コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
パンク・ロックのソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
パンク・ロック
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{Infobox Music genre | name = パンク・ロック | color = white | bgcolor = crimson | stylistic_origins = [[ロックンロール]]、[[ガレージ・ロック]]、[[パブ・ロック]] | cultural_origins = [[1970年代]]<br />{{USA}}<br />{{UK}}<br />{{AUS}} | instruments = [[ボーカル]]、[[ギター]]、[[ベース (弦楽器)|ベース]]、[[ドラムセット]]、[[キーボード (楽器)|キーボード]] | popularity = [[1970年代]]以降、世界的に流行 | derivatives = | subgenrelist = | subgenres = [[ハードコア・パンク]]、[[アイリッシュ・パンク]]、[[オイ!]]、[[メロディック・ハードコア]]、[[ポップ・パンク]]、[[エモ]]など | fusiongenres = [[パワーポップ]]、[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]、[[ポストパンク]]、[[オルタナティヴ・ロック]]、[[グランジ]] | regional_scenes = | local_scenes = [[ニューヨーク・パンク]] | other_topics = [[インディー・ロック]]、[[カウンター・カルチャー]]、[[パンク・ファッション]]、[[日本のパンク]]、[[パンク (サブカルチャー)]] }} '''パンク・ロック''' (Punk Rock) は、[[1970年代]]中頃に生まれた[[ロック (音楽)|ロック]]のスタイルの一つ。'''パンク'''と略称されることが多い。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]の[[ニューヨーク]]の[[ボヘミアン]]的なロック・シーンに産声を上げ、1976年に[[イギリス]]の[[ロンドン]]で[[セックス・ピストルズ]]がデビュー。その後、イギリスに同傾向のバンドが続々と登場し、ロックの一時代を築いた。当初は反体制的、または[[左翼]]的なメッセージを歌うバンドが多かったが、次第に政治的な色彩は弱まっていった。パンクの音楽性の一部は[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]に引き継がれた。 日本のパンクバンドについては、[[日本のパンク・ロック]]の項を参照。 == 経緯 == === 時代背景 === 元々、若者のための音楽として1950年代に生まれたロックは、1970年代半ばになると、まるで古典芸術のようにティーンエイジャーたちが演奏を模倣できないほど高度な演奏技術を要するようになっていた。パンクは、このような状況への反発から生まれたといえる。 === 早すぎた終息 === 1977年のロンドン・パンク・ムーブメントは短期間で終息し、入れ代わるように[[ポストパンク]]/[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]が台頭した。この中で、オリジナル・パンクの根底にあった、肉体性の否定、無機質でユニ・セックスな性格、前衛性・実験精神などは、[[スロッビング・グリッスル]]、[[ディス・ヒート]]、[[ワイヤー (バンド)|ワイヤー]]らが引き継いだ。一方、これらに反発するように台頭した[[エクスプロイテッド]]、[[GBH]]、[[ブリッツ]]、[[コックニー・リジェクツ]]といったネオ・パンク(oi!)やハードコア・パンク勢もアンダーグラウンド的に人気を集めた。[[モヒカン刈り]]や[[ジャンパー (衣服)|ジャンパー]]といった、後のパンク・ロックのファッション的なイメージは後者によって作られた。 === 後継者たち === アメリカでは、ハードコア・パンク・バンドの[[バッド・ブレインズ]]、[[マイナー・スレット]]、[[ダグ・ナスティ]]らが[[ワイヤー (バンド)|ワイヤー]]の曲を盛んにカバーした。こうした背景から、後にハードコア・パンクの聖地と呼ばれたワシントンDCでは、ハードコア・パンクの暴力性を否定するポスト・ハードコアが生まれた(レボリューション・サマー)。