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二川駅
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{{駅情報 |社色 = #f77321 |文字色 = |駅名 = 二川駅 |画像 = FutagawaStation_Japan.jpg |pxl = |画像説明 = 駅舎(北口)(2005年10月) |よみがな = ふたがわ |ローマ字 = Futagawa |前の駅 = *[[新所原駅|新所原]] |駅間A = 4.3 |駅間B = 6.9 |次の駅 = [[豊橋駅|豊橋]] |電報略号 = フタ |駅番号 = |所属事業者 = [[東海旅客鉄道]](JR東海) |所属路線 = [[東海道本線]] |キロ程 = 286.7 |起点駅 = [[東京駅|東京]] |所在地 = [[愛知県]][[豊橋市]]大岩町字南元屋敷 |座標 = {{ウィキ座標2段度分秒|34|43|32.66|N|137|26|20.48|E|}} |駅構造 = [[地上駅]]([[橋上駅]]) |ホーム = 2面3線 |開業年月日 = [[1896年]]([[明治]]29年)[[4月7日]] |廃止年月日 = |乗車人員 = 2,907 |乗降人員 = |統計年度 = 2012年 |乗換 = |備考 = [[日本の鉄道駅#業務委託駅|業務委託駅]]<br />[[みどりの窓口]] 有 |備考全幅 = * この間に[[東海旅客鉄道静岡支社|静岡支社]]と[[東海旅客鉄道東海鉄道事業本部|東海鉄道事業本部]]直轄エリアの[[JR支社境|境界]]あり(当駅から豊橋寄りは東海鉄道事業本部直轄) }} [[ファイル:JRCentral-Tokaido-main-line-Futagawa-station-platform-20110109.jpg|thumb|200px|right|ホーム(2011年1月)]] '''二川駅'''(ふたがわえき)は、[[愛知県]][[豊橋市]]大岩町字南元屋敷にある、[[東海旅客鉄道]](JR東海)[[東海道本線]]の[[鉄道駅|駅]]である。 豊橋市の東南部、旧[[渥美郡]][[二川町 (愛知県)|二川町]]域に位置する。東海道本線を走る[[普通列車]]が中心に停車し、1日あたり約2,900人の乗客がある。[[1896年]]([[明治]]29年)に開業、[[1987年]]([[昭和]]62年)に[[日本国有鉄道]](国鉄)からJR東海に継承された。 == 歴史 == 二川駅は[[1896年]]([[明治]]29年)[[4月7日]]に開業した<ref name="hensen2">『停車場変遷大事典』2、p24</ref>。 二川駅をはさむ、東海道本線の[[浜松駅|浜松]]・[[大府駅|大府]]間が開通したのは、駅開設の8年前にあたる[[1888年]](明治21年)のことである<ref name="hensen1">『停車場変遷大事典』1、p142</ref>。このとき、[[江戸時代]]に[[東海道]]の[[宿場|宿場町]]([[二川宿]])として栄えた[[渥美郡]]二川村・大岩村の両村には、宿場の町並みのすぐ南側に線路が敷設された<ref group="*">例えば、現在でも残る[[本陣]](豊橋市二川宿本陣資料館)は、敷地の南を線路が通る。『豊橋市二川宿本陣資料館 展示案内』、pp50-51</ref><ref name="kaitsu_p27">『鉄道開通』、p27</ref>ものの、隣の[[吉田宿]](現・豊橋市、[[豊橋駅]]を設置)とは異なり駅が設置されなかった。 二川周辺には多くの村があり人・物資の利用が見込める、隣の豊橋駅・[[鷲津駅]]とは距離があるとの理由で、翌[[1889年]](明治22年)二川では駅設置の請願を行った<ref name="kaitsu_p27"/>。この請願は成功しなかったようだが、[[1893年]](明治26年)に再度請願運動が行われ、これは成功したようで駅開業の運びとなった<ref name="kaitsu_p27"/>。 新設された二川駅は、町並みの中心部から約1km、西端から300m西へ離れた場所に設置された<ref>『鉄道開通』、p26</ref>。所在地は大川村大字大岩(旧・大岩村)であったが、町制施行や合併により[[1893年]](明治26年)から大川町大字大岩、[[1906年]](明治39年)から[[二川町 (愛知県)|二川町]]大字大岩となり、最終的に[[1955年]](昭和30年)に豊橋市大岩町となって<ref>『角川日本地名大事典』、p257</ref>、現在に至っている。 