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五木ひろし
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{{Infobox Musician <!--Wikipedia:ウィキプロジェクト 音楽家を参照 --> | Name = 五木ひろし | Img = | Img_capt = | Img_size = <!-- サイズが250ピクセルに満たない場合のみ記入 --> | Landscape = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 --> | Background = singer<!-- singer/group/bandなど --> | Birth_name = 松山数夫<!-- 個人のみ --><!-- 本名が公表されている場合のみ記入 --> | Alias = 松山まさる<br />一条英一<br />三谷謙<br />松山かずお(作曲時の[[ペンネーム]]) 松園 明(特別公演、歌謡ショー、構成・演出) | Blood = <!-- 個人のみ -->A型 | School_background = <!-- 個人のみ --> | Born = <!-- 個人のみ -->{{生年月日と年齢|1948|3|14}} | Died = <!-- 個人のみ --> | Origin = {{JPN}}・[[福井県]][[三方郡]] | Instrument = [[ボーカル|歌]] | Genre = [[演歌]] | Occupation = <!-- 個人のみ -->[[歌手]]<br />[[作曲家]]<br />[[俳優]] | Years_active = [[1964年]] - 現在 | Label = | Production = [[アップフロントプロモーション]] | Associated_acts = | Influences = | URL = [http://www.itsuki-hiroshi.co.jp/ 五木ひろし公式ホームページ] | Current_members = <!-- グループのみ --> | Past_members = <!-- グループのみ --> | Notable_instruments = }} '''五木 ひろし'''(いつき ひろし、本名:'''松山 数夫'''〈まつやま かずお〉、[[1948年]][[3月14日]]- ) は、[[日本]]の[[演歌歌手]]、[[作曲家]]、[[俳優]]。血液型はA型。2007年、[[紫綬褒章]]を受章した。[[京都府]]生まれ<ref>『「家」の履歴書 このヒトはどんなイエに住んできたか』 1996年 [[文藝春秋]] 291、322頁</ref><ref name="週刊現代">『[[週刊現代]]』[[2011年]]8月20日、27日号、86頁(講談社)</ref>、[[福井県]][[三方郡]][[美浜町 (福井県)|美浜町]]出身。所属[[芸能事務所|事務所]]は[[アップフロントプロモーション]](旧:アップフロントエージェンシー)。レコード会社は、[[ファイブズ・エンタテインメント]] == 経歴 == === 生い立ち === 父親は[[鉱山]][[技師]]で鉱脈を追って家族で各地を転々とし[[京都府]]で生まれる<ref>『「家」の履歴書 』 、291頁</ref><ref name="週刊現代"/>。幼稚園から小学校2年生までの3年間、[[三重県]][[鳥羽市]]で暮らした<ref name="mn">林一茂"[http://mainichi.jp/area/mie/news/20130322ddlk24040096000c.html 五木ひろしさん:母校に 鳥羽時代を公表、加茂小の新校舎完成式 児童「偉大な先輩誇りです」/三重]"<[http://megalodon.jp/2013-0328-2232-58/mainichi.jp/area/mie/news/20130322ddlk24040096000c.html ウェブ魚拓]>[[毎日新聞]]2013年3月22日付三重版(2013年3月28日閲覧。)</ref>。[[鳥羽市立加茂小学校]]に在籍していた頃から歌手になりたいと思っていたという<ref name="mn"/>。その後[[福井県]][[美浜町 (福井県)|美浜町]]に移り、父親は鉱山技師を辞め、建築用石材を扱う会社を興す<ref name="週刊現代"/>。元・[[阪神タイガース|阪神]]の[[川藤幸三]]は[[美浜駅]]を挟んで同じ町内の出身<ref>『「家」の履歴書』、322頁</ref>。少年時代に作曲家の[[上原げんと]]の[[内弟子]]となり、[[松方弘樹]]らと共に歌を学ぶ。 === 1960年代 === [[1964年]]、第15回[[日本コロムビア|コロムビア]]全国歌謡コンクールにて優勝。「歌うミスター平凡」(雑誌『[[マガジンハウス|平凡]]』主催)に選抜される。[[1965年]]6月、“松山まさる”を芸名として、コロムビアから「新宿駅から/信濃路の果て」でデビュー。[[シングル]]を計6枚発売するもヒットに至らず、[[1967年]]に[[ポリドール・レコード|日本グラモフォン]]へ移籍。1967年4月、“一条英一”に改名して、ポリドール・レーベルから「俺を泣かせる夜の雨/流れ星(B面は愛田健二)」で再デビュー。シングルを計3枚発売するもヒットに至らず、[[1968年]]、プロダクションの倒産とともに契約を解除される<ref>ドキュメント五木ひろし 限りなき飛翔 大下英治作</ref>。[[1969年]]、銀座で弾き語りをしているところを作曲家の[[遠藤実]]にスカウトされ、[[徳間ジャパン・コミュニケーションズ|ミノルフォン]]と契約。12月、“三谷謙”に再び改名して、「雨のヨコハマ/東京 長崎 札幌」で再デビューを果たすもヒットに至らず。 デビューしてから約5年間の間に2度も芸名を変更するなど不遇の時代を過ごす。 === 1970年代 === [[1970年]]、故郷福井の放送局[[福井放送]]のプロデューサーの勧め<ref>1971年6月よこはまたそがれ改名4度五木ひろし起死回生の「4・4・7」、[[スポニチ]]2011年6月20日<!--福井新聞で補足します--></ref>で、[[讀賣テレビ放送|よみうりテレビ]]制作のオーディション番組『[[全日本歌謡選手権]]』に、歌手生命のすべてを賭けてミノルフォン専属のプロ歌手“三谷謙”として出場。第1週挑戦時には、「これで駄目なら、ふるさとの福井に帰って農業をやる」と覚悟のほどを語っているが、最終的には10週連続で勝ち残り、グランドチャンピオンに輝く。これにより、レコード歌手として再デビューできる権利を獲得。同番組の審査員であった作詞家の[[山口洋子]]と、作曲家の[[平尾昌晃]]に師事。プロデューサーには山口が就任。[[芸能プロダクション]](事務所)は[[キックボクシング]]・ジムであった[[野口プロモーション]](社長:[[野口修]])と契約を結び、同プロモーション所属の芸能人第1号となる。 [[1971年]]3月、新しい[[芸名]]を“五木ひろし”として、ミノルフォンから再デビューを果たす。苗字の「五木」は山口洋子が[[五木寛之]]から頂戴した。また、「'''いいツキ'''を'''ひろ'''おう」という意も入っている。再デビュー・シングルの「よこはま・たそがれ」で山口は[[単語]]の羅列ながらも女ごころを表現した詞を書き、平尾昌晃がそれにモダンでソフトな演歌調の曲を付けた。平尾にとって初めての演歌作品でもあった。マイクを左手で持ち、右手は[[拳]]を握り締め、腰をシェイクさせて[[リズム]]を採る独特の歌唱スタイルは、同じ[[野口ジム|野口プロモーション]]に所属していた[[キックボクサー]]・[[沢村忠]]の“ファイティング・スタイル”からヒントを得たもので、物真似をされるほどに五木の[[代名詞]]として定着してゆく。五木は「“拳”は演歌の“[[演歌|コブシ]](小節)”をかけている」と語っている。「よこはま・たそがれ」は[[オリコンチャート|オリコン]]・シングル・チャートで、最高位1位、登場週数46週、65万枚に迫る売上げを記録(以下、文中のチャート・データはすべてオリコン・シングル・チャートに基づく)。第2弾シングルのマドロス演歌「長崎から船に乗って」も最高位4位、登場週数28週、45万枚に迫る売上げを記録。この年、第4回[[日本レコードセールス大賞]]男性新人賞を受賞。また「よこはま・たそがれ」では第4回[[新宿音楽祭]]金賞、第2回[[日本歌謡大賞]]放送音楽賞(初受賞)、[[第13回日本レコード大賞]]歌唱賞(初受賞)を受賞し、念願であった[[NHK紅白歌合戦]]([[第22回NHK紅白歌合戦|第22回]])への初出場も果たす。以降、2013年現在まで連続出場を継続中。 [[1972年]]、第3弾シングル「かもめ町みなと町」は前作同様にマドロス演歌ながらも、敢えて[[筒美京平]]を作曲に迎え、最高位11位、登場週数18週、15万枚を超える売上げを記録。第4弾シングルとして[[藤本卓也]]を作曲に迎えた「待っている女」は、ポップス演歌とプロモーションされ、最高位6位、登場週数22週、25万枚を超える売上げを記録。この曲で第3回日本歌謡大賞放送音楽賞を2年連続2回目の受賞。ポップス演歌第2弾となる「夜汽車の女」は、前作の続編的性格を持ち、スマッシュ・ヒットに終わる。この曲で[[第14回日本レコード大賞]]歌唱賞を2年連続2回目の受賞。[[藤田まさと]]を作詞に迎えた股旅演歌「旅鴉」は、テレビ時代劇ドラマ『[[長谷川伸シリーズ]]』[[主題歌]]として発売になったもので、テレビ歌謡番組などでは積極的に披露してはいないにも拘らず、最高位19位、登場週数32週、15万枚を超える売上げを記録。2作続いたポップス演歌から脱却し、年の暮れに発売になった「あなたの灯」は五木の持ち味が最大限に活かされたリズム演歌であり、翌1973年にかけて最高位5位、登場週数26週、30万枚を超える売上げを記録。[[ファン]]の裾野を拡げ、その後の方向性を決定づけた作品となる。 [[1973年]]には短い周期で「霧の出船」、「ふるさと」、「夜空」と立て続けに新曲が投入されたが、そのすべての作品をヒットさせるなど1年間を通じて活躍。「霧の出船」は最高位13位、登場週数23週、25万枚に迫る売上げを、「ふるさと」は最高位11位、登場週数43週、40万枚に迫る売上げを、「夜空」は最高位4位、登場週数31週、45万枚に迫る売上げをそれぞれ記録。[[叙情]]演歌の「ふるさと」はサビの部分を女性コーラスだけでレコードに吹き込んでいたが、テレビやステージなどでは五木が女性コーラスを従えて歌い、これを改善している。<!-- これに限らず、初期のミノルフォンは演奏(伴奏)などを当時の同業他社と比較すると、稚拙な部分が散見される。 -->「狼のバラード」はテレビドラマの主題歌として発売になったものであり、テレビ歌謡番組などでは積極的に披露してはいない。ただし、そのB面に収録された「道」は、主力であったポップス演歌の「夜空」と並行してテレビ歌謡番組でも時折披露している。ほぼ毎日放送されていた歌謡番組は大半が[[生放送]]であったため、連日各放送局を掛け持ちで出演するなど多忙を極める。その都度、特徴的な“細い目”を司会者などから再三茶化されるが、それを軽妙に切り返して笑いを誘うなど、コミカルな部分をも持ち合わせていた。物真似番組にも数多く出演し、チャンピオンに度々選抜される。「ふるさと」で第4回日本歌謡大賞放送音楽賞を3年連続3回目の受賞、「夜空」で[[第15回日本レコード大賞]]を初受賞。以後毎年のように頂点をうかがえる位置につけるなど“賞レースの常連”となる。 [[1974年]]、「夜空」で第11回[[ゴールデン・アロー賞]]音楽賞を受賞。[[バラード]]演歌「別れの鐘の音」は、最高位15位、登場週数18週、15万枚を超える売上げを記録。この曲で[[第3回東京音楽祭]]国内大会ゴールデン・カナリー賞(初受賞)、世界大会外国審査員団賞(演歌系歌手としては初出場・初受賞)、第1回[[FNS歌謡祭]]'74音楽大賞上期最優秀視聴者賞(初受賞)を受賞。テレビやステージでは壮大感をより強調するため、サビの部分だけレコードに吹き込んだ時の歌い方をせずにロング・トーンで締めている。ステージでは締めくくりの曲としてたびたび使われている。五木はデビュー当初から[[古賀政男]]の「古賀メロディーを自分の持ち歌にしたい」と熱望していた。古賀がコロムビア専属作曲家であるという“レコード会社間の壁”に阻まれていたが、この年「浜昼顔」でようやく五木の熱意が実った。この曲は1936年7月ごろに[[藤山一郎]]に提供した「さらば青春」にリメイクを施し、1955年12月、[[青木光一]]に「都に花の散る夜は」として提供したものに再度リメイクを施し、[[詩人]]の[[寺山修司]]が題と詞を付け直したものである。前述の「旅鴉」を除き、山口洋子以外のゲスト作詞家を迎え入れたのは自身ではこれが初めて。最高位5位、登場週数29週、40万枚に迫る売上げを記録。この曲で第5回日本歌謡大賞放送音楽賞を4年連続4回目の受賞。 「みれん」は最高位6位、登場週数22週、35万枚を超える売上げを記録。この曲で第2回FNS歌謡祭'74音楽大賞下期最優秀視聴者賞(2期連続2回目)、第2回FNS歌謡祭'74音楽大賞年間最優秀グランプリ(初受賞)、[[第16回日本レコード大賞]]最優秀歌唱賞(初受賞)を受賞。第7回日本レコードセールス大賞[[LP]]ゴールデン賞を受賞。日本レコード大賞と日本歌謡大賞とでその年の受賞曲が割れるという、同等規模のヒット曲を連発する歌手に特有の現象が1972年から3年連続して発生し、五木と関係者らを苦悩させる。<!-- 大賞を巡っては、五木のほか、[[森進一]]、沢田研二、[[布施明]]の当時“四天王”と呼ばれていた同い年の実力派歌手4人の間で争奪戦が繰り広げられていたが、五木を除く3人が全員[[渡辺プロダクション]]に所属していたこともあり、森進一と五木の二人に候補が絞られた。特に日本レコード大賞を巡る森と五木の一騎打ちは熾烈を極め、当時の事情を知る関係者の間では、“日本レコード大賞史上最大の激戦”として語り草になっている。森にとっては初の大賞受賞を、五木にとっては史上初となる連続での大賞受賞をそれぞれ目指したものであるが、歌手としての力量やレコードの売上げ、一年間を通しての活躍度等は“互角”との評価であったが、当時の審査システムが“無記名投票”を採用していたこともあり、受賞の成否はその盲点を突き“審査員に対する多数派工作に係る”と判断されたため、事態は次第に両陣営間に於ける“場外バトル”の様相を呈していく。ただ、五木の所属する野口プロモーションはキックボクシング・ジムを母体としたものに過ぎず、また、ミノルフォンもその名のとおり1965年に作曲家の[[遠藤実]]自らが[[創業]]してからまだ十年にも満たない新興会社であり、遠藤実の内弟子であった[[山本リンダ]]や[[千昌夫]]くらいしか名の通った歌手が在籍しておらず、“レコード界の第八勢力”と揶揄されるほどであった。しかし、これまで大賞を初めとして数々の受賞実績を残してきている“大手芸能プロダクション”渡辺プロダクションや“老舗レコード会社”[[ビクター]]を向こう側に廻して、果敢に挑む。当時の新聞や雑誌には、一連の騒動について、“買収”や“札束が飛び交う”、“札束攻勢”などの記述がある。最終的には、前年に大賞を獲得している五木がまだ受賞していない「最優秀歌唱賞を欲しい!」と宣言し照準を変更することにより、大賞候補として1968年から1971年まで4年連続でノミネートされながらもすべて逃しているところから「今度こそは何が何でも大賞を!」と意気込む森に大賞を譲ったものといわれている。 --> [[1975年]]、師匠である平尾昌晃から巣立ち、本格的に外部の作曲家の作品を歌い始める。[[森田公一]]を作曲に迎えたポップス演歌「哀恋記」は、最高位10位、登場週数16週、15万枚を超える売上げを記録。この曲で第3回FNS歌謡祭'75音楽大賞上期最優秀視聴者賞を3期連続3回目の受賞。 <!-- 音頭もの「さくら音頭」は、桜の季節に合わせて発売になり、和服姿で披露。1934年に各社競作で発売になった同名異曲が存在することから紛らわしいとして、後年「ひろしのさくら音頭」へ改題になる。 -->代表作となった「千曲川」(後述)に次ぐ、[[猪俣公章]]の作曲による第2弾「ふたりの旅路」は、“五木ひろしが初めて取り組む本格演歌”と宣伝され、そのレコードにはジャケット(裏面に歌詞がある)のほか、山口洋子と猪俣の挨拶文を収めた小カードが追加挿入されるほどの力の入れようであった。最高位14位、登場週数22週、20万枚を超える売上げを記録。第1回日本演歌大賞を初受賞。 [[1976年]]、猪俣公章の作曲による第三弾「愛の始発」は、最高位10位、登場週数21週、25万枚を超える売上げを記録。この年の勝負作として投入した「北酒場」は、森進一「襟裳岬」のヒットに触発された形で“[[フォークソング|フォーク]]の神様”と評価されていた[[岡林信康]]を作曲に迎え、五木が初めて取り組んだフォーク作品で、最高位13位、登場週数17週、15万枚を超える程度の売上げを記録する。「[[味の素]]」バラエティギフトのCMに出演。その契約金は当時、歴代最高額と云われている。「旅人」はCMソングとして発売されたものであり、ヒットさせることを目指した作品ではないため、テレビ歌謡番組等では積極的に披露してはいない。原点へ立ち返るとして、久々に平尾昌晃を作曲に起用した「どこへ帰る」は最高位16位、登場週数19週、15万枚を超える売上げを記録。[[ラスベガス]]公演を[[LVHラスベガス・ホテル&カジノ|ラスベガス・ヒルトン]]に於いて興行。「どこへ帰る」で第2回あなたが選ぶ[[全日本歌謡音楽祭]]ゴールデングランプリを初受賞。[[第27回NHK紅白歌合戦]]では「愛の始発」で2年連続2回目となる白組トリを務める。 [[1977年]]、心情演歌「風の子守唄」を最後に、師匠である山口洋子から巣立ち、本格的に外部の作詞家の作品を歌い始める。その第一弾「灯りが欲しい」はこの年の勝負作と位置づけ、藤田まさとを作詞に迎える。これまで一貫して女ごころを歌ってきたのを一転、初めて男ごころを取り上げ、最高位14位、登場週数23週、20万枚を超える売上げを記録。[[第28回NHK紅白歌合戦]]では「灯りが欲しい」で3年連続3回目となる白組トリ、初めての大トリを務める。 [[1978年]]、ポップス演歌「潮どき」は、最高位17位、登場週数14週、10万枚を超える売上げを、「あしたも小雨」は、最高位16位、登場週数15週、15万枚に迫る売上げをそれぞれ記録。「熱愛」は[[本間千代子]](表記:[[あたらしかずよ]])を作詞に迎えた意欲作であり、且つこの年の勝負作であった割りには振るわず。「熱愛」で[[第20回日本レコード大賞]]古賀政男記念賞を受賞。尚、[[美空ひばり]]は受賞を辞退している。 [[1979年]]、独立を果たす。独立後第一弾「おまえとふたり」は、古賀政男の弟子でギタリストの[[木村好夫]]を作曲に迎える。不安を抱きながらの再出発となるが、折りからの[[カラオケ]]ブームに乗り、最高位3位、登場週数41週、90万枚を超える売上げを記録。最終的にはミリオン・セラーに至り、自身では最大のヒット曲となる。「おまえとふたり」で[[第21回日本レコード大賞]]金賞を初受賞。[[第30回NHK紅白歌合戦]]では「おまえとふたり」で4回目となる白組トリを務める。 === 1980年代 === [[1980年]]、前年からの大ヒット作「おまえとふたり」に引き続き、「倖せさがして」が最高位4位、登場週数28週、50万枚に迫る売上げを、「ふたりの夜明け」が最高位10位、登場週数30週、35万枚を超える売上げをそれぞれ記録。 一年間を通じて活躍。第6回日本演歌大賞を2回目の受賞。第1回古賀政男記念音楽大賞優秀賞を受賞。第9回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀グランプリを2回目の受賞。第6回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭ゴールデングランプリを2回目の受賞。第11回日本歌謡大賞放送音楽賞を6回目の受賞。[[第22回日本レコード大賞]]金賞を2年連続2回目の受賞。