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ハドソン
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{{Pathnav|コナミ|コナミデジタルエンタテインメント|frame=1}} {{Otheruses|日本のゲームソフト製作会社}} {{画像提供依頼|北海道本社の写真、東京事業所が新宿区市谷田町にあった頃の写真|date=2010年6月}} {{基礎情報 会社 |社名 = (旧)株式会社ハドソン |英文社名 = Hudson Soft Company, Limited |ロゴ = |種類 = [[株式会社 (日本)|株式会社]] |市場情報 = {{上場情報 | JASDAQ | 4822 | 2000年12月20日 | 2011年3月29日}} |略称 = |国籍 = {{JPN}} |本社郵便番号 = 107-6288 |本社所在地 = [[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[赤坂 (東京都港区)|赤坂]]九丁目7番1号 [[東京ミッドタウン|ミッドタウン・タワー]] |設立 = [[1973年]]([[昭和]]48年)[[5月18日]]<br />(有限会社ハドソン) |業種 = 情報・通信業 |統一金融機関コード = |SWIFTコード = |事業内容 = [[コンシューマ]][[コンテンツ]]の開発・製造・販売<br />[[コンピュータネットワーク|ネットワーク]]コンテンツの開発・運営・配信 |代表者 = [[上原和彦]](代表取締役社長) |資本金 = 3億円<ref>{{Cite web|date=2011-07-04|url=http://www.hudson.co.jp/koukoku/bn2011/110704.pdf|format=PDF|title=電子公告『資本金の額の減少について』|publisher=ハドソン|accessdate=2011-07-05}}</ref> |発行済株式総数 = 2881万2986株 |売上高 = 連結:143億2460万6千円<br />単独:122億8337万1千円<br />(2011年3月期) |営業利益 = 連結:△5億9786万9千円<br />単独:△9億0243万5千円<br />(2011年3月期) |純利益 = 連結:1億7470万2千円<br />単独:543万0千円<br />(2011年3月期) |純資産 = 連結:94億3625万6千円<br />単独:94億2544万9千円<br />(2011年3月31日現在) |総資産 = 連結:110億7899万0千円<br />単独:110億5076万5千円<br />(2011年3月31日現在) |従業員数 = 連結:433名<br />単独:421名<br />(2011年3月31日現在) |決算期 = [[3月31日]] |主要株主 = [[コナミ|コナミ(株)]] 100% |主要子会社 = |関係する人物 = [[高橋名人]]<br />[[中本伸一]]<br />[[藤原茂樹 (ゲームクリエイター)|藤原茂樹]] |外部リンク = [http://www.hudson.co.jp/ www.hudson.co.jp] |特記事項=[[2011年]]([[平成]]23年)[[4月]]時点の情報。 }} '''株式会社ハドソン'''({{Lang-en-short|''Hudson Soft Company, Limited''}})はかつて存在した[[北海道]]を発祥とする[[ゲームソフト]]開発・販売会社。[[2012年]][[3月1日]]をもって親会社である[[コナミデジタルエンタテインメント]]に吸収され、2013年度まで同社のブランドとなっていた。 == 概要 == [[1973年]]5月、工藤裕司により[[札幌市]][[豊平区]]に[[アマチュア無線]]ショップとして創業。1970年代後半に[[パーソナルコンピュータ|パソコン]]の[[ソフトウェア]]の制作で頭角を現し、1980年代初頭には高い技術力でパソコンソフトメーカーの大手となる。[[シャープ]]のパソコン[[X68000]]のOSである[[Human68k]]や当時先進的であったグラフィカルなUIを提供するウインドウシステムである[[SX-Window]]、[[Hu-BASIC]]と呼ばれるBASICインタープリタなどを開発していた。 