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中村喜四郎
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{{存命人物の出典明記|date=2013年5月}} {{政治家 |人名 = 中村 喜四郎 |各国語表記 = なかむら きしろう |画像 = |画像サイズ = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = {{生年月日と年齢|1949|4|10}} |出生地 = {{Flagicon|JPN}}[[茨城県]][[猿島郡]][[境町]] |没年月日 = |死没地 = |出身校 = [[日本大学]][[法学部]] |前職 = |現職 = [[衆議院議員]] |所属政党 = ([[無所属]]→)<br />([[自由民主党 (日本)|自由民主党]]→)<br />(無所属→)<br />([[新党改革|改革クラブ]]→)<br />無所属 |称号・勲章 = [[法学士]] |親族(政治家) = 父・[[中村喜四郎 (先代)|中村喜四郎]](元参議院議員)<br />母・[[中村登美]](元参議院議員) |配偶者 = |サイン = |ウェブサイト = |サイトタイトル = |国旗 = JPN |職名 = [[衆議院議員]] |内閣 = |選挙区 = ([[茨城県第3区_(中選挙区)|旧茨城3区]]→)<br />[[茨城県第7区|茨城7区]] |当選回数 = 12回 |就任日 = [[1976年]] - [[2003年]]<br />[[2005年]] |退任日 = 現職 |所属委員会 = [[決算行政監視委員会]] |議員会館 = 衆議院第2議員会館411号室 |元首職 = |元首 = |国旗2 = JPN |職名2 = 第58代 [[建設大臣]] |内閣2 = [[宮澤内閣]] |選挙区2 = |当選回数2 = |就任日2 = [[1991年]][[11月5日]] |退任日2 = [[1992年]][[12月12日]] |元首職2 = |元首2 = |国旗3 = JPN |職名3 = 第43代 [[科学技術庁長官]] |内閣3 = [[宇野内閣]] |選挙区3 = |当選回数3 = |就任日3 = [[1989年]][[6月3日]] |退任日3 = [[1989年]][[8月10日]] |元首職3 = |元首3 = <!-- ↓省略可↓ --> |国旗4 = |職名4 = |内閣4 = |選挙区4 = |当選回数4 = |就任日4 = |退任日4 = |元首職4 = |元首4 = <!-- ↑省略可↑ --> }} '''中村 喜四郎'''(なかむら きしろう、[[1949年]][[4月10日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]。[[衆議院議員]](12期)。出生時の名前は'''中村 伸'''(なかむら・しん)。 [[建設大臣]]([[宮澤内閣|第58代]])、[[科学技術庁長官]]([[宇野内閣|第43代]])、自由民主党総務局長を歴任した。 父・[[中村喜四郎 (先代)|中村喜四郎]](先代)、母・[[中村登美]]は共に[[参議院議員]]を務めた。 == 来歴 == [[茨城県]][[猿島郡]][[境町]]生まれ。[[1972年]][[日本大学]][[法学部]][[卒業]]。 [[田中角栄]]の秘書を務めたのち、[[1976年]]の[[第34回衆議院議員総選挙]]に[[茨城県第3区_(中選挙区)|旧茨城3区]]から[[無所属]]で出馬し、初当選。出馬に際し、父である中村喜四郎(先代)の遺志を継ぐ意味で、戸籍名を'''喜四郎'''に改める。当選後、[[自由民主党_(日本)|自由民主党]]から追加公認を受け、のちに自民党に入党する。自民党入党後、田中角栄が率いる[[木曜クラブ]]に所属した。[[1982年]][[12月6日]]、[[第1次中曽根内閣]]で[[建設省|建設]][[政務次官]]に任命された<ref>『官報』第16757号14ページ「国会事項 衆議院 政府委員承認」1982年(昭和57年)12月8日</ref>。 [[1988年]]、田中派分裂に際しては[[竹下登]]に従い、[[経世会]]に参加し同会事務局長に就任。[[1989年]]6月23日、[[宇野内閣]]で[[科学技術庁長官]]に就任し<ref>『官報』第127号11ページ「人事異動 総理府」1989年(平成元年)6月27日</ref>、初入閣を果たす。