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デンゼル・ワシントン
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{{出典の明記|date=2014年3月}}{{独自研究|date=2014年3月}} {{ActorActress | 芸名 = Denzel Washington | ふりがな = デンゼル・ワシントン | 画像ファイル = Denzel Washington.jpeg|thumb|200px| | 画像サイズ = 230px | 画像コメント = 2000年[[ベルリン国際映画祭]]『[[ザ・ハリケーン (映画)|ザ・ハリケーン]]』記者会見にて、Jaud撮影 | 本名 = Denzel Hayes Washington Jr. | 別名 = | 出生地 ={{USA}}[[ニューヨーク州]]マウント・バーノン | 民族 = [[アフリカン・アメリカン|アフリカ系アメリカ人]] | 血液型 = | 生年 = 1954 | 生月 = 12 | 生日 = 28 | 没年 = | 没月 = | 没日 = | ジャンル = [[俳優]] | 活動時期 = [[1981年]]- | 活動内容 = | 配偶者 = Pauletta Washington (1983年 - ) | 主な作品 =『[[マルコムX (映画)|マルコムX]]』<br />『[[遠い夜明け]]』<br />『[[トレーニングデイ]]』<br />『[[マイ・ボディガード]]』<br />『[[インサイド・マン]]』<br />『[[デジャヴ (映画)|デジャヴ]]』 | アカデミー賞 = '''[[アカデミー主演男優賞|主演男優賞]]'''<br />[[第74回アカデミー賞|2001年]]『[[トレーニングデイ]]』<br />'''[[アカデミー助演男優賞|助演男優賞]]'''<br />[[第62回アカデミー賞|1989年]]『[[グローリー (映画)|グローリー]]』 | ベルリン国際映画祭 = '''[[銀熊賞 (男優賞)]]'''<br />[[第43回ベルリン国際映画祭|1993年]]『[[マルコムX (映画)|マルコムX]]』<br />[[第50回ベルリン国際映画祭|2000年]]『ザ・ハリケーン』 | ゴールデングローブ賞 = '''[[ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|主演男優賞 (ドラマ部門)]]'''<br />1999年『[[ザ・ハリケーン (映画)|ザ・ハリケーン]]』<br />'''[[ゴールデングローブ賞 助演男優賞|助演男優賞]]'''<br />1989年『[[グローリー (映画)|グローリー]]』 | ニューヨーク映画批評家協会賞 = '''[[ニューヨーク映画批評家協会賞 主演男優賞|主演男優賞]]'''<br />[[第58回ニューヨーク映画批評家協会賞|1992年]]『[[マルコムX (映画)|マルコムX]]』 | ロサンゼルス映画批評家協会賞 = '''[[ロサンゼルス映画批評家協会賞 主演男優賞|主演男優賞]]'''<br />[[第27回ロサンゼルス映画批評家協会賞|2001年]]『[[トレーニングデイ]]』 | トニー賞 = '''[[トニー賞 演劇主演男優賞|演劇主演男優賞]]'''<br />2010年『''[[:w:Fences (play)|Fences]]''』 | その他の賞 = }} '''デンゼル・ワシントン'''([[英語]]: {{en|'''Denzel Washington'''}}, 本名: デンゼル・ヘイズ・ワシントン・ジュニア、{{en|Denzel Hayes Washington Jr.}}, [[1954年]][[12月28日]] - )は、[[アメリカ合衆国]][[ニューヨーク州]]マウント・バーノン出身の[[俳優]]。これまでに2回[[アカデミー賞]]に輝いているほか、[[ベルリン国際映画祭]]でも2度の男優賞を受賞、さらに舞台では、[[トニー賞]][[トニー賞 演劇主演男優賞|演劇主演男優賞]]を受賞している。アメリカを代表する映画俳優の1人であると同時に、映画監督、舞台俳優でもある。 官僚、将校、ジャーナリストなど、硬派な[[インテリ]]で真面目な性格の人物を多く演じている。[[スパイク・リー]]との3度目のコラボレーション作『[[ラストゲーム]]』(''He Got Game'')では、妻を殺した罪で服役中の元[[バスケットボール]]プレイヤーという役柄を演じたが、彼自身もセミプロ級の腕前である。身長は184cm。 [[1989年]]、『[[グローリー (映画)|グローリー]]』で、[[アカデミー助演男優賞]]を受賞。[[アカデミー主演男優賞]]に最も近い黒人俳優として、その日はいつかと期待されていたが、遂に2002年『[[トレーニングデイ]]』で、[[アフリカン・アメリカン|アフリカ系アメリカ人]]では[[シドニー・ポワチエ]]に続いて2人目となる[[アカデミー主演男優賞]]を受賞した。 == 生い立ち == === 幼少期 === デンゼル・ワシントンは[[ニューヨーク州]]マウント・ヴァーノン(Mount Vernon, New York)で生まれた。姉ロリース(Lorice)と弟デイヴィッド(David)がいる。