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丹羽氏明
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'''丹羽 氏明'''(にわ うじあき、生没年不詳)は[[室町時代]]の人物。[[家系]]は[[清和源氏]]の一流 [[河内源氏]]の流れを汲む[[足利氏|足利一門]]で[[一色氏]]の一族。父は[[一色氏宗]]。子は[[丹羽氏時]]。[[丹羽氏|一色丹羽氏]]の祖。 一族の[[一色詮範]]が[[尾張国]]の[[守護|守護職]]を得た際に同行し、丹羽庄を領し丹羽姓を名乗ったとされる。子孫は代々尾張に土着した。 ---- [[File:Niwa ujidaki tombstone01.jpg|thumb|大名墓地(岐阜県恵那市岩村町)の丹羽氏明の墓]] '''丹羽 氏明'''(にわ うじあき、[[1667年]]([[寛文]]7年) - [[1686年]][[3月26日]]([[貞享]]3年[[3月3日 (旧暦)|3月3日]]))は、[[江戸時代]]前期の[[大名]]。[[美濃国]][[岩村藩]]4代藩主。氏次系丹羽家5代。 [[丹羽氏純]]の長男。官位は従五位下、[[長門国|長門]]守。 妻子なく、貞享3年([[1686年]])に[[天然痘|疱瘡]]で病没する。死去した日は貞享3年3月2日とも3日とも言われている。[[享年]]20。跡は養子の[[丹羽氏音|氏音]]が継いだ。法号は性覚院徳雲道海。墓所は[[岐阜県]][[恵那市]][[岩村町]]の[[乗政寺]]。 {{岩村藩主|丹羽氏|4代|1674年 - 1686年}} {{Japanese-history-stub}} {{DEFAULTSORT:にわ うしあき}} [[Category:一色丹羽氏|うしあき]] [[Category:室町時代の人物]] [[Category:岩村藩主]] [[Category:天然痘で死亡した人物]] [[Category:1667年生]] [[Category:1686年没]]
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