プリオンのソースを表示

{{Infobox Disease|
 Name = プリオン病<br />（伝達性海綿状脳症）|
 ICD10 = A81 |
 ICD9 = {{ICD9|046}} |
}}
'''プリオン'''（{{Lang-en-short|prion}}; [[国際音声記号|IPA]]: {{ipa|ˈpriː.ɒn}} {{Audio|Pronunciation prion.ogg|発音}}<ref>{{OED|Prion}}</ref>）は、[[タンパク質]]から成る[[感染症|感染性因子]]である。現時点でこの性質を有する既知因子は、いずれもタンパク質の誤って折りたたまれた（ミスフォールドした）状態を伝達することにより増殖する。但しタンパク質そのものが自己複製することは無く、この過程は宿主生物内の[[ポリペプチド]]の存在に依存している<ref>{{cite journal |author=Aguzzi A |title=Unraveling prion strains with cell biology and organic chemistry |journal=[[米国科学アカデミー紀要|Proc. Natl. Acad. Sci., USA]] |volume=105 |issue=1 |pages=11–2 |year=2008 |month=January |pmid=18172195 |pmc=2224168 |doi=10.1073/pnas.0710824105 |url=}}</ref>。プリオンタンパク質のミスフォールド型は、ウシの[[牛海綿状脳症|ウシ海綿状脳症]]（BSE、狂牛病）や、ヒトの[[クロイツフェルト・ヤコブ病|クロイツフェルト＝ヤコブ病]]（CJD）といった種々の哺乳類に見られる多くの疾患に関与することが判っている。既知の全プリオン病は[[脳]]などの[[神経]]組織の構造に影響を及ぼし、現時点でこれらは全て治療法未発見の致死的疾患である<ref>{{cite journal |author=Prusiner SB |title=Prions |journal=Proc. Natl. Acad. Sci., USA |volume=95 |issue=23 |pages=13363–83 |year=1998 |doi=10.1073/pnas.95.23.13363 |pmid=9811807}}</ref>。一般的用法として'''プリオン'''とは[[コッホの原則|理論上の感染単位]]を意味する。科学的表記でPrP<sup>C</sup>は多くの組織に認められる内因型のプリオンタンパク質（PrP）を指し、他方、PrP<sup>SC</sup>は神経変性を惹起するアミロイド斑形成の原因となるミスフォールド型のPrPを指す。

プリオンは仮説によれば、異常にリフォールドしたタンパク質の構造が、正常型構造を有するタンパク質分子を自身と同じ異常型構造に変換する能力を持つことで伝播、感染するとされる。既知の全プリオンは[[アミロイド]]と呼ばれる構造体の形成を誘導する。アミロイドとは、タンパク質が重合することで密集した[[βシート]]から成る凝集体である。この変形構造は極めて安定で、感染組織に蓄積することにより組織損傷や細胞死を引き起こす<ref>{{cite journal |author=Dobson CM |title=The structural basis of protein folding and its links with human disease |journal=Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci. |volume=356 |issue=1406 |pages=133–145 |year=2001 |doi=10.1098/rstb.2000.0758
 |pmid=11260793}}</ref>。プリオンはこの安定性により化学的変性剤や物理的変性剤による変性処理に耐性を持ち、除去や封じ込めは難しい。

プリオンの様式を示すタンパク質は[[菌類]]でもいくつか発見されているが、[[哺乳類]]プリオンの理解を助けるモデルとなることから、その重要性が注目されている。しかし、菌類のプリオンは宿主内で疾患に繋がるとは考えられておらず、むしろタンパク質による一種の遺伝的形質を介して進化の過程で有利に働くのではないかと言われている<ref>{{cite journal |author=Lindquist S, Krobitsch S, Li L and Sondheimer N |title=Investigating protein conformation-based inheritance and disease in yeast |journal=Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci. |volume=356 |issue=1406 |pages=169–176 |year=2001 |doi=10.1098/rstb.2000.0762
 |pmid=11260797}}</ref>。

プリオン（'''prion'''）の語は、「タンパク質性の」を意味する'''''pr'''oteinaceous''と「感染性の」を意味する'''''i'''nfectious'' の頭文字に加えて、[[ビリオン]]（viri'''on'''）との類似から派生して造られた合成語である<ref name="prusiner1">{{cite journal | author=[[スタンリー・B・プルシナー|Prusiner, SB]]| title=Novel proteinaceous infectious particles cause scrapie| journal=[[サイエンス|Science]]| year=1982| volume=216| issue=4542| pages=136–144 |doi=10.1126/science.278.5336.245 |pmid= 6801762}}</ref>。

== 発見 ==
1960年代、放射線生物学者の{{仮リンク|ティクバー・アルパー|en|Tikvah Alper}}と数学者のジョン・スタンリー・グリフィスは、[[伝達性海綿状脳症]]はタンパク質のみから成る感染性因子によって引き起こされるという仮説を提唱した<ref>{{cite journal |author=Alper T, Cramp W, Haig D, Clarke M |title=Does the agent of scrapie replicate without nucleic acid? |journal=Nature |volume=214 |issue=5090 |pages=764–6 |year=1967 |doi=10.1038/214764a0 |pmid=4963878}}</ref><ref>{{cite journal |author=Griffith J |title=Self-replication and scrapie |journal=Nature |volume=215 |issue=5105 |pages=1043–4 |year=1967 |doi=10.1038/2151043a0 | pmid= 4964084}}</ref>。この仮説は[[スクレイピー]]や[[クロイツフェルト・ヤコブ病|クロイツフェルト＝ヤコブ病]]を引き起こす謎の感染性因子が、[[核酸]]を損傷するはずの紫外線放射に耐性を持つことの発見を説明するために提唱されたものだった。[[フランシス・クリック]]は、かの有名な『分子生物学の[[セントラルドグマ]] ''Central dogma of molecular biology''』の修正版の中で、スクレイピー伝播を説明するグリフィスのタンパク質単独仮説の潜在的重要性を認めている<ref>{{cite journal |author=Crick F |title=Central dogma of molecular biology |journal=Nature |volume=227 |issue=5258 |pages=561–3 |year=1970 |pmid=4913914| doi = 10.1038/227561a0}}</ref>。クリックは論文中で、タンパク質からタンパク質、[[リボ核酸|RNA]]、[[デオキシリボ核酸|DNA]]へ一次構造情報が伝わることは無いと主張したが、グリフィスの仮説がセントラルドグマの反例となる可能性を孕んでいることも言及した。この修正版セントラルドグマを定式化した理由の一部に、当時[[ハワード・テミン]]と[[デヴィッド・ボルティモア]]によって発見されたばかりの[[逆転写酵素|逆転写]]に対応することがあったが、テミンとボルティモアは1975年にこの業績でノーベル賞を受賞しており、タンパク質単独仮説も未来のノーベル賞の「大本命」と考えられるようになった可能性がある。

