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井上純
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{{Otheruses|プロ野球選手の井上'''純'''|タレント・俳優の井上'''順'''|井上順|漫画「咲-Saki-」の登場人物の井上純|咲-Saki-#主な登場人物}} {{Infobox baseball player |選手名 = 井上 純 |所属球団 = |役職 = |背番号 = 90 |選手写真ファイル名 = Jun Inoue 2010.08.08.JPG |写真のコメント = 2010年8月8日 横浜スタジアム |国籍 = {{JPN}} |出身地 = [[宮城県]][[仙台市]][[太白区]] |生年月日 = {{生年月日と年齢|1970|6|8}} |没年月日 = |身長 = 182 |体重 = 77 |利き腕 = 左 |打席 = 左 |守備位置 = [[外野手]] |プロ入り年度 = {{NPBドラフト|1988}} |ドラフト順位 = ドラフト3位 |初出場 = 1990年5月29日 |最終出場 = 2006年8月24日 |年俸 = |経歴 = <nowiki></nowiki> * [[東陵高等学校]] * [[横浜DeNAベイスターズ|横浜大洋ホエールズ<br />横浜ベイスターズ]] (1989 - 2002) * [[千葉ロッテマリーンズ]] (2003 - 2006) |経歴補足題 = コーチ歴 |経歴補足 = <nowiki></nowiki> * 横浜ベイスターズ<br />横浜DeNAベイスターズ (2007 - 2012) }} '''井上 純'''(いのうえ じゅん、[[1970年]][[6月8日]] - )は[[宮城県]]出身の元[[プロ野球選手]]([[外野手]])。 == 経歴 == === プロ入り前 === [[1988年]]、[[東陵高等学校|東陵高校]]時代は大会屈指のスラッガーとして、3年生時に当校の甲子園初出場([[全国高等学校野球選手権大会|夏の甲子園]]に出場)に貢献。宮城県大会決勝の東北高校戦では3ラン本塁打を放って東稜高校の甲子園初出場に貢献した。初戦の[[福井県立福井商業高等学校|福井商業高校]]に敗退したものの打撃力と俊足を評価され横浜大洋ホエールズ(現[[横浜DeNAベイスターズ]])が指名し入団。(同期入団は[[谷繁元信]]、[[石井琢朗]]など) === 横浜時代 === 入団当初「[[屋鋪要]]よりも速い」と評されたほどの俊足や、高校通算[[打率]]3割・38[[本塁打]]の打撃で期待されたが、プロの壁は厚くレギュラー争いに食い込めず。 [[1995年]]は[[キャンプ (日本プロ野球)|キャンプ]]での打撃フォーム改造が奏功し、9月にプロ初本塁打。その後は徐々に打撃技術が向上し、[[代打]]の切り札として一軍に定着。 [[1998年]]は[[波留敏夫]]の欠場もあり前半戦は中堅手として大いに活躍する。打席数こそ少ないものの打率.330の好成績を残した。[[埼玉西武ライオンズ|西武]]との[[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]第5戦、8番[[指名打者|DH]]で[[スターティングメンバー|スタメン]]出場。チームは38年ぶりのリーグ優勝・日本一。 [[1999年]]も打率3割をマークし、プロ入り後最多の4本塁打を放った。[[2001年]]も3割をクリアするなど、少ない出場機会の中で確実に成績を残した。 [[2002年]]は腰痛や足の故障、若手の台頭により出場機会が激減。年齢的な面もありシーズンオフに戦力外通告、[[自由契約]]に。 === ロッテ時代 === [[2003年]]にテストを受けロッテに入団。[[花粉症]]の影響で、[[オープン戦]]やシーズン開幕直後は極度の不振。そのため当初は期待外れと酷評されたが、シーズン中盤からは大車輪の活躍。9月には3番スタメン出場が定着していた。8月19日に故郷[[仙台]]での[[埼玉西武ライオンズ|西武]]戦で[[森慎二]]投手より本塁打を打ったが、これは高校3年の県大会の決勝で打った本塁打(前述)と同様の[[コース]]、同様の[[直球]]、同様の[[スウィング]]で打ったものだった。 この年はプロ入り後最高の成績を収めた。 [[2004年]]は春先に受けた[[死球]]の影響で調子を落とすものの、復活後はベテランらしい活躍を見せる。前年同様に主軸として活躍し、自己最高の24打点をマークした。 [[2005年]]はかつての所属球団である横浜との[[セ・パ交流戦]]で古巣[[横浜スタジアム]]のレフトスタンドに本塁打を放つ。この年は[[打率]]が1割台と苦しんだが、[[プレーオフ制度 (日本プロ野球)#パシフィック・リーグ|プレーオフ]]第2ステージ第5戦で、8回裏から[[左翼手]]の守備に着き、リーグ優勝のウイニングボールを捕球。チームは[[阪神タイガース|阪神]]との日本シリーズも制し、31年ぶりのリーグ優勝・日本一を手にした。 [[2006年]]は[[アジアシリーズ]]での1試合4三振などの屈辱をバネにフォームを改造。これが功を奏し、絶好調な状態で開幕を迎え5番を打ったこともあったが、夏に近づくにつれ調子を落とし、[[10月2日]]に戦力外通告を受ける。 === 引退後 === [[2006年]][[10月16日]]に古巣の横浜ベイスターズ2軍、[[横浜DeNAベイスターズ (ファーム)|湘南シーレックス]]の外野守備走塁コーチに就任。背番号90。[[2010年]]からは一軍外野守備走塁コーチを務め、[[2011年]]は再び二軍外野守備走塁コーチを務めた。