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トヴェリ
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{{世界の市 |正式名称 =トヴェリ <!--必須--> |公用語名称 ={{Lang|ru|Тверь}} <!--必須--> |愛称 = |標語 = |画像 = |画像サイズ指定 = |画像の見出し = |市旗 = |市章 =Coat of Arms of Tver (Tver oblast).png |位置図 =Map of Russia - Tver Oblast (2008-03).svg |位置図サイズ指定 = |位置図の見出し =ロシア内のトヴェリ州の位置 |位置図2 = |位置図サイズ指定2 = |位置図の見出し2 = |緯度度 =56 |緯度分 =52 |緯度秒 = |N(北緯)及びS(南緯) =N |経度度 =35 |経度分 =55 |経度秒 = |E(東経)及びW(西経) =E |成立区分 =建設 |成立日 =[[1135年]] |成立区分1 = |成立日1 = |成立区分2 = |成立日2 = |旧名 =カリーニン |創設者 = |下位区分名 ={{RUS}} <!--必須--> |下位区分種類1 =[[連邦管区]] |下位区分名1 =[[中央連邦管区]] |下位区分種類2 =[[ロシア連邦の地方区分|行政区画]] |下位区分名2 ={{Flagicon|Tver}} [[トヴェリ州]] |下位区分種類3 = |下位区分名3 = |下位区分種類4 = |下位区分名4 = |規模 =市 <!--必須--> |最高行政執行者称号 =市長 |最高行政執行者名 = |最高行政執行者所属党派 = |総面積(平方キロ) =152 |総面積(平方マイル) = |陸上面積(平方キロ) = |陸上面積(平方マイル) = |水面面積(平方キロ) = |水面面積(平方マイル) = |水面面積比率 = |市街地面積(平方キロ) = |市街地面積(平方マイル) = |都市圏面積(平方キロ) = |都市圏面積(平方マイル) = |標高(メートル) = |標高(フィート) = |人口の時点 =2008年 |人口に関する備考 = |総人口 =407,254 |人口密度(平方キロ当たり) = |人口密度(平方マイル当たり) = |市街地人口 = |市街地人口密度(平方キロ) = |市街地人口密度(平方マイル) = |都市圏人口 = |都市圏人口密度(平方キロ) = |都市圏人口密度(平方マイル) = |等時帯 =[[モスクワ時間]] |協定世界時との時差 =+4 |郵便番号の区分 =郵便番号 |郵便番号 =170000–170044 |市外局番 =+7 4822 |ナンバープレート =69 |ISOコード = |公式ウェブサイト =http://www.tver.ru/ |備考 = }} '''トヴェリ'''('''トヴェーリ''';{{lang-ru|'''Тверь'''}}<small>トヴィェーリ</small>;Tvyer')は[[ヴォルガ川]]に面する[[ロシア連邦]]の[[都市]]。[[トヴェリ州]]の州都。[[人口]]は376,400人(2004年)。ロシア有数の古い歴史を持つ都市。ヴォルガ川と[[トヴェルツァ川]]との合流点にある。[[モスクワ]]より北西に170km。モスクワと[[サンクトペテルブルク]]を結ぶ[[モスクワ・サンクトペテルブルク鉄道]]、および[[M10幹線道路 (ロシア)|高速道路M10]]が通る。 [[1931年]]から[[1990年]]までは、革命家[[ミハイル・カリーニン]]に因んで'''カリーニン'''('''{{lang|ru|Калинин}}''', Kalinin)と呼ばれていた。 == 産業 == [[ファイル:Tverskoj valtakatu.jpg|thumb|250px|left|トヴェリ市街]] ロシアの重要な工業都市のひとつで、鉄道列車製造、木材加工、繊維工業、化学工業などが盛ん。ロシア最大級の空軍輸送機基地・ミガロヴォ(Migalovo)が近郊にある。 [[2003年]]9月に、[[ウラジーミル・プーチン]]大統領と[[ドイツ]]の[[ゲアハルト・シュレーダー]]首相とのあいだで、[[バイオマス]]発電についての共同開発をトヴェリを拠点として行なうことが約束された。 トヴェリは、トヴェリ国立大学をはじめ技術大学、医科大学、軍事大学、農業大学、様々な単科大学などの高等教育・研究機関が置かれ、モスクワの大学や研究所も支部をトヴェリに置いているところがある。 == 歴史 == [[ファイル:Uspenski church Tver.JPG|thumb|250px|left|[[生神女就寝大聖堂]](ウスペンスキー聖堂)]] トヴェリの町は[[12世紀]]に興り、トヴェリの名の文献における初出は[[1164年]]に遡る。