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リャザン
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{{世界の市 |正式名称 =リャザン <!--必須--> |公用語名称 ={{Lang|ru|Рязань}} <!--必須--> |愛称 = |標語 = |画像 =Ryazan kremlin from the Oka.jpg |画像サイズ指定 = |画像の見出し =リャザンの[[クレムリ|クレムリン]] |市旗 =Flag of Ryazan (Ryazan oblast).png |市章 =Coat of Arms of Ryazan large.png |位置図 =RussiaRyazan2005.png |位置図サイズ指定 = |位置図の見出し =ロシア内のリャザン州の位置 |位置図2 = |位置図サイズ指定2 = |位置図の見出し2 = |緯度度 =54 |緯度分 =36 |緯度秒 = |N(北緯)及びS(南緯) =N |経度度 =39 |経度分 =42 |経度秒 = |E(東経)及びW(西経) =E |成立区分 = |成立日 = |成立区分1 = |成立日1 = |成立区分2 = |成立日2 = |旧名 = |創設者 = |下位区分名 ={{RUS}} <!--必須--> |下位区分種類1 =[[連邦管区]] |下位区分名1 =[[中央連邦管区]] |下位区分種類2 =[[ロシア連邦の地方区分|行政区画]] |下位区分名2 ={{Flagicon|Ryazan}} [[リャザン州]] |下位区分種類3 = |下位区分名3 = |下位区分種類4 = |下位区分名4 = |規模 =市 <!--必須--> |最高行政執行者称号 =市長 |最高行政執行者名 = |最高行政執行者所属党派 = |総面積(平方キロ) =223.7 |総面積(平方マイル) = |陸上面積(平方キロ) = |陸上面積(平方マイル) = |水面面積(平方キロ) = |水面面積(平方マイル) = |水面面積比率 = |市街地面積(平方キロ) = |市街地面積(平方マイル) = |都市圏面積(平方キロ) = |都市圏面積(平方マイル) = |標高(メートル) =130 |標高(フィート) = |人口の時点 =2007年 |人口に関する備考 = |総人口 =512,200 |人口密度(平方キロ当たり) = |人口密度(平方マイル当たり) = |市街地人口 = |市街地人口密度(平方キロ) = |市街地人口密度(平方マイル) = |都市圏人口 = |都市圏人口密度(平方キロ) = |都市圏人口密度(平方マイル) = |等時帯 =[[モスクワ時間]] |協定世界時との時差 =+4 |郵便番号の区分 =郵便番号 |郵便番号 =390000-390048 |市外局番 =+7 4912 |ナンバープレート =62 |ISOコード = |公式ウェブサイト =http://www.admrzn.ru/ |備考 = }} '''リャザン'''('''リャザニ''';{{lang-ru|'''Рязань'''}}<small>リャザーニ</small>)は、[[ロシア]]の都市である。[[リャザン州]]の州都。[[オカ川]]の右岸、オカ川に[[トルベジ川]]が注ぐ地点近くに位置し、オカ川の重要な河港である。[[鉄道]]で[[モスクワ]]、[[ウラジーミル (ウラジーミル州)|ウラジーミル]]などと結ばれている。[[M5幹線道路 (ロシア)|高速道路M5]]が走る。[[人口]]は521,700人(2002年)。モスクワから南東に196km。[[条件反射]]の研究で有名な[[イワン・パブロフ]]はリャザンの出身。 == 歴史 == [[ファイル:St. Alexander Nevsky Church Ryazan2.JPG|none|thumb|250px|アレクサンドル・ネフスキー聖堂]] もともと、[[リャザン公国]]の[[首都]]リャザンは、現在のリャザンから南東に50kmほどのオカ川下流に位置していた([[スパッスク=リャザンスキー]]近郊、現在の'''スターラヤ・リャザーニ''' {{lang|ru|Старая Рязань}}の村)。フィン・ウゴル系民族のいた地に進出してきたスラヴ人は8世紀頃から現在のリャザンの場所に木造で要塞を築いたとみられる。現在のリャザン・[[クレムリ|クレムリン]]のうち最古の部分は12世紀に遡る。 現在のリャザンが記録に初出したのは[[1095年]]のことで、当時は'''ペレスラヴリ'''({{lang|ru|Переяславль}}, Pereslavl)と呼ばれ、旧リャザン(スターラヤ・リャザーニ)を中心に[[1078年]]から存在したリャザン公国の一部だった。ペレスラヴリには1095年にはすでに聖ニコライ聖堂が存在しており一帯の精神的中心であったが、この聖堂は[[1611年]]の戦争で破壊されている。その他にも聖ボリスとグレブ聖堂など多くの聖堂が建ち、[[ムーロム]]とリャザンの主教、およびムーロム=リャザンの大公も屋敷を構えていた。 オカ川沿いに建つ旧リャザンおよびペレスラヴリは、北欧方面とヴォルガ川流域・中央アジアを結ぶ交易都市であり、その繁栄は12世紀のアラブの旅行者アブ・ハーミド・アル=ガルナーティー(Abu Hamid al-Gharnati)の旅行記にも記されている。北の森林地帯と南の[[ステップ (植生)|ステップ]]地帯の境界に位置する街であったが、[[ハザール]]、[[ペチェネグ]]、[[クマン人|ポロヴェツ]]などステップからの侵入者による襲撃が絶えなかった。またルーシ諸公国同士の争いも多く、[[1176年]]には[[コロムナ]]をめぐり[[キエフ大公]]と対立し、[[1180年]]にはペレスラヴリが[[フセヴォロド3世]]の軍により占領され焼き尽くされ、大公の部下たちや主教までが[[ウラジーミル (ウラジーミル州)|ウラジーミル]]へと連行された。 [[13世紀]]初頭にはリャザン公国にはつかの間の平穏が訪れ、旧リャザンは15,000人、ペレスラヴリは2,000人ほどの人口を抱えていた。