コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
最近の更新
おまかせ表示
MediaWiki についてのヘルプ
特別ページ
Wikippe
検索
検索
表示
ログイン
個人用ツール
ログイン
カルカノM1938のソースを表示
ページ
議論
日本語
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
ソースを閲覧
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
ページ情報
表示
サイドバーに移動
非表示
←
カルカノM1938
あなたには「このページの編集」を行う権限がありません。理由は以下の通りです:
要求した操作を行うことは許可されていません。
このページのソースの閲覧やコピーができます。
{{銃器| |画像 = [[画像:Carcano M1891--38 1496.jpg|300px|カルカノM1938]] |説明 = カルカノM1938 |名称 = カルカノ M1938 |種類 = 軍用小銃 |製造国 = {{flagicon|ITA1861}} [[イタリア王国]] |設計・製造 = |年代 = |設計年 = |製造期間 = 1938年~1945年 |配備期間 = 1938年~1945年 |配備先 = [[イタリア王国]]、[[イタリア社会共和国]]、[[ナチス・ドイツ]]、[[フィンランド]]、その他 |戦争 = [[第二次世界大戦]]、[[冬戦争]]、[[継続戦争]] |種別 = 軍用[[小銃]] |口径 = 7.35 mm |銃身長 = 530 mm |ライフリング = |使用弾薬 = 7.35 mm×51 マンリッヘル-カルカノ弾 |装弾数 = 6 発 |作動方式 = [[ボルトアクション方式]] |発射速度 = |銃口初速 = 755 m/s |有効射程 = 600 m |重量 = 2.95 kg(空弾倉状態)、3.40 kg |全長 = 1,020 mm |バリエーション = M91/38、短騎兵銃型 |製造数 = |生産価格 = }} '''カルカノM1938'''は、[[第二次世界大戦]]にイタリアで開発された[[ボルトアクション]]ライフルである。[[カルカノM1891]]の後継小銃である。 == 開発経緯 == [[画像:Carcano_mod._1891.jpg|thumb|right|240px|カルカノM1891(銃剣装着状態)]] [[第二次世界大戦]]以前までイタリア軍が使用していた[[ライフル銃|制式小銃]]は口径6.5 mmのカルカノM1891が主力だった。しかし[[1936年]]の[[第二次エチオピア戦争|エチオピア侵攻]]でエチオピア兵と戦っていたイタリア軍兵士からの報告で「6.5 mm弾では遠距離から射撃してもエチオピア兵がなかなか倒れない」「数発敵に喰らわしたのにラクダに乗って突っ込んできた」など威力不足の指摘と改善を求められた。そこでイタリア軍上層部もそれを聞き入れて、新型小銃の開発に乗り出した。 ただし、エチオピア侵攻時のイタリア軍は練度が低く、相対距離が狭まってくるにもかかわらず、照尺を調整しなかった等、射手の技量未熟に起因する命中率の低さが苦戦の原因であり、銃の威力と性能は直接の原因ではなかった、と後に分析されている。 == 開発 == 開発に当たっては、まず威力と射撃性能の向上が要求された。しかし機関部に関しては変更はなく、6.5 mm弾と同じ腔圧で撃つように計画された。弾丸は6.5 mm弾をスケールアップした7.35 mm弾が採用されたが、装薬の燃焼圧力が以前のままなので初速が下がり、弾道はよりドロップ(沈下)することとなった。そこで弾丸のチップ(先端部分)にアルミを使用し、重量を6.5 mm弾と同じにするという方式を取った。弾丸の先端が軽いので弾丸の重心が後部に偏り、命中すると弾丸が横転することで対人殺傷能力は向上した反面、装甲目標に対しての威力が低下することになった。 使用弾薬の口径変更に合わせて各部を改設計した以外は銃本体の構造はカルカノM1891とほぼ同じだが、M1891に対する「全長が長すぎる」「長すぎて取り回しが不便」という現場の不満から全長を短縮した「[[カービン]]」様式とされ、全長はM1891の1290 mmから 1020 mmと大幅に短縮された。また、照尺が簡易な固定式に変更された。そのため命中率は期待できなかった。 こうして新型小銃の仕様は一応の完成を見たが、カルカノM1891が大量に配備されていたことや[[第二次世界大戦]]の始まりなどが重なり開発は延々と進まなかった。上層部では新型のライフルを開発するよりカルカノM1891をボアアップするべきとの意見も出たが果たせず、イタリア軍は基本的に口径6.5 mmのカルカノM1891ライフルで[[連合国 (第二次世界大戦)|連合国]]軍と戦う羽目になった。 