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与那国空港
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{{Infobox 空港 | 名前 = 与那国空港<br/>Yonaguni Airport | 画像 = [[ファイル:Terminal building in Yonaguni Airport Ryukyu, JAPAN.jpg|250px]] | IATA = OGN | ICAO = ROYN | 国 = {{JPN}} | 設置場所 = [[沖縄県]][[八重山郡]][[与那国町]]<br/>字与那国4350 | タイプ = 商業 | 運営者 = [[沖縄県]] | 運営時間 = 8:00 - 19:30 | 標高 m = 15 | 標高 ft = 49.4 | 緯度度 = 24|緯度分 = 28|緯度秒 = 03|N(北緯)及びS(南緯) = N | 経度度 = 122|経度分 = 58|経度秒 = 47|E(東経)及びW(西経) = E | ウェブサイト = | 方向 滑走路1 = 08/26 | ILS 滑走路1 = LLZ | 全長 滑走路1 m = 2,000 | 全幅 滑走路1 = 45 | 全長 滑走路1 ft = 6,562 | 表面 滑走路1 = 舗装 }} [[ファイル:Runway of YONAGUNI airport (RW26) Ryukyu, JAPAN.jpg|thumb|right|滑走路全景]] [[ファイル:Inside in Yonaguni Airport terminal Ryukyu,JAPAN.jpg|thumb|right|ターミナル内部]] [[File:Yonaguni Airport Aerial Photograph.jpg|270px|thumb|与那国空港付近の空中写真。<small>(1977年撮影)</small><br/>滑走路延長800mの頃。<br/>{{国土航空写真}}]] [[File:与那国空港.JPG|270px|thumb|与那国空港(空撮)]] '''与那国空港'''(よなぐにくうこう ''Yonaguni Airport'' )は、[[沖縄県]][[八重山郡]][[与那国町]]([[与那国島]])にある[[日本の空港#地方管理空港|地方管理空港]]である。 == 概要 == 日本で最西端に位置する空港である。年間利用客数は、国内67,563人、国外279人(2012年度)<ref>{{Cite press release |title=管内空港の利用状況概況集計表(平成24年度速報値) |publisher=国土交通省大阪航空局 |date= |url=http://www.ocab.mlit.go.jp/about/total/report/pdf/riyou_h24d.pdf |format=PDF |accessdate= }}</ref>。 == 歴史 == * [[1943年]] : 旧[[日本軍]]により建設される([[滑走路]]延長は800メートル)。 * [[1957年]] : 民間航空の運航を開始する。 * [[1968年]] : 滑走路乳剤舗装工事等が完成し、[[YS-11]]が就航する。 * [[1973年]] : 沖縄県の[[沖縄返還|日本復帰]]に伴い、第三種空港として指定。しかし、日本の航空法を適用すると滑走路近くにある製糖工場の煙突が進入に支障を来すため、滑走路延長は800mとされた(従来は米国法に準拠し、1,232メートルとされていた)ことから、YS-11の就航が不可能となる。 * [[1985年]] : 滑走路延長を1,500メートルに延伸する。 * [[1999年]] : 滑走路の舗装を強化し暫定ジェット化供用を開始し、[[ボーイング737]]型機が就航する(但し、定員64名のYS-11型機から定員130名のボーイング737型機に変更されたため、従来の1日2往復から1往復に減便となった)。[[日本トランスオーシャン航空]] (JTA) のYS-11型機は、当空港と石垣空港を結ぶ968便を最後に退役した。 * [[2000年]][[7月21日]] : [[琉球エアーコミューター]] (RAC) が那覇 - 与那国線、石垣 - 与那国線を開設する(いずれも[[デ・ハビランド・カナダ_DHC-8|DHC-8]]で週3日運航。これにより週3日ながら航空機による石垣島との日帰り旅行が再び可能になった<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-115305-storytopic-86.html 那覇から週3日運行/RACが与那国直行便] - [[琉球新報]](2000年5月12日付、2013年3月6日閲覧)</ref><ref>[http://rac.churashima.net/profile.html#p2 企業情報・社史概要] - 琉球エアコミューター(2013年3月6日閲覧) ※運航機種・ダイヤ詳細(日帰り旅行の可否)については記載なし。</ref>。後に週4日に増便)。 * [[2007年]][[3月15日]] : 予定より5箇月遅れで、滑走路延長が2,000メートルに延伸され供用を開始する。 * 2007年[[10月4日]] : [[立栄航空]]による[[台湾]] [[台湾桃園国際空港|台北]]へのチャーター便が運航される。 * 2008年[[7月4日]] : [[トランスアジア航空|復興航空]]による[[台湾]] [[花蓮空港|花蓮]]へのチャーター便が運航される。 * 2013年1月7日 : この日をもってJTAによる定期便の運航が終了する<ref name="y-mainichi20130106">[http://www.y-mainichi.co.jp/news/21631/ JTA、あす与那国路線から撤退 RAC単独運航へ] - 八重山毎日新聞(2013年1月6日付、同年3月6日閲覧)</ref>。 === JTA撤退に伴う地元への影響と反応 === <ref name="y-mainichi20121110">[http://www.y-mainichi.co.jp/news/21261/ JTA与那国〜石垣路線、来年1月8日に撤退] - 八重山毎日新聞(2012年11月10日付、2013年3月6日閲覧)</ref><ref name="yaeyama-nippo20120914">[http://www.yaeyama-nippo.com/2012/09/14/%E4%B8%8E%E9%82%A3%E5%9B%BD%E7%B7%9A%E6%92%A4%E9%80%80-%E7%94%BA%E3%81%AB%E8%AA%AC%E6%98%8E-%EF%BD%92%EF%BD%81%EF%BD%83%E5%A2%97%E4%BE%BF%E3%81%A7%E5%AF%BE%E5%BF%9C-%E3%82%AB%E3%82%B8%E3%82%AD%E7%A9%8D%E8%BC%89%E3%81%AB%E5%88%B6%E9%99%90-%EF%BD%8A%EF%BD%94%EF%BD%81/ 与那国線撤退、町に説明 RAC増便で対応 カジキ積載に制限 JTA] - 八重山日報(2012年9月14日付、2013年3月6日閲覧)</ref> 2012年、JTAの構造改革に伴う路線再編として与那国空港からの同社の撤退およびRACによる代替運航が発表されて以降、地元からは供給席数および積載貨物容量の減少に伴う経済への影響を懸念する声があることが報じられた。 供給席数についてはRACが使用する機材の定員が少ないことから、石垣線については1日あたり3便に増便するものの供給座席数が4割程度減少する。また、貨物の輸送力減少の一例として、特産品である[[カジキ]]について従来は1便あたり10本程度積載可能(JTA便によるボーイング737型機の場合)であったものが2本に制限され「すべて運べない」(JTA役員)とされる。また、石垣島から航空機による日帰りが可能となることについて、地元住民の利便性が増す反面、観光客が日帰りすることで宿泊客が減少するのではないかとの懸念も報じられた。 与那国町長の外間守吉は、JTA便の復活を求めることをコメントしている。 一方、那覇線については従来の週4便運航から毎日運航に変更となった。なお、石垣線の2012年度上半期における搭乗率は44%であった<ref name="y-mainichi20130106"/>。 == 就航路線 == * ''' [[琉球エアーコミューター]] (RAC) ''' ** [[那覇空港]] ** [[新石垣空港]] *** かつては[[日本トランスオーシャン航空|日本トランスオーシャン航空 (JTA)]] も運航していた。 == 交通 == 運行本数・所要時間・料金等の詳細は、該当項目や公式サイト・町の公式サイトなどを参照。 * '''[[最西端観光]]'''(路線バス) ** 久部良発着便、島内一周便 == 防空識別圏問題 == {{see also|与那国島の防衛問題}} 日本最西端の島である[[与那国島]]は、なんらの領土紛争も存在せず、国際的にも明らかな日本の領土である。しかし、沖縄占領時に[[アメリカ空軍]]が設定していた[[防空識別圏]]を防衛庁(当時)が[[1969年]]の訓令でそのまま継承した結果、島の上空は日本の[[領空]]だが、島の東側3分の1は日本、西側3分の2は[[台湾]]の防空識別圏として扱われるようになった。この領空と防空識別圏の不一致は長く防衛上の懸案とされていた。 [[石垣島]]方面から飛来した[[旅客機]]は、与那国島の北を通って一度西側に出る。この段階で旅客機は台湾の防空識別圏に進入しており、島の西側で進路を180度変え、東向きに滑走路へ降下して着陸する(離着陸は原則として全て東向きである)。防空識別圏が与那国島を分断していた場合、たとえば与那国空港へ向かう日本の民間機が、事前に[[飛行計画|フライトプラン]]を[[中華民国空軍|台湾空軍]]に提出しておかないと、島に近づいた途端に[[未確認飛行物体]]として同空軍機に[[スクランブル]]発進されかねない。また、逆に台湾の[[航空管制]]区域から日本へ入ってくる不審機について日本側への通報が遅れた場合、日本側が認識した時点では既に与那国島上空に所在するということにもなりかねない。このほか、[[海上自衛隊]]の航空哨戒任務や[[航空自衛隊]]の航空機は、通常は与那国島上空より西側へ出ることは無い{{要出典|date=2010年3月}}ため、島の西側を目視で哨戒する事ができなくなる。 