母親のレニース(Lennis)は、[[ジョージア州]]で生まれてニューヨーク州[[ハーレム (ニューヨーク市)|ハーレム]]で育った<ref>Nickson, Chris (1996). Denzel Washington. St. Martin's Paperbacks, 9-11. ISBN 0312960433. </ref>。 母親のレニースは美容師として2つの美容院を経営すると同時に、夫(デンゼルの父)が担当する教会で[[ゴスペル (音楽)|ゴスペル]][[歌手]]の仕事を行うという、当時([[1950年代]])としては比較的珍しい職業婦人だった(1950年代のアメリカでは、結婚して子供が生まれてからも働く女性はあまり多くなく、ましてや自分の会社や店を自分で経営する女性は更に少なく、黒人層では皆無に近かった)。父親のレヴランド・デンゼル・ワシントン・シニア(Reverend Denzel Washington Sr.)は[[バージニア州|ヴァージニア州]]デルウィン生まれで、[[ペンテコステ派]]の[[牧師]]で二つの教会を担当すると同時に、[[水道局]]と地元のデパート「S.Klein」でも働いていた。 [[人種差別]]が合法であった[[公民権法]]施行前のアメリカにおいて、夫婦は黒人であるが故に理不尽なあつかいを受ける辛酸を舐めてきたため、3人の子供達には可能な限り良質な教育を授けようと必死だった、と後に語っている。両親が多忙で家を空けていることが多かったため、デンゼルを含む3人の子供達は学校が終わってから両親が迎えに来るまでの間や週末は、ボーイズ&ガールズクラブ(アメリカの青少年育成団体)に預けられ、デンゼルはそこで多くのスポーツに熱中した。また、母親が経営する美容院でも多くの時間を過ごし、デンゼルはそこで話を作る面白さを客から学んだ。 デンゼルが14歳の時に両親の関係は悪化したが、デンゼル自身と姉はそれぞれ別の全寮制寄宿学校に入れられていたため、両親が[[離婚]]した事は暫く後になってから知らされた。デンゼルは、[[ニューヨーク州]]マウント・ヴァーノンのペニングトン・グリムス小学校(Pennington Grimes Elementary)でグラマー・スクール(grammar school)に通い、そこで様々なスポーツを嗜んだ。反抗期は酷く、彼の行いの粗暴さを心配した母親は、デンゼルの数人の友人が[[少年院]]に送られたのを見届けた後、デンゼルを更生させるために全寮制の寄宿学校に送った。母親が、デンゼルの成長期に[[映画]]を観る事を禁じていたのも、少しでも暴力的な状況から遠ざけるためであった。デンゼルの粗暴な振舞いは、数人の友人が少年院に送られた事を目の当たりにした事や、母親からの教育的指導のおかげで後に改善している。 === 青年期 === デンゼルは子供の頃、[[テキサス州]]の工科大学([[:en:Texas Tech University|Texas Tech University]])に行きたいと思っていた。この事についてデンゼルは、「私は子供の頃マウント・ヴァーノンのボーイズクラブで多くの時間を過ごして、レッド・レイダース(Red Raiders)というチームを作った。だから高校生の時、私が子供の頃所属していたチームと似たような[[ユニフォーム]]を使っている、レッド・レイダースと呼ばれていた[[テキサス州]]ラボック(Lubbock)の大学に行ってみたかったんだ」と語っている。 高校卒業後デンゼルは、[[オクラホマ州立大学]]に通ったものの、興味をかきたてるものに出会う事が出来ずにすぐに中退した。改めて[[1977年]]に[[ニューヨーク州]][[フォーダム大学]](Fordham University)の[[ドラマ]]及び[[ジャーナリズム]]学部に編入し直すまで、ベビーシッターを含む様々な職を経験し、その経験は後の俳優人生において役作りに大いに役立った、と語っている。 大学[[バスケットボール]]では指折りの強豪校であるフォーダム大学で、ピー・ジェイ・カールシモ(P.J.Carlesimo)コーチ指導の下で[[バスケットボール]]にも熱中し、今でも時間を見つけると[[バスケットボール]]を楽しんでいる。フォーダム大学でサマーキャンプに参加し、そこで寸劇の演出を担当した事から演技に強い関心を寄せ、[[ジャーナリズム]]の学位を取得して卒業後、[[サンフランシスコ]]のアメリカン・コンサバトリー・シアター(American Conservatory Theatre)で1年間演技を学んだ。 == キャリア == === 初期のキャリア=== 最初にプロの俳優として表舞台に立ったのは、TV映画『ウィルマ』であり、映画デビューを果たしたのは[[1981年]]の『ハロー、ダディ!』であった。彼にとって最初の転機となったのは、病院を舞台とした医学ドラマで[[1982年]]から[[1988年]]まで放送された、『St. Elsewhere』である。彼はこのシリーズに約7年間出演し、誠実で有能な若い医師役は注目される大きな理由となった。 TVや映画、あるいは舞台でいくつかの端役をこなした後、[[1987年]]に[[リチャード・アッテンボロー]]監督作の反[[アパルトヘイト]]活動家[[スティーヴ・ビコ]]の人生を描いた伝記映画『[[遠い夜明け]]』でビコを演じ、初めて[[アカデミー助演男優賞]]にノミネートされた。[[1989年]]、『[[グローリー (映画)|グローリー]]』で冷静でありながらも反抗的な元奴隷を演じて、[[アカデミー助演男優賞]]を授与された。同じ年には『女王と祖国のために』で、[[カリブ海]]生まれでイギリスの[[落下傘部隊]]に戻った男、ルーベン・ジェームスを演じた。 === 1990 - 2000年代 === [[1990年]]夏、デンゼルは映画『ミシシッピー・マサラ』で、デメトリウス・ウィリアムズを演じた。