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クリス・ジェリコ
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{{Infobox プロレスラー | 名前 = クリス・ジェリコ | 画像 = Chris Jericho Wrestlemania 28.jpg | 画像サイズ = | リングネーム = '''クリス・ジェリコ'''<br />ライオン・ハート<br />ライオン道<br />スーパー・ライガー<br />コラソン・デ・レオン | 本名 = クリストファー・キース・アーヴァイン | ニックネーム = Y2J<br />世界の王 | 身長 = 183cm | 体重 = 103kg | 誕生日 = {{生年月日と年齢|1970|11|9}} | 死亡日 = | 出身地 = {{CAN}}<br />[[マニトバ州]][[ウィニペグ]] | 所属 = [[WWE]] | スポーツ歴 = | トレーナー = [[キース・ハート]] | デビュー = [[1990年]] | 引退 = }} {{Infobox Musician <!--Wikipedia:ウィキプロジェクト 音楽家を参照--> | Name = クリス・ジェリコ<br />Chris Jericho | Img = | Img_capt = | Img_size = <!-- サイズが250ピクセルに満たない場合のみ記入 --> | Landscape = <!-- 画像の横幅が広く、高さが小さい場合に“yes”を記入 --> | Background = singer | Birth_name = クリストファー・キース・アーヴァイン<br />(Christopher Keith Irvine) | Alias = ムーングース・マックイーン<br />(Moongouse McQueen) | Blood = <!-- 個人のみ --> | School_background = <!-- 個人のみ --> | Born = {{生年月日と年齢|1970|11|9}} | Died = <!-- 個人のみ --> | Origin = {{CAN}} [[マニトバ州]] [[ウィニペグ]] | Instrument = [[歌]] | Genre = [[ヘヴィメタル]] | Occupation = [[ボーカリスト]] | Years_active = [[2000年]] - | Label = | Production = | Associated_acts = [[FOZZY]] | Influences = | URL = | Notable_instruments = }} '''クリス・ジェリコ'''('''Chris Jericho'''、[[1970年]][[11月9日]] - )は、[[カナダ]]・[[マニトバ州]][[ウィニペグ]]出身の[[プロレスラー]]、[[音楽家|ミュージシャン]]、[[俳優]]。本名は'''クリストファー・キース・アーヴァイン'''('''Christopher Keith Irvine''')。 == 人物 == プロレスラーとしてはかつて[[フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング|FMW]]、[[WAR (プロレス)|WAR]]、[[新日本プロレス]]に来日、[[ECW]]、[[WCW]]、[[WWE]]に所属していた。[[ニューヨーク州]]マンハセット生まれ、カナダ・ウィニペグ育ち。父は元[[NHL]]の選手。ニックネームは[[2000年問題|Y2K問題]]にかけた'''Y2J'''。リングネームは[[メキシコ]]時代のコラソン・デ・レオン、レオン・デ・オロ、ライオンハート、[[新日本プロレス]][[東京ドーム]]大会でのスーパーライガーなど。自称「世界の王(King of The World)」、「世界一のレスラー(The best in the world at what I do)」、「ハデハデの王(King of Bling Bling)」、「ロックンローラーの教祖(Ayatollah of Rock'n Rolla)」。 またプロレスラーと並行して[[ヘヴィメタル]]バンド「'''[[:en:Fozzy|FOZZY]]'''」のヴォーカルを務め、すでにアルバムを4枚出している。3枚目のアルバム発表時まではFOZZYでは'''ムーングース・マックイーン'''('''Moongouse McQueen''')を名乗っていた。2005年以降、WWEを離脱しFOZZYでの活動に専念、数か月~数年後またWWEに復帰するというサイクルで主に活動しており、WWEへの復帰は毎回大きなサプライズとなっている。