これが全米に広がり、1990年代のオルタナティヴ・ロックのプロト・タイプとなった。[[サウンドガーデン]]、[[ダイナソーJr]]、[[マッドハニー]]、[[フー・ファイターズ]]、[[ロリンズ・バンド]]、[[ジーザス・リザード]]らがその代表的なバンドである。 == 音楽的特徴 == スリーコードを機軸としたスタイルにパワーコードを加えた簡素なロックンロールであるが、[[ザ・フー]]、[[ローリング・ストーンズ]]、[[キンクス]]といった[[1960年代]]のロックンロールバンドとの決定的な違いは、[[ブルース]]の匂いが払拭されていることであろう。 == 思想的特徴 == ジョニー・ロットンがセックス・ピストルズを脱退した後、「自分は思想的アナーキーではなく音楽的アナーキーだった」「自分は決して反キリスト者ではなく、むしろその対極の人間だった」と語ったように、パンク・ロックは、そもそも政治的な主張を目的として生まれたものではなかった。ニューヨーク・パンクに顕著であるが、政治的な革命ではなく音楽の革命を目指していた。 パンクは、1980年代の[[ハードコア・パンク]]以降、「反権力・自主性」という[[アナキズム]]的な政治主張が押しだされるようになった。'''[[DIY]]'''(''Do It Yourself''=自分達でやる)という言葉がしばしば標語として掲げられ、アーティストの自主性が重要視された。代表例としては、半自給自足の共同生活を行ない、後の[[ハードコア]]勢に多大な影響を与えた[[クラス (バンド)|クラス]]、自らレーベル「ディスコード」を立ち上げて一切のマネージメントを自ら受け持った[[イアン・マッケイ]]([[フガジ]]、元[[マイナー・スレット]])などが挙げられる。しかしその後は、反権力やDIY精神に関心をもたないパンクバンドが主流となっていく。 == 歴史 == === ニューヨーク・パンクの誕生 === [[画像:Iggy pop davis b&w 1.jpg|thumb|right|130px|パンクのゴッドファーザー、[[イギー・ポップ]] ]] [[ニューヨーク・パンク]]は、[[1960年代]]後半にアメリカでアンダーグラウンド的に人気を得ていた[[MC5]]、[[ヴェルヴェット・アンダーグラウンド]]、[[ザ・ストゥージズ]]、[[ニューヨーク・ドールズ]]などに影響を受けて生まれた。ただし、当時はニューヨークで活動するアンダーグラウンド・ロック・バンドが十把一絡げに[[ニューヨーク・パンク]]と呼ばれていたきらいがある。後世への音楽的影響云々で判断すれば、[[ラモーンズ]]、[[テレヴィジョン_(バンド)|テレヴィジョン]]、[[ジョニー・サンダース]]&[[ハートブレイカーズ]]、[[パティ・スミス]]、リチャード・ヘル&ヴォイドイズ、ディクテイターズらが厳密な意味でのオリジナル・パンクと呼べるだろう。しかし彼らは、その音楽的な影響の強さにも関わらず、世界的な商業的成功を得ることは出来なかった。ポップ色の強い[[ブロンディ (バンド)|ブロンディ]]、ワールドミュージックに傾倒した[[トーキング・ヘッズ]]など、パンクから派生したいくつかの[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]・バンドが、それなりの商業的成功を収めたに止まる。 === ロンドン・パンク興隆 === このニューヨークでのアンダーグラウンドの動きに注目したのは、大西洋を隔てたイギリスである。ラモーンズのロンドン公演などを機に、ロンドンを中心にニューヨーク・パンクを模倣したバンドが多数結成されるようになった。ロンドン・パンクの特徴としては、初期の[[ロックンロール]]が持っていた攻撃性と反社会性、スリーコード中心の曲調が挙げられる。また、少し前に流行っていた[[パブロック]]といわれる音楽も、ロンドン・パンクに大きな影響を与えた。破れた細い[[ジーンズ]]や古Tシャツ、革ジャン、よれよれのジャケットなどの[[ファッション]]も若者の間で流行した。初期に人気があったのは[[ストラングラーズ]]とセックス・ピストルズであるが、アメリカ進出は成功せず、後発といえるザ・クラッシュが、アメリカでそれなりの成功を収めた。 ストラングラーズは、[[1974年]]に[[ロンドン]]で結成された。当時の流行から外れた短い髪、細いズボン、短いギターソロ、攻撃的な歌詞と音楽。彼らのサウンドは、パンクもしくは[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]と呼ばれ、次第に人気が出てきた。