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印旛沼
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{{Infobox 湖 |名称=印旛沼 |画像=[[File:inbanuma landsat.jpg|300px|衛星写真]]<br />衛星写真 |所在地=[[千葉県]] |coords={{ウィキ座標2段度分秒|35|48|0|N|140|15|0|E|region:JP-12_type:waterbody_scale:50000|name=北印旛沼|display=inline,title}}(北印旛沼)<br /> {{ウィキ座標2段度分秒|35|45|0|N|140|11|40|E|region:JP-12_type:waterbody_scale:50000|name=西印旛沼}}(西印旛沼) |面積=11.55 |周囲長=47.5 |最大水深=2.5 |平均水深=1.7 |貯水量=0.0277 |標高=灌漑期 2.5 (Y.P.) |成因=河川による堰止湖 |淡汽=淡水 |湖沼型=過栄養湖 |透明度=0.7 }} {{mapplot|140.1908|35.7469|印旛沼}} '''印旛沼'''(いんばぬま)は、[[千葉県]]北西部、[[八千代市]]、[[佐倉市]]、[[成田市]]、[[印西市]]、[[印旛郡]][[酒々井町]]、[[栄町]]にまたがる[[利根川]]水系の[[湖沼]]。[[湖沼水質保全特別措置法]]指定湖沼。 == 地理 == 利根川下流右岸、[[下総台地]]の中央に位置する。もともとは "W" 字型のより大きい[[沼]]であったが、戦後の[[干拓]]によって2つの細い水路でつながった'''北部調節池'''(北印旛沼)と'''西部調節池'''(西印旛沼)に水域が分かれ、面積は半分以下に減少している。しかし、それでも湖沼としては千葉県内最大の面積を誇っている。ちなみに北印旛沼・西印旛沼の両者は、印旛捷水路または中央排水路を介して繋がっている。 沼の南側沿岸には[[京成本線]]が走り、東京の[[ベッドタウン]]である佐倉市街地も近い。東側には[[成田ニュータウン]]があり、北西には[[千葉ニュータウン]]がある。また、[[京成成田空港線|成田スカイアクセス]]および現在工事中の[[北千葉道路]]は北印旛沼を横断する。 [[東京]]都心から30 - 50キロメートルと[[首都圏 (日本)|首都圏]]に位置するため[[流域]]人口は多く、72.7万人に達する。これは[[琵琶湖]]、[[霞ヶ浦]]に次いで日本で3番目に多い。流域面積は487.18 km²。 通常、印旛沼の水は北印旛沼から[[長門川]]を下って[[利根川]]へ合流する。しかし、印旛沼自身の増水(内水)や利根川洪水(外水)での逆流入が起こるとそれまでの流出方向とは変わり、西印旛沼から[[印旛放水路]](新川・花見川)を伝って東京湾へと排水される。 === 流入・流出河川 === 全て利根川水系に属する。 * 西印旛沼 ** [[印旛放水路]](新川) ** 岩戸集水路 ** [[手繰川]] ** [[師戸川]] ** [[鹿島川 (千葉県)|鹿島川]] - 最大の流入河川。 * 中央排水路 ** 中川 * 北印旛沼 ** 江川 ** [[物木集水路]] ** 松虫川 ** [[長門川]](流出) ** 旧長門川(流出) == 水質 == 1960年代以降、流域人口の増加に伴い印旛沼の水質指標は悪化し、[[水質汚染]]は[[手賀沼]]に次ぐ全国有数のレベルになった(近年は手賀沼のほうが水質指標は若干良好である)。1980年代までの印旛沼は北部よりも西部のほうが水質が悪く、西部では[[1984年]]([[昭和]]59年)に [[化学的酸素要求量|COD]] 年平均が過去最悪を記録 (13 mg/l) を記録するが、下水道整備などの対策の結果 [[1990年]]([[平成]]2年)ごろには 8 mg/l ほどまで改善する。一方、北部の水質汚染はゆるやかに進み、1990年(平成2年)ごろには西部と同じレベルに達する。 その後は、西部、北部ともに再び水質が悪化し、[[1994年]](平成6年)には北部で COD 年平均の過去最悪タイ (13 mg/l) を記録してしまう。現在では多少は改善しているものの、[[環境省]]の定める[[環境基準]](印旛沼の場合 3 mg/l)には遠く及ばない。依然として COD 年平均が 10 mg/l 前後、[[2011年]](平成23年)、[[2012年]](平成24年)は 11 mg/l で、全国トップである[http://www.pref.chiba.lg.jp/suiho/kasentou/inbanuma/kounoudo.html]。 *CODの経年変化(単位:mg/l)※環境省の定める環境基準では 3 mg/l となっている。 {| class="wikitable" |- !年!!8!!9!!10!!11!!12!!13!!14!!15!!16!!17!!18!!19!!20!!21!!22!!23!!24 |- !