しかし旧リャザンは[[1237年]][[12月21日]]、[[モンゴル帝国]]の[[バトゥ]]の[[モンゴルのルーシ侵攻|ルーシ侵攻]]によって略奪破壊されたロシア最初の街となり、これ以後再建は進まず結局立ち直らなかった。リャザン公国の町々もことごとく灰燼に帰したが、ペレスラヴリは当時経済的重要性も失われておりほぼ無傷で残った。13世紀末には主教もペレスラヴリに戻り、[[14世紀]]初頭にはリャザン公国の首都は55km離れたペレスラヴリに移され、'''ペレスラヴリ・リャザンスキー'''({{lang|ru|Переяславль-Рязанский}}, Pereslavl-Ryazansky)と呼ばれるようになった。これが現在のリャザンである。 大公オレグ・イヴァノヴィチ(オレグ・リャザンスキ、1340年-1402年)の治世にはペレスラヴリ・リャザンスキーの[[クレムリ|クレムリン]]は南ロシア最大を誇り、世俗的にも宗教的にも大きな力を持った。しかしやがてモスクワ大公国の力がリャザン公国を上回る。[[1380年]]にはロシア史上でも有数の大きな決戦である[[クリコヴォの戦い]]が起きた。リャザン大公オレグ・イヴァノヴィチの軍は[[ジョチ・ウルス]]の[[ママイ (キヤト部)|ママイ・ハーン]]や[[リトアニア大公国]]と連合し、[[ウラジーミル大公]][[ドミートリー・ドンスコイ]]率いる軍と戦った。この戦いでリャザン大公やジョチ・ウルスは敗れ、ロシアが「[[タタールのくびき]]」から脱する第一歩となったとともに[[モスクワ大公国]]の力が伸張するきっかけとなった。 [[1521年]]にリャザン公国は[[モスクワ大公国]]に併合される。[[1708年]]よりモスクワ県に編入。[[1778年]]、ペレスラヴリ・リャザンスキーは'''リャザン'''と改称され、[[1796年]]よりリャザン県の県都となった。[[19世紀]]後半、鋳鉄、[[ウォッカ]]醸造、製脂などの産業が発達した。 [[ファイル:Ryazan old and contemporary architecture 01.jpg|thumb|250px|現代のリャザンの街並み]] [[1904年]]、リャザンにロシア最初の社会民主主義グループが誕生。リャザンの労働者たちは[[1905年]]の[[ロシア第一革命]]に参加した。[[1917年]][[11月8日]]([[旧暦]][[10月26日]])から[[11月12日]]([[旧暦]][[10月30日]])にかけてソヴィエトがリャザンに樹立された。[[1937年]]より、[[リャザン州]]の行政の中心となっている。[[ソビエト連邦|ソヴィエト]]期に入って、[[第二次世界大戦]]までに食品加工、木材加工などが発達した。 第二次大戦ではドイツ軍に占領されず、戦後は[[自動車]]製造なども発展し、軽工業都市から重工業都市へと変貌した。現在では工作機械、金属加工、計器製造,石油化学などが盛ん。またパラシュート部隊下級士官の養成機関である[[リャザン空挺軍大学]]も有名。 ==リャザン出身の人物== *[[イワン・パブロフ]] *[[コンスタンチン・ツィオルコフスキー]]:科学者 *[[セルゲイ・エセーニン]]:詩人 *[[イリーナ・メレシナ]]:陸上競技選手 ==友好都市== *{{Flagicon|GER}} [[ミュンスター]]([[ドイツ]]) *{{Flagicon|BUL}} [[ロヴェチ]]([[ブルガリア]]) *{{Flagicon|CRO}} [[オミシュ]]([[クロアチア]]) *{{Flagicon|ITA}} [[アレッサンドリア]]([[イタリア]]) *{{Flagicon|PRC}} [[徐州市]]([[中華人民共和国]]) == 外部リンク == {{Commonscat|Ryazan}} *{{ru icon}} [http://www.rzz.ru/ Ryazan Portal] *{{ru icon}} [http://www.dancenow.ru/ Night Life of Ryazan] *{{en icon}} [http://www.photo-city.info/ryazan/ Photos of Ryazan] *{{ru icon}} [http://www.photo-city.ru/ryazan/ Photos of Ryazan] *{{ru icon}} [http://www.r-active.ru/ Extreme sports and tourism in Ryazan] *[http://www.photo-city.info/ryazan/Uspenskiy_cathedral/photos.html The Uspensky cathedral] (inside the Ryazan kremlin) *[http://www.photo-city.info/ryazan/Konstantinovo/photos.html Konstantinovo] (motherland of the Sergei Yesenin) and other photos. *[http://www.moscow-city.ru/download/source/Muscovy%20Russia.pdf/56-59.pdf Ryazan travel information] *[http://www.nomer.org/ryazan Ryazan telephone directory] *[http://www.gilevich.com/photo_galleries/Ryazan/359 Photos of historical part of Ryazan] {{Coord|54|36|N|39|42|E|display=title}} {{DEFAULTSORT:りやさん}} {{Russia-geo-stub}} [[Category:リャザン州の都市]] [[Category:ロシアの都市]]
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