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前川清
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{{Infobox Musician <!--Wikipedia:ウィキプロジェクト 音楽家を参照--> | Name = 前川 清 | Img = | Img_capt = | Img_size = <!-- サイズが250ピクセルに満たない場合のみ記入 --> | Landscape = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 --> | Background = singer<!-- singer/group/bandなど --> | Birth_name = 前川清<!-- 個人のみ --><!-- 本名が公表されている場合のみ記入 --> | Alias = | Blood = <!-- 個人のみ -->O型 | School_background = <!-- 個人のみ -->[[長崎南山中学校・高等学校|長崎南山高等学校]]中退 | Born = <!-- 個人のみ -->{{生年月日と年齢|1948|8|19}} | Died = <!-- 個人のみ --> | Origin = {{JPN}}, [[長崎県]][[佐世保市]] | Instrument = [[歌]] | Genre = [[ムード歌謡]]<br />[[演歌]]<br />[[歌謡曲]]<br />[[バラード]] | Occupation = <!-- 個人のみ -->[[歌手]]<br/>[[タレント]] | Years_active = [[1968年]] - 現在 | Label = [[ポニーキャニオン]]<br />([[1987年]] - [[1996年]])<br />[[BMG JAPAN|BMGビクター]]<br />([[1996年]] - [[1999年]])<br />[[徳間ジャパンコミュニケーションズ|ガウスエンタテインメント]]<br />([[1999年]] - [[2002年]])<br />[[テイチクエンタテインメント]]([[2002年]] - 現在) | Production = ワクイ音楽事務所・前川企画 | Associated_acts = [[内山田洋とクール・ファイブ|前川清&クール・ファイブ]] | Influences = | URL = [http://www.maekiyo.com 清にゾッコン!] | Current_members = <!-- グループのみ --> | Past_members = <!-- グループのみ --> | Notable_instruments = }} '''前川 清'''(まえかわ きよし、本名同じ、[[1948年]][[8月19日]] - )は[[演歌歌手]]である。[[長崎県]][[佐世保市]]松山町出身。血液型はO型。[[長崎南山中学校・高等学校|長崎南山高等学校]]中退。長男は歌手の[[前川紘毅]]で、姪の義弟に元俳優の[[加勢大周]]がいる。 == 来歴・人物 == === 若き日 === [[1948年]]、[[長崎県]][[北松浦郡]](現・佐世保市)鹿町町大加勢の生まれ<ref name="週刊朝日1982" >『[[週刊朝日]]』1982年4月9日号99頁。</ref>。生後まもなく同県[[佐世保市]]に移る<ref name="週刊朝日1982" />。父は佐世保の米軍基地に船大工として勤務していたという<ref name="週刊朝日1982" />。少年時代の前川清は野球が好きで、米軍基地で働く日本人職員の子弟を集めてチームを作っていたことがある。高校時代にも野球部に在籍しており、ポジションは投手。 米軍の佐世保基地の兵舎から流れてきたジャズに衝撃を受け、中学、高校とジャズに熱中する。ジャズ好きが高じて歌手への夢を抱くようになる。 === 歌手として === [[1968年]]、高校を2年で中退後<ref name="週刊朝日1982" />、セールスマンなどを経て、長崎市内のキャバレーで歌っていたところを小林正樹に見出され<ref>2009年12月6日、TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」出演時の本人談。</ref>、「[[内山田洋とクール・ファイブ]]」にリード・ヴォーカリストとして参加。 [[1969年]][[2月5日]]、『[[長崎は今日も雨だった]]』でメジャーデビュー。同年の[[NHK紅白歌合戦|紅白歌合戦]]([[第20回NHK紅白歌合戦]])に初出場。