ゲームメーカー[[任天堂]]が[[ファミリーコンピュータ]]を発表した際、まだブームになっていない時点で接近を図り、任天堂初のサードパーティとなり、以降家庭用ゲーム機向けソフト開発がメインとなる。自由な社風の元、独自の企画を行っていた。特に「ハドソン全国キャラバン」や「[[高橋名人]]」は人気児童誌で積極的にタイアップされたことから、当時の子供世代にとっては抜群の知名度を誇る。 また、自社でのハード開発にも乗り出した。[[日本電気ホームエレクトロニクス|日本電気ホームエレクトロニクス株式会社]]と組み、1987年には[[PCエンジン]]、翌1988年には世界初のCD-ROMのゲーム機[[CD-ROM2]]を発表。PCエンジン、PC-FXには、ハドソンが設計開発したCPU、サウンドチップ、画像処理チップなどが搭載されており高い技術力の片鱗を見せた。。1994年、[[PC-FX]]が次世代機戦争で敗北し、ハード開発から撤退した。 1990年代末、メインバンクの破綻以降、経営が悪化。2001年にコナミが筆頭株主になり、2005年には子会社化。この時期には「自由な社風」は既になくなっていた。2011年にコナミの完全子会社になり、翌2012年にはコナミデジタルエンタテインメントに吸収合併され、法人としてのハドソンは解散した。 == 歴史 == === 創業 === [[札幌市]][[豊平区]]に[[アマチュア無線]]ショップ[[CQハドソン]]として創業。創業者の工藤裕司は北海道札幌市出身であり、[[日本大学]][[理工学部]]卒業後、名古屋でサラリーマンをしていた。しかし在学中から行っていた、自ら撮影した蒸気機関車の写真を販売するサイドビジネス「グループハドソンプロダクション」で、資金管理に関して無知だったために信頼していた人間に金を持ち逃げされるなどトラブルを多く抱え、本業も退社し、失意の内に帰郷していた。当初は喫茶店を開業するつもりだったが、同一建物内で別の借り主が喫茶店を開業したため、急遽無線ショップに変更したとも言われている。 なお、上記のトラブルを踏まえ、信用できる人間を使うという意味で、当時大学生だった実弟の工藤浩を中退させ、経営サイドに引き込んでいる。ただし、アマチュア無線販売時代のハドソンはほぼ毎月赤字だった。 === パソコンのソフトメーカー時代 === 1970年代末、工藤裕司がアメリカでの[[ホビーパソコン]]のブームを伝える雑誌記事を目にし、米国への視察旅行を行い、そこで高額なパソコンを購入し持ち帰った。その後[[パーソナルコンピュータ|パソコン]]の販売はもとより、アメリカ視察で購入したパソコンで組んだ[[ソフトウェア]]の制作・販売を手掛けるようになる。当時は、同じ電子機器を扱っているからという理由で多くのアマチュア無線ショップがパソコン販売会社に鞍替えしていた。 ソフトウェアに関しては、当初はパソコンを購入した客が自力でプログラムを開発できない場合のおまけとしての存在だった。この時点のハドソンにはまだ開発用の機材がほとんど無く、顧客に販売するコンピュータを納品の前日にこっそり開梱しプログラムを打ち込み、当日朝には再度梱包して納品するという、ある種の[[自転車操業]]を行っていたこともある<ref>『新・電子立国』第4巻 pp.226 - 233</ref>。なお、ソフトは店頭販売も行っていたが、ローカル都市の1ショップであり広告宣伝もさほど行っていなかったため、知る人ぞ知るという状況だった。一方で、ショップは次第に、[[北海道大学]]の学生などを主とした札幌市内のパソコンマニアの溜まり場となった。[[中本伸一]]など一部の学生はアルバイトとして自らソフトを開発し、それらのソフトも店頭で販売するようになった。 パソコンに鞍替えしてからも「いつ潰れてもおかしくない資金繰り」だった。しかし[[1979年]]、ハドソンが扱っていたパソコンの販売元[[シャープ]]の勧めで、「[[月刊マイコン]]」([[電波新聞社]])昭和54年7月号にオリジナルソフトウェアの通信販売広告を掲載すると一転、郵便局員が毎日のように現金書留の詰まった白い袋を担いで来る状況になり、莫大な利益を得ることになった。当時のハドソン社内では郵便局員を「[[サンタクロース]]」と呼んでいた<ref>『新・電子立国』第4巻 pp.235 - 241</ref>。 