[[1992年]]、過去最高の批判と絶賛を同時に浴びた[[スパイク・リー]]監督の伝記映画『[[マルコムX (映画)|マルコムX]]』でタイトルロールを演じた。彼が演じた攻撃的な黒人解放闘士の役は、彼にオスカーノミネーションをもたらした。この映画は、映画批評家のロジャー・エバートからは「[[人種]]間の[[緊張]]と[[対立]]を煽っているだけだ」と強い批判を浴び、一方で[[映画監督]]の[[マーティン・スコセッシ]]からは、「[[1990年代]]に作られた[[映画]]の内最も素晴らしい作品10本に入る」と評された。 映画『マルコムX』は、一夜にして彼のキャリアを大きく変え、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]で最も尊敬されるべき俳優にまでのし上げた。後に同じような役のオファーを受ける事になるが、型にはまった俳優にはなりたくなかった彼は、[[マーティン・ルーサー・キング・ジュニア|キング牧師]]のような役を断っている。翌[[1993年]]、[[後天性免疫不全症候群|エイズ]]を扱った映画『[[フィラデルフィア (映画)|フィラデルフィア]]』で、違う意味で自身のキャリアを危ぶませる役、[[ホモフォビア|ゲイ嫌い]]の弁護士ジョー・ミラーを演じている。この映画では、やはり[[ゲイ]]の[[後天性免疫不全症候群|エイズ]]患者という[[リスク]]の大きい役を演じた[[トム・ハンクス]]と共演している。評論家は、これまでのキャリアを犠牲にする覚悟で果敢に難役に挑戦したことを絶賛している。[[1990年代]]初頭から中期にかけては、評価の高かったスリラー映画『[[ペリカン文書]]』と『[[クリムゾン・タイド]]』、コメディ映画では『[[から騒ぎ (1993年の映画)|から騒ぎ]]』、そしてロマンティックドラマ映画では『[[天使の贈り物]]』などに主演、[[ハリウッド]]の先導役という地位を固めていった。 主役級の人気黒人俳優として、予防的に配慮しなければいけない部分もあるようで、1995年の映画『[[バーチュオシティ]]』では、共演の白人女優[[ケリー・リンチ]]との[[接吻|キス]]シーンを断っている。[[インタビュー]]でケリー・リンチは、「異人種間の恋愛シーンに何の問題も無いので、キスシーンに抵抗はなかった」と答えたが、デンゼルは、「白人男性をターゲットにした映画で白人女性とキスをすれば、あっという間に攻撃の対象にされるからしたくない」と答えている。ケリー・リンチは更に、「それはとても恥ずかしい事で、いつか世界が異人種間の恋愛にこだわらなくなる事を待っている」と答えた。似たような状況は、映画『ペリカン文書』で[[ジュリア・ロバーツ]]との間にも起こっている。ジュリア・ロバーツは、「いつこの人とキスが出来るのだろう」と撮影の間中ドキドキしていたが、「ハグと頬へのキスで終わってしまい、がっかりした。何の問題もないのに」と[[インタビュー]]で答えている。 こうした白人女優とのキスを断る姿勢は、[[1989年]]の映画『刑事クイン/妖術師の島』から始まっている。この映画では唯一、共演の[[ミミ・ロジャース]]とキスをしたが、試写で黒人女性からのブーイングを浴びたため、編集に頼んでカットしてもらっている。後にデンゼルは、「[[ニューズウィーク]]」誌での[[インタビュー]]で、「映画の中で黒人女性とカップルを演じる事は少ない、けれど彼女たちは大切なファンだ」と答えている。しかしながら、[[1998年]]、[[スパイク・リー]]監督作『[[ラストゲーム]]』では、[[ミラ・ジョヴォヴィッチ]]とのセックスシーンに挑戦している。 [[1999年]]映画『[[ザ・ハリケーン (映画)|ザ・ハリケーン]]』で、3つの殺人事件で告発されて約20年間獄中で過ごしたボクサー[[ルービン・カーター]]を演じ、[[アカデミー主演男優賞]]にノミネートされた。この作品については、[[史実]]との整合性について新聞その他[[マスメディア|マスコミ]]で論争が巻き起こったものの、[[2000年]]の[[ゴールデン・グローブ賞]]と[[ベルリン国際映画祭]]における銀熊賞を受賞した。 TV映画『奇跡のランナー/ロレッタ・クレイボーン』の終盤に出演しており、[[ロレッタ・クレイボーン]]に、彼女の勇気を讃えアーサー・アッシュ・イーエスピーアイ(Arthur Ashe ESPY)賞を授けている。 === 2000年 - 2010年 === [[2000年]]、ディズニーフィルムの『[[タイタンズを忘れない]]』に主演し、この映画はアメリカ国内だけでも1億ドルを叩き出した。[[2001年]]、『[[トレーニング・デイ]]』で[[アカデミー主演男優賞]]を受賞。この映画では、ロサンゼルス市の汚職警官を演じる。「[[オスカー]]を獲得したのは、前作『ザ・ハリケーン』で演じた役柄とは180度違う役でも正々堂々と潔く演じたからだ」と批評家は絶賛した。 その後[[2002年]]、[[健康保険]]の問題を鋭く突いた社会派の映画『[[ジョンQ -最後の決断-]]』で主演し、最初の[[映画監督|監督]]作品『[[アントワン・フィッシャー 君の帰る場所]]』では助演をつとめた。そして、[[2003年]]から[[2004年]]にかけてはサスペンス映画『タイムリミット』、『[[マイ・ボディガード]]』、『[[クライシス・オブ・アメリカ]]』で主演をつとめた。[[2006年]]3月には、立てこもりの銀行強盗犯を描いた『[[インサイド・マン]]』が公開され、監督は再び[[スパイク・リー]]、共演は[[ジョディ・フォスター]]、[[クライヴ・オーウェン]]である。