8月16日に行われたイースタン・リーグのロッテ戦で審判員に暴行したとして退場処分を受けた<ref>[http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20110817-821416.html 【横浜】暴行退場の井上コーチに制裁金] - プロ野球ニュース : nikkansports.com 2011年8月17日</ref>。[[2012年]]は一軍打撃コーチを務め打率リーグ最下位、得点5位と低迷し同年退団<ref>[http://www.baystars.co.jp/news/2012/10/1010_08.php 来季のコーチ契約について] 横浜DeNAベイスターズ 2012年10月10日</ref>。[[2013年]]からは[[東北楽天ゴールデンイーグルス|楽天イーグルス]]のベースボールスクールジュニアコーチに就任<ref>[http://www.rakuteneagles.jp/news/detail/2849.html 【ベースボールスクール】ジュニアコーチに関して] 東北楽天ゴールデンイーグルス 2013年1月27日</ref>。 == 人物 == [[1998年]]に[[横浜DeNAベイスターズ|横浜]]の38年ぶりの日本一、[[2005年]]にロッテの31年ぶりの日本一と、セ・パ両リーグで30年以上優勝から遠ざかっていたチームのリーグ優勝、[[日本選手権シリーズ|日本シリーズ]]制覇(日本一)を経験するという珍しい経歴の持ち主。 千葉マリンスタジアムでのスコアボードの表記は、2003年は同姓の[[井上貴朗]]が在籍していたため、「井上純」と表記されていたが、井上貴朗が退団した2004年以降は「'''井上'''」となっていた。それでも「じゅん」という親しみやすい名前で、彼が打席に入ると井上コールの合間に「'''じゅん!'''」と合いの手が入っていた。 ==詳細情報== === 年度別打撃成績 === {| {{年度別打撃成績|リーグ=日本プロ野球}} |- |style="text-align: center;"|{{by2|1990}} |rowspan="11" style="text-align: center;"|[[横浜DeNAベイスターズ|大洋<br />横浜]] |4||4||4||0||1||0||0||0||1||1||0||0||0||0||0||0||0||3||0||.250||.250||.250||.500 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1991}} |5||6||6||0||1||0||0||0||1||0||0||0||0||0||0||0||0||1||0||.167||.167||.167||.333 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1993}} |21||33||29||1||4||1||0||0||5||1||0||1||1||0||3||0||0||9||0||.138||.219||.172||.391 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1995}} |41||37||36||5||9||1||0||1||13||2||1||1||1||0||0||0||0||9||0||.250||.250||.361||.611 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1996}} |60||71||62||11||18||2||1||0||22||6||7||3||2||0||7||1||0||19||0||.290||.362||.355||.717 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1997}} |52||74||67||8||12||0||2||0||16||5||5||1||1||3||2||0||1||18||0||.179||.205||.239||.444 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1998}} |71||117||109||10||36||7||1||0||45||9||0||3||2||0||6||0||0||29||1||.330||.365||.413||.778 |- |style="text-align: center;"|{{by2|1999}} |64||84||79||14||24||5||0||4||41||13||1||0||1||0||4||0||0||23||0||.304||.337||.519||.856 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2000}} |61||67||62||9||15||1||0||0||16||4||3||0||0||1||4||1||0||25||0||.242||.284||.258||.542 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2001}} |83||85||80||16||24||4||1||1||33||10||2||3||1||0||4||0||0||19||3||.300||.333||.413||.746 