ストラングラーズは、アイスクリーム販売用のバンでイギリス国内を移動してライヴを行った。やがて反体制的なパンクバンドとして右翼団体の標的となるなど問題も抱えつつ、各アルバムをイギリスのトップ5に送り込むようになる。1970年代後半には、イギリスにおいてセックス・ピストルズやクラッシュ、ダムドと並んで人気パンクバンドであった。 セックス・ピストルズは、ロンドンで「SEX」という名前の[[ブティック]]を経営していた[[マルコム・マクラレン]]<ref>共同経営者は、美術大学時代の同級生で当時私的なパートナーでもあった[[ヴィヴィアン・ウエストウッド]]。ニューヨーク・ドールズのライブ・ツアーで自ら売り込んでマネージャーを務めた経験がある。初めは普通のブティックだったが、後にSM専門のゴムや革の服を売る店に衣替えした。マルコムは、後に[[バウ・ワウ・ワウ]]、[[アダム・アンド・ジ・アンツ]]のマネージャーも務め、さらには自分自身もミュージシャンとしてデビューしている。</ref>が、店にたむろしていた若者たちが作ったアマチュア・バンドに介入し、[[1975年]]にライブデビューさせた。破れたシャツ、安全ピン、逆立てた髪という奇抜なファッションは、マルコムの助言によるものだと言われている<ref>これらのファッションは、元々テレヴィジョンの[[リチャード・ヘル]]がオリジナルである。</ref>。メンバーの[[グレン・マトロック]]と[[ジョニー・ロットン]]が作ったオリジナル曲の数々は、[[アナーキズム]]を煽動したり、[[エリザベス2世_(イギリス女王)|エリザベス女王]]をおちょくるなど、当時の保守的なイギリスにおいては考えられないほどタブーを犯すものであり、そのことがマスコミの好餌となり、スキャンダリスティックに取り上げられた。ライブでは客に唾を吐きかけ、テレビに出演すれば必ず司会者とトラブルを起こすと言われ、イギリス中の話題となり、パンクがメジャーに進出するきっかけを作った。それまで、大学のキャンパスでしか使われなかった、アナーキーという[[フランス語]]源の英語をポップ音楽の中に定着させたのは、彼らである。 1976年、[[ダムド]]がデビュー。ロンドン・パンクで最初にシングル及びアルバムをリリースした。ほかのパンク・バンドに比べて政治色が薄く、圧倒的な演奏のスピードが特徴で、アルバム『[[地獄に堕ちた野郎ども]]』が大ヒットした。 [[画像:Clash 21051980 12 800.jpg|thumb|200px|1980年の[[ザ・クラッシュ]]]] ザ・クラッシュは[[1976年]]に[[ロンドン]]で結成され、翌[[1977年]]『[[白い暴動 (アルバム)|白い暴動]]』でデビュー。2作目のアルバムは直球なパンクだったが、パンクと通じる精神性をもつ[[レゲエ]]、[[カリプソ (音楽)|カリプソ]]、[[ロカビリー]]への接近を試みた、[[1979年]]のアルバム『[[ロンドン・コーリング]]』を発表、次第に普遍的なロックバンドへと成長していく。シングル「[[ロック・ザ・カスバ]]」のヒットによってアメリカでも人気を得、スタジアム規模のライブツアーを何度か行った。 他に、[[ザ・ジャム]]が[[ネオモッズ]]・ムーブメントを巻き起こし、UKチャートでNo.1ヒットを4曲も出すなど、1982年の絶頂期に解散するまで人気バンドとして君臨した。ベテランのミュージシャン達によって結成された[[ポリス (バンド)|ポリス]]でさえ、デビューアルバムはパンクであった。また、[[スペシャルズ]]や[[マッドネス]]などの[[2トーン]]系[[スカ]]バンドが人気を博した。 ブームの火付役であったセックス・ピストルズは、アメリカ・ツアーの途中で空中分解し、ジョニー・ロットンの脱退により、スタジオ・アルバム1作を残しただけで実質解散。ジョニー・ロットン改め[[ジョン・ライドン]]は、新たにPIL([[パブリック・イメージ・リミテッド]])を結成。[[カン (バンド)|カン]]や[[キャプテン・ビーフハート]]などの前衛ロックや、[[レゲエ]]の先進的な[[ミキシング]]方法である[[ダブ]]などの影響を採り入れた音楽は話題となり、パンクから[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]へという時代の変化を印象づけた。 イギリスでは、失業者の増加と言う社会問題が下地となって、若者たちの不満、怒り、反抗、暴力性などを掬い上げたパンクが大きな社会現象となった。[[ジェネレーションX (バンド)|ジェネレーションX]]([[ビリー・アイドル]]が在籍)などのポップなバンドも次々に生まれ、盛り上がった。