第13回日本レコードセールス大賞シングルゴールデン賞を受賞。第31回NHK紅白歌合戦では「ふたりの夜明け」で2年連続5回目となる白組トリを務める。 [[1981年]]、「港・ひとり唄」は最高位21位、登場週数22週、20万枚に迫る売上げを記録。出身地である福井県の一市民・絽端久倫が作った詩に、新鋭の[[弦哲也]]を起用して曲を付けた企画もの旅情演歌「越前有情」が一定の評価を得たことから、この年の勝負作にも作曲を弦哲也で臨むことに踏み切る。 こうして誕生した「人生かくれんぼ」は最高位18位、登場週数33週、30万枚に迫る売上げを記録。後年、「越前有情」の歌碑が[[越前海岸]][[国定公園]]の景勝地・[[呼鳥門]]の北側に建立される。「港・ひとり唄」で第10回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。「人生かくれんぼ」で第12回日本歌謡大賞放送音楽賞を2年連続7回目の受賞。[[第23回日本レコード大賞]]金賞を3年連続3回目の受賞。 [[1982年]]、「愛しつづけるボレロ」は最高位19位、登場週数19週、10万枚を超える売上げを記録。第1回[[メガロポリス歌謡祭]]演歌大賞を初受賞。「契り」は[[大日本帝国 (映画)|映画(東映系)「大日本帝国」]]の主題歌として自身では初めての映画タイアップ作品である。其の他、改名後では初めて自らが作曲を手懸けたシングル曲であること、非・演歌であること、売れっ子作詞家の[[阿久悠]]と初めて[[タッグ]]を組み、最高位20位、登場週数30週、20万枚を超える売上げを記録。「居酒屋」は元々、五木のLPに[[ソロ]]で収録されていた曲であるが、同じミノルフォンに所属していた[[木の実ナナ]]がその[[カバー]]・シングルを[[デュエット]]企画で発売するにあたり、デュエット相手として五木が指名されたという経緯がある。 自身では初めてのデュエット・シングルであり、最高位29位、登場週数48週、20万枚に迫る売上げを記録。 現在でも、カラオケでは男女デュエット・ソングの[[定番]]として人気が高い。非[[公式]]シングルとして発表になった「恋の大阪」は、1998年11月、[[八島義郎]]が[[セルフカバー]]している。第8回[[日本演歌大賞]]演歌スター賞を受賞。「夢海峡」で第3回古賀政男記念音楽大賞優秀賞を受賞。「契り」で第15回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。「契り」で第11回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀歌唱賞を受賞「契り」で第8回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭ゴールデングランプリを3回目の受賞(歴代単独第1位)。「契り」で第13回日本歌謡大賞放送音楽賞を3年連続8回目の受賞。「契り」で[[第24回日本レコード大賞]]金賞を4年連続4回目の受賞。 [[1983年]]、「あなた」は自ら作曲を手懸け、最高位26位、登場週数21週、15万枚に迫る売上げを記録。[[谷崎潤一郎]]が著作した同名小説に材を得た文芸艶歌(つやうた)「細雪」は最高位9位、登場週数33週、45万枚に迫る売上げを記録。五木は後年、「艶歌は特に歌唱が難しい」と語っている。「細雪」で第12回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。「細雪」で第14回日本歌謡大賞優秀放送音楽賞を4年連続9回目の受賞。尚、優秀放送音楽賞は放送音楽賞が改称されたものである。「細雪」で[[第25回日本レコード大賞]]特別金賞を5年連続5回目の受賞。尚、この年のみ制定された特別金賞は、金賞と同格として取り扱われる。 [[1984年]]、4月、前述の「浜昼顔」と同様に、五木の熱意が実り、[[石本美由起]]がコロムビア専属作詞家であるという“レコード会社間の壁”を乗り越えて、旅情艶歌「[[長良川]]艶歌」が誕生。長良川の[[風物詩]]である[[鵜飼い]]を取り入れるなど、石本美由起が作詞家としての[[信条]]であるという“喚起力のある言葉”と“[[音感]]的に綺麗な言葉”が存分に活かされた作品に仕上がる。8月、大作映画(東宝系)「おはん」(原作:[[宇野千代]]/監督:[[市川昆]]/出演:[[吉永小百合]]、[[石坂浩二]]、[[大原麗子]]、[[ミヤコ蝶々]]、他)の封切りに合わせ、同映画主題歌としてタイアップした艶歌「おはん」は、両A面扱いとしてヒット中の「長良川艶歌」のカップリングに収められ、装いも新たに再発売になる。「長良川艶歌/おはん」は最高位10位、登場週数47週、65万枚を超える売上げを記録。後年、「長良川艶歌」の歌碑が長良川畔の川[[灯台]]脇に建立される。「ふたりのラブソング」は[[都はるみ]]とのデュエット企画のために五木が自ら作曲を手懸けており、“大物歌手同士のコンビ”などと話題を集める。第10回日本演歌大賞演歌名誉歌手賞を受賞。「長良川艶歌」で第13回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀グランプリを3回目の受賞(歴代単独第1位)。第15回日本歌謡大賞を受賞。[[第26回日本レコード大賞]]を2回目の受賞(歴代第2位)。 [[1985年]]、「そして…めぐり逢い」は最高位12位、登場週数38週、25万枚を超える売上げを記録。第4回メガロポリス歌謡祭演歌大賞を2回目の受賞。<!-- 「夢しずく」は最高位17位、登場週数28週、20万枚に迫る売上げを記録。 -->「第11回日本演歌大賞を3回目の受賞。第14回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。第16回日本歌謡大賞優秀放送音楽賞を6年連続11回目の受賞(通算では歴代単独第1位、連続では沢田研二と並び歴代第1位)。第16回日本歌謡大賞最優秀放送音楽賞を受賞。[[第27回日本レコード大賞]]金賞を7年連続7回目の受賞。 [[1986年]]、大阪を舞台とした浪花演歌「浪花盃」は最高位23位、登場週数36週、20万枚を超える売上げを記録。第12回日本テレビ音楽祭優秀賞受賞。「第15回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。[[第28回日本レコード大賞]]金賞を8年連続8回目の受賞。ポップス「当日・消印・有効」は、テレビドラマ([[テレビ朝日]]系)「[[私鉄沿線97分署]]」第3期主題歌として発売になったが、その目的(ドラマでは五木が歌っていることは伏せて、誰が歌っているかを当てる懸賞クイズにしていた)のためだけに[[グループ・サウンズ]]のスリーピースバンドと組んで、ユニット“ブービーズ”を結成したことで話題を集める。レコード・ジャケットは、[[メンバー]]全員の両目の部分だけ[[ピックアップ]]した写真が[[デザイン]]されている。生演奏で一度だけ、テレビ歌謡番組(フジテレビ系)「[[夜のヒットスタジオ]]」で披露している。 [[1987年]]、アメリカ合衆国[[ニューヨーク]]公演を[[リンカーン・センター]]に於いて興行。大作バラード「追憶」は最高位12位、登場週数45週、30万枚を超える売上げを記録。「追憶」で第6回メガロポリス歌謡祭演歌大賞(男性部門)を3回目の受賞。第13回日本演歌大賞演歌スター賞を受賞。第8回古賀政男記念音楽大賞を受賞。第16回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。[[第29回日本レコード大賞]]金賞を9年連続9回目の受賞。[[第38回NHK紅白歌合戦]]では「追憶」で6回目となる白組トリ、2回目となる大トリを務める。 [[1988年]]、「港の五番町」は、ムード歌謡を主に歌っていたコーラス・グループの[[原みつるとシャネル・ファイブ]]が1972年9月に発売した作品であるが、これを復刻し(当時は“発掘”とプロモーションされた)、自身では初めてのカバー・シングルとして発売したところ、最高位12位、登場週数26週、20万枚に迫る売上げを記録。「港の五番町」で第14回日本演歌大賞演歌スター賞を受賞。第21回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。第17回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。[[第30回日本レコード大賞]]金賞を10年連続10回目の受賞(通算・連続ともに歴代単独第1位)。第30回日本レコード大賞特別賞を初受賞(受賞理由(原文をそのまま掲載):昭和54年、「おまえとふたり」によって第21回日本レコード大賞「金賞」を受賞以来、「ふたりの夜明け」「人生かくれんぼ」「契り」「細雪」「長良川艶歌」「そして…めぐり逢い」「浪花盃」「追憶」そして本年度第30回の「港の五番町」と連続10回「金賞」を受賞するという偉業をなし遂げた。これは、優れた作品と、それをより生かす卓越した歌唱力との相乗効果の見事な結実であるとともに、その歌唱が10年間、大衆の大きな支持を獲得し続けたことを物語っている。)。 [[1989年]]、「面影の郷」は最高位29位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。5月、[[俳優|女優]]の[[和由布子]]と結婚。[[披露宴]]の規模は5億円と云われ、当時芸能界最高額。当時40歳。「面影の郷」で第8回メガロポリス歌謡祭演歌大賞(男性部門)を4回目の受賞(歴代単独第1位)。結婚とこれまでの数々の受賞実績等を踏まえ、歌手としては一定の成果を収めることができたと判断。従前とは一線を画し、今後の活動方針について以下の趣旨を決意表明。 大賞に直結する各賞へのノミネートについては、後進に道を空けるため、以降辞退している。但し、大賞候補の対象とはならない部門賞は除く。今後はより熟成された作品を新曲として発表し、発売周期(サイクル)には拘らずにじっくり歌い込んでゆき、従来どおり“現役歌手”として自身のオリジナル・ヒットを生み出し続けるということを前提に、今後は音楽文化の継承、後進の指導と育成、地域社会への貢献などにも目を向ける。 