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2002}} |12||14||13||1||2||0||0||1||5||1||0||0||0||0||1||0||0||5||0||.154||.214||.385||.599 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2003}} |rowspan="4" style="text-align: center;"|[[千葉ロッテマリーンズ|ロッテ]] |74||276||254||34||72||19||4||6||117||23||4||2||7||1||13||0||1||55||2||.283||.320||.461||.780 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2004}} |80||249||225||37||65||19||5||3||103||24||5||3||2||2||17||0||3||45||5||.289||.344||.458||.802 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2005}} |28||48||43||6||7||1||0||2||14||5||0||0||0||0||4||0||1||11||1||.163||.250||.326||.576 |- |style="text-align: center;"|{{by2|2006}} |30||60||55||4||12||1||0||0||13||1||0||1||0||0||5||0||0||14||0||.218||.283||.236||.520 |- !colspan="2"|通算:15年 |686||1225||1124||156||302||61||14||18||445||105||28||18||18||7||70||2||6||285||12||.269||.313||.396||.709 |} * 大洋(横浜大洋ホエールズ)は、1993年に横浜(横浜ベイスターズ)に球団名を変更 === 年度別守備成績 === {| class="wikitable" style="text-align: right; font-size: small;" !rowspan="2"|年<br />度!!colspan="6"|外野 |- !試合!!刺殺!!補殺!!失策!!併殺!!守備率 |- |1993||13||10||1||0||0||1.000 |- |1995||17||12||2||0||1||1.000 |- |1996||18||15||1||0||0||1.000 |- |1997||25||30||0||0||0||1.000 |- |1998||25||39||1||1||0||.976 |- |1999||14||19||0||0||0||1.000 |- |2000||8||8||0||0||0||1.000 |- |2001||52||37||2||0||0||1.000 |- |2002||3||1||0||0||0||1.000 |- |2003||64||102||1||6||0||.945 |- |2004||71||93||0||2||0||.979 |- |2005||14||12||0||0||0||1.000 |- |2006||20||23||0||0||0||1.000 |- !通算 |344||401||8||9||1||.981 |} === 記録 === * 初出場:1990年5月29日、対[[広島東洋カープ]]9回戦([[横浜スタジアム]])、6回裏に[[横谷彰将]]の代打で出場 * 初安打・初打点:1990年9月25日、対[[読売ジャイアンツ]]24回戦([[東京ドーム]])、4回表に[[谷繁元信]]の代打で出場、[[桑田真澄]]から * 初先発出場:1991年4月24日、対[[東京ヤクルトスワローズ|ヤクルトスワローズ]]5回戦(横浜スタジアム)、7番・[[右翼手]]として先発出場 * 初盗塁:1995年9月8日、対[[阪神タイガース]]18回戦([[阪神甲子園球場]])、11回表に二盗(投手:[[久保康生]]、捕手:[[関川浩一]]) * 初本塁打:1995年9月29日、対[[中日ドラゴンズ]]23回戦([[ナゴヤ球場]])、7回表に[[松永幸男]]から2ラン === 背番号 === * '''32''' (1989年 - 2002年) * '''47''' (2003年 - 2006年) * '''90''' (2007年 - 2012年) == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == * [[宮城県出身の人物一覧]] * [[横浜DeNAベイスターズの選手一覧]] * [[千葉ロッテマリーンズの選手一覧]] * [[なすび (タレント)|なすび]] - タレント。顔が長い事が特徴であることから、井上は「ハマのなすび」と呼ばれていた。 {{横浜大洋ホエールズ1988年ドラフト指名選手}} {{DEFAULTSORT:いのうえ しゆん}} [[Category:日本の野球選手]] [[Category:横浜DeNAベイスターズ及びその前身球団の選手]] [[Category:千葉ロッテマリーンズ及びその前身球団の選手]] [[category:東北楽天ゴールデンイーグルス関連人物]] [[Category:野球指導者]] [[Category:仙台市出身の人物]] [[Category:1970年生]] [[Category:存命人物]]
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