同年11月には、[[トニー・スコット]]監督との3度目のコラボとなる『[[デジャヴ (映画)|デジャヴ]]』が公開。 そして[[2007年]]には、『[[バーチュオシティ]]』に続いて[[ラッセル・クロウ]]と映画『[[アメリカン・ギャングスター]]』で共演、4630万ドルのオープニングセールスを記録し、キャリア史上最高のオープニング成績を残した。デンゼル・ワシントン監督作第2作目の『グレート・ディベーター 栄光の教室』では、主演もつとめた。[[2009年]]には、[[ウォルター・マッソー]]主演で製作および公開された[[1974年]]の[[スリラー]][[映画]]『[[サブウェイ・パニック]]』の[[リメイク]]、『[[サブウェイ123 激突]]』(The Taking of Pelham 1 2 3)で[[ジョン・トラボルタ]]と共演、このときは、『[[デジャヴ (映画)|デジャヴ]]』に続いて、[[トニー・スコット]]がメガホンを執った。 [[2010年]]に入ると、映画ではアクション作品への出演が増える。SF映画『[[ザ・ウォーカー]]』(The Book of Eli)では、[[ゲイリー・オールドマン]]と共演、監督には[[アルバート・ヒューズ]](Albert Hughes)を迎えて製作された。同作品は、[[2009年]]2月に[[ニューメキシコ州]]で撮影が開始され、[[2010年]]1月15日に全米公開された。次に、アクション映画『[[アンストッパブル (映画)|アンストッパブル]]』では、再び[[トニー・スコット]]監督とタッグを組み、共演には若手俳優の[[クリス・パイン]]を迎えている。 === 2011年 - === [[2012年]]には、アクション映画『[[デンジャラス・ラン]]』で若手俳優[[ライアン・レイノルズ]]と共演し、久々の悪役を演じている。そして[[2013年]]、映画『[[フライト (映画)|フライト]]』では、 アカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、3度目のオスカーかと囁かれたものの、受賞は逃した。また、ブロードウェイの舞台も、新作を準備中であると言われている。 == 舞台俳優として == [[2005年]]、[[シェイクスピア]]作『[[リチャード3世]]』([[1990年]]上演)以来、15年ぶりに舞台俳優業に再挑戦し、同じシェイクスピア作の『[[ジュリアス・シーザー]]』で、[[マルクス・ユニウス・ブルトゥス|ブルータス]]を演じた。[[2010年]]、『''[[:w:Fences (play)|Fences]]''』で主役のトロイ・マクソンを演じ、[[トニー賞]][[トニー賞 演劇主演男優賞|演劇主演男優賞]]を受賞した。 == 演技 == デンゼルは、トレーラーハウスで[[コーヒー]]を飲んだり、[[葉巻]]を吸っていたりする時<ref>控え室にいる時</ref>は普段の彼だが、一歩外に出ると、撮影外でも役者になりきってしまう。そのため、映画『[[マイ・ボディガード]]』(''Man on Fire'')の最初の頃<ref>作品中での役柄が無口な段階</ref>、[[ダコタ・ファニング]]を助手席に乗せて撮影外で運転をしても、彼は正面を向いて一言も彼女と話さなかった。彼女のほうは、もっぱら台本か新聞を読んでおり、「『[[アイ・アム・サム]]』でのショーンもそうだったから、気にしなかった」と語っている。 == 私生活 == [[1983年]]、映画『ウィルマ』のセットで出会った、女優のポーレッタ・ピアソン(現在はポーレッタ・ワシントン)と結婚。ワシントン夫婦は4人の子供を授かっており、[[1984年]]7月28日生まれの長男[[ジョン・ディヴィッド・ワシントン]]は、2006年の5月に[[NFL|プロフットボール]]チーム、[[セントルイス・ラムズ]]と雇用契約を交わしている。彼は、[[モアハウス大学]]にフットボールの[[特待生]]として学費全額免除で通っていた。[[1987年]]11月28日生まれの長女カティアは、名門[[イェール大学|エール大学]]に入学した。双子のオリヴィアとマルコム(マルコムXからの命名)は、[[1991年]]4月10日生まれである。マルコムは現在[[ペンシルベニア大学]]に通い、[[フットボール]]をプレイしている。オリヴィアは[[俳優|女優]]志望で、[[ニューヨーク大学]]に通っている。[[1995年]]にワシントン夫妻は、[[南アフリカ]]で[[デズモント・ツツ]]司教同席の中で夫婦の誓いを改めて行った。 デンゼルは家族とともに、[[テキサス州]]サン・アントニオ(San Antonio, Texas)のブルック陸軍病院(Brooke Army Medical Center)に入院している兵士達を慰問に訪れた。後日デンゼルは、入院している兵士達の家族を宿泊させるための小さなホテル、フィッシャー・ハウスズ(Fisher Houses)に寄付をしている。[[2006年]]10月、デンゼルは、『ハンド・トゥ・ガイド・ミー(Hand to Guide Me)』(邦題『僕が大切にしている人生の知恵を君に伝えよう』)を著し、[[ベストセラー]]になった。本の内容は、著名な俳優・政治家・スポーツ選手などが、子供時代のどんな体験が自身の職業を決める上でどう働いたのかを説いたものである。その本はアメリカの子供たちのために活動する協会から出版され、デンゼルは講演を依頼された。 デンゼルは俳優を志す前、大学卒業後の進路について迷っていた時期に、亡父と同じく牧師になりたいと考えた事もあり、現在でも敬虔な[[クリスチャン]]としても知られている。 