2010年6月から7月まで、[[クイズ番組]][[ダウンフォール]]の司会を務めた。 WWEでのトップ[[ヒール (プロレス)|ヒール]]としての活躍が有名であるが、若い頃は金髪と女性ウケのいい甘いマスクのせいで「パっとしない[[ベビーフェイス (プロレス)|ベビーフェイス]]」に甘んじることが多かった。しかしながら日本のスタイル、軽量級の王座をいくつも獲得した空中殺法、そして伝統的なアメリカンプロレスの小悪党的なヒール像(ハンサムで技巧派でアピールが上手い、そして反則を巧みに使って王座を防衛していくといったもの)を独自にアレンジし最終的にはヒール、ベビーフェイスにも当てはまらない独自のポジションを築く。たゆまぬ努力と研究の結果、独自のスタイルを確立したことがクリス・ジェリコを団体の頂点へと押し上げた原動力である。シングルもタッグも器用にこなすだけではなく、ラダーマッチ、ケージマッチ、[[TLC戦|TLC]]、[[エリミネーション・チェンバー・マッチ]]、自らが考案した[[マネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチ]]などの[[ハードコア・レスリング|ハードコアマッチ]]も得意とし、また豊富なスタミナと技の引き出しの多さからバトルロイヤル等の長期戦でも盛り上げや見せ場を作るのに非常に長けており、WWEのストーリーラインには欠かせない存在である。 <!--「1960年代にあった統一王座」とはなんのタイトルを指しているのか分かりませんし、長すぎるので経歴のほうに移動させたりしました--> 若手の頃は日本を主戦場としていたこともあり、『[[週刊ゴング]]』を愛読していて、流暢な日本語を話すことや[[片仮名]]の読み書きができるなど[[親日|親日家]]であり、WWEの日本公演時はたいていの場合出場し、記者会見にも応じている。なお、2010年8月現在、実に42回来日している。来日する度に海外だけではなく日本の[[ヘヴィメタル]]バンドのCDを買い漁ることでも有名。特に好きなバンドは[[LOUDNESS]]と[[X JAPAN]]で「カナダのX JAPAN大使」を自称するほどである。過去にクリス・ジェリコ名義で[[BURRN!]]のインタビューも受けたことがある。 == 来歴 == カナダのインディー団体で[[ランス・ストーム]]との試合でデビューする。[[1990年]]にアメリカのスモーキー・マウンテン・レスリングに参戦するが、すぐに団体自体が経営に行き詰まったため、ジェリコも団体を離れ[[メキシコ]]、[[ドイツ]]などで修行する。[[1991年]]には、下積みを共にした盟友ストームとのタッグチーム「サドン・インパクト(この後スリル・シーカーズに改称)」で[[フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング|FMW]]に初来日。この時、まだ素顔だった[[ハヤブサ (プロレスラー)|ハヤブサ]]とも対戦している。 その後はメキシコでティーンエイジのアイドルレスラーとなり大活躍するが、[[1993年]]には[[WAR (プロレス)|WAR]]にレギュラー参戦し、リングネームを一時的に「ライオン道」と改める(ちなみにこの頃の[[冬木軍]]は[[冬木弘道]]はじめ、[[邪道 (プロレスラー)|邪道]]、[[外道 (プロレスラー)|外道]]とリングネームに「道」が付くことが自然になっていた)。 [[1995年]]には邪道、外道と共に「消火器三連射」の伝説を築き、また6月には外道を破ってWARジュニアヘビーのタイトルを奪取するなど、名実共にWARの名物外国人となった。 [[1996年]]にアメリカに戻り、[[ECW]]を経て[[WCW]]に入団。[[エディ・ゲレロ]]、[[レイ・ミステリオ・ジュニア|レイ・ミステリオ]]、[[クリス・ベノワ]]、[[ウルティモ・ドラゴン]]らと[[WWE・クルーザー級王座|WCWクルーザー級王座]]を争い、通算4度獲得した。nWoを筆頭にヒールが人気を博すWCWに於いて、その流れに反する無名のベビーとして暫く活動していたが軟弱系のエゴイストとしてヒールターンし、パフォーマーとしての才能を発揮する。音楽ネタを用いて対戦相手をからかったり、当時無敵の超人ギミックでありWCWの看板レスラーであった[[ビル・ゴールドバーグ]]を「グリーンバーグ(経験不足の青二才)」呼ばわりするなど、コミカルなヒールを演じ人気を博した。[[1998年]]にWCWと提携関係にあった[[新日本プロレス]]に遠征した際にはエディ([[ブラック・タイガー (プロレスラー)|2代目ブラック・タイガー]])とのコンビで[[IWGPジュニアタッグ王座]]の初挑戦者も務めている。 当日になって急に変更されるnWoメンバー中心のマッチメイクや、nWoの乱入決着ばかりの乱雑した番組構成、ヘビー級至上主義である団体の方針に見切りを付け、[[1999年]]に[[WWE]]に入団。