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上田清司
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{{政治家 |各国語表記 = うえだ きよし |画像 = |画像説明 = |国略称 = {{JPN}} |生年月日 = {{生年月日と年齢|1948|5|15}} |出生地 = [[福岡県]][[福岡市]] |没年月日 = |死没地 = |出身校 = [[法政大学]]<br/>[[早稲田大学]][[大学院]]政治学研究科修士課程 |所属政党 = ([[新自由クラブ]]→)<br/>([[自由民主党_(日本)|自由民主党]]→ )<br/>([[新生党]]→)<br/>([[新進党]]→)<br/>([[フロムファイブ]]→)<br/>([[民政党]]→)<br/>([[民主党 (日本 1998-)|民主党]]→)<br/>[[無所属]] |称号・勲章 = 法学士(法政大学)<br/>政治学修士(早稲田大学) |配偶者 = |サイン = |ウェブサイト = http://www.ueda-kiyoshi.com/ |サイトタイトル = 埼玉県知事 上田きよし |国旗 = |職名 = [[ファイル:Flag of Saitama.svg|22x20px]] 第57・58・59代 [[埼玉県知事]] |内閣 = |選挙区 = |当選回数 = 3回 |就任日 = [[2003年]][[9月1日]] |退任日 = 現職 |退任理由 = |元首職 = |元首 = |国旗2 = JPN |職名2 = [[衆議院議員]] |内閣2 = |選挙区2 = ([[埼玉県第5区_(中選挙区)|旧埼玉5区]]→)<br/>[[埼玉県第4区|埼玉4区]] |当選回数2 = 3回 |就任日2 = [[1993年]][[7月19日]] |退任日2 = [[2003年]][[8月13日]] |退任理由2 = [[埼玉県知事一覧#第16回|第16回埼玉県知事選挙]]に出馬し自動失職 |元首職2 = |元首2 = }} '''上田 清司'''(うえだ きよし、[[1948年]](昭和23年)[[5月15日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]。[[埼玉県知事]](3期)、[[内閣府]][[地域主権戦略会議]]議員。元[[衆議院議員]](3期)。 == 来歴 == [[福岡県]][[福岡市]]生まれ。[[大牟田市]]で育ち、[[福岡県立三池高等学校]]、[[法政大学]][[法学部]]法律学科卒業。大学では当初[[旧司法試験]]合格をめざしたが、断念{{要出典|date=2014年3月}}<ref>上田清司は法政大学弁論部OB会などで司法試験を断念した経緯を、隠すことなく何度も語っている</ref>。後、法政大学弁論部に所属し活動に励んだ。大学卒業後は[[早稲田大学]][[大学院]]へ進学。大学院在学中に[[埼玉県]][[所沢市]]で学習塾「向陽塾」を開業。また、これも大学院在学中の[[1976年]](昭和51年)、[[新自由クラブ]]の立党に参画する。[[1977年]](昭和52年)、早稲田大学大学院[[政治学]]研究科修士課程修了。その後[[1979年]](昭和54年)から[[1986年]](昭和61年)まで建設大学校(現・[[国土交通大学校]])の非常勤講師を務める<ref>埼玉県知事選挙初当選直後の[[2003年]](平成15年)9月、[[週刊新潮]]が上田の「建設大学校講師」という経歴について、「上田は建設大学校の分校の研修所で講師を務めていたものであり、東京都[[小平市]]の建設大学校本校の講師であったかのように経歴を詐称している」と報道した。これに対し上田本人が反応する前に建設大学校が反論した。同大学校は「建設大学校の講師はすべて「建設大学校講師」として[[建設省]]によって採用され、担当授業・職務によって本校や分校、研修所等に配属されるものであって、「本校講師」「分校講師」のような肩書きや待遇の差はもとより存在しない。全員「建設大学校講師」であり週刊誌報道は誤り」との見解を発表した。上田も「建設大学校の説明の通り」とのみ述べた。週刊誌は記事を取り消し、謝罪文を掲載している</ref> [[1980年]](昭和55年)、[[第36回衆議院議員総選挙]]に[[新自由クラブ]]公認で出馬するが、落選する。以後、3度の落選を経験する。新自由クラブ解党後は[[自由民主党_(日本)|自民党]]に入党。自民党の[[中曽根派]]幹部[[渡辺美智雄]]から薫陶を受け{{要出典|date=2014年3月}}、自民党の公認を受けての選挙への出馬を模索したが、推薦のみで公認は得られなかった{{要出典|date=2014年3月}}。