また[[2007年]][[5月20日]]、[[モアハウス大学]]から[[名誉博士号]]を授与されている。 == 黒人俳優として == [[アメリカ]]における[[人種差別]]を[[背景]]に、[[黒人]][[俳優]]が長年「型にはまった知能の低い[[悪党]]」という役柄か、エンタテイナー、あるいは家族で観られる[[コメディー]][[映画]]にしか出演の機会を与えられなかった[[ハリウッド]]において、デンゼルは極めて独特な地位を築いた事で知られている。 『[[エリン・ブロコビッチ]]』で[[アカデミー主演女優賞]]を受賞した[[ジュリア・ロバーツ]]は、「[[ニューズウィーク]]」誌の取材に対して、「デンゼルなら、[[オスカー]]を3つもらっても少ないぐらい」と評している。またデンゼルとは『[[グローリー]]』『[[戦火の勇気]]』『[[マーシャル・ロー]]』と3度タッグを組み、双方とも全幅の信頼を寄せている[[映画監督]]の[[エドワード・ズウィック]]も、「[[白人]]俳優を主役に想定した脚本ばかりが映画化される」と同誌の[[インタビュー]]で答えている。「黒人らしい」お定まりの脇役しか演じる機会を与えられないというのが、アメリカにおいての黒人俳優の状況・問題でもあるが、その中でデンゼルは、誇り高い黒人、目的を持ち強く冷静に生きていく男の姿を多彩な役柄で演じ分ける事でハリウッドの[[伝統]]に抵抗し続けている。[[1984年]]デンゼルは、[[第二次世界大戦]]中の[[米陸軍]]における黒人兵士間の対立を描いた映画、『[[ソルジャー・ストーリー]]』に出演した。黒人[[コメディアン]]の[[エディ・マーフィ]]がハリウッドで大受けしていた時代に、デンゼルは[[コメディー]]だけが黒人俳優の仕事ではないと主張するため、敢えて人種間の緊張を引きずる作品に出ていたのである。 [[1970年代]]後半、まだ駆け出しの新人俳優だったデンゼルは、大[[先輩]]で大[[親友]]、[[師匠]]でもある[[シドニー・ポワチエ]]に、「君のキャリアは最初の3~4本の出演作で決まる。自分がいいと信じる役が来るまで待つべきだ」とアドバイスされ、言われるがままにいくつかの「黒人らしい」役を断った。その後、社会派の伝記映画『[[遠い夜明け]]』の[[スティーヴ・ビコ]]役に抜擢され、オスカー俳優の[[ケヴィン・クライン]]相手に一歩も引けを取らぬ見事な演技を披露して、社会派の黒人俳優だと世間に認識され、[[アカデミー助演男優賞]]にノミネートされた。現在デンゼルは、他の多くの黒人俳優のようにコメディアンやエンタテイナー、あるいは名悪役として認知されるのではなく、[[社会派]]の名優としての地位を完璧なまでに築いた。 == トリビア == * [[ニューヨーク・ヤンキース]]ファンである。 * [[バスケットボール]]チームの[[ロサンゼルス・レイカーズ]]の[[ファン]]でもあり、特等席のチケットを持っているが、マスコミにみつかるといつも素晴らしい試合だったと答えなければならないため、好きな試合は自宅で観戦する事にしている。 * デンゼルは、2人目の黒人主演男優賞受賞者である。1人目は[[シドニー・ポワチエ]]であり、デンゼルが最優秀主演男優賞を受賞した夜、彼もまたアカデミー名誉賞を受賞していた。2人はこの夜以前に別のアカデミー賞を受賞している。デンゼルは主演男優賞受賞後のスピーチで、たとえこの先別のオスカーが授与されようとも、これからもポワチエの足跡を追って行く、と明言した。しかしながら、デンゼルはオスカーを2度授与された唯一の黒人俳優で、ノミネーションも5回で黒人俳優の中で最多。 * デンゼル・ワシントンはいくつかの伝記映画で、史実との整合性や実在の人物との人間像の食い違いについて、痛烈な批判を浴びている。例を挙げると、[[スティーヴ・ビコ]]([[遠い夜明け]])、[[マルコムX (映画)|マルコムX]]([[マルコムX]])、[[ルービン・カーター]](ザ・ハリケーン)、ハーマン・ブーン([[タイタンズを忘れない]])など。 * デンゼルの名前は、アニメ作品『プラウド・ファミリーProud Family』[[リッツィー・マクガイア]]で登場している。数ある黒人俳優が出演している映画で、デンゼルの名がたとえに使われることも多い。 * 2009年8月、映画『[[サブウェイ123 激突]]』の[[プロモーション]]のため来日した際、[[お台場合衆国]]を訪れ、そこで[[生野陽子]]アナウンサーがデザインした[[Tシャツ]]を気に入り、娘達へのお土産に選んだ。 * 『ザ・ハリケーン』でプロボクサー[[ルービン・カーター]]を演じるために、撮影開始の一年前から[[ロサンゼルス]]の[[ボクシング]]ジムに通い、テリー・クレイボーン(Terry Clayborn)にコーチをしてもらった。『ザ・ハリケーン』の前には『[[ボーン・コレクター]]』で寝たきりの科学捜査官役を演じたため、「撮影の合間にジムに通って体を鍛えたよ。何しろ撮影中は全く動かないから、体を動かすのが楽しくてね」とインタビューで答えている。テリー・クライボーンは、「デンゼルは20年若ければ、[[プロボクサー]]になることも夢ではなかった」と述べている。 * [[ニューズウィーク]]誌の特集で、美の基準についてデンゼルは何度も取り上げられている。 *[[1995年]]デンゼルは、映画『[[クリムゾン・タイド]]』の撮影現場を訪れた[[クエンティン・タランティーノ]]について、[[プレミア]]誌の[[インタビュー]]記事で語っている。