ところが、[[2005年]]12月に与那国町長の[[外間守吉]]と衆議院議員の[[西銘恒三郎]]が台湾を訪問した際に台湾の安全保障機関である[[国会安全会議]]から入手した資料によると、台湾は与那国島から半径12海里(約22キロ)の半月状の地域を、時期は不明だが自国の防空識別圏を与那国島から西側にずらして運用するようになり、与那国島を自国の防空識別圏の範疇から外して運用している事が判明した<ref>[http://www.y-mainichi.co.jp/news/3308/ 与那国島、防空識別圏から外れる 日台間で認識にズレ] - 八重山毎日新聞(2005年12月28日付)</ref>。これにより、民間航空における問題が発生する可能性は低いことは判明したが、どのような経緯を経て日台間の認識相違が生じたのかは不明であり、防衛庁長官(当時)の[[額賀福志郎]]も国会で「初めて聞いた」と述べて政府レベルで確認と検討を行うとし<ref>[http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/164/0018/16402090018008c.html 第164回国会 予算委員会 第8号]</ref>、台湾側からも「国防担当者と検討する」との表明がなされた<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-12744-storytopic-3.html 防空識別圏は検討 台湾首脳、そうぞう視察団に説明] - 琉球新報(2006年4月12日付)</ref>。西銘は、日本の防空識別圏を西側にずらすよう政府に働きかける事を表明し、2009年7月には外間が防衛大臣(当時)の[[浜田靖一]]に改善要望を出した<ref>[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/275742/ 浜田防衛相「私の訪問が答え」 与那国島の陸自部隊要望に] - イザ!(産経新聞、2009年7月8日付){{リンク切れ|date=2010年9月}}</ref>。 防空識別圏に端を発するような問題はこれまでに発生していないが、[[1995年]]の[[台湾有事|台湾海峡ミサイル危機]]以降、台湾の軍事訓練が活発化するようになり、漁協などの漁業関係者からは、「怖くて操業できない」「安全のために漁を自粛せざるを得ない」などの苦情がある。特に、[[2006年]]8月の射撃訓練の際には、台湾側の当初の訓練区域設定が、過去の防空識別圏のままの東経123度線に沿って与那国島の西半分をも含んでいた事が判明し<ref>後に、日本の外務省が[[財団法人交流協会]]を通じて台湾側に抗議した結果、与那国島を半円状に外した設定に修正された。</ref>、防空識別圏の設定が無茶な軍事訓練の範囲にも繋がっているとの批判がある<ref>[http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-16447-storytopic-1.html 訓練区域に与那国島 台湾海軍が計画] - 琉球新報{{リンク切れ|date=2011年10月}}</ref>。こうした事態を踏まえ、与那国町議会や漁協の関係などが、県や国の関係省庁に改善要望の提出を行った。 [[2010年]][[5月26日]]、日本政府は防空識別圏をそれまでの東経123度線から、与那国島の陸地から台湾側洋上へ14海里分西側を半月状に広げる形で設定し直す方針を明らかにし、[[6月25日]]付けの防衛省訓令改正により実施された。なお、台湾には外交ルートを通じて説明がなされた<ref>[http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100526/plc1005261712008-n1.htm 与那国島沖に拡大 防空識別圏、台湾に説明] - 産経新聞(2010年5月26日付){{リンク切れ|date=2011年3月}}</ref>が、台湾の外交部は「事前に我々と十分な連絡をとらなかった」として遺憾の意を表明<ref>[http://www.asahi.com/international/update/0529/TKY201005290262.html 台湾が「遺憾」 与那国島付近の防空識別圏見直し] - 朝日新聞(2010年5月29日付){{リンク切れ|date=2011年3月}}</ref>、日本の決定を受け入れないとしている。 == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} {{Reflist}} == 外部リンク == * [http://www.pref.okinawa.jp/airport/index/yn/yonaguni00.htm 与那国空港](沖縄県の空港) - 沖縄県 * [http://www.jal.co.jp/dom/airport/japan/ogn/ogn_00.html 与那国空港](空港情報) - 日本航空 * [http://www.town.yonaguni.okinawa.jp/access/ アクセス] - 与那国町 ※就航便ダイヤおよび島内交通へのリンクなど。 {{airport-info|ROYN}} {{日本の空港}} {{airport-stub}} {{DEFAULTSORT:よなくにくうこう}} [[Category:沖縄地方の空港]] [[Category:先島諸島の交通]] [[Category:与那国町]]
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