戦後生まれの閣僚は、中村が初めてであった。[[宇野宗佑]]首相の辞任に伴い、退任。後継の[[海部俊樹]][[自由民主党総裁]]の下、党総務局長に就任した。[[1992年]][[12月12日]]、[[宮澤内閣]]で[[建設大臣]]に任命される<ref>『官報』特別号外第17号1ページ「人事異動 内閣」1992年(平成4年)12月12日</ref>。 しかし[[ゼネコン汚職事件]]に絡み、自民党独占禁止法に関する特別調査会会長代理時代に[[鹿島建設]]からの依頼で[[公正取引委員会]]への口利きをした[[賄賂罪|斡旋収賄罪]][[容疑]]が浮上。[[検察]]は[[任意捜査]]を求めるも中村がそれを拒否をしたため、検察は[[逮捕許諾請求]]を[[衆議院]]に提出して[[逮捕]]する方針を取った。衆議院で[[逮捕許諾決議]]が可決され<ref>『官報』第1359号13ページ「国会事項 衆議院 議員逮捕許諾要求の件議決通知」1994年(平成6年)3月15日</ref>、中村は逮捕された。国会[[会期]]中の現職[[国会議員]]の逮捕は[[1967年]]の[[関谷勝利]]以来27年ぶりであった。なお、取調べでは完全黙秘を貫いたため、調書が1通も作成されず、雑談や挨拶等にも一切応じなかった。[[7月28日]]に[[保釈]]。[[拘置]]日数は140日間となった。 その後も議員辞職はせず、強固な結束力を持つ後援会組織(喜友会)をバックに、[[無所属]]のまま当選を続ける。[[1997年]]10月、[[東京地方裁判所]]で[[懲役]]1年6ヶ月、[[追徴金]]1000万円の[[実刑判決]]を受け、控訴したが[[2001年]]4月に[[東京高等裁判所]]により控訴が棄却された。同年[[10月18日]]、上告中ながら衆議院25年在職の永年表彰を受ける<ref>『官報』第3225号7ページ「国会事項 衆議院 議員表彰」2001年(平成13年)10月22日</ref>。[[2003年]][[1月28日]]、[[最高裁判所_(日本)|最高裁判所]]が中村の上告を棄却し、実刑が確定したため[[衆議院議員]]を失職した<ref>『官報』第3538号11ページ「国会事項 衆議院 議員退職」2003年(平成15年)2月4日</ref>。[[2004年]][[2月10日]]に[[黒羽刑務所]]から[[仮釈放]]。 [[2005年]]の[[第44回衆議院議員総選挙]]に再び無所属で[[茨城県第7区|茨城7区]]から出馬。[[小泉純一郎]]首相が推進する[[構造改革]]や[[郵政民営化]]を全面的に支持し、返り咲いた。国会議員在職時代の政治事件で[[実刑]]を受けた者が[[国政選挙]]に当選したのは1969年の[[福田繁芳]](1961年実刑確定)以来36年ぶり。1992年12月16日以降は公職政治家が収賄罪で有罪が確定した場合、刑期満了から一定期間は公民権が停止されるが、事件当時の1992年1月にはその制度がなく、[[日本国憲法|憲法]]の[[法の不遡及|遡及処罰禁止]]規定([[日本国憲法第39条|39条前段]])により収賄罪で実刑が確定しても失職に留まり、刑期満了から一定期間の公民権停止はなされなかった。 [[2009年]]の[[第45回衆議院議員総選挙]]では「日本再建」を掲げて構造改革や政界再編を訴え、前回の総選挙に比べて得票数はおよそ1万票減らしたものの、茨城7区で自民党の[[永岡桂子]]、[[民主党_(日本 1998-)|民主党]]の[[柳田和己]]を破り、11選。同年10月、[[新党改革|改革クラブ]]に入党し<ref>[http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4262147.html 中村喜四郎氏、改革クラブに入党]News i TBSの動画ニュースサイト 2009年10月19日</ref>、これによって改革クラブは政党要件を回復した。10月26日には、改革クラブが統一会派を組む自民党の代議士会に15年ぶりに出席した。しかし長年、茨城で中村を相手に激しい選挙戦を繰り広げてきた自民党茨城県連の関係者からは戸惑いや不満の声も上がり、12月、[[長谷川大紋]][[参議院議員]]が自民党を離党した(長谷川は[[2012年]]8月に復党)。 [[2010年]]4月23日、自民党を離党していた[[舛添要一]]らが改革クラブに入党し、同日、舛添が党代表に就任し、改革クラブは[[新党改革]]へ改称した<ref name="kokuji263">2010年(平成22年)7月6日総務省告示第263号「政党助成法第五条第三項の規定による政党の届出事項の異動の届出があったので公表する件」</ref>。