入団の際、あまり積極的に他団体のレスラーをリサーチしない[[ビンス・マクマホン]]に『今までどこにいたんだ?』と言われたという。WCW時代のスタイルを踏襲する形で軟弱系ヒールとして売り出され、いきなり同団体のトップスーパースター、[[ザ・ロック (プロレスラー)|ザ・ロック]]との抗争が組まれる破格の待遇を受ける。ここでクリス・ジェリコは潜在していた[[ヒール (プロレス)|ヒール]]としての才能を爆発させ人気を獲得し、次々とWWEの主要タイトルを獲得していく。 [[2001年]]10月に、ロックを破り[[WCW・世界ヘビー級王座|WCWヘビー級王座]]を奪取。その後一度は奪い返されるものの、12月の[[WWEナイト・オブ・チャンピオンズ#第1回大会(2001年)WWF Vengeance 2001 "ONE UNDISPUTED CHAMPION"|ヴェンジャンス]]にてロックを破りWCWヘビー級王座を奪還、さらに同日に[[ストーン・コールド・スティーブ・オースチン]]をも破り[[WWE王座|WWFヘビー級王座]]を獲得。史上初のWWE&WCW統一世界王者となり、名実ともに業界のトップへと上り詰めた。それ以降"一夜にしてオースチンとロックを倒した男""初の統一王者"というのがジェリコの形容詞の一つとなっている。[[2002年]]の[[レッスルマニア#第18回大会(2002年)WrestleMania X8 "The One and Only"|WrestleMania X8]]ではメインイベントに出場という快挙を成し遂げる。統一王座からは転落するもトップヒールのポジションは確保し、翌年の[[レッスルマニア#第19回大会(2003年)WrestleMania XIX "Dare to Dream"|WrestleMania XIX]]では若手時代からの憧れだったというショーン・マイケルズと対戦、自らもベストバウトと述べるほどの名勝負を残しWMを圧巻した。 [[2003年]]から自分のトークコーナー'''ハイライトリール'''を持つ。殆どの場合、招いたゲストをジェリコ得意の話術で操り続け、笑いものにしてしまうものであり、観客の反響を呼ぶ。また同年秋から半年以上続いた[[トリッシュ・ストラタス]]、[[ジェイソン・リソ|クリスチャン]]との古典的な恋愛劇はその関係性が話題となった。二人との抗争が終了した[[2004年]]夏からは若手の[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]、[[シェルトン・ベンジャミン]]といった、いまだ世界王座を手にしていないレスラー達と抗争しポジションの格上げを手伝う。 [[2005年]]中頃にヒールターンし、2005年8月の[[サマースラム#第18回大会(2005年)WWE SummerSlam 2005|サマースラム]]で[[ジョン・シナ]]とWWE王座戦を行った。双方とも[[バンド (音楽)|バンド]]活動を行なっていることから、対戦を盛り上げるためにRAWにおいてバンド対決も行なわれた。しかし、ジェリコは音楽・俳優活動に注力するため、このサマー・スラムではシナに敗れ、その翌日に[[エリック・ビショフ]]に敗者解雇戦を条件に再戦を直訴して認めてもらうがその試合もシナに敗れ、ビショフから解雇通告を受けるという設定でしばらく第一線から遠のく。 [[File:Chris Jericho Fozzy.JPG|thumb|right|200px|[[ヘヴィ・メタル]]バンド[[Fozzy]]のヴォーカルとして]] === 2007年 === [[2007年]]には、親友である[[クリス・ベノワ]]が死去した際、ゲストとして『ラリー・キング・ライブ』や他の主要ニュース番組に出演する。また10月25日には自伝を発売、宣伝のため精力的にインタビューなどのメディア出演をこなしていた。また、同じ頃に、11月19日という日付が示唆された、映画[[マトリックス (映画)|マトリックス]]風の黒地に白い文字が現れる意味不明な映像がWWEのTV放送で流され始めた。11月18日の[[サバイバー・シリーズ]]で「明日何かが起こる」という映像が流れ、翌日の[[WWE・ロウ|RAW]]でベビーフェイスとして電撃復帰を果たした。12月16日の[[WWE・アルマゲドン#第8回大会(2007年)WWE Armgeddon 2007|アルマゲドン]]で[[ランディ・オートン]]と[[WWE王座]]戦を行うが、[[ジョン・レイフィールド|JBL]]の乱入にあい抗争がスタートする。 === 2008年 === [[ロイヤルランブル#第21回大会(2008年)WWE Royal Ruble 2008|ロイヤルランブル]]にてJBLと対戦し反則負けを喫した。