また、この頃、自民党籍を有しながらも[[自由連合_(政党)|自由連合]]に参加し、代表に就任する。 [[1993年]](平成5年)に自民党を離党し、結党されたばかりの[[新生党]]の公認を受けて[[第40回衆議院議員総選挙]]に[[埼玉県第5区_(中選挙区)|旧埼玉県第5区]]から出馬し、初当選を果たした。なお同区では、のちに共に[[民主党_(日本 1998-)|民主党]]に所属する[[枝野幸男]]も[[日本新党]]公認[[新党さきがけ]]推薦で初当選している。翌[[1994年]](平成6年)、新生党解党により[[新進党]]結党に参加する。[[1996年]](平成8年)の[[第41回衆議院議員総選挙]]には[[埼玉県第4区]]から出馬し、自民党の[[早川忠孝]]を破り再選する。 [[1997年]](平成9年)、同年末の新進党解党に先駆けて、[[細川護煕]]元首相を含む5人で新進党を離党し、細川を党首に[[フロム・ファイブ]]を結党する。翌[[1998年]](平成10年)、[[国民の声]]、[[太陽党]]、フロム・ファイブの3党が合併し[[民政党]]が結成され、民政党の[[民主党_(日本 1996-1998)|旧民主党]]への合流により、[[民主党_(日本 1998-)|民主党]]が結党した。[[2000年]](平成12年)の[[第42回衆議院議員総選挙]]には民主党公認で出馬し、自民党の早川忠孝を再度下し、3選。 [[2003年]](平成15年)8月、[[埼玉県知事]]選挙に[[無所属]]での出馬を表明し、[[衆議院議員]]を辞職する。自民党県連が推薦する候補者を破り、当選した。 [[2007年]](平成19年)8月の知事選で、元[[日本共産党]][[参議院議員]]の[[吉川春子]]、元高校教諭の候補者を大差で破り、再選する。なお、この知事選の投票率は27.67%で、史上最低であった。 [[2011年]](平成23年)、[[全国知事会]]会長選挙に出馬し22票を獲得するも、25票を獲得した[[京都府知事]]の[[山田啓二]]に敗れた。 [[2011年埼玉県知事選挙|同年7月の知事選]]で、埼玉県労働者福祉[[共済]]会(埼労共)理事長の候補者、元高校教諭の候補者を破り、3選を果たしたが、[[投票率]]は全国の都道府県知事選挙の中で史上最低の24.89%であった<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20110731-OYT1T00465.htm?from=popin 埼玉知事に上田氏3選…投票率は知事選史上最低]読売新聞2011年7月31日、[http://mainichi.jp/area/saitama/news/20110801ddlk11010180000c.html ’11埼玉知事選:上田氏、手堅く3選 投票率、全国ワースト1 /埼玉]毎日新聞2011年8月1日、[http://www.saitama-np.co.jp/news08/01/09.html 「埼玉から夢」発信 知事選で上田氏3選]埼玉新聞2011年8月1日</ref>。 == 政策・主張 == === 地方自治 === * 元[[東京都知事]][[石原慎太郎]]・前[[神奈川県知事]][[松沢成文]]と協調、[[道州制]]・[[首都圏 (日本)|首都圏]]連合を推進。[[ディーゼル車]]の[[排ガス]]規制を共同で実施。[[2007年東京都知事選挙]]・同時期の[[神奈川県]]知事選挙においては両者を支援(なお、東京都知事選挙では[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]推薦の[[浅野史郎]]も出馬していたが彼を無視して石原を支援した)。石原・松沢間の「交換演説」も発案し実現。逆に[[2007年]](平成19年)8月の埼玉県知事選挙においては石原と松沢が上田の応援にやって来た。県知事選挙では[[国会議員]]時代の所属政党を超え、三者の連携は緊密化していた。その後、石原の後継者である[[猪瀬直樹]]に対して[[宇都宮健児]]、松沢などが出馬した[[2012年東京都知事選挙]]では、松沢を支援する旨を表明した<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20121115-OYT1T00292.htm 埼玉知事、都知事選は「松沢氏を支援」]読売新聞2012年11月15日</ref>。また、[[森田健作]]とも親密で森田が[[2005年]](平成17年)[[3月]]に千葉県知事選に出馬した際には、石原・松沢と共に応援に駆けつけている。 * [[埼玉高速鉄道]]の経営改善と早期延伸推進。同鉄道は開業後しばらく赤字経営だったが、上田が立ち上げた「埼玉高速鉄道検討委員会」の成果により、[[2003年]](平成15年)度には借入金と[[減価償却]]費を除く基礎的収支が開業後初の黒字となった。