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マハーポーシャ
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{{独自研究|date=2011年4月}} {{基礎情報 会社 |社名=株式会社マハーポーシャ |英文社名= |ロゴ= |種類=[[株式会社]] |市場情報= |略称= |国籍= |郵便番号= |本社所在地=[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[南青山]]7-5-12<br/>マハーポーシャビル1F |設立=[[1992年]][[1月14日]] |業種=電気機器 |統一金融機関コード= |SWIFTコード= |事業内容=[[パソコン]]および関連部品のの製作、販売 |代表者=代表取締役社長 [[麻原彰晃]] |資本金=3000万円 |発行済株式総数= |売上高= |営業利益= |純利益= |純資産= |総資産= |従業員数= |決算期= |主要株主= |主要子会社= |関係する人物= |外部リンク= |特記事項=オウム事件以後[[休眠会社]]。2002年12月3日旧商法第406条ノ3の規定によりみなし解散。 }} [[画像:Aum-MinamiAoyama-Signs.jpg|thumb|南青山ビルの看板 (1994年10月撮影)]] '''マハーポーシャ'''とは、かつて[[オウム真理教]]の関連会社が経営していた、[[PC/AT互換機]]の自社組立て[[パーソナルコンピュータ|パソコン]]、いわゆる「ホワイトボックスパソコン」を販売していた店舗およびその[[プライベートブランド|ショップブランド]]の名称である。 == 概要 == 「マハーポーシャ」の社名は社長である[[麻原彰晃]]が直々に命名したものである。 [[東京]][[秋葉原]]・[[大阪市|大阪]][[でんでんタウン]]・[[京都市|京都]]・[[名古屋市|名古屋]]・[[札幌市|札幌]]など日本国内に6店舗点在していた。また、[[台湾]]の[[台北市]]には「大繁栄」(マハーポーシャの訳語)という支局が、[[オーストラリア]]の[[西オーストラリア州]]には不動産会社「マハーポーシャ・オーストラリア」が設立されていた。オーストラリア支局では、同会社名義で[[1993年]]7月に牧場を約50万オーストラリア・ドル(約3000万円)で購入の上、大量の薬品類を持ち込み、化学物質を製造し、それらを使って羊に対する毒性の実験を行っていたとされている <ref name="keisatsu08">{{Cite web |url=http://www.npa.go.jp/hakusyo/h08/h080101.html |title=平成8年警察白書 第1章 第1節 |publisher=警察庁 |accessdate=2011-09-03}}</ref>。西オーストラリア州警察は同牧場で羊の死骸を発見、土壌からサリン残留物のメチルホスホン酸を検出<ref>日刊スポーツ1995年5月12日付</ref>。 経営主体の'''株式会社マハーポーシャ'''の事務所は、当時[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[南青山]]にあったオウム真理教の当時の本部事務所と同じビルに置かれていた。 登記簿の記載によれば、株式会社マハーポーシャは[[1992年]][[1月14日]]に設立。資本金3000万円。一連の事件後は役員変更の登記が全くなされていなかった。[[2002年]]10月の法務省による休眠会社の整理<ref>[http://www.moj.go.jp/MINJI/minji45.html 「株式会社の経営者の方へ--休眠会社整理のお知らせ」] 法務省ウェブサイト。</ref>のため、旧商法第406条ノ3の規定により同年[[12月3日]]付で解散したとみなされた。みなし解散から既に3年以上が経過しているので、もはや会社の継続は不可能となり、みなし解散から10年が経過した2012年12月3日、法人格が消滅した<ref>[[商業登記規則]]第81条の規定により、解散した株式会社は清算が終了していない旨の申し出がない限り、解散から10年が経過すれば登記所は登記簿の閉鎖ができる。</ref>。 == 経営手法 == 他のショップブランドのホワイトボックスパソコンと同様に、[[中華民国|台湾]]・[[中華人民共和国]]などから部品を輸入して組み立てる手法であったが、信者が修行の名目で無報酬で組み立てていたので人件費が極端に安かった(このスタイルは[[うまかろう安かろう亭|ラーメン店]]でも行われていた)。そのため、他店よりも割安であるにもかかわらず[[営業利益]]は大きく、これらがオウムの資金源の1つになったと言われる。組み立ての実作業は[[上九一色村]]や[[八潮市]]にあった[[サティアン]]で行われていた。 注文は[[現金]]前払で納期2〜3週間がルールであり、現金の持ち合わせのない客からは「クレジット申込書」を預かり、PC受取時に現金と引き換えに返却することで、代金の取り逸れのないシステムを確立していた。 完成品のほかにパーツ単位での販売も行っていた。 === サポート === 信者が同時に客からの[[クレーム]]などに対応していた。しかしサポート能力はあまり良くなかったとされ、[[オウム真理教]]関連店であることや、[[メーカー保証]]が期待できないことを恐れない[[パーソナルコンピュータ|パソコン]][[マニア]]たちによく利用されていた<ref name="otona"> {{Cite book ja-jp |author = [[クーロン黒沢]] |year = 1996 |title = オトナのハッカー読本―世界暗黒電脳列伝 |publisher = ジャパンミックス |isbn = 978-4883213030 }} </ref>。 [[1993年]]から[[1994年]]ごろにかけて、ユーザーサポートのために[[パソコン通信]]の[[電子掲示板|掲示板]]を開設していたことがある。