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タングラム
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{{Otheruses|パズル|斑尾高原のスキー場|タングラムスキーサーカス|[[電脳戦機バーチャロン]]シリーズに登場する架空の人物並びに兵器|バーチャロイドの一覧#タングラム}} [[File:Tangram.png|frame|right|タングラムの片の構成]] '''タングラム'''は、問題として提示された形を作る[[シルエットパズル]]の中で非常に有名なものの一つで、[[正方形]]をいくつかに切りわけたものを使う[[パズル]]である。 == 片の構成 == タングラムは、以下の図形で構成されている。 * [[三角形]] 5片 ** 大型 2片 ** 中型 1片 ** 小型 2片 * [[四角形]] 2片 (大きさは中型の三角形と同じ) ** [[正方形]] ** [[平行四辺形]] == 歴史 == {{seealso|シルエットパズル#歴史}} タングラムは中国で生まれたと考えられているが、詳しくは分かっていない。 中国の[[北宋|宋]]の時代に黄伯思という人物が著した「燕几図」という[[机]]の並べ方に関する書物があり、7個の長方形の机を並べる物であった。これを基に[[明]]の厳澄が、三角形や台形を用いた「蝶翅几」を考案し、それらを更に発展させたのがタングラムであるという説がある。 日本では1742年([[寛保]]2年)に「[[清少納言知恵の板]]」(シルエットパズルだが分割法はタングラムと異なる)に関する本が発行されている。 中国では1813年に「七巧図合壁」、1858年に「七巧八分図」という本が刊行される。これらの本はタングラムに関する本である。 === ヨーロッパ === <!--加筆する前に、シルエットパズルの記事のほうに書くべき内容ではないか、よく考えてください--> ヨーロッパでは、1805年に発行された書籍に紹介されている。その後「七巧図合壁」がヨーロッパでも出版され 1817年にはイギリスでオリジナルの問題集が発売されている。これらが翻訳されることでヨーロッパ中に広まり、各国で多くの問題集が発売されている。 [[ルイス・キャロル]]や[[エドガー・アラン・ポー]]など著名人が遊んでいたと言う話も残っており、[[セントヘレナ|セント・ヘレナ島]]に流された[[ナポレオン・ボナパルト|ナポレオン]]が遊んでいたという記録も残っている。 19世紀末にドイツの[[リヒター (玩具メーカー)|リヒター社]]がシルエットパズルの製造を開始し、20ペニヒで販売している。このシリーズにおいてタングラムは、"Kopfzerbrecher"というタイトルで収録されている。この商品はヒットし、ピースの形を変えた多くのシルエットパズルが発売されるようになる。 20世紀に入ってから、[[サム・ロイド]]は「タンの8番目の本」を出版した。この本には数百題の絵柄と共に、今日までよく知られているタングラムの名称の由来の話が掲載されている。 現在では、単なる遊びとしてだけではなく[[幾何学]]の教材などにも利用されている。 ==== ナポレオンとタングラム ==== タングラムを遊んでいたとされる19世紀の欧米の著名人は何人かいる。[[ナポレオン・ボナパルト]]もその1人だが、彼が本当にタングラムで遊んでいたか疑わしい部分があった。理由として以下のようなものが存在する。 * ヨーロッパでブームが起きたのは1820年ごろであり、ナポレオンの没年と非常に近い。このため離島にいるナポレオンの存命中にこの遊びの情報が伝わらなかった可能性がある。 * ナポレオンの日記に[[チェス]]や[[バックギャモン]]の話題はあるがタングラムに関する話題が残っていない<ref>"The Tangram Book" P.44-45</ref>。 ナポレオンが遊んでいたと考えられる根拠としては以下のようなものがあったが、いずれも遊んでいた可能性があることを示すだけで確実な根拠ではない。 * 当時のセントヘレナ島は中国との貿易船の中継地だったため、ヨーロッパで広まる前にナポレオンがタングラムを入手していた可能性がある。 * ナポレオンは数学を嗜んでいたため、幾何学的なこの遊びに興味を引かれた可能性は高い。 他の根拠として、1817年に出版されたタングラムの本に「ナポレオンがこの遊びを楽しんでいる」という記述があるが、これも事実かどうかは不明である。 これらの理由から、[[マーティン・ガードナー]]のようにナポレオンは遊んでいなかったと結論付ける人もいた。 オーストリアの外交官 Barthélémi de Stürmer([[:en:Barthélémi de Stürmer|en]])は、[[クレメンス・フォン・メッテルニヒ]]に宛てた私信の中で「独創的な中国の遊び」について言及している<ref>同 P.45-46</ref>。このことから、この時点でセントヘレナにタングラムが存在していたことがわかる。20世紀末の調査の結果、[[マルメゾン城]]のナポレオンの遺物のコレクションの中に象牙製のタングラムと問題集があるのが確認された。これにより、ナポレオンがタングラムで遊んだことがあることが証明された。ただし、この調査にも携わった[[ジェリー・スローカム]]は、「タングラムを所持していたのは間違いないが、それはお気に入りの娯楽ではなかった」としている<ref>同 P.48</ref>。 == 名称 == 中国においてこのパズルは「'''七巧'''」と呼ばれる。この言葉は[[七夕]]の習慣に由来しているといわれる。 欧米に最初に伝わったときにはこのパズルは単に「(中国の)パズル」と呼ばれていた。Tangram という単語は 1848年にアメリカで出版されたトーマス・ヒル([[:en:Thomas Hill (clergyman)|en]])の著書の中で確認されている<ref>"The Tangram Book" P.23-24</ref>。