ファッション、芸術、文学にまでその波は広がり、セックス・ピストルズ以上に髪を逆立たせ、服を破いたスタイルのロンドン・[[パンク・ファッション]]は世界中で知られた。[[1980年代]]のロンドンでは観光客相手に、パンク・ファッションで街頭に立ち、お金をもらって写真を撮らせるビジネスもあった(ちなみに、日本では違法行為である)。 === 1980年代のパンク・ロック === [[1978年]]にセックス・ピストルズは解散し、パンクは沈静化を迎えた。しかし[[1980年代]]、[[クラス (バンド)|クラス]]をきっかけに、[[ディスチャージ (バンド)|ディスチャージ]]、[[G.B.H. (バンド)|G.B.H.]]、[[エクスプロイテッド]]といったネオ・パンクバンドが次々に登場、いわゆる「[[ハードコア・パンク|ハードコア(極端)・パンク]]・ムーブメント」で、シーンは再活性化する。特にクラスは、メンバーが共同生活し、半自給自足の生活を送るなど、徹底的な反システム、[[アナーキズム]]を貫き、パンク・ロックにより過激な主張を持ち込んだ。 また、ハードコアとは別に、イギリスではストリートとより密接に結びついたパンク・リヴァイヴァル/ネオ・パンクの動き、[[オイ!]]が勃興する。[[シャム69]]や[[コックニー・リジェクツ]]などを中心とするこのムーブメントは、音楽的にはロンドン・パンクのポップさ、キャッチーさを継承しつつも、オリジナル・パンクにあったユニ・セックス的な側面は影を潜め、男らしさを打ち出すバンドが多かった。これは、当時のポップミュージックの中心だった[[ニュー・ウェイヴ (音楽)|ニュー・ウェイヴ]]に反目する意味合いがあった。 アメリカにおいても、1970年代後半にニューヨーク・パンクやロンドン・パンクに影響を受けたバンドが次々と誕生、[[ブラック・フラッグ]]や[[バッド・ブレインズ]]といった有力バンドにより、各地でハードコア・シーンが生まれた。局地的・アンダーグラウンド・レベルな現象の全貌を明らかにするのは難しいが、西海岸のファンジンの中には長期にわたって情報センターの役割を果たしたものもある。1977年創刊の[[ロサンゼルス]]のフリップサイド誌は、ガレージやポスト・パンク等雑多だった時代からのファンジンである。[[バークリー]]のカレッジラジオ局のパンク番組「マキシマム・ロックンロール」が、ファンジンを創刊する1982年には全米的な規模でハードコアリポートが掲載されるようになった。「マクシマム・ロックンロール 2号」のニューヨーク発リポートでは、ハードコア・バンドだった[[ビースティー・ボーイズ]]の自主制作盤発売が伝えられている。とはいえ、同誌においても誌面はハードコア一本槍だっわけではなく、レビューの半数を占めていたのは、カレッジロックやガレージ的なバンドであった。一般的なイメージとは裏腹に、[[ハスカー・ドゥ]]やバッド・ブレインズのように大手レーベルと契約するバンドが増え、また[[SST]]や[[ディスコード・レコード]]のような個人レーベルがディストリビューションを拡大し、[[クロスオーヴァー]]やスピードコア、[[ユースクルー]]・ハードコアが台頭する80年代半ばから後半にかけてがハードコアの規模的なピークであった。 [[スラッシュメタル]]からのクロスオーバー、ハードコアバンドによるメタルという意味でのクロスオーバー(・スラッシュ)は、D.R.I.(Dirty Rotten Imbeciles)の同名アルバム(1987年)以降一般化したとみられる。東海岸では、[[アグノスティック・フロント]]や[[クロ・マグス]]らに代表されるハードコアのメタル化やクロスオーバー、それらに反発する[[ユース・オブ・トゥディ]]らストレート・エッジの復古的な盛り上がりが、ニューヨーク・ハードコアという新たなブランドを作り出した。 現代でハードコアといえば、こうしたニューヨーク・ハードコアの流れを汲むバンドが世界的に見てほぼ主流と言って差し支えないが、日本では今なお旧来のジャパニーズ・ハードコアやUKハードコア・パンクの流れが強い。 一方、ハードコア生誕の地、ワシントンD.C.ではストレート・エッジを提唱した人気バンドマイナー・スレットの解散後、フロントマンであり自主レーベルディスコードのオーナーでもあったイアン・マッケイは、暴力化・様式化するハードコア・シーンに反発した音楽活動を開始、ディスコードはこの1985年をレボリューション・サマーと呼ぶ、兼ねてよりアメリカのハードコア・パンクスにとって大きなルーツであった、GANG OF FOUR、WIRE、P.I.L、DEVO(実際、デビュー当時パンク・バンドとして紹介されていた)といった、ニューウェーヴ、ポストパンクをハードコア世代流に解釈。 