さらに経営再建を進めるため、[[2004年]](平成16年)、[[しなの鉄道]]の経営で辣腕を振るった[[杉野正]]社長を自ら社長に招聘し、旅行業への進出やギフト販売([[2007年]](平成19年)1月末日終了)など副業にも乗り出した。[[2006年]](平成18年)11月、杉野は[[2007年]](平成19年)[[神奈川県]]知事選挙に出馬を表明し、[[2006年]](平成18年)11月16日の臨時取締役会を最後に社長を退任した。 * 県のマスコットキャラクター「[[コバトン]]」を制定し、各所で使用。グッズも販売<ref>[http://www.pref.saitama.lg.jp/site/s-miryoku/kobaton-goods.html 彩の国さいたま魅力づくり推進協議会 コバトングッズ]埼玉県ホームページ</ref>。 * 全国知事会では「公共調達に関するプロジェクトチーム」座長を務める。[[2006年]](平成18年)12月、[[官製談合]]防止のガイドラインの取りまとめを行った{{要出典|date=2014年3月}}。 * 行財政改革に積極的であり、人口当たりの埼玉県職員の数は1万人当たり12.1人と日本一少ない。また、数値目標を定め「見える化」を進めている。もっとも、これらの政策に対しては、労働組合とのしがらみが少ない自民党県議の中にも「これ以上県職員を減らすべきではない」という意見もあるほか、「数字至上主義」に陥ることを危惧する声もある<ref>「県庁に『経営感覚』注入 職員数削減で岐路」埼玉新聞2011年6月28日、「『見える化』行政を推進 多角的な見方必要」同2011年6月29日(ともに連載「上田県政2期8年 成果と課題」)</ref>。実際、2011年度には[[時間外労働]]が年間1000時間(1ヶ月当たり約83時間)を超えた職員が20人おり、税務システムの変更を担当する部署にいたという事情があったとはいえ年間2017時間もの時間外労働を行った職員や、一部ではあるが慢性的に時間外労働が多い部署も見られた。そのため、2012年10月30日の定例会見で人事管理を徹底すると表明した<ref>[http://www.saitama-np.co.jp/news10/27/02.html 「県庁に住んでたの?」 県職員、残業最長2017時間]埼玉新聞2012年10月27日、[http://www.saitama-np.co.jp/news10/31/01.html 残業2000時間「ばかな」 上田知事、人事管理の不備叱責]埼玉新聞2012年10月31日</ref>。 === 反ジェンダー運動 === * [[ジェンダーフリー]]反対<ref>[http://www.pref.saitama.lg.jp/s-gikai/gaiyou/h1612/1612m061.html 「男女共同参画推進プラン2010」に明記するジェンダーフリーの是正について]</ref>。 * 県立伝統[[高等学校|高校]]の[[男女共学]]化反対<ref>[http://www.pref.saitama.lg.jp/page/gikai-gaiyou-h2212-j023.html 平成22年12月定例会 一般質問]</ref>。 * 選択的[[夫婦別姓]]制度導入に反対する「夫婦別姓に反対し家族の絆を守る国民委員会」の賛同者の一人<ref>{{Cite web | url = http://www.nipponkaigi.org/activity/archives/912 | title = [夫婦別姓問題] 夫婦別姓に反対する国民大会(概要・運動方針) | publisher = [[日本会議]] | date = 2010-03-20 | accessdate = 2014-02-20 }}</ref>。 === 教育論 === * [[いじめ]]問題に関して、いじめられる側に理解を示しつつも強気な持論を展開している{{要出典|date=2014年2月}}。 * [[2009年]](平成21年)7月1日、県議会本会議で、「[[日本の国旗]]や[[君が代|国歌]]が嫌いだというような教員は辞めるしかないのではないか。そんなに嫌だったら辞めたらいい」と発言し、物議を醸した<ref>{{cite news |title=「国歌嫌いは辞めるしかない」 教員不起立で埼玉県知事 |newspaper=共同通信 |date=2009-07-01 |url=http://www.47news.jp/CN/200907/CN2009070101001147.html |accessdate=2009-07-01}}</ref>。この発言を受けて、直後から県庁にメールが殺到していることが翌日分かった。