以降、パソコンソフト開発で高い技術力を発揮し精力的に作品を発表し、一躍ハドソンは日本を代表するパソコンソフトメーカーとしての認知を得る。ただし、当初は主に[[シャープ]]の[[MZ (コンピュータ)|MZ]]シリーズ、[[X1 (コンピュータ)|X1]]シリーズ用のBASIC([[Hu-BASIC]])などを手掛けており、日本で圧倒的な人気があった[[日本電気|NEC]]の[[PC-8000シリーズ]]用のソフトを開発していなかった<ref>赤木哲平『セガVS.任天堂―マルチメディア・ウォーズのゆくえ』(日本能率協会マネジメントセンター、1992年)p.126</ref>。そのため、ハドソンの名前は当時のパソコンのライトユーザーには浸透していなかった。 [[1981年]]には[[孫正義]]率いるパソコンソフトの流通会社である[[ソフトバンク|日本ソフトバンク]]と独占契約を結び、[[上新電機]]を始めとする全国の主なパソコン販売店の店頭でソフトウェアが販売される体制を確立した。なおソフトバンクの歴史でハドソンの存在は必要不可欠と言われており、現在も孫は工藤兄弟を「恩人」と呼び、事ある毎に礼を欠かしていない<ref>[http://president.jp/articles/-/8203 恩人が告白!なぜ私は「裸の孫正義」に賭ける気になったのか] - PRESIDENT Online・2013年1月11日</ref>。なお、日本ソフトバンクのソフトウェア流通部門はその後紆余曲折を経て、2013年現在は[[ソフトバンク・テクノロジー]]の一部となっている。 === ゲームソフトの開発 === 1983年に[[任天堂]]が[[家庭用ゲーム機]][[ファミリーコンピュータ]]を発売。ハドソンはこの時期にファミコン向け[[BASIC|BASIC言語]]「[[ファミリーベーシック]]」を共同開発した。これを契機にファミリーコンピュータ用ゲームソフト開発に乗り出す。主にパソコンソフトの開発者をそのままファミコンソフトの開発に当たらせたため、ハドソンのパソコン事業は徐々に衰退していくことになった。 この方針転換は、当時専務だった工藤浩が、当時はハドソン支店も置かれていたデパートである[[丸井今井]]札幌店にてファミコンの[[ドンキーコング]]を遊んでいる子供たちを見て、このゲーム機はいずれパソコンでのゲームを追い抜くと判断したことによる。創業者の工藤裕司もその判断を支持した。 事実上任天堂初の[[サードパーティー]]となったことで、初期参入会社と同様に、任天堂からソフトの年間発売制限数の緩和やロイヤリティのなど優遇措置を受けることになった<ref>{{cite web|date =2012年1月18日|url=https://twitter.com/meijin_sakurada/status/159860227204845569|title=元ハドソンの桜田名人のツイッターでの発言「初期から参入していた会社は任天堂の定めた『ソフトの年間発売制限数』が多く、優遇されていた」|accessdate=2013年4月1日}}</ref>。 以降、ハドソンはファミコン黎明期にヒット作を連発。ファミコンのソフトメーカーとして一躍名を馳せる。他会社と決定的に違ったのは、社内に自由な空気があり、積極的に独自の企画を生み出したことである。全国各地を巡業するゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」や、16連打でスイカを割る「[[高橋名人]]」は児童誌でも大々的に取り上げられ、ファミコン人気を決定的なものにした。 === ゲームハードの開発と撤退 === ハドソンは本来、技術者の集団ということもあり、任天堂のサードパーティーとして、ファミコンブームの立役者としての立場に甘んじる事無く、独自のハード作りにも乗り出した。 1987年に[[日本電気ホームエレクトロニクス]]と共同開発した[[PCエンジン]]は、実質ハドソンの開発である。1994年に[[PC-FX]]が次世代ゲーム機戦争で敗北しハード開発から撤退することになるものの、長年PCエンジン系列のファーストパーティー的な存在であり続けた。 その一方、任天堂との関係を壊さないようにも尽力し、2011年まで任天堂ハード向けソフトの供給を続けた。その他、様々なプラットフォームにゲームソフトを供給した。 === コナミの子会社化、そしてハドソンブランドの終焉 === 1990年代末、メインバンクだった[[北海道拓殖銀行]]の破綻により資金繰りが悪化。携帯電話向けの事業に乗り出すが、経営状態は好転せず、2000年代に入りコナミの資本が入るようになり、2004年には創業者が経営から完全に手を引き、2005年にはコナミの子会社となる。 2007年に本社を[[東京ミッドタウン]]に移すが、ヒット作がほとんどなく、2008年には社長を退任した遠藤や[[マリオパーティシリーズ]]のスタッフが[[エヌディーキューブ]]に移籍。コナミの完全子会社になった2011年は高橋名人が退社、『[[桃太郎電鉄シリーズ]]』の[[さくまあきら]]も確執を経て決別。事実上、シリーズ打ち切りという事態が起きる<!--その数年前から自サイトの日記に愚痴が目立つなど予兆はあった-->。そして翌2012年にコナミデジタルエンタテインメントに吸収合併する形で法人としてのハドソンがおよそ'''39年の歴史に幕を下ろす'''事となった。なお、消滅後も当初はハドソンブランドのサービスは継続されていたが<ref name=hudson20120120>{{Cite web|date=2012-01-20|url=http://www.hudson.co.jp/osirase00.html|title=株式会社コナミデジタルエンタテインメントとの合併について|publisher=ハドソン|accessdate=2012-01-20}}</ref>、[[バーチャルコンソール]]や[[ゲームアーカイブス]]で過去作の配信以外に目立った動きはなく、2013年末を以てハドソンブランドも自然消滅した。 == 沿革 == *[[1973年]]([[昭和]]48年)5月 - [[工藤裕司]]が、[[札幌市]][[豊平区]]にてアマチュア無線ショップとして創業。 *[[1975年]](昭和50年) - パソコン用機器の販売を開始。 *[[1978年]](昭和53年) - パソコンソフトの開発・販売を開始。 *[[1982年]](昭和57年) - 東京事業所(東京都[[中央区 (東京都)|中央区]][[築地]])開設。 *[[1984年]](昭和59年) - 株式会社に改組、[[ファミリーコンピュータ|ファミコン]]用ソフト・周辺機器の開発・販売を開始。 *[[1985年]](昭和60年) **6月 - 東京事業所、[[新宿区]][[市谷田町]]へ移転。 **7 - 8月 - 第1回[[TDK]][[#ハドソン全国キャラバン|ファミコン全国キャラバン大会]]開催。 *[[1987年]](昭和62年) **7月 - 「[[シュウォッチ]]」発売。 **9月 - [[PCエンジン]]用ソフトの開発・販売を開始。 *[[1990年]]([[平成]]2年) - [[ゲームボーイ]]用ソフトの開発・販売を開始。 *[[1992年]](平成4年) - [[スーパーファミコン]]用ソフトの開発・販売を開始。 *[[1994年]](平成6年)5月 - 創業者の弟・工藤浩が代表取締役社長に就任。 *[[1996年]](平成8年) - [[コンサドーレ札幌]]のオフィシャルパートナー。 *[[1997年]](平成9年) - コンサドーレ札幌のオフィシャルパートナー撤退。 *[[1999年]](平成11年) - 東京事業所、新宿区市谷田町からかつてあった築地に再移転。 *[[2000年]](平成12年) **3月 - 携帯電話向けゲーム配信サービスを開始。 **12月 - [[大阪証券取引所|大証]][[ヘラクレス (有価証券市場)|ナスダックジャパン・スタンダード]]に上場。 *[[2001年]](平成13年) **5月 - CQハドソン閉店。 **8月 - コナミが筆頭株主となる。 *[[2004年]](平成16年)11月 - 遠藤英俊が代表取締役社長に就任。創業者兄弟が経営から退く。 *[[2005年]](平成17年) **4月 - [[第三者割当増資]]をコナミが引き受け、コナミの子会社となる。 **7月 - 本社を創業の地・札幌市豊平区から東京都中央区に移転する。 *[[2007年]](平成19年) - 本社を東京都港区赤坂のミッドタウン・イーストに移転。 *[[2008年]](平成20年)6月 - 石塚通弘(元コナミデジタルエンタテインメント経営本部長)が代表取締役社長に就任。 *[[2009年]](平成21年) **4月 - 札幌支社を北海道本社に改称。 **5月 - 東京本社を赤坂ミッドタウン・タワーに移転。 *[[2011年]](平成23年) **4月1日 - コナミとの間で[[簡易株式交換]]を実施し、コナミの完全子会社となる。[[上原和彦]]が代表取締役社長に就任する。 **5月 - 北海道本社を札幌事業所に改称。 **7月 - 東京本社、かつてあったミッドタウン・イーストに再移転。 *[[2012年]](平成24年) **3月1日 - 株式会社[[コナミデジタルエンタテインメント]](KDE)に[[合併 (企業)|吸収合併]]され、解散<ref name=hudson20120120 />。 *[[2014年]](平成26年) **1月1日 - ハドソンブランドの公式ホームページが消滅した。 == 社長の趣味と企業風土 == ハドソンの社名は、熱狂的な鉄道ファンでもあった創業者・工藤裕司が、[[国鉄C62形蒸気機関車]]のハドソン形という[[車軸配置]]から取ったものである。車軸配置4(先輪)-6(動輪)-4(従輪)を意味する。この呼称は[[ニューヨークセントラル鉄道]]が[[ハドソン川]]沿いの線で、この車輪配置の機関車を走らせたことに由来する。 工藤は大学在学中からサラリーマン時代にかけて、サイドビジネスとして自ら撮影した蒸気機関車の写真を販売しており、その際に用いていた社名も「グループハドソンプロダクション」だった。 工藤の鉄道趣味は留まることを知らず、社名のみならずハドソンの社内にも鉄道関連のトリビアが溢れていた。社長室には常時組み立て中の鉄道模型が置かれているという有様であり、工藤がC62の2号機(C62-2)が好きだったことから、本社の入口にもC62の部品が飾られていた。また、会社の代表電話番号の末尾4桁は4622<ref>[http://www.nicovideo.jp/watch/1294310308 ニコニコ動画内「ゲッチャ」] 高橋名人世代、[[2011年]][[1月5日]]放送分の2分30秒頃から</ref>で、更には郵便番号をC62と見た目が似ている「062」にするため、本社をわざわざ北海道札幌市豊平区に置くというこだわりぶりだった。また、かつて[[札幌芸術の森]]の隣接地にあった中央研究所の屋上には[[ライブスチーム]]の線路が敷設され、専属のメカニックが配置されていたほか、研究所の大会議室ではテーブル中央に鉄道模型の[[ジオラマ]]が置かれC62の模型が走っていた。その模様は[[NHKスペシャル]]『[[新・電子立国]]』でも取り上げられた。 [[1988年]]〜[[1995年]]まで[[C62ニセコ号]]を運行していた[[北海道鉄道文化協議会]](通称:鉄文協)ではスポンサーの一社を務めていた。C62運行のスポンサーが集まらず、鉄文協がダメモトで「おたくの社名のハドソンというのは、C62の車軸配置の通称なんですよ。その縁で協力してもらえませんか?」と依頼したところ、そこで初めて工藤もC62好きであることを知り、二つ返事で協力に至ったという。 また、他の趣味として[[古銭]]の収集があり、社内に「東洋鋳造貨幣研究所」という古銭専門の研究所を設け、中央研究所の建物内に「方泉處」という古銭博物館を開設していた他、博物館名と同じ「方泉處」という季刊の研究誌(1992年 - 1998年)も発行していた。これは1990年代末に経営難に陥って以降はこれらの活動は順次的に廃止されていった。 1980年代半ばのハドソン関係者が口々に言う「会社の自由な空気」は社員のみならず、社長自身もそれを体現していた。1986年の社員旅行は貸切ジェットでハワイ旅行という普通の会社ならありえないものだった。 == 社章 == [[File:ハドソン札幌本社1.jpg|thumb|かつてハドソン本社のビルの看板に描かれていたハチ助]] [[コーポレートアイデンティティ|社章]]は[[蜂]]で、「ハチ助」とも呼ばれている。ハドソンのゲームソフトにボーナスキャラ・隠れキャラとして古くから数多く登場している。由来は、北海道のアマチュア無線のエリア番号が「8(はち)」であるため、同音である「蜂」を採用したと言われている。当初は「CQハチ助」と呼ばれていた<ref>[http://www.nicovideo.jp/watch/1294310308 ニコニコ動画内「ゲッチャ」] 高橋名人世代、2011年1月5日放送分の5分頃から</ref>。 == ハドソン全国キャラバン == 「'''ハドソン全国キャラバン'''」とは、ハドソンが[[1985年]]から行っていたゲーム大会のこと。 最大の特徴は「[[キャラバン]]」の名にふさわしく、北海道から沖縄まで全国各地を巡業していた事である。各[[都道府県]]の[[政令指定都市]]にとどまらず、他の都市でも行われた。最大は第2回の40都道府県・65会場である。 *1985年 - [[1997年]]のキャラバンでは毎回「公式ソフト」としてハドソン製のゲームソフトが1本製作され、そのゲームを用いた大会が行われた。 *[[1990年]] - [[1992年]]の3回は「ワールドカップ」として、会場を日本だけでなく海外にも拡大した。 *[[1998年]] - [[2000年]]の3回はコンピュータゲームではなくカードゲームの大会が行われ、2000年をもっていったん「キャラバン」の名を冠したイベントは終了した。 *[[2006年]]、「ハドソン全国キャラバン'06」で「キャラバン」の名が復活し、このときの公式ソフトには[[ニンテンドーDS]]の『[[Touch!ボンバーマンランド]]』の他、[[シュウォッチ]]も使われた。 「公式ソフト」は以下の通り。 *1985年:[[スターフォース]] *1986年:[[スターソルジャー]] *1987年:[[ヘクター'87]] *1988年:[[パワーリーグ]] *1989年:[[ガンヘッド (PCエンジン)|ガンヘッド]] *1990年:[[スーパースターソルジャー]] *1991年:[[ファイナルソルジャー]] *1992年:[[ソルジャーブレイド]] == 事業拠点 == [[File:Tokyo Midtown East.jpg|thumb|150px|本社のあったミッドタウン・イースト]] [[2009年]]4月から[[2011年]]4月末まで、2本社体制となっていた(登記上本店は東京本社)<ref>{{Cite web|date=2009-02-04|url=http://www.hudson.co.jp/corp/investors/pdf/090204.pdf|format=PDF|title=本社の移転及び組織変更に関するお知らせ|publisher=ハドソン|accessdate=2009-02-05}}</ref>。かつては、[[大阪]]、[[名古屋市|名古屋]]、[[福岡県|福岡]]等にも事業所を設置していた。市谷田町に札幌時計台を模した東京支社ビルを擁していた時期もある。 *本社 :[[東京都]][[港区 (東京都)|港区]][[赤坂 (東京都港区)|赤坂]]9丁目7番2号 ミッドタウン・イースト *札幌事業所 :[[札幌市]][[豊平区]]平岸3条5丁目4番22号 ハドソンビル :ハドソン創業の地であり、2005年に東京に本社を移転した時は札幌支社となるが、その時点で北海道にも拠点があったことから、2009年4月より北海道本社に改称。2011年5月からは札幌事業所に改称。 == 製品 == === ハードウェア・デバイス === *[[HuC6202]] VPC (Video Priority Controller) [[PCエンジン]] SUPER GRAFXに搭載されているチップ *[[HuC6230]] 音源チップ、HuC6280の[[Programmable Sound Generator|PSG]]部に[[ADPCM]]を追加 *[[HuC6260]] VCE (Video Color Encoder) *[[HuC6261]] ビデオ管理機能を持つ。HuC6260の次世代チップ *[[HuC6270]] VDC (Video Display Controller) *[[HuC6271]] [[Motion JPEG]][[デコーダ]] *[[HuC6272]] [[メモリコントローラ]] *[[HuC6280]] 高速の8bit[[CPU]] [[6502]]互換の[[マイクロプロセッサ]]に[[サウンドチップ]]を搭載 === パソコン用ソフトウェア === *[[Human68k]] [[シャープ]][[X68000]]用オペレーティングシステム (開発のみ) *[[SX-Window]] [[シャープ]][[X68000]]用ウインドウシステム(GUI) (開発のみ) *[[Hu-BASIC]] BASICインタープリタ *[[全略ハードディスク殿]] ハードディスクユーティリティー === 家庭用ゲーム機 === [[日本電気ホームエレクトロニクス]](NECホームエレクトロニクス)との共同開発。 *[[PCエンジン]] **[[PCエンジンシャトル]] **[[PCエンジンコアグラフィックス]] **PCエンジンコアグラフィックスII **[[PCエンジンGT]] **[[PCエンジンLT]] *[[PCエンジンスーパーグラフィックス]] *[[CD-ROM2|CD-ROM<sup>2</sup>]] *[[SUPER CD-ROM2|SUPER CD-ROM<sup>2</sup>]] *[[PCエンジンDuo]] **PCエンジンDuo-R **PCエンジンDuo-RX *[[PC-FX]] === ゲーム以外のゲーム機向けソフトウェア === *[[Hu-VIDEO]] PCエンジン用アニメーション再生技術 *[[ファミリーベーシック]] ([[任天堂]]・[[シャープ]]と共同開発) === ゲーム作品 === *[[アースライト]]シリーズ *[[オルディネス]] *[[北へ。]]シリーズ *[[銀河お嬢様伝説ユナ]]シリーズ *[[空想科学世界ガリバーボーイ]] *[[ゴルフ狂]] *[[さめがめ|鮫亀]] *[[サラダの国のトマト姫]] *[[Jリーグスーパーサッカー]]シリーズ *[[ジェットセットウィリー]] *[[ジャン狂]] *[[スターソルジャー]] *[[スターフォース]] *[[貝獣物語]]シリーズ *[[タイムパラドックス]] *[[高橋名人のBUGってハニー]] *[[高橋名人の冒険島]] *[[ダンジョンエクスプローラー]] *[[チャレンジャー (ゲーム)|チャレンジャー]] *[[ディオーネ]] *[[DECA SPORTA]]シリーズ *[[デゼニランド]] *[[デゼニワールド]] *[[天外魔境]]シリーズ *[[ドラえもん (ファミコン)|ドラえもん]] *[[トランプ狂]] *[[ナッツ&ミルク]] *[[忍者ハットリくん (ゲーム)|忍者ハットリくん]] *[[ネクタリス]] *[[バンゲリングベイ]] *[[バイナリィランド]] *[[花札狂]] *[[パワーリーグ]]シリーズ *[[ハングマン]] *[[PC原人]]シリーズ *[[ファザナドゥ]] *[[ブラッディロア]] *[[ヘクター'87]] *[[暴走特急SOS]] *[[ボボボーボ・ボーボボ]]シリーズ *[[ボンバーキング]] *[[ボンバーマン]]シリーズ *[[Master of Epic -The ResonanceAge Universe- ]] *[[マリオパーティシリーズ]] *[[ソニックシャッフル]] *[[ミッキーマウス 不思議の国の大冒険]] *[[迷宮組曲]] *[[桃太郎伝説]]シリーズ *[[桃太郎電鉄シリーズ]] *[[野球狂]] *[[ラミア1999]] *[[ロードランナー]]シリーズ *[[ロボットポンコッツ]]シリーズ === 周辺機器 === ;ゲームコントローラー *ハドソン[[ジョイスティック]]([[ファミリーコンピュータ|FC]]用、1985年、定価3,500円、黄色) - スティック型。 *[[ジョイカード]](FC用、赤) - 色は、任天堂純正コントローラー色と同じ。連射コントローラー。 *ジョイカードMK.2(FC用、1986年6月、定価1,980円、赤) - 15連射コントローラー。 **ジョイカードMK.2 [[ヘクター'87]]バージョン(1987年、1,980円) **ジョイカードMK.2 [[山水電気|サンスイ]]バージョン1(1990年、定価2,980円) **ジョイカードMK.2 サンスイバージョン2(定価2,980円) **ジョイカード サンスイSSS(定価2,980円、灰色) - イヤホン出力端子もある15連射コントローラー。 **ジョイカードmkⅡ(透明色、非売品) - Bugってハニーの懸賞品。ゲーム内のパスワードを応募。 *ジョイカード([[MSX]]用) - 色は、灰色。 *ジョイカード スーパーX(MSX、[[X1 (コンピュータ)|X1]]、[[X68000]]用) *ジョイカード スーパーII(MSX用) *スーパージョイカード([[スーパーファミコン|SFC]]用、1991年、定価2,980円) *ジョイカード64(N64用) **ジョイカード64 J(N64用、緑色) - Jリーグ イレブンビート1997の懸賞品。