1982年、[[カリフォルニア大学サンフランシスコ校]]の[[スタンリー・B・プルシナー]]は、彼のグループが仮説上の存在だった感染性因子の精製に成功し、同因子の主成分が特定のタンパク質一種類であることが判明したと公表した（但し、このタンパク質の単離に満足の行く成功を収めたのは、この公表の2年後である）<ref>{{Citation |last=Taubes| first= Gary | authorlink=Gary Taubes |title=The game of name is fame. But is it science? |journal=Discover |volume=7 |issue=12 |pages= 28–41 |date=December 1986}}</ref>。

プルシナーは、この感染性因子を「プリオン」（''prion''）と命名した。この感染性因子はプリオンと名付けられたが、プリオンを構成する特定のタンパク質自体はプリオンタンパク質（'''Pr'''ion '''P'''rotein, PrP）の名で呼ばれ、感染型と非感染型の両構造を取りうる物質として扱われる。1997年、プルシナーはプリオン研究の業績により[[ノーベル生理学医学賞]]を受賞した<ref name="nobel">{{Cite web|url=http://nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1997/|title=The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1997|accessdate=2007-05-11|publisher=NobelPrize.org}}</ref>。

==構造==
=== アイソフォーム ===
プリオンを構成するタンパク質（PrP）は全身に見られるタンパク質で、健常なヒトや動物にも認められる。但し感染部位で見つかるPrPは異なる構造を取り、[[プロテアーゼ]]（タンパク質を分解する酵素の総称）に耐性を示す。PrPの正常型は'''PrP<sup>C</sup>'''、PrPの感染型は'''PrP<sup>Sc</sup>'''と表記される（ここで、''C''は「細胞性の」を意味する ''cellular'' または「一般的な」を意味する ''common''、''Sc''は[[スクレイピー]]（''Scrapie''）を意味する）<ref name="sci5621">{{cite journal
 | last=Priola | first=Suzette A.
 | coauthors=Chesebro, Bruce; Caughey, Byron
 | title=A View from the Top--Prion Diseases from 10,000 Feet
 | journal=Science | year=2003 | volume=300
 | issue=5621 | pages=917–919
 | url=http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/300/5621/917
 | accessdate=2007-01-16
 | doi=10.1126/science.1085920
 | pmid=12738843
}}</ref>。'''PrP<sup>C</sup>'''は明確な構造を取るが、'''PrP<sup>Sc</sup>'''は多分散系として比較的不明確な構造を取っている。PrPは''in vitro''では程度の差はあれど明確なアイソフォーム（同一タンパク質が取りうる異なる構造）に折りたたまれやすくなり、これが''in vivo''で病原性となるアイソフォームとどのような関係を持つのかは未だ明らかにされていない。

==== PrP<sup>C</sup> ====
PrP<sup>C</sup>は、[[細胞膜]]上に存在する正常なタンパク質である。ヒトの場合は209アミノ酸から構成される分子量35-36kDaのタンパク質で、1つの[[ジスルフィド結合]]を持ち、[[αヘリックス]]構造を多く含んでいる。幾つかの異なる膜[[位相幾何学|トポロジー]]型が存在し、[[糖脂質]]にアンカーされた1種類の膜表面型と、2種類の膜貫通型がある<ref>{{cite journal | author=Hegde RS, Mastrianni JA, Scott MR, Defea KA, Tremblay P, Torchia M, DeArmond SJ, Prusiner SB, Lingappa VR| title=A transmembrane form of the prion protein in neurodegenerative disease| journal=Science| year=1998| volume=276| pages=827–834 |pmid=9452375 |doi=10.1126/science.279.5352.827}}</ref>。機能は未だ完全には解明されていない。 PrP<sup>C</sup>は[[銅]]（II）[[イオン]]と高親和的に結合する<ref>{{cite journal | author=Brown DR| title=The cellular prion protein binds copper in vivo.| journal=Nature| year=1997| volume=390| pages=684–687 |pmid=9414160 |doi:10.1038/37783}}</ref>。この意義は不明であるが、恐らくPrPの構造か機能に関係しているのではないかと推測されている。PrP<sup>C</sup>は[[プロテイナーゼK]]により即座に断片化される他、''in vitro''ではホスホイノシチドホスホリパーゼC（PI-PLC）が[[グリコシルホスファチジルイノシトール]]（GPI）糖脂質アンカーの開裂を触媒し、PrPを細胞表面から遊離させる<ref name="weissmann">{{cite journal | author=Weissmann, C| title=The State of the Prion| journal=Nature Reviews Microbiology| year=2004| volume=2| pages=861–871 |pmid=15494743 |doi=10.1038/nrmicro1025}}</ref>。PrPが神経細胞の細胞間接着に機能することや、脳内の細胞間シグナル伝達に関与することが示唆されている<ref>{{cite journal | author=Malaga-Trillo, E| title=Regulation of Embryonic Cell Adhesion by the Prion Protein | journal=PLoS Biology| year=2009| volume=7| pages=0576-0590}}</ref>。

