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僭主
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{{出典の明記|date=2012年2月}} {{政治体制}} '''僭主'''(せんしゅ、{{lang-grc|τυραννος}} (tyrannos); {{lang-en|tyrant}})とは、本来の[[皇統]]、[[王統]]の血筋によらず、実力により君主の座を[[簒奪]]し、身分を超えて[[君主]]となる者。'''僭帝'''、'''僭王'''とも。僭主による政治を[[僭主政治]]という。 ==僭主とは== 僭主と称される君主、及び君主となろうとした者は古今東西を問わず存在するが、多くの国々では[[反乱]]や[[謀叛]]による[[帝位]]・[[王位]]の簒奪、[[易姓革命]]により新たな王朝を樹立し君主となる例は数多あり、何をもって僭主と称するかは必ずしも明確には判断しづらいものである。一般には、[[君主号]]を称するものの王朝の確立に失敗した者、その国の歴史や法に基づく正当な手続きを経なかった者、一貫した王統の下で続いた君主の座を一時的に簒奪し、元の王統に奪還された者など、それぞれの国の価値で僭主か否か判断されることが多い。 ==古代ギリシャの僭主== 世界の歴史の中で、特に、君主または[[政治家]]に対して僭主の概念が用いられる時代・地域のひとつに[[古代ギリシア]]における僭主政治がある。古代ギリシアにおける僭主は、基本的に[[貴族政]]をとる[[ポリス]]において、政治的影響力を増大させてきた平民の支持を背景に、[[貴族]]の合議制を抑えて独裁的権力を振るった政治指導者をいう。 多くのポリスは、王が[[神話]]時代に遡る正統な血統を継いでいることをもってその支配を正当化していた[[王政]]から、共和制の形態をとりつつ、貴族階級が実質的にポリスの主導権を掌握する[[貴族政]]に移行していた。貴族が貴族であるためには、血統や出身地のほかに、戦争に際して、武器・防具・食糧などの軍需物資とその輸送手段を自費で準備し、残された家族の生活まですべて含めた兵役を負担できるための経済力も必要だった。しかし、平民であっても交易などによって貴族階級に劣らない経済力を備えた富裕な市民が増え、一方で没落して兵役を負担できなくなる貴族も少なくなく、それまではもっぱら貴族によって担われていた兵役を平民が負担するようになり、その力が他のポリスとの戦争の勝敗を左右することになると、平民がポリスの政治から疎外されていることに対する不満が増大していった。 こうしたなかで、平民階級の利害を政治に反映させることを主張して彼らの支持をとりつけ、数の力で貴族階級の担う共和制の制度を廃止または形骸化して、個人として権力を掌握する者が登場してくる。彼らは、貴族階級が独占していた共和制という枠組みを平民階級に開放するというスタンスをとったので「王(バシレウス)」と称することはなく、多くの場合明確な官職・役職につくこともなかった。支持者からは、[[小アジア]]に起源を持つ外来語で「支配者」を意味する「テュランノス」の語で呼ばれた。「テュランノス」ということばはもともと価値判断を含まないものであり、その権力の非合法性を強調した日本語訳「僭主」は正確な翻訳とは言えない。 僭主は、実力を高めてきた平民階級と既得権を守ろうとする貴族階級との軋轢のなかで登場した過渡期的存在であったため、[[アテナイ]]のように、貴族階級と平民階級を包含した市民団が成立し、市民団全体によるポリス運営である[[民主政]]の創出に成功したポリスでは、抑圧的な[[独裁者]]として糾弾されることとなった。アテナイでは僭主の出現を防ぐために[[陶片追放]]の制度が導入された。 古くからの貴族政を維持できたポリスはさして多くなく、またギリシャから[[地中海]]・[[黒海]]沿岸の各地に進出した移民が建設した歴史の新しいポリスもあり、多くのポリスで僭主が出現したが、そのあり方はさまざまであり、王を称して自ら世襲の君主となる者もいた。 ==イタリアにおける僭主== [[13世紀]]から[[ルネサンス]]時代にかけての[[イタリア半島]]では共和制を敷いていた各都市国家内で、富裕な一族から公職選挙などを操作し、事実上国家を支配する僭主([[シニョーレ]])達が出現した。[[ミラノ]]の[[ヴィスコンティ家]]、[[フィレンツェ]]の[[メディチ家]]などはその最たる例である。 ==関連項目== *[[暴君]] *[[僭主政治]] *[[ニコマコス倫理学]]-第8巻第10章 {{権威主義体制}} {{history-stub}} {{DEFAULTSORT:せんしゆ}} [[Category:古代ギリシア]] [[category:ギリシャの歴史]] [[category:イタリアの歴史]] [[category:僭主|*]]
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