駅開設時に建設された[[木構造 (建築)|木造]]駅舎は100年以上の長きにわたって使用され、東海道本線では最古の駅舎となっていた<ref>『鉄道開通』、p29</ref><ref name="haisen"/>。しかし老朽化により改修が必要となり、[[1998年]]([[平成]]10年)から[[橋上駅|橋上駅舎]]・南北自由通路の建設、駅前広場の整備、駅南方にある[[豊橋総合動植物公園]]へのアクセス道路新設などが一体となった「二川駅周辺整備事業」が開始された<ref name="t100">『豊橋市百年史』、p1017</ref>。この事業により[[2002年]](平成14年)2月に橋上駅舎が完成、4月には南北自由通路の供用開始がなった<ref name="t100"/>。[[2003年]](平成15年)3月までに駅前広場や公園へのアクセス道路が完成し、[[2004年]](平成16年)3月に南口の自転車等駐車場が完成して事業はすべて終了した<ref name="t100"/>。一方、木造駅舎は[[2000年]](平成12年)に営業を終了した<ref name="haisen"/>。 [[2006年]](平成18年)に、JR東海では[[ICカード|IC]][[乗車券]]「[[TOICA]]」を導入した。二川駅はこのときから「TOICA」に対応している。ただし当初は二川駅から豊橋・名古屋方面の区間でしか利用できなかったが、[[2008年]](平成20年)から浜松方面の区間での利用も可能となった。 === 年表 === * [[1896年]](明治29年)[[4月7日]] - 二川駅開業。当初から旅客・貨物をともに取り扱った<ref name="hensen2"/>。 * [[1909年]](明治42年)[[10月12日]] - 線路名称設定、二川駅を通る鉄道を東海道本線と命名<ref name="hensen1"/>。 * [[1971年]](昭和46年)[[4月26日]] - 貨物の取り扱い範囲を、[[専用鉄道|専用線]]発着の[[車扱貨物]]のみに縮小<ref name="hensen2"/>。 * [[1979年]](昭和54年)[[3月31日]] - 貨物の取り扱いを全廃<ref name="hensen2"/>。 * [[1984年]](昭和59年)[[2月1日]] - [[チッキ|荷物]]の取り扱いを廃止<ref name="hensen2"/>。 * [[1987年]](昭和62年)[[3月15日]] - 国鉄二俣線の廃止に伴い、気動車の当駅停車(乗り入れ)が無くなる。 * 1987年(昭和62年)[[4月1日]] - [[国鉄分割民営化]]によりJR東海が継承<ref name="hensen2"/>。 * [[2002年]](平成14年)[[4月27日]] - 橋上駅舎・自由通路が完成<ref>『東海旅客鉄道20年史』、p814</ref>。 * [[2006年]](平成18年)[[11月25日]] - ICカード「[[TOICA]]」の利用が可能となる。 == 構造 == === ホーム・配線 === 二川駅は、[[プラットホーム|ホーム]]が地上レベルに設置された[[地上駅]]である。 ホームは2面3線。ホームの形状は、片側にのみ線路が接する[[プラットホーム#形状と配置|単式ホーム]](1面1線)と両側に線路が接する[[プラットホーム#形状と形状|島式ホーム]](1面2線)が混在する<ref name="haisen">『東海道ライン前線・全駅・全配線』第3巻、p51・pp26(配線図)</ref>。ホーム番号は北側から順に1・2・3番線と割り当てられている<ref name="haisen"/>。1番線は浜松方面行きの上り列車が使用し<ref>{{PDFlink|[http://railway.jr-central.co.jp/time-schedule/srch/_pdf/data/Mar2011/tokaido_Futagawa_B_wh_u.pdf 二川駅発駅時刻表 上り]}}(JR東海ウェブサイト)、2011年12月17日閲覧</ref>、2・3番線は豊橋方面行きの下り列車が使用する<ref>{{PDFlink|[http://railway.jr-central.co.jp/time-schedule/srch/_pdf/data/Mar2011/tokaido_Futagawa_B_wh_d.pdf 二川駅発駅時刻表 下り]}}(JR東海ウェブサイト)、2011年12月17日閲覧</ref>。