[[ノー・ウェイ・アウト#第10回大会(2008年)WWE No Way Out 2008|ノー・ウェイ・アウト]]以後3月10日のRAWにて自身8回目となる[[WWE・インターコンチネンタル王座|IC王座]]を奪取する。その後、[[デビッド・バウティスタ|バティスタ]]、[[ショーン・マイケルズ]]のベビー三人で、[[リック・フレアー]]の引退などをめぐって、微妙な抗争をする。その後のRAWで開かれたハイライトリールにゲストとして招いたマイケルズに対し、当初は普通に話を続けたが徐々に態度を変えて襲撃し、スクリーン(ジェリトロン5000)に顔を叩きつけて目を負傷させ(アングル上)、本格的にヒールターンした。ロングタイツの着用を止めたのもこの時期である。またIC王座はドラフトで移籍してきた[[コフィ・サーコーディエ・メンサー|コフィ・キングストン]]に奪われている。マイケルズとの抗争は続き、[[アンフォーギヴェン#第11回大会(2008年)WWE Unforgiven 2008|アンフォーギヴェン]]での非公式シングルマッチで敗北。しかし同PPVの世界ヘビー級王座戦にCMパンクの代理で出場し勝利、新世界ヘビー級王者となった。PPV[[サイバー・サンデー#第3回大会(2008年)WWE Cyber Sunday 2008|サイバー・サンデー]]ではバティスタに世界ヘビー級王座を奪われるも8日後の800回記念放送での金網戦で勝利して再び王座奪還。[[サバイバー・シリーズ#第22回大会(2008年)WWE Survivor Series 2008|サバイバー・シリーズ]]で[[ジョン・シナ]]に王座を奪われた。[[WWE・アルマゲドン#第9回大会(2008年)WWE Armgeddon 2008|アルマゲドン]]で再びシナに挑むが敗北。年末にはスラミー賞の「スーパースター・オブ・ザ・イヤー」を受賞するが、それを鼻にかけて[[ジム・ドゥガン|ハクソー・ジム・ドゥガン]]との対戦を拒否するなどの傲慢な姿を見せるようになる。 === 2009年 === [[2009年]]に入ってもその傲慢な態度は変わらなかったため、GMの[[ステファニー・マクマホン=レヴェック|ステファニー]]から解雇を言い渡される(アングル上)が、翌週復帰した[[ビンス・マクマホン]]会長の勧告によりステファニーやファンへ屈辱的な謝罪をさせられ復帰。その後は前年公開となった映画「[[レスラー (映画)|レスラー]]」主演の[[ミッキー・ローク]]を批判(アングル上)に端を発し、レジェンド軍([[リック・フレアー]]、[[リッキー・スティムボート]]、[[ジミー・スヌーカ]]、[[ロディ・パイパー]])と抗争。4月の[[レッスルマニア#第25回大会(2009年)WrestleMania XXV "Everything's Bigger in Texas, Especially WrestleMania"|WrestleMania XXV]]ではスティムボート、スヌーカ、パイパーと1対3のハンディキャップマッチを行ない勝利。試合後、ロークを挑発。挑発に乗ったロークはリングに上がり、ジェリコはパンチでKOされた。レッスルマニア後のドラフトで[[スマックダウン|SmackDown!]]に移籍する。6月7日の[[WWEエクストリーム・ルールズ#第1回大会(2009年)WWE Extreme Rules 2009|エクストリーム・ルールズ]]で[[レイ・ミステリオ・ジュニア|レイ・ミステリオ]]を下し、自身の持つ最多記録を更新する9回目の[[WWE・インターコンチネンタル王座|IC王座]]奪取する。6月28日の[[WWEザ・バッシュ|ザ・バッシュ]]でミステリオに敗れ王座を失うが、スマックダウンGMの[[セオドア・ロング]]によりトリプルスレット形式となった統一タッグ王座戦に[[アダム・コープランド|エッジ]]と参戦、勝利し統一タッグ王者となった。 しかし、7月にまたもエッジが負傷離脱したため[[ポール・ワイト|ビッグ・ショー]]を新たなパートナーに迎え、7月26日の[[WWEナイト・オブ・チャンピオンズ#第9回大会(2009年)WWE Night of Champions 2009|ナイト・オブ・チャンピオンズ]]でのタッグ王座戦で王座を防衛。その後PPVごとに様々なタッグチームと王座を巡り争い、そのたびに防衛していたが12月に行われた[[WWE TLC:テーブルズ・ラダーズ・アンド・チェアーズ#第9回大会(2009年)WWE TLC:Tables, Ladders and Chairs|TLC]]での[[TLC戦]]で[[D-ジェネレーションX]]に敗れ王座を失う。 === 2010 - 2011年 === ビッグ・ショーとのタッグを解消したジェリコは[[ロイヤルランブル#第23回大会(2010年)WWE Royal Rumble 2010|ロイヤルランブル]]のランブル戦に参戦するも長期離脱からの電撃復帰を果たしたエッジによって敗退させられる。