しかし中村、[[大江康弘]][[参議院議員]]の2人は舛添の入党、党首就任に反発し、それぞれ改革クラブを離党した<ref name="kokuji263"/><ref>{{cite news | url = http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100422-OYT1T00696.htm | title = 舛添氏に反発?中村元建設相が改革クに離党届 | newspaper = [[読売新聞]] | date = 2010-04-22 | accessdate = 2010-04-23 }}</ref><ref>{{cite news | url = http://www.ibaraki-np.co.jp/47news/20100423_04.htm | title = 中村喜四郎氏、改革ク離党 「舛添新党」合流に反発か | newspaper = [[茨城新聞]] | date = 2010-04-23 | accessdate = 2010-04-23 }}</ref>。その後は自民党の院内会派である「自由民主党・無所属の会」に入会した。 [[2011年]]5月12日、自民党[[志帥会|伊吹派]]に「客員会員」として入会<ref>[http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110513k0000m010119000c.html 中村元建設相:自民党伊吹派の「客員会員」に 復党はせず]毎日新聞 2011年5月12日</ref>。 [[2012年]]の[[第46回衆議院議員総選挙]]では、[[無所属]]ながら[[公明党]]の推薦を得て、茨城7区から出馬。また中村の要請により、[[森喜朗]]元[[内閣総理大臣]]が選挙区を訪れ、中村の応援演説を行ったが、これに対し自民党公認の[[永岡桂子]]が「自民党公認候補(永岡)を支援せず、対立候補(中村)を支援した」として森に抗議する一幕もあった。「党より人」をキャッチフレーズに[[比例代表制]]廃止、[[建設国債]]発行反対、国防軍設置反対を公約に掲げ、自民党前職の永岡、[[日本維新の会]]新人の筒井洋介、民主党前職の[[柳田和己]]らを破り、12選。 == 人物 == * 政界きっての[[報道機関|マスコミ]]嫌いで有名であり、選挙戦中の講演会やミニ集会からは一部を除くマスコミを全てシャットアウトし、記者会見等も一切行っていない。仮釈放後もその姿勢は変わらず、立候補の際も秘書が出馬の旨を記す文書のみを送っている。ホームページについても自らの名前のドメインは取得しているものの、ブルーバックにアドレスが表示されるだけである。 * [[茨城県]][[坂東市]]岩井に先代から経営を引き継いだ「岩井[[自動車学校]]」があり、専務取締役を務めている。 * [[田中角栄]]の[[秘書]]時代に後援会組織[[越山会]]の選挙戦術に感銘を受け、参議院議員だった父親から継承した後援会組織(喜友会)を改革した。 == 論文 == * [http://ci.nii.ac.jp/author?q=%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%96%9C%E5%9B%9B%E9%83%8E&count=100&sortorder=3 CiNii収録論文] [[国立情報学研究所]] == 脚注 == {{reflist}} == 関連項目 == * [[自民県政クラブ]] * [[山口武平]] {{国土交通大臣|1992年-1993年|[[建設大臣]]}} {{文部科学大臣|1989年|[[科学技術庁長官]]}} {{総理府原子力委員会委員長|1989年}} {{衆議院建設委員長|1987年-1988年}} {{DEFAULTSORT:なかむら きしろう}} [[Category:茨城県選出の衆議院議員]] [[Category:改革クラブ (2008-2010)の国会議員]] [[Category:自由民主党の衆議院議員]] [[Category:日本大学出身の人物]] [[Category:茨城県出身の人物]] [[Category:1949年生]] [[Category:存命人物]]
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