ただし旅客列車では3番線の使用頻度は少なく、使用するのは最終列車のみである。 ホームの使用状況を表で示すと以下のとおりである。 {| class="wikitable" |+ ホームの使用状況 |- !番線!!路線名!!方向!!行先 |- !1 |{{Color|#f77321|■}}東海道本線 |上り |[[浜松駅|浜松]]・[[静岡駅|静岡]]方面 |- ! 2・3 |{{Color|#f77321|■}}東海道本線 |下り |[[豊橋駅|豊橋]]・[[名古屋駅|名古屋]]方面 |} 1番線と2番線の間にはホームに接しない線路があり、上り[[貨物列車]]が主に使用する<ref name="haisen"/>。 === 駅舎・施設 === 駅舎はホーム上空に設置された[[橋上駅|橋上駅舎]]であり、[[改札|改札口]]はホームの上階部分に設置されている<ref name="konai">[http://railway.jr-central.co.jp/station-guide/tokai/futagawa/map.html 二川駅構内図](JR東海ウェブサイト)、2011年12月17日閲覧</ref>。改札口と各ホームは階段のほか[[エレベーター]]でも繋がる<ref name="konai"/>。駅舎は南北自由通路を併設。北口と南口があり、地上と改札階を結ぶ[[エスカレーター]](北口のみ)・エレベーターがそれぞれに設置されている<ref name="konai"/>。 駅舎のデザインについてJR東海は、<blockquote>二川地区は東海道の宿場町として現在でも古い歴史の面影をそのまま残す地区であり、駅舎の改築にあたっても東三河産の木材を使用するなど、伝統である和の微細・木質のイメージと、メンテナンスも考慮した無機質・透明というモダンなイメージの融合に努めた<ref>『東海旅客鉄道20年史』、pp421-422</ref>。</blockquote>と述べている。 運営形態は[[日本の鉄道駅#業務委託駅|業務委託駅]]で、[[日本の鉄道駅#管理駅|管理駅]]の[[豊橋駅]]の管理下にある<ref>『東海旅客鉄道20年史』、pp732-733</ref>。駅舎内には[[みどりの窓口]]・[[自動券売機]]・[[車椅子]]対応[[便所|トイレ]]が設置されている<ref name="konai"/>。また改札脇では[[東海キヨスク]]が運営する[[キヨスク]]が営業している<ref>[http://www.kiosk.co.jp/pc_store_detail.php?store_id=153 東海キヨスク 店舗検索結果詳細]、2011年12月17日閲覧</ref>。 == 停車列車 == 2011年3月改正時点で、二川駅には1時間あたりおおむね上下各3本の列車が停車する。大部分が豊橋方面と浜松方面を結ぶ[[普通列車]]であるが、豊橋を越えて[[名古屋駅|名古屋]]方面へ(から)直通する[[東海道線 (名古屋地区)#特別快速|特別快速]]・[[東海道線 (名古屋地区)#新快速|新快速]]・[[東海道線 (名古屋地区)#区間快速|区間快速]]も停車する(これらは豊橋・浜松間は各駅に停車)。 [[国鉄分割民営化]]直前の[[1987年]](昭和62年)[[3月14日]]まで、東海道本線の[[豊橋駅]]・[[新所原駅]]間に、新所原駅から[[天竜二俣駅]](旧遠江二俣駅)を経由し[[掛川駅]]へと至る国鉄二俣線(現・[[天竜浜名湖鉄道]][[天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線|天竜浜名湖線]])の列車(末期は[[国鉄キハ20系気動車#キハ20形|キハ20形気動車]])が直通しており、当駅にも停車していた<ref group="*">末期の1986年11月1日改正時点で豊橋行き4本、二俣線行き5本『JTB時刻表1986年11月号』</ref>。同線の天竜浜名湖鉄道への転換(翌日実施)により直通列車は廃止され、気動車の乗り入れ停車が無くなった。 == 利用状況 == === 旅客 === 二川駅の2012年度における乗車人員は年間約106万1千人、1日平均では2,907人である。1950年度から2012年度にかけての乗車人員の推移は下表のとおり。 JRが発足した1987年度の時点では乗車人員はこれよりも少なく、年間約74万9千人(1日平均2,045人)であった。