==== PrP<sup>Sc</sup> ====
PrPの感染性アイソフォームであるPrP<sup>Sc</sup>は、正常型のPrP<sup>C</sup>の[[タンパク質構造|コンホメーション]]（形状）を変化させて、感染性のアイソフォームに変換する能力を持つ。変換された感染性アイソフォームは、今度は別のPrP<sup>C</sup>のコンホーメションを変化させ、これが繰り返されていく。PrP<sup>Sc</sup>の精確な三次元構造は明らかになっていないが、PrP<sup>C</sup>に多く含まれていたαヘリックス構造の代わりに、PrP<sup>Sc</sup>ではβシート構造が高い割合を占めている<ref>{{cite journal|author=Pan KM, Baldwin M, Nguyen J, Gasset M, Serban A, Groth D, Mehlhorn I, Huang Z, Fletterick RJ, Cohen FE, Prusiner, SB|title=Conversion of alpha-helices into beta-sheets features in the formation of scrapie prion protein|journal=Proc. Natl. Acad. Sci., USA|date=Jan 1, 1993|volume=90|issue=23|pages=10962–10966|url=http://www.pnas.org/content/90/23/10962.abstract|pmid= 7902575}}。</ref>この異常なアイソフォーム同士が凝集すると、高度に構造化された[[アミロイド]]線維が形成する。このアミロイド線維が沈着するとアミロイド斑になる。個々の線維の末端は、自由なタンパク質分子が結合できるテンプレートとして働き、これによって線維が伸長することが可能になる。感染性のPrP<sup>Sc</sup>と同一のアミノ酸配列を持つPrP分子のみが、伸長する線維に取り込まれる。

==機能==
PrPの機能については依然として物議を醸しているが、[[銅]]依存的に[[抗酸化物質|抗酸化剤]]として働くことが報告されている<ref>{{cite journal |author=Brown DR |title=Normal prion protein has an activity like that of superoxide dismutase. |journal=Biochem J |year=1999 |volume=344 |pages=1-15|pmid=10548526}}</ref>。

===長期記憶===
PrPの正常機能の一つとして、長期記憶の維持がある可能性が示唆されている<ref>{{cite journal |author=Shorter J, Lindquist S |title=Prions as adaptive conduits of memory and inheritance |journal=Nat Rev Genet |volume=6 |issue=6 |pages=435–50 |year=2005 |pmid= 15931169 |doi=10.1038/nrg1616}}</ref>。マグリオらは、PrP<sup>C</sup>をコードする遺伝子を欠損したマウスが、海馬の[[長期増強]]に変化を与えることを示した<ref>{{cite journal |author=Maglio L, Perez M, Martins V, Brentani R, Ramirez O |title=Hippocampal synaptic plasticity in mice devoid of cellular prion protein |journal=Brain Res Mol Brain Res |volume=131 |issue=1-2 |pages=58–64 |year=2004 |pmid= 15530652 |doi=10.1016/j.molbrainres.2004.08.004}}</ref>。

===幹細胞の自己複製===
2006年にホワイトヘッド研究所は、[[幹細胞]]におけるPrPの発現は骨髄の[[自己複製]]に必要であることを示した論文を発表した。この研究は、全ての長期的な[[造血幹細胞]]が細胞膜上にPrPを発現すること、またPrPを欠損した幹細胞を持つ造血組織は細胞枯渇に高い感受性を示すことを明らかにした<ref>{{cite journal |author=Zhang CC, Steele AD, Lindquist S, Lodish HF |title=Prion protein is expressed on long-term repopulating hematopoietic stem cells and is important for their self-renewal |journal=Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. |volume=103 |issue=7 |pages=2184–9 |year=2006 |month=February |pmid=16467153 |pmc=1413720 |doi=10.1073/pnas.0510577103 |url=}}</ref>。

== プリオン病 ==
[[Image:Histology bse.jpg|thumb|顕微鏡で確認できるほどの微細な「穴」は、プリオンが感染した組織切片に見られる特徴である。これが「スポンジ状」の構造を作り出す。]]
{{Main|伝達性海綿状脳症}}
プリオンは、中枢神経系で細胞外凝集することで正常組織を破壊するアミロイド斑を形成し、神経変性疾患を引き起こす。この組織破壊はスポンジ状の「穴」が現れるのが特徴であるが、これは神経細胞中で起こる空胞形成によるものである<ref name="robspath">{{cite book | title=Robbins Pathologic Basis of Disease| last=Cotran| coauthors=Kumar, Collins| publisher=W.B Saunders Company| location=Philadelphia| isbn=0-7216-7335-X | year=1998}}</ref>。その他では、星膠症や炎症反応欠如といった組織学的変化が現れる<ref name="belay">{{cite journal | author=Belay E.| title=Transmissible Spongiform Encephalopathies in Humans| journal=Annu. Rev. Microbiol.| year=1999| volume=53| pages=283–314 |pmid=10547693 |doi=10.1146/annurev.micro.53.1.283}}</ref>。プリオン病の潜伏期間は一般的に非常に長く、一度症状が現れると疾患は急速に進行し、脳傷害や死へ繋がる<ref name="cdc">{{Cite web|url=http://www.cdc.gov/ncidod/dvrd/prions/|title=Prion Diseases|accessdate = 2007-05-13|publisher=US Centers for Disease Control}}</ref>。神経変性に関連する症候としては、[[不随意運動]]、[[認知症]]、[[運動失調]]、行動変化、人格変化などが現れる。