上水道取水口(佐倉市) |11.0||11.0||10.0||12.0||10.0||9.5||9.1||8.6||9.4||8.1||8.6||11||8.5||8.6||8.9||11||11 |- !北印旛沼中央 |9.5||10.0||12.0||11.0||10.0||9.4||8.8||9.0||9.4||9.8||9.2||11 |} *全窒素の経年変化(単位:mg/l)※環境省の定める環境基準では0.4 mg/lとなっている。 {| class="wikitable" |- !年!!8!!9!!10!!11!!12!!13!!14!!15!!16!!17!!18!!19 |- !上水道取水口(佐倉市) |1.7||1.8||1.9||1.9||2.2||2.4||2.2||3.0||3.1||2.9||3.0||2.4 |- !北印旛沼中央 |1.1||1.4||1.5||1.5||1.4||1.6||1.4||1.6||2.3||1.8||2.0||1.6 |} *全リンの経年変化(単位:mg/l)環境省の定める環境基準では0.03 mg/lとなっている。 {| class="wikitable" |- !年!!8!!9!!10!!11!!12!!13!!14!!15!!16!!17!!18!!19 |- !上水道取水口(佐倉市) |0.15||0.13||0.13||0.14||0.12||0.11||0.11||0.12||0.13||0.11||0.12||0.14 |- !北印旛沼中央 |0.100||0.099||0.110||0.110||0.100||0.086||0.085||0.091||0.110||0.095||0.096||0.120 |} [[2011年]]3月の福島第一原子力発電所の事故によって放射能汚染された物質が上流から流入し,底質に最大2,260ベクレル/kgの汚染が千葉県のモニタリングによって観察されている。底にある放射能は水で遮蔽されるため,人の日常生活には支障がない。<ref "ex_a1>[http://www.pref.chiba.lg.jp/suiho/press/2013/inte/130902h25intemonitor1.html 手賀沼/印旛沼流域における水質/底質の放射性物質モニタリング調査結果(平成25年度第1回)]</ref> == 利用 == 印旛沼は、周囲の農業用水、[[京葉工業地域]]への工業用水、[[千葉市]]・[[習志野市]]・[[船橋市]]の飲料用水として供給されているほか、[[内水面]][[漁業]]も行われ、[[コイ]]や[[フナ]]などが漁獲されている([[2002年]](平成14年)の漁獲量は577t)。 === 観光 === 付近一帯は、[[都道府県立自然公園|県立自然公園]](印旛手賀自然公園)に指定されており、[[自転車道|サイクリングロード]]や[[遊歩道]]が整備されている。また、西印旛沼にあたる佐倉市「ふるさと広場」には湖畔に[[オランダ]]風の[[風車]]があるほか、周辺はシーズンになると[[チューリップ]]や[[コスモス]]などの[[花畑]]としても整備されている。 その他、湖畔では[[ハス]]や[[アサザ]]などの[[水生植物]]を見る事もできる。 === 花火大会 === [[1978年]](昭和53年)より、西印旛沼湖畔では例年8月に千葉県内でも有数の[[花火大会]](佐倉・国際印旛沼花火大会)が催され、30万人を超す観客を集めてきたが、[[2005年]](平成17年)からは佐倉市の財政難や、来場者のモラル低下によるトラブルの増加によって中止されていた [http://www.city.sakura.lg.jp/syoko/ivent/hanabi/h17chuushi.htm]。しかし市民からの花火大会再開の要望も多く、[[2007年]]に「[[佐倉市民花火大会]]」として再開した。 また、[[2006年]](平成18年)からは北印旛沼・[[成田市]]側でも「[[NARITA花火大会in印旛沼]]」が開催されている。 === 周辺施設 === ==== 佐倉市 ==== [[File:Nishi inbnuma.JPG|thumb|西印旛沼(印旛沼サンセットヒルズから撮影)]] *[[国立歴史民俗博物館]](れきはく) *[[佐倉城|佐倉城址公園]] *佐倉草ぶえの丘 *京成佐倉駅 *JR佐倉駅 *京成臼井駅 ==== 印西市 ==== *千葉県立印旛沼公園(師戸城跡) ==== 成田市 ==== [[File:Kita inbanuma.JPG|thumb|北印旛沼(成田市玉造付近から撮影)手前を走る高架橋は。成田スカイアクセス]] *[[宗吾霊堂]] *[[麻賀多神社]] *甚兵衛公園(甚兵衛渡し) ==== 栄町 ==== *[[千葉県立房総のむら]] == 歴史 == およそ2万年前、海面が著しく低下していた際に形成された下総台地の侵食谷が、[[縄文海進]]時の地盤沈降により[[溺れ谷]]となり[[香取海|古鬼怒湾]]と呼ばれた[[海]]の一部であったが、その出口を河川の運搬物(土砂など)がせき止めて形成されたものである。 [[江戸時代]]に入って、[[江戸]]の町を利根川の氾濫による[[水害]]から守るため行われた[[利根川東遷事業]]によって利根川の下流となり、周辺の村々は水害により大きな被害を受けるようになった。このため沼の水を現在の[[東京湾]]へ流すという掘割工事と、あわせて当時人口が激増していた江戸の町の食料事情もあって[[干拓]]事業([[新田開発]])が行われた。[[享保]]9年([[1724年]])、平戸村(現在の[[八千代市]]平戸)の染谷源右衛門が着手したが失敗。次に、[[天明]]年間([[1781年]] - [[1789年]])[[老中]][[田沼意次]]の時に計画され、工程の3分の2まで進捗したが天明6年([[1786年]])7月の大洪水と、田沼の失脚により中断された。 江戸後期には老中[[水野忠邦]]による[[天保の改革]]の一環として開削事業が企図され、幕府財政基盤の再建を目標とした改革後半の[[天保]]14年([[1843年]])には[[勘定奉行]]の[[鳥居耀蔵]]を責任者として[[沼津藩]]、[[庄内藩]]、[[鳥取藩]]、[[福岡藩#支藩|秋月藩]]、[[上総]][[貝淵藩]]の5藩に[[御手伝普請]]が命じられ、印旛沼から江戸湾に水路を開削する'''印旛沼堀割工事'''が行われた。この工事の背景には[[水害]]対策や[[新田開発]]や水運航路の開発など経済的な事情のほか、外国の軍船に[[江戸湾]]口を封鎖された場合に、[[江戸]]へどのように物資を供給するかという、対外危機への意識の高まりもあった。つまり、[[ひたちなか市|那珂湊]]-[[利根川]]-'''印旛沼'''-[[検見川]]-[[江戸]]という新しい水路の建設である。印旛沼の開発は各藩の多大な財政負担により進捗せず、天保の改革も[[上知令]]の頓挫による水野の罷免により中止され、印旛沼開発も[[弘化]]元年([[1844年]])6月に中止となり、江戸期における工事はいずれも成功しなかった。 明治以降も[[織田完之]]による印旛沼干拓計画や、[[昭和放水路]]計画など、印旛沼の開発計画は次々と立てられたが、当初の治水・干拓を目的とした開発は、京葉工業地帯の造成と人口の増加に伴って利水を目的としたものへと変貌していく。[[印旛放水路]](新川・[[花見川]])が完成するのは1960年代末である。 [[1969年]](昭和44年)、水資源公団の開発により、沼中央部に面積 13.9 km² の中央干拓地が造成され、約26 km² あった沼の面積は2分の1以下に縮小している。 [[1994年]](平成6年)[[11月25日]]、[[財団法人]][[印旛沼環境基金]]は設立10周年記念式典で[[印旛沼憲章]]を制定した。 == その他 == 佐倉市出身の[[ロック (音楽)|ロック]][[バンド (音楽)|バンド]]、[[BUMP OF CHICKEN]] の楽曲、『続・くだらない唄』(『[[THE LIVING DEAD]]』収録)は、印旛沼をモチーフにして作られたと言われている。 == 出典 == {{脚注ヘルプ}} <references/> == 関連項目 == * [[手賀沼]] * [[龍角寺]]・[[龍腹寺]]・[[龍尾寺]] * [[利根川東遷事業]] * [[日本の湖沼一覧]] * [[田沼意次]] * [[印旛沼干拓]] * [[印旛沼事件]] * [[印旛沼の竜伝承]] * [[印西市]](旧[[印旛村]]・旧[[本埜村]]) * [[アメーバピグ]] == 外部リンク == {{Commonscat|Lake Inba}} * [http://inba-numa.com/ いんばぬま情報広場] * [http://www.inbanuma-lid.jp/04/index02.html 水土里ネット印旛沼(印旛沼土地改良区)] * [http://www.water.go.jp/kanto/chiba/index.html 独立行政法人水資源機構千葉用水総合事業所(印旛沼開発事業)] * [http://www.inbanuma-kankou.jp/ 印旛沼ポータルサイト] * [http://maps.google.co.jp/maps?f=q&hl=ja&geocode=&time=&date=&ttype=&q=%E5%8D%B0%E6%97%9B%E6%B2%BC&ie=UTF8&ll=35.800133,140.25301&spn=0.075879,0.116386&z=13&iwloc=addr&om=1/ Google map 印旛沼] * [http://i-kouiki.com/imbanuma/imbanuma-page05a.htm 印旛沼の歴史] {{DEFAULTSORT:いんはぬま}} [[Category:日本の沼]] [[Category:関東地方の湖]] [[Category:利根川水系]] [[Category:八千代市の地理]] [[Category:佐倉市の地理]] [[Category:成田市の地理]] [[Category:酒々井町の地理]] [[Category:栄町の地理]] [[Category:印西市の地理]]
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