この後6年度連続で乗車人員は増加し、1993年度には年間約96万1千人(1日平均2,633人)と約1.3倍増となった。翌年度から減少に転ずるが、2000年度から再度増加に転じ、2003年度に年間100万人を突破、2004年度には年間約102万5千人(1日平均2,810人)となって1987年度と比較して約1.4倍の値まで増加した。翌年度から2010年度にいたるまで年間100万人を下回り続けていたが、2011年度は年間100万人を回復した。 {| class="wikitable collapsible collapsed" style="font-size:85%;" !colspan="4"|'''乗車人員の推移''' |- !rowspan="2"|年度 !colspan="2"|乗車人員(人) !rowspan="2"|出典(※1) |- !計!!1日平均 |- |1950||396千||1,086||県統計S27,p326 |- |1951||427千||1,186||県統計S28,p310 |- |1952||432千||1,183||県統計S29,p329 |- |1953||454千||1,244||県統計S30,p305 |- |1954||403千||1,105||県統計S31,p303 |- |1955||417千||1,139||県統計S32,p319 |- |1956||442千||1,210||県統計S33,p335 |- |1957||440千||1,204||県統計S34,p379 |- |1958||459千||1,257||県統計S35,p292 |- |1959||527千||1,440||県統計S36,p260 |- |1960||563千||1,541||県統計S37,p324 |- |1961||550千||1,506||県統計S38,p296 |- |1962||552千||1,512||県統計S39,p298 |- |1963||616千||1,682<!--原文1,682-->(※2)||県統計S40,p262 |- |1964||577千||1,580||県統計S41,p238 |- |1965||646千||1,770||県統計S42,p262 |- |1966||632千||1,732||県統計S43,p192 |- |1967||636千||1,738<!--原文1,742-->(※2)||県統計S44,p196 |- |1968||592千||1,622||県統計S45,p204 |- |1969||584千||1,599||県統計S46,p228 |- |1970||578千||1,584||県統計S47,p236 |- |1971||549,403||1,501<!--原文1,505-->(※2)||県統計S48,p216 |- |1972||570,810||1,564||県統計S49,p214 |- |1973||618,301||1,694||県統計S50,p220 |- |1974||662,474||1,815||県統計S51,p224 |- |1975||704,848||1,926||県統計S52,p216 |- |1976||663,241||1,817||県統計S53,p230 |- |1977||654,217||1,792||県統計S54,p232 |- |1978||687,619||1,884||県統計S55,p220 |- |1979||687,825||1,879<!--原文1,884-->(※2)||県統計S56,p226 |- |1980||701,369||1,922||県統計S57,p238 |- |1981||734,822||2,013||県統計S58,p222 |- |1982||720,658||1,974||県統計S59,p222 |- |1983||720,867||1,970||県統計S60,p240 |- |1984||719,778||1,972||県統計S61,p234 |- |1985||721,345||1,976||県統計S62,p222 |- |1986||743,993||2,038||県統計S63,p222 |- |1987||748,508||2,045||県統計H1,p225 |- |1988||789,196||2,162||県統計H2,p223 |- |1989||791,584||2,169||県統計H3,p225 |- |1990||859,365||2,354||県統計H4,p229 |- |1991||923,030||2,522||県統計H5,p221 |- |1992||931,866||2,553||県統計H6,p221 |- |1993||961,078||2,633||県統計H7,p239 |- |1994||944,327||2,587||県統計H8,p241 |- |1995||956,683||2,614||県統計H9,p243 |- |1996||933,403||2,557||rowspan="5"|市統計H13,p104 |- |1997||925,048||2,534 |- |1998||887,078||2,430 |- |1999||862,525||2,357 |- |2000||872,291||2,390 |- |2001||900,164||2,466||rowspan="5"|市統計H18,p104 |- |2002||954,590||2,615 |- |2003||1,009,927||2,759 |- |2004||1,025,629||2,810 |- |2005||911,075||2,496 |- |2006||944,189||2,587||rowspan="5"|[http://www.city.toyohashi.aichi.jp/bu_soumu/gyousei/toukei/toukeisyo/h23/pdf/H23toukei_09.pdf 市統計H23,p104] |- |2007||969,144||2,648 |- |2008||992,633||2,720 |- |2009||952,115||2,609 |- |2010||987,121||2,704 |- |2011||1,026,255||2,804||[http://www.city.toyohashi.aichi.jp/bu_soumu/gyousei/toukei/toukeisyo/h24/pdf/H24toukei_09.pdf 市統計H24,p102] |- |2012||1,061,185||2,907||[http://www.city.toyohashi.aichi.jp/bu_soumu/gyousei/toukei/toukeisyo/h25/pdf/h25toukei_10.pdf 市統計H25,p114] |} : ※1. 「県統計」は『愛知県統計年鑑』、「市統計」は『豊橋市統計書』の略。 : ※2. 文献の数値は閏年を考慮していないため、左の数値を366で除して直接算出した。 === 貨物 === 1950年度から、取り扱いが廃止された1979年度までの貨物取扱量(発送・到着[[トン]]数)は、以下の通りに推移していた。 {| class="wikitable collapsible collapsed" style="font-size:85%;" !colspan="3"|貨物取扱量の推移 |- !年度!!発送(トン)!!到着(トン) |- |1950||6,689||9,667 |- |1951||10,496||15,955 |- |1952||7,861||22,157 |- |1953||8,910||22,219 |- |1954||12,151||17,591 |- |1955||11,705||16,517 |- |1956||8,994||14,556 |- |1957||6,418||11,820 |- |1958||6,226||8,948 |- |1959||7,431||16,320 |- |1960||8,627||8,022 |- |1961||11,230||8,368 |- |1962||11,237||12,720 |- |1963||18,825||30,529 |- |1964||17,738||37,745 |- |1965||13,815||30,412 |- |1966||17,694||46,053 |- |1967||17,102||70,782 |- |1968||12,310||56,372 |- |1969||12,838||59,104 |- |1970||11,524||62,194 |- |1971||6,551||45,430 |- |1972||5,994||44,815 |- |1973||5,876||44,508 |- |1974||3,220||25,465 |- |1975||4,381||36,967 |- |1976||5,163||39,872 |- |1977||5,066||39,529 |- |1978||5,700||44,214 |- |1979||3,224||25,706 |- |colspan="3"|出典は乗車人員の推移に同じ。 |} === 荷物 === 1975年度から、取り扱いが廃止された1983年度までの荷物取扱量(発送・到着個数)は、以下の通りに推移していた。 {| class="wikitable collapsible collapsed" style="font-size:85%;" !colspan="3"|荷物取扱量の推移 |- !年度!!発送(個)!!到着(個) |- |1975||13,116||36,768 |- |1976||12,243||27,219 |- |1977||11,151||24,861 |- |1978||10,555||26,274 |- |1979|| || |- |1980||7,159||25,295 |- |1981||5,302||25,890 |- |1982||3,651||34,307 |- |1983||1,874||19,874 |- |colspan="3"|出典は乗車人員の推移に同じ。 |} == 駅周辺 == === 北口 === 北口側の二川駅前交差点を東西方向に横切る道路がかつての[[東海道]]である(駅前の一部は[[愛知県道404号小松原二川停車場線]])。東海道を東へ向かった場所が旧[[二川宿]]の町並みで、駅から1km東の場所には[[本陣]]([[豊橋市二川宿本陣資料館]])が残る。町並みの周囲には、[[大岩寺]]や[[二川伏見稲荷]]([[ギョイコウ|御衣黄桜]]が咲く)などの寺社が点在している。 二川駅前交差点のさらに北側にある二川駅北交差点を東西に横切るのは[[愛知県道・静岡県道3号豊橋湖西線|愛知県道3号豊橋湖西線]]である。東へ向かうと、二川病院、二川郵便局、[[豊橋市立二川小学校]]があり、西へ向かうと[[豊橋市地下資源館]]、[[ヤマナカ]]二川フランテ館([[スーパーマーケット]])がある。 駅北側には[[弓張山地|東山]]があり、その西側には岩屋山がある。岩屋山には、大岩寺の仏堂[[大岩寺#岩屋観音|岩屋観音]]が建つ。 === 南口 === 駅の周辺では、東海道本線のすぐ南に接して[[東海道新幹線]]が通過する。駅の南口は、新幹線の線路の南側に設置されている。 南口から南へ伸びる道路を進むと、[[梅田川 (愛知県)|梅田川]]を渡って[[国道1号]]と交差し、さらに南下すると[[豊橋総合動植物公園]](のんほいパーク)の東口前に達する。一方、国道1号を西へ向かうと[[ラウンドワン]]豊橋店、[[有楽製菓]]豊橋工場、[[伊藤ハム]]豊橋工場があり、東へ向かうと[[シンフォニアテクノロジー]]豊橋製作所がある。 == バス路線 == 北口前に「二川駅」[[バス停留所|バス停]]があり、[[豊鉄バス]]二川線が発着、主に[[豊橋駅|豊橋駅前]]との間を結んでいる。二川駅バス停に乗り入れる豊鉄バスの系統は以下の4つである<ref>{{PDFlink|[http://www.toyotetsu.jp/routemap/img/toyohashi.pdf 豊鉄バス系統路線図 豊橋営業所管内]}}(豊鉄バスウェブサイト)、2011年12月21日閲覧</ref>。 * 55系統:豊橋駅前 - '''二川駅''' * 56系統:豊橋駅前 - '''二川駅''' - シンフォニアテクノロジー * 57系統:豊橋駅前 - '''二川駅''' - シンフォニアテクノロジー - 一里山 * 不定期便:'''二川駅''' - 東海大会ホール前 かつては、豊橋駅から二川駅・[[潮見坂]]を経て[[静岡県]]の[[新居町駅]]へといたる[[ジェイアール東海バス|JR東海バス]]浜名線が存在した<ref>[http://web.archive.org/web/20020202052851/http://www.rosenzu.com/brai/bra61.html 路線図ドットコム 豊橋・豊川地区バス路線図2001年10月1日現在]([[インターネット・アーカイブ]])</ref>。この浜名線は[[2002年]]([[平成]]14年)[[9月30日]]限りで運行を終了、翌[[10月1日]]から愛知県内区間を[[豊橋鉄道]](現・豊鉄バス)が引き継いで運行を継続している。 二川駅バス停には豊鉄バス二川線のほか、[[コミュニティバス東部東山線]]も発着する。二川駅と駅北部の地域を結び、[[2008年]](平成20年)[[7月2日]]から実証運行を開始した。