「[[噂の女 (曲)|噂の女]]」([[1970年]])、「[[そして、神戸]]」([[1972年]])、「[[中の島ブルース]]」([[1975年]])、「東京砂漠」([[1976年]])など、全国レベルのヒット・ナンバーを数多く世に残した。紅白出場回数はクールファイブ時代とソロでの出場合わせて29回にも及び、歴代の白組で6番目に多い。 クール・ファイブの一員だった時代の初期は、常に澄まし顔で斜に構え、ほとんど喋らないと言う冷たい[[二枚目]][[キャラ (コミュニケーション)|キャラクター]]だった。だが1970年代半ばに[[萩本欽一]]が[[フジテレビジョン|フジテレビ]]「[[欽ドン!|欽ちゃんのドンとやってみよう!]]」のレギュラーに起用。二枚目キャラの裏側に隠れていた大ボケな個性を引き出し、お笑いの才能も広く認められるようになった。なお前川は後に、初期のクールキャラも「欽ドン!」時代の朴訥な大ボケキャラも「演技だった」と告白している。 以降、歌手としてはもちろん「[[8時だョ!全員集合]]」「[[ドリフ大爆笑]]」や前述の「欽ドン!」といったバラエティ番組のコントでも活躍。「欽ドン!」では[[萩本欽一]]と“コント54号”を結成していた。1990年代から一時期では[[梅沢富美男]]とのコンビでテレビ([[NHKBS]]「[[ふるさと皆様劇場]]」)や舞台でコントを見せていた。 [[1987年]]、クール・ファイブ脱退によりソロ活動を本格的に開始。 [[1971年]]に[[藤圭子]]と結婚したが翌年に離婚。一時期[[アン・ルイス]]とのロマンスも噂された。「欽ドン!」出演時(1970年代後半)、萩本欽一が「会わせたい人がいる」と前川を一人置いて舞台からいなくなった後に、何の前触れもなく元妻の藤が登場したことがある。それまでボケキャラ(演技)で客席を沸かせていた前川だったが、いきなり藤と二人きりにされたため、真顔に戻って絶句してしまった。 若い時期は[[演歌]]や[[歌謡曲]]だけではなく欧米の[[ポップ・ミュージック|ポップス]]や[[ロック (音楽)|ロック]]も好きで、コンサートなどでもよく歌っており、当時のライブ盤に多数収録されている。ソロ活動では[[坂本龍一]]が作曲したソロデビュー曲「雪列車」や[[井上大輔]]が作曲した「フィクションのように」など、ポップス色を出した曲も数多く歌っている。 [[1997年]]、[[ニッポン放送]]「[[福山雅治のオールナイトニッポン]]」に、前年の紅白歌合戦で歌い大きな反響があった「抱きしめて」のリクエストが同番組あてに殺到したことがきっかけでゲスト出演。この時同郷(長崎出身)の[[福山雅治]]に曲制作を依頼、[[2002年]]発売の「ひまわり」でコラボレーションが実現した。なお、このCDのジャケット写真も福山が撮影している。結果、この曲はヒットして、同年の[[第53回NHK紅白歌合戦|紅白歌合戦]]でその曲を披露している。 マイクを片手に、一本立ちで歌う姿が特徴的であるが、[[Mr.Children]]の[[桜井和寿]]は、「一本立ちであれだけの表現力を持っているところは尊敬に値する」とラジオ番組で語っていた。後に、雑誌のアンケートでも「自分の書いた曲を歌ってほしい人」という質問に対し「前川清さん」と書いている。 [[2007年]][[3月11日]]の[[NHKのど自慢#NHKのど自慢チャンピオン大会|NHKのど自慢チャンピオン大会]]でゲスト歌唱の際、司会の[[宮本隆治]]が「[[氷川きよし]]さんで『一剣』、前川清さんで『せめて今夜だけは』」と言うところを「前川清さんで『一剣』、氷川きよしさんで『せめて今夜だけは』」と言い間違えたことを逆手に取り、「せめて今夜だけは」を歌い終えると「氷川きよしでした!」と言って笑いをとった。この手のネタは[[2005年]]の紅白歌合戦でも司会の[[山本耕史]]が前川を「[[山川豊|山川]]、あっごめんなさい。前川清さんです」と言った際にも見せている。 自身の持ち馬である[[コイウタ]]が[[2007年]][[ヴィクトリアマイル]]を優勝したこと及び、[[2006年]][[第57回NHK紅白歌合戦|紅白歌合戦]]にクール・ファイブを再結成して出場したことが契機となり、その後クールファイブのメンバーと共に20年ぶりにレコーディングを行い、「前川清&クール・ファイブ」として新曲を出すこととなった。そのタイトルは『恋唄-2007-』である。以降、「[[NHK歌謡コンサート]]」などにも"前川清&クールファイブ"として度々出演し、ソロ活動と平行しながら、クール・ファイブの一員としても活動を再開している。 [[2008年]]8月、60歳を前に小学3年生の頃から悩まされていたという変形性股関節症の手術を受けたことを明らかにした(8月5日に施術)。 [[2009年]]には[[加藤清史郎]]が出演するCMである[[トヨタ自動車]]「[[こども店長]]」CMオリジナル曲「こども店長のうた」を歌唱。 レコード会社はクール・ファイブを脱退以後、[[ポニーキャニオン]](1987年 - 1996年)、BMGビクター(1996年 - 1999年)、[[徳間ジャパンコミュニケーションズ|ガウスエンタテインメント(現:徳間ジャパンコミュニケーションズ)]](1999年 - 2002年)を経て、2002年からは[[テイチクエンタテインメント]]に所属。 === 競走馬オーナーとして === 前川清はまた、競馬好きであり、自身も競走馬オーナーとしても知られており、[[勝負服]]は、緑,桃縦縞,緑袖である。[[中央競馬]]([[日本中央競馬会|JRA]])の所有馬は以下の通り *[[コイウタ]] **前川企画名義、名前の由来は母馬の名前(ヴァイオレットラブ)と自身のヒット曲「恋唄」 **[[2006年]]の[[デイリースポーツ|デイリー杯]][[クイーンカップ]](G3)を勝ち、同年の[[桜花賞]](G1)でも三着に入った。そして、コイウタは[[2007年]][[5月13日]]、[[ヴィクトリアマイル]]を制し2007年度の[[JRA賞最優秀4歳以上牝馬]]に選出。このことにより、前川清は芸能人[[馬主]]としては[[グレード制]]施行後初の[[競馬の競走格付け|GI級]](JpnI)レース優勝を飾った。尚、グレード制施行前のGI級レース優勝を含めると[[高峰三枝子]]([[スウヰイスー]]:[[1952年]] [[桜花賞]]、[[優駿牝馬]])以来二人目になる。 **前川本人は[[競馬場]]で観戦すると所有馬が勝てないと言う[[ジンクス]]から、「ゲンを担いで」[[北海道]]にある知人の[[牧場]]を訪問していて競馬場にはおらず、[[競馬中継|テレビ中継]]でレースを観戦していた。同馬の優勝の瞬間に興奮のあまり手で[[机]]を叩き、[[突き指]]してしまったと言う。なお、レースの[[表彰|表彰式]]には馬主代理として前川の長女が出席した。この後、前川は急遽帰京し、当日夜の関係者による祝勝会に出席し「(嬉しさで)立ちくらみがした。こんな経験は初めてです」と喜びの大きさを語った。 *ケイティーボーン **前川個人名義、[[1986年]][[ステイヤーズステークス]]三着。 *ヒゼンホクショー **前川企画名義、[[2002年]][[東京ジャンプステークス|東京オータムジャンプ]]一着。 === クリスチャン === [[カトリック教会|カトリック]]の[[キリスト教徒|クリスチャン]]で、[[洗礼名]]「セバスチャン」を持っている。進学した高校もカトリック系。コンサートなどで時折話のネタに使うことがある。 自宅の近所にある教会のパーティに「同じクリスチャンだから」とノーギャラで出演を快諾したこともある。また母親は前川の離婚・再婚問題で時の[[教皇]][[パウロ6世 (ローマ教皇)|パウロ6世]]に直談判したことがある。 == 主なヒット曲 == *長崎は今日も雨だった(1969年2月5日発売) *逢わずに愛して(1969年12月5日発売) *愛の旅路を(1970年4月5日発売) *噂の女(1970年7月5日発売) *愛のいたずら(1970年10月5日発売) *すべてを愛して(1970年12月発売) *港の別れ唄(1971年7月25日発売) *この愛に生きて(1972年3月15日発売) *恋唄(1972年7月25日発売) *そして、神戸(1972年11月15日発売) *北ホテル(1975年4月25日発売) *中の島ブルース(1975年8月5日発売) *気まぐれ雨(1976年2月発売) *東京砂漠(1976年5月10日発売) *西海ブルース(1977年2月5日発売) *思い切り橋(1977年9月発売) *さようならの彼方へ(1978年5月25日発売) *昔があるから(1978年12月10日発売) *Last Song(1980年3月21日発売) *魅惑・シェイプアップ(1980年9月25日発売) *雪列車(1982年10月21日発売) - ソロ第一作 *恋さぐり夢さぐり(1984年8月21日発売) *花の時・愛の時(1987年2月21日発売) - クールファイブ独立第一弾 *涙(1988年2月21日発売) - [[中島みゆき]]作詞・作曲。中島も同年発売のアルバム『[[グッバイガール (アルバム)|グッバイガール]]』で[[セルフカバー]]している。 *愛がほしい(1988年10月21日発売) *男と女の破片(1991年7月21日発売) *夢一秒(1992年6月19日発売) *別れ曲でも唄って(1993年5月21日発売) *終着駅長崎(1995年7月21日発売) - [[さだまさし]]作詞・作曲。 *抱きしめて(1996年4月24日発売) *明日に(1999年7月23日発売) *ひまわり(2002年6月5日発売) - [[福山雅治]]作詞・作曲。 == 出演 == === NHK紅白歌合戦出場歴 === *紅白歌合戦にはクール・ファイブ時代に11回、ソロとして18回の合計29回出場している。 *クール・ファイブ時代の出場については、[[内山田洋とクール・ファイブ#NHK紅白歌合戦出場歴]]を参照。 {| class="wikitable" |+ |-| style="background: #ccf;" ! | 年度/放送回 ! | 回 ! | 曲目 ! | 出演順 ! | 対戦相手 ! | 備考 |- |1991年(平成3年)/[[第42回NHK紅白歌合戦|第42回]]||初||[[そして、神戸]]||06/28||[[ライマ・バイクレ]]||ソロとして初出場 |- |1992年(平成4年)/[[第43回NHK紅白歌合戦|第43回]]||2||男と女の破片||20/28||[[川中美幸]](1)|| |- |1993年(平成5年)/[[第44回NHK紅白歌合戦|第44回]]||3||別れ曲でも唄って||10/26||[[オルケスタ・デ・ラ・ルス]]|| |- |1994年(平成6年)/[[第45回NHK紅白歌合戦|第45回]]||4||恋するお店||19/25||[[ケー・ウンスク]]|| |- |1995年(平成7年)/[[第46回NHK紅白歌合戦|第46回]]||5||そして、神戸(2回目)||20/25||[[由紀さおり]]・[[安田祥子]]||同年1月の[[阪神・淡路大震災]]追悼を込めて歌唱<br />瞬間最高視聴率を獲得 |- |1996年(平成8年)/[[第47回NHK紅白歌合戦|第47回]]||6||抱きしめて||09/25||[[大月みやこ]]|| |- |1997年(平成9年)/[[第48回NHK紅白歌合戦|第48回]]||7||薔薇のオルゴール||09/25||[[森高千里]]||[[TOKIO]]が[[奇術|マジック]]を披露 |- |1998年(平成10年)/[[第49回NHK紅白歌合戦|第49回]]||8||神戸||09/25||[[工藤静香]]||[[梅沢富美男]]が[[女形]]を披露 |- |1999年(平成11年)/[[第50回NHK紅白歌合戦|第50回]]||9||[[東京砂漠]]||13/27||[[藤あや子]]||前半トリ(1) |- |2000年(平成12年)/[[第51回NHK紅白歌合戦|第51回]]||10||[[長崎は今日も雨だった]]||20/28||[[八代亜紀]]||[[細川たかし]]、[[鳥羽一郎]]、[[吉幾三]]、[[山本譲二]]、[[DA PUMP]]がバックコーラスを担当 |- |2001年(平成13年)/[[第52回NHK紅白歌合戦|第52回]]||11||大阪||08/27||[[中村美律子]]|| |- |2002年(平成14年)/[[第53回NHK紅白歌合戦|第53回]]||12||[[虹/ひまわり/それがすべてさ#収録曲|ひまわり]]||18/27||川中美幸(2)||[[RAG FAIR]]がバックコーラスを担当 |- |2003年(平成15年)/[[第54回NHK紅白歌合戦|第54回]]||13||東京砂漠(2回目)||06/31||[[香西かおり]]|| |- |2004年(平成16年)/[[第55回NHK紅白歌合戦|第55回]]||14||そして、神戸(3回目)||13/28||[[夏川りみ]]||前半トリ(2)<br />[[ゴスペラーズ]]がバックコーラスを担当 |- |2005年(平成17年)/[[第56回NHK紅白歌合戦|第56回]]||15||夜霧よ今夜も有難う([[石原裕次郎]])||10/30||[[島谷ひとみ]]|| |- |2006年(平成18年)/[[第57回NHK紅白歌合戦|第57回]]||16||長崎は今日も雨だった(2回目<ref group="注">「長崎は今日も雨だった」は、クール・ファイブ時代と通算して合計3回歌唱されている。</ref>)||12/27||[[森昌子]]||この年亡くなった内山田洋の追悼を込め、<br />クール・ファイブが一夜限り(当初)の再結成 |- |2007年(平成19年)/[[第58回NHK紅白歌合戦|第58回]]||17||そして、神戸(4回目)||08/27||[[水森かおり]]||前半トリ(3)<br />クール・ファイブ、[[ムーディ勝山]]と共演 |- |2008年(平成20年)/[[第59回NHK紅白歌合戦|第59回]]||18||東京砂漠(3回目<ref group="注">「東京砂漠」は、クール・ファイブ時代と通算して合計4回歌唱されている。