none|はらしょぼう}}原書房 |{{Display none|1998年02月}}1998年2月 |無し |無し |{{Display none|2013年09月}}2013年9月 |ISBN 978-4-6230-6456-4 | |- !18 |{{Display none|よみがえるきゅうしゅうおうちょう}}よみがえる九州王朝 |{{Display none|まぼろしのつくしまい}}幻の筑紫舞 |{{Display none|かどかわしょてん}}角川書店 |{{Display none|1983年01月}}1983年1月 |無し |無し |{{Display none|2014年03月}}2014年3月 |ISBN 978-4-6230-6665-0 |角川選書40 |- !19 |{{Display none|こだいはかがやいていた 1}}古代は輝いていた 1 |{{Display none|ふどきにいたひみこ}}風土記にいた卑弥呼 |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社出版局 |1984年11月 |無し |{{Display none|1988年04月}}1988年4月 |{{Display none|2014年04月}}2014年4月 |ISBN 978-4-6230-6666-7 |古代通史第一弾 |- !20 |{{Display none|こだいはかがやいていた 2}}古代は輝いていた 2 |{{Display none|にほんれっとうのだいおうたち}}日本列島の大王たち |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社出版局 |{{Display none|1985年01月}}1985年1月 |無し |{{Display none|1988年05月}}1988年5月 |{{Display none|2014年05月}}2014年5月 |ISBN 978-4-6230-6667-4 |古代通史第二弾 |- !21 |{{Display none|こだいはかがやいていた 3}}古代は輝いていた 3 |{{Display none|ほうりゅうじのなかのきゅうしゅうおうちょう}}法隆寺の中の九州王朝 |{{Display none|あさひしんぶんしゃ}}朝日新聞社出版局 |{{Display none|1985年03月}}1985年3月 |無し |{{Display none|1988年06月}}1988年6月 |{{Display none|2014年07月}}2014年7月 |ISBN 978-4-6230-6668-1 |古代通史第三弾 |- !22 |{{Display none|こだいのきりのなかから}}古代の霧の中から |{{Display none|いずもおうちょうからきゅうしゅうおうちょうへ}}出雲王朝から九州王朝へ |{{Display none|とくましょてん}}徳間書店 |1985年12月 |無し |無し |未刊 |<!-- ISBN --> | |- !23 |{{Display none|こだいしをひらく}}古代史をひらく |{{Display none|どくそうのじゅうさんのとびら}}独創の13の扉 |{{Display none|はらしょぼう}}原書房 |{{Display none|1992年09月}}1992年9月 |無し |無し |未刊 |<!-- ISBN --> | |- !24 |{{Display none|こだいしをゆるがす}}古代史をゆるがす |{{Display none|しんじつへのななつのとびら}}真実への7つの鍵 |{{Display none|はらしょぼう}}原書房 |1993年11月 |無し |無し |未刊 |<!-- ISBN --> | |- !25 |{{Display none|やまいちこくへのどうひょう}}邪馬一国への道標 |無し |{{Display none|こうだんしゃ}}講談社 |{{Display none|1978年05月18日}}1978年5月18日 |{{Display none|1982年06月}}1982年6月 |無し |未刊 |<!-- ISBN --> | |- !26 |{{Display none|やまいちこくのしょうめい}}邪馬一国の証明 |無し |{{Display none|かどかわしょてん}}角川書店 |1980年10月 |1980年10月 |無し |未刊 |<!-- ISBN --> |角川文庫 白 252-4 |- !27 |{{Display none|こだいつうし}}古代通史 |{{Display none|ふるたたけひこのものがたるこだいせかい}}古田武彦の物語る古代世界 |{{Display none|はらしょぼう}}原書房 |1994年10月 |無し |無し |未刊 |<!-- ISBN --> | |- |} ==== 単著(親鸞関係) ==== * 『親鸞-人と思想-』(1978年、清水書院) * 『親鸞思想-その史料批判ー』(1978年、富山房、1996年6月30日明石書店で再刊) * 『わたしひとりの親鸞』(1978年) === 共著 === * 『邪馬臺国の常識 - 毎日新聞社の古代史シリーズ-』(1974年 毎日新聞社)松本清張編「邪馬壹国の資料批判」を収録 * 『日本古代史の謎』(1975年 朝日新聞社)「「邪馬台国」はなかった-その後-」を収録 * 『邪馬台国の謎』(1976年 汐文社) * 『続・邪馬台国のすべて』(1977年 朝日新聞社)「邪馬台国論争は終わった=その地点から」を収録 * 『古代史の宝庫』(1977年 朝日新聞社)「九州」を収録 * 『津軽が切りひらく古代-東北王朝と歴史への旅-』(1991年8月1日、新泉社)「市民古代史の会」編 * 『神武歌謡は生きかえった-古代史の新局面-』(1992年6月25日、新泉社) * 