現在までに知られている全てのプリオン病（''伝達性海綿状脳症''と総称）は、治療法が発見されておらず致死性である<ref name="gilch">{{cite journal | author=Gilch, Sabine, ''et al.''| title=Intracellular re-routing of prion protein prevents propagation of PrPSc and delays onset of prion disease| journal=The EMBO Journal| year=2001 |volume=20 | issue=15| pages=3957–3966 |pmid=11483499 |doi=10.1093/emboj/20.15.3957}}</ref>。しかしマウスではプリオン感染に対するワクチンが開発されており、ヒトのワクチン創製の手掛かりになることが期待されている<ref>{{cite web | author = New York University Medical Center and School of Medicine | title = Active Vaccine Prevents Mice From Developing Prion Disease| work = Science Daily | url = http://www.sciencedaily.com/releases/2005/05/050514111648.htm |date=2005-05-14 | accessdate = 2007-05-08 }}</ref>。さらに2006年には、一部の科学者により、プリオン産生に必要な遺伝子を欠損した遺伝子組み換えウシ（理論上、[[牛海綿状脳症|ウシ海綿状脳症]]に感染不能なウシ）が開発された<ref>{{cite news |first= Rick|last=Weiss |title=Scientists Announce Mad Cow Breakthrough. |url=http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/12/31/AR2006123100672.html|publisher=The [[Washington Post]]|date=2007-01-01|quote=Scientists said yesterday that they have used genetic engineering techniques to produce the first cattle that may be biologically incapable of getting mad cow disease. |accessdate=2007-01-01}}</ref>。これは、プリオンタンパク質をコードする遺伝子を欠損したマウスが、スクレイピーのプリオンタンパク質の感染に耐性を持つという過去の研究結果に基づくものであった<ref>{{cite journal |author=Büeler H, Aguzzi A, Sailer A, Greiner R, Autenried P, Aguet M, Weissmann C |title=Mice devoid of PrP are resistant to scrapie |journal=Cell |volume=73 |issue=7 |pages=1339–47 |year=1993 |pmid= 8100741 |doi=10.1016/0092-8674(93)90360-3}}</ref>。

多種の哺乳類がプリオン病に罹るが、これはプリオンタンパク質（PrP）が全哺乳類の間で高い相同性を持つためである<ref>{{cite journal |author=Collinge J |title=Prion diseases of humans and animals: their causes and molecular basis |journal=Annu Rev Neurosci |volume=24 |issue= |pages=519–50 |year=2001 |pmid = 11283320 |doi=10.1146/annurev.neuro.24.1.519}}</ref>。しかし、種間に見られるPrPにはわずかな違いがあるため、種の壁を越えてプリオン病が伝達することが起こりにくくなっている。種の壁を越える例としては、ヒトのプリオン病である変異型クロイツフェルト＝ヤコブ病は、通常ならばウシに感染し[[牛海綿状脳症|ウシ海綿状脳症]]を引き起こすプリオンによって発病すると考えられており、その感染経路はプリオンに感染した牛肉である<ref name="ironside">{{cite journal | author=Ironside, JW| title=Variant Creutzfeldt-Jakob disease: risk of transmission by blood transfusion and blood therapies| journal=Haemophilia| year=2006| volume=12| issue=s1| pages=8–15 |pmid=16445812 |doi=10.1111/j.1365-2516.2006.01195.x}}</ref>。

プリオンが原因となる疾病には、下記のものがある。
*'''非ヒト動物'''
**[[スクレイピー]] - ヒツジ、ヤギ<ref name="ictvdb-prions">[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ICTVdb/Ictv/fs_prion.htm "90. Prions - ICTVdB Index of Viruses."] (Website.) U.S. National Institutes of Health website.{{Accessdate|2007-09-27}}</ref>
**[[牛海綿状脳症|ウシ海綿状脳症]]（BSE、「狂牛病」） - ウシ<ref name="ictvdb-prions" />
**[[伝達性ミンク脳症]]（TME） - ミンク<ref name="ictvdb-prions" />
**[[慢性消耗病]]（CWD） - オジロジカ、エルク、ミュールジカ、ムース<ref name="ictvdb-prions" />
**[[猫海綿状脳症|ネコ海綿状脳症]]（FSE） - ネコ<ref name="ictvdb-prions" />
**Exotic ungulate 脳症（EUE） - [[ニアラ]]、[[オリックス属|オリックス]]、[[クーズー]]<ref name="ictvdb-prions" />
**[[ダチョウ]]の海綿状脳症<ref name="hussein2004">Hussein, Mansour F. and Saud I. Al-Mufarrej. (2004.) [http://www.kfu.edu.sa/sjournal/eng/pdffiles/b526.pdf "Prion Diseases: A Review; II. Prion Diseases in Man and Animals."] ''Scientific Journal of King Faisal University (Basic and Applied Sciences)'', vol. 5, no. 2 1425, p. 139. {{Accessdate|2007-09-27}}</ref>（ただし伝達性は未確認）

*'''ヒト'''
**[[クロイツフェルト・ヤコブ病|クロイツフェルト＝ヤコブ病]]（CJD）<ref name="ictvdb-prions" /> 
***医原性クロイツフェルト＝ヤコブ病（iCJD）
***変異型クロイツフェルト＝ヤコブ病（vCJD）
***家族性クロイツフェルト＝ヤコブ病（fCJD）
***散発性クロイツフェルト＝ヤコブ病（sCJD）
**[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群|ゲルストマン＝ストロイスラー＝シャインカー症候群]]（GSS）<ref name="ictvdb-prions" />
**[[致死性家族性不眠症]]（FFI）<ref>(1999-05-28.) [http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/355297.stm "BSE proteins may cause fatal insomnia."] (News website.) ''BBC News''. {{Accessdate|2007-09-27}}</ref>
**[[クールー]]<ref name="ictvdb-prions" />

===伝播===
[[Image:Prion propagation.svg|thumb|300px|プリオン伝播機構モデル]]
現在、プリオンの正体や一般的性質はよく理解されているが、プリオンの感染・伝播のメカニズムは未だに謎に包まれたままである。よく言われる仮説は、異常型のプリオンタンパク質が正常型のプリオンタンパク質と直接相互作用して、正常型の構造を異常型に変換するというものである。また「タンパク質エックス ''Protein X''」仮説というものあり、未知の細胞性タンパク質（タンパク質エックス）が運搬体として、PrP<sup>C</sup>とPrP<sup>Sc</sup>を近接させ複合体形成の手助けをしているのではないか、という仮説である<ref>{{cite journal |author=Telling G, Scott M, Mastrianni J, Gabizon R, Torchia M, Cohen F, DeArmond S, Prusiner S |title=Prion propagation in mice expressing human and chimeric PrP transgenes implicates the interaction of cellular PrP with another protein |journal=Cell |volume=83 |issue=1 | pages = e93 |year=1995 |pmid= 7553876 | doi = 10.1016/0092-8674(95)90236-8}}</ref>。