路線は以下のとおり<ref>[http://www.city.toyohashi.aichi.jp/bu_toshikeikaku/toshikeikaku/toshikoutuu/bus-taxi/toubu.html 飯村校区東山地区におけるコミュニティバス東部東山線「やまびこ号」の概要](豊橋市ウェブサイト)、2011年12月21日閲覧</ref>。 * 二川フランテ館 - '''二川駅''' - 市営東山住宅 - 豊橋医療センター - [[運動公園前停留場|運動公園]] == 備考 == * 二川駅は[[東海旅客鉄道東海鉄道事業本部|東海鉄道事業本部]]直轄の駅であるが、隣の[[新所原駅]]との間に[[JR支社境|境界]]があり、同駅は[[東海旅客鉄道静岡支社|静岡支社]]の管轄である。 == 隣の駅 == ; 東海旅客鉄道 : {{Color|#f77321|■}}東海道本線 :: {{Color|#ffdf00|■}}特別快速・{{Color|orangered|■}}新快速・{{Color|limegreen|■}}区間快速・{{Color|gray|■}}普通 ::: [[新所原駅]] - '''二川駅''' - [[豊橋駅]] == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} === 註釈 === <references group="*" /> === 出典 === {{Reflist}} == 関連項目 == * [[日本の鉄道駅一覧]] * [[大隅二川駅]] == 参考文献 == * {{Cite book|和書|author=愛知県(編)|title=愛知県統計年鑑|volume=各年度版}} * {{Cite book|和書|author=豊橋市(編)|title=豊橋市統計書|volume=各年度版}} * {{Cite book|和書|author=石野哲(編)|title=停車場変遷大事典 国鉄・JR編|publisher=[[ジェイティービー|JTB]]|year=1998|isbn=978-4-533-02980-6}} * {{Cite book|和書|author=「角川日本地名大辞典」編纂委員会(編)|title=角川日本地名大辞典|volume=23 愛知県|publisher=[[角川書店]]|year=1989|isbn=978-4-04-001230-8}} * {{Cite book|和書|author=[[川島令三]]|title=東海道ライン全線・全駅・全配線|volume=第4巻 豊橋駅-名古屋エリア|publisher=[[講談社]]|year=2009|isbn=978-4-06-270014-6}} * {{Cite book|和書|author=東海旅客鉄道(編)|title=東海旅客鉄道20年史|publisher=東海旅客鉄道|year=2007}} * {{Cite book|和書|author=豊橋市総務部行政課統計調査グループ(編)|title=豊橋市統計書|volume=各年度版}} * {{Cite book|和書|author=豊橋市百年史編集委員会(編)|title=豊橋市百年史|publisher=豊橋市|year=2008}} * {{Cite book|和書|author=豊橋市二川宿本陣資料館(編)|title=豊橋市二川宿本陣資料館 展示案内|publisher=豊橋市二川宿本陣資料館|year=2006}} * {{Cite book|和書|author=豊橋市二川宿本陣資料館(編)|title=鉄道開通 列車に乗って東へ西へ|publisher=豊橋市二川宿本陣資料館|year=2009}} == 外部リンク == * [http://railway.jr-central.co.jp/station-guide/tokai/futagawa/index.html JR東海 二川駅] {{東海道本線 (JR東海)}} {{DEFAULTSORT:ふたかわ}} [[Category:豊橋市の鉄道駅]] [[Category:日本の鉄道駅 ふ|たかわ]] [[Category:東海旅客鉄道の鉄道駅]] [[Category:日本国有鉄道の鉄道駅]] [[Category:東海道線 (JR東海)]] [[Category:1896年開業の鉄道駅]]
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