1864年に発行された辞書に収録されているのが確認されている。 === 名称の由来 === タングラムの名称の由来には諸説ある。 #古い英語で「がらくた」を意味する''"Trangram"''から。 #「グラム」は[[ギリシア語]]で「作品」を意味する"gram"から。「タン」の意味に関しては以下のような説がある。 ##中国のタンという人物(又は神)が考案した。 ##*アメリカの[[サム・ロイド]]が問題集を発行したときに、冒頭に書いたとされている説である。 ##[[中国]]の[[唐]]から来た(パズル自体の由来を唐とする説とも連動するが、いずれにしろ年代は大きく昔となる)。 #元々は[[蛋民]]の遊びであり、"Tanka Game"からきている。 == 造形 == <!--加筆する前に、シルエットパズルの記事のほうに書くべき内容ではないか、よく考えてください--> [[File:Tangram-man.png|100px|right|タングラムによって作られた「走る人」]] タングラムの7片を使用して、人間・動物・物・文字など様々な形を作ることができる。右の人の絵もその一例である。 現在までに多くの国で多くの人によりタングラムの作品集(問題集)が出版されている。 ジェリー・スローカムらの調査によれば、1920年以前に中国で作られた作品は2200以上<ref>"The Tangram Book" P.64</ref>である。同時期までにアメリカで約2500<ref>同 P.85</ref>、フランスで1500以上<ref>同 P.76</ref>、イギリスで500以上<ref>同 P.70</ref>、ドイツとイタリアでそれぞれ300以上<ref>同 P.90,95</ref>の作品が作られている。 <br clear=all> === タングラム・パラドックス === [[File:Monk1.GIF|framed|left|[[ヘンリー・アーネスト・デュードニー|デュードニー]]によるタングラム・パラドックスの例]] 左の図の2つの人物は同じ大きさのタングラムのセットを並べた物であるが、下の方が三角が一つ多い。このように、よく似ているのに明らかに違う(必然的に並べ方も異なってくる)ような図を、タングラム・パラドックスと呼ぶ。 同じ片を使用している以上全体の面積は同じである。実際に作ってみると分かるが、上の方が三角以外の部分の面積が若干大きくなっている。 === 凸多角形 === [[File:13convexesTangram.png|thumb|right|タングラムで作られる凸多角形]] タングラムの7片は最初正方形に配列されているが、他の[[凸多角形]]を作成することもできる。中国の数学者 Fu Traing Wang と Chuan-Chin Hsiung は、1942年に13種類の凸多角形が作成可能であることを発表している<ref>[http://www.jstor.org/pss/2303340 American Mathematical Monthly] Vol.49 No.9 1942年9月 P.596-</ref>。 13種類の内訳は以下の通りである。 * 三角形 1種 * 四角形 6種(正方形を含む) * 五角形 2種 * 六角形 4種 右の図は可能な13種類の多角形と、その組み方の例を示している。 === 文字 === [[File:TangramChineseCharacter.png|thumb|right|タングラムで作った漢字(七巧)の例]] タングラムは、図形や絵のほかに文字を造ることもできる。 [[アルファベット]]や数字には多くの作例がある。1818年にイタリアで発売された "Al Gioco Cinese Chiamato IL Rompicapo; Appendice" にはすでに掲載されている。それらを用いた[[フォント]]を作成する人もいる。 ひらがな・カタカナも作例はあるが、すべての文字を作った人はほとんどいない。清少納言智恵の板においては、いろは48文字すべてに作例がある。 漢字はアルファベットやかなに比べ複雑な物が多いが、多くの文字が作られている。秋芬室による「七巧八分図」には漢字の分類が存在し「七巧」「山川」などの文字が収録されている。厳笠舫は[[1876年]]に『七巧書譜』を出版しているが、この中にはタングラムで作った文字が500以上収録されている。 === 作品集 === 19世紀から20世紀初頭に出版された主な書籍をあげる。書籍名の後に発行年・国・収録問題数を付記している。 ; 七巧図合壁(1813年・中国・約300) : 中国でも最も古い書籍の1つ。ヨーロッパや日本で翻訳出版された。 ; 七巧八分図(1858年・中国・約1700) : 秋芬室著。約1700題が16のテーマに分類されている。全6巻。 ; The Fashionable Chinese Puzzle (1817年・イギリス) : ヨーロッパ各国で翻訳され、ブームの一端となった本。ナポレオンがこのパズルを楽しんでいたとされる記述がある。 ; タンの8番目の書(1903年・アメリカ・652) : [[サム・ロイド]]著。タングラムの名前の由来に関する有名な話が掲載されている。 == 参考文献 == * [[ジェリー・スローカム]]、[[ジャック・ボタマンズ]] 『パズルその全宇宙』 [[日本テレビ放送網]]、1988年。 * ジェリー・スローカム、ジャック・ボタマンズ 『The Tangram Book』 Sterling Publishing Co. ISBN 1-4027-0413-5 == 脚注 == <references /> == 外部リンク == {{Commonscat|Tangrams}} *[http://www1.kamakuranet.ne.jp/usasan/ 休日のタングラム] {{DEFAULTSORT:たんくらむ}} [[Category:パズル]] [[Category:中国のゲーム]]
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