コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
カルーセル麻紀のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
カルーセル麻紀
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{女性モデル| |モデル名=カルーセル 麻紀 |ふりがな=かるーせる まき |愛称= |別名=平原 麻紀(本名)</br>平原 徹男(旧名および出生名) |生年=1942 |生月=11 |生日=26 |出身地={{JPN}}・[[北海道]] |血液型= |時点=2004<ref>[http://www.geocities.jp/carutuusin/colum189.html]</ref> |身長=157 |体重= |バスト=86 |ウエスト=60 |ヒップ=88 |カップ= |股下= |靴= |身体備考= |デビュー= |ジャンル= |モデル内容= |活動備考= |他の活動= |その他= }} '''カルーセル 麻紀'''(カルーセル まき、Carrousel, Maki、[[1942年]]<ref name="fraud"/>[[11月26日]] - )は、[[日本]]の[[ニューハーフ]][[タレント]]。本名:'''平原 麻紀'''(ひらはら まき)、旧名および出生名:'''平原 徹男'''(ひらはら てつお)。所属芸能事務所は、オフィスカルーゼル。 元男性であることをネタにした痛快なトークが売りで、[[お笑い芸人]]の[[演芸]]と[[歌謡]]ショーを組み合わせたステージを繰り広げる。また、[[芸能界]]を始め、各界に友人、親友が数多く幅広い人脈を持つことでも知られる。 == 経歴 == ===生い立ち=== [[1942年]]([[昭和]]17年)<ref name="fraud">公称は長らく「[[1945年]]生」ということになっていたが、後に訂正された</ref>、[[北海道]][[釧路市]]で厳格な父親の二男として生まれる。「([[太平洋戦争]]で)[[アメリカ合衆国|アメリカ]]や[[イギリス]]などの敵国と『徹底的に戦う男』となるよう」との願いから、「徹男(てつお)」と命名された。しかしながら、幼少時から女性的趣味嗜好を持っていた。また、弟がいるが「徹男に次ぐように」という願いを込めて次男(つぐお)と命名されたとの事。 ===ゲイバーへ=== [[北海道釧路北陽高等学校]]中退。父親への反目から15歳で家出し、[[札幌市]]の[[ゲイバー]]に勤務。その後は、[[青森県]][[弘前市]]のショーパブ勤務を経て、[[大阪]]の『カルーゼル』という店に勤めたが、この際に用いた[[源氏名]]が『麻紀』であった。また、作家の[[山口洋子]]が経営していた東京・銀座の[[クラブ]] 『姫』に在籍していたこともある。 [[札幌市]]の[[ゲイバー]]に勤務していた19歳のときに[[去勢]]手術を受けた。その後、一年間仕事を休業をして[[1973年]](昭和48年)には[[モロッコ]]に渡り、[[性別適合手術|性転換手術]]を受けた<ref name="arrest">[http://www.milkjapan.com/2001dn07.html 【国内】 カルーセル麻紀・大麻、コカイン所持で現行犯逮捕] 2001年9月22日報道</ref>。手術後には40度以上の高熱が続き死にかけたことも麻紀本人が語っている。左足の太腿に薔薇の[[刺青]]を入れている。 ===芸能界へ=== 25歳のとき、[[楽曲]]『愛して横浜』で[[歌手]]デビュー<ref name="arrest"/>。[[日劇ミュージックホール]]に出演する際に「麻紀」だけでは短すぎると言われ、勤めていた店の名前から「カルーセル」を頭に付けたのが現在の芸名となった。名付け親は放送作家の[[新野新]]である。 [[2001年]](平成13年)[[9月]]、[[大麻]]と[[コカイン]]を自宅に隠し持っていたとして、[[大麻取締法]]、及び[[麻薬及び向精神薬取締法]]違反の容疑で逮捕された。容疑は何れも[[不起訴]]となったものの、拘留中の[[留置場]]では戸籍上の理由で男子房に入れられていた<ref name="arrest"/>。また、普段はTバックの下着を愛用していたが、留置場内では男性として扱うため下着は男性物の着用しか認められなかったためトランクスをはいていたと、後日の会見で話している。 [[2002年]]([[平成]]14年)、半生を綴った[[自伝]]『私を脱がせて』([[ぶんか社]])を出版した。 [[2006年]]12月8日には自宅が空き巣被害にあい、腕時計などの宝飾品約800万円相当や現金約10万円、外国紙幣約320万円相当を盗まれている。被害直後に自宅で記者会見に応じている。 [[2014年]]5月28日に『[[徹子の部屋]]』出演時に、[[2011年]]に閉塞性動脈硬化症を患い右足の切断の危険もあったことを番組内で告白した。幸いなことに手術も無事に成功したが、翌年の[[2012年]]には左足が同じ病気になってしまい再び手術を行ったそう。 現在も[[テレビ]]や[[ラジオ]]を中心に幅広く活躍している。 ===女性へ=== [[2004年]](平成16年)[[10月]]の[[性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律|性同一性障害者特例法]]施行を受けて[[性別]]の変更が認められて[[戸籍]]上も[[女性]]([[続柄]]は二女)となり、本名も「平原麻紀」と改名した。親類の子供たちからは、「おじちゃんだったおばちゃん」と呼ばれていたという<ref>これは「[[クイズダービー]]」での問題としても使われた</ref>。本人はいまだに元[[男性]]であることをネタにしており、「怒るとオッサンになる」、「男に徹すると書いて徹男なのに、女になってしまった」などと、しばしば語る。 ==趣味== プロ野球、[[北海道日本ハムファイターズ]]のファンであり、特に投手・[[ダルビッシュ有]]の大ファンである。 年に一度は[[ヨーロッパ]]各国へ休暇を取って旅行へ行くほどヨーロッパ好きで有名である。自宅内にもヨーロッパのアンティークな家具、装飾品などが多数あり、自宅紹介時には公開している。プライベートでも親交の深い[[黒柳徹子]]と一緒にヨーロッパ旅行へ出かけたこともある。豪華なドレスなどの舞台衣装や高級ブランドのバックや靴、洋服、毛皮等を多数所有していて自宅に収まりきらなくなり自宅の近所にクローゼット代わりに家を一軒購入したとTV番組で視聴者に紹介した。 == 交友関係 == 芸能界でも友人、親友は多いが、[[石原裕次郎]]は麻紀を本物の女性として接していて実妹のようにたいへん可愛がられていたそうで、[[石原まき子]]も公認で普段から飲食や遊びに連れて行ってもらったり温泉も一緒に入ったりなどしていたという<ref>TV番組で自身が語っていたり、本人のホ-ムページのインタビュー新聞記事から</ref>。石原は本来兄である[[石原慎太郎|慎太郎]]同様に同性愛者を嫌っており、麻紀のようなケースは非常に珍しかった。 [[太地喜和子]]とは数多い友人の中でも特に親交が深くて大親友であった。2011年4月19日放送の『[[徹子の部屋]]』のゲスト出演時には太地の形見である帯と帯締を着けて着物姿で登場した。『徹子の部屋』には番組開始から現在まで定期的に出演している。 [[関口宏]]とは互いの芸能界デビューが同時期で当時から交流があり『宏』、『麻紀』と呼びあっていて仲良しだと『[[関口宏の東京フレンドパークII]]』出演時に語っている。 [[デヴィ・スカルノ|デヴィ夫人]]や[[美川憲一]]、[[あき竹城]]とはプライベートでも親交の深い旧友である。[[大黒摩季]]も友人の一人である。 オリックスSDの[[中村勝広]]と旧知の間柄であったことが縁で、[[2008年]](平成20年)[[3月1日]]、[[オリックス・バファローズ]]対[[阪神タイガース]]のオープン戦で始球式を行なった。 オネエ系タレントのパイオニアでもあり、後輩たちから慕われているが特にニューハーフタレントの後輩[[はるな愛]]をプライベートでも可愛がっている。愛は、麻紀の誕生日パーティーに招待された際、当時多忙だった愛がうっかり行くのを忘れてしまい、麻紀に男口調で激怒されたと語っている。また2011年2月6日放送の「[[クイズ☆タレント名鑑]]」のコーナー「芸能人!このオファー引き受けた?引き受けなかった?クイズ」で「カルーセル麻紀のエア[[松浦亜弥|あやや]]」のオファーを承諾し披露しているが、引き受けた理由は愛に見てもらいたかったとの事。タレントでもあり京都祇園カルシウムハウスの[[梶浦梶子]]ママからは師匠と呼ばれている。 == 出演作品 == === 映画作品 === *喜劇 競馬必勝法 大穴勝負([[1968年]]) *[[新宿育ち]](1968年) *[[異常性愛記録 ハレンチ]] ([[1969年]]) - 出演予定だったが諸事情により出演せず、代役が立てられた。 *[[残酷・異常・虐待物語 元禄女系図]] (1969年) *夜の最前線 東京女地図(1969年) *[[コント55号 宇宙大冒険]] (1969年) *[[野蛮人のネクタイ]](1969年) *女の警察 国際線待合室([[1970年]]) *[[不良番長 暴走バギー団]] (1970年) *性転換の神秘/ストレンジハー([[1971年]]、アメリカ映画) - 日本公開版にインタビュー出演 *[[谷岡ヤスジのメッタメタガキ道講座]](1971年) *[[影狩り ほえろ大砲]] ([[1972年]]) *女子大生 SEX方程式([[1973年]]) *[[喜劇 特出しヒモ天国]] ([[1975年]]) *[[くの一忍法 観音開き]] ([[1976年]]) *[[俺は上野のプレスリー]] ([[1978年]]) *[[俺は田舎のプレスリー]] (1978年) *[[火の鳥 (漫画)|火の鳥]] (1978年) 実写版映画 *[[道頓堀川 (映画)|道頓堀川]] ([[1982年]]) *[[ルパン三世 バビロンの黄金伝説]] ([[1985年]]) 声の出演 *[[苺の破片]] ([[2004年]]) *[[自虐の詩]] ([[2007年]]) *[[ピューと吹く!ジャガー]] ([[2008年]]) *[[劇場版 SPEC〜天〜]] - 境 役 === テレビ作品 === *[[女殺し屋 花笠お竜]](1969年) お巻役(レギュラー) *[[特別機動捜査隊]] 第399話「緋牡丹の女」(1969年) *[[プレイガール (テレビドラマ)|プレイガール]] **第71話「怪談・怨霊館の妖女」(1970年) **第161話「真夜中の技くらべ」(1972年) *[[お耳役秘帳]] 第25話「人斬り毒婦」(1976年、関西テレビ) お歌役 *[[大都会 PARTII]] 第52話「追跡180キロ」(1978年) *[[西遊記シリーズ|西遊記]] 第1話「石猿誕生す」(1978年) 乙姫役 *[[土曜ワイド劇場]] **「[[探偵・神津恭介の殺人推理|天才・神津恭介の推理 高木彬光の刺青殺人事件]]」([[1983年]]) **「[[京都マル秘仕事人|京都マル秘仕置帖]]1」([[1999年]]) *[[SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜#スペシャルドラマ『SPEC〜翔〜』|SPEC〜翔〜]] - タロット占いおばさん 役 === バラエティー番組 === <!-- 単発のゲスト出演は不要。レギュラー番組のみ記述をお願いします。「Wikipedia:ウィキプロジェクト 芸能人」参照 --> *[[11PM]] レギュラーコーナーを持っていた。 *[[花の新婚!カンピューター作戦]](関西テレビ) == 書籍 == === 著書 === * 私を脱がせて(2002年11月、[[ぶんか社]])ISBN 978-4821108015 * 女は一日にしてならず(2005年11月、[[幻冬舎]])ISBN 978-4344010727 * 私は女(ぶんか社文庫)(2007年9月5日、ぶんか社)ISBN 978-4821151172 === 写真集 === * ff(フォルティッシモ)(2003年12月、[[大洋図書]]、撮影:[[山岸伸]])ISBN 978-4813010937 == 脚注 == {{Reflist}} == 関連項目 == *[[ビートたけしのお笑いウルトラクイズ]] *[[新野新]] == 外部リンク == *[http://www.carrousel.co.jp/ カルーセル麻紀公式サイト] *[http://gree.jp/carrousel_maki/ カルーセル麻紀 公式ブログ] *[http://ameblo.jp/carrousel-maki/ 公式ブログ 女は1日にしてならず] {{DEFAULTSORT:かるうせるまき}} [[Category:日本のタレント]] [[Category:日本の俳優 ]] [[Category:北海道出身の人物]] [[Category:日本のトランスジェンダーの人物]] [[Category:1942年生]] [[Category:存命人物]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Reflist
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:女性モデル
(
ソースを閲覧
)
カルーセル麻紀
に戻る。
検索
検索
カルーセル麻紀のソースを表示
話題を追加