このうち9割以上が「知事に同感」という意見で、電話で寄せられた意見もほぼ同様であった。上田は2日、報道陣に対し「国民や県民の常識は健全だと思う」と話した<ref>{{cite news |title=「国旗・国歌が嫌いな教員は辞めるしかない」知事発言にメール殺到 支持が9割 |newspaper=産経新聞 |date=2009-07-02 |url=http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/090702/stm0907021920014-n1.htm |accessdate=2009-07-02}}</ref>。 === 近隣諸国関連 === * [[2004年]](平成16年)10月、県議会答弁で、「[[新しい歴史教科書をつくる会]]」を支持し、同会の[[歴史教科書]]を評価。[[中華人民共和国|中国]]・[[大韓民国|韓国]]・[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]の抗議を[[内政干渉]]であると批判。同年12月20日、同会の副会長であった[[高橋史朗]][[明星大学]]教授を埼玉県[[教育委員]]に指名したが、教科書の中立性維持という観点からの批判があった<ref>{{cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/saitama/081218/stm0812181508005-n1.htm | title = 「不当なレッテル張り残念」 退任する高橋史朗教育委員長 | newspaper = 産経新聞 | date = 2008-12-18 | accessdate = 2010-05-28 }}</ref><ref>{{cite news | url = http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008120901000345.html | title = 高橋氏が埼玉県教委委員長退任へ 「つくる会」元副会長 | newspaper = [[共同通信社]] | publisher = [[47NEWS]] | date = 2008-12-09 | accessdate = 2010-05-28 }}</ref>。 * [[2006年]](平成18年)6月議会で、[[埼玉県平和資料館]]の展示に関する質問に対し、「古今東西、[[慰安婦]]はいても従軍慰安婦というのはいなかった」と答弁。これを批判する活動家との面会で知事は、当時の人々の不幸な境遇につき理解を示したものの、自説を通した。面談後、「慰安婦はいた。異常な戦争状態では[[強制連行]]もあったと思う」と強制連行はあったとの認識を示した(面談を要請した[[李容洙]]も参照)。 * [[2010年]](平成22年)[[3月18日]]、[[鳩山由紀夫内閣]]が進める高校無償化政策で、無償化の対象に[[朝鮮学校]]を含めるかどうかの議論が続く中、上田は朝鮮学校について「一般的に、拉致に関与した疑いのある[[在日本朝鮮人総聯合会|朝鮮総連]]の配下にある。日本の高校と同じ扱いをするのは無理がある」と述べた<ref>{{cite news |author = 岸本悠 |url = http://mainichi.jp/area/saitama/news/20100319ddlk11010226000c.html |title = 高校無償化:朝鮮学校無償化、上田知事「極めて問題だ」 /埼玉 |newspaper = 毎日新聞 |date = 2010-03-19 |accessdate = 2010-03-21}}{{リンク切れ|date=2011年6月}}</ref>。 === 公共事業関連 === * 民主党が[[八ツ場ダム]]の建設を中止する意向を示していることに対して、「無責任」と非難している。第1の理由は、埼玉の水源不足であり、第2は、7割方ダム以外の周辺工事が終了しているにも関わらず中止した場合は完成にかかる費用を上回る可能性があることを挙げている{{要出典|date=2014年3月}}。この点については、埼玉県議会では[[与党]]である民主党の埼玉県議の間でも賛否が分かれている{{要出典|date=2014年3月}}。 * 民主党が掲げた[[高速道路無料化]]に向けての施策ついても疑義を呈し、[[2010年]](平成22年)2月に公表された「高速道路無料化社会実験計画案」についても、首都圏の高速道路が少なく地域に偏りがあることや実験区間の距離が短すぎることなどを問題点として指摘、有用なデータが収集できないのではないかと疑問を投げかけている{{要出典|date=2014年3月}}。 * 県政においては、前知事が公共事業に熱心であったのに対して、行財政改革の一環として大型公共事業は減少している<ref>「ハコから人への転換 求められる汗と知恵」埼玉新聞 2011年6月30日(連載「上田県政2期8年 成果と課題」)</ref>。 === 北朝鮮問題 === * 北朝鮮系[[金融機関]]への[[公的資金]]注入に反対{{要出典|date=2014年3月}}。 * [[朝鮮総連]]施設への[[課税]]に前向き{{要出典|date=2014年3月}}。 * 北朝鮮に対する[[経済制裁]]に賛成{{要出典|date=2014年3月}}。 * [[北朝鮮による日本人拉致問題]]では[[北朝鮮による拉致被害者家族連絡会|家族会]]・[[北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会|救う会]]を支援。家族会・救う会とともに訪米。集会・街頭活動にも参加<ref>北朝鮮による拉致被害者家族連絡会・北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会/編『めぐみさんたちは生きている! 「北朝鮮拉致」家族会・救う会10年の闘い』(2007年、産経新聞出版)</ref>。 * [[安倍晋三]]・[[平沢勝栄]]・[[平沼赳夫]]・[[西村眞悟]]・[[松原仁]]らとともに[[拉致議連]]を結成。最初から加入していたメンバーの一人で同会の副会長をつとめていた<ref>[[横田早紀江]]『めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる』(1999年、草思社)巻末資料。</ref>。 * [[2008年]](平成20年)11月22日、[[さいたま市]][[浦和区]]で開かれた「第6回拉致問題を考える埼玉県民の集い」において、「拉致問題と戦う知事の有志の会」(拉致知事会)を発足させることを明らかにした。同会の結成は[[宮城県]][[仙台市]]長[[梅原克彦]]の提案によるものである。上田の他[[東京都]]知事[[石原慎太郎]]、[[千葉県]]知事[[堂本暁子]]、[[新潟県]]知事[[泉田裕彦]]、[[鳥取県]]知事[[平井伸治]]の5名が発起人となり、全国の[[知事]]に参加を呼びかけた。会長には石原が就任し、家族会・救う会・特定失踪者問題調査会・拉致議連と連携して活動している{{要出典|date=2014年3月}}。 === 外国人参政権 === * [[日本における外国人参政権|永住外国人への地方選挙権付与]]に反対。安倍晋三とは同法案反対をきっかけにパイプができたと月刊誌『[[VOICE]]』2003年12月号([[PHP研究所]]、上田清司「三年務めれば「安倍さんの出番」」(「特集 安倍晋三総理待望論」所収))の中で明らかにしている。 * [[2010年]](平成22年)[[1月19日]]、記者会見で、[[外国人参政権]]について、「一貫して反対の立場だ。慎重に対応すべきだ」「そもそも在日の3世、4世になっても[[日本国籍]]を取得しないことの方が違和感がある」と述べ、反対を表明した<ref>{{cite news | url = http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2010011900581 | title = 「日本国籍未取得に違和感」=埼玉県知事 | newspaper = 時事通信 | date = 2010-01-19 | accessdate = 2010-01-19 }}{{リンク切れ|date=2011年6月}}</ref>。 === 土屋県政 === * [[土屋義彦]]前知事の県政については、「問題もあったが、評価すべき業績は多い」と語り、[[政治資金]]をめぐる不祥事で引退に追い込まれた土屋に対する表立った批判はせず、対立の火種を作らぬ配慮を見せる。土屋知事時代に与党だった県議会各会派との融和に努め、自身も「[[首都圏 (日本)|首都圏]]連合」など前知事の県政構想や事業の一部を継承している{{要出典|date=2014年3月}}。 * 土屋前知事と対立していた元[[埼玉県議会]]議長[[佐久間実]](当時は自民党籍[[無所属]]。2007年5月、自民党[[会派]]に復帰)は、選挙中から上田支持に回りその当選を歓迎。[[野党]]会派となった自民党県議団を上田知事に引き合わせ、自民党県議団内の知事支持派と連携。自民党県議団の与党会派化を推進した{{要出典|date=2014年3月}}。 === 歴史認識 === * [[2011年]](平成23年)8月16日定例記者会見で、「間違っても『(初代首相の)[[伊藤博文]][[射殺]]』などと書いている[[教科書]]を選んではいけない」と発言した。その説明として「諸外国での歴史教育とは、自国の歴史や事実関係は正しいと教え、国民に自信と誇りを持たせるものだ」と強調。