採用年度は諸説あり不明であるが、正式名称がM1938であることから本銃が計画された[[1938年]]が最も有力である。 カルカノM1938には、バリエーションとして、木製前床部分を銃身の途中までにして、折り畳み式スパイク銃剣を付けた短騎兵銃型があった。 == 運用 == [[画像:Oswaldrifle.jpg|thumb|right|240px|ライフルスコープを装着したカルカノM91/38 [[ケネディ大統領暗殺事件]](後述)に使用されたとされる銃]] 実際の戦闘に投入された結果、歩兵用小銃としての対人戦闘においてはまったく問題ないとされたが、装甲車両や戦闘機に対しての戦闘も多かったため威力不足が問題となった。 部隊への配備にあたっても、戦争中に規格が異なる2種類の弾薬を使用することは補給兵站と装備の管理を混乱させ、実用上の問題を多々発生させることとなった。そうした中、カルカノM1938の使用弾薬を6.5 mm×52に変更した'''カルカノM91/38'''も開発された。しかし結局カルカノM1938は弾薬も含めて戦時中は生産数も少なく、わずかに配備されただけで、[[1943年]][[9月]]にイタリアは連合軍に降伏することとなった。 == フィンランドでの運用 == 約94,500挺のカルカノM1938がフィンランドに送られた。現地ではそれらはTemi騎兵銃の名で知られた。 それらは[[冬戦争]](1939年~1940年)の間、主に警備部隊と兵站部隊で使われた。 いくつかの前線部隊では兵器不足の問題があったが、フィンランド兵はこの小銃を嫌っていた。 7.35 mm×51という標準的でない口径の弾薬を使用するので、前線部隊への弾薬補給の維持に問題があったことと、リアサイトが調整不可能な300m固定照準なので、様々な距離で生起する遭遇戦での精密射撃に用いるには全く適していなかったからであった。 またフィンランド兵はこの弾薬が標的に対して散布界が広過ぎることにも不満があった。 いつでも可能ならば、フィンランド兵は戦場で鹵獲した兵器を使用する方を好んだ。それには敵であるソ連の標準小銃である、[[モシン・ナガン]]小銃も含んだ。少なくともモシン・ナガンには[[7.62x54mmR弾|7.62 mm×54R弾薬]]を使用できる有利さがあった。 [[継続戦争]]が勃発したことによって、フィンランド陸軍首脳部は、残っているM1938を、対空用、沿岸防衛用、その他、第二戦級(民間防衛)部隊用として、フィンランド海軍に譲渡した。 第二次世界大戦後、フィンランドは残った約74,000挺のM1938小銃の全てを売却した。 ==その後== [[画像:Lho-133A.jpg|thumb|Right|200px|カルカノM91/38を手にしている[[リー・ハーヴェイ・オズワルド|オズワルド]]の有名な写真]] イタリア降伏後、倉庫には多くのカルカノM1938が眠っていた。その大半は各国に転売され、特に銃マニアが多いアメリカに輸出されていった。そして、このカルカノM1938のバリエーションであるカルカノM91/38(カルカノM1938の6.5 mm×52弾仕様)は第35代[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョン・F・ケネディ]]の[[ケネディ大統領暗殺事件|暗殺事件]]の犯人であるとされる[[リー・ハーヴェイ・オズワルド]]が通信販売で購入し、日本製の4倍率スコープを装着して[[狙撃]]に使用したとされたことで有名である(犯人及び人数については異論があり、実際に使用された銃はこの銃ではないとする説もある)。また北アフリカ戦線に派遣されたイタリア軍の主要装備であった本銃は戦場に大量に遺棄され、現地住民に回収されて[[アルジェリア独立戦争]]における[[アルジェリア民族解放戦線|民族解放戦線(FLN)]]側の主要武器となった。 == カルカノM1938の登場するメディア作品 == ===映画=== *[[炎の戦線エル・アラメイン]] ===ゲーム=== *[[メダル・オブ・オナー アライドアサルト リロード2ND]] (Windows用ゲーム) *[[コール オブ デューティ2 ビッグ レッド ワン]] *[[レッド・デッド・リデンプション]] *[[JFK: Reloaded]] {{Commons|Carcano}} [[Category:ボルトアクション式小銃|かるかのM1938]] [[Category:イタリアの兵器|かるかのM1938]]
このページで使用されているテンプレート:
テンプレート:Commons
(
ソースを閲覧
)
テンプレート:銃器
(
ソースを閲覧
)
カルカノM1938
に戻る。
検索
検索
カルカノM1938のソースを表示
話題を追加