もと[[ノヴゴロド]]の商人の小さな交易拠点であったトヴェリは[[1209年]]に[[ウラジーミル (ウラジーミル州)|ウラジーミル]]の[[ウラジーミル大公国|大公]]の手に渡った。[[1246年]]に英雄[[アレクサンドル・ネフスキー]]がトヴェリを弟の[[ヤロスラフ3世|ヤロスラフ・ヤロスラヴィチ]]に与え、[[1247年]]より[[トヴェリ大公国|トヴェリ公国]]の[[首都]]となり代々ヤロスラフの子孫が公の地位を継いだ。トヴェリ公国の公のうち4人は[[モンゴルのルーシ侵攻|侵入してきた]]モンゴル人の[[ジョチ・ウルス]](キプチャク・ハン国)との戦いで戦死し、後に[[ロシア正教会]]により列聖されている。 深い森と沼地だったトヴェリでは開墾が進み、トヴェリ公国は[[ルーシ]]諸国の中でも有数の豊かさと人口を誇る強国となった。タタール人に襲撃されにくい西北に位置したため、荒廃の極にあったルーシ南部からは人口の流入も絶えなかった。[[13世紀]]の末には[[モスクワ]]に対抗してルーシの覇権を争う力をつけてきた。トヴェリもモスクワもロシアでは若い都市であり記録も少ない。 === トヴェリ大公 === [[ファイル:Mikhailtver.jpg|thumb|250px|[[ミハイル・ヤロスラヴィチ]](トヴェリのミハイル)。ジョチ・ウルスに殺された後、列聖され聖ミハイルとなった]] [[ファイル:St Mihail Tver.JPG|left|thumb|聖ミハイル聖堂]] トヴェリ公国の祖である[[ヤロスラフ3世|ヤロスラフ・ヤロスラヴィチ]]の息子、'''[[ミハイル・ヤロスラヴィチ]]'''(トヴェリのミハイル)は[[1285年]]にトヴェリ公となり[[リトアニア]]や[[スウェーデン]]と戦い、[[1305年]]には[[ウラジーミル大公]]として戴冠し「'''全ルーシの大公'''」を自称した最初のトヴェリ大公となった。彼は中世ロシアでも最も敬愛を集めた君主であったが、[[ウズベク・ハン]]率いるジョチ・ウルスおよびその後ろ盾を受けた[[モスクワ大公国|モスクワ公国]]と戦ったため、[[1318年]]にウズベク・ハンの首都[[サライ (都市)|サライ]]で殺された。息子[[ドミトリー・ミハイロヴィチ]]が跡を継ぎ、強国であった[[リトアニア大公国]]と組んでトヴェリ大公の力を高めた。 [[ファイル:Mosque Tver.JPG|thumb|250px|トヴェリの[[モスク]]]] [[ファイル:Logging.jpeg|thumb|250px|1910年のトヴェリとヴォルガ川の貯木場]] ドミトリーの力の伸長にいらだったモスクワ公国のイヴァン・カリタ公([[イヴァン1世]])は巧みにジョチ・ウルスを操り、[[1326年]]にはドミトリーはウズベク・ハンに処刑された。翌[[1327年]]、トヴェリでは代官としてウズベク・ハンが派遣した息子チョルの圧政に耐えかね、[[生神女就寝祭]]([[8月15日]])の日にタタールの圧制に対する民衆の暴動が起き、チョルも殺害された。イヴァン1世はウズベク・ハンと大軍を率いてトヴェリを襲い、暴動を弾圧し、市民の多くを殺害・奴隷化・追放し、トヴェリ大公でドミトリーの弟[[アレクサンドル・ミハイロヴィチ (トヴェリ大公)|アレクサンドル・ミハイロヴィチ]]は[[プスコフ]]へ逃亡した。この虐殺はトヴェリ大公国に対する致命傷となった。アレクサンドルはリトアニアの後ろ盾でイヴァン1世に再び対抗したものの、最終的には計略にかかりウズベク・ハンに処刑された。 [[ミハイル・アレクサンドロヴィチ (トヴェリ大公)|ミハイル・アレクサンドロヴィチ]]の治めた[[14世紀]]後半および[[イヴァン・ミハイロヴィチ (トヴェリ大公)|イヴァン・ミハイロヴィチ]]が治めた[[15世紀]]前半、トヴェリ大公国は大公の地位を巡る争いでさらに弱体化した。[[カシン]]分領と[[ホルム]]分領は大公家の分家であり、大公家とも激しく争った。この争いに対しモスクワ大公国が分領を支援して介入し、仲介にもあたった。 モスクワ大公[[ヴァシーリー2世]]の治世前半の[[1420年代]]から[[1450年代]]、モスクワ大公国では大公位をめぐる内戦が起き、トヴェリ大公国は再度重要な勢力として登場し、[[リトアニア大公国]]、[[ノヴゴロド公国]]、[[東ローマ帝国]]、ジョチ・ウルスなどと連合した。この時期、トヴェリ大公[[ボリス・アレクサンドロヴィチ (トヴェリ大公)|ボリス・アレクサンドロヴィチ]]は[[アファナシイ・ニキチン]](アタナシオス・ニキチン、Afanasiy Nikitin)を金やダイヤの探索のため[[インド]]に向かわせている。[[1466年]]から[[1472年]]までのニキチンの旅行記は、おそらくヨーロッパ人最初のインド旅行記であろう。[[1955年]]にはトヴェリのヴォルガ川沿岸にニキチン像が建てられている。 === トヴェリ公国の最後とロシア帝国 === [[ファイル:Putevoy dvorets Tver.JPG|thumb|250px|left|トヴェリ行宮]] [[ファイル:LeninTver.JPG|thumb|250px|トヴェリ市街とレーニン像]] [[1485年]][[9月12日]]、[[イヴァン3世]]はついにトヴェリを占領し、トヴェリ大公国は[[モスクワ大公国]]に併合される。トヴェリはイヴァンの孫の属領として与えられ、その数十年後に廃位された。トヴェリ大公家の最後の子孫は[[イヴァン4世]](イヴァン雷帝)の治世の[[オプリーチニナ]]制度の下で粛清された。トヴェリは[[カシモフ・ハン国]]の元ハンである[[シメオン・ベクブラトヴィチ]]に与えられ、その後の[[動乱時代]]を過ごした。シメオンの短い治世の名残は、トヴェリの28km北東のクシャリノ村の尖塔状の優美な教会堂に残っている。 しかしトヴェリは衰退から一転して成長に転ずる。新首都[[サンクトペテルブルク]]が建設されるとトヴェリはモスクワ=ペテルブルク間の河川交通路・道路(後に鉄道)の主要な中継点となった。ロシア帝国の貴族や皇族、有名人らが両都を往復し、トヴェリに立ち寄った。 [[1763年]]の大火の後、大勢の犠牲者が出て荒廃したが、[[エカテリーナ2世]]により市街は再建され、[[新古典主義]]の街並みが新たに造られた。崩壊寸前の中世建築の廃墟は撤去され、[[新古典主義建築]]の建物に変わっていった。主なものは女帝の行宮([[マトヴェイ・カザコフ]]設計)および主の昇天教会(リヴォフ公設計で1813年に献堂)である。 === ソ連時代 === [[ファイル:East bridge.jpg|thumb|250px|left|ヴォルガ川とトヴェリ東橋]] [[1931年]]、トヴェリはこの地方で生まれた革命家[[ミハイル・カリーニン]]に因んでカリーニン市と改名された。[[ピョートル大帝]]時代以前(pre-Petrine)の最後の痕跡であった救世主聖堂は[[1936年]]に爆破され、[[1940年]]には近郊の[[オスタシコフ]]で[[内務人民委員部]](NKVD)により6200人以上のポーランド人警官や囚人らが処刑された。[[冷戦]]時にはクリュチコヴォ空軍基地があったが、冷戦後に廃止された。1990年に市の名前はトヴェリに戻された。 [[1941年]]の2ヵ月間、[[独ソ戦]]により[[ドイツ国防軍]]がカリーニンを2か月ほど占領し、市街は廃墟と化した。大規模なレジスタンスが市街と近郊で起こり、ドイツ軍は3万人の損害を出したとされる。カリーニンはヨーロッパで最初にドイツ軍から解放された大都市となった。 郊外にある白い[[至聖三者教会]]([[1564年]])を除き、現在のトヴェリには中世の歴史を語る建物は残っていない。市街地や橋、河岸にはエカテリーナ2世時代の新古典主義建築とソビエト時代の建築がならんでいる。 == 友好都市 == [[ファイル:Boat station in Tver.JPG|thumb|250px|トヴェルツァ川のボート乗り場]] * {{Flagicon|GER}} [[オスナブリュック]](ドイツ) * {{Flagicon|USA}} [[バッファロー (ニューヨーク州)|バッファロー]](アメリカ合衆国) * {{Flagicon|ITA}} [[ベルガモ]](イタリア) * {{Flagicon|HUN}} [[カポシュヴァール]](ハンガリー) * {{Flagicon|BUL}} [[ヴェリコ・タルノヴォ]](ブルガリア) * {{Flagicon|FRA}} [[ブザンソン]](フランス) * {{Flagicon|POL}} [[ルブリン]](ポーランド) * {{Flagicon|FIN}} [[ハメーンリンナ]](フィンランド) * {{Flagicon|CHN}} [[営口市|営口]](中華人民共和国) == 有名な出身者 == *[[ミハイル・サルトィコフ=シチェドリン]](小説家) *[[アンドレーイ・トゥーポレフ]](航空機の設計者、近郊で生まれトヴェリで学ぶ) *[[ミハイル・バクーニン]](ロシア帝国の革命家) *[[ボリス・プーゴ]](ソ連後期の政治家) *[[レオニド・スコトニコフ]](国際司法裁判所の裁判官) *[[アレクサンドル・スミルノフ]](男子フィギュアスケート選手) == 外部リンク == * [http://www.tver.ru/ トヴェリ市のサイト] * [http://tver-russia.com/history.html English-language website on Tver] * http://www.gallery.tversu.ru/ * http://www.tverich.newmail.ru/newtver.htm * http://www.mojgorod.ru/tversk_obl/tver/index.htm {{Commonscat|Tver}} {{DEFAULTSORT:とうえり}} [[Category:トヴェリ州の都市]]
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