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'''モータウン'''('''Motown''';'''Motown Records''')とは、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]・[[デトロイト (ミシガン州)|デトロイト]]発祥の[[レコードレーベル]]。[[自動車産業]]で知られるデトロイトの[[通称]]、「Motor town」の略。 [[1959年]]、[[ベリー・ゴーディ|ベリー・ゴーディ・ジュニア]]によって設立、[[ソウルミュージック]]や[[ブラックミュージック]]を中心に据えて大成功した。[[1972年]]には本店を[[ロサンゼルス]]に移転、1993年より[[ニューヨーク]]に本店を構えている。2011年より現在は[[ユニバーサル・ミュージック・グループ]]の一部門、[[アイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループ]]の傘下にある。 == 概要 == [[1950年代]]から[[ミュージシャン]]として活動していたベリー・ゴーディ・ジュニアが[[ジャズ]]の[[レコード]]店を開いたのが始まり。しかし店は不振により、閉店に追い込まれる。一時は負債の返済のため、デトロイトの[[ゼネラル・モーターズ|GM]]の[[ライン生産方式|組立ライン]]で働かざるを得なくなるが、それでも音楽に対する情熱を絶つことなく、自身で書いた曲を[[R&B]]シンガーに売り込んで回る。その甲斐あって、R&Bシンガーの[[ジャッキー・ウィルソン (ミュージシャン)|ジャッキー・ウィルソン]]らに認められ、自身の曲がとり上げられるようになる。意を決したゴーディは「[[黒人]]向けのR&Bではなく、[[白人]]層にも自分たちの音楽の良さを理解して欲しい」という思いから、銀行から600ドルを借金し、モータウンレコードを設立する。最初はMotownとTamlaの2つのレーベルのみだったが、[[1961年]]にゴーディ自らが発掘した、[[スモーキー・ロビンソン|スモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルズ]]の "ショップ・アラウンド ("Shop Around")"が全米チャートの上位に送り込まれたのを皮切りに、その後も[[ダイアナ・ロス]]が在籍していたことで知られる[[シュープリームス]]などにより、次第にヒット曲を重ね、大型レーベルへと成長してゆく。 [[File:Hitsville USA.jpg|thumb|250px|right|[[ヒッツヴィルUSA]]。ミシガン州デトロイトウェスト・グランド通り2648に位置し、[[1959年]]から[[1968年]]にかけてモータウンの本社であった。[[1985年]]にモータウン歴史博物館となった<ref>[http://www.motownmuseum.com Motown Museum]</ref>。]] また、ゴーディは後にモータウンの[[ヒッツヴィルUSA]]スタジオとなる物件を1959年に購入している。物件の後方は[[スタジオ (写真撮影)|写真スタジオ]]であったが、小さな[[録音スタジオ]]に改装し、2階を当時の住居用としていた。 ファミリー企業の[[インディーズ|インディペンデント・レーベル]]を、10年で大企業にしたという意味で、ゴーディは[[アメリカン・ドリーム]]の体現者である。しかも、黒人としてそれをやり遂げたことは当時として画期的だった。その企業活動の原点は、社長が"The Sound of Young America"のスローガンの元に綿密に描いた戦略に基づく、広い受け手を狙った音楽作りである。3人組[[作詞家|作詞]][[作曲家]]チーム、[[ホーランド=ドジャー=ホーランド]](H-D-H)など専属[[ソングライター]]たちによるポップかつ時代の空気を反映した楽曲、[[ベーシスト]]の[[ジェームス・ジェマーソン]]などジャズ的なセンスも備えた[[スタジオ・ミュージシャン]]のユニット、[[ファンク・ブラザース]] ([[:en:The Funk Brothers|The Funk Brothers]]) の演奏、[[ビート (音楽)|ビート]]を強調する[[タンブリン]]の音、実力とスター性を備えたシンガーたちの歌唱および[[ゴスペル]]起源である[[コールアンドレスポンス]]の掛け合い的ハーモニーからなる音楽は、[[モータウン・サウンド]] ([[:en:Motown Sound|Motown Sound]]) と呼ばれ、[[1960年代|1960]] - [[1970年代]]において、人種を問わず大いに支持された。厚みのある同サウンドは、フィル・スペクターの[[ウォール・オヴ・サウンド]] ([[:en:Wall of Sound|Wall of Sound]]) を発展させたものとも言われる。シンガーたちは、社長の方針に従い、洗練された衣装をまとい、上品に振る舞いながら、『[[エド・サリヴァン・ショー]]』など、多くのテレビ音楽番組に盛んに出演し、それまでのR&Bに顕著だった、[[酒]]や[[麻薬]]など負の要素を含む泥臭いイメージを一掃。レーベル全体として、同時代の[[ビートルズ]]に劣らない人気を得て、[[ポピュラー音楽]]の中心的流れを作った。 