フォークシンガーの[[永井龍雲]]を作曲に迎えた「暖簾」を発売後は、約一年間次の新曲を発売せずこの曲に専念し、最高位26位、登場週数20週、10万枚に迫る売上げを記録。演歌以外の様々なジャンルの音楽家にも出会い、歌の幅が拡がってゆく。6月、「美浜・五木[[マラソン]]大会」を出身地の福井県三方郡美浜町で初めて開催。「美浜・五木ひろしマラソン大会」に改称され、以降も現在まで連続開催(年1回不定日)を継続中。 === 1990年代 === [[1990年]]、[[船村徹]]を作曲に迎えた「心」は、[[北島三郎]]ばりの“正統派演歌”であり、最高位17位、登場週数26週、15万枚を超える売上げを記録。 [[1991年]]、「財団法人 国際親善協会」の設立をプロデュース。20周年ゴールド・シングルとして発売になった「おしどり」は長年連れ添う夫婦愛を描いた夫婦演歌であり、翌[[1992年]](平成4年)にかけて最高位15位、登場週数42週、35万枚を超える売上げを記録。[[第33回日本レコード大賞]]特別賞を“「財団法人 国際親善協会」及びそのプロデューサー五木ひろし”として2回目の受賞。 [[1993年]]、「べにばな」は最高位19位、登場週数29週、30万枚に迫る売上げを記録。 [[1994年]]、浪花演歌「浪花物語」は[[中村美律子]]とのデュエット企画であり、ふたりの台詞が織り込まれる。「汽笛」は最高位24位、登場週数28週、25万枚を超える売上げを記録。第45回NHK紅白歌合戦では「汽笛」で7回目となる白組トリを務める。 [[1995年]]、自ら作曲を手懸けた「パパと遊ぼう」は、初めて[[童謡]]に挑戦した。「酒 尽々」は最高位22位、登場週数24週、20万枚に迫る売上げを記録。『五木ひろしベストコレクション'94 女ひとり』で第9回日本ゴールドディスク大賞アルバム賞演歌・男性部門を受賞。 [[1996年]]、再び永井龍雲を作曲に迎えた「女の酒場」は最高位33位、登場週数36週、10万枚を超える売上げを記録。『五木ひろし全曲集―酒 尽々』で第10回日本ゴールドディスク大賞アルバム賞演歌・男性部門を受賞。 [[1997年]]、第48回NHK紅白歌合戦では「千曲川」で8回目となる白組トリ、3回目となる大トリを務める。紅白歌合戦で出場した年より前に発売された曲を歌ったこと、再度同じ曲を歌ったことはいずれも、自身では初めてのことであるが、これは翌1998年の[[長野オリンピック]]へ向けての“賛歌”として、同地を舞台としたこの曲に白羽の矢が立てられたためである。 [[1998年]]、「千日草」は最高位42位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。「酒 ひとり」は最高位31位、登場週数22週、10万枚を超える売上げを記録。[[第40回日本レコード大賞]]美空ひばりメモリアル選奨を受賞(受賞理由:三十年余に亘り第一線の地位を確保してきた業績に対して)。第49回NHK紅白歌合戦では「酒ひとり」で2年連続9回目となる白組トリを務める。 [[1999年]]、「再り会い」は最高位31位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 === 2000年代 === [[2000年]]、「[[山河]]」は[[小椋佳]]、[[堀内孝雄]]コンビにより[[中国]]を舞台とした大作に仕上がり、[[ミレニアム]]・シングルと銘打って発売になる。 中国楽器を採用し、スタンド・マイクを用いて歌唱した。[[前田有紀 (歌手)|前田有紀]]が[[ハロー!プロジェクト]]に正式メンバーとして加入するなど、後進の育成にも尽力。ハロー!プロジェクトが堀内孝雄や[[つんく♂]]らと同じ[[アップフロントプロモーション|アップフロントエージェンシー]](当時。現在は「アップフロントプロモーション」)に所属していたことから、以後、彼等との関係が深まる。[[第51回NHK紅白歌合戦]]では「山河」で10回目となる白組トリ、4回目となる大トリを務める。 その他、KIRINの商品[FIRE]でCM出演し、スティービー・ワンダーの同CM曲[[TO FEEL THE FIRE]]の日本語版を歌っている。 [[2001年]]「おふくろの子守唄」は“母”をテーマに掲げた曲であり、つんく♂が[[プロデュース]]したが、母の急死以後は喪に服するとしてこの曲の歌唱を封印。「逢いたかったぜ」はコロムビア時代の恩師である上原げんとが作曲、[[岡晴夫]]が歌い、1955年7月に発売になった同名ヒット曲をカバーしたものである。 [[2002年]]、自身のレコード会社「ファイブス・エンタテインメント」の設立を果たし、長年所属してきた徳間ジャパン・コミュニケーションズから移籍。メジャー・ディスリビューションは[[キングレコード]]が担当。ファイブス・エンタテインメント移籍シングル第一弾「傘ん中」は最高位21位、登場回数28回、10万枚に迫る売上げを記録。「愛のメリークリスマス」は堀内孝雄やハロー!プロジェクト([[モーニング娘。]]など)とのデュエット企画であり、自身では初めての[[クリスマス]]ものである。「傘ん中」で第35回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。「愛のメリークリスマス」で[[第44回日本レコード大賞]]企画賞を受賞。[[第53回NHK紅白歌合戦]]では「おふくろの子守唄」で11回目となる白組トリ、5回目となる大トリを務める。「おふくろの子守唄」を歌唱することは封印していたが、このNHK紅白歌合戦で封印を解き、涙ながらに熱唱した。 [[2003年]]、「逢えて…横浜」は再デビュー曲「よこはま・たそがれ」以来となる横浜を題材にしたシティー・ポップスであり、最高位21位、登場回数37回、10万枚に迫る売上げを記録。9月、構成と[[演出]]を自らが手懸けた「ライブコンサート」を[[日生劇場]]で興行。 [[2004年]]、3月、第54回[[芸術選奨]][[文部科学大臣]]賞(大衆芸能部門)を[[文化庁]]より受賞(受賞理由(原文をそのまま掲載):自身の構成、演出による「五木ひろしライブコンサート」(日生劇場、9月)において日本の歌謡界に多大な業績を残した古賀政男作品に取り組み、創唱者に敬意を表す一方、自身の個性や持ち味を発揮し存在を強く印象付けた。大衆歌謡を原点に、伝統の継承と現代性を追求し実践。常に意欲的であり、精力的な活動を続けている。)。「アカシア挽歌/雪燃えて」は芸能生活40周年記念シングルとして両A面扱いで発売になり、最高位16位、登場回数35回、10万枚に迫る売上げを記録。芸能生活40周年記念アルバム『おんなの絵本』は、演歌界を代表する十六人の作家陣が豪華にちりばめられている。[[第46回日本レコード大賞]]ベスト・アルバム賞を受賞。授賞式では「冬の盆」と「アカシア挽歌」を披露。[[第55回NHK紅白歌合戦]]では「雪燃えて」で12回目となる白組トリを務める。 [[2005年]]、「ふりむけば日本海」は芸名を頂戴した五木寛之と初めて[[コラボレーション]]した。最高位14位、登場回数52回、10万枚に迫る売上げを記録。CDの売上げが不振に喘いでいる演歌・歌謡界の中にあって、コンスタントに10万枚程度の売上げ実績を収める。5月、[[チャリティー]]・コンサートを[[熊本県]][[南阿蘇村]]の野外劇場[[アスペクタ]]で興行。構成と演出を自らが手懸けた「[[美しき日々]]コンサート」を日本各地で興行。地球の緑を次世代に継承するためのプロジェクト「Green Earth21」構想を計画し、実行[[委員長]]に就任。 [[2006年]]、京都の高瀬川を舞台に、自ら作曲を手懸けた艶歌「高瀬舟」は、最高位9位、登場回数44回、10万枚に迫る売上げを記録。 TOP10入りは「長良川艶歌/おはん」(1984/9/17付、最高位10位)以来、自身では21年7か月ぶり通算16作目で、初登場での達成は自身ではこれが初めて。 これまでの自身の最高順位は1976/2/19付「愛の始発」の15位で、歌手生活42年目で最高のスタートとなる。また、この21年7か月ぶりのTOP10入りという記録は「アーティスト別シングルTOP10入りインターバル記録」で[[カーペンターズ]]の22年1か月ぶりに次いで歴代第2位。「アーティスト別シングルTOP10入りインターバル記録・邦楽アーティスト部門」では美空ひばりの「みだれ髪」の19年10か月を上回る歴代第1位の記録で、18年4か月ぶりに邦楽記録更新。「アーティスト別シングルTOP10入り高齢記録・邦楽アーティスト部門」では58歳で、[[小田和正]]に次いで歴代第2位。「高瀬舟」で[[第48回日本レコード大賞]]作曲賞を受賞。作曲家としても評価を得る。 [[2007年]]、2月、N響([[NHK交響楽団]])ポップスとの[[ジョイント]]・コンサートを興行。流行歌手としてはこれが初めて。自身にとって永年の夢であった“演歌とクラシックの共演”を果たした。 3月、[[国立劇場]]公演を興行。歌手としてはこれが初めて。「ゆめかぜ」は最高位18位、登場回数37回を記録。 10月、 [[飛騨・美濃じまんプロジェクト#飛騨・美濃観光大使|飛騨・美濃観光大使]]を委嘱。11月、紫綬褒章を受章。流行歌手としては[[島倉千代子]]以来のことである。[[第58回NHK紅白歌合戦]]では「契り」で13回目となる白組トリ、6回目となる大トリを務める。尚、「契り」は二度目の歌唱となるが、それは作詞家・阿久悠の追悼企画のためである。 [[2008年]]、アップフロントエージェンシー(当時)へ芸能プロダクション(マネジメント契約)を移籍。ラヴ・ソング「この愛に死んでも」は最高位24位、登場回数22回を記録。4か月連続で5枚のシングルを発表。その第一弾「[[橋場の渡し]]」は、“大江戸ロマン”をテーマに[[隅田川]]最古の渡しを描いたものであり、最高位19位を記録。「テネシーワルツ」は[[パティ・ペイジ]](1950年米国)と[[江利チエミ]](1952年1月発売)をカバーした[[ジャズ]]・ソング(アメリカン・ポップス)であり、自身では初めての外国作品であるとともに、初めて2か国語(英語/日本語)で交互に歌ったシングルとなる。「雪が降る」は[[アダモ]]が自作自演(1963年)した[[シャンソン]]をカバー。 === 2010年代 === [[2012年]]、愛媛県松山市の繁華街・二番町を舞台にした「[[夜明けのブルース]]」をリリース、松山うたこころ大使を委嘱。 [[2013年]]、博多ア・ラ・モードで第46回日本作詩大賞をレーモンド松屋(歌:五木ひろし)が受賞。 == エピソード == === 「千曲川」 === [[1975年]]の勝負作として投入された旅情演歌「千曲川」はもともと猪俣公章が春日はるみ(新人時代の[[川中美幸]])の不振を打開するために用意した作品で、[[星野哲郎]]によってタイトル(「笛吹川夜曲」)も詞も既にでき上がっており、LPに収録された。 しかし、かねてより五木の“NHK紅白歌合戦での初トリと2回目の日本レコード大賞獲り”を願っていた山口洋子は、この三拍子のメロディーの美しさに惚れ、猪俣からこれを譲り受ける。 [[信濃川]]と名前を変え滔滔(とうとう)と[[日本海]]に注ぐ“日本一の大河”千曲川を詠った明治の文豪・[[島崎藤村]]の「[[千曲川旅情の歌]]」に感銘を受けた山口は、これを「千曲川」に改題し、敢えて現地には赴かずに東京に居ながら現地の情景を憧憬にも似た想いで詞を練ったという。その際、演歌にありがちな愛や色恋や情の部分を廃した。 これらが功を奏し、最高位6位、登場週数42週、45万枚を超える売上げを記録、五木の代表作のひとつとなる。 この曲で[[第4回東京音楽祭]]国内大会ゴールデン・カナリー賞を2年連続2回目の受賞、世界大会へ2年連続2回目の出場。また、第4回FNS歌謡祭'75音楽大賞下期最優秀視聴者賞(4期連続4回目)、第1回[[日本テレビ音楽祭]]グランプリ、第6回日本歌謡大賞放送音楽賞(5年連続5回目)、第6回日本歌謡大賞放送音楽特別連盟賞(受賞理由:5年連続での放送音楽賞受賞に対して)、[[第17回日本レコード大賞]]最優秀歌唱賞(2年連続2回目。通算・連続ともに歴代第1位)をそれぞれ受賞。初めての白組トリを務めた[[第26回NHK紅白歌合戦]]でも歌われた。 五木はこの曲について「[[音域]]が意外に広く、迂闊には歌えない難しい曲」と語っている。 山口は近年「(自身の作品の中で)今でも“千曲川”が一番好きです」と述懐している。 後年、この歌[[碑]]が[[長野県]]戸倉上山田温泉・萬葉公園内の千曲川を臨むことのできる位置に建立される。 === 夜のヒットスタジオでのエピソード === フジテレビ系「[[夜のヒットスタジオ]]」の初出演は[[1971年]][[6月21日]]放送。出世作となる「よこはま・たそがれ」での初登場であった。以後、番組晩期の[[1990年]][[1月10日]]放送まで、長らく準レギュラー格としてコンスタントに出演回数を積み重ね、歴代1位となる222回出演という驚異的な記録を残した。「ミスター夜ヒット」の代表格として、番組にも数多くの名シーンを残した。 *人気コーナー「ご対面」でかつて公私共に世話になった2人の恩人とヒット歌手の仲間入りを果たした後で初めて対面し、感激のあまり号泣。「浜昼顔」をこの恩師2人が手前で座り見守るなか熱唱した(1974年8月19日放送)。 *1回目のマンスリー担当時、[[1983年]]のヒット曲「細雪」を大量の紙吹雪が舞う中で、[[朝丘雪路]]の舞踊にあわせ披露した(1985年10月23日放送)。 *2回目のマンスリー担当時、覆面バンド「ブービーズ」の一員として番組に登場し「当日・消印・有効」などを演奏。このほか「長良川艶歌」の際には、琴や三味線にも挑戦するなど、多芸ぶりをアピールした(1986年10月15日放送)。 *女優・[[和由布子]]との結婚披露宴終了後、番組ラストに駆けつけ、夫人や友人が見守る中で、「絆」を熱唱した(1989年5月31日放送。ちなみに五木・和の結婚披露宴の中継を担当したのは夜ヒットの製作・放送局である[[フジテレビジョン|フジテレビ]]である)。 === その他 === *美空ひばりに大変可愛がられ、「五木ひろしが男で(“男に生まれてきて”という意)よかった!」と言わしめるほどに評価していた。 *演歌のみに留まらず、[[歌謡曲]]、バラード、[[R&B]]、ポップス、フォーク、[[ニューミュージック]]、[[クラシカル]]、ジャズ、シャンソン、[[カンツォーネ]]、[[ロック (音楽)|ロック]]、[[ラテン]]、[[民謡]]、童謡などあらゆるジャンルの作品を歌いこなしてきた。 *今日まで滞ることなくコンスタントにオリジナル・ヒットを生み出し続けてきた。還暦を迎えているが、改名前の不遇時代を除き、極端に[[スランプ]]と思われる時期は見当たらない。 *2008年3月13日(還暦を迎える前日)、五木は思い出深い曲として自身の年代毎に、20代では「夜空」、30代では「おまえとふたり」、40代では「暖簾」、50代では「ふりむけば日本海」を挙げた。 *古賀メロディーをはじめ、歌い継がれてきた数々の楽曲を《次代に受け継ぐ》という大きな使命も担い、それを果たしてきた。 *海外公演やオーケストラとの共演など新しい試みにも果敢に挑戦、《後進への指標》ともなるべく率先垂範をしてきた。 *ショーやリサイタル、コンサート等の公演チケット価格(クリスマス・ディナーショー2011年実績:¥50,000.-)は例年、最高峰を誇る。 *[[小学館]]発行の雑誌、[[女性セブン]]1974年6月26日号では[[セミヌード]]撮影に臨んだ。 *[[日本プロ野球|プロ野球]]・[[読売ジャイアンツ]]ファンである。 *[[敦賀]][[ヨーロッパ軒]]には学生時代から通い詰めるほど贔屓にしており、店内に写真パネルがある<ref>[http://hotel-hirose.jp/wordpress/?p=106 敦賀ヨーロッパ軒]海のホテルひろせ公式ブログ</ref>他、新譜リリースの際はポスターも貼られている。 == ディスコグラフィ == ※1970年代以降はA面扱いの作品のみ掲載。※“五木ひろし”以外の名義で発売になったものは作品毎に併記。 === 1960年代 === ;[[1965年]](昭和40年) * 新宿駅から/信濃路の果て(“松山まさる”名義、作詞:古野哲也、作曲:上原げんと)6月発売 * しばてん踊り(“松山まさる”名義)6月発売 * 恋の船頭さん/さよならてるてる坊主(“松山まさる”名義、作詞:[[丘灯至夫]]、作曲:上原げんと)8月発売 * 母と子の道/恋の長崎(“松山まさる”名義、作詞:[[西沢爽]]、作曲:上原げんと)11月発売 ;[[1966年]](昭和41年) * お月見おどり(“松山まさる”名義)2月発売 * 働きながら学ぶ友/空手小僧(“松山まさる”名義、作詞:白鳥朝詠、作曲:[[市川昭介]])3月発売 ;[[1967年]](昭和42年) * 俺を泣かせる夜の雨(“一条英一”名義、作詞:白鳥朝詠、作曲:松山まさる)4月発売 * 俺のキッスは嘘じゃない/今夜の俺は燃えてるぜ(“一条英一”名義、作詞:白鳥朝詠、作曲:池よしを)8月発売 ;[[1968年]](昭和43年) * 波止場のマリー/夜が憎い(“一条英一”名義、作詞:[[水木かおる]]、作曲:藤原秀行)5月発売 ;[[1969年]](昭和44年) * 雨のヨコハマ/東京 長崎 札幌(“三谷謙”名義、作詞:北五郎、作曲:[[遠藤実]])12月発売 === 1970年代 === ;[[1971年]](昭和46年) * [[よこはま・たそがれ]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)3月1日発売 * [[長崎から船に乗って]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)8月25日発売 ;[[1972年]](昭和47年) * [[かもめ町みなと町]](作詞:山口洋子、作曲:[[筒美京平]])2月1日発売 * [[待っている女]](作詞:山口洋子、作曲:[[藤本卓也]])5月10日発売 * [[夜汽車の女]](作詞:山口洋子、作曲:藤本卓也)9月5日発売 * [[旅鴉]](作詞:[[藤田まさと]]、作曲:遠藤実)11月5日発売 * [[あなたの灯]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)12月5日発売 ;[[1973年]](昭和48年) * [[霧の出船]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)3月25日発売 * [[ふるさと (五木ひろしの曲)|ふるさと]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)7月15日発売 * [[狼のバラード]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)10月5日発売 * [[夜空]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)10月20日発売 ;[[1974年]](昭和49年) * [[別れの鐘の音]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)3月1日発売 * [[紅い花 (五木ひろしの曲)|紅い花]](作詞:山口洋子、作曲:[[中村泰士]])6月1日発売 * [[浜昼顔]](作詞:[[寺山修司]]、作曲:[[古賀政男]])6月20日発売 * [[みれん (五木ひろしの曲)|みれん]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)10月10日発売 * [[明日の愛]](作詞:山口洋子、作曲:筒美京平)11月1日発売 ;[[1975年]](昭和50年) * [[哀恋記]](作詞:山口洋子、作曲:[[森田公一]])2月10日発売 * さくら音頭(作詞:山口洋子、作曲:遠藤実)3月25日発売※後年、「[[ひろしのさくら音頭]]」に改題になった。 * [[千曲川 (五木ひろしの曲)|千曲川]](作詞:山口洋子、作曲:[[猪俣公章]])5月25日発売 * [[ふたりの旅路]](作詞:山口洋子、作曲:猪俣公章)9月25日発売 ;[[1976年]](昭和51年) * [[愛の始発]](作詞:山口洋子、作曲:猪俣公章)2月1日発売 * [[北酒場 (五木ひろしの曲)|北酒場]](作詞:[[吉岡治]]、作曲:[[岡林信康]])6月5日発売 * [[旅人 (五木ひろしの曲)|旅人]](作詞:山口洋子、作曲:猪俣公章)7月5日発売 * [[どこへ帰る]](作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)9月25日発売 ;[[1977年]](昭和52年) * [[途中駅]](作詞:[[麻生香太郎]]、作曲:[[西島三重子]])2月10日発売 * [[風の子守唄]](作詞:山口洋子、作曲:遠藤実)5月25日発売 * [[今日だけは (五木ひろしの曲)|今日だけは]](作詞:山口洋子、作曲:[[小林亜星]])7月1日発売 * [[灯りが欲しい]](作詞:藤田まさと、作曲:遠藤実)9月25日発売 ;[[1978年]](昭和53年) * [[潮どき]](作詞:[[岩谷時子]]、作曲:中村泰士)2月25日発売 * [[まだ乾かない油絵に]](作詞・作曲:小椋佳)5月1日発売 * [[あしたも小雨]](作詞:[[岡田冨美子]]、作曲:[[浜圭介]])6月1日発売 * [[熱愛 (五木ひろしの曲)|熱愛]](作詞:[[本間千代子|あたらしかずよ]]、作曲:[[丹羽応樹]])9月5日発売 ;[[1979年]](昭和54年) * [[惜春 (五木ひろしの曲)|惜春]](作詞:[[たかたかし]]、作曲:松山かずお)1月21日発売 * [[蝉時雨 (五木ひろしの曲)|蝉時雨]](作詞:[[喜多條忠|喜多条忠]]、作曲:[[宇崎竜童]])5月25日発売 * [[おまえとふたり]](作詞:たかたかし、作曲:木村好夫)10月1日発売 === 1980年代 === ;[[1980年]](昭和55年) * [[倖せさがして]](作詞:たかたかし、作曲:木村好夫)3月5日発売 * 日本橋のうた(作詞:安藤千鶴子、補作詞:[[山上路夫]]、作曲:遠藤実)8月1日発売 * [[ふたりの夜明け]](作詞:[[吉田旺]]、作曲:[[岡千秋]])8月25日発売 ;[[1981年]](昭和56年) * [[港・ひとり唄]](作詞:喜多条忠、作曲:平尾昌晃)3月25日発売 * 越前有情(作詞:絽端久倫、作曲:弦哲也)7月5日発売 * [[人生かくれんぼ]](作詞:たかたかし、作曲:弦哲也)8月5日発売 ;[[1982年]](昭和57年) * [[愛しつづけるボレロ]](作詞:阿久悠、作曲:筒美京平)3月14日発売 * 流れのままに(作詞:安麻呂、作曲:五木ひろし)3月25日発売 * [[契り (五木ひろしの曲)|契り]](作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし)7月1日発売 * 居酒屋(“木の実ナナ&五木ひろし”名義、作詞:阿久悠、作曲:[[大野克夫]])10月25日発売 * 恋の大阪(作詞・作曲:八島義郎)※非公式シングル(商品番号:NCP-1002) ;[[1983年]](昭和58年) * あなた(作詞:安麻呂、作曲:五木ひろし)1月1日発売 * 雨あがり(作詞:[[荒木とよひさ]]、作曲:桜田誠一)6月1日発売 * [[細雪 (五木ひろしの曲)|細雪]](作詞:吉岡治、作曲:市川昭介)9月1日発売 ;[[1984年]](昭和59年) [[Image:Ukai noriba 1.JPG|thumb|right|200px|川灯台のたもとにある「長良川艶歌」の歌碑。<br/>([[岐阜県]][[岐阜市]])]] * 科学万博音頭(作詞:宮本和夫、作曲:宮本英一)3月17日発売 * [[長良川艶歌]](作詞:石本美由起、作曲:岡千秋)/おはん(作詞:たかたかし、作曲:岡千秋)4月21日発売(「おはん」は、8月25日より両A面扱いのB面として収録) * デュオ しのび逢い(“マリエ&五木ひろし”名義、作詞:たかたかし、作曲:五木ひろし)11月5日発売 * ふたりのラブソング(“都はるみ&五木ひろし”名義、作詞:吉岡治、作曲:五木ひろし)12月21日発売 ;[[1985年]](昭和60年) * [[そして…めぐり逢い]](作詞:荒木とよひさ、作曲:中村泰士)4月5日発売 * [[夢しずく]](作詞:松井由利夫、作曲:岡千秋)10月25日発売 ;[[1986年]](昭和61年) * 当日・消印・有効(“ブービーズ”名義、作詞:[[三浦徳子]]、作曲:[[小杉保夫]])4月25日発売 * [[浪花盃]](作詞:石本美由起、作曲:市川昭介)6月25日発売 ;[[1987年]](昭和62年) * [[追憶 (五木ひろしの曲)|追憶]](作詞:阿久悠、作曲:[[三木たかし]])4月1日発売 ;[[1988年]](昭和63年) * それは…黄昏(作詞:荒木とよひさ、作曲:[[杉本真人]])3月17日発売 * ふりふり(“[[叶和貴子]]&五木ひろし”名義、作詞:阿久悠、作曲:三木たかし)3月17日発売 * [[港の五番町]](作詞:阿久悠、作曲:[[彩木雅夫]])8月22日発売 * 絆(きずな)(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし)12月1日発売 ;[[1989年]](昭和64年/平成元年) * 面影の郷(さと)(作詞:山口洋子、作曲:猪俣公章)4月25日発売 * フラワー&グリーン 花の輪音頭(作詞:三木務/石本美由起、作曲:遠藤実)4月25日発売 * 暖簾(作詞・作曲:永井龍雲)9月13日発売 * 二枚目酒(居酒屋パートII)(“[[田中好子]]&五木ひろし”名義、作詞:阿久悠、作曲:大野克夫)10月25日発売 === 1990年代 === ;[[1990年]](平成2年) * 暖簾~ニューバージョン(作詞・作曲:永井龍雲)4月21日発売 * 心(作詞:星野哲郎、作曲:船村徹)8月22日発売 ;[[1991年]](平成3年) * 母人よ(作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし)2月25日発売 * 時が過ぎれば…(作詞:[[大津あきら]]、作曲:浜圭介)5月1日発売 * [[おしどり (五木ひろしの曲)|おしどり]](作詞:[[石坂まさを]]、作曲:弦哲也)10月1日発売 ;[[1992年]](平成4年) * 杯に歌のせて(作詞:阿久悠、作曲:大野克夫)1月25日発売 * 愛別(作詞:石坂まさを、作曲:五木ひろし)6月25日発売 * 終着駅(作詞:[[松本隆]]、作曲:[[玉置浩二]])10月23日発売 ;[[1993年]](平成5年) * 悠久の男(作詞:JIJI、作曲:五木ひろし)4月5日発売(商品番号:TKSI-20292、ベスト・カップリングシリーズ) * べにばな(作詞:石坂まさを、作曲:弦哲也)8月1日発売 ;[[1994年]](平成6年) * 涙でもかまわない(作詞:[[松井五郎]]、作曲:[[松田博幸]])2月9日発売 * 浪花物語(“五木ひろし&中村美律子”名義、作詞:[[もず唱平]]、作曲:岡千秋)4月25日発売 * 女・ひとり(作詞:荒木とよひさ、作曲:五木ひろし)6月12日発売 * 汽笛(作詞:[[木下龍太郎]]、作曲:[[伊藤雪彦]])10月5日発売 ;[[1995年]](平成7年) * パパとあそぼう(作詞:[[高田ひろお]]、作曲:五木ひろし)2月8日発売 * 愛のバラードを…となりで(作詞:荒木とよひさ、作曲:五木ひろし)6月10日発売 * 素浪人の唄(作詞:迫間健、作曲:五木ひろし)7月20日発売 * 酒 尽尽(作詞:能吉利人、作曲:桜井順)8月25日発売 ;[[1996年]](平成8年) * 由良川慕情(作詞:もず唱平、作曲:五木ひろし)1月1日発売 * 女の酒場(作詞・作曲:永井龍雲)4月21日発売 * 粋な男(ひと)~藤山寛美追悼歌~(作詞:もず唱平、作曲:五木ひろし)5月1日発売 * デュオ 時の流れに身をまかせ(“五木ひろし&[[テレサ・テン]]”名義、作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし)11月5日発売 ;[[1997年]](平成9年) * 出発(たびだち)の朝(作詞:吉本哲雄、作曲:五木ひろし)1月1日発売 * 罪と罰(作詞:岡田冨美子、作曲:浜圭介)2月18日発売 * 紫陽花(あじさい)(作詞:松本礼児、作曲:[[幸耕平]])5月19日発売 * 雑草(作詞:松井五郎、作曲:永井龍雲)11月4日発売 ;[[1998年]](平成10年) * そして…花送り(作詞:吉本哲雄、作曲:五木ひろし)2月25日発売 * 千日草(作詞:[[水木れいじ]]、作曲:上総優)3月14日発売 * 傷だらけの人生(作詞:藤田まさと、作曲:[[吉田正]])6月24日発売 ([[鶴田浩二]]のカバー) * 北のともしび(“五木ひろし&[[天童よしみ]]”名義、作詞:星野哲郎、作曲:船村徹)7月23日発売(商品番号:TKSI-20582) * 北のともしび(“天童よしみ&五木ひろし”名義、作詞:星野哲郎、作曲:船村徹)7月23日発売(商品番号:TESA-424) * 酒ひとり(作詞:土田有紀、作曲:岡千秋)9月22日発売 * 流れ星(作詞:荒木とよひさ、作曲:五木ひろし)10月1日発売 ;[[1999年]](平成11年) * 萩の花郷(さと)(作詞:水木れいじ、作曲:五木ひろし)1月21日発売 * 再(めぐ)り会い(作詞:[[悠木圭子]]、作曲:鈴木淳)4月28日発売 === 2000年代 === ;[[2000年]](平成12年) * 京都恋歌(作詞:高林こうこ、作曲:田尾将実)1月21日発売 * [[山河]](作詞:[[小椋佳]]、作曲:[[堀内孝雄]])4月26日発売 * 風雪(かぜ)に吹かれて聞こえる唄は…(作詞:吉本哲雄、作曲:五木ひろし)11月10日発売 ;[[2001年]](平成13年) * [[おふくろの子守唄]]/ダブルベッド(作詞・作曲:つんく)4月11日発売 * 浮浪雲(作詞:[[ジョージ秋山]]、作曲:五木ひろし)7月1日発売 * 逢いたかったぜ(作詞:石本美由起、作曲:上原げんと)8月8日発売 ;[[2002年]](平成14年) * 渚の女(ニューヴァージョン)(作詞:山口洋子、作曲:五木ひろし)1月13日発売 * 傘ん中(作詞:阿久悠、作曲:船村徹)6月26日発売 * 愛のメリークリスマス(“五木・孝雄+ハロー!プロジェクト聖歌隊。”