これが、後にオルタナティヴ・ロック、エモ・コアと呼ばれる音楽の源流となって行く。 === グランジ・ブーム === アメリカにおけるハードコア・ムーブメントはアンダーグラウンドな動きに留まったが、その過程において各地のバンド、インディ・レーベルを結ぶネットワークが出来上がる。そのような状況下、[[サウンドガーデン]]や[[グリーン・リヴァー]]、[[マッドハニー]]といったバンドが、[[シアトル]]のインディ・レーベル[[サブ・ポップ]]より次々とデビューし、シアトルのアンダーグラウンドシーンは盛り上がりを見せる。そして、1980年代初めからニューヨークのアンダーグラウンドシーンで活躍していた [[ソニック・ユース]]が、[[1990年]]にメジャー・レーベルの[[ゲフィン・レコード]]よりデビュー、翌[[1991年]]には[[ニルヴァーナ (バンド)|ニルヴァーナ]]が『[[ネヴァーマインド]]』でメジャー・デビューし、全世界で3,000万枚を売り上げる大ヒットを記録する。その後、[[パール・ジャム]]などが次々とメジャー・デビューし、[[グランジ]]・ブームが訪れる。 また、1990年代にアメリカ北西部のオリンピア・ポートランドを中心に、グランジ/[[オルタナティヴ・ロック]]と同時期にライオット・ガール(Riot Grrrl)といパンクロック版フェミニズム・ムーヴメントが起きた<ref>[http://www.hananoe.jp/poprock/meiban/meiban057.html ビキニ・キル 『プッシー・ホイップド』]花の絵 2014年2月17日</ref>。 しかしながら、[[1994年]]にニルヴァーナのリーダーであった[[カート・コバーン]]が自殺すると、グランジがオルタナティヴ・ロックに呑み込まれる形で、グランジ・ブームは急速に終息を迎える。 === ポップ・パンク、メロコアの台頭 === [[1980年代]]後半に[[バッド・レリジョン]]が、ハードコア的なサウンドをよりメロディックにスピーディーにさせたスタイルを確立。[[NOFX]]や[[ペニーワイズ]]、イギリス郊外系パンク・ファッションを継いだ[[ランシド]]などがその音楽性を発展させ、そのサウンドは[[ポップ・パンク]]や[[メロディック・ハードコア]]と呼ばれるようになる。 そして[[1994年]]、[[グリーン・デイ]]のメジャー・デビュー、[[オフスプリング]]の3rdアルバム『スマッシュ』の大ヒットにより、ポップ・パンク、メロコアが爆発的なブームを巻き起こす。 === ポスト・ハードコアの時代 === 世界中でグランジが流行する[[1990年代]]前半、[[イアン・マッケイ]]率いる[[フガジ]]は反抗精神とアンチ商業主義を持ち続け、この影響を公言するバンドが現れ、いつしかその音楽性は[[エモ・コア]]と呼ばれるようになる。そして、ポップ・パンク・ブームも落ち着いた1990年代後半から[[ジミー・イート・ワールド]]や[[ゲット・アップ・キッズ]]、[[アット・ザ・ドライヴイン]]など、数々のフォロワーが生まれ、現在に至る。 == パンク・ロックに分類されるアーティスト == <!-- あいうえお順です。バンドを追加する場合は、カタカナ表記の上、可能な場合はリンクをお願いします。(カタカナ表記ができない場合は通常表記で構いません。)--> === プロト・パンク === {{Main|ガレージロック#ガレージロックバンド}} === USパンク === ==== NYパンク ==== {{Main|ニューヨーク・パンク#ニューヨーク・パンクに分類されるアーティスト}} ==== LAパンク ==== * [[ウィアードス]] ''The Weirdos'' * [[X (バンド)|エックス]] ''X'' * [[ジャームス]] ''The Germs'' * [[ディッキーズ]] ''The Dickies'' * [[ブラック・フラッグ]] === 70年代UKパンク === * [[アドバーツ]] ''Adverts'' * [[アンダートーンズ]]''The Undertones''(出身は[[アイルランド]]) * [[イーター (バンド)|イーター]] ''Eater'' * [[ヴァイブレーターズ]] ''The Vibrators'' * [[エックス・レイ・スペックス]] ''X-Ray Spex'' * [[オルタナティブTV]] * [[クラス (バンド)|クラス]] ''Crass'' * [[ザ・クラッシュ]] ''The Clash'' * [[サブウェイ・セクト]] * [[ジェネレーションX (バンド)|ジェネレーションX]] ''Generation X'' * [[ザ・ジャム]] ''The