</ref>)||08/27||川中美幸(3)||クール・ファイブと共演 |- |} <references group="注" /> (注意点) *対戦相手の歌手名の( )内の数字は、その歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。 *曲名の後の(○回目)は、紅白で披露された回数を表す。 *出演順は「(出演順) / (出場者数)」で表す。 === 映画 === *[[ルパン三世 念力珍作戦]]([[1974年]]、[[東宝]]、監督:[[坪島孝]]) *にっぽん美女物語 女の中の女(1975年、[[松竹]]、監督:渡辺祐介) *暴走パニック大激突(1976年、[[東映]]、監督:[[深作欣二]]) *美女放浪記([[1977年]]、松竹、監督:渡辺祐介) *[[トラック野郎|トラック野郎熱風5000キロ]]([[1979年]]、東映、監督:[[鈴木則文]]) *[[ピーマン80]](1979年、東宝、監督:[[居作昌果]]・岡雄二) *[[元祖大四畳半大物語]]([[1980年]]、[[日活|にっかつ]]、監督:[[曽根中生]]・[[松本零士]]) *[[旅の贈りもの 〜明日へ〜]]([[2012年]]、監督:[[前田哲]])'''※初主演''' === 主な出演ドラマ === *[[時間ですよ|時間ですよ・昭和元年]]([[TBSテレビ|TBS]]) *[[月曜ドラマランド]]「[[キップくん]]」([[フジテレビジョン|フジテレビ]]) *[[金曜エンタテイメント]]「恐妻家探偵の事件帖」(2000年、フジテレビ) - サラリーマン 役 *[[月曜ミステリー劇場]]「[[駅前タクシー湯けむり事件案内]]」(2003年 - 2005年、[[TBSテレビ|TBS]]) - 前川新之助 役 *[[新参者 (小説)|新参者]](2010年5月2日、TBS) *[[水戸黄門 (パナソニック ドラマシアター)|水戸黄門]][[水戸黄門 (第31-38部)|第42部]]第1話「お前は助さん 俺は格さん・江戸」(2010年10月11日、TBS) - 翁屋与右衛門 役 === 主な出演番組 === <!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --> *[[欽ドン!|欽ちゃんのドンとやってみよう!]](フジテレビ、1975年 - 1980年) *[[ふるさと皆様劇場]]([[NHK総合テレビジョン|NHK総合]]→[[NHK衛星第2テレビジョン|NHK-BS2]]、1998年 - 2009年) *[[笑顔まんてん タビ好キ|前川清の笑顔まんてん タビ好キ]]([[九州朝日放送]](KBC)2012年 - ) 他多数 === 主な舞台 === *清&[[藤山直美|直美]] 気になるふたり([[新橋演舞場]]、2010年) === CM === *[[江崎グリコ]] - ワンタッチ・カレー、知床しぶき *[[キリン・シーグラム]] - エンブレム<ref>[[横山やすし]]と共演。漫才界のやすし・演歌界のきよしで「やす・きよ」というコンセプトになっていた。</ref> *[[大正製薬]] - [[カプシプラスト]] *[[ダイア建設]] == 著書 == *『恋唄に恋して』2008年 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 外部リンク == *[http://www.maekiyo.com/ 清にゾッコン!(前川清公式ウェブサイト)] {{日本レコード大賞最優秀歌唱賞}} {{DEFAULTSORT:まえかわ きよし}} [[Category:NHK紅白歌合戦出演者]] [[Category:演歌歌手]] [[Category:日本の歌手]] [[Category:日本の俳優]] [[Category:日本のタレント]] [[Category:欽ちゃんファミリー]] [[Category:過去の渡辺プロ系列所属者]] [[Category:馬主]] [[Category:日本のカトリック教会の信者]] [[Category:テイチクエンタテインメントのアーティスト]] [[Category:徳間ジャパンコミュニケーションズのアーティスト]] [[Category:アリオラジャパンのアーティスト]] [[Category:ポニーキャニオンのアーティスト]] [[Category:長崎県出身の人物]] [[Category:1948年生]] [[Category:存命人物]]
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