現在の研究によれば、哺乳類におけるプリオン感染の主要経路では経口摂取である。堆積したプリオンは、動物の死骸から尿や唾液などの体液を介して土壌に流出し、粘土やその他の無機物と結合するのではないかと考えられている<ref>{{cite journal |author=Johnson C, Pedersen, Chappell R, McKenzie D, Aiken J |title=Oral Transmissibility of Prion Disease is Enhanced by Binding to Soil Particles |journal=PLoS Pathogens |volume=3 |issue=7 |year=2007 |pmid=17616973 |doi=10.1371/journal.ppat.0030093 |pages=e93}}</ref>。

プリオンが血液感染するかどうかは、2014年7月現在、判明していない。日本では、狂牛病汚染地域からの帰国者の献血を、事前問診で、厳しく確認しており、すべての献血者が正直に行動しているならば、献血経由の血液感染の心配はない。

=== 不活性化 ===
核酸を有する感染性因子は、継続的な複製を行うためにその核酸が必要である。一方、プリオンの場合は、正常型のタンパク質に対して起こる作用によって感染性を持ちえている。従って、プリオンの不活性化には、その正常型タンパク質を変性させて異常型への変換を不可能にすればよい。問題はプリオンは一般的にプロテアーゼ、熱、放射線、ホルマリンなどの処理に耐性を有していること<ref>{{cite journal |author=Qin K, O'Donnell M, Zhao R |title=Doppel: more rival than double to prion |journal=Neuroscience |volume=141 |issue=1 |pages=1–8 |year=2006 |doi=10.1016/j.neuroscience.2006.04.057 |link=http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0306-4522(06)00510-0 | pmid = 16781817}}</ref>であるが、それでもこれらの処理によって感染能を下げることは可能である。プリオンを効果的に除去するためには、タンパク質を加水分解したり、還元したり、三次構造を破壊したりすることに頼らなければならない。例としては、漂白剤、苛性ソーダ、LpH<ref>{{cite journal |author=Race RE, Raymond GJ |title=Inactivation of transmissible spongiform encephalopathy (prion) agents by environ LpH |journal=J. Virol. |volume=78 |issue=4 |pages=2164–5 |year=2004 |month=February |pmid=14747583 |pmc=369477 |doi=10.1128/JVI.78.4.2164-2165.2004 |url=}}</ref>のような強酸性界面活性剤が有効である。

プリオンは摂氏134度（華氏274度）において加圧型蒸気[[オートクレーブ]]で18分間処理することにより、変性・不活性化する<ref>{{cite journal |author=Collins SJ, Lawson VA, Masters CL |title=Transmissible spongiform encephalopathies |journal=[[ランセット|Lancet]] |volume=363 |issue=9402 |pages=51–61 |year=2004 |pmid=14723996 |doi=10.1016/S0140-6736(03)15171-9}}</ref>。プリオンの変性・不活性化のためにオゾン滅菌を用いる手法も現在研究されている<ref>{{cite web|url=http://www.hpa.org.uk/webw/HPAweb&HPAwebStandard/HPAweb_C/1195733738371?p=1158945066102||title=Agency to test method for the deactivation of prions|work=2005 Press Releases|author=英国健康保護局|language=英語|date=2005-04-14|accessdate=2009-11-14}}</ref>。完全変性したプリオンを、感染型に復元することには未だ成功していない。しかし、部分的変性したプリオンは特定の人工条件において感染型に復元することは既に可能になっている<ref>{{cite journal |author=Weissmann C, Enari M, Klöhn PC, Rossi D, Flechsig E |title=Transmission of prions |journal=Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. |volume=99 Suppl 4 |issue= |pages=16378–83 |year=2002 |doi=10.1073/pnas.172403799 |pmid=12181490}}</ref>。

[[世界保健機関]] (WHO) は、プリオンの混入を防ぐために全ての耐熱手術器具に対して、以下の3つの方法のうちのどれかで滅菌することを推奨している。

#1Nの[[水酸化ナトリウム]]に浸し、gravity-displacement autoclaveにより121℃で30分加熱処理した後、汚染除去し、水で洗浄した後、通常の消毒処理を行う。
#1Nの水酸化ナトリウムまたは次亜塩素酸ナトリウムに1時間浸し、器具を水中に移し、gravity-displacement autoclaveにより121℃で1時間加熱処理し、汚染除去した後、通常の消毒処理を行う。
#1Nの水酸化ナトリウムまたは次亜塩素酸ナトリウムに1時間浸し、水で洗浄し、open panに移し、gravity-displacement autocraveにより121℃で時間加熱処理もしくはporous-load autocraveにより134℃で1時間加熱処理を行い、汚染除去し、通常の消毒処理を行う<ref>{{cite journal| author=Sutton JM, Dickinson J, Walker JT and Raven NDH |title=Methods to Minimize the Risks of Creutzfeldt-Jakob Disease by Surgical Procedures: Where to Set the Standard? |journal=Clinical Infectious Diseases |volume=43 |year=2006 |pages=757–64 |pmid=16912952 |doi=10.1086/507030}}</ref>。

=== 論争 ===
プリオンとは、疾患の原因となる病原体であろうか？それとも他の因子によって引き起こされた単なる症候に過ぎないのであろうか。この問題は依然一部の研究者を中心に議論の的となっている。以下に、現在提唱されている仮説を紹介する。