名義、作詞:阿久悠、作曲:船村徹)11月27日発売 (シングルは8cmと12cmの2種類が存在する) ;[[2003年]](平成15年) * 北物語(作詞:阿久悠、作曲:船村徹)1月22日発売 * 望郷の詩(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし)5月31日発売 * 逢えて…横浜(作詞:悠木圭子、作曲:鈴木淳)8月27日発売 ;[[2004年]](平成16年) * アカシア挽歌/雪燃えて(作詞:荒木とよひさ、作曲:弦哲也)6月2日発売 (この曲より12cmシングル) ;[[2005年]](平成17年) * [[ふりむけば日本海]](作詞:五木寛之、作曲:五木ひろし)3月13日発売 * ふたりで竜馬をやろうじゃないか(“堀内孝雄 with 五木ひろし”名義、作詞:荒木とよひさ、作曲:杉本真人)4月20日発売 ;[[2006年]](平成18年) * 高瀬舟(作詞:水木れいじ、作曲:五木ひろし)4月19日発売 * 献身(作詞:阿久悠、作曲:五木ひろし)12月6日発売 ;[[2007年]](平成19年) * ゆめかぜ(作詞:石坂まさを、作曲:弦哲也)5月9日発売 ;[[2008年]](平成20年) * この愛に死んでも(作詞:荒木とよひさ、作曲:五木ひろし)2月6日発売 * ふるさと ~'08バージョン~(作詞:山口洋子、作曲:平尾昌晃)3月5日発売 * [[橋場の渡し]](作詞:喜多条忠、作曲:弦哲也)8月27日発売 * [[テネシーワルツ]](日本語詞:和田寿三、作詞:Pee Wee King/Redd Stewart、作曲:Pee Wee)9月24日発売 ※[[江利チエミ]]が歌ったもののカバー。 * 江戸の手毬唄(作詞:吉岡治、作曲:宇崎竜童)10月22日発売 * 凍て鶴(作詞:喜多条忠、作曲:三木たかし)11月19日発売 * 雪が降る(作詞:安井かずみ、作曲:salvatore Adamo)11月26日発売 ※[[越路吹雪]]が歌ったもののカバー。 ;[[2009年]](平成21年) * [[紅い花 (ちあきなおみの曲)|紅い花]] (作詞:松原史明 作曲:杉本眞人) 5月13日 ※[[ちあきなおみ]]の楽曲のカバーであり、1974年のシングルとは同名異曲。 === 2010年代 === ;[[2010年]](平成22年) * [[おしろい花 (曲)|おしろい花]] (作詞:たかたかし 作曲:木村好夫 ) CW/ おんなの街角 (作詞:水木れいじ 作曲:五木ひろし) 2月3日 * おしろい花 (作詞:たかたかし 作曲:木村好夫 ) CW/ 雪見酒 (作詞:石本美由起 作曲:岡千秋) 8月25日 ;[[2011年]](平成23年) * 月物語 (作詞:松井五郎 作曲:五木ひろし) CW/ トワイライト ブルー (作詞:松井五郎 作曲:五木ひろし) 3月23日 * 街 (作詞:松井五郎 作曲:五木ひろし) CW/ 花は生き方を迷わない (作詞:中島薫DCA 作曲:五木ひろし) 7月27日 * ふたつ星 (作詞:松井五郎 作曲:弦哲也) CW/ 冬の唄 (作詞:阿久悠 作曲:五木ひろし) 10月26日 ;[[2012年]](平成24年) * 冬の唄 (作詞:阿久悠 作曲:五木ひろし) CW/ ふたつ星 (作詞:松井五郎 作曲:弦哲也) 1月25日再発売 * [[夜明けのブルース]] (作詞・作曲:[[レーモンド松屋]]) CW/ 芙美子 (作詞・作曲:レーモンド松屋) 4月25日 ;[[2013年]](平成25年) * [[博多ア・ラ・モード]](作詞・作曲:レーモンド松屋) CW/ であい橋(作詞:[[鮫島琉星]] 作曲:五木ひろし) 4月24日 * 博多ア・ラ・モード(作詞・作曲:レーモンド松屋) CW/ 伊豆の国(作詞:荒木とよひさ 作曲:[[南郷孝]]) 8月7日 ;[[2014年]](平成26年) * [[桜貝 (五木ひろしの曲)|桜貝]](作詞:水木れいじ 作曲:弦哲也) CW/ 東京ロマンス(作詞・作曲:レーモンド松屋)3月19日 == 出演 == ===NHK紅白歌合戦出場歴=== 1971年(第22回)に「よこはま・たそがれ」で初出場を果たして以来、2013年(第64回)迄連続出場を継続中である。 *通算出場回数:43回(北島三郎、森進一に次ぎ、歴代単独第3位) *連続出場回数:43回(森進一に次ぎ、歴代単独第2位) *通算出場曲数:38曲(歴代単独第1位) *通算トリ回数:13回(美空ひばり、北島三郎と並び、歴代第1位) *連続トリ回数:3回(美空ひばりに次ぎ、島倉千代子、森進一、SMAPと並び、歴代第2位) *通算大トリ回数:6回(美空ひばり、北島三郎に次ぎ、歴代単独第3位) *出場年オリジナル・シングル発売曲通算歌唱回数:36回(歴代単独第1位) {| class="wikitable" |- !年度/放送回 !回 !曲目 !出演順 !対戦相手 !備考 |- |[[1971年]](昭和46年)/[[第22回NHK紅白歌合戦|第22回]]||初||よこはま・たそがれ||07/25||[[青江三奈]](1)|| |- |[[1972年]](昭和47年)/[[第23回NHK紅白歌合戦|第23回]]||2||待っている女||21/23||青江三奈(2)|| |- |[[1973年]](昭和48年)/[[第24回NHK紅白歌合戦|第24回]]||3||ふるさと||18/22||[[ちあきなおみ]] || |- |[[1974年]](昭和49年)/[[第25回NHK紅白歌合戦|第25回]]||4||浜昼顔||19/25||[[八代亜紀]](1)|| |- |[[1975年]](昭和50年)/[[第26回NHK紅白歌合戦|第26回]]||5||千曲川||24/24||[[島倉千代子]]||トリ(1) |- |[[1976年]](昭和51年)/[[第27回NHK紅白歌合戦|第27回]]||6||愛の始発||24/24||[[都はるみ]](1)||トリ(2) |- |[[1977年]](昭和52年)/[[第28回NHK紅白歌合戦|第28回]]||7||灯りがほしい||24/24||八代亜紀(2)||大トリ(3) |- |[[1978年]](昭和53年)/[[第29回NHK紅白歌合戦|第29回]]||8||熱愛||18/24||八代亜紀(3)|| |- |[[1979年]](昭和54年)/[[第30回NHK紅白歌合戦|第30回]]||9||おまえとふたり||23/23||八代亜紀(4)||トリ(4) |- |[[1980年]](昭和55年)/[[第31回NHK紅白歌合戦|第31回]]||10||ふたりの夜明け||23/23||八代亜紀(5)||トリ(5) |- |[[1981年]](昭和56年)/[[第32回NHK紅白歌合戦|第32回]]||11||人生かくれんぼ||21/22||八代亜紀(6)||トリ前(1) |- |[[1982年]](昭和57年)/[[第33回NHK紅白歌合戦|第33回]]||12||契り||21/22||八代亜紀(7)||トリ前(2) |- |[[1983年]](昭和58年)/[[第34回NHK紅白歌合戦|第34回]]||13||細雪||19/21||[[森昌子]]|| |- |[[1984年]](昭和59年)/[[第35回NHK紅白歌合戦|第35回]]||14||長良川艶歌||19/20||[[小林幸子]](1)||トリ前(3) |- |[[1985年]](昭和60年)/[[第36回NHK紅白歌合戦|第36回]]||15||そして…めぐり逢い||19/20||小林幸子(2)||トリ前(4) |- |[[1986年]](昭和61年)/[[第37回NHK紅白歌合戦|第37回]]||16||浪花盃||19/20||小林幸子(3)||トリ前(5) |- |[[1987年]](昭和62年)/[[第38回NHK紅白歌合戦|第38回]]||17||追憶||20/20||[[和田アキ子]](1)||大トリ(6) |- |[[1988年]](昭和63年)/[[第39回NHK紅白歌合戦|第39回]]||18||港の五番町||19/21||[[石川さゆり]](1)|| |- |[[1989年]](平成元年)/[[第40回NHK紅白歌合戦|第40回]]||19||暖簾||16/20||[[パティ・キム]]|| |- |[[1990年]](平成2年)/[[第41回NHK紅白歌合戦|第41回]]||20||心||26/29||[[桂銀淑]]|| |- |[[1991年]](平成3年)/[[第42回NHK紅白歌合戦|第42回]]||21||おしどり||26/28||[[坂本冬美]](1)|| |- |[[1992年]](平成4年)/[[第43回NHK紅白歌合戦|第43回]]||22||終着駅||25/28||坂本冬美(2)|| |- |[[1993年]](平成5年)/[[第44回NHK紅白歌合戦|第44回]]||23||べにばな||23/26||坂本冬美(3)|| |- |[[1994年]](平成6年)/[[第45回NHK紅白歌合戦|第45回]]||24||汽笛||25/25||都はるみ(2)||トリ(7) |- |[[1995年]](平成7年)/[[第46回NHK紅白歌合戦|第46回]]||25||酒 尽々||22/25||坂本冬美(4)|| |- |[[1996年]](平成8年)/[[第47回NHK紅白歌合戦|第47回]]||26||女の酒場||24/25||[[伍代夏子]]||トリ前(6) |- |[[1997年]](平成9年)/[[第48回NHK紅白歌合戦|第48回]]||27||千曲川(2回目)||25/25||[[安室奈美恵]]||大トリ(8) |- |[[1998年]](平成10年)/[[第49回NHK紅白歌合戦|第49回]]||28||酒ひとり||25/25||和田アキ子(2)||トリ(9) |- |[[1999年]](平成11年)/[[第50回NHK紅白歌合戦|第50回]]||29||夜空||26/27||[[天童よしみ]](1)||トリ前(7) |- |[[2000年]](平成12年)/[[第51回NHK紅白歌合戦|第51回]]||30||山河||28/28||天童よしみ(2)||大トリ(10) |- |[[2001年]](平成13年)/[[第52回NHK紅白歌合戦|第52回]]||31||逢いたかったぜ||26/27||天童よしみ(3)||トリ前(8) |- |[[2002年]](平成14年)/[[第53回NHK紅白歌合戦|第53回]]||32||おふくろの子守唄||27/27||石川さゆり(2)||大トリ(11) |- |[[2003年]](平成15年)/[[第54回NHK紅白歌合戦|第54回]]||33||逢えて…横浜||27/30||和田アキ子(3)|| |- |[[2004年]](平成16年)/[[第55回NHK紅白歌合戦|第55回]]||34||雪燃えて||28/28||小林幸子(4)||トリ(12) |- |[[2005年]](平成17年)/[[第56回NHK紅白歌合戦|第56回]]||35||ふりむけば日本海||26/29||[[DREAMS