モータウンのヒット曲は、時代を経ても常にジャンルを問わず、ほかのアーティストにカバーされ続けているが、H-D-Hは、楽曲[[印税]]についての不満がもとで[[1968年]]はモータウンを離れ、同社に訴訟を起こしている。 [[1972年]]に、本店を[[ロサンゼルス]]に替え、この地における音作りに加え、同年から[[ダイアナ・ロス]]主演で[[ビリー・ホリデイ]]の生涯を描いた映画『レイディ・シングス・ザ・ブルース』をヒットさせるなど、[[ハリウッド]]における映画製作にも力を入れ、拠点を1970年代から次第に[[アメリカ西海岸|西海岸]]へ移す。 [[1983年]]には、モータウン25周年記念コンサートが行われ、[[NBC]]がその模様を録画放送。 [[1980年代]]半ばに経営不振に陥り、ゴーディは[[1988年]]にモータウンの所有権を大手の[[MCAレコード]]に8100万ドルで売却、インデペンデントとしてのレーベルを終える。 [[1990年]]に、ゴーディは[[ロックの殿堂]]入りを果たし、[[1994年]]には[[自伝]]『モータウン、わが愛と夢』(原題:To Be Loved)を出版する。 [[1992年]]に、[[ジャズ]]部門モー・ジャズ(Mo JAZZ)を発足し、主力第1弾に当時新鋭の[[ノーマン・ブラウン]]を輩出(現在レーベルは活動を休止している)。[[CTIレコード]]のサブ・レーベルのクドゥもアメリカではこのレーベルより配給していた。[[1998年]]の[[M&A|吸収合併]]の際にこの部門は閉鎖された。 [[1993年]]に、[[ポリグラム]]がMCAからモータウンを買収。買収資金は数百億円といわれ、日本法人である日本ポリグラムと[[ポリドール・レコード|ポリドール株式会社]]からも拠出された(買収資金の拠出は節税手段のためであると、[[ユニバーサルミュージック (日本)]]に対して約200億円の申告漏れを指摘される。)。[[ニューヨーク]]を本社とし、過去の名盤(1959年 - 1988年)、新作、編集盤の発売を続けている。 [[1998年]]に、[[ミュージック・コーポレーション・オブ・アメリカ|MCA]]の親会社である[[シーグラム]]がポリグラムを買収し、[[ユニバーサルミュージック]]発足。 [[1999年]]に、[[ユニバーサル・レコード]]、[[リパブリック・レコード]]と合併し[[ユニバーサル・モータウン・リパブリック・グループ]](UMRG)を創設し、傘下に入る。[[2005年]]に[[ユニバーサル・モータウン・レコード]]を、[[2006年]]に[[ユニバーサル・リパブリック・レコード]]を発足。モータウンレーベルなどはこの傘下に入る。 [[2011年]]に、UMRGはグループを解散し、モータウンは[[アイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループ]]へ編入。 == レーベル == *メジャー部門 **Motown Records **Tamla Records **Gordy Records *2次的R&B部門 **Check-Mate Records **Soul Records **V.I.P. Records **Mo-west Records *他ジャンル部門 **Mel-o-dy Records [[カントリー・ミュージック]] **Workshop Jazz Records [[ジャズ]] **Rare Earth Records [[ロック (音楽)|ロック]] **Weed Records **Black Forum Records [[スポークン・ワード]] **Natural Resources Records 白人、インスト **Prodigal Records セカンド・ロック **Hitsville Records カントリー・ミュージック **Morocco Records 白人、ロック **Motown Latino Records [[ラテン音楽]] *インデペンデント・レーベル配給 **Chisa Records **Ecology Records **[[CTIレコード|CTI Records]] **Gull Records ==主なアーティスト(過去・現在)== *[[アイズレー・ブラザーズ]] *[[アンディスピューテッド・トゥルース]] *[[ウィリー・ハッチ]] *[[エディ・ケンドリックス]] *[[エドウィン・スター]] *[[エリカ・バドゥ]] *[[エル・デバージ]](元[[デバージ]]) *[[オリジナルズ]] *[[グラディス・ナイト&ザ・ピップス]] *[[コモドアーズ]] *[[ジミー・ラフィン]] *[[シャニース]] *[[ジュニア・ウォーカー&オールスターズ]] *[[ショーティ・ロング]] *[[ジョニー・ギル]] *[[シリータ・ライト]] *スウィッチ *[[スティーヴィー・ワンダー]] *[[スモーキー・ロビンソン]]&ザ・ミラクルズ *[[スプリームス]] **[[ダイアナ・ロス]] *[[ダズ・バンド]] *[[タミー・テレル]] *[[スピナーズ]] *[[ティーナ・マリー]] *[[デビッド・ラフィン]] *[[テンプテーションズ]] *[[ジャクソン5]] **[[マイケル・ジャクソン]](後に[[エピック・レコード|EPIC]]へ移籍) *[[バレット・ストロング]] *[[フォー・トップス]] *[[ブライアン・マックナイト]] *[[プリンス (ミュージシャン)|プリンス]] (2006年-) *[[ブレンダ・ハロウェイ]] *[[ボーイズIIメン]] *[[ボビー・テイラー&バンクーバーズ]] *[[マーヴィン・ゲイ]] *[[マーヴェレッツ]] *[[マーサ&ザ・ヴァンデラス]] *[[マイア (歌手)|マイア]] *[[ザ・ミラクルズ]] *[[メアリー・ウェルズ]] *[[ライオネル・リッチー]] *[[リック・ジェームス]] *[[レア・アース(グループ)]] *[[レオン・ウェア]] *[[ロックウェル (モータウン)|ロックウェル]] ベリー・ゴーディ・ジュニアの息子だったR&Bシンガー。 *[[レミー・シャンド]] == トリビュート・アルバム == #ROCK MOTOWN(2005年2月23日)エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ ##[[帰ってほしいの|I WANT YOU BACK]] / [[FRONTIER BACKYARD]] ##OVERJOYED / [[locofrank]] ##ABC / [[LOW IQ 01]] ##DANCING IN THE STREET / [[DOPING PANDA]] ##[[サンシャイン (スティーヴィー・ワンダーの曲)|YOU ARE THE SUNSHINE OF MY LIFE]] / [[puli]] ##DON'T YOU WORRY 'BOUT A THING / [[SUEMITSU & THE SUEMITH]] ##IT'S A SHAME / [[toe]] loves the guitar plus me ##THIS OLD HEART OF MINE (IS WEAK FOR YOU) / [[creamstock]] ##YOU CAN'T HURRY LOVE / [[YOUR SONG IS GOOD]] ##IT'S A SHAME / [[riddim saunter]] ##WHEN THE LOVELIGHT STARTS SHINING THROUGH HIS EYES / [[Houseplan!]] ##ONE LOVE IN MY LIFETIME / [[CUBISMO GRAFICO FIVE]] ##GOLDEN LADY / FRONTIER BACKYARD == ミュージカル化と映画化 == [[1981年]]、シュープリームスをモデルに、モータウン草創期の物語を題材にしたミュージカル「[[ドリームガールズ]]」が[[ブロードウェイ]]で公開され、大ヒットとなった。同作は翌年、[[エミー賞]]6部門を受賞。さらに2006年には映画化され([[ドリームガールズ (映画)]])、[[アカデミー賞]]6部門を受賞した。 [[2002年]]には、それまで影の存在だったファンク・ブラザースに敬意を表する映画『[[永遠のモータウン]]』 (原題:Standing in the shadow of MOTOWN)が公開され、[[2004年]]、彼らに[[グラミー賞功労賞]]が授与される。しかし、ロサンゼルスの[[ベーシスト]]でスタジオ・ミュージシャンであるキャロル・ケイの主張によると、モータウンがヒット曲のバック・トラック(=カラオケ)にしたものの中には、ファンク・ブラザースではなく、彼女を含む“wrecking crew”(当時ロサンゼルスの音楽家労働組合に登録し活動していたミュージシャンたちの俗称)の演奏によるものも多数あるという。実際、モータウンが躍進を遂げた60年代半ばからロサンゼルスに録音の発注が行われていた。また、ロサンゼルスのミュージシャンがスタジオでモータウン風のデモ演奏を披露し、それを録音したレーベルが曲作りの参考にした。拠点を移す以前からシュープリームス、テンプテーションズ、フォー・トップス、ジャクソン5の多くのトラックはロサンゼルスで録音されており、一般に知られている以上に多様な人々がモータウンの音作りにかかわっている。 == 関連項目 == *[[アトランティック・レコード]] *[[スタックス・レコード]] *[[フィラデルフィア・インターナショナル]] *[[ハイ・レコード]] *[[ゴールド・ワックス・レコード]] *[[フェイム・レコード]] *[[マーキュリー・レコード]] *[[ポリドール・レコード]] *[[ポリグラム・レコード]] *[[チェス・レコード]] *[[ライノ・レコード]] *[[チャーリー・レコード]](イギリス) *[[ラウンダー・レコード]] *[[アリゲイター・レコード]] *[[アーフリー・レコード]] == 脚注 == {{Reflist}} ==外部リンク== *[http://www.motown.com/ Motown](英語版ウェブサイト) *[http://www.addmoremusic.net/Motown/mot_toc.html モータウン・ミステリー](キャロルケイ本人の主張を踏まえたモータウン小説) {{マイケル・ジャクソン}} {{Music-stub}} {{DEFAULTSORT:もたうん}} [[Category:モータウン| ]] [[category:アメリカ合衆国のレコード・レーベル]] <!--[[category:R&B・レーベル]] [[category:ソウル・レーベル]]--> [[category:ユニバーサルミュージック]] [[Category:アフリカ系アメリカ人の文化]]
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