====タンパク質単独仮説====
プリオンが発見される以前、全ての病原体は核酸によって自己複製を行うと考えられていた。「タンパク質単独仮説 ''protein-only hypothesis''」によれば、タンパク質構造が核酸の助けによらずに自己複製する能力を備えているとされる。この仮説は発表当初、複製情報の中心的運搬体が核酸にあると記述するいわゆる「分子生物学のセントラルドグマ」と矛盾するとして、議論を醸した。

タンパク質単独仮説を支持する証拠に以下のものがある<ref name="priondisease"/>。
*プリオン病と決定的な関係を持つ[[ウイルス]]粒子、[[細菌]]、菌類が見つかっていない。
*プリオンの感染性と決定的な関係を持つ核酸が見つかっていない。また、感染性因子は[[ヌクレアーゼ]]耐性を有する。
*感染に対して[[免疫系#特異的・適応的な獲得免疫|免疫反応]]が認められない。
*PrP<sup>Sc</sup>をある種の細胞から別の種の細胞に実験的に感染させると、レシピエント細胞の種のアミノ酸配列を有したPrP<sup>Sc</sup>が出現する。これはドナー由来の感染性因子がそのまま複製した訳ではないことを示唆する。
*PrP<sup>Sc</sup>とPrP<sup>C</sup>の間に、アミノ酸配列の違いはない。従って、「PrP<sup>Sc</sup>特異的」な核酸とはredundantな概念である。
*家族性のプリオン病は、PrPの遺伝子に変異を有する家系に認められる。また、PrPに変異を導入したマウスは、感染が起こらないように管理された環境においても、プリオン病を発病する。
*PrP<sup>C</sup>を欠損した動物はプリオンに罹患しない。

====多因子仮説====
2007年、[[ダートマス・カレッジ]]の生化学者スラチャイ・スパッタポーンらは特定の因子（PrP<sup>C</sup>、共精製された脂質、合成ポリアニオン系分子）から構成されるプリオンを新しく精製したと発表した<ref>{{cite journal |author=Deleault NR, Harris BT, Rees JR, Supattapone S |title=Formation of native prions from minimal components in vitro |journal=Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. |volume=104 |issue=23 |pages=9741–6 |year=2007 |month=June |pmid=17535913 |pmc=1887554 |doi=10.1073/pnas.0702662104 |url=}}</ref>。彼らは、プリオン形成に必要なポリアニオン系分子が、PrP分子と選択的に結合して高親和的な複合体を形成していると報告し、この発見により、感染性のプリオンとは複数の宿主因子（PrP、脂質、ポリアニオン系分子）から構成される病原体であり、PrP<sup>Sc</sup>単独が病原体である訳ではないとする仮説を提唱した<ref>{{cite journal |author=Geoghegan JC, Valdes PA, Orem NR, ''et al'' |title=Selective incorporation of polyanionic molecules into hamster prions |journal=J. Biol. Chem. |volume=282 |issue=50 |pages=36341–53 |year=2007 |month=December |pmid=17940287 |doi=10.1074/jbc.M704447200 |url=}}</ref>。

====ウイルス仮説====
タンパク質単独仮説は、今日までの実験結果に対して「ウイルス」<ref name="25nm">{{cite journal |author=Manuelidis L |title=A 25 nm virion is the likely cause of transmissible spongiform encephalopathies |journal=J. Cell. Biochem. |volume=100 |issue=4 |pages=897–915 |year=2007 |month=March |pmid=17044041 |doi=10.1002/jcb.21090 |url=}}</ref>の存在を仮定すれば最も簡単に説明できると考える研究者によって批判されている。[[イェール大学]]の神経病理学者ローラ・マヌエリディスは10年間以上に渡り、プリオン病の原因を未知の「スローウイルス」として主張している。マヌエリディスは2007年1月、スクレイピーに感染した培養細胞のうち10%以下の細胞に、ウイルスが存在することを確認したことを示す論文を発表した<ref name="Yale">{{cite news | url=http://www.yale.edu/opa/newsr/07-01-30-02.all.html | title=Pathogenic Virus Found in Mad Cow Cells | publisher=Yale | date=February 2, 2007 | accessdate=2007-02-02}}</ref><ref name="manue2007">{{cite journal | url=http://www.pnas.org/cgi/content/full/104/6/1965 | title=Cells infected with scrapie and Creutzfeldt–Jakob disease agents produce intracellular 25-nm virus-like particles | author=Laura Manuelidis, Zhoa-Xue Yu, Nuria Barquero, and Brian Mullins | doi=10.1073/pnas.0610999104 |date=February 6, 2007 | volume=104 | issue=6 | pages=1965–1970 | journal=Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America | pmid=17267596}}</ref>。

ウイルス仮説は、伝達性海綿状脳症の原因をPrPに結合した複製可能情報性分子（恐らく核酸）であると主張する仮説である。スクレイピーやウシ海綿状脳症など、多くの伝達性海綿状脳症は特徴的な生物学的性質を有しているが、ウイルス仮説の支持者はこの特徴をプリオンで説明することができないと主張する。

ウイルス仮説を支持する証拠は以下の通りである<ref name="priondisease">{{cite book | title=Prion Disease| last=Baker & Ridley| publisher=Humana Press | year=1996 | location=New Jersey| isbn=0-89603-342-2}}</ref>。
*種間に認められるプリオンの感染性、潜伏期間、症候、進行の違いは、特にRNAウイルスといったウイルスに見られる「株の違い」に類似している。
*長い潜伏期間と症候の急激な発生は、[[HIV]]が引き起こす[[AIDS]]など、一部のウイルス感染症に類似している。
*PrPから構成されると考えにくいウイルス様粒子が、一部のスクレイピー感染細胞株、クロイツフェルト＝ヤコブ病感染細胞株から検出されている<ref name="manue2007" />。

====重金属中毒仮説====
デヴィッド・R・ブラウンの発表によれば、プリオンタンパク質が銅イオンに結合すると[[スーパーオキシドディスムターゼ]]活性を獲得する可能性が示唆されている。ブラウンはこの活性を失うことにより病気が引き起こされると予想した。マーク・パーディーは、銅とマンガンを異常量含んだ環境や餌などがこの現象を促進するのではないかと予想した<ref>{{cite web| url=http://www.bseinquiry.gov.uk/files/ws/s638.pdf |format=PDF|
title=Normal Function of Prions, Statement to the BSE Inquiry|accessdate=2009-11-14}}</ref>。