その上で「日本は逆で、誇りを失い、自信をなくさせる教科書ばかりだ。しかし、そうでない教科書も出てきた。今まで日本の歴史と誇りを傷つけてきた教科書もましになっている」と述べた。「過去にいた[[ノイジーマイノリティ]](声高に主張する少数の人々)を目の当たりにしている方々は、時としてそういうのを恐れるきらいがある。事務方サイドの提案をそのまま受け入れて、自分の判断をしない[[教育委員]]もゼロではない」と発言した<ref>[http://sankei.jp.msn.com/region/news/110816/stm11081619470005-n1.htm 「日本国の英雄を『射殺』と書いてどうする」 埼玉・上田知事が歴史公民教育で私見] [[産経新聞]]2011年8月16日</ref>。 * [[2012年]](平成24年)2月27日、[[河村たかし]]名古屋市長の[[南京事件 (1937年)|南京事件]]否定発言が[[中華人民共和国|中国]]側から非難されていることについて、県議会[[代表質問]]への答弁で「なぜ人口20万人のところに、30万、40万人が虐殺されるのか」「[[蒋介石]]も[[毛沢東]]も何の抗議声明も出していない」「[[1977年]]までは中国の教科書で南京事件に触れていないのに、なぜ80年代になって突然出てきたのか」と述べ、河村を擁護した<ref>{{Cite news | url = http://sankei.jp.msn.com/region/news/120303/stm12030316090000-n1.htm | title = 埼玉・上田清司知事 名古屋市長の発言擁護【週刊知事】 | newspaper = [[産経新聞]] | publisher = [[産業経済新聞社]] | date = 2012-03-03 | accessdate = 2013-05-02 }}</ref>。 == 不祥事 == * 2014年2月14日から16日にかけて関東や甲信越地方を中心に発生した大雪災害([[平成26年豪雪]])の際、[[秩父市]]の[[久喜邦康]]市長が県危機管理防災部に対して自衛隊の派遣要請を行い、同部部長も上田に対し現地の状況を伝えていたが、それにも関わらず上田は「除雪のための派遣要請はできない」と判断し要請を拒否し、出動が遅れる事態となった(県は17日に孤立集落の窮状を把握し、派遣要請を決めた)。のみならず、上田は要請を受けた15日に「[[埼玉サイクルエキスポ]]2014」、翌16日には「[[埼玉クイズ王決定戦]]」と、地元のクイズ大会に参加していたことも判明している<ref name="yomiuri20140218-1">{{Cite news | url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20140218-OYT1T01407.htm | title = 大雪でも自衛隊拒否の知事、クイズ大会など参加 | work = [[YOMIURI ONLINE]] | publisher = [[読売新聞]] | date = 2014-02-19 | accessdate = 2014-02-20 }}</ref>。上田は、派遣要請がなされていることは把握しており、秩父市からの要請に応じなかったことについて「当初は東名高速の渋滞のような緊急かつ切迫した状況ではなかった」「要請を断ったわけではなく総合的に判断した結果」と説明した<ref name="yomiuri20140218-1"/>。久喜秩父市長は、「秩父地域の危機的状況が県に届いていないと感じる。公務で忙しいのはわかるが、知事や県幹部の方にも現場を見てもらいたかった」と苦言を呈した<ref name="yomiuri20140218-1"/>。なお、大雪被害を受けた周辺都県のうち、長野県知事[[阿部守一]]や群馬県知事[[大澤正明]]は、予定されていた公務を中断して被害への対応にあたっている<ref name="yomiuri20140218-1"/>。 == 人物 == {{雑多な内容の箇条書き|section=1|date=2011年8月}} * 埼玉県では史上初の[[新住民]]知事。[[埼玉県]][[志木市]]在住で、初登庁時には[[国際興業バス西浦和営業所]]の志01(志木駅 - 浦和駅)を利用した{{要出典|date=2014年3月}}。 * 初出馬以来[[新自由クラブ]]、[[自由民主党_(日本)|自民党]]、[[新生党]]、[[新進党]]、[[フロムファイブ]]、[[民政党]]、[[民主党 (日本 1998-)|民主党]]等、政界再編に伴い数多くの政党に所属してきたが、信条的には一貫して[[保守]]である(ただし、学生時代は時代背景から当時の学生運動への理解もあった)。