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{{Infobox 河川 |名称=千保川 |画像=[[Image:Senbo River Toyama Japan.jpg|300px|千保川 2008年11月17日撮影]] |画像説明=神保橋より上流方向(高岡市内免付近) |水系等級=[[一級水系]] |水系=[[小矢部川]] |種別=[[一級河川]] |延長=22 |標高=--- |流量=--- |観測所= |流域面積=--- |水源=[[庄川]]([[砺波市]]) |河口=[[小矢部川]]([[高岡市]]) |流域=[[富山県]][[高岡市]] |脚注= |出典= }} '''千保川'''(せんぼがわ)は、[[富山県]][[高岡市]]を流れる[[一級河川]]。[[小矢部川]][[水系]]に属する。高岡市[[戸出町]]では「'''新川'''(しんかわ)」と呼ばれ、[[砺波市]]域では「'''舟戸口用水'''(ふなとぐちようすい)」と呼ばれている。 == 流路 == [[庄川]]の扇状地扇頂部から取水し[[高岡市]][[市街地]]の西側を流れ、高岡市四屋と高岡市木町の境界で[[小矢部川]]に[[合流]]する。 == 歴史 == [[江戸時代]]までは、[[庄川]]の[[本流]]として豊富な水の量を誇る河川であった。流域では、[[高岡市]]([[1609年]](慶長14年))、[[戸出町]]([[1617年]](元和3年))などの[[町]]が作られ発達した。[[1654年]](承応3年)、加賀藩主・[[前田利常]]は[[瑞龍寺 (高岡市)|瑞龍寺]]の地を千保川によって削られた事を受け、千保川の水を現在の庄川の本流である中田川へ移すことを命じた。しかし、庄川の左岸の地域の住民の反対により、すぐには移されなかった。 [[1670年]](寛文10年)、加賀藩主・[[前田綱紀]]は庄川の扇状地扇頂部の弁才天(現・[[雄神神社 (砺波市)|雄神神社]])前で千保川などの各分流を中田川へ一本化するという大工事を始めることとした。これは、大変な工事であり、[[1714年]](正徳4年)に、44年の年月をかけて、ようやく完成した。これにより、現在の千保川の流域が確定した。 == 「新川」の語源 == 第二次世界大戦後まで、戸出ではこの川及びあたり一体を「しんかい」と呼んでいた。川原跡を新たに拓いた新開地という意味である。 この「しんかい」が訛り、'''新川'''(しんかわ)と呼ばれるようになったと考えられている。 戸出開町([[1617年]])の頃の千保川は、西は[[戸出公園]]から東は大清水神社(高岡市戸出大清水)までの川幅約800mの大河であった。古くは川原跡地であった戸出町1丁目住宅街は第二次世界大戦後に造られたものである。 {{DEFAULTSORT:せんほかわ}} [[Category:富山県の河川]] [[Category:小矢部川水系]] {{River-stub|pref=富山県}}
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