応募券を送ると抽選で1000名に当選。 **ジョイカード64 P(N64用、青色) - パワーリーグ64の懸賞品。応募券を送ると抽選で1000名に当選。 *SBOMジョイカード([[セガサターン|SS]]用) ;外部記憶装置 *天の声 バンク([[PCエンジン|PCE]]用、[[1991年]][[9月6日]]、定価3,880円) - [[HuCARD]]型の外部記憶カード。 *天の声2(PCE用、[[1989年]][[8月8日]]、定価2,600円) - PCエンジン本体に接続する外部記憶ユニット。 ;その他 *ファミコンシステムラック(FC用、1,500円) :ファミコン本体とディスクシステムを固定するラック。 === その他の商品 === *[[シュウォッチ]] *[[てくてくエンジェル]] == 提供番組 == (★は筆頭提供番組、いずれも複数社提供) *[[メタルファイト ベイブレード]](テレビ東京系 提供時期不明) *[[Bugってハニー]]([[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系 1986.10 - 1987.9)★ *[[DOKI_DOKI_DO!]](日本テレビ 1987.10 - 1988.3)★ *[[高橋名人の面白ランド]]([[テレビ東京]]系 1986.10 - 1987.9)★ *[[おはようスタジオ]](テレビ東京系 提供時期不明) *[[藤子不二雄ワイド]](テレビ朝日系 1985 - 1987、『[[忍者ハットリくん]]』パート提供) *[[時空戦士スピルバン]](テレビ朝日系) *[[ボボボーボ・ボーボボ]](テレビ朝日系) ほか === 提供番組における補足 === *『Bugってハニー』などの筆頭提供番組での提供読みは「'''キミたちのいい脇役になりたいな。HUDSON SOFT'''」で、クレジットは白バックに「提供」の文字の下にカラーの「ハチ助」が大きく表示され、その下に「キミたちのいい脇役になりたいな。(改行){{Smaller|HUDSON GROUP}}(改行)'''HUDSON SOFT'''」と表示されていた。 *『高橋名人の面白ランド』では映像をバックに黒の縁取りに白文字で「提供(改行、ハチ助、改行){{Smaller|HUDSON GROUP}}(改行)'''HUDSON SOFT'''」とだけ表示していた。 == 関連項目 == * [[ハドソン・ミュージックエンタテインメント]] * [[高橋名人]] * [[毛利名人]] * [[中本伸一]] - 初期の中心人物のひとりで元副社長。 * [[藤原茂樹 (ゲームクリエイター)|藤原茂樹]] - PCE・SFC時代のデザイナー。 * [[ロケットスタジオ]] - 初期の中心人物のひとりである竹部隆司が1999年に設立。 * [[エヌディーキューブ]] - 元社長の遠藤英俊やマリオパーティーシリーズ開発スタッフが移籍。 * [[i-revo]] - 「i-revoミュージック&ムービーICE」を運営。 * [[新・電子立国]] - 第4回「ビデオゲーム〜巨富の攻防〜」にてハドソンの創業から発展までのエピソードが紹介されている。 == 参考文献 == * 赤木哲平『セガVS.任天堂―マルチメディア・ウォーズのゆくえ』(日本能率協会マネジメントセンター、1992年) == 脚注 == {{脚注ヘルプ}} <references /> == 外部リンク == *[http://www.hudson.jp/index.html ハドソン](リンク切れ、コナミデジタルエンタテインメント公式ページにリダイレクトされている) {{デフォルトソート:はとそん}} [[Category:ハドソン|*]] [[Category:コナミグループ]] [[Category:かつて存在した日本のコンピュータゲームメーカー]] [[Category:かつて存在した東京都の企業]] [[Category:かつて存在した北海道の企業]] [[Category:北海道発祥の企業]] [[Category:東京都港区の企業]] [[Category:1973年設立の企業]]
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