== 遺伝学 ==
PrPをコードする遺伝子として、''PRNP''遺伝子が既に発見されている<ref>{{cite journal |author=Oesch B, Westaway D, Wälchli M, McKinley M, Kent S, Aebersold R, Barry R, Tempst P, Teplow D, Hood L |title=A cellular gene encodes scrapie PrP 27-30 protein |journal=Cell |volume=40 |issue=4 |pages=735–46 |year=1985 |pmid= 2859120 | doi = 10.1016/0092-8674(85)90333-2}}</ref>。遺伝性プリオン病の全てのケースで、''PRNP''遺伝子上に[[変異]]が認められている。現在までに異なる多くの''PRNP''変異が同定されており、これらの変異が何らかの形で正常型であるPrP<sup>C</sup>から異常型であるPrP<sup>Sc</sup>への自発的変換を起こりやすくしていると考えられている。このような変異は''PRNP''遺伝子全体で発見されている。一部の変異では、PrPのN末端にあるオクタペプチド反復領域の拡大が認められる。その他、遺伝性プリオン病の原因として同定された変異のコドン番号に、102、117、198 (以上、[[ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群|ゲルストマン＝ストロイスラー＝シャインカー症候群]])、178、200、210、232（以上、[[クロイツフェルト・ヤコブ病|クロイツフェルト＝ヤコブ病]]）、178（[[致死性家族性不眠症]]) がある。

プリオン病の原因は散発的なもの、遺伝的なもの、感染性のもの、またはこれらの複合によるものと多岐に渡る。例えば、スクレイピーに感染するためには、感染性因子と感染しやすい遺伝子型の両方が存在する必要がある<ref>{{cite web| url=http://www.ansci.wisc.edu/Extension-New%20copy/sheep/ETN_01/nov/scrapiegenetics.doc | title=Genetics of Scrapie resistance in sheep|format=word|accessdate=2009-11-14|author=David L. Thomas}}</ref>。

== 酵母など菌類におけるプリオン ==
1990年代初頭、[[リード・ウィックナー]]は、プリオンタンパク質を酵母''Saccharomyces cerevisiae''で発見した。その後、別のプリオンが''Podospora anserina''と呼ばれる菌で発見された。これらのプリオンはPrPと似た動態を示すが、一般的に宿主に対しては非毒性的である。[[ホワイトヘッド研究所]]の[[スーザン・リンドキスト]]のグループは、菌類のプリオンの一部は、いかなる病状も引き起こさず、むしろ有益な役割を果たしている可能性があると主張している。一方で、[[アメリカ国立衛生研究所]] (NIH) の研究者グループは菌類のプリオンは病気の状態として考えられるべきであるとする強い主張を打ち出している<ref>{{cite journal |author=Dong J, Bloom JD, Goncharov V, ''et al.'' |title=Probing the role of PrP repeats in conformational conversion and amyloid assembly of chimeric yeast prions |journal=The Journal of Biological Chemistry |volume=282 |issue=47 |pages=34204–12 |year=2007 |month=November |pmid=17893150 |pmc=2262835 |doi=10.1074/jbc.M704952200 |url=http://www.jbc.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=17893150 |accessdate=2010-02-28}}</ref>。菌類のプリオンが病気なのか、それとも何らかの機能のために生まれてきた進化の産物なのか、この問題は未だ解決を見ていない<ref>{{cite journal |author=Halfmann R, Alberti S, Lindquist S |title=Prions, protein homeostasis, and phenotypic diversity |journal=Trends in Cell Biology |year=2010 |pmid=20071174 |doi=10.1016/j.tcb.2009.12.003 }}</ref>。

2010年現在、7種類のプリオンタンパク質が''Saccharomyces cerevisiae''で見つかっており（Sup35, Rnq1, Ure2, Swi1, Mca1, Mot3, Cyc8）、1種類のプリオンタンパク質が''Podospora anserina''で見つかっている（HET-s）。

菌類のプリオン研究は、哺乳類プリオンのタンパク質単独仮説の強い支えとなる結果を与え続けてきた。その萌芽は、プリオン状態の細胞から抽出した精製タンパク質が、正常型のタンパク質を''[[in vitro]]''において感染型のタンパク質に変換すること、またこの過程で、プリオン状態の特定の型に対応する情報が保存されることを示した研究であった。プリオンへの変換を促進するタンパク質内領域である「プリオン領域」にも光が当てられてきた。菌類のプリオンによって明らかになってきたプリオンの変換機構は、全てのプリオンに適用可能できる可能性があるが、哺乳類のプリオンが独立の機構で作動している可能性もある。

{| class="wikitable"
|-
!colspan="6"| 菌類におけるプリオン
|-
! [[タンパク質]]
! [[レゼルボア|自然宿主]]
! 正常機能
! プリオン型
! プリオン表現型
! 発見年
|-
| Ure2p
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| 窒素異化代謝抑制因子
| [URE3]
| 有利な窒素源存在下でのウレイドコハク酸の取り込み
| 1994
|-
| Sup35p
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| 翻訳終結因子
| [PSI+]
| ナンセンス抑圧の発生率上昇
| 1994
|-
| HET-S
| ''Podospora anserina''
| ヘテロカリオン不和合性の調節因子
| [Het-s]
| 不適合株間でのヘテロカリオン形成
|
|-
| Rnq1p
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| 不明
| [RNQ+],[PIN+]
| 異種プリオン発生効率の上昇
|
|-
| Mca1
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| カスパーゼ（推定）
| [MCA+]
| 不明
| 2008
|-
| Swi1
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| クロマチン再構築因子
| [SWI+]
| 一部の炭素源において低増殖性
| 2008
|-
| Cyc8
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| 転写抑制因子
| [OCT+]
| 複数遺伝子の転写脱抑制
| 2009
|-
| Mot3
| ''Saccharomyces cerevisiae''
| 核内転写因子
| [MOT3+]
| 嫌気性遺伝子の転写脱抑制
| 2009
|}