しかし続く[[WWEエリミネーション・チェンバー#第1回大会(2010年)WWE Elimination Chamber 2010|エリミネーション・チェンバー]]の[[エリミネーション・チェンバー・マッチ]]方式での世界ヘビー級王座戦において、ショーン・マイケルズの乱入の漁夫の利を得る形で王者の[[ジ・アンダーテイカー]]を破り、通算3度目の世界ヘビー級王座を奪取した。直後のRAWにおいて先のロイヤルランブルで優勝しレッスルマニアでの王座挑戦権を獲得していたエッジがジェリコへの挑戦を表明し、[[レッスルマニア#第26回大会(2010年)WrestleMania XXVI "Destruction in the Desert"|WrestleMania XXVI]]で対戦し王座防衛を果たす。しかし翌週のスマックダウンにおいて、リング上でエッジからスピアーを受けた直後、[[ジェイク・ヘイガー|ジャック・スワガー]]にマネー権を行使され敗北、王座から陥落した。 2月から開始した新番組[[NXT]]の第1期では[[ステュー・ベネット|ウェイド・バレット]]を指導するプロとして登場し、積極的なプロデュースでバレットを優勝に導いた。 4月26日のRAWで行われたドラフトでRAWへの移籍が決定する。 [[サマースラム#第23回大会(2010年)WWE SummerSlam 2010|サマースラム]]ではシナ、エッジ、[[ブレット・ハート]]などとWWE軍として[[ネクサス (プロレス)|ネクサス]]と闘い、チームは勝利する(自身はエッジと共にシナと仲間割れをしている内に敗退)。 8月20日・21日に[[両国国技館]]で行われたRAWサマースラムツアーに出場し20日に[[山本尚史|ヨシ・タツ]]とのシングルマッチ、21日に[[ステファン・ファレリー|シェイマス]]と組んでヨシタツ&[[ジョン・シナ]]組との試合を行った他、21日に渋谷J-POP CAFE SHIBUYAにてFOZZYのクリス・ジェリコとしてサイン会を行った。 9月27日のRAWを最後にFOZZYのLiveツアーを行うため、オートンからパントキックを喰らい長期離脱するというアングルで欠場に入った。WWEとの両立も目指していたが契約問題が難航し、結果契約を更新せずに退団した。 2011年は主にFOZZYのボーカルとして活動した。 === 2012年 === FOZZYのボーカルとして活躍中にジェリコがTwitterにて「WWEに戻る気はない」「レスリングに関する質問は答えない」などと引退を示唆するを発言をしたが、2011年終盤より番組内でジェリコ復帰を仄めかすような映像が流れ、結果的に2012年1月2日のRAW SuperShow収録で復帰し大歓声で迎えられた。 その後、WWE王座獲得を狙うため[[CMパンク]]と抗争を開始しヒールとして活動を再開する。しかし後にFOZZYのツアーが控えていたためにPPVのWWE王座戦で敗北。これでまたもやWWEから離脱した。 しかし6月25日のRAW SuperShow収録で復帰した。 その後、2012年のWWE復帰以来大舞台で勝ち星を上げられていないこと馬鹿にした[[ドルフ・ジグラー]]との抗争を開始し、[[ベビーターン]]する。 さらに、[[サマースラム]]直前の'''ハイライトリール'''において、自身の闘志に再度火を付けるとして、「Y2J」の復活を宣言した。サマースラム2012ではジグラーをシングル戦で破り、レッスルマニア26以来初めての大舞台での勝利を飾った。また時同じくしてFOZZYのツアーが控えていたこともあり、一時離脱として翌週のRAWではジグラーとマネーの権利と退団を賭けてのシングル戦に敗れ退団という扱いになっている。 === 2013年 === ロイヤルランブルで復帰。2番手として、1番手のジグラーとともに長く戦ったが最後はジグラーに落とされた。その後、エリミネーション・チェンバー世界王座挑戦者決定戦や、RAWで行われたミズやバレットとのIC王座戦では勝利を逃している。 祭典では[[カーティス・ハッセイ|ファンダンゴ]]と対戦したが丸め込まれ敗戦、その後のエクストリーム・ルールズでは勝利した。その後はライバックや[[カーティス・アクセル]]などと戦ったが、7月のアクセル戦を最後にショーに登場しなくなり、公式サイトでも退団を仄めかすツイートをしたことが発表されている(公式サイトのロスターからも外れている)。 === 2014年 === 6月30日のRAWにて、欠場から復帰した[[ザ・ミズ|ミズ]]のマイクパフォーマンス中に、自らもサプライズ復帰。一方的に喋り続けるミズに無言でコードブレイカーを見舞った後、マイクを持ち軽快に喋りだしたが、次の瞬間場内が暗転し[[ワイアット・ファミリー]]が現れ袋叩きにされワイアット達との抗争を開始。PPVバトルグラウンドにてワイアットに勝利した。 == 得意技 == [[ファイル:Walls of Jericho.JPG|thumb|200px|right|ウォールズ・オブ・ジェリコ]] [[ファイル:Codebreaker.JPG|thumb|200px|right|コード・ブレイカー]] [[ファイル:Chris Jericho - Enzuigiri.jpg|thumb|200px|right|ランディ・オートンにエンズイギリを決めるジェリコ]] ; [[逆エビ固め|ウォールズ・オブ・ジェリコ]] : ジェリコの代表的な必殺技。WWEデビュー当初は腰を落とさずに行うのが特徴であったが、2001年頃からは普通の逆エビ固めと大差が無くなっていた。名前の由来はドイツのバンド[[ハロウィン (バンド)|HELLOWEEN]]のデビューアルバム"[[ウォールズ・オブ・ジェリコ (アルバム)|Walls of Jericho]]"から。ジェリコは背後から丸め込んでから掛ける、ライオンサルトに相手が膝を立てたところを着地し掛けるなどどんな体勢からでもこの技を使うことができる。なおこの技に限ったことではないが、ジェリコは昨今のWWEの選手ではあまり見られない関節技の際の審判への「ask him!」の問いかけを頻繁に行う。 ; ライオンテイマー : 相手の頭や背中に膝を押しつけるか、片膝立ちで行う高角度の[[逆エビ固め]]。主に軽量級戦線で活躍したWCW時代までの決め手であったが1999年のWWE移籍後にウォールズ・オブ・ジェリコへ移行した。使用を辞めた理由は「ベテランにこの技をかけると嫌がるから」としている。だが2010年頃からは主に軽量級選手に対し稀に解禁している。WWEの実況からはウォールズ・オブ・ジェリコと同じ技として扱われている。 ; [[ムーンサルトプレス#ラ・ブファドーラ|ライオンサルト]] : リングの中央に仰向けに寝かせた相手を走って飛び越え、そのままセカンドロープ中央に足をかけて素早くムーンサルトプレスを行う技。リングロープの中央はコーナーに比べ安定感に欠ける上、相手の回避や膝での剣山を察知し体勢を変え着地することもあるためジェリコの高い技術が垣間見える技である。しかしヒールの時は失敗することが多い。 ; [[フェイスバスター#コード・ブレイカー|コード・ブレイカー]] : 自分の両膝を使っての[[フェイスバスター]]であり[[カーリー・コロン|カリート]]の[[バックブリーカー#バックスタバー|バックスタバー]]と同じ動作を相手の背中ではなく顔面に行う珍しい技。ジェリコ以前には[[グレゴリー・ヘルムズ|ザ・ハリケーン]]が片足で行うタイプの技を使用していた。2007年のWWE復帰からピンフォールを奪える技として新たに使用開始。当時のインタビューで[[プロレスリング・ノア]]の[[丸藤正道]]の技からヒントを得たとコメントしている。技名は復帰告知映像で"Y2J"を示唆する暗号(コード)が使われていたことに由来する。 ; ランニング・エンズイギリ : 初期は決め技になることも多かったが、現在は繋ぎ技として使用。[[シャイニング・ウィザード]]の様に立っている相手の足・腰を踏み台にすることが多い。 ; 三角飛びドロップキック : 相手がエプロンに居るとき、セカンドロープ・コーナーを利用して三角飛びの要領でジャンプしドロップキックを放ちリングアウトさせる。[[ロイヤルランブル]]でもよく使用する技。 ; ダブルアーム・[[バックブリーカー]] : [[羽交い絞め#リバース・フルネルソン|リバースフルネルソン]]の体勢から相手を持ち上げ背中から自分の膝の上に落とす技。 ; フラッシュバック : スリーパードロップ。2007年のWWE復帰後は、[[ジェフ・ハーディー]]が同型の技を使っていたためか使用しなくなった。 ; [[河津落とし|ブレイクダウン]] : フルネルソンの体勢から、[[ジェフ・ジャレット]]のストロークのモーションで前に倒す技。統一王座獲得など活躍した2001年前後にはザ・ロックからフォールを奪ったこともあるが、それ以降は使用頻度が減った。後に[[ザ・ミズ]]が同型の技を使用し始めたこともあってか近年は全く使用していない。 ; ライオン・スパイク :コーナートップで相手を立たせた状態からの雪崩式[[フランケンシュタイナー]]。若手時代に使用していたここ一番での大技で、1997年の[[ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア]]公式戦ではこの技で同年度の優勝者の[[エル・サムライ]]を破っている。 ; [[タイガー・スープレックス]] : WAR時代に使用。WWEでは殆ど使用していないが、2005年の[[WWEワン・ナイト・スタンド|ECW ワン・ナイト・スタンド]]にて盟友ランス・ストームと試合をした際に久々に繰り出している。 == 決め台詞 == * Welcome to RAW is JERICHO(「RAW is ジェリコ」へようこそ) : 番組名(当時:RAW is WAR)に引っ掛けたもので、WCW時代はMONDAY NIGHT JERICHOだった。 * Would you please, shut the hell up!(頼むからその減らず口を閉じやがれ!) : ヒール相手のマイクを遮った時など。ヒールターンした現在は使用していない。 * I am the King of the world!(俺は世界の王だ!) : 統一王座の戴冠以降、試合中やインタビュー時を問わずよく使われた言葉。 * Never ever be the same again(絶対に、永遠に) : everの「エ」を長く伸ばしてタメを作る。 * Jerichoholics(ジェリコ中毒者) : 自身のファンをこう呼ぶ。また、ファンもボードを掲げてJerichoholicsを名乗る。 * I am the best in the world at what I do(俺は世界最高のレスラーだ) : 2008年ヒールターン以降、現在最もよく使う台詞。 * all these Hypocrites, all these parasites(ここにいる偽善者、寄生虫共) : これもヒールターン以降、よく使う。WWEユニバース(ファン)に対して使う侮蔑言葉。 * Do you understand what I am saying to you right now?(俺の言っている意味がわかるか?) : Y2Jキャラクターの封印以降、難しい言葉や言い回しを好んで選び、観客の神経を逆なでしている。 == タイトル歴 == [[ファイル:Jericho 9th Intercontinental Championship.jpg|thumb|200px|right|[[WWE・インターコンチネンタル王座|IC王座]]ベルトを腰に巻いて入場するクリス・ジェリコ]] ; WWF/WWE * [[WWE・世界ヘビー級王座|世界ヘビー級王座]] : 3回 * [[WWE世界ヘビー級王座|WWF統一王座]] : 1回 * [[WWE・インターコンチネンタル王座|IC王座]] : 9回(史上最多) * [[WWE・ヨーロピアン王座|ヨーロピアン王座]] : 1回 * [[WWE・世界タッグチーム王座|世界タッグ王座]] : 5回(w / [[クリス・ベノワ]]、[[ザ・ロック (プロレスラー)|ザ・ロック]]、[[ジェイソン・リソ|クリスチャン]]、[[アダム・コープランド|エッジ]]、[[ポール・ワイト|ビッグ・ショー]]) * [[WWE・タッグチーム王座|WWEタッグ王座]] : 2回 (w / エッジ、ビッグ・ショー) * [[WWE・ハードコア王座]] : 1回 * [[WCW・世界ヘビー級王座|WCW王座]] : 2回 * [[トリプルクラウン (WWE)|トリプルクラウン]]達成([[2001年]]) * [[グランドスラム (WWE)|グランドスラム]]達成([[2001年]]) ; WCW * [[WWE・クルーザー級王座|WCWクルーザー級王座]] : 4回 * WCW・世界TV王座: 1回 ; ECW * [[ECW・TV王座|TV王座]] ; 日本 * [[WAR (プロレス)|WAR]] 認定インターナショナルジュニアヘビー級王座 * WAR 認定インターナショナルジュニアヘビー級タッグ王座 ; メキシコ(EMLL) * NWA認定世界ミドル級王座 == 入場テーマ == * Crank The Walls Down * King of My World ([[サライヴァ|Saliva]])入場時に使用していた時期もあるが、主にハイライト・リールのイントロとして使われた。 * Break The Walls Down ([[セブンダスト|Sevendust]]) - 現在使用中 * Don't You Wish You Were Me? == その他 == * 2001年のWWE王座獲得により、WWE史上3人目のグランドスラムを達成。 * 少年時代に憧れたアイドル選手は[[リッキー・スティムボート]]。レスラーになってからも最大の目標はリッキーが保持していた[[WWE・インターコンチネンタル王座|IC王座]]の獲得で、初代統一王者となったことは「自分の想像の限界を超えた出来事」だったという。 * 2007年の復帰がささやかれると、インタビュー等の際には「WWEとの再契約はしていない」と答え、自身のホームページ上に[[TNA]]のロゴを登場させたりするなどしてファンをかく乱した。この他にも復帰前になると、復帰を強く否定する傾向がある。 * ジェリコがWWE([[ハウス・ショー]])を終えて外にある駐車場からレンタカーを借りて帰ろうとしたところ(駐車場の周りにはファンがたくさんいた)、一人、ジェリコに挑発をしてジェリコが乗った車を追いかけボンネットの上に乗ったりと通行を妨害した男性がジェリコに殴られるという事件が発生した。 * 2006年までのヒール時はテンションがベビーフェイスとの差もないほど高かったが、2008年にヒールターンした後は「Y2Jは死んだ」など[[日本武道館]]大会で言い放ち、いつものマイクパフォーマンスはしていない。 * WWEの初めての日本公演の際、放送用のゲストコメンテーターに武藤敬司がいたため、ロック等の他のレスラーは敬意を評してリングに上がる前に、わざわざ行って握手するなどしていたが、ジェリコは武藤の前に行くと悪態をつくなどして挑発し、ビンタを食らわした。武藤も側にあったモニターで殴りかかろうとするジェスチャーをした後、お互いニンマリと笑っていた。 *WCWと契約する直前、ビショフが提示していた金額よりも多い金額を要求したところすぐに承認されたことに大変驚いたという。しかし契約後、給料の支給が遅れたり会場に到着しても機材が到着しない、レスラー達がストーリーラインについて話し合っていたのを目の当たりにし、移籍を決意するようになった。 *2003年秋頃、自身を誇張する起用や試合時間の短縮など、団体が自分中心に動かない事に不満を爆発させていたビル・ゴールドバーグに意見する為、彼のいる控え室を尋ねたが直ぐさま口論となり、ゴールドバーグに対しヘッドロックを仕掛けて床に引きずり倒し、現場に居合わせたレスラー達に引き離されるという事件が起きた。なお、WCWを離れることを決意させた要因の一つがストーリーラインで散々煽りに煽ったにも関わらず、ゴールドバーグ戦が実現しなかったことと述べている。その原因がゴールドバーグの個人的な理由(ヘビー級がクルーザー級にやられるのはおかしい)であり、ビショフもこれについて「ゴールドバーグに大人気ないところがあった」とゴールドバーグの姿勢を批判している。 *ザ・ロックと対戦中、観客が持っていた紙コップを奪い取ってその中身をかけた所ロックが異常に苦しみ試合に支障をきたすことになってしまった。実はこのコップはタバコの火消しとして使用されており、それを知らないジェリコがロックの顔にかけてしまい、ロックが激痛のあまり正常な試合をすることが困難になってしまった。試合後もロックの目は一時間以上開かなかったという。 *2010年の[[RAW]]日本公演では、メインイベントでの試合中に観戦に来ていた[[高山善廣]]を威嚇したり、「BAKA!」と日本語を披露した。ちなみに2009年のSMACKDOWN!日本公演でも、観戦に来ていた[[高山善廣]]と睨みあった。 *自身のDVDの中で、近年WWEのレスラーがインディーやアメリカ以外での活動経験がほとんどない状態で入団してくることに疑問を感じつつも、長年の経験や知識を積極的に若手に伝えているとのこと。とりわけ海外経験がある若手には注目しているようで、ヨシタツへの指導、さらにはバレットについてもヨーロッパでの経験は大きいと述べている。 *日本でのプロレス戦歴が長く、親日派でもあるが日本のプロレスに根ざしている「プロレス最強説」に基づいた傾向に対しては否定的である。雑誌のインタビューで「プロレスはエンターテイメントなのに、シュートやMMA(総合格闘技)と結びつけてしまった」ことが昨今の日本におけるプロレスの衰退の主な原因であるとしている。 == 外部リンク == * [http://us.wwe.com/superstars/raw/chrisjericho/ WWE Profile] * [http://www.chrisjericho.com/ Official Chris Jericho Home Page] * [http://www.fozzyrock.com/ Official Fozzy Website] * [http://twitter.com/#!/IAmJericho/ Chris Jericho's Twitter] {{WWE王座}} {{WWE・世界ヘビー級王座}} {{DEFAULTSORT:しえりこ くりす}} [[Category:カナダのプロレスラー]] [[Category:WWEに参戦したプロレスラー]] [[Category:ECWに参戦したプロレスラー]] [[Category:WCWに参戦したプロレスラー]] [[Category:WARに参戦した外国人プロレスラー]] [[Category:FMWに参戦した外国人プロレスラー]] [[Category:新日本プロレスに参戦した外国人プロレスラー]] [[Category:覆面レスラーとして活動していたプロレスラー]] [[Category:プロレス・インタビュアー]] [[Category:カナダのヘヴィメタル・ミュージシャン]] [[Category:カナダの歌手]] [[Category:ウィニペグ出身の人物]] [[Category:1970年生]] [[Category:存命人物]]
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