しかし、掲示板の管理者が意図的に書き込みを削除・改竄したり、悪質なユーザーによって悪戯書きが横行するなど、荒廃が進んでいた。このときに掲示板に参加した人々によって、一般人によるオウム真理教関連店の観察を行う団体「マハーポーシャ同窓会」が結成されることとなった<ref name="otona" />。 === 宣伝活動 === [[秋葉原]]では「[[DOS/V]]ハット」と称するPCを模した帽子をかぶった信者による派手な[[ビラ]]配りが知られ、ビラは「マハーポーシャ新聞」などと称されていた。数人で組になり、「DOS/Vパソコンが」(リーダー)「激安だー」(全員)、あるいは「激安激安」(リーダー)「激安だー」(全員)という独特のリズムの掛け声とともにお辞儀をしながらビラを配る姿は、一時期秋葉原裏通りの名物となっていた。[[大阪]]でんでんタウンの[[恵美須町駅|恵美須町駅]]入口でも「ビラまき三銃士」と呼ばれる信者が盛んにビラ配りを行っていた。 最盛期には、新聞によく似た外見で10ページ以上あるPR冊子「THE COMPUTER!(ザ・コンピュータ!)」を通りで無料配布していた。広告のほか、パソコン関連のニュース、[[Windows]]操作のノウハウ、仕事上の裏話、漫画「DOS/V仮面」などの内容であり、記事だけを見る限りでは宗教的な色彩は全くなかった。しかし、広告ページには宗教的な独自ブランド名を付したショップブランド・パソコンの宣伝があるなど、他の一般的なパソコン広告誌とは異なる雰囲気を漂わせていた。 == 歴史 == 当初は南青山店のみの営業で、秋葉原の路上で獲得した客を南青山まで誘導していた。その後、前述のとおり海外を含む数か所に店舗を広げていった。 マハーポーシャは[[1995年]]暮れまでに全店閉店し、入れ替わりにTrisal(トライサル)、The Graceful(ザ・グレイスフル)、PC Bank(ピーシーバンク)の3店が秋葉原にて営業を開始するようになった。また[[1997年]]にはNet Bank(ネットバンク)が開店し、時を同じくして[[西新宿]]にてソルブレインズという店舗が営業を開始した。 各店舗に共通する状況として「[[ViewTop]]ブランド(BRITEK ELECTRONICS製)の[[ビデオカード]]」を前面に押し出して販売するという特色があった。トライサル、ザ・グレイスフル、ピーシーバンクの3店はいつも同じ場所でビラ配りや宣伝を行っていたが、3店のビラに掲載されている値段表を見比べると、同一商品について1円単位の端数まで一致していることが珍しくなかった。 これらの店は、開店当初からマハーポーシャの後継店であるとマハーポーシャを知る人間の間で疑われていたが<ref name="otona" />、店側はそのようなことは一切ないとして、[[報道機関|マスコミ]]や[[警察]]を批判した。だが、トライサル店長の逮捕や、警察からの[[強制捜査]]を経て、[[2000年]]1月までにすべての店が閉店した。閉店に際しては、店のシャッターに閉店までの簡単な経緯と[[捜査]]の不当を訴える張り紙が貼り出された。 2000年7月、オウム被害者への弁済を目的として、Y2PC(ワイワイピーシー)というパソコンショップが[[東京都]][[台東区]][[北上野]]に開店した。代表取締役に映画監督の[[山際永三]]と[[山中幸男]]が就任し、従業員はすべてオウム真理教の信者であった。2002年にインターネット販売専門となり、2005年1月31日までパソコンの販売を続けた。翌2月1日から同店のウェブサイトは[[成功報酬型広告|アフィリエイト]]サイトとなっている。 == エピソード == * 開店当初は店舗で[[香]]が焚かれており、僧侶風の店員により営業されていた。女性店員が[[すっぴん]]であることも特徴だった。 * 当時、マハーポーシャを取材していた[[クーロン黒沢]]によれば、次のような出来事があったとされている<ref name="otona" />。 ** ピーシーバンクの店頭で販売されていた[[ジャンク品 (パーソナルコンピュータ)|ジャンク品]]の[[マザーボード]]に、マハーポーシャのステッカーが貼られていたままだった。 ** ザ・グレイスフルの近所にあるゴミ捨て場に、マハーポーシャのエンブレムの付いた[[DOS/V]]タワーケースが大量に廃棄されていた。 ** 3店(トライサル、ザ・グレイスフル、ピーシーバンク)とも、同じ場所に並んでビラ配りを行っていた。また、ビラの紙質もそれぞれよく似ているものが使われていた。 *初期にショップを置いた場所のすぐ近くにはマヤ電気(秋葉原で初めて家電安売りを行った、家電ディスカウンターの草分け的存在)があった。だが、その店舗名ゆえにマハーポーシャの関連企業と間違われる事が多くなり、最後には廃業となった<ref>マヤ電気の創業者を描いたドキュメント小説『安売り一代―秋葉原闇の仕事師』(本所次郎/徳間文庫)でも、マヤ電気がマハーポーシャによってかなりの営業妨害的なダメージを被ったと書かれている。但しこちらでは、マハーポーシャの存在や活動が即マヤ電気の廃業に繋がったとまではされていない。</ref>。 * 一般には社名の意味などが分からず、当初マスコミ報道では「マハーポー社」と誤記されることも多かった。 == 店舗 == いずれも1995年までに閉店。 *南青山店(本社ビルにあった) *秋葉原店(現在は入居していたビルごと[[リバティー]]秋葉原4号店になっている) *大阪[[日本橋 (大阪市)|日本橋]]店 *京都店 *名古屋店 *札幌店 == グループ会社 == * 黎明 - [[世田谷区]]。コンピューター占いをおこなう屋台の店舗。[[新宿]]や[[渋谷]]で営業していた。 == 出典・脚注 == <references /> {{オウム真理教}} {{DEFAULTSORT:まはあほおしや}} [[Category:オウム真理教]] [[Category:かつて存在した日本の家電量販店]] [[Category:かつて存在した東京都の企業]] [[Category:秋葉原の歴史]]
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