== 見込まれる治療法 ==
近年の計算機モデリングの発達により、PrP<sup>C</sup>の空洞部位に結合することによりコンホメーションを安定化し有害なPrP<sup>Sc</sup>量を低減する化合物など、プリオン病の治療に役立つ化合物の同定が可能になった<ref>{{cite journal|title=Hot spots in prion protein for pathogenic conversion|author=Kuwata K, Nishida N, Matsumoto T, Kamatari YO, Hosokawa-Muto J, Kodama K, Nakamura HK, Kimura K, Kawasaki M, Takakura Y, Shirabe S, Takata J, Kataoka Y, Katamine S.|journal= Proc. Natl. Acad. Sci., USA|date=Jul 17, 2007|volume=104|issue=29|pages=11921-11926|doi=10.1073/pnas.0702671104|url=http://www.pnas.org/content/104/29/11921.abstract}}</ref>。

== 関連項目 ==
* [[フォールディング]]
* [[プロテオパチー]]
* [[三次構造]]
* [[ダニエル・カールトン・ガジュセック]]
* [[JUNQとIPOD]]

== 文献紹介 ==
ジャーナリスト、[[リチャード・ローズ]]の著書『死の病原体プリオン』(原題 ''Deadly Feasts,''『死の饗宴』)<ref>{{cite book
 | author= Rhodes, Richard
 | year= 1997
 | title= Deadly Feasts: Tracking the Secrets of a Terrifying New Plague
 | publisher= Simon & Schuster
 | location= New York
}} (1998) ''Deadly Feasts:  The &ldquo;Prion&rdquo; Controversy and the Public's Health.'' New York: Touchstone Books. ISBN 0684844257<br />{{cite book|和書
 | author= ローズ、リチャード
 | others= 桃井健司、網屋慎哉 訳 
 | title= 死の病原体プリオン
 | year= 1998
 | publisher= 草思社
 | isbn= 978-4-7942-0832-3
}}</ref>は、クールー、狂牛病、スクレイピーなどにまつわる1998年までの研究史を解説している。Touchstoneから出版されたペーパーバック版にはウイルス仮説を概説した後書きが掲載されている。食品安全性基準を巡る公共政策論争について幅広く解説されている。

フィリップ・ヤムの『''The Pathological Protein: Mad Cow, Chronic Wasting, and Other Deadly Prion Diseases''』は、『死の病原体プリオン』に比べると政策問題に関してはそれほど詳しくないが、その代わりに伝達性海綿状脳症の科学的側面について詳しい解説がなされている<ref>''The Pathological Protein: Mad Cow, Chronic Wasting, and Other Deadly Prion Diseases'', Phillip Yam, 2003, Springer, ISBN 0387955089</ref>。D・T・マックスが著した『眠れない一族　食人の痕跡と殺人タンパクの謎』（原題''The Family That Couldn't Sleep''）では、プリオン病の歴史について一般大衆向けの解説が収められている。

== 出典 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist|2}}

== 外部リンク ==
{{Commons cat|Prions}}
===英語によるウェブサイト===
* [http://www.1lec.com/Microbiology/Prion/index.html Prion Animation]（要Flash）
* [http://www.cdc.gov/ncidod/dvrd/prions/ CDC] - USA Centers for Disease Control and Prevention - information on prion diseases
* [http://www.who.int/zoonoses/diseases/prion_diseases/en/ World Health Organisation] - WHO information on prion diseases
* [http://www.bseinquiry.gov.uk/ The UK BSE Inquiry] - Report of the UK public inquiry into BSE and variant CJD
* [http://www.seac.gov.uk/ UK Spongiform Encephalopathy Advisory Committee (SEAC)]
* [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/ICTVdb/ICTVdB/90.001.0.01.htm Mammalian prion classification] International Committee on Taxonomy of Viruses - ICTVdb
* [http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/dispomim.cgi?id=176640 Online Mendelian Inheritance in Man: Prion protein] - PrP, inherited prion disease and transgenic animal models.
* [http://ascb.org/ibioseminars/Lindquist/Lindquist1.cfm The Surprising World of Prion Biology--A New Mechanism of Inheritance] on-line lecture by [[スーザン・リンドキスト|Susan Lindquist]]
*[http://memory.ucsf.edu/cjd UCSF Memory and Aging Center] - medical center for diagnosis and care of people with prion disease and research into origin and treatment of prion diseases
** [http://www.youtube.com/ucsfmemoryandaging UCSF Memory and Aging Center YouTube channel] - films about CJD
* [http://ind.universityofcalifornia.edu/  Institute for Neurodegenerative Diseases] - labs studying prion diseases, run by [[スタンリー・B・プルシナー|Stanley B. Prusiner, MD]]

===日本語によるウェブサイト===
* [http://www.mhlw.go.jp/houdou/0110/h1005-2.html 異常プリオンの不活化方法]
* [http://www.fsc.go.jp/iinkai/i-dai41/dai41kai-siryou1-1-1.pdf BSEプリオンの不活化方法]
* [http://niah.naro.affrc.go.jp/disease/bse/bse-s.html 牛海綿状脳症（BSE）関連情報] 動物衛生研究所
* [http://www.ecosci.jp/chem8/prion.html 狂牛病とプリオン／牛海綿状脳症] Webサイト「生活環境化学の部屋」
* [http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2011/111021/detail.html 神経細胞にたまった異常タンパク質を分解する新たな制御機構を解明] [[理化学研究所]]
*{{脳科学辞典|プリオン}}

{{Good article}}

{{DEFAULTSORT:ふりおん}}
[[Category:分子生物学]]
[[Category:タンパク質]]

{{Link GA|en}}
{{Link GA|ru}}