[[2003年]](平成15年)の知事選出馬以降は[[無所属]]であり、選挙時にも政党の本部レベルでの推薦は受けていない(政党の都道府県レベルや首長・国会議員などの支援及び連合埼玉の推薦は受けており、1期目の途中から[[オール与党]]と呼ばれる状態になっている<ref>「オール与党化の様相 是々非々貫けるか」(連載「上田県政2期8年 成果と課題」)埼玉新聞2011年7月1日、[http://rengo-saitama.jp/activity.php?id=141&y=2011&m=7 上田清司知事への推薦]連合埼玉ホームページ</ref>)。 * [[1993年]](平成5年)の離党以来、自民党からは距離を置いてきたが、[[2007年]](平成19年)の知事選では自民・[[公明党|公明]]2党からも支援を受け、自民党県議の[[佐久間実]]の仲介で[[所沢市]]長の斎藤博を選挙対策本部長に迎えた他、告示日当日の応援演説の第一声を自民党所属の吉田弘埼玉県議会議長が上げた。{{要出典範囲|またこの選挙に使用した街宣車は自民党からレンタルしたものであったが、車内には民主党の[[河村たかし]]や[[原口一博]]が応援の際に乗車していた。民主党も支援に回り、[[島田智哉子]][[参議院議員]](当時。[[第22回参議院議員通常選挙]]で落選)秘書、[[武正公一]][[衆議院議員]]の元秘書らが上田の選挙対策本部に加わっている|date=2014年3月}}。 * [[アール・エフ・ラジオ日本]]「[[ミッキー安川]]のずばり勝負」(現在は「[[マット安川の「勝負」シリーズ|マット安川のずばり勝負]]」)にたびたび出演{{要出典|date=2014年3月}}。 * [[日本共産党]]の機関紙[[しんぶん赤旗]]に、2006年5月20日に[[さいたま市]]で開催された[[世界基督教統一神霊協会]](統一教会)の関連組織・天宙平和連合の会合に祝電を送っていたことが判明し、「全国[[霊感商法]]対策[[弁護士]]連絡会」が質問状を送付していると報じられた<ref>しんぶん赤旗 2006年7月14日(金)</ref>。 * 2013年4月30日の定例会見では[[日本国憲法]]について「誰が読んでも一番おかしい条文は[[日本国憲法第9条|9条]]。陸海空の戦力を持たないと書いてあるが、[[自衛隊]]は世界有数の[[軍隊|戦力]]。拡大解釈を積み重ねるのではなく、改正すべき」「本当に過半数でいいのか、今まで通り3分の2以上でいいのか、あるいは特定の条文だけ3分の2でその他は過半数にするとか、議論をしっかり行うべきだ」と述べた<ref>[http://www.saitama-np.co.jp/news05/01/01.html 「憲法9条はうそ」知事、改憲に言及 96条は「国民的議論を」] 埼玉新聞2013年5月1日</ref>。 == 著書 == * 「法律は「お役人」のメシの種 国会議員が書いた日本的官僚システムのからくり」(オーエス出版 1998年) ISBN 4-87190-489-X * 「これが政治改革だ 日本の未来を信じる人のために」([[五十嵐文彦]]・[[石井健祐]]・[[進藤初洋]]・[[中村博彦]]・[[牧野聖修]]・[[山田智信]]との共著)(理想政治研究会発行・明日香出版社発売 1992年) == 脚注 == <references/> == 関連項目 == * [[地方主権の会]] * [[齋藤健]] == 外部リンク == * [http://www.ueda-kiyoshi.com/ 埼玉県知事 上田きよし](公式サイト) * [http://www.pref.saitama.lg.jp/room/index.html 知事の部屋](県庁内サイト) {{歴代知事_(日本)|{{Flagicon|埼玉県}}|埼玉県知事|54代-第56|土屋義彦|57代-第59|2003|現職|‐|‐}} {{埼玉県知事}} {{都道府県知事}} {{DEFAULTSORT:うえた きよし}} [[Category:埼玉県知事]] [[Category:民主党の衆議院議員]] [[Category:新進党の衆議院議員]] [[Category:新生党の国会議員]] [[Category:埼玉県選出の衆議院議員]] [[Category:新自由クラブの人物]] [[Category:自由民主党の人物]] [[Category:コンピュータゲームと公的規制]] [[Category:日本の反共主義者]] [[Category:早稲田大学出身の人物]] [[Category:法政大学出身の人物]] [[Category:福岡市出身の人物]] [[Category:1948年生]] [[Category:存命人物]]
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