『聖徳太子論争-市民の古代別巻1-』(新装版は2006年3月、新泉社) * 『古代史討論シンポジウム「邪馬台国」徹底論争』1巻 言語、行路・里程編(1992年6月25日、新泉社) * 『古代史討論シンポジウム「邪馬台国」徹底論争』2巻 考古学・総合編(1992年10月15日、新泉社) * 『古代史討論シンポジウム「邪馬台国」徹底論争』3巻 信州の古代学、古代の夕・対話他編(1993年4月10日、新泉社) * 『古代史徹底論争-「邪馬台国」シンポジウム以後-』(1993年1月20日、駸々堂) * 『シンポジウム 邪馬壹国から九州王朝へ』(1987年10月、新泉社) * 『天皇陵を発掘せよ-大古墳の研究はなぜ必要か-』(1993年2月15日、三一書房) * 『法隆寺論争-市民の古代別巻4-』(1993年5月25日、新泉社) * 『古代史の「ゆがみ」を正す-「短里」でよみがえる古典-』(1994年4月5日、新泉社) * 『天皇陵の真相-永遠の時間のなかで-』(1994年7月15日、三一書房) * 『日本書紀を批判する―記紀成立の真相』(1994年、新泉社) === 訳書 === * 『倭人も太平洋を渡ったーコロンブス以前のアメリカ発見-』(1977年、八幡書店)原書名は『Man across the Sea』 == 脚注== <references /> == 関連項目 == * [[多元王朝説]] * [[東日流外三郡誌]] == 外部リンク == * [http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfuruta3.html 古田史学会報及び講演記録] * [http://classic.music.coocan.jp/_book/furuta/note.htm 中小路駿逸による「古田武彦ノート」] * [http://www.geocities.jp/pujo106blue/ 素晴らしき古田史学] * [http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jfurune.html 古田武彦研究年譜] * [http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou/kaihou08.html 古田史学と一元通念] (古田史学の会のために) * [http://web.archive.org/web/20060111233554/www.matusen.co.jp/myway/nakajima/nkj07.html 中嶋嶺雄の「私の半生」> 7 深志高に学んで] * [http://www6.ocn.ne.jp/~kodaishi/ 新しい歴史教科書(古代史)研究会] * [http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kaihou35/kaihou35.html 古田史学会報35号 > 「君が代」九州王朝讃歌説] * [http://www.pref.aomori.lg.jp/culture/tosaminatoiseki_pdf/tosaminatoiseki_pdf.html 十三湊遺跡発掘調査報告書] 青森県教育庁 * [http://home.p07.itscom.net/strmdrf/tugaru_graecia.htm 「古代ギリシア祭文」の史料批判] * [http://www8.ocn.ne.jp/~douji/tsugarukanrenn.htm 『東日流外三郡誌』関連論考] * [http://www8.ocn.ne.jp/~douji/shihou.htm 歴史を捻じ曲げる日本の司法(※古田武彦氏の情報操作について)] * [http://www8.ocn.ne.jp/~douji/kanseigenpon.htm 「寛政原本」の正体―『東日流外三郡誌』擁護論の自爆―] * [http://home.p07.itscom.net/strmdrf/tugaru_tenchuukun_hisseki.htm 東日流tenchuukun筆跡] * [http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku255.htm 偽書『東日流外三郡誌』事件] * [http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/shosai/hyaku-001.html 百鬼夜行の世界 その1-古代史探求格闘編-九州王朝の巻] * [http://www.ceres.dti.ne.jp/~alex-x/shosai/timi-002.html 読者の賢い騙し方 実践編] * [http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/5739/index.html =邪馬台国の謎に迫る=倭人伝への旅] * [http://home.p07.itscom.net/strmdrf/kyusyu.htm 九州王朝説批判] {{Normdaten|NDL=00014899|CINII=DA00414885|PND=172083990|LCCN=n/83/195266|VIAF=48147358}} {{デフォルトソート:ふるた たけひこ}} [[Category:日本の歴史学者]] [[Category:日本古代史学者]] [[Category:日本思想史家]] [[Category:昭和薬科大学の教員]] [[Category:日本の中等教育の教員]] [[Category:東北大学出身の人物]] [[Category:福島県出身の人物]] [[Category:1926年生]] [[category:存命人物]]
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