COME TRUE]]|| |- |[[2006年]](平成18年)/[[第57回NHK紅白歌合戦|第57回]]||36||高瀬舟||25/27||[[倖田來未]](1)|| |- |[[2007年]](平成19年)/[[第58回NHK紅白歌合戦|第58回]]||37||契り(2回目)||27/27||[[石川さゆり]](3)||大トリ(13) |- |[[2008年]](平成20年)/[[第59回NHK紅白歌合戦|第59回]]||38||凍て鶴||17/26||倖田來未(2)|| |- |[[2009年]](平成21年)/[[第60回NHK紅白歌合戦|第60回]]||39||凍て鶴(2回目)||16/25||[[水森かおり]]|| |- |[[2010年]](平成22年)/[[第61回NHK紅白歌合戦|第61回]]||40||おしろい花||15/22||倖田來未(3)|| |- |[[2011年]](平成23年)/[[第62回NHK紅白歌合戦|第62回]]||41||ふるさと(2回目)||20/25||[[いきものがかり]]|| |- |[[2012年]](平成24年)/[[第63回NHK紅白歌合戦|第63回]]||42||夜明けのブルース||16/25||[[きゃりーぱみゅぱみゅ]]|| |- |[[2013年]](平成25年)/[[第64回NHK紅白歌合戦|第64回]]||43||博多ア・ラ・モード||19/26||[[Perfume]]|| |} * 対戦相手の歌手名の( )内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある( )はトリ等を務めた回数を表す。 * 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。 * 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。 === 音楽番組(司会) === * 日本の名曲 人生、歌がある(2013年7月6日、BS朝日、単発) - [[伍代夏子]]とともに司会 * 日本の名曲 人生、歌がある(2013年10月2日 - 、BS朝日、レギュラー放送) ===ドラマ=== *[[狼・無頼控]] 第4話「地獄の罠」([[1973年]]、[[毎日放送|MBS]]制作・[[テレビ朝日|NET]]系) *[[日本沈没#テレビドラマ|日本沈没]]([[1974年]]、[[TBSテレビ|TBS]]系)同番組の主題歌「[[明日の愛]]」や挿入歌「小鳥」を歌っており第14話にゲスト出演 *[[今日だけは]]([[1977年]]、[[TBSテレビ|TBS]]系) 服部佳/作 石井ふく子/プロデューサー *[[サザエさん]]([[1981年]]、[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系)ノリスケ役 *[[銭形平次_(大川橋蔵)|銭形平次]](フジテレビ系)第888話「ああ十手ひとすじ!!八百八十八番大手柄 さらば我らの平次よ永遠に」(1984年) - い組の半次 *[[遠山の金さん (高橋英樹)|遠山の金さん]]([[テレビ朝日]]系)第2シリーズ 第33話「男ひとり 流れのままに」(1986年) *[[次郎長三国志東海道の暴れん坊|次郎長三国志 東海道の暴れん坊]](1988年、テレビ朝日系)[[吉良の仁吉]] *[[春日局 (NHK大河ドラマ)|春日局]]([[1989年]]、[[日本放送協会|NHK]])[[明智光秀]] *[[大忠臣蔵 (1989年のテレビドラマ)|大忠臣蔵]](1989年、[[テレビ東京]]系) *[[金曜エンタテイメント]]『熱血ド演歌分校先生の事件通信簿 熱血!イノシシ先生の事件通信簿』(1998年、フジテレビ系)主人公・猪沢慎太郎役 *[[金田一少年の事件簿 (テレビドラマ)|金田一少年の事件簿]] 第8話「露西亜人形殺人事件」・特別出演(2001年、[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系) *[[利家とまつ〜加賀百万石物語〜]]([[2002年]]、NHK)[[不破光治]] *[[ムコ殿2003]]([[2003年]]、フジテレビ) 与謝野孝役 *[[忠臣蔵 瑤泉院の陰謀]]([[2007年]]、テレビ東京系) [[荻生徂徠]] *[[月曜ゴールデン]]『心研ぎます! 鷹宮光次郎の旅情事件簿 刀研ぎ師の人情放浪記』(2007年、TBS系) 主人公・鷹宮光次郎役 *[[ちりとてちん (テレビドラマ)|ちりとてちん]](2007年-2008年、NHK)五木ひろし(本人)役 ===映画=== *[[銀蝶渡り鳥]]([[1972年]]、[[東映]])五木ひろし(本人)役 ===CM=== *[[味の素]] バラエティギフト(1970年代後半) *[[日本電信電話|NTT]] ウィークエンド・コール (※[[きたろう]]、[[斉木しげる]]と共演。1986年) *[[大阪ガス]] ガスルームエアコン(1988年ごろ) *[[農業協同組合|JA]] 福井県経済連福井米 *[[サントリー]] モルツ *[[スズキ (企業)|スズキ]] [[スズキ・カルタス|カルタスクレセント]] *グランディア芳泉 *[[木下工務店|木下グループ]] 木下の介護 (※[[コロッケ (タレント)|コロッケ]]と共演) == 記録 == ===日本レコード大賞受賞記録=== ====通算受賞記録==== *大賞:2回([[浜崎あゆみ]]・[[EXILE]]の3回に次ぎ、[[橋幸夫]]、[[細川たかし]]、[[中森明菜]]、[[安室奈美恵]]、[[Mr.Children]]と並んで歴代第2位) *最優秀歌唱賞:3回(歴代単独第1位) *歌唱賞:5回(歴代単独第1位) *金賞:10回(歴代単独第1位)※歌唱賞廃止後に新設された。 *作曲賞:1回 ※自身の作曲に対して。 *ベスト・アルバム賞:1回 *企画賞:1回 *特別賞:2回 *古賀政男記念賞:1回 *美空ひばりメモリアル選奨:1回 ====連続受賞記録==== *最優秀歌唱賞:2回(八代亜紀と並び、歴代第1位) *歌唱賞:5回(歴代単独第1位) *金賞:10回(歴代単独第1位)※歌唱賞廃止後に新設された。 ===オリコン・シングル・チャート記録=== ※シングル・チャートに基づく(演歌チャートではない)。 *アーティスト・シングル・トータル・セールス:歴代単独第13位(B'zに追い抜かれる迄は歴代単独第1位、男性ソロ部門では未だに単独1位をキープしている) *TOP100チャートイン作品数:歴代単独第1位 *TOP100総登場週数:歴代単独第1位 ==関連項目== *[[平尾昌晃]] *[[美空ひばり]] *[[古賀政男]] *[[猪俣公章]] *[[永井龍雲]] *[[弦哲也]] *[[船村徹]] *[[つんく♂]] *[[堀内孝雄]] *[[岡千秋]] *[[岡林信康]] *[[市川昭介]] *[[西島三重子]] *[[山口洋子]] *[[阿久悠]] *[[寺山修司]] *[[小椋佳]] *[[野口修]] *[[徳間康快]] - [[徳間ジャパンコミュニケーションズ|徳間音楽工業]]のオーナーだった *[[松原健之]] *[[福井放送]] *[[前田有紀 (歌手)|前田有紀]] - 五木プロデュースの演歌歌手 *[[大野原町]] - イメージソングを歌った *[[一木ひろし]] - 五木のそっくりさん *[[木梨憲武]] - 「'''ひろし5木の横滑り'''」というネタを持つ *[[清水アキラ]] - 五木の物真似で有名 *[[五木寛之]] - 芸名の由来 *[[川藤幸三]] - 美浜町・美浜駅付近で少年時代を共にしていた == 脚注・出典 == <div class="references-small"> <references /> </div> ==外部リンク== * [http://www.itsuki-hiroshi.co.jp/ 五木ひろし公式ホームページ] {{リダイレクトの所属カテゴリ |redirect1=松山まさる |1-1=日本コロムビアのアーティスト |redirect2=一条英一 |2-1=ユニバーサルミュージックのアーティスト |redirect3=三谷謙 |3-1=徳間ジャパンコミュニケーションズのアーティスト |redirect4=松山かずお |4-1=日本の作曲家 }} {{Navboxes |list1= {{五木ひろし}} {{アップフロントグループ}} {{日本レコード大賞受賞}} {{日本レコード大賞最優秀歌唱賞}} {{日本歌謡大賞}} {{FNS歌謡祭グランプリ}} {{FNS歌謡祭最優秀歌唱賞}} }} {{DEFAULTSORT:いつき ひろし}} [[Category:1948年生]] [[Category:存命人物]] [[Category:福井県出身の人物]] [[Category:日本の歌手]] [[Category:日本レコード大賞受賞者]] [[Category:演歌歌手]] [[Category:日本の俳優]] [[Category:日本の作曲家]] [[Category:NHK紅白歌合戦出演者]] [[Category:NHK紅白歌合戦歌唱楽曲・作詞者・作曲者]] [[Category:紫綬褒章受章者]] [[Category:アップフロントグループ]] [[Category:徳間ジャパンコミュニケーションズのアーティスト]] 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