Jam'' * [[シャム69]] ''Sham 69'' * [[スキッズ]] ''The Skids'' * [[スージー&ザ・バンシーズ]] ''Siouxsie & The Banshees'' * [[スティッフ・リトル・フィンガーズ]] ''Stiff Little Fingers'' * [[ストラングラーズ]] ''The Stranglers'' * [[セックス・ピストルズ]] ''The Sex Pistols'' * [[ダムド]] ''The Damned'' * [[チェルシー (バンド)|チェルシー]] ''Chelsea'' * [[999 (バンド)|ナインナインナイン]] ''999'' * [[バズコックス]] ''Buzzcocks'' * [[ビリー・ブラッグ]] * [[ラッツ (バンド)|ラッツ]] ''The Ruts'' * [[リッチ・キッズ]] ''Rich Kids'' * [[ロンドン・エスエス]] ''London SS'' * [[ワイヤー (バンド)|ワイヤー]] ''Wire'' === ハードコア・パンク === {{Main|ハードコア・パンク#ハードコア・パンクに分類されるバンドの一覧}} === oi! === {{Main|オイ!#オイ!に分類されるバンド}} === メロディック・ハードコア === {{Main|メロディック・ハードコア#メロディック・ハードコアに分類されるバンド}} === ポップ・パンク === {{Main|ポップ・パンク#ポップパンクバンド}} === エモ === {{Main|エモ#エモに分類されるバンド}} === 日本のパンクバンド === {{Main|Category:日本のパンク・ロック・バンド}} == 脚注 == {{reflist}} == 外部リンク == * [http://web.archive.org/web/20051211201617/http://www.ongen.net/international/serial/tigerhole/punkrock/index.php パンク・ロック特集:ジャンル虎の穴] - OnGen(2005年12月11日時点の[[インターネット・アーカイブ|アーカイブ]]) * [http://web.archive.org/web/20090828055849/http://musico.jp/doc/som/punk.html スクール オブ ミュージック 名盤でマスターする よくわかる音楽ジャンルの基礎講座 Vol.2 ~パンク編~] - MUSICO(2009年8月28日時点のアーカイブ) * [http://web.archive.org/web/20031204161742/http://www.bounce.com/article/article.php/1002 第20回 ─ NY PUNK - bounce.com 連載](2003年12月4日時点のアーカイブ) * [http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/090107.html みんなロックで大人になった 第3回 パンク・ロック] *[http://listen.jp/store/genre_158.htm ListenJapan] {{Template:パンク・ロック}} {{Template:ロック・ミュージック}} {{DEFAULTSORT:はんくろつく}} [[Category:パンク・ロック|*]] [[Category:ロックのジャンル]] {{Link FA|en}} {{Link FA|fr}} {{Link FA|th}}
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Infobox Music genre
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Link FA
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Main
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:Reflist
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:パンク・ロック
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:ロック・ミュージック
(
ソースを閲覧
)
パンク・ロック
に戻る。
検索
検索
パンク・ロックのソースを表示
話題を追加