その当時タランティーノは、クレジットされてはいないものの、既にいくつかの脚本を書いていた。デンゼルは、タランティーノが自身の脚本の中で、頻繁に[[差別用語]]を使用していることに対して非難していた。タランティーノはこの事について、もっと[[プライベート]]で話し合いをしたいと語った。デンゼルは、「もし話し合いがしたいのなら、今ここですればいいじゃないか」と返答しているが、後にタランティーノはいいアーティストだ、と語っている。しかしながらタランティーノとデンゼルの盟友[[スパイク・リー]]が激しい舌戦を繰り広げた事は、周知の事実かつ有名である。 * デンゼルの名前は父親の[[ミドルネーム]]で、父親がいつか「ドクター・デンゼル」になれるように、と願ってつけたものだった。前述の通り、[[2007年]][[モアハウス大学]]から[[名誉博士号]]を授与され、父親の願い通り「[[ドクター]]・デンゼル・ワシントン」になった。 * デンゼルは、[[1992年]]スパイク・リー監督の超大作『[[マルコムX]]』でタイトルロールを演じたが、それ以前にブロードウェイのヘンリー・ストリート・シアターの舞台『When the Chickens Came Home to Roost』でもマルコムX役を演じている。 * 日本のバラエティ番組「[[王様のブランチ]]」に出演した際、日本の映画では[[黒澤明]]の映画作品が好きだと語った。 == 出演作品 == {|class="wikitable sortable" style="font-size: 90%;" border="2" cellpadding="4" background: #f9f9f9; |- align="center" ! style="background:#B0C4DE;" | 年度 ! style="background:#B0C4DE;" | 題名 ! style="background:#B0C4DE;" | 役名 ! style="background:#B0C4DE;" | 備考 |- |rowspan=2|1974 | <br />''The Emperor Jones'' | |舞台 |- |[[狼よさらば]]<br />''Death Wish'' |路上強盗犯 |ノンクレジット |- |1975 | <br />''Othello'' | |舞台 |- |1977 |[[ウィルマ]]<br />''Wilma'' |ロバート・エルドリッジ |TV映画 |- |rowspan=3|1979 | <br />''Coriolanus'' |アデル,その他 |舞台(ビデオ発売) |- |ボクサー<br />''Flesh & Blood'' |カーク |TV映画 |- | <br />''Ceremonies in Dark Old Men'' |ボビー・パーカー |舞台 |- |rowspan=3|1981 |ハロー、ダディ!<br />''[[:en:Carbon Copy (film)|Carbon Copy]]'' |ロジャー・ポーター | |- | <br />''When the Chickens Come Home to Roost'' |マルコムX |舞台 |- | <br />''A Soldier's Play'' |メルヴィン・ピーターソン上等兵 |舞台 |- |rowspan=2|1984 |ライセンス・トゥ・キル 殺しのライセンス<br />''[[:en:License to Kill (1984 film)|License to Kill]]'' |マーティン・ソーヤー検事 |TV映画 |- |[[ソルジャー・ストーリー]]<br />''A Soldier's Story'' |メルヴィン・ピーターソン上等兵 | |- |rowspan=2|1986 |ジョージ・マッケンナ物語/暴力教室に挑んだ男<br />''[[:en:The George McKenna Story|The George McKenna Story]]'' |ジョージ・マッケンナ |TV映画 |- |[[キングの報酬]]<br />''Power'' |アーノルド・バイリングス | |- |1987 |[[遠い夜明け]]<br />''Cry Freedom'' |[[スティーヴ・ビコ]] |[[アカデミー助演男優賞]]ノミネート<br />[[ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|ゴールデングローブ主演男優賞]]ノミネート |- |rowspan=2|1988 | <br />''[[:en:St. Elsewhere|St. Elsewhere]]'' |フィリップ・チャンドラー医師 |TVシリーズ |- | <br />''Checkmates'' |シルベスター・ウィリアムス |舞台 |- |rowspan=3|1989 |刑事クイン/妖術師の島<br />''[[:en:The Mighty Quinn (film)|The Mighty Quinn]]'' |エグゼヴィア・クイン | |- |女王と祖国のために<br />''[[:en:For Queen and Country|For Queen and Country]]'' |ルーベン・ジェームス | |- |[[グローリー (映画)|グローリー]]<br />''Glory'' |トリップ二等兵 |[[アカデミー助演男優賞]]受賞<br />[[ゴールデングローブ賞 助演男優賞]]受賞 |- |rowspan=3|1990 |私の愛したゴースト<br />''[[:en:Heart Condition (film)|Heart Condition]]'' |ナポレオン・ストーン | |- |[[モ'・ベター・ブルース]]<br />''Mo' Better Blues'' |ブリーク・ギリアム | |- | <br />''The Tragedy of Richard III'' |リチャード・デューク |舞台 |- |rowspan=2|1991 |[[リコシェ (映画)|リコシェ]]<br />''Ricochet'' |ニック・スタイルズ検事補 | |- | <br />[[:en:Rabbit Ears Productions|Rabbit Ears: Anansi]]'' |アナンシー |声優<br />TVアニメ |- |rowspan=3|1992 |ミシシッピー・マサラ<br />''[[:en:Mississippi Masala|Mississippi Masala]]'' |デメトリウス・ウィリアムス | |- |[[マルコムX (映画)|マルコムX]]<br />''Malcolm X'' |[[マルコムX]] |[[銀熊賞 (男優賞)|ベルリン国際映画祭銀熊賞]]受賞<br />[[アカデミー主演男優賞]]ノミネート<br />[[ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|ゴールデングローブ主演男優賞]]ノミネート |- | <br />''[[:en:Rabbit Ears Productions|Rabbit Ears: John Henry]]'' |ジョニー・ヘンリー |声優<br />TVアニメ |- |rowspan=3|1993 |[[から騒ぎ (1993年の映画)|から騒ぎ]]<br />''Much Ado About Nothing'' |ドン・ペドロ | |- |[[ペリカン文書 (映画)|ペリカン文書]]<br />''The Pelican Brief'' |グレイ・グランサム記者 | |- |[[フィラデルフィア (映画)|フィラデルフィア]]<br />''Philadelphia'' |ジョー・ミラー弁護士 | |- |rowspan=3|1995 |[[クリムゾン・タイド]]<br />''Crimson Tide'' |ロン・ハンター少佐 | |- |[[バーチュオシティ]]<br />''Virtuosity'' |パーカー・バーンス警部補 | |- |[[青いドレスの女]]<br />''Devil in a Blue Dress'' |エゼキエル・ローリンズ | |- |rowspan=2|1996 |[[戦火の勇気]]<br />''Courage Under Fire'' |ナサニエル・サーリング中佐 | |- |[[天使の贈り物]]<br />''The Preacher's Wife'' |ダドリー | |- |rowspan=2|1997 | <br />''[[:en:Happily Ever After: Fairy Tales for Every Child|Happily Ever After: Fairy Tales for Every Child]]'' |オマル王の声/ルイ軍曹 |TVシリーズ<br />Season1#5/Season2#26 |- | <br />''Mother Goose: A Rappin' and Rhymin' Specisal'' |オマル王の声/ルイ軍曹 |TV映画 |- |rowspan=3|1998 |[[悪魔を憐れむ歌 (映画)|悪魔を憐れむ歌]]<br />''Fallen'' |ジョン・ホブス刑事 | |- |[[ラストゲーム]]<br />''He Got Game'' |ジェイク・シャトルワース | |- |[[マーシャル・ロー]]<br />''The Siege'' |アンソニー・ハバード特別捜査官 | |- |rowspan=2|1999 |[[ボーン・コレクター]]<br />''The Bone Collector'' |リンカーン・ライム科学捜査官 | |- |[[ザ・ハリケーン (映画)|ザ・ハリケーン]]<br />''The Hurricane'' |[[ルービン・カーター]] |[[ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|ゴールデングローブ主演男優賞]]受賞<br />[[銀熊賞 (男優賞)|ベルリン国際映画祭銀熊賞]]受賞<br />[[アカデミー主演男優賞]]ノミネート |- |rowspan=2|2000 |[[タイタンズを忘れない]]<br />''Remember the Titans'' |[[ハーマン・ブーン]] | |- |奇跡のランナー/ロレッタ・クレイボーン<br />''[[:en:Loretta Claiborne|The Loretta Claiborne Story]]'' |本人 | |- |2001 |[[トレーニングデイ|トレーニング デイ]]<br />''Training Day'' |アロンズ・ハリス刑事 |[[アカデミー主演男優賞]]受賞<br />[[ロサンゼルス映画批評家協会賞]]男優賞受賞<br />[[ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|ゴールデングローブ主演男優賞]]ノミネート |- |rowspan=2|2002 |[[ジョンQ -最後の決断-]]<br />''John Q'' |ジョン・クインシー・アーチボルド | |- |[[アントワン・フィッシャー きみの帰る場所]]<br />''Antwone Fisher'' |ジェローム・ダヴェンポート医師 |監督・製作兼任 |- |2003 |[[タイムリミット (映画)|タイムリミット]]<br />''Out of Time'' |マット・リー・ウィトロック警察署長 | |- |rowspan=2|2004 |[[マイ・ボディガード]]<br />''Man on Fire'' |ジョン・W・クリーシー | |- |[[クライシス・オブ・アメリカ]]<br />''The Manchurian Candidate'' |ベン・マルコ少佐 | |- |rowspan=1|2005 | <br />''Julius Caesar'' |マーカス・ブルータス |舞台 |- |rowspan=2|2006 |[[インサイド・マン]]<br />''Inside Man'' |キース・フレイジャー刑事 | |- |[[デジャヴ (映画)|デジャヴ]]<br />''Deja Vu'' |ダグ・カーリン特別捜査官 | |- |rowspan=2|2007 |[[アメリカン・ギャングスター]]<br />''American Gangster'' |[[フランク・ルーカス]] |[[ゴールデングローブ賞 主演男優賞 (ドラマ部門)|ゴールデングローブ主演男優賞]]ノミネート |- |グレート・ディベーター 栄光の教室<br />''[[:en:The Great Debaters|The Great Debaters]]'' |[[メルヴィン・B・トルソン]] |監督兼任 |- |2009 |[[サブウェイ123 激突]]<br />''The Taking of Pelham 123'' |ウォルター・ガーバー | |- |rowspan=3|2010 |[[ザ・ウォーカー]]<br />''The Book of Eli'' |イーライ |製作兼任 |- |[[アンストッパブル (映画)|アンストッパブル]]<br />''Unstoppable'' |フランク・バーンズ機関士 | |- | <br />''Fences'' |トロイ・マクソン |舞台<br />[[トニー賞]](演劇部門)受賞 |- |rowspan=2|2012 |[[デンジャラス・ラン]]<br />''Safe House'' |トービン・フロスト元CIA工作員 | |- |[[フライト (映画)|フライト]]<br />''Flight'' |ウィリアム・ウィテカー機長 |FAAAFブラック・リール賞主演男優賞受賞<br />[[NAACPイメージ・アワード]]主演男優賞受賞<br />アフリカン・アメリカン映画批評家協会主演男優賞受賞<br />[[オーストラリア映画協会賞]]主演男優賞ノミネート<br />[[放送映画批評家協会賞]]主演男優賞ノミネート<br />[[第85回アカデミー賞|アカデミー賞]]主演男優賞ノミネート<br />[[シカゴ映画批評家協会]]主演男優賞ノミネート<br />[[ダラス・フォートワース映画批評家協会]]主演男優賞ノミネート<br />[[ゴールデングローブ賞]]主演男優賞(ドラマ部門)ノミネート<br />[[オンライン映画批評家協会]]主演男優賞ノミネート<br />[[サテライト賞]]主演男優賞(ドラマ部門)ノミネート<br />[[全米映画俳優組合賞]]主演男優賞ノミネート<br />[[第9回セントルイス映画批評家協会賞|セントルイス映画批評家協会賞]]主演男優賞ノミネート<br />[[ワシントンD.C.映画批評家協会]]主演男優賞ノミネート |- |rowspan=1|2013 |[[2ガンズ]]<br />''2 Guns'' |ボビー・トレンチ | |- |rowspan=2|2014 |[[イコライザー (映画)|イコライザー]]<br />''The Equalizer'' |ロバート・マッコール |米国ドラマ「[[ザ・シークレット・ハンター]]」の映画化 |- | <br />''A Raisin in the Sun'' |ウォルター・ヤンガー |舞台 |} ==日本語吹き替え== 吹き替えは[[大塚明夫]]がほぼ専属で担当している。その他に[[小山力也]]が担当することも多い。 == 脚注 == {{Reflist}} == 外部リンク == *{{imdb name|id=0000243|name=Denzel Washington}} *[http://www.youtube.com/watch?v=8g0GBdE0Lq0&feature=related/ モアハウス大学での名誉博士号授与式] {{アカデミー賞主演男優賞 2001-2020}} {{アカデミー賞助演男優賞 1981-2000}} {{DEFAULTSORT:わしんとん てんせる}} [[Category:アメリカ合衆国の俳優]] [[Category:アメリカ合衆国の映画監督]] [[Category:アフリカ系アメリカ人の俳優]] [[Category:アメリカ合衆国の舞台俳優]] [[Category:アカデミー賞受賞者]] [[Category:ゴールデングローブ賞受賞者]] [[Category:トニー賞受賞者]] [[Category:ニューヨーク州の人物]] [[Category:牧師の子弟]] [[Category:1954年生]] [[Category:存命人物]]
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